« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年3月の記事

2010年3月31日 (水曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・10

僕がジャズ者初心者の頃、このピアノ・トリオは実に良く判った、というか、このピアノ・トリオの演奏は判りやすくて、ヘビー・ローテーションになった。

ビル・エバンスの『At The Montreux Jazz Festival』(写真左)。1968年のモントルー・ジャズ・フェスティバルでのライブ演奏を収録。パーソネルは、Bill Evans (p) Eddie Gomez (b) Jack DeJohnette (ds)。

今や、ジャズ界最高のドラマーの1人であるジャック・デジョネット。ベースのエディ・ゴメスは1966年にビル・エヴァンス・トリオに参加。当時、2人は本盤録音時点ではまだまだ無名。しかし、この2人の溌剌とした演奏が、エバンスに火を付けた感じの、ポジティブでハードタッチなピアノ・トリオ演奏である。

これはエバンスの本質では無い、という人もいる。エバンスは耽美的でリリカルなピアノだと言う。でも、このモントルーのライブ盤のハードタッチのエバンスも、実はエバンスである。

エバンスは実に柔軟なピアニストである。エバンスは伴奏に回って、フロントのミュージシャンを立てまくる演奏も平気でできる、柔軟でハイテクニックなピアニストである。特に、エバンスは、信頼できるパートナーと呼べるベーシストに恵まれると、ベーシストを拠り所に、ドラマーの個性にあわせて、ピアノを弾きこなす傾向がある。

このライブ盤もその傾向のひとつと僕は睨んでいる。信頼できるパートナーと呼べるベーシストとして、若きエディ・ゴメスに恵まれ、安心して、ゴメスのベースを拠り所に、デジョネットのドラムの個性に、バッチリあわせて、ピアノを弾きまくっている。デジョネットのドラムはアグレッシブ。エバンスのピアノもアグレッシブ。あわせて、ゴメスのベースもアグレッシブ。

Evans_montreux

デジョネットが叩きすぎる、という向きもある。確かに、エバンスのバッキングということを考えると、叩きすぎですな(笑)。でも、当時、まだまだ無名に近い、若手のデジョネット。エバンスに抜擢されて、モントルー・ジャズ・フェスティバルに出演である。舞い上がって、叩きすぎても不思議では無い。

しかし、信頼できるパートナーと呼べるベーシストとして、若きエディ・ゴメスに恵まれ、その若さ故の叩きすぎのデジョネットにあわせて、ポジティブにハードタッチに弾きまくるエバンスは、これまた凄い。あわせて、ブンブンと弦を震わせ、アコースティック・ベースを弾きまくるゴメスも凄い。

デジョネットが叩きまくり、ゴメスがブンブンいわせ、エバンスが弾きまくる。それでも、がっちりとしたピアノ・トリオとして、しっかりとしたグループサウンドを成立させているところに、エバンスのリーダーシップを強く感じる。

ピアノ・トリオの入門盤として挙げられることの多い『At The Montreux Jazz Festival』ですが、意外にハードタッチな内容なので、エバンスのピアノは耽美的でリリカル、と思っている方は、このライブ盤を聴くと絶対に戸惑うでしょうね。

4曲目のエバンス十八番の「Nardis」の、パワフルなタッチは、おそらくエバンスの演奏の中で、一番ハードタッチなものではないだろうか。8曲目の「Someday My Prince Will Come」も同様。おそらく、エバンスの演奏の中で、一番ハードタッチで尖った「いつかは王子様が」である。でも、そのハードタッチな演奏が素晴らしい。決して異質だとは思わない。このライブ盤の演奏は、それだけの説得力がある。

ジャケット写真に写るのは、モントルー・ジャズ・フェスティバルの会場のすぐ近く、スイス・レマン湖のほとりに建つ古城。本作は、その内容に敬意を表して「お城のエヴァンス」と呼ばれる。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年3月30日 (火曜日)

ゴンサロの来日公演を思い出す

ゴンサロ・ルバルカバ。キューバからやってきたピアノの魔術師。1989年、スイスのモントルー・ジャズ祭にて、衝撃的なデビューを飾り、一躍世界へ進出。1990年代前半に大人気を博す。デビューアルバムで驚愕して以来、ずっと注目しているジャズ・ピアニストの1人である。

このゴンサロ・ルバルカバ(以降、略して「ゴンサロ」)、1990年代前半(何年だったか正確なところは忘れた)、来日した時に観に行った。五反田の郵便貯金ホール。前から3列目の実に良い席だった記憶がある。ピアノの弾く、ゴンサロの手捌きが良く見えて、その超絶技巧さに度肝を抜かれた記憶がある。

確か最初の1曲目が「imagine」だったかと思う。ソロがとても美しく、涙が出そうになった。そして、『Rapsodia』から、「Contagio」などが躍動感あふれ、楽しく、モンク系の曲では、とにかく超絶技巧なピアノ・テクニックに驚嘆し、仕事が忙しい中、無理してライブに来て良かった、と心から思った、とても素晴らしいコンサートだった。

その雰囲気を今でも伝えてくれるのが、ゴンサロの『Imagine : gonzalo rubalcaba Live in USA』(写真左)である。冒頭1曲目から、ピアノ・ソロの「Imagine」をかましてくれる。この「Imagine」を聴くだけで、昔、感動したゴンサロのライブの雰囲気を一気に思い出す。
 

Gonrubalcaba_imagine

 
超絶技巧なインプロビゼーションあり、アブストラクトでフリーな演奏あり、キューバ出身らしく、明るいラテンチックなグループ・サウンズあり、硬派なスタンダード演奏「Woody 'N You」あり、ゴンサロの才能の引き出しを全て見せてくれるような、ゴンサロのショーケースの様なライブ盤。

それでも、弾き過ぎと揶揄されていた「超絶技巧」な世界を少しばかりセーブして、メインストリーム・ジャズとして、硬派な演奏を展開することを意識的に心がけている様子が、ちょっと不憫ではある。もっと好き勝手に弾き倒しても良かったのになあ、とも感じる『Imagine : gonzalo rubalcaba Live in USA』である。

確か、僕が聴きに行ったライブは、結構、ポジティブに明るいラテンチックなグループ・サウンズやスタンダード曲を弾き倒していて、実にゴンサロらしかった記憶がある。そういう意味では、この『Imagine : gonzalo rubalcaba Live in USA』は、ちょっと「よそいき」な雰囲気がしないでもない。でも、当時のゴンサロの個性を追体験できる、秀逸な内容のライブ盤だと思います。

時は、1993年5月14日、 Lincoln Center's Alice Tully Hall でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Gonzalo Rubalcaba (p); Reynaldo Melian (tp); Charlie Haden (b); Felipe Cabrera (el-b); Jack DeJohnette, Julio Barreto (ds)。バックのメンバーもそれぞれ素晴らしいですね。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

保存

2010年3月29日 (月曜日)

「トロピカル三部作」の最終作

気分が優れない時、「よしっ」とばかりに、ポジティブな気合いを入れ直す時は、決まって、バリバリのフュージョン・アルバムを選択する。メロディアスに心地良く、超絶技巧ではあるが、それをひけらかすことが無い。そんな奥ゆかしいフュージョン・アルバムを選択する。

そんな時、度々選択するのが、スパイロ・ジャイラ(Spyro Gyra)。僕は、このスパイロ・ジャイラの『Morning Dance』『Catching the Sun』『Carnaval』の3部作。僕が勝手に名付けた「トロピカル三部作」が大好きだ。アルバム・ジャケットのイラストも共通性があって大好きだ。この「トロピカル三部作」は、僕が心をリラックスさせ、ストレスを解消させる「最終兵器」である。

今日は、そのトロピカル3部作の最終作『Carnaval』(写真左)を選択。冒頭の「Cafe Amore」は、完璧なトロピカル・フュージョン。カリビアンな響きが心地良い、トロピカルなフュージョン。スパイロの「トロピカル3部作」って、冒頭の1曲で「やられちゃう」んだよな。カリビアンなトロピカル・フュージョンに「やられちゃう」んだよね〜。どうも、僕は、トロピカル・フュージョンに、カリビアンな響きに「からきし弱い」。

でも、2曲目以降、単純に、当時売れ筋のトロピカル・フュージョンで埋め尽くすことが無いところが、スパイロの優れたところ。前作の『Catching The Sun』の特徴だった、アーバンな雰囲気の、ちょっとハードでファンキーなフュージョン・ジャズをベースに、ソフト&メロウなトーンを織り交ぜて、アーバンではあるが、キャッチャーでメロディアスな、ポジティブで聴き易い、後の「スムース・ジャズ」と呼ばれるフュージョン・ジャズのプロトタイプ的な演奏が続々と続く。

Spyro_carnival

前作での、ちょっとハードでファンキーなフュージョン・ジャズをもっと聴き易くした、スパイロ・ジャイラのフュージョン・ジャズの完成形がこのアルバムに詰まっている。スムース・ジャズを彷彿とさせる、印象的なフレーズを散りばめながら、ダイナミックな展開が素晴らしい「Awakening」、アーバンな疾走感が溢れる、ポップでリズミカルな「Sweet and Savvy」。「Carnaval」は洗練されたアーバンなアレンジのトロピカル・フュージョン。収録されたどの曲も魅力的な演奏ばかりである。

この『Carnaval』で、スパイロ・ジャイラのフュージョン・ジャズは確立された。輝かしいブラスの響き、突き抜けるような爽快感溢れるフロントのサックスとペットの音色。ポジティブでトロピカルであるが、アーバンでお洒落なビートが漂うバックのリズムセクション。そして、なによりも「打ち込み」に全く頼らない、人間が演奏する、人間味溢れる超絶技巧な演奏テクニック。これぞ、スパイロの個性である。

発売当時、ブレッカー兄弟、ウィル・リー、ハイラム・ブロック、ジョン・トロペアなど豊富なゲスト陣の参加が持てはやされたが、今、聴き直してみると、その豊富なゲスト陣は、全て、スパイロの個性のパーツとして、スパイロの音楽の中に溶け込んでいる。

このスパイロの『Carnaval』は、1980年のリリース。1980年と言えば、フュージョン・ジャズが、完全に成熟しきって、一気に下降線に入った頃の「峠の群像」の様なアルバム。フュージョン・ジャズを越えて、後のスムース・ジャズに繋がる、完全に成熟したフュージョン・ジャズがここにある。 
 
 
銀歯が欠けて、治療中の歯。歯の仮の詰め物が取れて、なんだか、しくしく痛い。今日は急遽、歯医者へ。何とか仮の詰め物を修復してもらい、痛みも改善。でも、歯医者は納得しない。歯が割れているかも、と恐ろしいことを。患者を不安に貶める歯医者、この歯の治療が終わったら、歯医者変えようかなあ。今日は、スカッとするフュージョンということで、スパイロを選択。ちょっと気分も持ち直したかなあ。

寒戻る 春の足踏み なごり雪
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年3月28日 (日曜日)

ソフト&メロウなエレ・ハンコック

エレ・ハンコックのアルバム探索も、やっと1976年に差し掛かる。ハンコックの「どアップ」のジャケットがどうも評判良くなかった印象のある『Secrets』(写真左)である。このハンコックの「どアップ」は、レコード屋で見ると常に気恥ずかしかった印象がある(笑)。

しかし、である。このジャケットに騙されてはいけない。このアルバムは、前作『Man-Child』の「大人のエレクトリック・ファンク」路線を、更に発展拡大させて、後のフュージョン・シーンのトレンドの「ソフト&メロウ」な路線をいち早く取り入れた作品として、僕は愛聴して止まない。

冒頭の「Doin' It」は、確かにファンク丸出しではあるが、ファンクな演奏の雰囲気が、実に「ソフト&メロウ」である。コーラスの入れ方もちょっとお洒落に、そしてシンセサイザーの使い方と音色が、実に「ソフト&メロウ」である。

2曲目の「People Music」は、特に、その「ソフト&メロウ」な音が色濃く溢れている。ハンコックのシンセサイザーのコード進行とモードチェンジは実に格好良く、バッキングに回った時のフレーズは素晴らしいの一言。今の耳で聴き返してみると、この辺に、フュージョン後期の「ソフト&メロウ」な演奏のルーツが隠されているような気がします。とにかく、この「People Music」でのハンコックのキーボード・プレイは素晴らしいの一言。

3曲目の「Cantelope Island」は自作曲の再演ですが、これは・・・。レゲエもどきですね(笑)。ちょっとやり過ぎですね。でも、レゲエもどきをやっているんですが、雰囲気は完全に「ソフト&メロウ」です。全く尖っていない(笑)。でも、これは・・・(笑)。

気を取り直して、4曲目以降へ。というか、このアルバムの真価は、4曲目以降の「Spider」「Gentle Thoughts」「Swamp Rat」「Sansho Shima」の4曲にあると言っても過言では無い。この4曲には、当時のハンコックの才能がギッシリ詰まっている。
 
 

Hh_secrets
 
 
「Spider」は、当時手慣れたエレクトリック・ファンク路線の延長線上の演奏ではあるが、バッキングのビートとフレーズは実に洗練されたものになっており、そのバッキングのフロントで紡ぎ出されるインプロビゼーションのフレーズは、それはもう「ソフト&メロウ」な素晴らしさ。どファンクを越えて、ソフト&メロウなファンクに昇華されている。

「Gentle Thoughts」は、ビートはファンキーであるが、出てくる旋律は、ポジティブでカリビアンな明るさに満ちたフュージョン的フレーズで溢れている。ハンコックのエレピのインプロビゼーションのキャッチャーな魅力に溢れ、トロピカルな明るさに満ちあふれている。ファンク・ビートを上手く織り交ぜた、上質のスムース・ジャズ。時代の先を行った演奏だと思います。

パンチの効いた「Swamp Rat」も聴き応え十分。ファンクなビートを演奏の底に漂わせてはいるが、もう「どファンク」ではない。後の「ソフト&メロウ」なフュージョンに応用されるフレーズ、ビートが満載である。ここには、もう『Head Hunters』からの「どファンク路線」は影が薄い。ここでも、ハンコックは時代の先を行っている。

そして、ラストの「Sansho Shima」で大団円を迎える。このラストの演奏は、既に「エレ・ファンク」な世界を突き抜け、ファンキーなビートを底に偲ばせた、超絶技巧で硬派なフュージョン演奏になっている。これは「ソフト&メロウ」な演奏では無く、実に硬派な、迫力満点のフュージョン・ジャズになっている。当時「超絶技巧+硬派な演奏」は、フュージョン・ジャズの魅力でもあった。ここでのバンド・サウンドは激しさ満点。

全編通じて、アルバムとしてのトータル性は薄い、という印象もあるかもしれませんが、このアルバムには、当時のフュージョンのトレンドを先取りした、フュージョン後期の「ソフト&メロウ」な演奏のルーツ的な演奏が満載です。フュージョン後期の「ソフト&メロウ」な演奏のショーケース的アルバムとでも言ったら良いでしょうか、さすがは「エレ・ハンコック」。いつの時代にも、時代の先取りをした音を出しているのは見事です。

ということで、このアルバム『Secrets』は、ハンコックのどアップなジャケットに臆することなく、特に、フュージョン・ジャズのファンの方々にお勧めの佳作だと思います。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年3月27日 (土曜日)

