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2010年4月の記事

2010年4月30日 (金曜日)

マッコイ・タイナーの真骨頂

ジャズ・ピアノとして、ビル・エバンスが総合的な「ダイナミズムの極致」とするならば、マッコイ・タイナー(McCoy Tyner)は、パッション、テンションの側に振れた「ダイナミズムの極致」と言えるだろう。

とにかく、マッコイ・タイナーのピアノは、「ガーン、ゴーン」という感じのハンマー打法とも言うべき、パーカッション的なタッチが特徴。このパーカッション的なタッチで、コルトレーン譲りの、ピアノ版「シーツ・オブ・サウンド」をやるから凄い。目眩くパッション、硬派なテンション、回る回るインプロビゼーションの右手。そんな感じのタイナーのピアノである。

そんなタイナーのピアノの原点を十分に堪能できるアルバムが『The Real McCoy』(写真左)。かのブルーノート・レーベルの4264番。1967年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Joe Henderson (ts) McCoy Tyner (p) Ron Carter (b) Elvin Jones (ds)。時代はロック台頭の時代。 1967年7月には、コルトレーンが急逝する激動の時代。

このアルバムには、当時のジャズの最先端の音が詰まっている。シリアスな音の追求、ファンクネスなどポップス性の排除、極限まで追求されるインプロビゼーション、超絶技巧な世界をモードの世界で追求。つまりは、振り返って見ると、この頃のジャズの大半は、大衆性を否定し、少数のマニアにしか受けない音世界を追求していた。

しかし、この『The Real McCoy』の音世界は、ちょっと違う。このアルバムは、マッコイ・タイナーが初めてリーダーとしてブルーノート・レーベルで収録したもの。ブルーノートの総帥のアルフレッド・ライオンがプロデュースした最後の作品の一つ。
 

The_real_mccoy

 
タイナーがコルトレーンの下を離脱して、初のリーダーアルバム。コルトレーン・カルテットを辞めて、当時、仕事に恵まれなかったタイナーをライオンが支援しつつ、ブルーノートからリリースした盤故に、このセッションには特別かつ独特のクオリティが漂っている。

タイナーの目眩くパッション、硬派なテンション、回る回るインプロビゼーションの右手。激情的にかつ攻撃的なエルビンのドラム。モード演奏にピッタリの、ウネウネと妖艶なヘンダーソンのサックス。さすが、モード的な演奏を熟知した、モード的な演奏にこそ、その存在感を知らしめる、ロン・カーターのベース。収録されたどの曲も、伝統と革新技法が素敵にミックスされた、当時のジャズ最先端の、最良な音がギッシリと詰め込まれている。

冒頭の「Passion Dance」が実に格好良い。テーマの回転の良いフレーズの格好良さ。モード的な演奏で、論理的に構築された、理詰めのインプロビゼーション。決して下世話にポップに迎合しない、実に潔いインテリジェンスを感じる。疾走感溢れる目眩くインプロビゼーションの素晴らしさに、頭がクラクラしそうだ(笑)。

「Four by Five」や「Blues on the Corner」のような、ハードバップ時代から演奏される濃厚なブルースも、実に新しい響きで再構築されている。実に見事な「新主流派的な」演奏である。この先進的な美しさは奇跡的でもある。当時の、ストレート・アヘッドなジャズの「最先端の音」。アコースティック系ジャズの最良の成果の一つだと僕は評価している。

ちなみに「The Real Mccoy」というと、米語俗語で「こいつは本物やで!」って意味になります。確かに、このアルバムには、タイナーの真骨頂、本質が詰まっています。このアルバムの音世界こそが、タイナーの「本物」。なかなか洒落たタイトル。さすがブルーノートです。 
 
 
 
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2010年4月29日 (木曜日)

エバンスの「本質と力量と本音」

僕は、多重録音を含めて、ビル・エバンスの「本質と力量と本音」は、ソロの演奏にしか無いと思っている。

デュオ以上、他のミュージシャンとの共演は、メンバーを固定してのレギュラー・トリオだろうが、客演中心のセッションであろうが、エバンスは、他のミュージシャンとの協調を優先する。自分のピアノを最大限に活かしながら、如何に内容のあるグループサウンズに仕立て上げるか、という「アレンジメントの才」が全面に出る傾向が強いと感じている。

しかし、ソロの場合は違う。心ゆくまで、自らの本質である「ダイナミズム」を大胆に追求する。自らの美意識を、手を代え品を変え、時には音を重ねてまで表現しようとする力量。そして、決してファンキーにならない、決してブルージーになり過ぎない、決してマイナーに浸らない、ポジティブでリリカルでダイナミックなジャジーさを、本音を語るように、心ゆくまで全面に押し出す。ソロ演奏にこそ、ビル・エバンスの「本質と力量と本音」がある。

その最右翼のソロ・アルバムが『Alone』(写真左)。1968年9月の終わりから10月にかけての録音になる。時代はロックの台頭とフラワー・ムーブメントの波が押し寄せてきて、ジャズには辛い環境、辛い季節に急速になりつつあった時代。しかし、ビル・エバンスのパフォーマンスには全く関係がない。

たった一人の環境の中で、自分自身を相手に戦いを挑むかのように、神経を集中させ、試行錯誤を繰り返しながら、自らの才能と力量を信じつつ、自らの「本質と力量と本音」をピアノの音を通じて表現し、その「本質と力量と本音」をメロディに乗せるべく、「音の創造」に全力を尽くしている姿が目に浮かぶ。このソロ・アルバムは、そう言う意味で貴重な存在。

Bill_evans_alone

どの曲も素晴らしい出来である。CD化に当たりボーナストラックとして追加された「Medley: All The Things You Are / Midnight Mood」「A Time For Love (Alternate)」を聴けば、決して、このソロ・アルバムは、一発録りされたものではない。試行錯誤を繰り返し、プロデューサーに励まされ、テクニックの粋を尽くして紡ぎ上げられた、ミュージシャンとしてクリエイターとして、最高の努力と鍛錬の下に生まれた作品であることが良く判る。

ちなみに、LP時代のアルバムとしての正式な収録曲は以下の通り。アナログLP時代、B面すべてを占める14分にも及ぶ「Never Let Me Go」が、他の名演に増して、とにかく圧巻である。このソロ・アルバム『Alone』を鑑賞する場合は、以下の5曲に留めてご鑑賞下さいね。このボーナストラックは、普通は正式にリリースされない音源です。例えて言うなら、ソロ・アルバムが『Alone』できる過程を体感できる「ドキュメンタリー音源」ですね。

1. Here's That Rainy Day
2. Time for Love
3. Midnight Mood
4. On a Clear Day (You Can See Forever)
5. Never Let Me Go

ビル・エバンスについては、過去より「耽美的な」ピアニスト、「静寂の」ピアニスト、と良く言われますが、実に無責任なコメントだと思います。エバンスの本質はダイナミズムにあります。そのダイナミズムが「静」「寂」の方向にふれると「耽美的」「静寂」になるだけです。エバンスのピアノは「ダイナミックで、懐の深い+幅の広い展開」「浪漫に流れず凛々しく、輪郭がクッキリとして、端正でしっかりとしたタッチ」が特徴です。

聴けば判る。このソロ・アルバムを聴けば、ジャズ・ピアニストの最高峰と呼ばれる所以が理解出来ると思います。でも、しかしまあ、アルバム・ジャケットのデザインはイマイチですね(笑)。 
 
 
 
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2010年4月28日 (水曜日)

AtlanticレーベルはMJQの穴場

モダン・ジャズ・カルテットの話である。モダン・ジャズ・カルテットとは、ヴァイヴのミルト・ジャクソンをはじめとして、ピアノのジョン・ルイス、ベースのパーシー・ヒース、ドラムのコニー・ケイという、ばりばり、プロフェッショナルな4人組。略称「MJQ」。

彼らは40年の長きに渡って、職人芸的な素晴らしいアンサンブルを展開した。ジョン・ルイスのクラシックな要素を取り入れた知的なピアノ演奏と、ミルト・ジャクソンのジャジーでブルージーな演奏スタイルがピッタリと融合して、ジャジーではあるが、そこはかとなくアーティステックで、エレガントな雰囲気が特徴。

そんなMJQは、Prestige〜Atlantic〜Pablo などのジャズの有名レーベルを渡り歩いたが、Atlanticレーベルが一番MJQの宝庫というか、リリースされたアルバムが多い。しかし、そんな多々あるアルバムの中に、知る人ぞ知る穴場の様なアルバムがある。

もちろん、Atlanticレーベルには「European Concert」「Fontessa」「No Sun in Venice」など、ジャズ入門本に必ず登場する大名盤も多々ある。しかし、ジャズ入門本やMJQのアルバム紹介に殆ど登場しない、え〜っこんなアルバムあったん?、という様な「穴場」的なアルバムも多々存在するのだ。

そんな「穴場」的なアルバムの一枚が『The Sheriff』(写真左)。1964年のリリース。ジャズ界は、新主流派と呼ばれるモードな演奏や、ファンキージャズと呼ばれる大衆音楽的な乗りの良い演奏や、本能のおもむくままに楽器を演奏するフリーな演奏などが流行った時代である。でも、そんな時代の中で、MJQの演奏内容は全く揺るぎの無い、職人芸的な素晴らしいアンサンブルを繰り広げているのは立派というか「見事」である。
 

Mjq_sheriff
 
 
冒頭のタイトル曲「Sheriff」の超絶技巧な疾走感溢れる、アップテンポな職人芸的演奏。思わず「お見事」と掛け声をかけたくなる。2曲目の「In a Crowd」も実に軽快なテンポの職人芸的演奏。軽やかに疾走するミルト・ジャクソンのヴァイヴが実に魅力的に響く。

3曲目「Bachianas Brasileiras」、ヴィラ=ロボスの『ブラジル風バッハ』。いちばん有名な『第5番』。ソプラノとチェロ・アンサンブルのための作品。クラシックの要素を取り入れ、クラシックに影響を受けた、アーティスティックでエレガントなMJQの面目躍如。意外と原曲に忠実に演奏しているところが、これまた面白い。とにかく「美しい」演奏、「典雅な」演奏である。

ラストの「Carnival」は、邦題「黒いオルフェ」。ルイス・ボンファのボサノバの名曲。MJQのボサノバ・ジャズがこれまた実に良い。アーティステックな芳しき優雅なボサノバ。それでいて、ドラムのコニー・ケイとベースのパーシー・ヒースが奏でるビートは、しっかりと「ジャジー」で、MJQならではの、他のコンボやミュージシャンには決して真似出来ない、美しく典雅なボサノバ・ジャズが展開される。

この『The Sheriff』ってアルバム、MJQのアルバムの中では、全くマイナーな存在なんだけど、僕はこのアルバムには、MJQの本質がギッシリと詰まっているように思えて、ジャズ者初心者の頃から大のお気に入りです。

えっ、ジャズ者初心者の頃、何故、ジャズ入門本やMJQのアルバム紹介に殆ど登場しない、こんなマイナーなアルバムを手に入れたのかって?  

