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2010年1月の記事

2010年1月31日 (日曜日)

懐かしの「Timothy B. Schmit」

70年代アメリカン・ロックの一大潮流であった「ウエストコースト・ロック(西海岸ロック)」。カリフォルニアの爽やかな太陽と風を想起させる、ロック・カントリー風の爽やかなノリと、粋な兄ちゃん達の小粋なロック・ソングが特徴的。そして、美しいハーモニーが特徴の「ヴォーカル・ハーモニー」のフィーチャー。

久しぶりに、Timothy B. Schmitの『Playin It Cool』(写真左)を聴いて、懐かしの米国西海岸ロックに浸っている。このアルバムは、1984年のリリースなので、70年代ロックの範疇からは外れるのだが、その内容は、バッチリ70年代ロック、米国西海岸ロックの範疇に引っ掛かっている。

Timothy B. Schmitは、米国西海岸ロック伝説のバンド「ポコ」を経て、1977年、イーグルスに引き抜かれました。ランディー・マイズナーの後任という、ポコへの参加と同じ事情なのは、何か因縁めいたものを感じますね〜。1979年発表のイーグルスの『The Long Run』で、Timothy B. Schmitは、かの名曲「I Can't Tell You Why」を提供しています。でも、その後、イーグルスはあえなく一旦解散。

Timothy B. Schmitはソロに転身せざるを得なくなるわけですが、そのTimothy B. Schmitが、1984年に発表した初のソロ・アルバムが、この『Playin It Cool』。アップテンポなポップス調のナンバーからハードなナンバー、そして、スローなバラードまで、マルチ・タレントぶりを発揮していて、Timothy B. Schmitのボーカルも覇気が溢れ、なかなかの内容のアルバムに仕上がっています。
 

Tb_schmit_playin_it_cool_2

 
リズムは完全に80年代ロック&ポップスで蔓延した、デジタル&打ち込み風で違和感があり、エコーもたっぷりかかっていて、どうもAORの影を追っているようで具合が悪いんだが、それぞれの楽曲の根幹は、70年代米国西海岸ロックにあって、そこを焦点に絞ると、このTimothy B. Schmitの『Playin It Cool』はなかなかに味わいがある。

70年代米国西海岸ロックのテイストを引きずった「80年代AOR的なサウンド」とでも表現したら良いのでしょうか。しっかりと引きずっている70年代米国西海岸ロックのテイストが、僕にとっては魅力的に響きます。

「So Much In Love」「Voices」「Take a Good Look Around You」「Tell Me What You Dream」なんて良い感じですよね〜。特に、「Take a Good Look Around You」「Tell Me What You Dream」の2曲は、70年代米国西海岸ロックのテイストを引きずった「80年代AOR的なサウンド」という表現にピッタリでは無いでしょうか。う〜ん良い感じです。タップリとかかったエコーとデジタル&打ち込み風のリズムは、ちょっと馴染めないんですが・・・(笑)。

イーグルスの再結成の際、ベーシストはランディ・マイズナーでないと、という評価もありましたが、「One of These Nights」や「Hotel California」などのハードなギター中心の曲のバックで、根太で粘りのあるベース・ラインに関しては、Timothy B. Schmit のベースの方がシックリきます。イーグルスの全キャリアの楽曲を広く押さえるベースとしては、Timothy B. Schmitのベースも十分「あり」だと思います。

僕は、1970年代ど真ん中ではない、1980年代に入ってからのソロ・アルバムに、Timothy B. Schmitの個性を感じます。1970年代の米国西海岸ロックを更に洗練した音楽性と彼の弾くベースは、まだまだ過小評価されているではないでしょうか。しかしまあ、レトロなジャケット・デザインだこと・・・(笑)。 
 
 
 
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2010年1月30日 (土曜日)

ロッドの「2匹目のドジョウ」

昨秋、大阪のお嬢から、マイケル・ブーブレの『It's Time』をプレゼントされて、スタンダード曲の歌唱に目覚め、以来、長年音楽を聴いてきて、やっとこさ、スタンダード曲の歌唱を、腰を据えて聴くようになった。

スタンダード曲の歌唱と言えば、ジャズ・ボーカルとなるが、スタンダード曲の歌唱は、ジャズのジャンルに留まってはいない。80年代より、意外とロック畑、ポップス畑の中堅〜ベテランのボーカリストが、スタンダード曲の歌唱にチャレンジしている。ぱっと思い浮かぶだけでも、ロッド・スチュワート、リンダ・ロンシュタット、ボズ・スキャッグス、カーリー・サイモン、バーブラ・ストライサンド等々。