「ジャズの小径」3月号の更新です

我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の更新です。毎月1回更新の「ジャズの小径」のコーナー、2010年3月号の更新です。今回も「マスターのひとりごと・ブログ」アーカイブ。今月のテーマは『ジャズと異種格闘技』。ジャズと異なるジャンルとの異色の組合せをご紹介します。

ジャズというジャンルは、他のジャンルの音楽の要素を取り入れるのが、実に得意なジャンルです。クラシックの要素は朝飯前。1960年代には、ビートルズが流行ればビートルズの楽曲をこぞってカバーし、ロックが台頭すればロックのビート、所謂8ビートをいち早く取り入れ、クロスオーバーというジャンルが出来る。そして、R&B、ソフト&メロウが流行れば、その音の要素をいち早く取り入れ、フュージョンというジャンルが出来る。

ロック・ミュージシャンとのコラボも良くあるケース。ロック・ギタリストの職人、ジェフ・ベックなどが有名なケース。クラシックのミュージシャンとのコラボも良くあるケース。例えば、アンドレ・プレヴィンは、クラシックの指揮者&ピアニストだが、これがまた、優れたジャズ・ピアニストでもある。

Jazz_komichi_201003

ということで、今月のジャズの小径は『ジャズと異種格闘技』と題して、ジャズと異なるジャンルとの異色の組合せをご紹介します。この『ジャズの異種格闘技』で一番面白いのは、ジャズと異なるジャンルのミュージシャン同志のライブ演奏。一期一会のライブならではの「化学反応」が大いに期待できるんですね。

今回は、カントリーの大御所、ウィリー・ネルソン(写真左)と、ジャズ界で最も著名なジャズ・ミュージシャンであり、トランペッターであるウィントン・マルサリス(写真右)との異色の組合せのライブアルバム『Two Men with the Blues』。以前、このブログで掲載した原稿に、加筆修正をかけてアーカイブしています。新読、既読、読み直し、大歓迎です(笑)。

バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)にお越し下さい。「ジャズの小径」のコーナーは10年間分の記事がアーカイブされていて、読み応え十分です。特に、ジャズ者初心者の方々にお勧めです。松和のマスター一同、お待ち申し上げております m(_ _)m。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 
 

2010年3月26日 (金曜日)

ペトの「カジュアルに美しい」盤

昨日に続いてミシェル・ペトルチアーニ(愛称・ペト)のアルバム紹介である。昨日は、ペトのオリジナル曲で固めた「硬派な」ジャズ・ピアノ・アルバムをご紹介した。今日は、ペトの「カジュアルに美しい」アルバムをご紹介したい。

そのアルバム名は『Music』(写真左)。パーソネルを見渡すと、Adam Holzman のシンセサイザー Gil Goldstein のアコーディオン、ペト自身のオルガン&シンセサイザーが目を惹く。所謂「硬派な」ジャズ・ピアノ・アルバムでは無い。しかし、適当に電気楽器に手を出した軟弱盤でも無い。

それは、冒頭の「Looking Up」を聴けば良く判る。ピアノの「ミューズ」と呼ばれたペト。前奏のピアノの豊かな響きと美しく煌めく、躍動感溢れるピアノの調べ。実に美しく聴き心地のあるピアノの音。シンセサイザーがその美しいピアノをしっかりと底から支える。しかし、暫くすると、そのピアノの音が、とてもリラックスしていることに気が付く。ペトは本当に心から楽しんでピアノを弾いている。

リラックスして、心から楽しんで弾いているピアノ。美しい。硬派なジャズ・ピアノでは無いが、裃脱いで、カジュアルな服装で、バンド・メンバーと楽しみながら、音を慈しみながら弾くピアノ。ここに、ピアノの「ミューズ」降臨である。

シンセサイザーなどの電気楽器を導入しているので、このアルバムがリリースされた当時は、ペトがフュージョンに挑戦、なんていう、完全に「的外れな」論評があったりした。思わず苦笑。なぜなら、3曲目の「 My Bebop Tune」などは題名通り、超絶技巧な硬派バップ・ピアノ。でも、そこはかとなく、微妙な余裕とポジティブな明るさが充満しているところが、このアルバムの最大の個性。
 

Mp_music

 
このアルバムに収録されたどの演奏も、純ジャズ路線ではあるが、ペト自身が、強度なテンションから自らを解き放ち、リラックスして、心から楽しんでピアノを弾いている。そのペトのピアノの明るくポジティブなピアノを電気楽器が、アコーディオンがしっかりと支えているだけ。このアルバムは決して「フュージョン」なアルバムでは無い。カジュアルでポジティブな明るさに満ちつつ「レイドバックした」純ジャズである。

8曲目の「Play Me」を聴いて欲しい。凄く格好良い、美しい響きのファンク・ジャズである。なんだか、「音数を抑えて間を大切にした」エレクトリック・マイルスがペトに降臨した様な、実に格好良い演奏である。しかも、ペトのピアノの響きの美しいこと美しいこと。思わず、ポジティブな溜息をついてしまう。これぞ「カジュアルに美しい」、ペト独特のエレクトリック・ファンク・ジャズ。ペトの個性が煌めいている。

ペトは「インプロビゼーション」の重要性を良く知っている。このアルバムでも、ペトのインプロのフレーズは、実に美しくキャッチャーである。ポジティブな飛翔感と爽快感と限りない美しさが混在する、ピアノの「ミューズ」が、このアルバムに降臨しているようだ。この「インプロビゼーション」の重要性が、このアルバムを「純ジャズ」たらしめている。

このアルバム『Music』は、ペトの「カジュアルに美しい」盤。昨日ご紹介した、ペトの純ジャズの本質を掴み取ることができる『Michel Plays Petrucciani』と併せて、表裏一体、光と影、兄弟の様なアルバムである。

ペトを手っ取り早く感じ取りたいのならば、この『Music』と『Michel Plays Petrucciani』を併せて一気に聴いて欲しい。ペトの唯一無二の個性をガッチリと掴み取ることが出来ると思います。ジャズ者初心者の方々に絶対のお奨めですね。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

保存

2010年3月25日 (木曜日)

ペトの「胸の空くような」会心作

僕のお気に入りのジャズ・ピアニストと言えば、ビル・エバンスは絶対、チック・コリア、そして、ミシェル・ペトルチアーニ(略して「ペト」)である。

端正な硬質なタッチ、溢れる歌心、マニアックな展開、ポジティブなフレーズ。それらが、僕の好きなジャズ・ピアニストの条件。マイナーなフレーズも悪くは無いが、ジャズ・ピアノはポジティブであって欲しい、というのが、僕個人の好みである。

で、今日、久しぶりに聴いて、やっぱりええなあ、と感じ入ったのが、Michel Petrucciani(ミシェル・ペトルチアーニ)の『Michel Plays Petrucciani』(写真左)。1987年9月と12月の録音。パーソネルは、John Abercrombie (g), Eddie Gomez, Gary Peacock (b), Michel Petrucciani (p), Al Foster, Roy Haynes (ds), Steve Thornton (per)。

ペトのピアノに、ピーコックのベース、ヘインズのドラム、アバークロンビーのギターというユニットと、ゴメスのベース、アル・フォスターのドラム、アバークロンビーのギター、ソーントンのパーカッションによる二つのセッションを纏めた盤。ペトルシアーニのオリジナル曲のみを、作曲者本人が演奏する趣向。

ペトの自作曲って、キャッチーでポジティブな曲が多くて、実に聴き易く楽しみ易い。ぺトの作品は、外れ盤が無くて、どのアルバムから聴いても良いんだが、ペトの個性を確認するには、このアルバムが一番だろう。本当に、ペトは自作曲を心から楽しく慈しみながら、バリバリに弾き倒している。このアルバムでのペトのピアノは「痛快、明快、爽快」である。
 

M_plays_pet

 
これが徹頭徹尾、ポジティブなジャズ・ピアノが展開されていて、実に「胸の空くような」スカッとする、爽快感抜群のピアノ・ジャズが展開されていて、とにかく聴き応え十分。ペトの硬質な叩くような、それでいて耳障りにならないピアノ・タッチ、超絶技巧にとても回る右手左手。歌心抜群の歌うようなフレーズ、ちょっとラテンチックでポジティブな響き。ペトのピアノの特徴が満載である。

そして、このアルバムを聴く度に「おっ」と思うこと。ちょっとアブストラクトに捻れたアバークロンビーのギターが意外にピッタリ合うのにはビックリ。ペトの端正で硬質なタッチに、アバークロンビーのギターの捻れギターがこんなにピッタリ合うなんて。これだからジャズは面白い、これだからジャズ者は止められない(笑)。

ペトを体験するには、ペト入門盤として、このアルバムは最適かもしれない。収録曲はどれも甲乙つけがたい彼の代表作ともいえるもの。ペトの音作りの特徴とピアノの特徴が手に取るように判る会心作である。素晴らしい演奏だ。彼のアルバムの中でも「傑作の一枚」だと思う。

このアルバムを聴く度に、胸が空くような想いを感じる。心がスカッとする。爽快感抜群の、硬派ジャズ・ピアノの名盤。決して軟弱ではない。バリバリ硬派なピアノ・ジャズ。ジャズ初心者の皆さん、初めて聴くときは、しっかり構えて、しっかり心して聴かないと「火傷するよ」(笑)。でも、聴き終えた後の満足感は何物にも代え難い。聴き終えた後、常に思うんですよ、「やっぱりジャズってええなあ」って・・・。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

保存

2010年3月24日 (水曜日)

ユルユルのソウル・ジャズは良い

昨晩は久しぶりの懇親会。韓国焼肉でワイワイガヤガヤ、韓国の大衆向け醸造酒「マッコリ」をグイグイやりながら、良い感じでの帰宅。「マッコリ」で酔い過ぎることは無く、ホンワカ良い感じで、こんな良い感じの時は、ユッタリとリラックスできるジャズが良い。

と言うことで、久しぶりのソウル・ジャズの登場である。Reuben Wilson 『Set Us Free』(写真左)である。リューベン・ウィルソンはジミー・スミス直系のオルガニスト。確かなテクニックとダイナミックなサウンドと弾けるノリは、ジミー・スミスばり。この『Set Us Free』は、そんなウィルソンのブルーノートの最終作(ブルーノートには全5枚のアルバムを残している)。

1971年7月の録音。ちなみに、パーソネルは、Jerome Richardson (ts, ss), Eugene Bianco (harp), Reuben Wilson (org), David Spinozza (g, el-sitar), Richard Davis (b), Jimmy Johnson (ds), Ray Armando (cga), Gordon "Specs" Powell (per), Mildred Brown, Rosalyn Brown, Naomi Thomas (vo -3,6,7), Wade Marcus (arr), Jimmy Briggs (vo arr -3,6,7)。見渡すと、知っている顔がほとんど無い(笑)。これぞ、ブルーノートの「ソウル・ジャズ」である(笑)。

アルバムから出てくる音は、それはもう絵に描いた様な「ソウル・ジャズ」。絵に描いた様な「ソウル・ジャズ」に軽い感動すら覚える。ユルユルのエレギ、エレベ、脱力感満点の女性コーラス。そこに、キッとしまったウィルソンのオルガンがウネウネ泳ぎまくる。う〜ん、グルーブ満点、適度に濃い、ライトなソウル・ジャズである。

よくよくパーソネルを見ると、 Richard Davis (b)、Jerome Richardson (ts, ss)といった強者が名を連ねているが、他のミュージシャンも同様なんだが、あまり目立たない。目立っているのは、主役のリューベン・ウィルソンのオルガンのみ。確かに、このアルバムでのリューベン・ウィルソンのオルガンは、一聴するとウネウネ・ユルユルしていると感じるが、どうして切れ味は実に良い。

Rw_setusfree

どの曲も同じ感じなんだが、少しずつ聴きどころが異なるところが、このアルバムのニクイところ。ウィルソンのオルガンは、口ずさめるような「キャッチャーなフレーズ」は無いんだが、テーマは聴き易く、アドリブはメリハリが効いてる。何回でも繰り返し聴いていても飽きない、不思議なグルーブとビートが詰まっている。

しかし、要所要所で入る女性コーラスがレトロで、脱力感満点でエエなあ。でも、若い頃はこのレトロで脱力感満点の女性コーラスが気恥ずかしくて駄目だった。あからさまに「イモっぽく」、軽く「エロい」。こんなのジャズじゃ無い、と暫く意識的に遠ざけたソウル・ジャズ。

これが、歳を取って、聴く耳に許容量が増えてくると、このレトロで、脱力感満点な女性コーラスの存在が、なかなか「イモっぽくて」良い(笑)。この女性コーラスの存在こそが、ブルーノート提供の「ソウル・ジャズ」の特徴である。

決して洗練されたジャズでは無い。当時、流行のアレンジ秀逸なクロスオーバーでも無い。コテコテのソウル・ジャズでも無い。適度に濃く、ライト感覚のソウル・ジャズ。当時、ブルーノート・レーベルがリリースした「ソウル・ジャズ」は皆、この適度に濃く、ライト感覚だ特徴。総帥アルフレッド・ライオンが去った後も、ブルーノート独特なソウル・ジャズをリリースしていたなんて、さすがブルーノートである。

ジャケット写真のリューベン・ウィルソンの顔も、適度に濃く、表情はユルユル。アルバムから出てくる演奏は、それはもう絵に描いた様な「ソウル・ジャズ」。グルーブ満点、適度に濃い、ライトな「ソウル・ジャズ」。そして、僕の心はユッタリとリラックス、そして、遂にはユルユルになってお休み〜、である(笑)。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

 
 
 


2010年3月22日 (月曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・9

「ピアノ・トリオの代表的名盤」シリーズの9回目。何も、ジャズの巨匠・ビッグネームの類だけが、優れたピアノ・トリオ盤を作る訳ではない。

ピアノ・トリオの代表的名盤について「これ1枚」というものを挙げたら、ジャズ・ピアニストの「のべ人数」はかなりの数になる。ジャズの巨匠・ビッグネームの類は、この「ピアノ・トリオの代表的名盤」を複数枚、若しくはコンスタントにリリース出来るところに、他のピアニストに比べて、巨匠・ビッグネームとして区別される所以だろう。

今日は、巨匠・ビッグネームの類では無いが、「これ一枚」というケース、特に、今回は「聴き易く、判り易く、楽しみ易い」ピアノ・トリオ盤の代表的名盤を挙げてみたい。Shelly Manne & His Friends『Modern Jazz Performances Of Songs From My Fair Lady』(写真左)。原題ですまして書いているが、邦題でいうと、シェリー・マン&ヒズ・フレンズ 『マイ・フェア・レディ』である。

ちなみに、パーソネルは、Shelly Manne (ds・写真右), André Previn (p), Leroy Vinnegar (b)。1956年8月の録音である。ピアノのアンドレ・プレヴィンは、クラシックの世界で、現代を代表する指揮者&ピアニストの1人。ジャズ・ピアノのテクニック・資質にも優れ、クラシックとジャズの「二足のわらじ」を履いている。打ちつけるような硬質のタッチと透明感のある繊細なタッチの、激しい2面性が特徴。