それはですね。ジャケット・デザインです。このジャケットの小粋なイラストに惚れました。まあ簡単に言うと「ジャケ買い」ですね。もし内容が外れでも、このジャケットのイラストだけでも「買い」だと思ったんですね(笑)。でも、内容が「当たり」だったので、実に嬉しかったのを昨日のことの様に覚えています。  
 
 
 
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2010年4月26日 (月曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・11

バド・パウエル。現代ジャズピアノ・トリオの祖とされる。現代では名前だけが先行して、その本質を把握する手立てが曖昧になっているような雰囲気である。

さて、ピアノとは変な楽器で、打楽器と旋律楽器の二つを兼ね備える。厄介なのは、左手のベースラインとビートの供給が他の楽器と重なって、グループサウンズとして邪魔と言えば邪魔である。バド・パウエルが出現するまでは、ピアノ・トリオと言えば、ピアノ+ベース+ギターだった。つまりは、ピアノの右手左手にあわせて、ユニゾン+ハーモニーの妙、アンサンブルで聴かせる、つまり、ベースとドラムはピアノの惹き立て役、独立した役割は与えられてはいなかった。

で、バド・パウエルの登場である。バド・パウエルは、ピアノ+ベース+ドラムの構成で、ピアノ・トリオを構成した。ピアノの厄介な左手の役割を解放し、ベースとドラムにその役割を代わりに担わせた。左手のベースラインはベースに、ビートの供給はドラムに任せた。ピアノの左手は、ビートとベースラインのコントロールに使うのみ。バド・パウエルのピアノは右手一本で、旋律楽器としての役を担った。つまり、ピアノ、ベース、ドラムがそれぞれの役割を担って、演奏の自由度が飛躍的に向上した、ということ。つまり、トリオ演奏としての表現力が飛躍的に向上したということである。

しかしながら、バド・パウエルの演奏には難点がある。それは「唸り」である。彼はピアノを弾く時、何故か大声で「唸る」。「歌う」のではない、「唸る」のである。これが、結構、気持ち悪く「唸る」。「う〜う〜あ〜あ〜」と大声で唸る。これが、ジャズ者初心者にとって、かなりの障壁となる。iPodなどを使って、ヘッドセットで聴けたものでは無い。スピーカーを通してでも、かなり辛い。この「唸り」が障壁となって、ジャズ者初心者はバド・パウエルの名盤を聴いては、その「唸り声」にやられて、彼から離れていく。

しかし、である。バド・パウエルは、現代ジャズピアノ・トリオの祖とされる。バド・パウエルを体験しないと、ジャズピアノ・トリオの本質は理解出来ない。しかし、ジャズ本で紹介されるバド・パウエルの名盤と言われるアルバムの殆どで、バド・パウエルは、実に気持ち悪く「唸って」いる。それと、古い録音が多いので、その録音の悪さも障壁になる。録音は悪い、変な気持ち悪い唸り声が全編鳴り響く。これでは、ジャズ者初心者は、バド・パウエルを理解しようにも理解出来無い。

ということで、録音がある程度良くて、変な気持ち悪い「唸り声」があまり気にならないアルバムは無いのか、ということになる。そして、バド・パウエルの本質が理解出来るアルバム。そんなアルバム、実はあるんですね。例えば、その一枚が『The Scene Changes (The Amazing Bud Powell, Vol. 5)』(写真左)。
 
 
Bud_the_scene_changes
 
 
1958年12月29日のNYでの録音。パーソネルは、Bud Powell (p), Paul Chambers (b), Art Taylor (ds) 。ブルーノートの4009番。バド・パウエルは、ビ・バップの天才であるが、1958年と言えば、ハードバップ時代ど真ん中。バド・パウエルの演奏も、ビ・バップの文法をベースとしながら、しっかりとハードバップとしての語法をマスターしている。

このアルバムは、バド・パウエルの全盛期を捉えた演奏では無い。ピークを越えて、晩年に差し掛かる下降期のアルバムではあるが、バド・パウエルの現代ジャズピアノ・トリオの祖としての、当時として革新的なジャズピアノとしての右手・左手の使い方が実に良く判る演奏になっている。

収録されているどの曲も、バド・パウエルの現代ジャズピアノ・トリオの祖としての特徴的な演奏が、実に良く判る。バド・パウエルの難点である「唸り声」も控えめ。唸っていても、このアルバムではキーがあっていてなんとか聴ける。1958年、ブルーノートの録音なので録音状態も良い。「唸り」が控えめで、録音状態も良く、バド・パウエルの演奏もまずます好調。バド・パウエルの現代ジャズピアノ・トリオの祖としての特徴的な演奏が良く判る、奇跡的なバド・パウエルの佳作である。

彼のピアノのテクニックは、ジャズピアノの神様アート・テイタム、アート・テイタムの後継者とされたオスカー・ピーターソンと肩を並べるものである。特に右手の閃きは群を抜く。確かに、このアルバムは、バド・パウエルの全盛期を過ぎた演奏とは言え、バド・パウエルのジャズピアノの革新性は十分に体験することが出来る。

有名曲は冒頭の「Cleopatra's Dream(クレオパトラの夢)」であるが、この曲だけが全てでは無い。他の曲も当時のバド・パウエルとしては大健闘。実に良い内容の演奏を繰り広げている。ハードバップ時代のファーストコール・ミュージシャンである、Paul Chambers (b), Art Taylor (ds) の人選も見事。この二人のお陰で、この二人の演奏に良い刺激を受けて、バド・パウエルは奇跡的にハードバップしている。

「Cleopatra's Dream(クレオパトラの夢)」だけが全てでは無い。ゴスペルチックな「Borderick」、カリプソチックな「Comin' Up」など、当時のバド・パウエルが「過去の人」になっていないことが良く判る。彼はビ・バップで留まる人では無かった。まだまだ先のある、まだまだ先進的な天才的ミュージシャンであったことが良く判る。このアルバム収録後、程なく、ヨーロッパに渡る。そして、1966 年7月31日逝去。このアルバムを録音して、約7年半後の出来事である。

現代ジャズピアノ・トリオの祖とされるバド・パウエル。バド・パウエルを体験し、バド・パウエルを理解しないと、ジャズピアノ・トリオは体系的に理解出来無い。是非とも、ジャズ者初心者の方々は、この『The Scene Changes (The Amazing Bud Powell, Vol. 5)』を入り口として、バド・パウエルを体験し、体感して頂きたい。きっと、更にジャズピアノ・トリオを深く立体的に楽しめる様になると思います。
 
 
 
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2010年4月25日 (日曜日)

「ジャズの小径」4月号の更新です

バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」は、1999年1月から運営しているので、もう早12年目に突入している。そして、毎月更新のコーナー「ジャズの小径」は、1999年4月から毎月更新を続けているので、今月で丸々11年、132作の「最近聴いたジャズ、季節の雰囲気にあったジャズ」のアルバムをご紹介し続けてきた。

さすがに11年もの間、毎月毎月休み無くアップし続けていると疲れも溜まってくる。最初の頃は「ジャズの小径」に対して、色々と御意見、励ましのお言葉などをいただけたので、それが大きな励みとなって、毎月更新の記録を伸ばして来た。が、最近はここまで来れば、もう意地である(笑)。でも、ネットの皆さん、この「ジャズの小径」のコーナー、読んで下さっているのかなあ。読まれていないコーナーを意地だけで更新し続けるのもなんだしなあ(笑)。

といって、このコーナーを止めるつもりはないんですけど・・・。ということで、「ジャズの小径」4月号の更新です(笑)。

さて、ジャズのビートやジャズの音のエッセンスは、他のジャンルの音楽に実に取り入れ易い。ジャズのビートはバラエティ豊かで、メリハリが効いているので、他のジャンルの音楽のそこかしこに、スパイスの様に取り入れられている。

Jazz_komichi_201004

そんな他のジャンルを取り入れられたり、他のジャンルの取り入れられたりして、メインストリーム・ジャズからちょっと離れたところに位置する「音楽ジャンル」がフュージョンである。他のジャンルには、当然、ロックもあるし、クラシックもある。フラメンコもあれば、R&Bもある。レゲエもあればボサノバもある。ジャズをベースにした「多国籍音楽」が、現代のフュージョン・ジャズである。

さて、今年はちょっと寒くて雰囲気が出ないが、春はフュージョン・ジャズがピッタリだと僕は思っている。寒い冬が明けて、暖かい春が来て、強く感じる開放感。明るくキラキラ光る陽光に映える新緑。そんなウキウキした気分には、ちょっとライトでリラックスして聴けるフュージョン・ジャズが一番。

今月のジャズの小径は「時にはこんなフュージョン・ジャズ」と題して、ちょっと変わり種のフュージョン・ジャズのアルバムを2枚ご紹介しています。キーワードは「フラメンコ」と「カリビアン」です(笑)。当ブログでの過去記事からピックアップし、修正加筆しています。ちょっと変わり種のフュージョン・ジャズ。うららかな春の気候、陽光にピッタリの雰囲気です。
 
バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)にお越し下さい。「ジャズの小径」のコーナーは11年間分の記事がアーカイブされていて、読み応え十分です。特に、ジャズ者初心者の方々にお勧めです。松和のマスター一同、お待ち申し上げております m(_ _)m。 
 
 
 
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2010年4月24日 (土曜日)

ビル・エバンスとドラマーとの相性

ビル・エバンスの聴き直しを進めているが、やっとこさ、Verve時代のエバンスに突入した。このVerve時代のプロデューサーは、クリード・テイラー。はてさて、ビル・エバンスのピアノの本質をクリード・テイラーがしっかりと理解していたのかどうか。その辺がなんとなく「怪しい」ところが、良きにつけ悪きにつけ、Verve時代のエバンスのリーダー作の特徴となっている。

さて、そのVerve時代の最初のアルバムが『Empathy』(写真左)。このアルバムのリーダーは、Bill Evans単独リーダーでは無く、Shelly Manne との双頭リーダー作となっている。ちなみに、パーソネルは、Bill Evans (p) Monty Budwig (b) Shelly Manne (ds)。1962年8月14日、ニューヨークでの録音となっている。

この『Empathy』って、ジャズ者の方々からは結構評価が低くて、メタメタ切られまくっている。けど、そんなに言うほど悪くは無い、と僕は思っている。

特に、冒頭の「The Washington Twist」での、シェリー・マンのドラムとの、エバンスの喜々とした掛け合いがどうも評判が悪い。でも、エバンスのピアノを聴く限り、エバンス自身楽しんで弾いている様子。なぜかエバンスはシリアスでないといけない、という向きには、ゆゆしきことなんだろうが、とにかく、エバンスの多様性、柔軟性をここでは強く感じる。

ビル・エバンスとドラマーとの相性、ということは、2曲目の「Danny Boy」で感じる。もともと、エバンスは「間」を活用してスローな曲を弾き継ぐタイプ。それも独特の「間」の感覚があって、相当聴き込んで馴れないと、その独特の「間」の感覚がつかめない。

このアルバムでは、エバンスとマンはまだまだ「ツーカー」の仲ではない。マンは、エバンスの独特の「間」の感覚がつかめないまま、手探り状態で合いの手を入れているようで、ちょっと「ちぐはぐ」。エバンスの演奏内容が良いだけに惜しいなあ。

逆に、ハイ・テンポの曲は、実に良いコラボレーションとなっている。「Let's Go Back To The Waltz」「With A Song In My Heart」「I Believe In You」の3曲は、なかなか良い出来である。

Empathy

特に、マンの多彩でハイテクニックなドラミングが見事。エバンスは趣向を凝らさず、素直な展開で、テーマからインプロビゼーションをグイグイ弾き進めていく。このハイ・テンポな3曲は良いと思います。エバンスとしてはちょっと異色な展開ですが、ここでもエバンスの多様性、柔軟性が発揮されています。

ただ、演奏全体の雰囲気は従来のハードバップ的な演奏に留まっており、当時先進的とされた、トリオでの3者3様、自由なアドリブを前提とした柔軟なインタープレイになっていないのは、エバンスとベースのモンティ・バドウィックとの相性というか、ベースのパドウィックがハードバップ時代のウォーキング・ベースを主体としているからでしょう。

ベーシストがエバンスと自由に絡むには、エバンスのピアノのベースラインを乱すことなく、逆にベースラインを活性化するようなラインを供給する必要があるのですが、そんなことは、全く意に介することなく、パドウィックが従来からのウォーキング・ベースを弾き進めています。あくまで、ベースはビートの供給に専念する、って感じなので、自由なアドリブを前提とした柔軟なインタープレイには決してなりません。

エバンスとガッチリ組むには、エバンスのピアノの独特の「間」と「ベースライン」に馴れる必要がある、と僕は睨んでいますので、このアルバムのスチュエーションである、一過性の会合セッション風では、なかなかエバンスのピアノが先進的な響きを聴かせることは無いと思っています。

それを差し引くと、スローな曲の演奏には、ちょっと課題が散見されますが、それでもエバンスのピアノは中々好調で、マンのドラミングのテクニックは申し分無し。パドウィックのベースは地味で目立たないのですが、それはそれで邪魔になるよりは良いので「及第点」。

このエバンスのVerve時代最初のアルバム『Empathy』。改めて聴き返してみると、まずまずの内容です。気合い入れて聴くよりは、あっさりと聴き流し風に聴くと、なかなか味があって良いです。エバンスの多様性、柔軟性が体験できる佳作だと思います。  
 
 
 
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2010年4月23日 (金曜日)

気合いの入ったトリオである

最近、ちょくちょく取り出して来ては聴き耳を立てる、ちょっくらヘビーローテーションになっている、ピアノ・トリオの新譜がある・・・。

いや〜、気合いの入ったピアノ・トリオやなあ。最初の曲、前奏はちょっとモンク風、でも音はチック風。いや、チックほど切れ味鋭くは無いぞ。でも、そのエッジの丸さが心地良い。テクニックは抜群。疾走感爽快感溢れるピアノの旋律。これって誰だ、って感じ。えらい気合いが入っているやないか〜。