このところ、愛聴しているのが、ロッド・スチュワート(Rod Stewart)の「Great American Songbook」シリーズ。全4枚。ジャズのスタンダード満載、フランク・シナトラばりに、ロック・ボーカリストの至宝、ロッド・スチュワートが、ビッグ・バンドをバックに、あっけらかと朗々と歌い、しかもそれが大当たりののカバー・アルバム集である。「金儲けのために懐メロを歌うなんて」と眉をひそめるなかれ。あのロッドのボーカルで、数々のスタンダード曲で歌われる。それが、とても「格好良い」んですよ。これが。

一枚目の『It Had to Be You: The Great American Songbook』については、昨年10月22日のブログ(左をクリック)でご紹介した。どのスタンダード曲も、ロッドの声が歌が「とても心地良い」。ロッドは、これらのスタンダードを、粋に、しみじみと染みいるように、そして、「ロック」に聴かせてくれた。噂には聞いてはいたが、実際に聴くと、これが「実に良かった」。
 

Rod_ga_songbook2

 
今回は、その第一弾の余韻の中、「2匹目のドジョウ」を狙って聴き進める(笑)、第二弾『As Time Goes By... : The Great American Songbook Vol. 2』(写真左)である。

これがまた良いんですね〜。第一弾に比べると、選曲された楽曲が少し地味で、ロッドのボーカルって、あまりバリエーションは豊かじゃないので、もしかしたら「マンネリ〜平凡」に陥るか、という懸念がありましたが、それはとんだ杞憂でした。

「I'm In The Mood For Love」、「Smile」、「As Time Goes By」、「I Only Have Eyes For You」、「Someone To Watch Over Me」、「'Till There Was You」など、14曲のスタンダード曲を実に渋く、実に格好良く、歌い上げています。さすがロッド。上手いです(当たり前か・笑)。

リチャード・ペリー、フィル・ラモーン、クライヴ・デイヴィスという一流プロデューサー陣の存在が大きいと思います。ロッドという、類い希な、ロック・ボーカリストの至宝を客観的に評価して、それぞれの楽曲で、どう歌い、どうバッキングするか。それぞれの楽曲毎に良く練られていると思います。ロッドのボーカルもさることながら、プロデュースの貢献度が非常に高い。

「Bewitched, Bothered, and Bewildered」でのシェールとのデュエットも好調で、この「Great American Songbook」シリーズ第二弾でも、ロッドは格好良いです。前にも書きましたが、ロッドのスタンダードの歌唱は、ベースが「ロック」。決して「ジャズ」では無い。そこが良いんですね。

ロックの歌唱で、ジャズ・スタンダード曲を歌うことが、こんなに格好良いとは思いませんでした。改めて惚れ惚れした、Great American Songbook」シリーズ第二弾。なんかロッドの企画物にすっかり「やたれた」感があります。既に、第三弾が楽しみになっています(笑)。 
 
 
 
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2010年1月29日 (金曜日)

どこから切っても「チック」です。

う〜ん疲れた。本業の方で頭を使いすぎた心地良い疲れ。明日から2日は休み。このところ、週休二日、土日の休みに実感を持てるって、この歳になって幸せである。さあ、明日はグッスリ寝るぞ〜。

で、心地良く疲れた時は、自分の一番好きなミュージシャンの演奏を聴くのが良い。ということで、今日はチック・コリア。チック・コリアの5トリオBOX盤の、そのBOX盤でしか聴けないアルバムの一枚『Brooklyn, Paris To Clearwater』(写真左)である。2007年4月の録音。ちなみに、パーソネルは、Chick Corea(p), Hadrien Feraud(b), Richie Barshay(ds) 。

冒頭の「Final Frontier」の出だしのエレピの音を聴くだけで、チックやないか〜、と思う。エレピの音だけでチックと判る、チックのその個性って、実は凄いのではないかと思う。

なんせ、音色だけですよ。エレピのタッチと音色だけで「チック」と判る彼の個性って、やはり改めて唯一無二だと思うんですね。そういえば、チックのエレクトリック・キーボードの世界で、未だにまともなフォロワーが出現していない事実を鑑みると、チックのエレピの表現レベルと個性って、相当高みにあるんだな〜、と改めて感じてしまう。

Hadrien Feraud(b), Richie Barshay(ds) の二人については全く知らない。ライナーによると、チックは二人の演奏をYouTubeとCDでしか聞いた事がなかった、とのこと。この二人とチックのインプロビゼーションを聴いていて、改めて「相性」という言葉を思い出す。この二人のリズム・セクションが何気に凄いんですね。そこはかとなく、ちょっとラフなリズム・セクション。でも、それがチックのキーボードのにピッタリなんですね。
 