ドラムを担当するシェリー・マンは、米国西海岸ジャズを代表するドラマー。その多才なテクニックとに西海岸独特な「タイトで乾いたビート」が特徴。ベースのルロイ・ヴィネガーは、西海岸ジャズの中核的存在。多数のセッションを残している、質実剛健かつ安心確実なベーシスト。そんな3人が残した『マイ・フェア・レディ』。実に「聴き易く、判り易く、楽しみ易い」ピアノ・トリオ盤に仕上がっている。

Shellym_myfairlady

プレヴィンのピアノは黒人ピアニストによく見られる「癖と粘り」が無く、クラシック・ピアニスト出身者独特の「端正で破綻のない正確なテクニック」が良い効果を出している。彼の打ちつけるような硬質のタッチと透明感のある繊細なタッチの2面性が、実に効果的に響く。そして、要所要所のアドリブ、ブレイク、チェンジ・オブ・ペースが非常に良く出来ている。予め譜面に落としていたのではないのか、と思われるほど、アルバムに収録されている演奏は良く出来ている。アレンジの勝利。

「マイ・フェア・レディ」の楽曲はミュージカルなので、ブルース感覚とファンキーな感覚とは無縁で、どちらかと言えば、クラシックやポップ・ストリングスに近い感覚があるんだが、そういう意味でもプラヴィンのピアノの採用は正解だった。加えて、白人中心の西海岸ジャズの「クール・ジャズを発展させたようなスタイル」を踏襲した、シェリー・マンの「タイトで乾いたビート」、そして、ちょっと派手目のトリオ演奏を底で支える、縁の下の力持ち的ベーシスト、ルロイ・ヴィネガーの採用も大正解。

1. 教会に間に合うように行ってくれ
2. 君住む街角
3. 彼女の顔に馴れてきた
4. そうなったら素敵
5. アスコット・ガヴォット
6. ショウ・ミー
7. ちょっぴり幸せ
8. 一晩中踊れたら  
 
映画「マイ・フェア・レディ」に親しんだ方なら、思わずニンマリしてしまいそうな選曲も大正解。西海岸ジャズ独特の洗練されたアレンジと演奏テクニックをベースに、どの曲、どの演奏も実に「聴き易く、判り易く、楽しみ易い」出来に仕上がっている。

良く雑誌などで「お馴染みのミュージカル『マイ・フェア・レディ』の名曲をピアノ・トリオで綴ったジャズ史上屈指のベスト・セラー・アルバム」と宣伝されるが、成る程と思わせる内容に、僕は、ジャズ初心者の時代から、このアルバムには痺れっぱなし。

何度聴いても良い。聴く度に新しい発見もあって、企画モノと片付けるのは「以ての外」、「聴き易く、判り易く、楽しみ易い」ピアノ・トリオ演奏として、代表的名盤に挙げたいですね。それにしても、このアルバム、ジャズ史上に残るヒットの代表的一枚として挙げられることが多いが、再発、再発で、結局どれくらい売れたんだろう?  
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

2010年3月21日 (日曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・7

ビッグバンドについて、ジャズ初心者の頃、「これは凄いぞ」と直感的に感じたのが、Thad Jones(flh), Mel Lewis(ds)の2人が、1965年に結成した、サド&メル・ジャズオーケストラ。

サド&メル・ジャズオーケストラは、FMラジオで初めて聴いた。エリントン楽団やベイシー楽団とは全く違う、新しい音が実に心に響いた。演奏されているビートが新しく、1970年代後半、ジャズ者初心者の僕は、この新しいビッグバンドの音に強く惹かれた。

そんなサド&メルを、初めてアルバムとして聴いたのは『Consummation』(写真左)だったかと思う。このアルバム・ジャケットのイラストが実に印象的だった。Leo Meiersdorffがイラストレーターとして起用されている。身体のしなり、強調された指、原色中心のメリハリのある色使い。このジャケットに惹かれて、例の「秘密のジャズ喫茶」で聴かせて貰った。\

サド&メルのビッグバンドの特徴は、まず、ソロパートに対して、時間が充分に確保されているという点である。ジャズ・コンボの様に、ソロパートにしっかりと時間を与えていて、それぞれのソロイストは活き活きと自由にソロを演奏する。その自由さが気に入った。

それから、適度に隙間のある独特なアンサンブルと疾走感溢れるパンチの効いたユニゾン&ハーモニー。適度に隙間がある中で、音の切れ目でホーン楽器がビシッと決めるので「切れ味抜群」に聴こえる。その「抜群の切れ味」が、独特のドラムブレイクと併せて、疾走感、爽快感を与えてくれる。とにかく、決めるところをキッチリ決めてくれるので、実に格好良いのだ。
  
 
 Thadmel_consummation
 
 
7曲目「Fingers」が凄い。高速演奏、ハイテンポなナンバー。サド&メルのビッグバンドは、高速演奏にも拘わらず、崩れることが無い。メンバー個々の演奏テクニックが実にしっかりしている。「抜群の切れ味」で決めるところをキッチリ決めてくれるので、この高速演奏が「耳につく」ことは無い。

加えて、ビートは8ビートの採用にチャレンジし、電気楽器の導入も全く厭わない。逆に、アレンジの妙で、実に上手くビッグバンド演奏として聴かせてくれる。とにかく、サド&メルはアレンジが格好良い。時代は「1970年」。クロスオーバー・ジャズという流行が始まった頃。新しいジャズの流行をサラリと取り入れているところが、実にお洒落である。

その代表的な演奏が、5曲目の「US」。エレピの演奏が実に小粋で格好良い。誰かしらとパーソネルを見れば、なんとローランド・ハナ。純ジャズのビートをしっかり踏襲しつつ、ジャズから決して離れない「ファンク風」エレベは誰だ、と思ってパーソネルを見れば、なんとリチャード・デイビスではないか。クロスオーバー・ビッグバンド・ジャズと言って良い、実に格好良い演奏だ。

1978年に解散してしまうが、未だに人気の「サド&メル」。今の耳で聴いても、ソロパートに対して、時間が充分に確保されているという点、適度に隙間のある独特なアンサンブルと疾走感溢れるパンチの効いたユニゾン&ハーモニーについては、まだまだ「新しさ」を感じる。サド&メル・ジャズオーケストラについては、歴史的なビッグバンドとして、もっと注目されても良いと改めて感じます。

さて、昨晩夜半過ぎから今朝にかけて凄い風、そして早朝からは大雨が加わった、所謂「春の嵐」の我が千葉県北西部地方。今日は日帰りで墓参り。朝5時起床だったので、外は春の嵐真っ只中。

車で出かけたが、強い風でハンドルは取られるわ、大雨で視界が失われるわ、大変なドライブとなった。しかし、朝9時には雨も上がり、昼には良い天気に。帰りは西日が強くて、車の中は暑いくらい。劇的な天候の変化にビックリである。 
 
春嵐(はるのあらし) 新社会人の 背中押し
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

 

2010年3月20日 (土曜日)

「記録」として価値のある盤

セロニアス・モンクのリーダーアルバムを中心に聴き直しを進めている訳であるが、モンクの絶頂期を捉えた、リバーサイド・レーベルのアルバムを聴き終えたと思ったら、一枚残っていた。『Thelonious Monk with John Coltrane』(写真左)である。正確に言えば「Jazzlandレーベル」での録音になる。

このアルバムは、ジャズ入門本やジャズ名盤紹介本に、モンクとコルトレーンの邂逅を捉えた名盤中の名盤として紹介されている。しかし、実は、僕はこの『Thelonious Monk with John Coltrane』は、あまり聴かない。皆がいうほどの「名盤中の名盤」なんだろうか。

確かに、コルトレーンが加入した「モンク・カルテット」はあまり録音が残っておらず、当時の様子を目撃した人々の話などにより、その演奏内容の素晴らしさ、凄まじさ、先進性について、脈々と伝えられ、今や伝説と化しているのだ。そのような背景の中で、録音状態が非常に良い、この『Thelonious Monk with John Coltrane』は貴重な「記録」としては価値があるだろう。

しかも、このアルバムは以下の2つのセッションに分かれている。つまりこのアルバムは、アルバム自体としては、『Thelonious Monk with John Coltrane』と銘をうつには、いささか苦しいところのあるオムニバス盤で、カルテットによる3曲を別にすれば、あとはアルバムの表題に合わせて、『Monk's Music』や『Thelonious Himself』のセッションの別テイクを、急拠探し出して来て補充したという格好になっている。

看板に偽りありとは言わないが、モンクとコルトレーンが一体となって、1枚のアルバムを残そうとしたセッションを収録したものでないことは確かである。ちなみに、ラストの「Functional」は、モンクのピアノ・ソロで、コルトレーンとは関係無いセッション。1957年の4月12日の録音である。

Ray Copeland (tp) Gigi Gryce (as) John Coltrane, Coleman Hawkins (ts)
Thelonious Monk (p) Wilbur Ware (b) Art Blakey (d)
Reeves Sound Studios, NYC, June 26, 1957
3. Off Minor (take 4)
5. Epistrophy (alt. take)

John Coltrane (ts) Thelonious Monk (p) Wilbur Ware (b) Shadow Wilson (d)
Reeves Sound Studios, NYC, July, 1957
1. Ruby, My Dear
2. Trinkle, Tinkle
4. Nutty
 

Monk_coltrane

 
さて、それでは、その内容はと言えば、確かに、モンクをバックにしてのコルトレーンは素晴らしい演奏を繰り広げてはいるが、当時のコルトレーンとしては、体調がまともな状態であれば、このアルバムでのパフォーマンスは、コルトレーンの標準レベルだろう。別に、モンクをバックにして、なにかコルトレーンに目立った変化がある訳では無い。

どの曲でも、コルトレーンは、初めは、モンクに追従して、モンク節のコルトレーンとして吹いているが、途中で我慢できなくなったのか、徐々にコルトレーン独自のフレーズになっていき、最後は、十八番の「シーツ・オブ・サウンド」一色になる。確かに、モンクとの出会いは、コルトレーンにとって有意義なものであったのだろうが、共演して何か「化学反応」が起こって、モンク+コルトレーンならではの演奏が生まれ出でたのか、といえばそうでもない。

コルトレーンが最後には、十八番の「シーツ・オブ・サウンド」を繰り広げてしまうが、モンクは全くそんなことは意に介さず、モンク節を連発する。コルトレーンのテナーの音が大きいので、逆に、モンクは、心ゆくまでピアノを叩くことができるので、結構、メリハリとパンチの効いたモンク・ピアノが聴けるのが、このアルバムでのモンクの特徴といえば特徴。モンクのハンマー打法は強烈である。歌心あるハンマー打法は「モンクならでは」のもの。
 
コルトレーンはコルトレーンで素晴らしいし、モンクはモンクで素晴らしいのだが、これら演奏が収録された1957年という時期を考えると、コルトレーンもモンクも絶好調の時期である。これくらいの演奏は当たり前だったと思われる。

ちなみに、僕はラストのモンクのソロ「Functional」に一番惹かれる。このアルバムの最後を飾るソロ・トラックは「Thelonious Himself」のセッションで録音された、同じタイトルの曲の別テイク。曲は自作のブルースだが、ここでは、オリジナル曲とは、全く違った解釈で演奏してみせる。1950年代後半のモンクの創造力+演奏能力がいかに凄かったか、改めて感じさせてくれる名演奏である。

「記録」として価値のある盤。この『Thelonious Monk with John Coltrane』は、まさにそれだと思う。コルトレーン、モンク、それぞれの演奏力は素晴らしい。でも、共演して何か「化学反応」が起こって、モンク+コルトレーンならではの演奏が生まれ出でたのか、といえばそうでもない。

「記録」としての「名盤」ではあるが、ジャズ初心者の方々に「入門的名盤」としてお勧めする類のものではないでしょう。でも、コルトレーン、モンク、それぞれの演奏は素晴らしいです。ジャズ者中級者向けでしょう。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 

2010年3月19日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・14

なんだかシリーズ化してきた「ジャズ喫茶で流したい」シリーズ。今回は14回目。ずっと、純ジャズ、それもハードバップ系の、ちょっと隠れた名盤っぽいアルバムをご紹介してきた。といって、純ジャズ系ハードバップ・ジャズだけが、このシリーズの守備範囲では無い。

今日は、ちょっと尖ったエレクトリック・ジャズの隠れ名盤をご紹介したい。梅津和時 KIKI BANDの『Kiki』(写真左)。聴いたことがあるジャズ者の方って、あまりいないのでは、と思われる。僕も全く知らなかった。恐らく、ジャズのアルバム紹介本なんかにも、その名が挙がることは全く無いと思われる。

が、このアルバムがなかなかの内容なんですよ。ですが、まず、梅津和時とは何者か、ということですね。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を紐解くと、梅津和時(うめづ かずとき、1949年10月17日 - )は、日本のミュージシャン、サックス、クラリネット奏者。フリー・ジャズを中心に、ロックやクレズマー等、幅広い分野で活動、とある。

僕がジャズ者初心者の頃、大学のころである。梅津和時は、完膚無きまでの「フリー・ジャズ」戦士だった。相当にフリーキーな演奏だったなあ。当時、ジャズ者初心者の頃である。フリーな演奏は全くと言って良いほど知らなかったし、全く理解出来なかった。敢えて無理して聴くこともあるまい、ということで、梅津和時の演奏は「完全封印」。

が、である。iTunesが出来て、iTunesの中を徘徊していて、この梅津和時 KIKI BANDの『Kiki』を見つけた。iTunesの良さは、収録された各曲30秒試聴できることである。冒頭の「Kiki」の出だし30秒を聴いて、これは「凄い」と思った。

まるで、エレクトリック・マイルスである。ビートを意識し、ビートを中心にした、エレクトリック・ジャズ。エレクトリックなビートをブンブン言わせて、そのビートの上を、KIKI BANDのフロント、テナーとギターが中心に、ユニゾン&ハーモニー、そして、フリーキーにインプロビゼーションをかましまくる。

Umezu_kiki

冒頭「KIki」続く「空飛ぶ首」は、完璧なエレクトリック・ファンク・ジャズ。きっちりベースはマイルスである。面白いのは2曲目の「空飛ぶ首」。エレクトリック・ファンク・ジャズが基本だが、ビートのうねりが、トーキング・ヘッズみたいだったりする。いや〜、なんてごった煮な音楽性だ。これぞジャズである。

3曲目の「Vietnamese Gospel」のバラード演奏が、これまた良い。情感タップリに、梅津和時のテナーが鳴り響き、ギターがこれまた情感たっぷりのインプロビゼーションを聴かせる。ちょっと和風な雰囲気も漂わせながら、実にポップなバラードである。ここでの梅津和時のテナーは絶品である。

5曲目の「Dancing Bones」は、これまた硬派なエレクトリック・ファンク・ジャズ。エレクトリック・マイルスのビート重視のグループサウンドを実に良く踏襲し、梅津和時 KIKI BANDとしての個性をしっかり折り込んだ硬派なエレクトリック・ファンク・ジャズに完全に脱帽である。間を活かしたソロ、硬軟自在なリズムチェンジ、適度な隙間のあるビート。フリーキーなテナーとギターのインプロビゼーション。ロックではこうはいかない。かといって、ジャズでもこうはいかない。これは硬派な上質のフュージョンである。