守屋純子の初のピアノ・トリオアルバム『Three And Four』(写真左)である。彼女にとっては、6枚目のリーダー作である。“自分はまだピアニストとして一度も勝負していないのではないか”。そういう想いを長年抱いて、満を持しての「挑戦」である。

守屋純子とは。マンハッタン音学院大学院に合格し渡米。1997年、ニューヨークにて現地の第一線ミュージシャンを集めたオクテットで初リーダーCD『My Favorite Colors』を発表。2005年9 月、ジャズの分野では最も権威のある2005年度セロニアス・モンク・コンペティション作曲部門で、東洋人としてまた、女性として初の優勝の栄誉に輝く。

彼女も語っているが、確かに彼女の才は「作編曲の面」にある。これは、このピアノ・トリオアルバム以前に発表されているリーダーアルバム6枚の成果が物語っている。ピアニストとしての実力は未知数だった。

で、この彼女初のピアノ・トリオアルバム『Three And Four』である。ドラムは、ビル・スチュワート、ベースは、ショーン・スミス。アルバムの音を聴けば判る。実に素晴らしい人選である。ベース+ドラム、リズム・セクションが「しっかり」していてこそ、「しっかり」とピアノで勝負できる、っていうもの。

Smoriya_threeandfour

さて、アルバムの内容と言えば、選曲については、オリジナルを中心に、有名なスタンダードを多少入れる、という編成。そのオリジナルの出来が素晴らしい。冒頭の「Three And Four」は、全く持って硬派な純ジャズ路線である。素晴らしい曲だ。そして、2曲目の「A Thousand Cranes」の実に美しいバラード曲。このアルバムの冒頭を飾る2曲だけで、このアルバムの内容の素晴らしさは約束されたも同然。

守屋純子のピアノと言えば、とにかく気合いが入っている。というか、気合いが入り過ぎとちゃうか?(笑)。とにかくガンガン攻める攻める。前進あるのみ。実に爽快である。久しぶりに活き活きとした、ガンガン攻めまくるピアノ・トリオを聴いた。最近のピアノ・トリオって、聴き手の反応を気にして、ちょっと緩めたり、迎合したりするんだが、守屋は違う。自らのピアノを信じて、ガンガンに攻めまくる。

このアルバムは、そこが一番良い。攻めまくるといっても決して雑では無い。決して上っ滑りしていない。しっかりと地に足付けて、しっかりと足下堅めながら、インプロビゼーションを展開していく。心地良いテンション、疾走感、爽快感。加えて、自作曲とのマッチングが抜群(当たり前か・・笑)。

ソロの大スタンダード曲「Over The Rainbow」に守屋の矜持を強く感じる。確かに彼女は、純粋に一人のピアニストとして勝負している。といって、やはり、ピアニストの才にも増して際立つのは、「作編曲の才」。しかし、彼女のジャズ・ピアニストとしての才は、このアルバムで十分に感じる。硬派なチックのフォロワー的な彼女のピアニストとしての個性に僕は十分に魅力を感じた。もう次作が楽しみである。

しかし、次のアルバムは、もうちょっとリラックスした面も織り交ぜれば、もっと奥深さと陰影が出て、もっともっと立体的な、もっともっと味わい深いピアノ・トリオになると思います。そうそう、次の作品については、決してリズム・セクションは代えないようして欲しいです。このアルバムでのドラム+ベースは、守屋純子のピアノにベストマッチだと思います。  
 
 
 
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2010年4月22日 (木曜日)

個性的なアルバム達の合間に

ジャズはマイナーな音楽ジャンルだと言われる割には、世界的に見ると毎月毎月結構な数の新アルバムがリリースされている。特に、ヨーロッパに目を向けると実にディープで、こんなミュージシャンは知らんなあ、と思いながら聴いてみたら、なかなかの内容にビックリしたりする。

今日のアルバムは、デンマークのコペンハーゲンに飛ぶ。Mathias Algotsson Trio『In Copenhagen』(写真左)。カタカナ表記すると「マティアス・アルゴットソン・トリオ 」となるらしい。ここでは、名前のフル表記は長いので「マティアス」と呼ばせて頂く。

他のメンバーは、Ed Thigpen (ds), Jesper Bodilsen (b)。同地在住のジャズ・ドラムの巨匠エド・シグペン、デンマークの人気ベーシスト、イエスパー・ボディルセンを迎えてのトリオ編成のアルバムである。シグペンは、黄金時代のオスカー・ピーターソン・トリオのレギュラー・メンバー。1972年からコペンハーゲンに移住している。

ベーシストのボディルセンについては、僕は全く知らなかった。でも、まず、このピアノ・トリオアルバム、ボディルセンのベースが良い音、良いビートを出している。ペデルセン( Niels- Henning Orsted Pedersen)が乗り移ったとしか思えない、端正でしなやかで太い、ピッチのバッチリ合ったウォーキング・ベースは、このアルバムの「聴きもの」である。

シグペンのドラムは「これぞハードバップ的ジャズドラム」と言えるもので実に心地良いリズムを供給してくれています。シグペンの十八番であるブラッシュ・ワークは、やはり特筆もので、その技は「至芸」と呼ぶに相応しいものです。

In_copen_mathias

主役のマティアスのピアノは、端正、リリカル、音には適度に丸みがあって、尖っていないところが実に聴き易い。指も良く回るが、決して弾き過ぎない、適度なテンポで、適度なテンションで、リズム・セクションのビートに乗って、ウォームに弾き進めていくところが実に良い。

といって、歴代のジャズ・ピアニスト達の様な「絶対的個性」は無い。ジックリ聴いてみても、誰のピアノなのか判別できない。でも、実に美しいジャズ・ピアノである。

実は、このアルバムには「A列車でいこう」繋がりで出会った。「A列車でいこう」というスタンダード曲は、僕の大のお気に入りの曲で、この曲を聴いていると、常に「ジャズ」を感じて幸せな気分になる。そんな「A列車でいこう」を収録されているアルバムは、努めて入手するようにしているのだ。

このアルバムでの「A列車でいこう」は、マティアスのソロ演奏であるが、これがまた、ダイナミックで味があって、端正実直、誠実で正統派。良い感じの「A列車でいこう」です。この1曲でも、このアルバムは「買い」ですね。

このアルバムは。他の個性的なアルバム達の合間に、さり気なく流すのが良い感じ。ピアノの音を聴いても、誰のピアノか判らないけど、その端正、リリカル、音には適度に丸みがあって、尖っていないところが、聴いていて実に「ホッとする」。

シグペンのドラムとボディルセンのベース含めて、ほのかにロマンティシズム香る、端正実直、誠実で正統派なピアノ・トリオは、安定感抜群、聴き心地良しです。  
 
 
 
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2010年4月20日 (火曜日)

安らぎの「Goodby」

ハードなジャズ、正統派純ジャズを聴き続けると、ちょっと耳が疲れる。もしかしたら、僕は本当のジャズ者では無いのでは、と思ったりするのだが、確かに耳が疲れるのだから仕方が無い(笑)。耳が疲れると、リラックスした音楽でちょっと「耳休め」をしたくなる。

「耳休め」には、70年代ロックか、フュージョンなジャズ。そんな「耳休め」に良く登場するフュージョンなジャズがある。ミルト・ジャクソン(Milt Jackson)の『Goodbye』(写真左)。クロスオーバー〜フュージョン・ジャズの中心的レーベル、CTIレーベルからのリリースである。

これが実にリラックス出来る内容なのだ。まず、リーダーが、ヴァイヴのミルト・ジャクソンなのが良い。ヴァイヴの音色は万能、純ジャズからフュージョンまで、その音色は絶対的にリラクゼーションを現出してくれる。そのリラクゼーション溢れる音色をもって、この『Goodbye』は聴く者に安らぎを与えてくれる。

が、最近リリースされたCDの収録曲の曲順を見ると、その安らぎ、リラクゼーションが感じる事が出来ない事態に陥っている。最近入手できるCTIレーベルのアルバムリリースはUS盤。そのUS盤の収録順は以下の通り。

1. Old Devil Moon
2. S.K.J.
3. Opus de Funk
4. Detour Ahead
5. Goodbye

これじゃあ、駄目なんだなあ。LP時代の収録順は以下の通り。

1.Detour Ahead
2.Goodbye
3.Old Devil Moon
4.S.K.J.
5.Opus De Funk
 

Milt_goodby

 
LPのA面の「Detour Ahead」「Goodbye」の存在が大きい。この情感溢れる、バラードチックな演奏が、聴く者に安らぎを与えてくれる。安らぎを感じて、心からリラックスした後に、B面の「Old Devil Moon」以降のパンチ溢れる演奏を愛でるのが、LP時代の「通例」である。

いきなり「Old Devil Moon」「S.K.J.」「Opus de Funk」が来ちゃあいけない。来たらあかん(笑)。この『Goodbye』というアルバムの「わびさび」が無くなる。今のUS盤が何故いきなり「Old Devil Moon」「S.K.J.」「Opus de Funk」が来るようになったのかは判らないが、この『Goodbye』は、最初の2曲に「Detour Ahead」「Goodbye」が来ないといけない。

ちなみにパーソネルは、共通はリーダーのMilt Jackson(vib), Ron Carter(b) 。あとは、「S.K.J.」のみ、Freddie Hubbard(tp, flh), Herbie Hancock (p,key), Billy Cobham (ds), その他は、Steve Gadd (ds), Hubert Laws(fl), Cedar Walton (p,key) 。「S.K.J.」のみが、Milt Jackson『Sunflower』セッションからの残り物収録。

このミルトの『Goodbye』は、冒頭の2曲「Detour Ahead」「Goodbye」が要の演奏。この2曲が最初に来ないと次が無い(笑)。US盤を入手したジャズ者の方々は、演奏順をLP時代と同様の並びにして下さい。

すると、決まってこのアルバムの存在価値が理解できます。このLP時代の並び順に勝る者無し。フュージョン時代に硬派のジャズ演奏。それでいて、フュージョン時代独特の癒しと安らぎがあって、このミルトの『Goodbye』は「耳休め」の一枚として、素晴らしい内容の一枚だということが理解出来るかと思います。 

しかし、フュージョンジャズは侮れない。CTIレーベルって軟弱なジャズレーベルじゃないの、って敬遠するって間違いだと思っています。このミルトの『Goodbye』は、70年代純ジャズの好例だと思います。このミルトの『Goodbye』では、演奏するメンバー皆が、寛ぎつつ純ジャズしています。
 
 
 
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2010年4月19日 (月曜日)

「マクリーンだけ」愛でるライブ盤

Jackie Mclean、ジャキー・マクリーンと表記する。独特の音色を発するアルト奏者。クラシックの世界であれば、絶対に受け入れられることは無いだろう。少しマイナーに外れた音。キュイーンと絞り上げるような、金属的なアルト・サックスの響き。ジャズの世界だから「個性」として受け入れられる。

でも、僕は、このマクリーンのアルトの響きが、アルトの音が大好き。この少しマイナーに外れた音が「くせ」になる。どこで聴いても絶対に「マクリーン」と判る音。これこそが、ジャズ・ミュージシャンの個性。これこそがジャズの面白さ。

1950年代からジャズの第一線で活躍しながら、1968年にはコネチカット州で教職に就き、音楽活動を休止。ヨーロッパへ活動の場を移し、スティープル・チェイスに吹き込んだ復帰第一弾アルバムがある。『Live at Montmartre』(写真左)。1972年、デンマークはコペンハーゲン、カフェ・モンマルトルでのライブ録音。

スティープル・チェイスは、このカフェ・モンマルトルでのライブ録音が多い。この『Live at Montmartre』も、録音のバランスが私家録音っぽい。ピアノとベースの音は小さいし、ドラムはちょっと刺々しい。でも、マクリーンのアルトは活き活きとしていて、それだけで僕はこのアルバムを愛聴している。

改めてパーソネルは、Jackie McLean (as) Kenny Drew (p) Bo Stief (b) Alex Riel (ds)。ピアノはあのケニー・ドリューである。このジャズ・ピアニストも、1960年代後半、新天地を求めて、ヨーロッパへ渡ったくちである。 ベースとドラムは、ほぼ無名。デンマーク現地のローカル・ミュージシャンであると思われる。
 

Mclean_montmartre

 
僕は、このライブ盤の冒頭「Smile」という曲が大好きなのだ。チャーリー・チャップリンの名画『モダン・タイムス』のラストを飾る名曲。ラストシーンで印象的な、この「スマイル」は、チャップリンが作曲したもの。これが良いんだな〜。「スマイルを忘れなければ何とかなるさ」という歌詞にグッとくる。ナット・キング・コールやマイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロスらがカバーした。ジャズ・スタンダードとしては、ちょっとマイナーかもしれないが、この曲は実に雰囲気があって良い。

マクリーン独特の少しマイナーに外れた音で奏でられる「Smile」が実に良い。マクリーンはホームグラウンドのカフェ・モンマルトルで、寛いでノビノビとしたブロウが良い。開放感溢れる、爽快感溢れるブロウ。節回しも良く回り、アドリブのイマジネーションも良好。良い、実に良い。

ベースとドラムのリズム・セクションは、ちょっと単調。2曲目のブルースではベースがずれまくる。なんで? 観客達も笑っている。でも、このカフェ・モンマルトルは、当時、素晴らしい雰囲気のライブハウス。観客達はミュージシャンの味方。観客の歓声も臨場感が溢れていて心地良い。

ピアノのケニー・ドリューの演奏については、ちょっと録音バランスが悪くて、彼独特の黒い情感溢れるちょっとファンキーでブルージーな演奏が堪能できないのが、ちょっと欲求不満。まあ、まだこの時期のスティープル・チェイスは駆け出しの地方レーベル。録音技術も機材もまだまだ稚拙なものだったらしいので、これはこれで仕方が無い。

それでも、マクリーンのアルトは音が良く、堪能できます。録音バランスはちょっと良くないのですが、音質は良。とりわけ、マクリーンのアルトは良い感じで録音されています。ジャズ者初心者の方々を含めて、ジャズ者一般万民にお勧めできるライブ盤ではありませんが、マクリーンのファン、そして、「Smile」という曲のファンの方々には絶対のお勧めです。

このライブ盤を聴いた後、暫くは、この「Smile」のマクリーン節が頭の中を渦巻いて、知らず知らずのうちに、ところかまわず「Smile」のメロディーを口ずさんだりしています(笑)。  
 
 
 
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2010年4月18日 (日曜日)

ジャズ喫茶で流したい・15

1950年代、ハードバップ黄金時代のジャズ・レーベルの代表格が、BlueNote、Prestige、Riverside。3大ジャズレーベルと呼ばれる。

そんな3大ジャズレーベルの中で、一番いい加減というか、やっつけ的なのが、Prestigeレーベル。まず、ジャケット・デザインはやっつけ(たまに良いってものもあるが確率的には他のレーベルに比して低い)、アルバムの収録も、ジャズ・ミュージシャンを適当に集めて、適当にリーダーを決めて、一発勝負のジャム・セッション的録音も多い。

プロデュースは意識的にアルバムを作成するのでは無く、ジャム・セッションの流れに任せて、そのアルバムの出来は、そのセッション都度の偶然に委ねているものも多々ある。しかし、そんな偶発的なものに委ねたプロデュースでも、なかなかに内容の伴ったアルバムが出来てしまうところに。ジャズの面白さがある。

さて、そんなジャズ・ミュージシャンを適当に集めて、適当にリーダーを決めた、一発勝負のジャム・セッションの成功例の一枚が、Arthur Taylorの『Taylor's Wailers』(写真左)。Arthur Taylorは、アート・テイラーとも呼ばれ、ハードバップ時代のセッションドラマーの代表格。ハードバップ時代の名盤、佳作にドラマーとして名を連ねることが多い、当時、ファーストコールなドラマーである。

そんなアート・テイラーが名目上のリーダーとなって、ジャズ・ミュージシャンを適当に集めて、適当にリーダーを決めた、一発勝負のジャム・セッションの演奏をまとめたアルバムが『Taylor's Wailers』。しかし、この『Taylor's Wailers』のリリースは、1957年2月25日と3月22日。

ちなみに3月22日のセッションは、John Coltrane (ts)を交えた、Coltrane中心のセッションからの収録。3月22日のセッションからの収録は、2曲目の「C.T.A.」のみである。この2曲目の「C.T.A.」だけがメンバーも雰囲気も違う。ちなみに、パーソネルは、John Coltrane (ts), Red Garland (p), Paul Chambers (b)。そんな全く異なるセッションから曲を寄せ集めてアルバムを作ってしまういい加減さもPrestigeレーベルならではの仕業である(笑)。
 

Taylors_wailers

 
2曲目の「C.T.A.」以外の他の5曲は同一メンバーでのジャム・セッションとなってる。ちなみに、そのパーソネルは、Art Taylor (ds), Jackie McLean (a), Charlie Rouse (ts), Donald Byrd (tp), Ray Bryant (p), Wendell Marshall (b)。ファンキーでドライブ感のあるピアノが特徴のレイ・ブライアントと、セロニアス・モンクの下を離れたチャーリー・ラウズの参加が興味津々。

アルバム全体を聴き通すと、確かに2曲目の「C.T.A.」だけが演奏の雰囲気が違う。テナー・ソロはどう聴いてもコルトレーンである。ピアノはどう聴いてもガーランド。なんで、この曲だけ明らかにメンバーが違うと判るのに、この1曲だけを、他のジャム・セッションの演奏曲と混ぜてアルバム化したのか、理解に苦しむ。聴く者の耳を軽視しているとしか思えない。プロデューサーのボブ・ワインストックに訊いてみたい位だ。

それでも、異質な2曲目の「C.T.A.」に、他の5曲も併せて、ハードバップな演奏が実に色濃く、絵に描いた様なハードバップ的な演奏を楽しめる好盤となっている。これだけいい加減にアルバム化している割に、ハードバップの印象、雰囲気を強く感じる事が出来る。これぞ「Prestigeマジック」である(笑)。

2曲目の「C.T.A.」以外の収録曲を見渡すと、これまたバラバラ。全く一本筋が通っていない(笑)。ファンキー・ジャズあり、ラテンチックな曲あり、難解なモンクの幾何学的ジャズあり、バリバリの超スタンダードあり、演奏収録された曲は見事にバラバラ(笑)。それでも、なぜか一貫して、当時全盛であったハードバップ的な演奏が、実に色濃く記録されているのが実に不思議。

チャーリー・ラウズのテナーがこれだけ個性的で伝統的なものだと初めて感じたし、レイ・ブライアントのファンキーなピアノはこれはこれで個性的だと思ったし、ジャッキー・マクリーンのアルトは相も変わらず個性的だし、ドナルド・バードのトランペットも溌剌としている。それをバックでとりまとめ盛り立てるアート・テイラーのドラミングは堅実かつノリが良い。

このアルバムは、一聴しただけでは、異質な2曲目の「C.T.A.」の存在がトラップとなって、誰のアルバムだか判らないことが多い。それでも、アルバム全体を覆う雰囲気は、ハードバップ全盛時代の良質なハードバップ的雰囲気が横溢しているので、余計にこのアルバムは誰のリーダーアルバムなのか判ら無くなる。

この『Taylor's Wailers』、Prestigeレーベルのいい加減かつ、やっつけ的な収録〜編集方針がなぜが「功を奏した」不思議なハードバップ・アルバムである。適当にメンバーを集め、適当にジャム・セッションさせる。「スタジオ代がもったいない」という理由からか、ほとんどが「一発録り」。それでも、これだけの内容のハードバップ・アルバムが出来るのだから、本当にジャズって面白い。 
 
 
 
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2010年4月17日 (土曜日)

マイルス・デイヴィス『Relaxin'』

プレスティッジのマラソン・セッション4部作の最後を飾るのは『Relaxin'』(写真左)。現代絵画キュビズムを思わせる「横たわる女性画」が印象的なジャケット・デザイン。

このアルバムには、レコーディングでの会話が断片的に収録されており、プレスティッジのマラソン・セッションの臨場感が感じられるところが最大の特徴。

冒頭の「If I Were A Bell」では、マイルスの「かすれ声」から始まる。「先に演奏して、後から曲を教えるよ」。指を鳴らしてのカウントが格好良い。そして、次の「You're My Everything」では、これまた最初に打ち合わせのような会話が入り、続いてガーランドの美しいシングルトーンのイントロが始まるが、イントロの途中で、マイルスが口笛を吹いて演奏を中断し、ブロックコード中心のイントロに変更させる。このやりとりが、これまた臨場感を強く感じさせて実に良い雰囲気だ。

ちなみに「You're My Everything」のイントロで、マイルスがガーランドに弾き分けさせる、このシングルトーンとブロックコードのニュアンスの違いに、僕は「ジャズ」の面白さを感じる。弾き方ひとつでこれだけニュアンスが変わるとは思わなかった、ジャズ者初心者の頃、妙に感じ入ったものだ。

これだけ弾き方ひとつでニュアンスをガラッと変えてしまうガーランド。実は、この『Relaxin'』でのガーランドのピアノは絶好調である。バラード良し、ハイテンポの曲も良し。右手のシングルトーンは良く回るし、左のブロックコードの伴奏を入れるタイミングは絶妙で狂いが無い。

Miles_davis_relaxin

ガーランドのピアノが好調なほど、マイルスのペットも好調になる。「You're My Everything」のバラード演奏は絶妙。ガーランドの右手シングルトーンとマイルスの独特ハーマン・ミュートの絡みが美しい。ガーランドのピアノが好調なので、ミッドテンポからハイテンポの曲が、実にノリの良い演奏になっていて、リズムセクションのチェンバースのベース、フィリージョーのドラムも、うきうきと弾むように、活き活きと軽やかにビートを刻んでいる。

僕はこのアルバムが、他の3枚に比べて、ちょっと聴く回数が少ないのだが、それはコルトレーンが原因。ゴツゴツとしたフレーズで、野太い音量の大きいコルトレーンのテナーは、やはり当時、未熟だって言われていたのも納得なんだが、この『Relaxin'』では、そのコルトレーンの「ゴツゴツとしたフレーズで、野太い音量の大きい」部分が、他の3枚よりも「耳につく」のだ。

特に「If I Were A Bell」は残念。好きな曲、マイルスの調子も良い、アレンジも良い、だけど、コルトレーンのソロが出てくると「う〜ん、うるさいなあ〜」と思ってしまう。5曲目の「It Could Happen to You」では、ソロが硬くぎこちなくて窮屈だ。とにかく当時のコルトレーンには、まだ抑制が効かない部分があって、マイルスのペットの音色との「効果的な対比」を越えて、あまりにゴツゴツし過ぎて、あまりに野太すぎて、音が大きいことも相まって「アンバランス感」だけが強く出ることがある。そんな「負」の部分が、このアルバムでは、他の3枚に比べて、ちょっと多いかな〜。

この『Relaxin'』では、コルトレーンの発展途上ぶりが浮き彫りになっている分、ちょっと他の3枚と比べて分が悪い。ラストの「Woody 'N You」の演奏が終わった後の会話が、その発展途上ぶりを想像させてくれて微笑ましいと言えば微笑ましい。プロデューサーかスタッフの誰かが「もう一回やろう」と言った声に対して、マイルスがすかさず苛立ち気味に「ホワイ?」と返す。一瞬走る緊張感。しかし、続いて、コルトレーンが一言。これはいったい・・・、緊張感を緩和させようとする機微なのか、脳天気なのか。「栓抜きどこ?」・・・・(笑)。 
 
 
 
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2010年4月16日 (金曜日)

マイルス・デイヴィス『Workin'』

このアルバムは、絶対にジャケット・デザインで損をしている。これはちょっと無いよなあ。道路工事の現場に煙草を吸いながら笑うマイルス。しかも、モノトーン、エメラルドグリーン一色。全く金をかけていない。というか気にしちゃいない。まあ、Prestigeレーベルなんで仕方が無い。

しかし、このアルバムも名盤ですぞ。マイルス・デイヴィスの『Workin'』(写真左)。ジャケット・デザインに騙されてはいけない。ジャケット・デザインに怯んではいけない(笑)。でも、僕もジャズ者初心者の頃、このアルバムには触手が伸びなかった。このジャケット・デザインは無いよな。このアルバムを手にしたのは、FMでこのアルバムの全ての収録曲を通して聴いた後・・・。

冒頭の「It Never Entered My Mind」が全てである。この「It Never Entered My Mind」の存在が、このアルバムの価値を決定づけている。右手シングルトーン、左手ブロックコードのレッド・ガーランドのシンプルで儚く美しい前奏で「やられる」。