ラストの「Fucking Ada」は、これはもう完全に梅津和時の世界。ビートをシッカリと底に這わせて、テナーとギターが完全フリーな演奏を全編に渡って繰り広げる。でも、昔の様な、気持ちだけが先走りした、感情的なフリー・ジャズでは無い。シッカリとしたビートに乗ってのフリーキーな演奏なので、演奏全体が崩壊することなく、フリー・ジャズというよりは、限りなく自由になったモーダルな演奏と言った方が良いかもしれない。

この梅津和時 KIKI BANDの『Kiki』を聴いて、「エレクトリック・マイルスの後を継ぐ者」という言葉を思い浮かべた。この『Kiki』というアルバムの中に、エレクトリック・マイルスのDNAが息づいている。エレクトリック・マイルスを模倣するのではない、自分のものとして消化し、自分達の個性をマージしてのエレクトリック・ファンク・ジャズは、いつ聴いても、聴き耳を立ててしまう。

といって、他の梅津和時のアルバムを好んで聴くか、と言えばそうではない。僕にとっては、梅津和時のアルバムについては、この『Kiki』だけが唯一のアルバム。それでも僕はこのアルバムに出会えて幸せである。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

2010年3月18日 (木曜日)

優しく柔らかいコルトレーン

1962年後期から1963年初期にかけて収録した、コルトレーンの全曲バラードのアルバムが3枚ある。『Ballads』と『Duke Ellington and John Coltrane』、そして『John Coltrane & Johnny Hartman』(写真左)である。

僕は『Ballads』と『Duke Ellington and John Coltrane』については、全曲美しく穏やかなバラード集とするには異議がある。『Ballads』については、前半はバラード集という感じがあるが、曲が進むにつれ、コルトレーンは我慢できん、とばかりに「シーツ・オブ・サウンド」の封印を解き、ドラムのエルビン・ジョーンズは、欲求不満気味に抑えに抑えて叩いていたが、コルトレーンが「シーツ・オブ・サウンド」の封印を解いた瞬間、コルトレーンに追従してしまう。

『Duke Ellington and John Coltrane』についても、やはり前半は、バラード集ということで、神妙にデューク・エリントンに追従するが、曲が進むにつれて、エリントンと共演できて嬉しかったのか、エリントンに自分の凄さを認めて欲しかったのか、やはり、曲が進むにつれ、コルトレーンは我慢できん、とばかりに、トレードマークの「シーツ・オブ・サウンド」の封印を解き、吹きまくってしまうシーンが出てきて、ちょっとコレって、巨匠エリントンに失礼じゃないの、と戸惑ってしまう。

しかし、『John Coltrane & Johnny Hartman』は違う。全曲バラード集の最終の3作目。さすがに、これはマズイと思って、プロデューサーのボブ・シールがコルトレーンを諭したのか、コルトレーンがジョニー・ハートマンにびびったのか、殊勝にもボーカルの伴奏だからと自重し自制したのか、そのへんのところは良く判らないが、この『John Coltrane & Johnny Hartman』でのコルトレーンは、完全にバラードしている。

確かに、『Ballads』と『Duke Ellington and John Coltrane』と同様、中高音のみを駆使してのブロウは変わらないが、実に、優しくて柔らかい。決して、シーツ・オブ・サウンドしない。ドラムのエルビン・ジョーンズも神妙にバラードしている。特に、ブラッシュ・ワークが素晴らしい。溜息がでるほど。ピアノのマッコイ・タイナーは安心して、質の高いバラード的なピアノでバッキングし、ベースのジミー・ギャリソンも安心して、端正なバラードのビートを供給してカルテットの伴奏を下支えする。
 

Coltrane_hartman

 
この伝説のカルテットが自重し自制し、完全にバラード曲のバッキングに徹しているのである。当然、ボーカルのジョニー・ハートマンは、実に素晴らしい、最高な歌声を聴かせてくれる。テナー・サックスは男性の肉声に近いと言われるが、中高音を中心にバラードを吹くコルトレーンと、中低音を受け持つジョニー・ハートマンのボーカルは、実に相性が良い。ユニゾン&ハーモニー、そして、バックに回ったコルトレーンの情感溢れるバッキング、どれもが素晴らしく美しい。

ハートマンのつややかなバリトンボーカルのバックで、優しく柔らかにバッキングするコルトレーン。ドラムのエルビンも、内に情感を秘め抑制された、エモーション溢れる実に魅力的なドラミングを披露する。しかし、それにも増して、バラード演奏を弾き倒すマッコイのピアノが実に素晴らしい。そして、バラード演奏のビートを支える、ジミー・ギャリソンのベースがとても素晴らしいことにも驚いた。

激しく吹きまくるコルトレーンのイメージに合わない、という声もあるようですが、僕は、このアルバムでの、優しく柔らかいコルトレーンが、もともとコルトレーンの本質だと思っています。彼にとっての「実験、チャレンジ、鍛錬」を忘れて、「超絶技巧」を「シーツ・オブ・サウンド」を封印して、ジョニー・ハートマンのバッキングを、精一杯、初心に帰って、優しく柔らかくテナーを吹き上げる。実に、良いコルトレーンである。

実は、僕はこの『John Coltrane & Johnny Hartman』での、優しく柔らかなコルトレーンが好きだ。テナーを普通に吹いた時のコルトレーンほど凄いものは無い。彼にとっての「実験、チャレンジ、鍛錬」を忘れて、「超絶技巧」を「シーツ・オブ・サウンド」を封印して、シンプルに普通に情感を込めて吹き上げるコルトレーンは実に美しく、実に神々しい。 
 
『John Coltrane & Johnny Hartman』。1963年3月の録音。改めて、パーソネルは、John Coltrane (ts), McCoy Tyner (p), Jimmy Garrison (b), Elvin Jones (ds), Johnny Hartman (vo)。Englewood CliffsのRudy Van Gelder スタジオの響きが実に美しい。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 

2010年3月17日 (水曜日)

『5 by Monk by 5』は美しい

組織的に聴き進めてきたセロニアス・モンク。今回で、モンクの一番輝いていたリバーサイド・レーベルでのモンクは一応最終回を迎える。最後のアルバムは『5 by Monk by 5』(写真左)。

1959年6月の録音。パーソネルは、Thad Jones (cor), Charlie Rouse (ts), Thelonious Monk (p), Sam Jones (b), Art Taylor (ds)。パーソネルを見渡すと、Thad Jones (cor)とSam Jones (b), Art Taylor (ds)が、モンクにとっては「異質のメンバー」。よく見ると、 Charlie Rouse (ts)だけが、気心知れた「盟友」ではないか。しかし、どうして、こんなセッションをセットアップしたのかなあ。その動機が知りたくなるような、実に「異質」な組合せ。

タイトルの『5 by Monk by 5』は、モンク自身のオリジナルの5曲を5人で演奏、という意味とのこと。なるほど、と納得。オリジナルの5曲とは以下の5曲。なかなか良い曲が並んでいる。期待感が高まるが、サド・ジョーンズのコルネットがフロントに並ぶとどうなるのか。そして、ベースとドラムのリズムセクションが通常と違う。モンクはどうなるのか? 

1. Jackie-Ing
2. Straight, No Chaser
3. Played Twice
4. I Mean You
5. Ask Me Now

これが、ですね。Thad Jones (cor)とSam Jones (b), Art Taylor (ds)が、モンクにとっては「異質のメンバー」が並んでも、モンクは何処吹く風、ってな感じ。確かに、ちょっと捻れた感じを抑えて、少し、いつものモンクよりも判りやすく、簡素に弾いているんですが、モンクの個性的なフレーズと響き、タイム感覚については、決して「緩めない」。

Sam Jones (b), Art Taylor (ds)については、モンクの音楽を聴き込んでいたんだろう、録音された演奏を聴くと、大胆にアプローチ出来てはいないにせよ、モンクの個性を良く理解して、いつもより、判りやすく簡素に個性を抑えたモンクのピアノに良く反応している。リズム・セクションがしっかりすると、後はフロントである。
 

5by_monk_by5

 
しかし、サド・ジョーンズというミュージシャンも只者では無い。モンクと共演となると、あのモンクの個性的なフレーズと響き、タイム感覚に追従しながら、自らの個性を発揮できるか、ちょっと不安にもなったりするんだが、サド・ジョーンズも凄い。もともと、彼はバップ・ミュージシャンなんだが、モンクのバッキングの下、決してモンクに迎合しない、しかし、モンクのバッキングにしっかりと反応して、サド・ジョーンズなりのモンク・ミュージックを現出している。

「Played Twice」の3テイクが順を追って聴くと面白い。モンクとサドのコラボレーションの構築の順番、塩梅が良く判る。さすがに、このセッションでは、最後のテイクがマスターテイクとなっている。モンクとサド、如何に異質の組合せだったのかが良く判る。でも、さすがに一流のミュージシャンである。お互いの個性を消し合わず、迎合せず、お互いの個性を活かして、しっかりと「一期一会」のセッションを成立させているのは「お見事」。

サド・ジョーンズが、モンク相手に、たった3日の短時間のセッション中で、これだけの成果が残せたのは、やはり、もう1人のフロント、テナーのチャーリー・ラウズの存在だろう。彼は、モンクの「盟友」。モンクのことは熟知している。ラウズは、悠然としたテナーで、若干戸惑い気味のサドをサポートするように、モンクのバッキングに追従する「コツ」を伝授するようなソロを全編に渡って繰り広げている。まるで、モンクのバッキングの下にフロントを演奏する教科書のようなラウズのテナー。素晴らしいの一言。

このアルバムは、モンク作品の中での「隠れた名盤」の一枚だと思います。昔は、何軒かのCDショップを探し歩いても目にすることは無かったんですが、村上春樹さん・和田誠さんの「ポートレイト・イン・ジャズ Vol.1」で紹介されて以来、たまにCDショップで目にするようになりました。ネットショップでは、まず在庫ありの状態ですね。良かった良かった。

このアルバムは、ジャズ入門本やジャズ名盤紹介に名を連ねるアルバムではありませんが、実に優れた内容のアルバムです。サド・ジョーンズのブリリアントな、バピッシュなソロが、アルバムにアクセントを添え、実に親しみやすい内容に仕上がっている。モンクファンで無くても、ジャズ・ファンであれば、一度聴いて欲しい、親しみやすいモンクの一枚です。  
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

2010年3月16日 (火曜日)

M・ブーブレ『Crazy Love』・2

マイケル・ブーブレの最新作『Crazy Love』(写真左)。昨日はカバー曲の面白さ、素晴らしさをお伝えした。さて、このアルバムのもう一つの面白さは、1970年代のロック・ポップスの名曲をジャジーにカバーしていること。

今日は、その「1970年代のロック・ポップスの名曲のカバー」についてご紹介したい。とにかく、アレンジが秀逸です。ジャズ界で「ニュー・スタンダード・ムーブメント」が提唱されて久しいのですが、やっと21世紀になって、素晴らしい成果がここに示されています。

さて、4曲目の「Crazy Love」って、どっかで聴いたぞ〜と思っていたら、そうそう、ヴァン・モリソンのヒット曲やん。で、何年にヒットしたのかなあと調べたら1970年。そうでしょうね。僕は中学生の時、FMで聴きました。この70年代のロック・ポップ・チューンを、ジャズ風にアレンジして歌い上げるなんざあ、なんて粋なブーブレなんでしょう。この曲は実に良い雰囲気。これはブーブレ陣営のプロデュースの勝利でしょう。

そして、このアルバムの中で一番度肝を抜かれた曲が、8曲目の「Heartache Tonight」。前奏を聴いて、これ、イーグルスの曲ちゃうか、と思ったら大当たり。1979年、イーグルスのラストアルバムと言われた『Long Run』の確かB面の1曲目だったかと。

当時、なぜかこの曲、イーグルスがディスコソングに迎合したと曲解され評判が悪かった曲ですが、良く聴くと判るんですが、どちらかといえば、ジャジーなビートを底に漂わせたオールディーズな曲で、この曲を正面切って、ジャズ・ボーカル曲として料理したブーブレの慧眼には敬服します。

Mbuble_crazy_love2

素晴らしい出来ですね。この曲こそ、今回のアルバムの目玉でしょう。こんなにジャズ・オーケストラをバックにしたジャズ・ボーカル曲として、スッポリと収まるとは思わなかった。イーグルスのファンだった僕としては懐かしい限りです。

加えて、ラストの「Some Kind Of Wonderful」にもビックリ。こんな曲、採り上げるか〜。この曲、キャロル・キングの3rdソロ・アルバム『ミュージック』に収録された隠れ名曲。A面の4曲目でしたね。この曲を知っている人は「通」です(笑)。

この曲に対してのアレンジがまた素晴らしく、ちょいと打ち込みリズムを除かせながら、軽いR&B風にビートを流しながら、ジャジーに歌い上げていくブーブレが堪らない。実に快活&ハッピーなエンディングだ。この曲は、ブーブレの次の展開を期待させる。やってほしいなあ、1970年代のロック・ポップスの名曲のカバー集。やってくれないかな〜(笑)。

オリジナル曲の2曲、「 Haven't Met You Yet(素顔のきみに)」、「Hold On」の出来も良く、まさにこのアルバムは、ブーブレの最高傑作と言って良いだろう。

秀逸なアレンジとカバー対象曲の小粋な選曲、そして、そこに、マイケル・ブーブレの優れた歌唱力が加わって、最近、ちょっと低調だった男性ジャズ・ボーカルの世界に、実に大きな成果をもたらしたと思う。日本のジャズの老舗雑誌「スイング・ジャーナル」にも、マイケル・ブーブレは大きく採り上げられるようになった。それほど、今回の新譜『Crazy Love』の出来は素晴らしい。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

2010年3月15日 (月曜日)

M・ブーブレ『Crazy Love』・1

マイケル・ブーブレ。1975年生まれ。カナダの象徴的シンガー。フランク・シナトラ、ハリー・コニック・Jrを彷彿とさせる歌声と、正統派色男といったルックスで世界的な人気を誇る男性ヴォーカリスト。バンクーバー冬季オリンピックの閉会式で、カナダの準国家とも言える愛国歌「ザ・メイプル・リーフ・フォーエヴァー」を15分に渡るパフォーマンスは記憶に新しい。

そのマイケル・ブーブレの最新作が『Crazy Love』(写真左)。バレンタインデーの贈り物として、大阪のお嬢からプレゼントされたんだが、これがまあ、素晴らしい内容のアルバムなのだ。今回の新譜『Crazy Love』は、堂々たる、現代ジャズ・ボーカルの名盤と言っていいだろう。

2009年10月に米国で発売以来、ビルボード・アルバム総合チャート2週連続1位を記録、というのも頷ける。さらに、カナダ、オーストラリア、アイルランド、イギリスはじめ世界各国でチャート1位を獲得。とにかく、従来のジャズ・ボーカル・ファンにも、新しいマイケル・ブーブレ・ファンのどちらにも、十分にアピールできる魅力満載である。

まず、今回のアルバムで目を惹くのは、カバー曲の出来である。素晴らしいアレンジのカバーがぎっしり詰まっている。

まずは、冒頭の「Cry Me A River」。原曲を歌っていたのは、50年代に大活躍した、美貌の女性ジャズ・ボーカリスト、ジュリー・ロンドン。ジュリー・ロンドンのファーストアルバム『Julie is Her Name(彼女の名はジュリー)Vol.1』の1曲目を飾る、彼女の最初のヒット曲。ジュリー・ロンドンは、ジャズ・ギター1本をバックにしっとりと情感を込めて歌い上げていくんですが、マイケル・ブーブレは、ちょっと違う。バ〜ンとした、少々大仰なジャズ・オーケストラで、ゴージャズに始まる。