凄くしみじみとした、素晴らしくシンプルで美しい前奏。聴く度に心がジーンとし、目頭が少し熱くなる。精神状態が不安定な時はウルウルしたりする。そんな目一杯情感のこもった、ゆったりとした美しい響き。そして、そのガーランドの素晴らしい前奏の後、滑り込む様にマイルスのミュートがテーマを奏でる。常に、この瞬間に、僕は至福の時を感じる。

素晴らしいバラード演奏である。これがハードバップの真髄である。ビ・バップ時代に、こんな情感溢れる美しいバラード演奏は無かった。この曲でのマイルスのミュート・トランペットが実に誠に素晴らしい。これぞ「リリカル」という表現がピッタリである。

Miles_davis_workin

しかも、というとファンに叱られるかもしれないが、この「It Never Entered My Mind」に、ゴツゴツとしたフレーズで、野太い音量の大きいコルトレーンは参加してこない。ただただシンプルに、ただただ朗々とマイルスは、情感溢れるバラードを、ミュート・トランペットで吹き上げていく。この演奏を聴く度に「ジャズは芸術」という言葉を思い出す。この演奏はアーティステックな高みに達した、至高のジャズである。

リーダーのダンディズム溢れる、アーティステックでリリカルなマイルスのペットと、ゴツゴツとしたフレーズで、野太い音量の大きいコルトレーンの対比が成功しているのは「It Never Entered My Mind」。この曲でのマイルスとコルトレーンの対比は素晴らしい。マイルスの狙い通りの、圧倒的な「対比」。無粋とも言える、ゴツゴツとしたフレーズで、野太い音量の大きいコルトレーンのテナーのお陰で、マイルスのペットが一層に映える。

他の演奏も良い。他の演奏は楽しい。当時のマイルス・クインテットの「Theme」が2パターン入っている。「It Never Entered My Mind」〜「Four」〜「In Your Own Sweet Way」〜「Theme」。そして、「Trane's Blues」〜「Ahmad's Blues」〜「Half Nelson」〜「Theme」。演奏の展開が2つに分かれている。

「Theme」は、マイルス・クインテットのテーマソング。この「Theme」で一連のセッションは完了。このアルバムは、スタジオ録音の音源を収録してはいるが、全体構成のコンセプトは「擬似ライブ・セッション」。通して聴いて実に楽しい、ライブ感溢れる内容となっている。

派手さはないが、当時のマイルス・クインテットの凄さを伝える、ライブ感溢れる演奏の数々。マイルス・クインテットの魅力という単純なものではない、このアルバムはジャズの素晴らしさをダイレクトに伝えてくれる。とにかく、冒頭の「It Never Entered My Mind」だけでも「買い」である。全体構成のコンセプトは「擬似ライブ・セッション」。通して聴くと「なお楽しい」。

ジャケット・デザインに騙されてはいけない。ジャケット・デザインに怯んではいけない。このアルバムは、ジャズ者初心者の方々のみならず、全てのジャズ者が聴くべき、アーティステックな高みに達した、至高のジャズである。  
 
 
 
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2010年4月14日 (水曜日)

マイルス・デイヴィス『Steamin'』

マイルス・デイヴィスのPrestige4部作、有名なマラソン・セッションから生まれ出でた4枚のアルバムであるが、自分としてはどうも、それぞれのアルバムの1曲目のどれが聴きたいか、でその時その時のアルバムを選んでいるような気がする。それぞれのアルバムの1曲目とは、

『Cookin'』:「My Funny Valentine」
『Steamin'』:「Surrey with the Fringe on Top」
『Workin'』:「It Never Entered My Mind」
『Relaxin'』:「If I Were a Bell」

自分の好きな順番は上の様な順番。「My Funny Valentine」・「Surrey with the Fringe on Top」(邦題:飾りのついた四輪馬車)・「It Never Entered My Mind」・「If I Were a Bell」の順である。

一番好きな「My Funny Valentine」が収録された『Cookin'』については、一昨日語ったので、今日は2番目に好きな「Surrey with the Fringe on Top」が収録されている『Steamin'』(写真左)。

まず、「Surrey with the Fringe on Top」の邦題「飾りのついた四輪馬車」が雰囲気良しである。実はそれだけで「ワンポイント・プラス」なんだけど、そこは冷静に語りたい(笑)。この「Surrey with the Fringe on Top」は、マイルスならではハードバップの美学が溢れている。クールでアーティステックでリリカル。適度に抑制された「美しさ」と「ビート」をバックにマイルスのトランペットが映える。

この「Surrey with the Fringe on Top」は、ミッドテンポの実に悠然としたビートに乗って、マイルスならではのハードバップが展開されていて「僕は大好き」。バックのチェンバースのベース、フィリージョーのドラムのビートが良い。マイルスを如何に惹き立てるか、を念頭に若きリズムセクションの二人が技術の粋の全てを投入して、マイルス楽団ならではのビートを供給する。これが「きも」。

そのマイルス楽団ならではのビートをベースに、マイルスが「美しく男気溢れる魅惑的な」ペット・ソロを展開し、そのマイルスのペットに相対する「ヒール役」として、野太く音量の大きいコルトレーンのテナーが展開される。

Steamin

『Steamin'』のキャッチフレーズは「マイルスならではハードバップの美学」。冒頭の「Surrey with the Fringe on Top」から始まり、2曲目の「Salt Peanuts」がニクイ。ビ・バップ時代の超有名曲である「Salt Peanuts」を、マイルスならではのハードバップで再構築する。この「Salt Peanuts」は、このマラソン・セッションでは珍しく、メンバーが皆平等なグループサウンズを前提として、マイルスならではのハードバップを基にした、個性的な「Salt Peanuts」を展開してみせる。

ちなみに、このPrestige4部作、有名なマラソン・セッションでのコルトレーンは決して上手く無い。発展途上と表現したら良いか。ゴツゴツとしたフレーズで、野太い音量の大きいコルトレーンのテナーは、確かに親分のマイルスのペットを惹き立たせているが、テクニック的には「まだまだな感」が強い。

しかも、マイルス親分から「抑制の美」を要求されている。努力の人、秀才コルトレーンからするとちょっと分が悪い。しかも、このマラソン・セッションは「一発録音・一発勝負」。コルトレーンの苦手とするところなので、このPrestige4部作、有名なマラソン・セッションの中では、コルトレーンが発展途上な演奏に終始するのは仕方が無い。

この『Steamin'』は巷では、Prestige4部作の中で人気が無いそうだが、僕の評価は全く違う。このアルバムには「マイルスならではハードバップの美学」が溢れている。「Something I Dreamed Last Night」の、マイルスがこの曲では1人で切々を歌い上げるところに、僕はとりわけ、マイルスならではの「ハードバップの美学」を感じる。

ハードバップ・セッションの「予定調和的なグループサウンズ」を早々に見限り、リーダーを惹き立たせる為のアレンジと演奏。それが可能となるフォーマットが「ハードバップ」。この『Steamin'』には、本来、アーティステックであるべき「ハードバップ」の真の「あるべき姿」が記録されている。マイルスに妥協は無い。マイルスに予定調和は無い。僕は、毎度毎度『Steamin'』を聴く度に、このマイルスならでは「ハードバップの美学」に感じ入ってしまう。

ジャケットもなかなかですよね。煙草に火を付ける「横顔のマイルス」。このジャケットから感じる通りの演奏が、この『Steamin'』の中で繰り広げられている。  
 
 
 
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2010年4月12日 (月曜日)

マイルス・デイヴィス『Cookin'』

さあ、今年はマイルス・ディヴィスをしっかり聴き直そう。マイルスは僕の一番のお気に入りである。マイルスのお陰で、僕はジャズを総合的に感じる事が出来た、と思っている。

が、マイルスの功績に対する評価、マイルスのアルバムの評価は、今では当を得たものばかりである。何も僕如きが、ジャズ者初心者の方々にガイドをするものでもなかろう、と、バーチャル音楽喫茶『松和』としては、マイルスを意識的に採り上げではこなかった。

しかし、マイルスは僕のお気に入り。バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」では、恐らくかなりの頻度でかかっているんだろうなあ、と思い直して、今年から、マイルスのアルバムを採り上げて行きたいと思った。でも、ありきたりの評論は既に、ジャズ入門本やマイルス本にしっかりと記され、それを読んで頂いた方が、マイルスの本質を理解するのに手っ取り早い。

と言うことで、これからのマイルスのアルバム紹介は、バーチャル音楽喫茶『松和』のマスターの独り言、もしくは「うんちく」というトーンでまとめていこうと思っている。松和のマスターに「このマイルスのアルバムって、どうなの?」って訊かれて、答える「うんちく」。マイルスのアルバムが流れているバーチャル音楽喫茶『松和』で、呟くマスターの独り言。そんなトーンでご紹介しているので「よろしく」(笑)。

さて、まずは、プレスティッジのマラソン・セッションだろう。マイルスの音楽は、一般的に「アコースティック・マイルス」と「エレクトリック・マイルス」の、大きく分けて2つの時代に分かれる。「エレクトリック・マイルス」は、ちょっと専門性が高く、ジャズ者初心者向けでは無いので、まずは「アコースティック・マイルス」、それも、一番聴き易いハードバップ時代の「アコースティック・マイルス」。

ハードバップ時代の一番聴き易い「アコースティック・マイルス」と言えば、プレスティッジのマラソン・セッション。そのプレスティッジのマラソン・セッションの中から、まずは一番好きな Miles Davis『Cookin'』(写真左)。
 

Miles_cookin

 
まず、ジャケットが良い。トランペットをマウスピース側から見たイラスト。意外性が良い。そして、絵のバランスが秀逸。これだけジャケット・デザインが優れていると、内容は悪いってことは絶対に無い。所謂、ジャケ買いの世界である(笑)。

この『Cookin'』には、マイルスのダンディズムが溢れている。音を洗練し、音数を絞り込み、間とスペースを最大限に活かした「クール」なハード・バップ。素晴らしく洗練された、アーティスティックな音世界。決して熱くなり過ぎない、決してファンキーにならない、というかファンキーな要素を極力排除したリリカルな世界。

レッド・ガーランドの「左手ブロックコード」、間とスペースを意識した「右手シングルトーン」のピアノが美しい。間を意識し吹き過ぎを意識的に抑制し、すーっと伸びた音がクールなコルトレーンのテナー。聴こえはシンプルだが、実に高度なビートとリズムを紡ぎ出すドラムのフィリー・ジョー、ベースのチェンバース。この唯一無二な、素晴らしく洗練された、アーティスティックな「クール」な音世界は、全て、マイルスのトランペットを惹き立たせるためにある。

「静のダンディズム」の代表が、冒頭の「My Funny Valentine」。レッド・ガーランドの愛らしい前奏に導かれて登場するマイルスのミュート・トランペット。絶品。ミュートの魔術師、マイルスの真骨頂。

この「My Funny Valentine」に騙されてはいけない。2曲目以降は意外に「ハード」。「動のダンディズム」の嵐が吹き荒れる。2曲目の「Blues by Five」のアーティスティックなファンキー・ビート。3曲目の「Airegin」のコントロールされた「大人の熱さ」。4曲目の「Tune Up/When Lights Are Low」の間とスペースを最大限に活かした、熱くて「クール」な、マイルス印のハード・バップ。

この『Cookin'』には、ハードバップ時代の、マイルスのダンディズムがギッシリと詰まっている。マイルスのダンディズムのショーケース。総演奏時間わずか33分半の『Cookin'』ではあるが、アルバムの価値は収録時間の長さではない。

『Cookin'』は、ハードバップはアーティスティックであることを体験させてくれる。ジャズはクールであることを教えてくれる。永遠の愛聴盤の一枚、マイルスの『Cookin'』。何度聴いても飽きない名盤、名演である。  
 
 
 
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2010年4月11日 (日曜日)

続・2010年の花見です....