でも、このアレンジには納得。この「Cry Me A River」を男性ボーカルで歌うには、大仰なジャズ・オーケストラでのアレンジがピッタリ。特に、男性的な太い声で、歌唱力抜群のブーブレには「ジャスト・フィット」。ジャズ・オーケストラの伴奏に負けない声量と表現力で、この簡単そうに見えて、意外と難しい「Cry Me A River」を良く歌い上げています。

2曲目の「All Of Me」は、ジャズ・ファンなら誰もが知っている、といっても良いくらいのポピュラーなジャズ・スタンダード。フランク・シナトラは、名盤『スイング・イージー』の中で最高にスインギーな歌いっぷりを披露しています。ビリー・ホリディもこの曲は好んで歌っており、なかでも、1941年に、テナー奏者のレスター・ヤングと共演したアルバムは名唱ですね。

Mbuble_crazy_love

それから、映画『真夏の夜のジャズ』でのダイナ・ワシントンも熱唱でした。他に、ルイ・アームストロング、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ボーン、ジョニー・ハートマンといったジャズ・ジャイアントのお歴々が歌いまくっています。そんな「手垢のついた」超スタンダードな曲を、力を入れ過ぎず、ゆったり、サラリと歌い上げていて、実に良い感じです。ジャジーなアレンジもリラックスムードで、僕はこの曲好きですね〜。

3曲目は言わずと知れた「Georgia On My Mind」。レイ・チャールズの名唱で有名(この曲の作曲は、ホーギー・カーマイケルで1930年の作)。1979年、ジョージア州は、この曲を正式な州歌と定めています。僕は、この「Georgia On My Mind」については、ザ・バンドのラストアルバム『Islands』に収録された、リチャード・マニュエルの心に染みる熱唱が一番印象深い。で、ブーブレは、意外と忠実に過去のカバー例をなぞって、意外と普通にこの曲を歌い上げている。

2曲飛んで、6曲目の「All I Do Is Dream Of You」は、邦題「あなたの夢ばかり」。フランク・シナトラ・ファミリーの主要人物、ディーン・マーチンの歌唱で有名。一聴するだけで、シナトラ節が感じられる、実に格好良い曲ですね。バック・コーラスは、アカペラ・グループのナチュラリー7が担当。バックコーラスに、アカペラグループを持ってくるなんて、なんて贅沢なんでしょ。

またまた2曲飛んで、9曲目「You're Nobody Till Somebody Loves You」、10曲目「Baby (You've Got What It Takes)、11曲目「At This Moment」そして、13曲目の「Whatever It Takes」とスタンダード曲のカバーのオンパレード。いずれも良い出来です。

そして、極めつけは、12曲目「Stardust」。この曲は究極のジャズ・スタンダード。この曲をカバーしないミュージシャンはいない、というくらい、絶対にこの曲はカバーします。それほど、チャレンジするに値する、様々な解釈、様々なアレンジに耐える名曲なんですね。

さて、ブーブレはこの曲をどう料理したか。リズムの音を抑えてつつ、ナチュラリー7のアカペラをバックに歌い上げていったか〜。良いですね〜。雰囲気でてますね〜。これぞジャズ。これぞジャズ・ボーカル。後半の間奏に出てくるクラリネットの響きには思わず目頭が熱くなります。やっぱりジャズは良いですね〜。
 
ここまでは、カバー曲の面白さを満喫。そして、このアルバムのもう一つの面白さが、1970年代のロック・ポップスの名曲をジャジーにカバーしていること。その「1970年代のロック・ポップスの名曲のカバー」については長くなるので、明日にしますね(笑)。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年3月14日 (日曜日)

不思議な「バンガード・ライブ」

我が日本では、コルトレーンを「絶対」として信奉しているところがあって、コルトレーンのアルバムの全ては「賞賛」のトーンで占められていることが多い。でも、彼のアルバムを聴いていると、「どうもこのアルバムを良く判らんな〜」と感じる、不思議なアルバムが幾枚かある。

僕は、このコルトレーンの『Live at the Village Vanguard』(写真左)が、ジャズ初心者の頃から、不思議なアルバムの一枚である。収録された曲は、たったの3曲。パーソネルは、John Coltrane (ss, ts), Eric Dolphy (as, bcl), McCoy Tyner (p), Reggie Workman (b-1,2), Jimmy Garrison (b-3), Elvin Jones (ds)。ベースは、レジー・ワークマンとジミー・ギャリソンを使い分け。収録日は、1曲目が「1961年11月3日」。2〜3曲目は「1961年11月2日」。

1. Spiritual (13:50)
2. Softly, As in a Morning Sunrise (6:40)
3. Chasin' the Trane (16:11)

1曲目は「Spiritual」。タイトル通り、出だし、冒頭の、祈りの様な荘厳なテーマをコルトレーンが朗々と吹き上げる。そして、そこにドルフィーのバスクラが、まるでお経のように絡む。しかし、この後が続かない。

コルトレーンのソロは、なんだか不完全燃焼っぽく、抑制されたままで完了し、ドルフィーのバスクラは、何となく窮屈そうで、何となく吹きにくそうで、これもなんだか不完全燃焼っぽく終わる。期待のマッコイもピアノもあまり目立たず、「こりゃあかん」と思ったか、再び、ソプラノサックスを手にコルトレーンが割り込んで、ややテンション上がって、その後の展開への期待感が高まるが、ほどなく終わりのテーマを迎えてしまう。う〜ん、不完全燃焼を絵に描いたような演奏。

2曲目は、大スタンダード曲、邦題は「朝日のようにさわやかに」。この曲では、ピアノのマッコイ・タイナーが凄い演奏を繰り広げる。コルトレーンのお株を取ったような、ピアノでの「シーツ・オブ・サウンド」。凄いテクニックでの早弾き、敷き詰めた様な音符の洪水。恐らく、曲の調子が、マッコイのピアノの感性に合うんだろう。とにかく、ここでのマッコイは凄い。
 

Coltrane_live_vv

 
しかし、ドラムのエルビン・ジョーンズがブラシからスティックに持ち替えたタイミングで、コルトレーンのソプラノサックスが乱入するが、全編通して、コルトレーンはあまり目立たない。そして、フロントのパートナー、ドルフィーの出番は「無し」。マッコイに唖然とするが「それだけ?」って感じのライブ演奏。

3曲目の「Chasin' the Trane」に期待がかかる。この曲は単純なメロディに、リズムは基本的に4ビート。その単純な構成の曲の中で、15分以上に渡ってコルトレーン吹きまくり、エルヴィン叩きまくり、でちょっと熱気溢れるが、ベースのギャリソンは良く聴こえず、マッコイのピアノはオミットされ、ドルフィーは最後のテーマでちょっとだけ音を出すのみ。

この『Live at the Village Vanguard』は「不完全燃焼」を絵に描いた様なライブ盤なのではないだろうか。主役のコルトレーンにしても決して「絶好調、凄い、素晴らしい」という感じじゃないし、ドラムのエルビンも無理して詰め込んだ感が残るし、ピアノのマッコイは、2曲目の凄まじいパフォーマンスがあって幸せだが、3曲目では完全オミット。ベースの両名は全く目立たず。そして、客演のドルフィーは、何となく窮屈そうで、何となく吹きにくそうで、結局目立たず終わる。総じて、グループ・サウンズとして著しくバランスを欠くライブ盤だと思う。

やはり、この時のライブ演奏の凄さを感じるには、この時のライブの全貌をおさめた『The Complete 1961 Village Vanguard Recordings』を聴くしかない。しかし、このコンプリート盤を聴くと、カットされていたエリック・ドルフィーの演奏が完全に収められていて、とりわけ、このドルフィーの演奏が凄まじかったことが良く判る。ここでのドルフィーのソロは、コルトレーンを凌駕していると言っても過言ではない。主役のコルトレーンを食ってしまったドルフィーの演奏は、コルトレーン名義では出せなかっただろうな。

僕は、この『Live at the Village Vanguard』については、2曲目のマッコイの凄まじい、ピアノ「シーツ・オブ・サウンド」を楽しみに聴きます。極論すれば、僕にとっての『Live at the Village Vanguard』は、コルトレーンでもなければドルフィーでもない、マッコイのピアノを愛でるためにあると言っても過言ではない。本当に不思議な「バンガード・ライブ」である。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年3月13日 (土曜日)

「Monk in Italy」を愛でる

昨日に続いて、聴き易いモンク・ミュージックのライブ盤。今日は『Thelonious Monk in Italy』(写真左)である。

このライブ盤、昨日ご紹介した『Monk in France』よりも、更に若干、音が悪い。けど、十分鑑賞に耐える音質ではある。しかし、このライブ盤も、『Monk in France』と同様、凄く聴きやすいアレンジと演奏内容なんですよね。

『Thelonious Monk in Italy』は、イタリアはミラノ、1961年4月21日のライブ録音。昨日ご紹介した『Monk in France』が、1961年4月18日なので、フランスのライブの3日後、である。つまり、この『Thelonious Monk in Italy』は『Monk in France』の続編、この2枚のライブアルバムは兄弟盤みたいなものである。どうりで、雰囲気が良く似ているはずだ。

当然、パーソネルは、『Monk in France』と同様、Charlie Rouse (ts), Thelonious Monk (p), John Ore (b), Frankie Dunlop (ds)。このアルバムでも、テナーのチャーリー・ラウズは好調。ジョン・オレのベース、フランキー・ダンロップのドラムも、とにかく、モンクのピアノに「ジャズト・フィット」。

このライブ盤のモンク・ミュージックも「判りやすく、初心者に優しい」。モンクの音楽は好き嫌いがハッキリでる事が多い。「ハマる」人はとことん「ハマる」が、「苦手とする」人はとことん「苦手とする」。
 

Monk_italy

 
でも、いきなり、リバーサイド時代の名盤と呼ばれるものを複数枚聴き続けたら、きっとそうなる。音は少し劣るが、聴きやすい「モンク・ミュージック」として、『Monk in France』『Thelonious Monk in Italy』から入るのも良いかな、と思います。

僕が、特に、この『Thelonious Monk in Italy』の「聞きもの」としている曲は、モンクのソロ・ピアノ演奏である3曲目の「Body and Soul」。モンクのソロは、モンク自身の作曲であるオリジナル曲より、他のスタンダード曲でのソロ・パフォーマンスの方が、モンクの特徴あるタイム感覚と不協和音が良く理解できると思っているんだが、この「Body and Soul」は格好の素材。モンクのソロ・パフォーマンスも適度に優しく、適度に判り易い表現になっている。良い感じである。

他のカルテットの演奏は『Monk in France』と同様、聴きやすい「モンク・ミュージック」が展開されていて良い雰囲気。聴き易い中に、しっかりと「モンク・ミュージック」のエッセンスがしっかりと織り交ぜられており、抵抗感無しに「モンク・ミュージック」に浸ることが出来る佳作だと思います。

この2枚の兄弟盤みたいなライブアルバムは『Thelonious Monk in Italy』は『Monk in France』と合わせて、一気に聴くのも一興ですね。この『Thelonious Monk in Italy』も、適当に(良い意味で)聴き流して、モンク・ミュージックを楽しむことの出来る「お手軽モンク・ミュージック入門盤」だと思います。

一気に暖かくなった我が千葉県北西部地方。気温はグングン上昇し、20度近くまで上がった。気温20度近くまで上がるなんて、4月下旬くらいの陽気ではないか。今はまだ3月上旬。ちょっと気温が先走り過ぎ。でも、明日は12度辺りまで下がるから、ちょうど3月上旬に逆戻りだな。でも、着実に春は近づいている。梅も満開、良い感じである。
 
通勤の コートも軽し 梅一輪
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年3月12日 (金曜日)

「Monk in France」を愛でる

季節の変わり目、いつものことながら、体調が優れない中、今日は目出度いことがあった、私こと松和のマスター。そんな時は、聴き流しにピッタリのジャズ・ピアノを流しながら、なんとか体調の悪いことを忘れて、その「目出度いこと」を優先的に感じたい、

そんな時に選ぶアルバムのひとつが『Monk in France』(写真左)。パーソネルは、Charlie Rouse (ts), Thelonious Monk (p), John Ore (b), Frankie Dunlop (ds)。フランスはパリ、オリンピア劇場のライブ。1961年4月18日の録音。

フランスはパリのライブという事情だろうか。どの曲も、ピアノ、テナー、ベース、ドラムとカルテットのメンバーのソロがまんべんなくやってくる。決して、尖った冒険的な演奏はしない。パリの聴衆が楽しみにしている、その期待通りに、モンク・カルテットはパフォーマンスする。これって素晴らしいことだよな。聴き手の期待に合わせて、判りやすく表現する「モンク・ワールド」。

このライブ盤は、ちょっと録音状態は良く無い。でも、凄く聴きやすいアレンジと演奏内容なんですよね。モンク・ミュージックは難解である、なんて心ない評価があるが、とんでもない。アレンジと演奏の仕方で、モンク・ミュージックは判りやすくも難解にもなる、そんな「モンク・ミュージック」の特質を教えてくれるライブ盤の一枚である。

いつになく、テナーのチャーリー・ラウズが好調である。ラウズのタイム感とモンクのタイム感は本当に相性が良い。ラウズは、テナー奏者の中で、一番、モンクを理解していたテナー奏者だろう。コルトレーンなんて足下にも及ばない。モンク・ミュージックの本質を全面に押し出して、モンクとシンクロして、モンク・ミュージックの本質をストレートに、我々に伝えてくれるテナー奏者の第一人者が「チャーリー・ラウズ」。
 

Monk_france

 
そして、目立たないけれど、ジョン・オレのベース、フランキー・ダンロップのドラムも、この時点でのモンク・ミュージックには欠かせない。このオレのベースもダンロップのドラムも決して個性的ではない。でも、恐らく、他のベーシスト、ドラマーよりもこの2人が、一番、モンクを理解していたと思う。

とにかく、モンクのピアノにぴったりと寄り添い、手と手袋の様な関係とでも言えば良いのだろうか、とにかく、モンクのピアノに「ジャズト・フィット」である。

このライブ盤は、リバーサイドのモンクの数々の名盤と比較すると、尖ったところも無いし、激しいテンションも無く、奇抜な唯一無二な「化学反応」も無い。でも、全体に流れる、ほのぼのとした、楽しい、明るいモンク・ミュージックが、実に良い雰囲気なんですね。

聴きやすい「モンク・ミュージック」とでも表現したら良いでしょうか。聴きやすい中に、しっかりと「モンク・ミュージック」のエッセンスがしっかりと織り交ぜられており、抵抗感無しに「モンク・ミュージック」に浸ることが出来る佳作だと思います。

「Monk in France」を愛でる。リバーサイドのモンクの数々の名盤は、その尖った面、激しいテンション、奇抜な唯一無二な「化学反応」と、しっかり構えて聴くことが必要なところがあるが、この『Monk in France』は、適当に聴き流して、モンク・ミュージックを楽しむことの出来る「お手軽モンク・ミュージック入門盤」だと思います。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年3月11日 (木曜日)