昨日から、異様に暖かい日に早変わりした「我が千葉県北西部地方」。先週は花冷えの日が続いた。基本的に、薄手の半コートが手放せない日々が続く。そんな花冷えの日が続いたお陰で、先週、満開を迎えた桜がまだ残っている。

葉は出てきたが、まだ散らない桜。しかも、昨日は5月中旬の陽気と相成った。それでは、と今朝、人出が来る前に、朝早々に行けば空いているかも、ということで、先週に続き、近場の花見の穴場へ。

総武線の駅に原木中山という駅がある。そこに「法華経寺」という寺がある。鎌倉時代の文応元年(1260年)創立。中山法華経寺とも呼ばれる。ここの桜が素晴らしい、という話は良く聞いた。参道には猫が沢山いて、猫好きには「猫の寺」との声も。

今まで、何度か訪れたことはあるが、桜の季節には行ったことが無かった。ということで、朝8時過ぎに家を出て、一路、電車にて、総武線下総中山駅へ。9時過ぎには下総中山駅に到着。参道を一路、法華経寺へ。

Nakayama_temp1

さすがに朝早いので、車通りも無く、人も地元の人が歩くのみ。空いている。良い感じである。いつもは車と参拝客で混雑する参道も広々としている。山門をくぐり抜けると、足を止めて感嘆するほどの桜のトンネルである(上写真)。

参道に棲む野良猫たちに久々に再会し、スナップ写真を撮らせてもらいながら、本堂へ。参道の先に、重要文化財の五重塔が、良いバランスで収まっている。法華経寺の境内は桜が一杯。祖師堂の廊下から見下ろすと、桜の雲がたなびくようだ(写真下)。

Nakayama_temp2

桜は、まだまだしっかりと花を咲かせている。少しだけ散りつつはあるのだが、まだまだ花見が楽しめる。よく見ると葉は出てきているのだが、花が散っていないので、まだまだ十分、桜が楽しめた。しかも、まだまだ朝が早く、一般の参拝客がほとんどいないので、静かでかつゴミゴミしていない。人が少ない境内って、こんなにも広々としているんや、と初めて気が付いた。

せっかく、久しぶりに法華経寺に来たので、念仏を上げてもらい、新しいお札をいただいた。21世紀になったとは言え、信心は大切だと思っている。今日の天気は曇り。スカッと晴れ渡った空では無いが、先週に続いて、十分に桜を堪能させてもらった。

さて、昨日、割れた歯(歯医者に割られた歯?)をなんとか修復してもらって、やっと歯が鬱陶しい状態が改善された。でも、今、通っている歯医者にかなりの不信感を持ち、この歯の治療が終わったら、歯医者を代える決心をした。

さすがに2週間、歯がしくしく痛い状態が続いたので、かなり精神的にも疲れていたようだ。法華経寺から帰ってきたら、疲れて寝込んでしまった。こんな時は、ぼーっとしているに限る。よって、今日は音楽は敢えて聴かず。音楽を身を入れて聴かない日が、少しはあっても良い。 
 
 
 
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2010年4月10日 (土曜日)

ノスタルジックだけど新しい...

ジャズの発祥は「ニューオリンズ・ジャズ」とされる説がある。トランペット、トロンボーン、クラリネットなどのフロント3管が中心となった集団即興演奏が特徴。ホンワカ、ノンビリな、ちょっととぼけた感じのフロント3管のユニゾン&ハーモニー。決して焦って走ることは無い。長閑な人間の生活テンポをキープしたような、心地良いビート。

そんな「ニューオリンズ・ジャズ」の要素を完全に取り入れながら、現代ジャズや現代ポップスの要素をシッカリと底に偲ばせた、実にユニークなアルバムがある。Allen Toussaint(アラン・トゥーサン)の『The Bright Mississippi』(写真左)。本人のソロとしては、1996年の「Connected」以来13年ぶりのリリース。

アラン・トゥーサンとは、米国ルイジアナ州ニューオーリンズ生まれのピアニスト、歌手、ソングライター、プロデューサー。1938年1月生まれだから、今年で72歳、大ベテランである。1975年リリースの『Southern Nights』は彼の代表作。僕もこの『Southern Nights』は大のお気に入り。クールなニューオーリンズ・サウンド、米国南部サウンドのど真ん中を歩いてきたミュージシャンである。

彼の活動のピークは確かに1970年代なんで、彼を「過去の人」の一言で済ましてしまうマニアもいるが、見識違いも甚だしい。今でも、アラン・トゥーサンは、米国南部サウンドのど真ん中を歩いている。その証拠が『The Bright Mississippi』である。
 

Allen_toussaint_bright_mississippi

 
アルバムの内容はインスト中心、しかも、初期のニューオーリンズ・ジャズを大々的に取り上げている。演奏のベースは現代ジャズ。でも、醸し出される音楽はニューオリンズ・ジャズ。このアルバムは徹頭徹尾、ノスタルジックだけど新しい「ニューオーリンズ・ジャズ」が溢れている。

採用されている曲は、エリントン、ビックス・バイダーベック、サッチモ、セロニアス・モンク、ジャンゴ・ライハルト等と、ジャズ者ベテランにとって、実にディープな選曲である。冒頭の「Egyptian Fantasy」を聴き始めるだけで、もう心はワクワク、ソワソワ。

ニューオリンズ・ジャズってジャズの起源のひとつ。実は、ニューオリンズ・ジャズって意外とお気に入りで、本業をリタイアしたら、絶対にニューオリンズに行って、本場のニューオリンズ・ジャズを聴かないとあの世に行けない、とまで思っているくらいだ。

は、ジャズへのリスペクトの念に溢れた、ニューオーリンズ・サウンドの重鎮である Allen Toussaint の最新アルバム。1970年代ロック、米国南部志向、Dr.John『Gumbo』、Little Feat『Dixie Chicken』、Allen Toussaint『Southern Night』にはまっていた方々には、Allen Toussaintの『The Bright Mississippi』は、最適な「ジャズ入門盤」。

単なる、ニューオリンズ・ジャズを愛でる「懐古趣味」ではなく、現代の音の先端、尖った「オルタネイティブ」も感じさせるサウンドは、実に「妖しい」魅力に溢れている。ジャンル不明の、国籍不明の、ノスタルジックだけど新しいニューオリンズ・ジャズの世界。

聴けば判る。唯一無二、これしかない、アラン・トゥーサンの下手上手ボーカルも心地良い、不思議なジャジーな魅力に溢れたアルバムです。 
 
 
 
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2010年4月 9日 (金曜日)

Weather Reportの音の変遷

昨日から、Weather Reportの『Forecast: Tomorrow』(写真左)を聴いている。ウェザー・リポート衝撃のボックスセット。70年代初めから80年代半ばに、ジャズ界トップに君臨した、エレクトリック・ジャズ・ユニット、ウェザー・リポートの豪華ボックスセット。

特に、Disc 1が味わい深い。ウェザー・リポートの音の成り立ち、ウェザー・リポートの一番輝いていた初期の音世界がギッシリ詰まっている。収録された12曲は以下の通り。

1. In a Silent Way
2. Super Nova
3. Experience in E [Excerpt]
4. Milky Way
5. Tears
6. Eurydice [Full Version]
7. Orange Lady
8. Unknown Soldier
9. Directions [Take 1][#]
10. Surucucu
11. Second Sunday in August
12. 125th Street Congress
 
1曲目の「In a Silent Way」は、作曲者のザビヌルが何て言おうが、マイルスの手柄、マイルスの才能の仕業なんで、ザビヌルの音のルーツとは認め難い。ザビヌルの音のルーツは、キャノンボール・アダレイ・グループの3曲目「Experience in E」。ウェイン・ショーターの音のルーツは「Super Nova」。

このボックス盤での、当初3人のトロイカ体制だった、最後の3人目、ベースのミロスラフ・ビトウスの扱いが不当である。ビトウスの音のルーツを明快にする「音」が無い。

しかし、5曲目の「Tears」以降、「Eurydice」「Orange Lady」「Unknown Soldier」と、ビトウスのベースがあったからこそ、ビトウスの音楽性があったからこそ生まれ出でた名演の数々が、ビトウスが如何に、WRの初期の一番輝いていた音世界に欠かせない存在であったかを、如実に物語っている。
 

Wr_forcast

 
ラストの「125th Street Congress」まで、明らかに、ビトウスのベース、ビトウスの音世界が、初期のWRの音世界をリードしている。ビトウスがいたからこそ生まれ出でたデビューアルバム『Weather Report』、セカンドアルバムの『I Sing the Body Electric』、そして、ザビヌルの残した音世界の遺産を使い尽くした『Sweetnighter』。この3枚のアルバムの時代中心に選曲された「Disc 1」の世界は、ウェザー・リポートの一番輝いていた初期の音世界である。

それが証拠に「Disc 2」の世界からは、リズムセクションのビートがガラリと変わる。シンプルと言えば聞こえが良いが、シンプルと言うよりは「単純」。簡単になったリズムセクションのビートは「つまらない」。そんな「つまらない」ビートに乗ったショーターのソロは、もっと「つまらない」。

しかし、ザビヌルWRはついていた。エレクトリック・ジャズ・ベースの天才中の天才、ジャコ・パストリアスに恵まれる。「Disc 2」の「Birdland」以降、ジャコの加入したWRのビートは、粘りがあって疾走感があり、音の幅が広く、跳ねるよう流れるよう、ドラムのピーター・アースキンのうねりのある怒濤の様なポリリズミックなドラミングと相まって、一聴シンプルではあるが、実に豊かな変化溢れるビートが、ジャコのベースの時代のWRの凄いところ。

それでも、ビトウスのベースが貢献した、ウェザー・リポートの一番輝いていた初期の音世界にはかなわない。純ジャズとしてWRを評価する場合、僕の中でその純ジャズとしての評価が一番高いのは、ビトウスのベースが貢献した、ウェザー・リポートの一番輝いていた初期の音世界である。

このボックス盤『Forecast: Tomorrow』を聴くと、WRの音世界は天才ベーシストが創り出していたことが良く判る。やはり、マイルスの薫陶は素晴らしい。「ジャズの基本はビートである」。その重要とされるビートのトーンを決めるのは、やはりベースである。

ドラムはリズムを決める。ベースはビートのトーンを決める。ウェザー・リポートは、キーボードのザビヌルのバンドでは無かった。天才ベーシストのトーンがリードしたバンドであった。 
 
 
 
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2010年4月 8日 (木曜日)

「ミロスラフ・ビトウス」の本音

ジャズっていう音楽は「売れれば良い」というものでは無いと思っている。ジャズは、クラシックに次ぐ、「芸術」というジャンルの「音楽」だと思っているので、売れたアルバムが、ジャズの世界の中で偉いという訳では無い、というのが僕の持論。

ベーシスト「ミロスラフ・ビトウス(Miroslav Vitous)」。今ではこのベーシストの名前を知る人も少なくなったのではないだろうか。でも僕たちは覚えているし、今でも彼のベース・ワークには一目置いているし、ワクワクする。

ビトウスが、Weather Report退団後に発表した1976年の作品である『Vitous』(写真左)。発足当初、ザビヌル〜ショーター〜ビトウスの3頭体制だったWRだが、音楽性の違いからビトウスが、1974年に脱退。というか、ザビヌルに「いびり出された」感のある脱退劇だった。しかも、ショーターも助け船を出さないし・・・。当時、ザビヌル〜ショーター〜ビトウスの3頭体制で発足したWRって何だったんだろうと思ったもんだ。

さて、1974年にWRを脱退。1975年はほとんど活動していなかったが、突如、心機一転発表したのがこの作品『Vitous』を聴くと、ビトウスは、決してWRを離れたくなかったんだな〜、って思ってしまう。このアルバムでの演奏される音は、紛れもなく、WR初期の流れをくんだ、コズミックで前衛的な、それでいて、当時のWRに不足していた「キャッチャーな旋律の魅力」を持った、なかなかの秀作だと思う。

パーソネルは、ビトウスの他はドン・アライアス(ds,conga,bongo,perc)のみ。最後の曲だけアルメン・ハルバリアン (perc)がアライアスに代わる。ビトウスはベースの他にピアノ・シンセも担当。当然、オーバーダブを多用している(あまり気にならないのは素晴らしい)。如何に、ピアノ・シンセが当時のビトウスの音作りに大切だったのか、実に良く判る。そのビトウスに必要なピアノ・シンセを提供しなかったのがザビヌルという図式が、このアルバムから浮き上がって来るようだ。

Vitous

WR初期の音作り。ビート重視ではあるが、そのビートは4ビートでは無い。8ビート以上を「パルス化」して、複合リズムで叩きまくる、という実に超絶技巧ではあるがシンプルな響きのする「独特なビート」を採用。パーカッションを積極採用、アフリカン・ビートを全面に押し出すが、決して黒くない、暖かくはあるが中性的なビートの響きが最大の個性。

そんなデジタルな、中性的な響きが新しいビートに乗せる旋律は、従来のジャズが採用してきた、スタンダードライクなキャッチャーな響きのする旋律ではなく、ワールド・ミュージック的なネイティブな旋律、若しくは、フォーキーな旋律を採用。アフリカン・ネイティブに偏らない、ワールドワイドな旋律が演奏の幅を大きく拡げている。