Abdullah Ibrahim=Dollar Brand

ファンキーなジャズ・ピアノも大好きだ。モーダルなフリー一歩手前の自由度の高いジャズ・ピアノも大好きだ。ビ・バップ的な疾走感溢れる弾きまくりジャズ・ピアノも大好きだ。そして、フォーキーでワールドミュージック的な響きを持つ、アーシーでゴスペルチックなジャズ・ピアノも大好きだ。

フォーキーでワールドミュージック的な響きを持つ、アーシーでゴスペルチックなジャズ・ピアノを初めて体験させてくれたのは、キース・ジャレット。70年代のキースのピアノは、そんなフォーキーでワールドミュージック的な響きを持つ、アーシーでゴスペルチックな響きが特徴のひとつだった。でも、それは、キースのジャズ・ピアノの一部。

このフォーキーでワールドミュージック的な響きを持つ、アーシーでゴスペルチックなジャズ・ピアノを全面的に押し出して、ほんと、そのまんまのジャズ・ピアノをずっとイチ押しで弾き続けているピアニストがいる。Abdullah Ibrahim(アブドゥーラ・イブラヒム)、昔の名前は、Dollar Brand(ダラー・ブランド)。

1934年10月、南アフリカ連邦のケープタウン生まれ。63年にチューリッヒで、デューク・エリントンの目にとまる。65年に米国に渡り、68年にはイスラム教に改宗。セロニアス・モンクやエリントンの影響を受けつつ、独特な音世界を確立している。絵に描いた様な、フォーキーでワールドミュージック的な響きを持つ、アーシーでゴスペルチックなジャズ・ピアノは聴いていて、ジャズの音の原風景を彷彿とさせてくれる。

そんなAbdullah Ibrahim=Dollar Brandなジャズ・ピアノを堪能させてくれるソロピアノ・アルバムが『African Piano』(写真左)。彼が生まれ育った街、ケープタウンでは民族色の強い宗教音楽がアメリカのゴスペルやジャズと並んで日常的に演奏されていたそうだ。そんな彼の音の原風景をピアノ・ソロで綴ったような、アーシーでビートの利いた、ファンキーでソウルフルなソロピアノが素晴らしい。
 

African_piano

 
冒頭の「Bra Joe from Kilimanjaro」を聴くだけで、もうダラー・ブランドな世界に「どっぷり」である。緩やかな緊張感溢れるアーシーでファンキーな左手に乗って、力強いタッチで、右手がこれまたファンキーなフレーズを紡いでいく。時にフリーにブレイクしながら(雷が落ちたブレイクで、重低音バリバリで、LP時代には、ややもするとプレイヤーの針が飛んで、ビリビリいって困ったものだ)、力強くしっかりと鍵盤をたたきながら、印象的なフレーズを紡いでいく。

ラストの2曲「ジャブラニ」と「チンチャナ」も実に雰囲気で、実に力強いタッチと強力なリズムで、アルバムタイトルどうりの「アフリカン・ピアノ」を叩き出していく。この強烈な個性とこの強烈なリズムとダイナミックな展開。

このソロピアノ・アルバム『African Piano』には、硬派なジャズ・ピアノが満載。ダラー・ブランドのフォーキーでワールドミュージック的な響きを持つ、アーシーでゴスペルチックなジャズ・ピアノの原点が、ここにある。

特に、アーシーでゴスペルチックな響きがたまらない。そして、時折垣間見る、セロニアス・モンク的なパーカッシブな響き。エリントン的な深みのあるマイナー調な音世界。この純ジャズの歴史を踏襲する部分が、このダラー・ブランドのピアノを、いかなる時も「ジャズ・ピアノ」として成立させている。

もともと、ジャズは黒人の音楽であり、アフリカが起源。アフリカン・アメリカンの音の原風景のひとつが、このダラー・ブランドのピアノにあるような気がする。フォーキーでワールドミュージック的な響きを持つ、アーシーでゴスペルチックなジャズ・ピアノを愛でるには、Abdullah Ibrahim=Dollar Brandの諸作を聴くのが早道である。

帰宅時、夜空を見上げれば、夜空の星々は、春の星座が着実にメインになりつつある。西の空には、まだまだ、冬の星座が幅をきかせているが、東の空には、春の星座が勢いよく昇って来ている。直立に立つような獅子座は特に印象的。そこまで来ている春の勢いを感じる。そして、獅子座の一等星が「レグルス」。東天にレグルズの力強い光を感じる頃、もう春はそこまで来ている。

東天に レグルス昇り 春近し 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

保存

保存

2010年3月10日 (水曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・6

ビッグバンド・ジャズを最近、良く聴く。これって、自分の中で周期がある。実は若い頃、ジャズを聴き始めたジャズ者初心者の頃は、ビッグバンド・ジャズは苦手だった。

何故か? いきなり、ビッグバンド正統派のデューク・エリントン楽団とカウント・ベイシー楽団を聴いたからだ。今から思えば、ビッグバンド正統派のデューク・エリントン楽団とカウント・ベイシー楽団は、ジャズを聴き始めて1〜2年目のジャズ者初心者には荷が重い。日本語で言うと「旧仮名遣いの世界」。

絶対にどこかで取り組んで、絶対に理解しないといけない、絶対に避けては通れないものなんだが、ビッグバンド正統派のデューク・エリントン楽団とカウント・ベイシー楽団は、ジャズを聴き始めて1〜2年目のジャズ者初心者には荷が重い。正直に言うと、デューク・エリントン楽団とカウント・ベイシー楽団は荷が重かった。恐らく、早かったんだろう。

それから、暫く、デューク・エリントン楽団とカウント・ベイシー楽団を遠ざけて、暫く、ビッグバンド・ジャズを聴かずにいた。でも、ビッグバンド・ジャズについては、外堀から埋め始めた。きっかけは、今までご紹介してきたビッグバンドの楽団。もともと、ビッグバンド・ジャズに再チャレンジしたきっかけが、Manhattan Jazz Orchestra、略してMJO。このMJOの音を聴いて、ビッグバンド・ジャズもいけると感じた。

それから、デューク・エリントン楽団とカウント・ベイシー楽団を避けつつ、色々なビッグバンド・ジャズを聴きながら、ビッグバンド・ジャズの外堀を埋めていっている。今日、久しぶりに聴いたのは、そのビッグバンド・ジャズの外堀を埋めるビッグバンド楽団のひとつ、Don Ellis楽団の『Live At Monterey!』(写真左)。1966年9月、ドン・エリス楽団のデビューステージを収録したライヴアルバム。

変拍子の編曲の神様で、名トランペッターでもあるドン・エリス。そのドン・エリスが編成したビッグバンドで、ホーンセクションにピアノ&オルガン、3ベースに3パーカッションの大編成。このライブ盤を聴くと、絶対に、ドン・エリスこそ変拍子ジャズの鬼だと確信する。何故って、このライブ盤に収録された演奏は全て変拍子の演奏なのだ。

Donellis_monterey

それもかなり捻くれた変拍子。冒頭の曲のタイトルは「33 222 1 222」(笑)。全部の数字を足すと19になる。19拍子! あり得ない拍子のようだが、中近東や東欧には、こんな変拍子の曲が実在するとのこと。ドン・エリスはそれをジャズに採り入れたそうだ。この曲は19拍子を「3拍子+3拍子+2拍子・・・」というふうに分けてリズムを刻んでいく。その19拍子の内訳が「33 222 1 222」。

この難曲をビッグバンドでやるのは、相当に骨が折れたろう。このドン・エリス楽団の当時の力量が推し量れるってもんだ。難解な変拍子の曲を、明るくスインギーに、ビッグバンドで演奏する。これって凄いよなあ。聴くのは簡単だが、これって演奏するって凄いことではないか。

実は、このアルバムは、ジャズを聴き始めて1〜2年目のジャズ者初心者の頃、初めて耳にしている。その頃はまだジャズの右も左も判らない頃。変拍子というだけで「きわもの」と判断し、ラテンっぽいパーカションのリズムと明るいスインギーなノリのビッグバンドは「邪道」だと思った。う〜ん、ジャズ者初心者の時代とは恐るべしである(笑)。汗顔の至り。いや〜、ドン・エリス楽団に土下座をした謝りたい(笑)。

整然とした構築力とそこはかとなく漂うファンキーな哀愁が素晴らしい、壮絶な19拍子曲「33 222 1 222」、哀愁溢れるラテン・フレイバー溢れる旋律が、印象的にリフされる5拍子ラテン・ジャズ、後半の異様な盛り上がりが、ビッグバンドならではの「Concerto for Trumpet」。パーカションとトランペットの熱気が凄まじくも楽しい、ノリノリのラスト曲「New Nine」。

このライブ盤は、明るく楽しい、異様までにスイングするビッグバンドの良さを率直に教えてくれます。ビッグバンドはこうでなければね。この『Live At Monterey!』は、ビッグバンド・ジャズの唯一無二の名盤の一枚だと思います。 
 
 
体調の悪さは相変わらず。でも、仕事は途絶えさせることはできないので、仕事をしながら、なんとか体調を回復させていくという荒技に出ている。プロである以上、仕事を途絶えさせてならない時がある。そんなテンションを要求される時にも、仕事での移動中、電車の車窓からの風景に心和む瞬間があるのが「幸せ」である。
 
光る海 心和ませ 春来る
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 
 


2010年3月 9日 (火曜日)

モンクらしくないモンク...

寒い。ひたすら寒い。夜に入って雪になった。今も粛々と積もっている。外出先から直帰するも、電車の中も寒い。体調の悪さを押しての通勤であるが、この寒さは辛いのなんのって・・・。ふらつきながらも、なんとか倒れずにいる。それでも、ジャズを聴く元気は残っている(苦笑)。

さて、この酷い寒さに刺激されて、ちょっと変わったアルバムが聴きたくなった。あの、ジャズの歴史の中で、最大の個性派ピアニスト、セロニアス・モンク。セロニアス・モンクは、あまりに個性的なピアノ故に、ソロイストとして、リーダー作を作ることはあっても、サイドマンに回ることは殆ど無い。

想像してみて欲しい。モンクのピアノがバックに回った時、フロントはどう吹き回したら良いのか。あのマイルス・デイビスですら「俺のバックでピアノを弾くな」である。あの独特のリズム感覚が、どうしても流麗なフロントの旋律に合わない。独特な間と独特の和音の響き、そして、打楽器のように叩き付けるタッチで勝負するモンクのピアノは、どうしてもバッキングには合わない。

が、そんなモンクが、サイドマンとしてバッキングに回ったアルバムがある。Clark Terry&Thelonious Monk の『In Orbit』(写真左)である。1958年5月の録音。パーソネルは、Clark Terry (flh), Thelonious Monk (p), Sam Jones (b), Philly Joe Jones (ds)。

セロニアス・モンクに、絵に描いた様なハードバップなミュージシャン、ベースのサム・ジョーンズ、ドラムのフィリー・ジョーと言う組合せも「なんだか変」だが、とにかく、モンクがサイドマンとしてバッキングに回っているのが、さらに変だ(笑)。しかも、フロントのペットが、数々のビッグ・バンドで活躍した、決してハードバッパーとは言えないクラーク・テリーというのも、かなり変だ(笑)。
 

In_orbit

 
冒頭の「In Orbit」を聴けば、さらにその「変な感じ」は増していく。ほのぼのとしたテリーのフリューゲル・ホーンのソロが、あっけらかんと展開し、次に出てくるのが、モンクのソロ。さあ来るぞ、あの独特のリズム感覚が、独特な間が来るぞ、と身構えていると「???」。意外と普通なピアノソロが展開される。ところどころ、モンクっぽい響きはあるが、意外と普通なハードバピッシュなピアノソロ。

冒頭の「In Orbit」だけでは無い。全編に渡って、あっけらかんとほのぼのとしたテリーのバックで、モンクは、意外と普通なピアノソロを展開する。確かに、ところどころ、部分的にモンク的な響き、モンク的なタイム感覚はある。でも、それは、このサイドマンとしてバッキングを務めているピアニストがモンクだと判って聴いているから、モンクのそれと判る。

でも、このバッキングを務めるピアニストが、セロニアス・モンクと知らなければ、恐らく「誰や〜、このモンクっぽい、ハードバップなピアノソロを弾く奴は〜」と思うだろう。僕も最初、このアルバムを聴いた時、本当にそう思った(笑)。このアルバムを聴き始めて、暫くは、セロニアス・モンク本人のバッキングとは思わなかった。

このアルバムは「モンクらしくないモンク」を聴くことができる貴重盤ではあります。逆に、このモンクのバッキングを聴けば、彼が優れた普通のバップ・ピアニストでもあった、という伝説について、なんとなく納得できます。う〜ん、モンクは普通に弾いても上手い。

それでも面白いのは、モンクらしさが曲が進むに従って、少しずつ出てくるところ。リーダー作の様に全面に出てくる訳では無いのですが、そこはかとなく部分部分でモンクらしさが見え隠れする。そんな不思議なところがこのアルバムでのモンクの特徴でしょう。「モンクらしくないモンク」を聴くアルバム。モンク・マニア御用達、モンク・マニアは一度は耳にして欲しい、不思議なアルバムです。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年3月 8日 (月曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・8

さて、最近、このブログでご紹介するアルバムについては、ちょっとマニアックなものが続いた。ジャズ初心者の方々には、ちょっとハードな内容のアルバムが続いたなあ、と反省している。ということで、今日は、久しぶりに「ピアノ・トリオの代表的名盤」シリーズの第8弾。

ハンプトン・ホーズ(Hampton Hawes)の『Trio, Vol. 1』(写真左)を採り上げたい。ハンプトン・ホーズは、1928年、Californnia州LA生れ。1977年 LAの病院で逝去。ちょうど、ジャズの世界では、ビ・バップからハード・バップ期の「ジャズ黄金時代」を米国西海岸で過ごしたことになります。

ハンプトン・ホーズは、1952年~1954年の3年間、米国進駐軍の兵士として日本に駐在していたそうで、戦後の日本のジャズに大きな影響を与えました。当時の日本のジャズ・ミュージシャンとも親交があって、様々なミュージシャンと共演しています。愛称は「馬さん」。ホーズをもじったものらしいんですが・・・。

この『Trio, Vol. 1』は、1955年6月の録音。パーソネルは、Hampton Hawes (p), Red Mitchell (b), Chuck Thompson (ds)。LAの録音。コンテンポラリー・レーベルからのリリース。ハンプトン・ホーズの特徴的なピアノ・タッチである「オフビート感覚で、もったりとした粘りがあって、跳ねるような、弾くようなピアノ」を愛でるのに、最適なアルバムである。

冒頭の「I Got Rhythm」を聴けば、ホーズは、どちらかと言えば、ビ・バップ系のピアニスト。カッ飛ぶような、疾走感溢れるピアノは、ビ・バップそのもの。しかし、このアルバムは、ビ・バップの様に単純では無い。そのビ・バップ系のピアノを、ハード・バップ系に移行しつつあるような、構築力と展開力のある演奏の連続。その疾走感溢れる演奏は、パウエルライク。しかし、アルバム全体の演奏の内容は、ハード・バップの入り口に立っているような、ちょっと小粋でドラマチックな展開。
 

Hhaws_trio1

 
「I Got Rhythm」の様に、ビ・バップライクな疾走感溢れる演奏から、ラストのカリプソチックな「Carioca」まで、バラードあり、ブルースあり、しかし、どんな曲調の演奏も、しっかりとハンプトン・ホーズの個性にしっかりと染まっているのが、このアルバムの凄いところ。ベースのレッド・ミッチェルの名演も見逃せない。太くて、リズミックに、響くように鳴る彼のウッド・ベースが、ホーズのピアノを更に引き立てている。チャック・トンプソンのドラミングも堅実サポートで好感が持てる。

このアルバムでのホーズのピアノはビ・バップの様に単純明快だけど、アルバム全体の演奏を通して聴くと、ハード・バップの入り口に立っているような、ちょっと小粋でドラマチックな展開というのが、とにかく、ジャズ・ピアノ・トリオとして実に判り易く、実に聴き易い。ジャズ初心者からベテラン・ジャズ者まで、広く楽しむことの出来る、実に内容のあるピアノ・トリオ・アルバムである。

ちなみに、ハンプトン・ホーズの『Trio』シリーズは、Vol. 1〜Vol. 3まである。Vol. 1が、一番、純ジャズとして格調高く、アカデミックな内容である。Vol.2は、オリジナルの3曲目「Blues for Jacque」以外、ジャズ・スタンダードの有名どころがズラリと並ぶ、いわゆる「スタンダード集」。親しみやすいアルバム。Vol.3は、柔らかで和らいでいるが、ハンプトン・ホーズの特徴的なピアノ・タッチはしっかりと残っている。とにかく、聴きやすいアルバム。

純ジャズとして、ホーズのピアノ・トリオを極めていきたいなら、Vol. 1→Vol. 2→Vol. 3の順。小粋なピアノ・トリオとして、楽しく聴き進めていきたいなら、Vol. 3→Vol. 2→Vol. 1の順、がお奨めです。
 
  
今朝は、かなり厳しい「寒の戻り」の我が千葉県北西部地方。とにかく吹きつける東風が寒い。重くて寒い東風は、この時期の風物詩。決まって、3月には厳しい「寒の戻り」がある。寒暖の差に弱い身には、厳しいものがある。よって、体調が良くない日々が続いている。

不意を突く 寒の戻りに 梅寂し
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年3月 7日 (日曜日)

身体と心に良いジャズ・アルバム

昨日より体調が優れない。先週の金曜日は最高気温が20度まで上がったり、はたまた今日などは、ぐっと冷え込んで、雪が降りそうな気配である。これだけ寒暖の差が激しいと、若い頃から付き合っている「持病」が出てくる。起きているのが辛い。

ということで、昨日から基本的に寝込んでいる。が、熱があったりする訳ではないので、必要な時は起きて活動するんだが、その他の時間は寝て過ごす。昨日のブログは、ストック原稿からアップした。今日は昨日に比べて、比較的気分が良い。

そんな体調が悪い時、ハードなジャズや賑やかなジャズはいけない。この体調の悪さには、ハードな音はちと辛い。といって、音楽が無いと寝ていて「つまらない」(笑)。まあ、風邪で熱が38度ほど出ても、音楽だけは聴きながらでないと日中には寝られない、筋金入りの「ながら族」である。

じゃあ、この体調の悪さに合ったジャズはあるのか。優しい雰囲気のピアノ・ソロが良い。この体調の悪さが出ると、伏せって聴くアルバムはほぼ固定されつつある。今回は、Chick Coreaの『Piano Improvisations,Vol.1』(写真左)と『Piano Improvisations,Vol.2』(写真右)の2枚。チックのソロ・ピアノの最高傑作である。

まず、『Piano Improvisations,Vol.1』の1曲目の「Noon Song」が限りなく優しい。この優しいソロ・ピアノが実に具合が良い。ロマンティシズム溢れる、端正でリリカルなソロ・ピアノのフレーズは、チックならではのもの。2曲目以降、曲が進むにつれ、フリーフォームな演奏、前衛的な演奏の色合いが濃くなっていく。6曲目の「Preparation 1」から7曲目の「 Preparation 2」で、完全フリーな演奏になって、チックは尖りに尖る。「Departure from Planet Earth」などは前奏から、もう前衛的な演奏。現代音楽的と言っても良い。
 

Cc_piano_impro

 
でも、この前衛的な、クラッシックの印象派を思わせる作品群の雰囲気は「冷たくはない」。チックの弾く前衛的な曲は、意外と優しく、耳当たりが良い。睡魔に襲われた時、このチックの前衛的なピアノ・ソロが、僕にとっては、格好の「睡眠促進剤」となる(笑)。

『Piano Improvisations,Vol.2』オリジナルのほか、セロニアス・モンク、ウェイン・ショーターの曲も取り上げている。これがまた絶品。チックは作曲家の個性を掴み取るのが上手い。しかも、その作曲家の個性をしっかりと踏まえた上で、自らの個性を被せて、チックならでは演奏を聴かせるのだがら、もう「圧巻」と言っても良い。

Vol.1とVol.2とは、同時に録音されたアルバムなので、一つの作品として聴き併せたい。続けて聴くと、チックのピアノの個性が実に良く判る。ジャズのソロピアノは、そのピアニストの個性がモロに表れて面白い。そして、チックのソロ・ピアノは、タッチは硬質だが、その雰囲気は限りなく優しい。前衛的なフレーズも、聴く立場に立ったピアノの響きに感心する。

体調の悪い時には、床に伏せって「チック・コリア」(笑)。そのピアノ・ソロ、『Piano Improvisations,Vol.1&2』は、体調の悪い時に選択するアルバムの筆頭。ロマンティシズム溢れる、端正でリリカルなソロ・ピアノのフレーズに癒され、睡魔に襲われた時、チックの前衛的なピアノ・ソロが、僕にとっては、格好の「睡眠促進剤」。昨日と今日はお世話になりました(笑)。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年3月 6日 (土曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・5

チャールズ・ミンガス。ジャズ・ジャイアントの1人。ベーシスト、そしてコンポーザー&アレンジャー。特に、ビッグバンド系のコンポーザー&アレンジャーとして功績には輝かしいものがあると思っている。

ミンガス・ミュージックは、パンチの効いた分厚いアンサンブルとハーモニーが特徴。そして、インプロビゼーション部では、ソロイストの才能に委ねた、フリーキー&アブストラクトなアドリブを全面採用。参加ミュージシャンにとっては、その才能と個性、そしてテクニックについて全面的に信頼を置いたミンガス・オーケストラは、格好のアピールの舞台だったと想像される。

そんなミンガス・ミュージックの思想を継承し、現代にミンガス・ミュージックの真髄を伝えるビッグバンドがある。その名も「Mingus Big Band Orchestra」。「Mingus Big Band Orchestra」とは、1979年に亡くなったチャールズ・ミンガスの曲を演奏するため、彼の妻スー・ミンガスによって設立されたビッグバンドである。

パンチの効いた分厚いアンサンブルとハーモニーをベースに、強烈なグルーブと各プレイヤーの主張入り乱れるフリーバッキングが特徴。正に、ミンガス・ミュージックの忠実な継承者である。この「Mingus Big Band Orchestra」の成果を聴けば、ビッグバンドにおけるミンガス・ミュージックの個性と完成度の高さを追体験することが出来る。

その「Mingus Big Band Orchestra」は、グラミー賞に6回ノミネート。現在もニューヨークのジャズ・ライブハウス「Jazz Standard」にて演奏活動中とのこと。一度、生で聴いてみたいものだ。

さて、その「Mingus Big Band Orchestra」のアルバムの中で、僕のお気に入りは『Live In Tokyo At the Blue Note』(写真左)。「Mingus Big Band Orchestra」の、2005年の大晦日、ブルーノート東京ライブのCD化である。ライブ録音ということで、ビッグバンドの迫力あるパンチの効いた分厚いアンサンブルとハーモニーと、活き活きとしたソロイスト達のフリーキー&アブストラクトなアドリブが追体験できる。
 

Mingusbigb_tokyo

 
参加ミュージシャンは以下の通り。う〜ん、メンバーを見渡せば、錚々たるメンバーである。このメンバーで駄作は無いですよね。う〜ん、生で聴きたかったなあ〜。

Eddie Henderson - trumpet
Jack Walrath - trumpet
Alex Sipiagin - trumpet
Abraham Burton - alto saxophone
Craig Handy - alto saxophone, flute
Wayne Escoffery - tenor saxophone
Seamus Blake - tenor saxophone
Ronnie Cuber - baritone saxophone
Frank Lacy - trombone, vocal ku-umba
Conrad Herwig - trombone
Earl McIntyre - bass trombone, tuba
Dave Kikoski - piano
Kenny Davis - bass
Johnathan Blake - drums

このメンバーで、パンチの効いた、管楽器の分厚いアンサンブルとハーモニー。そして、活き活きとしたソロイスト達のフリーキー&アブストラクトな咆哮。リズムセクションんのタイトなリズムに、バンド全体の一糸乱れぬアンサンブル。ライブならではのスリリングな演奏が素晴らしい。

マンハッタンでいまだに絶大な人気を博す硬派ビッグバンドである「Mingus Big Band Orchestra」。日本での知名度はイマイチ。どうしてかなあ。素晴らしいビッグバンドだと思うのですが・・・。確かに従来から、ミンガス・ミュージックは、日本での受けはあまり芳しくないみたいですが、実に勿体ないことだなと思います。

ミンガス・ミュージックには、硬派な純ジャズのエッセンスが横溢してます。ジャズ初心者の方々には、ちょっと刺激が強いかもしれませんが、このビッグバンドの奏でる音楽は、紛れもなく、硬派な純ジャズのエッセンスを、正統に伝えてくれるもののひとつだと言えます。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年3月 5日 (金曜日)

ジョン・アバを「もう一丁!」

ジョン・アバークロンビー(略して「ジョン・アバ」)。その捻れたフレーズとサスティーンが効いたろんぐとーんなフレーズは、長年の僕のお気に入りである。

そのジョン・アバのアルバムであるが、気軽に聴くには、やはり昨日ご紹介した『Timeless』に勝る者無し。ネットをしながら、はたまた通勤のお供には、ロックテイストが聴き易い、当時のジャンル言葉でいう「クロスオーバー」な音の雰囲気が、お気軽感を醸し出してくれる。

でも、ジョン・アバのウネウネした、気持ち良く適度に捻れたギターを愛でる目的では、『Gateway』(写真左)の方が良くCDプレイヤーのターンテーブルに載る機会が多い。1975年3月の録音。ジョン・アバの2枚目のソロ・アルバムである。

パーソネルは、John Abercrombie (g), Dave Holland (double-bass), Jack DeJohnette (ds)。ジョン・アバの初ソロアルバムでの、国籍不明なキーボーダー、ヤン・ハマーが、当時、ジャズ界で、クロスオーバーでプログレッシブなベーシストとして勇名を馳せていたデイブ・ホランドに代わっている。
 

Gateway

 
限りなくフリーな要素を持ったデイブ・ホランドのベースを迎えて、この『Gateway』は、限りなくフリーな演奏が特徴。ジョン・アバのウネウネした、気持ち良く適度に捻れたギターが、限りなくフリーキーな雰囲気を得て、より一層捻りまくる、より一層フリーに弾きまくる。

ドラマーのディジョネットも、限り無くフリーキーな雰囲気の演奏は望むところ。当時、ジャズ界で圧倒的に先進的で尖ったメインストリーム・ジャズを奏でていた、マイルス楽団の現役ベース、現役ドラマーを向こうに回して、ジョン・アバは、限りなく自由に、限りなくねじ曲がりながら、限りなくロングトーンな、ジョン・アバしか出来ないフレーズを連発しまくる。圧巻である。

全編に渡って、ビンビンに感じまくる「テンションとスリル」。特に、このアルバムを覆うテンションの高さは息が詰まるほどに、アグレッシブなジョン・アバは圧巻。でも、欧州的なフレーズの流麗さがそれを緩和する。ECMらしい内省的なサウンド。ジョン・アバには、ECMレーベルがよく似合う。

3者3様の個性がぶつかり合って、唯一無二な、一期一会な。高テンションな、限りなくフリーな純ジャズを聴かせてくれる。エレクトリック・ギターがメインの演奏だからと言って、気を許してはいけない。マイルス楽団の現役ベース、現役ドラマーを向こうに回して、聴きやすさ、楽しみやすさ優先のフュージョン・ジャズを期待してはならない。この『Gateway』には、硬派なプログレッシブな、ぎりぎり純ジャズな音がぎっしりと詰まっている。   
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年3月 4日 (木曜日)

欧州的なウネウネ捻れたギター

今日は朝から「寒の戻り」の我が千葉県北西部地方。どんより鉛雲。こんなにヒンヤリ冷え込んだ寒い朝、鉛色の空。ふと、昔、訪れたロンドンの冬を思い出す。

こんな寒い朝、鉛色の空を見ると、欧州的なジャズを聴きたくなる。しっとりとウェット感のある、それでいて、一筋縄ではいかない、プログレッシブで個性的な音。そんな音が聴きたくてたまらなくなる。

そんな欧州的なジャズが聴きたくなった時、必ず聴くジャズ・ギターがある。ジョン・アバークロンビーである。出身地は米国ニューヨーク州ポートチェスター。ジャズギタリストで、1944年12月生まれ。ジョン・アバークロンビー、長い名前である。「ジョン・アバ」と呼んでいる。

そう言えば、もう1人、同じような名前のお気に入りギタリストがいたぞ。そうそう、こちらはジョン・スコフィールド。略して「ジョン・スコ」。出身地は米国はオハイオ州デイトン。ジョン・アバ、ジョン・スコ、どちらとも、ウネウネした、気持ち良く適度に捻れたギターを弾く、多彩なプレイ・スタイルでおなじみのギタリスト。

どちらも米国出身で、ウネウネした、気持ち良く適度に捻れたギターを弾くんだが、ジョン・アバは、欧州的に音が濡れている。逆に、ジョン・スコは、米国的に音が乾いている。同じウネウネ捻れギターなんだが、音の性質は正反対。恐らく、所属したレーベルによる音の違いなのかもしれない。ジョン・アバは、かの欧州を代表するレーベル、ECMレーベルの所属。

そんなジョン・アバを初めて聴いたアルバムが『Timeless』(写真左)。1974年6月の録音。栄えあるジョン・アバの初リーダーアルバムである。パーソネルは、John Abercrombie (g), Jan Hammer (org, syn, p), Jack DeJohnette (ds)。凄いメンバー構成だ。特に、音楽ジャンル範疇不明なキーボーダー、ヤン・ハマーの存在が妖しい光彩を放っている。
 

Timeless

 
ジャズを聴き始めた頃、友人に紹介された。プログレッシブ・ロックが好きなら、このアルバムがプログレらしくていいぞ、と勧められた。が、プログレとは全く違う、実にジャジーな演奏。そもそも、バンドを統率する「ビート」が全くロックとは異なる。このアルバムの「ビート」は、どこから聴いてもジャズのビートである。

もともと欧州という環境は、プログレッシブ・ロックとジャズの境界線が曖昧である。確かにロックっぽい音はするにはするが、ビートやフレーズの作り、コードの捻れた展開はジャズならではのもの。ロックでは、これだけアカデミックな演奏にはならない。