そんなWR初期の音作りを押し拡げた様なビトウスの音作り。音の重ね方、音の間を十分に活かしたビトウスのピアノ・シンセが聴きものである。当然、ビトウスのベースが素晴らしい。ピッチの合った端正なベースは「唄うような」響き。ピッチが合っているのでボウイングも良い感じ。旋律楽器としてベースが機能しているアルバムは数少ないが、このアルバムでのビトウスのボウイングは実に良い響きを奏でている。

進むべき方向を指し示しているビトウスの姿が素晴らしい。発足当初からのザビヌル〜ショーター〜ビトウスの3頭体制のWRが続いていたら、きっとこの『Vitous』の様な音になっていたかもしれない。でも、この音は大衆には大きくはアピールしない。確かにザビヌルの方向性のほうが「売れた」。でも、30年以上経って振り返ると、ザビヌルの方向性は「色褪せてきた」。

でも、僕は、このビトウスの音が好きだ。ジャズっていう音楽は「売れれば良い」というものでは無いと思っている。売れたアルバムが、ジャズの世界の中で偉いという訳では無い、というのが僕の持論。
 
 
 
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2010年4月 7日 (水曜日)

二日酔いに優しいギターの調べ

う〜眠い。一日眠かった。しかも、今朝は頭が痛くて起きた。う〜昨晩飲み過ぎた。でも、気分はスッキリ、良い酒ではあったらしい。でも、睡眠不足はなんともし難く、朝から眠くて眠くて(笑)。

こういう二日酔いの日には、ハードなジャズなどとんでも無い。超絶技巧なフュージョンもパス。二日酔いに優しいジャズ、そう耳当たりが良い、それでいてしっかり芯の通った、イージーリスニング系フュージョンが良い。

ということで、今朝一番の選択は、Grant Greenの『Visions』(写真左)。ブルーノートの4373番。1971年5月の録音。ちなみにパーソネルは、Billy Wooten (vib) Emmanuel Riggins (el-p) Grant Green (g) Chuck Rainey (el-b) Idris Muhammad (d) Harold Caldwell (d, per) Ray Armando (cga)。

1961年に初リーダー作をリリースした頃は、完璧ハードバッパーなギター。60年代末から70年代にかけては、ファンク・スタイルに転身。硬派なハードバップからファンク、そしてフュージョン系の演奏への時代の流れと共にスタイルを変えて来たグラントではあるが、一貫してシングル・コイルを搭載したギターを使用しており、シングル・コイル独特のシンプルな単音、そして硬いパキパキな音色が彼のギターの特徴。

さて、この『Visions』であるが、収録された曲を見渡すと、思わずにやけてしまう。1曲目はシカゴの「Does Anybody Really Know What Time It Is?」(邦題「いったい現実を把握している者はいるだろうか? 」)、クインシーの2曲目「Maybe Tomorrow」、カーペンターズの6曲目「We've Only Just Begun」(邦題「愛のプレリュード」)、ジャクソン5の7曲目「Never Can Say Goodbye」、など当時のヒット曲を並べた構成。いやいや〜、これだけ見れば、完璧なイージーリスニング系フュージョンなアルバムです。
 

Visions

 
でも、これがなかなか良い感じなんです。シングル・ノート(単音)を主体だとポップス系のヒット曲は、ちょっとシャビーに聴こえたりするんですが、ここでのグラントは違う。ウエス・モンゴメリーのCTIの作品を硬派に仕立て上げたような、極上のイージーリスニング系フュージョンが、極上のフュージョン・ギターがここにあります。

演奏は8ビート中心で短めで物足りなさが残るが、このアルバムでのグラントは好調に、これらのヒット曲をシングル・ノート(単音)でパキパキと弾き上げていきます。ポップな内容ながら、グラントのインプロビゼーションは素晴らしく、ハードバップな4ビート時代を思い出させるようなスリリングな場面も随所にあり、聴き応えが十分です。

面白いのは3曲目の「モーツァルトの交響曲第40番ト短調」。さすがに誰でも聴いたことがあるであろう、モーツァルトの有名曲、テーマの部分だけを聴くとさすがに「仰け反る」(笑)。でも、しばし我慢して聴いていると、テーマの後に出てくるグラントのインプロビゼーションが実に良い。木訥バキバキなシングルトーンが炸裂である。

そして、なんといっても絶品なのは、6曲目「We've Only Just Begun」(邦題「愛のプレリュード」)。カーペンターズの歌唱で有名なポップ・チューンですが、これが絶品。原曲自体の旋律が良いのもあるんですが、その美しい旋律をグラントのシングルトーンでパキパキと弾かれたら、そりゃ〜もう実にエエ感じですわ(笑)。

ジャケットの写真も妖しくて「クール」。裏ジャケのグラントの顔面大アップも、実にレア・グルーヴっぽくて「クール」(笑)。グラントのシングルトーンでパキパキ・ギターは、どこまでも硬派で美しくファンキーで、「二日酔いに優しいギターの調べ」とはこのことやな、と至極納得したGrant Greenの『Visions』でした(笑)。  
 
 
 
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2010年4月 5日 (月曜日)

ベストメンバーの最高傑作ライブ

1970年代から1980年代前半、ジャズ・フュージョン界を席巻したジャズ・バンドの一つが「Weather Report」。そして、その「Weather Report」は、メンバーが時代時代で刻々と変化したが、最高のメンバー構成が、Josef Zawinul (key), Wayne Shorter (ts,ss), Jaco Pastorius (el-b), Peter Erskine (ds)。1978年から1982年の間、この4人のメンバーが、「Weather Report」のベストメンバーであった。

そのベストメンバーでの最高傑作ライブが残されている。アメリカ公演などから厳選されたテイクが収録された、1979年にリリースされた、2枚組LP アルバム『8:30』(写真左)である。2枚組LPアルバムとはいっても、ライブが収録されたのは、LPでいうA〜C面まで、D面は当時のスタジオ録音で占められていた。

ライブ収録されているのは、それまでのウェザー・リポートのベスト盤的選曲。どの曲も凄まじいばかりの、怒濤のテクニックとイマージネーション溢れるインプロビゼーションの応酬である。とにかく凄い。「Weather Report」全盛期のライブである。凄いのは当たり前やね。

とても4人が中心の演奏とは思えない。音が分厚く、ユニゾンは塊の如く、ハーモニーは幾重にも重なっていく。その分厚い演奏の核となっているのは、ベースのJaco PastoriusとドラムのPeter Erskine。キーボードの重なるように、キーボードを補完するように、とてつもないベースラインを弾きまくるJaco Pastorius。そして、千手観音の様にビートを叩きまくるPeter Erskine。この二人が叩き出すビート、リズムは想像を絶する凄さ。

このアルバムが発売された当時、僕はチープなステレオセットしか持っていなかったので、このベースのJaco PastoriusとドラムのPeter Erskineの叩き出すビート、リズムの凄まじさが判らなかった。歳を重ね、なんとか財力を確保し、そこそこのステレオセットを持つことが出来、そのそこそこのステレオセットで聴くベースのJaco PastoriusとドラムのPeter Erskineの叩き出すビート、リズムは凄まじいかぎり。

Wr_830

他の時期の「Weather Report」には、パーカッション奏者が存在していたのにも拘わらず、この時期だけはパーカッション奏者が入っていないのも、このライブアルバムのJaco PastoriusのベースとPeter Erskineのドラムを聴けば「頷ける」。

特に、Jaco Pastoriusのベースラインは尋常では無い。異常と言った方が良いか。なんでそんなフレーズが出てくるのか、なんでそんなビートが出てくるのか、理解に苦しむ(笑)。とにかく凄い。唄うように、叫ぶように弾き倒すJaco Pastoriusのベース。そのベースに呼応するように、とにかく叩きまくるPeter Erskineのドラム。このライブアルバムの全編に渡って、この二人のリズムセクションは凄い。

こんな凄いリズムセクションをバックにしているのだ。フロントのキーボードのジョー・ザビヌル、サックスのウェイン・ショーターは、それはそれは、心ゆくまでソロを歌い続けることが出来ただろう。特に、このライブアルバムでは、ウェイン・ショーターのサックスが凄い。吹きまくり、とはこのこと。しかも、誰にも真似できない、ショーターならではの宇宙人的に捻れたフレーズが満載である。

LP時代のD面のスタジオ録音については、発売当時、1980年代のジャズを予言するものとして、持てはやされたものだ。しかし、1980年代、予想に反して、メインストリーム・ジャズの復権、ハードバップ・ジャズ回帰な時代になった。

エレクトリックな純ジャズは、マイルス・デイヴィス御大とチック・コリア、パット・メセニー以外、目立って後を継ぐ者は見当たらず、ジャズ界時代が、如何にエレクトリックな純ジャズが難しいものかを証明した格好になった。この「Weather Report」も、1986年に解散している。

ちなみに、『8:30』というタイトルは、米国ではコンサートの開始時間が、大体この8時30分位に始まるという事から付けられたそうです。ジャケット・デザインも格好良く、「Weather Report」の名盤中の名盤です。何度聴いても飽きません。
 
 
 
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2010年4月 4日 (日曜日)

twitter始めました

恐る恐るながら、twitterを始めました(笑)。本業の方でも、ちょっとtwitterの体験が必要なので、副業のバーチャル音楽喫茶『松和』と一石二鳥、ということで、思い切って始めてみました。

http://twitter.com/v_matsuwa

上限140文字なので、本当に「つぶやく」感覚です。まだなんだか良く判らない感じで、手探り状態から抜け出せていません(笑)。バーチャル音楽喫茶『松和』のお客様の中で、twitterをやっている方がいらっしゃいましたら、よろしかったらフォローに来て下されば幸いです。

このブログは、日々聴いているアルバムのレビューをアップしていますが、twitterでは、日常の音楽ライフを中心に、感じたこと、気になったこと、嬉しかったこと、悲しかったことなどを、とりとめなく「つぶやいて」います。

このバーチャル音楽喫茶『松和』のtwitter は、音楽喫茶のカウンターでの、私、マスターの「ひとりごと」として捉えていただければ、と思います。

さて、今日は昨日とは打って変わって「寒い」。冬の日が戻ってきたような寒い日。空もどんよりと終日、曇り空。気分的に滅入る、に加えて、いきなり寒くなって、体調がついていかない。不定愁訴というやつ。なんだか身体が怠く、風邪をひいた様な体調に陥って、今日はとにかく具合が悪い。かなり体調が悪いんだが、それでも音楽は聴く訳で(笑)、今日は、先週入手したマイルス・デイヴィスの、初期の紙ジャケを試し聴きした。

Miles_horns_items


『Miles Davis And Horns』(写真左)、『Collector's Items』(写真右)。前者が、1951年1月17日の録音、後者が、1953年1月30日の録音。特に、『Miles Davis And Horns』は、ほぼ初リーダー作に近い、マイルス・デイヴィスの、ごくごく初期のアルバムである。

この2枚を試し聴きしていて、マイルスの偉大さに改めて触れた感じがする。『Miles Davis And Horns』は、1951年のリリース。まだジャズの演奏のおおよそは、1940年代後半に大ブームとなった「ビ・バップ」の影を引きずっているんだが、マイルスは違う。ビ・バップとは対極的な雰囲気、クールでムーディーで構成力のある、実に粋なグループサウンズになっている。

1953年の『Collector's Items』に至っては、もう完全にハードバップ的な演奏になっており、如何にマイルス・デイヴィスが、ジャズ界の最先端を走っていたかを実感する。1951〜53年の、マイルスの「ごくごく初期」の頃で、これだけジャズ界の先端を走っているのだ。う〜ん、やはりマイルスは凄い。「栴檀は双葉より芳し」という諺を思い出した。

しかし、そんな興味深い内容とは裏腹に、ジャケットデザインの適当なこと、適当なこと。『Miles Davis And Horns』なぞ、なんやこのジャケットのイラストは(笑)。『Collector's Items』のジャケット・デザインもいい加減そのもの。瓶を並べただけの写真とは、全くの手抜きである。まあ、どちらも、Prestigeレーベルらしいと言えば、Prestigeレーベルらしいけど・・・(笑)。

ということで、今日は体調不良の為、アルバム・レビューはお休み。明日は明日で、朝から雨とかで、いまからなんだか鬱陶しい(笑)。今年の冬から春への季節の変わり目の気温の変化は、かなり「ハード」で身体にこたえる・・・。 
 
 
 
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2010年4月 3日 (土曜日)