このアルバムがちょっとプログレ的雰囲気を宿しているのは、ヤン・ハマーの存在だろう。彼のキーボードがちょっとプログレ的な響きがこのアルバムの面白いところ。ジョン・アバのウネウネした、気持ち良く適度に捻れたギターは全開。欧州的に音は、しっかり濡れている。サスティーンが効いたロングトーンなフレーズは彼独特のもの。好きになれば、とことん病みつきになる。

そこに、音楽ジャンル範疇不明なヤン・ハマーのキーボードが絡む。不思議なグルービーが蔓延する。このグルービーを更に煽るのが、デ・ジョネットのドラム。凄くポリリズミックな疾走感溢れるデ・ジョネットのドラムが、ジョン・アバとハマーを煽りまくる。

収録されたどの曲も魅力的。初ソロ・アルバムで、既に、個性を確立していたジョン・アバのギターは爽快の一言。しかし、その「爽快感」は素直で万民に判りやすいものではない。ウネウネした、気持ち良く適度に捻れたギターが耳に馴染めば「お気に入りのギタリスト」に、馴染まなければ「単なる変態ギタリスト」。

ジャズの優れたスタイリストは聴く人を選ぶ。ジョン・スコもそんなジャズ・ギターの代表的スタイリストの1人。この『Timeless』は、ジョン・スコのギターの起源を捉えたアルバムでもあり、「ジョン・スコ」のマニア御用達の必聴盤でしょう。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 

2010年3月 3日 (水曜日)

大人のエレクトリック・ファンク

不思議なことに、エレクトリック・ジャズについては、聴きたい時と聴きたくない時とが周期的に訪れる。

『Head Hunters』より、その俗っぽさを修正し、ちょっとだけ「プログレ・ハンコック」に戻って、なんとなくアカデミックなエレ・ファンクとなった『Thrust』。その『Thrust』をご紹介したのが、昨年の10月8日(左をクリック)。それから5ヶ月。再び、エレ・ハンコックを聴きたくなる時期がやってきた(笑)。

今日は『Man-Child』(写真左)。1975年のリリース。『Head Hunters』から『Thrust』と、ど・ファンク路線、エレ・ファンク路線のど真ん中を闊歩した名盤2枚の後、エレ・ハンコック、エレ・ファンク路線の3作目である。

Herbie Hancockを筆頭に、Mike Clark、Harvey Mason, James Gadson,Paul Jackson, Louis Johnson, Henry Davis, Wayne Shorter, Bennie Maupin, Blackbird McKnight, David T. Walker, Bill Summers, Bud Brisbois, Jay DaVersa, Ernie Watts, Jim Horn, Garnett Brown, Dick Hyde, Stevie Wonder, Wah Wah Watson とキラ星のように、エレクトリック・ジャズのキー・メンバー達がズラリと並ぶ。壮観である。

『Head Hunters』〜『Thrust』と、大人が楽しめ、子供でも判る「エレ・ファンク・ジャズ」として、一斉を風靡した、エレ・ハンコックなアルバム。しかし、この『Man-Child』は、その趣がちょっと違う。というか、その趣の変化に気がつかないのは、ハンコック・マニアの名折れである(笑)。

冒頭の「Hang Up Your Hang Ups」にこそ、『Head Hunters』〜『Thrust』の流れを踏襲した、大人が楽しめ、子供でも判る「エレ・ファンク・ジャズ」の名残があるが、インプロビゼーション部に入ると、大きく趣は異なる。その趣の異なりは、次の2曲目「Sun Touch」で露わになる。この「Sun Touch」は絶品。決して、この曲はもう「エレ・ファンク」な演奏では無い。1975年当時、流行始めていた「アダルト・オリエンテッド」な響きがする。
 
 
Man_child
 
 
当時流行始めていたAORの「ソフト&メロウ」な響きが、そこはかとなく、この「Sun Touch」の名演の底に見え隠れする。特に、ハービーのエレクトリック・キーボードが全面に押し出されていて、そのハービーの「アダルト・オリエンテッド」なキーボードの響きが、このアルバムの特徴である。

3曲目の「The Traitor」は、未だ何となく「エレ・ファンク」な響きを宿してはいるが、完全に大人の「エレ・ファンク」である。上品かつ粋なビート。聴き応え十分。そして、4曲目の「Bubbles」は、もはや「エレ・ファンク」の面影は無い。今で言う、スムース・ジャズの原点。それでいて、演奏の根底に、ジャズ的な響きをしっかり宿した、硬派なフュージョン・エレクトリック・ジャズである。

同様に、5曲目の「Steppin' In It」は、上品かつ粋な「エレ・ファンク」。そして、6曲目の「Heartbeat」は、「アダルト・オリエンテッド」な響きを宿した、スムース・ジャズの原点のような演奏。そう、この『Man-Child』は、上品かつ粋な「エレ・ファンク」と。スムース・ジャズの原点の様な、「アダルト・オリエンテッド」な響きを全面に押し出した「エレ・ハンコック」とが交錯する、次のステップに移行しようとする、当時のハービーの姿をしっかりと捉えた、実に興味深いアルバムである。

加えて、ジャケット・デザインが「凄い」。この「臼杵の石仏」の様な、仏陀なデザインはなんなんだ。高校時代、このアルバム・ジャケットを初めて見た時、思わず「仰け反った」のを覚えている(笑)。このデザインは無いやろう。このデザインでは、米国人ならともかくも、日本人のエレクトリック・ジャズのファンからしてもなかなか触手が伸びないよな〜。

でも、このジャケット・デザインも、馴れれば、なかなか「はまる」、なかなかのデザインかな、と(笑)。でも、このアルバムって、ハービーの音楽性の深さ、ハービーの音楽性の柔軟さと先進性が感じ取れる、マニアにとってはなかなかの内容のアルバムだと思います。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 

 

保存

2010年3月 2日 (火曜日)

ザ・バンド「この一枚」と言えば

バンクーバー冬期五輪が閉幕した。いろいろあったが、皆、よく頑張った。もっと強くなって、ソチでは、もっと僕たちを熱くして欲しい。まだまだいける。4年なんてあっという間だ。

さて、カナダ出身の70年代ロックにおける「有名なバンド」といえば「ザ・バンド」とご紹介した(2月21日のブログ参照・左をクリック)。「ザ・バンド」は、1967年から1976年に活動した米国のロック・バンド。オリジナル・メンバーは、カナダ人4人(ロビー・ロバートソン、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソン、リック・ダンコ)とアメリカ人1人(リヴォン・ヘルム)という構成。基本的にはカナダ出身のロックバンドと言いだろう。

しかも、である。僕は、数多あるロックバンドの中で、この「ザ・バンド」が一番好きだ。もともと、子供の頃から、アメリカン・ルーツ・ミュージックが好きな、変な子供だったので、このアメリカン・ルーツ・ミュージックを踏まえた、シンプルかつ重厚、フォーキーでロックンロールな「ザ・バンド」は、高校3年生の秋から、ずっと30数年間、大のお気に入りである。

ザ・バンドのオリジナル・アルバムは、どれも味わい深い。ザ・バンドを聴きたいと言われれば、「全部聴け」と言いたい。ファーストアルバム、大名盤の誉れ高い『Music Form Big Pink』から、ラストの『Islands』まで、全部聴いて頂きたい。でも、そんな全部で7枚もある。7枚も一気に入手するのは困難な学生の方々もいるだろう。僕も学生の頃はそうだった。気持ちは判る。7枚も一気に入手するのは、学生の身では、かなりの財力を必要とする。

で、ザ・バンドの「この一枚」と問われれば、僕は『Northern Lights-Southern Cross(南十字星)』(写真左)をお奨めしたい。1975年発表の7作目。僕が、リアルタイムで聴いた初めての「ザ・バンド」。アメリカン・ルーツ・ロックの真髄が、最高のお手本がここにある。

確かに『Music Form Big Pink』の方が、ザ・バンドの本質を感じる事が出来るのではないか、という向きもあるだろう。でも、この『Northern Lights-Southern Cross(南十字星)』の音が良いのだ。

Nothern_southern

音が新しい。今の耳で聴いても古さを感じさせない、シンセサイザーなどの当時最新の機材の使い方が秀逸な、優れたアレンジ。今の耳で聴いても新鮮。この鮮度の良さが、この『Northern Lights-Southern Cross(南十字星)』を、ザ・バンドを代表するアルバムとして君臨する所以である。

冒頭の「Forbidden Fruit」の前奏を聴いて欲しい。けっして、アメリカン・ルーツ・ミュージックぽくない、今風のシンセサイズされた捻れた電気楽器の音。ザ・バンドが精一杯にモダン化した音である。これ以上のモダン化は無い。ボーカルが出てくれば、そこからは「ザ・バンド」の世界。アメリカン・ルーツ・ロックの世界である。この曲での、ロビー・ロバートソンのギターが凄い。僕は、このロバートソンのギターに痺れっぱなしである。

哀愁溢れる「Hobo Jungle」。ニューオリンズ・チックな「Ophelia」。そして、カナダ人メンバーの心を移したような、旅情溢れる「Acadian Driftwood」。モダンでアーバンな、それでいて、良き古さを感じる「Ring Your Bell」。そして、リック・ダンコの名唱が素晴らしい、情感あふれ、ウェット感が心地良い、名曲「It Makes No Difference」。ガース・ハドソンのシンセが大活躍、今風のシンセサイズされた捻れた音が、なぜかルーツ・ミュージックを感じさせてくれる、異色の曲「Jupiter Hollow」。そして、ザ・バンドの大団円、エンディング・ロールのような「Rags and Bones」。

演奏は「モダン」のひとこと。ガース・ハドソンはいつも最新の機材を揃えてスタジオ入りしていたが、このアルバムでの、ARPやミニムーグの分厚いサウンドが、その「モダンさ」を裏付ける。そして、このアルバムの特徴的なことは、ロビー・ロバートソンが、ギターを「弾きまくっている」ということ。このアルバムでは、彼の特徴的な「ピッキング・ハーモニクス」がふんだんに聴くことができる。

このラスト・アルバムでは、垢抜けて都会的になってモダンになったザ・バンドが、自らの故郷であるカナダ(米国人レヴォン・ヘルム1人を除いて)に向かって帰って行く、そんな感じの感動的なラスト・アルバム。もうやること無くなった、っていう無常観すら漂う傑作である。しかし、その垢抜けて都会的になってモダンになった音にも、しっかりとアメリカン・ルーツ・ミュージックのエッセンスが散りばめられている。今の時代の耳にも十分に耐える、永遠の名盤である。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

2010年3月 1日 (月曜日)

初心者の頃は「何が何やら」...

ジャズの入門本のアルバム紹介や、ジャズ雑誌の初心者向けの入門アルバム紹介って「罪作り」やなあ、と思うことが時々ある。最近は無くなったが、僕らがジャズ初心者の頃、レコード会社が作成した販促キャンペーン用のジャズ入門アルバム紹介のパンフレットも、今から思えば「罪作り」やったなあ。

何が「罪作り」って、そのアルバム紹介に出てくるアルバムの中に、どう考えたって、ジャズ初心者には重荷なアルバムが挙げられているのだ。なぜ、そんな難解なアルバムがジャズ初心者向けに紹介されているのか、今もって理解に苦しむのだ。

僕が大学時代、ジャズを聴き始めた頃、レコード会社が作成した販促キャンペーン用のジャズ入門アルバム紹介のパンフレットを見て購入したアルバムの中にも、当時、ジャズ初心者の頃には「何が何やら」判らなかったアルバムがある。

そのアルバムの名は、Charles Mingusの『Charles Mingus Presents Charles Mingus』(写真左)。怒れるベーシスト、チャールズ・ミンガスの有名盤である。ちなみに、パーソネルは、Ted Curson (tp), Eric Dolphy (as, bcl), Charles Mingus (b, vo), Dannie Ritchmond (ds, vo)。1960年10月の録音である。

このアルバムが、販促キャンペーン用のジャズ入門アルバム紹介のパンフレットに出ていて、そして、このアルバムにまつわるエピソードを本で読んで、実に感じ入って、即購入に踏み切った。ジャズ入門アルバム紹介のパンフレットに挙げられているアルバムである。その内容が、ジャズ初心者の僕にとって「難解」だなんて思いもしなかった。

で、家に帰ってワクワクしながらレコードに針を落としたら「???」(笑)。何が良いのか、何が何やら判らない。いきなりミンガスのナレーションである。どの曲もミンガスから、何か一言あってから始まる。これがまず判らない(笑)。ジャズとしてこれが必然性のあるものなのか、ジャズ初心者当時、さっぱり理解できない。
 

Presents_mingus

 
収録された4曲は全て、フリージャズ一歩手前の、完全に尖った「ハードバップ・ジャズ」。テッド・カーソンのトランペットも、エリック・ドルフィーのアルトサックスも、そのフリー一歩手前の自由度の高いインプロビゼーションは、ジャズ初心者には「きつい」。解説を読んでも、何度聴き直しても「何が何やら」、何が良いのやら、さっぱり判らなかったなあ。

今の耳で聴けば、たった4人のカルテット演奏で、これだけ分厚いアンサンブルを奏でることができるのは、ミンガスの作曲、アレンジの成せる技だと思うし、フロントを支える、ミンガスとリッチモンドのリズムセクションの分厚さ故の成果だとも思う。そして、その分厚いリズムセクションをバックに、フロントのテッド・カーソンのトランペットも、エリック・ドルフィーのアルトサックスも、それはそれは自由に吹きまくる。

ミンガスは、アレンジの賜である分厚いリズムセクションをベースに、それぞれの楽器に最大限の演奏スペースを与え、フロント楽器奏者に、そのスペースを最大限に活かした自由度の高いインプロビゼーションを課した。カーソンのペットとドルフィーのアルトは、その難しいミンガスの要求に最大限に応えている。故にこのアルバムは名盤と呼ばれる。

ミンガスは、その手法で、アプローチは異なるが、マイルスと同様、ハードバップの演奏の自由度をフリー一歩手前まで最大限に広げたイノベーターの1人である。でも、ジャズ初心者の時代には、そんなことって全く判らないよな〜。当時、正直に告白すると、カーソンのペットとドルフィーのアルトは、単なる騒音にしか聴こえなかった。

ただ、ドルフィーのバスクラリネットは面白いと思った。ミンガスのベースは凄いと思った。ダニー・リッチモンドのドラミングは良い感じだと思った。それでも、このアルバムの良さはさっぱり(笑)。しばらくの間、購入したことを激しく後悔した(笑)。

このアルバムは、ミンガスの作曲とアレンジの妙と、分厚いリズムセクション、そして、フロントのカーソンのペットとドルフィーのアルトの自由度の高い、イマージネーション溢れるインプロビゼーションを愛でるアルバムだと思います。特に、若かりし頃のドルフィーが体験できる貴重盤です。

1960年代のジャズを語るときに忘れられないアルバムだからといって、ミンガスの代表盤の一枚だからといって、ジャズ初心者にこのアルバムを紹介するのは「酷」ってもんでしょう。ある程度ジャズを聴き込んだ後、チャールズ・ミンガスのベースとアレンジ力に興味を持った時に聴いてこそ、その真価が発揮される、ジャズ中級者以降向けのアルバムです。 
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

リンク

  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

カテゴリー