2010年の花見に行ってきました

先週より肌寒い日が続いて、なかなか桜の開花が進まなかったが、一昨日の晩から急に暖かくなって、「もしや」と思ったら、この土日で桜が一気に満開状態となった、我が千葉県北西部地方。ということで、今日は朝からちょっとヒンヤリした気候ではあるが、午後から日差しも出るということで「花見へGo!」である。

中山競馬場周辺の桜が穴場だ、ということは前から聞いていたが、なかなか訪れる機会が無かった。が、今年の花見は思い切って、中山競馬場周辺まで足を伸ばした。武蔵野線の船橋法典駅から中山競馬場へ向かう。そして、中山競馬場に着くわけだが、まずは中央口の前の駐車場の桜が見事である。そして、まだ裸のままの欅が見事。この駐車上、初夏は欅の新緑で楽しめそうだ。

Nakayama1

中山競馬場からJR西船橋駅へ下って行く途中で、桜並木の見事な土道路がある、というネットの情報を頼りに、中山競馬場の周りを回っていくと、ありました、ありました。見事な桜のトンネル。もう満開でした。なかなか見事な桜です。しかも、ほとんど人通りも無く、車も多く無く、確かに、花見の隠れた穴場です。西船橋駅へ下って行くすがら、満開の桜を堪能しました。

Nakayama2 
 
1970年代、歌謡曲〜ニューミュージックの時代。「桜」を題材とした歌はほとんど無かった。特にヒットした曲に「桜」を題材にした曲は記憶に無い。当時、桜は愛でるもの、桜は唄うものではない、とでもいった感覚でもあったのだろうか。あのニューミュージック華やかりし頃、ニューミュージックの世界でも、愛だ恋だ、惚れた振られた、孤独だ淋しい、頑張ろう生きよう、というものが殆どだった。「桜」を題材にした曲はほとんど無い。

「桜」の季節になると、満開の「桜」を愛で、満開の「桜」が散る様を見ると、決まって、数少ない「桜」を題材とした歌を思い出す。その歌とは、荒井由実のサードアルバム『COBALT HOUR』(写真下)の3曲目「花紀行」である。

Yuming_cobalthour

2曲目の名曲「卒業写真」と、4曲目の小粋でアンニュイな「何もきかないで」に挟まれ、ひっそりと3曲目に置かれた小作品である。荒井由実の楽曲の中でも地味な存在で、荒井由実を語る中で、この「花紀行」が話題になることは殆ど無い。でも、このひっそりとした地味な「花紀行」の曲の雰囲気が、『COBALT HOUR』を初めて聴いた30年以上前から、ずっとずっと好きである。


見知らぬ町を ひとり歩いたら
風は空から 花びら散らす
過ぎゆく春の 投げる口づけは
髪に両手に はらはら停まる

この場所で 嵐見送れば
時の流れに 埋ずもれてしまう

薄紅が なんて優しいの
拾い集める人もいないのに

見知らぬ町を ひとり歩いたら
風は空から 花びら散らす
髪に両手に はらはら停まる

「花紀行」 作詞・作曲 荒井由実


この何気ない歌詞が良い。ほとんど人通りも無い、静かな場所にひっそりと咲く満開の桜。その満開の桜が風に吹かれて、はらはらと散っていく。そんな寂寞感溢れる様子をしっかりと描写している。そして、間奏のシンセサイザーの単音のフレーズが、その寂寞感を音で表現する。歌詞とシンセサイザーの単音で、人知れず咲いた満開の桜が、風に吹かれて散っていく寂寞感をリアルに表現している。この曲は絶品である。

僕は子供の頃から、ほとんど人通りも無い静かな場所に、ひっそりと人知れず咲いた満開の桜を見ると、なんだか心がジーンとして、言いようの無い寂寞感を感じる。青空をバックに風に乗ってハラハラと散る桜を見ると目頭が熱くなる。そんな「桜と寂寞感」を、この荒井由実の「花紀行」はリアルに表現している。僕は、この季節に、この桜の季節にピッタリな、この「花紀行」が大好きである。 
 
 
 
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2010年4月 2日 (金曜日)

ゴンサロの今のところの最新作

今週、ジャズ・ピアニストとして、ゴンサロ・ルバルカバを2回採り上げているので、週末の金曜日、ゴンサロ・ルバルカバの「今のところの最新作」で締めたいと思います。

ゴンサロの「今のところの最新作」は『Avatar(邦題:化身)』(写真左)。2008年のリリース。録音は、2007年5月。パーソネルは、Gonzalo Rubalcaba(p,key), Yosvany Terry(as,ss,ts,per), Mike Rodriguez(tp,flh), Matt Brewer(b), Marcus Gilmore(ds) 。ちなみに、ドラムのMarcus Gilmoreは、かのベテラン伝説的ジャズドラマー Roy Haynes の孫だそうだ。いやはや恐ろしい時代になったもんやなあ。

で、この『Avatar(邦題:化身)』、ゴンサロの今を伝える好盤となっている。ゴンサロ曲が1曲と、ヨスヴァニー・テリー曲が3曲、マット・ブルーワー曲が1曲、あとはホレス・シルバー曲の「Peace」とその他1曲で全7曲。リーダーである自らの作曲よりも、テナー奏者テリーの作曲の才を全面に押し出している。う〜ん、アレンジャー&オーガナイザー的能力が高いゴンサロならでは、である。

アルバムの全体的な雰囲気であるが、ゴンサロの個性の一つである「ポジティブなラテン色」はほとんど無い。あからさまでは無いが、そこはかとなく漂う変拍子ファンク的な雰囲気が、聴き耳のあちこちに引っ掛かる、所謂「玄人好みのサウンド」である。

曲によって、4ビートが混じったコンテンポラリーなジャズ、はたまた純粋な4ビートジャズがあったり、基本的にメインストリーム・ジャズ路線のど真ん中を突き進んでいる感じ。決して、ポップな世界に迎合していないところが実に良い。

たまにシンセサイザーを音の色づけ程度に使用しているところもあるが、あくまで生ピアノがメインで、バリバリ弾きまくっている。けれども、若い頃、デビューした頃の様に、超絶技巧なテクニックにまかせて、ガンガンに弾きまくる訳では無い。しっかりと抑制を効かせつつ、バリバリ弾きまくるが、グループ全体のトータルサウンドを十分に意識した、アレンジャー&オーガナイザー的な立場、現場プロデューサー的立場を十分に意識した演奏に仕上がっている。

Gonzalo_avatar

メインストリーム・ジャズとして、ハイレベルな内容ではあるが、採用された曲の曲想がちょっと暗い。完全にモーダルで複雑な曲調のものが多くて、聴いていて、ダークな雰囲気にドップリ染まってしまうところが、ちょっと損をしているところ。ゴンサロの個性のひとつである、ポジティブな哀愁感漂うラテンチックなところ、明るくカリビアンな雰囲気を抑えすぎたかな、ちょっと真面目に構え過ぎたかな、という感じ。

でも、ゴンサロのピアノのテンションは高く、決して緩まることは無い。このゴンサロのテンションがなかなか癖になる。テリーのテナーもアグレッシブで、硬派なメインストリーム・ジャズとして、じっくりと構えて聴くと、これがなかなか気分が良い。暗い曲想にちょっと疲れる割には、時々、引っ張り出してきては聴き耳を立て、ダークな雰囲気にドップリ染まってしまって後悔する割に、また引っ張り出してきては、また聴き耳を立てる。なんだか不思議なアルバムである。

そして、録音の良さも特筆に値する。ゴンサロの超絶技巧なピアノの音が全くけばけばしく無く、良い感じで丸い感じが心地良い。テリーのテナーも耳につかない、というか、アグレッシブなブロウの時も、耳につかない感じは、ちょっと感動ものである。ちなみに録音は誰かと調べてみると、録音はジム・アンダーソン。この名前、覚えておこう。

ゴンサロのストイックなメインストリーム・ジャズですね。ゴンサロのグループ全体のトータルサウンドを十分に意識した、アレンジャー&オーガナイザー、プロデューサー的才能を十分に感じることが出来ます。ゴンサロの円熟した超絶技巧なピアノも聴き応え、切れ味共に充分。グループサウンドとしても良く仕上がっていると思います。

ただ、ストイックすぎて、かなり硬派なメインストリーム・ジャズに仕上がっているので、ジャズ者初心者の方々は避けた方が良いでしょう。ジャズ者中上級者向け。 
 
 
 
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2010年4月 1日 (木曜日)

ゴンサロ、初期の傑作である

ゴンサロ・ルバルカバ。彼の持つ実力の程を考えると、もうちょっと評価されても良いんだけどな、と思う今日この頃。

口の悪い評論家からすると、若い時は凄かったんだけど、今はなんだか良く判らないピアニストになったなんて、じゃあ、自分はゴンサロと同等、若しくは、それ以上のピアノ・パフォーマンスが出来るのか、って訊きたくなる。まあ、評論家ってうのか、無責任なものだよな。

プロフェッショナルというものは、身を削って、その身を置くそれぞれの世界の中で自分の個性と実力を表現をするものであり、僕も本業は技術職で、所謂、プロフェッショナルの端くれではあるので、安易に無責任な評価する評論家には憤りを感じることはしばしばある。

ゴンサロ・ルバルカバの世界というのは、巷の無責任な評論家が言うほど、単純かつ狭いものではない。僕は、この、ゴンサロの初期の傑作『Rapsodia』(写真左)を聴けば、ゴンサロの実力に驚嘆すること請け合い。このアルバムには、ゴンサロの全てがギッシリ詰まっている。

冒頭「Contagio」は、さすがにキューバ出身のミュージシャン、カリビアンなカリプソチックな愛らしいフレーズが特徴の、それでいて、そこはかとなく超絶技巧な世界。この「Contagio」は、その演奏内容は秀逸。

で、冒頭の「Contagio」を聴いて、じゃあ、このアルバムは、カリビアンなカリプソチックな愛らしいフレーズで攻めてくるのか、と思いきや、そうじゃない、ということが、2曲目の「Circuito II」で判る。

う〜ん、なんて尖った、ちょっとアブストラクトな、超絶技巧なピアノ・ソロで始まる演奏は、ゴンサロの個性をしっかりと僕たちに伝えてくれる。決して、聴き手のレベルに迎合しない、純ジャズの最高峰を追求する、そのストイックな姿勢と演奏内容。この2曲目の「Circuito II」には、ゴンサロの聴き手に対する誠実さが溢れんばかりである。

Gonzalo_rapsodia

このアルバムでは、ゴンサロが単なるピアニストに留まらない、トータルなアレンジャー&コンポーザーの才能も兼ね備えた、オールラウンダーなピアニストであることを証明してくれる。

3曲目の、硬派で尖ったファンキーなビートはどうだ。しかも、ゴンサロのシンセサイザーの使い方はどうだ。ビートの処理、シンセサイザーの処理。ここでのゴンサロのトータルなアレンジャー&コンポーザーの才能には舌を巻くばかり。しかも、ゴンサロのトレードマークである「超絶技巧な世界」を全く規制することなく、ゴンサロは心いくまで弾き倒す。そして、グループサウンドとしてのまとまりは素晴らしいの一言。

この『Rapsodia』は、ゴンサロ、初期の傑作である。ゴンサロの個性が目一杯に詰まっている。ゴンサロは心ゆくまで、自分の個性、特性を表現してみせる。超絶技巧な世界と秀逸なアレンジャー&コンポーザーの世界。どこまで、ゴンサロの個性で一杯。

ゴンサロをここまで好きにさせているのは、フレオ・バレトのドラミング。超絶技巧なポリリズムの世界は、以降訪れるであろう、プログレッシブなジャズ・ドライングの将来を彷彿とされる。とにかく、凄いドラミングだ。僕は、フレオ・バレトのドラミングを生で見たことがあるが、それはそれは超絶技巧な世界。でも、その超絶技巧な世界は、決して、無理して作っている「人工的な」香りがしない。

そんなフレオ・バレトのドラミングを得て、ゴンサロはピアノを弾き倒す。そして、その引き倒すゴンサロのピアノを更に惹き立たせるのは、ゴンサロのトータルなアレンジャー&コンポーザーの才能。このアルバムが、ゴンサロ、初期の傑作である、とする所以である。

単なるピアノだけでは無く、シンセサイザーを始めとする電子鍵盤楽器にも精通しているところゴンサロの凄いところ。ゆめゆめ侮ることなかれ。ゴンサロ・ルバルカバの才能は、結構、従来の評価の延長戦上にあるものでは無い。 
 
 
 
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