Chick_brooklyn_paris

 
バックのリズム・セクションが四角四面にカッチリとしたリズムとビートを供給すると、チックのピアノ・タッチ、エレピ・タッチが尖るだけ尖って、なんだかデジタルチックな固い、四角四面の音になってしまうのですね。でも、このアルバムでのHadrien Feraud(b), Richie Barshay(ds)の二人は違う。適当にラフなんですね。これが、チックのキーボードに良い影響を与えるから「ジャズって面白い」。

しかも、チックとのアンサンブル、ハーモニー、ユニゾン、どれをとっても良く合っているいるんですね。もしかして、チックにとって、Hadrien Feraud(b), Richie Barshay(ds)のリズム・セクションって、近年希に見る「当たり」のリズム・セクションではないでしょうか。もっと、このトリオでの様々な演奏を聴いてみたい。チックのトリオ演奏において、そんな思いを持ったのは久しぶりです。

電子音のギミックもあったり、前衛的、現代的な演奏表現もふんだんに取り入れられており、このトリオ演奏って、現代の「今」の時点において、結構、凄いレベルのキーボード・トリオ演奏だと思います。

もっとチックのキーボード・トリオの演奏を聴いてみたい。そんな忘れかけていた思いをまざまざと思い出させてくれる、この『Brooklyn, Paris To Clearwater』の内容、の出来です。これって、5トリオBOX盤の特典なんですが、これって素晴らしい内容ですから、この『Brooklyn, Paris To Clearwater』を入手するだけでも、5トリオBOX盤を入手する意味があるってもんです。

チックのフレッシュで疾走感溢れる「キーボード・トリオ」盤。チック・コリア・エレクトリック・バンドが懐かしい。今の環境での、今の環境下で厳選した「チック・コリア・エレクトリック・バンド」の演奏が聴きたいものです。とにかく、着実にステップアップしているチックは頼もしい限りです。往年のファンにとっては堪らない『Brooklyn, Paris To Clearwater』であります。
 
 
 
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2010年1月28日 (木曜日)

判り易いモンクの「音世界」

孤高のピアニスト、セロニアス・モンクの世界は、それはそれは独特の「音世界」。これは実際に聴いてもらわないと判らないのだが、本当に独特のピアノの音。クラシックでは絶対に味わえない、本当に不思議な「音世界」です。

不協和音とトリッキーなリズム・アクセント、それでなくても、それだけでも大変な「音世界」なんだけど、この「音世界」を、しっかりと味わうに相応しいアルバムが、モンクのリーダー・アルバムには数少ない。特にジャズ初心者には「辛い」アルバムが多い。

名盤の誉れ高い『Brilliant Corners』『Monk's Music』などは、あまりリハーサルをせずに、一発勝負で演奏しているので、あちらこちらで、アンサンブルの不具合、演奏ミスが起こっていて、演奏全体の雰囲気って、整然としていないというか、カッチリしていないというか、なんだかジャズ初心者の時代に聴くと「これって、本当に名盤?」なんて思ってしまうのだ。

で、モンクの「音世界」を、ジャズ初心者の時代にも判り易く聴けるアルバムは無いものか、といろいろと思いを巡らしていたら、あったあった、『Thelonious Monk Orchestra At Town Hall』(写真左)。モンクのオーケストラ作品。

トランペット2人、トロンボーン1人、チューバ1人、アルト・テナー・バリトンが1人ずつという管楽器陣に、モンクのピアノとベース・ドラムというスモールオーケストラ編成。パーソネルは、Donald Byrd (tp), Eddie Bert (tb), Bob Northern (frh), Jay McAllister (tu), Phil Woods (as), Charlie Rouse (ts), Pepper Adams (bs), Thelonious Monk (p), Sam Jones (b), Art Taylor (ds)。1959年2月の録音。
 

Monk_town_hall

 
ソリストに、トランペットにDonald Byrd、アルトにPhil Woods、バリトンはPepper Adams。アルバムのライブ演奏を聴くと、しっかりとリハーサルも積んで、このライブ演奏に望んだことが良く判る。演奏されている、それぞれの曲が整然としてカッチリしていて、モンクの「音世界」の個性に集中して、じっくりと聴くことが出来る。

モンクは、崩れた魅力、不具合やミスが起こる「ハプニング」な魅力、そこが良いんだ、という見方もあるが、それは違うでしょう。やはり、演奏というものは、必要最低限、不具合やミスが極力少なく、整然とカッチリしていてこそ、その作曲者、その演奏者の個性が正確に確かめられる、と僕は思う。

このアルバムでのアレンジは、全くオーソドックスなもの。奇をてらったものは全く無いけど、オーソドックスなアレンジである分、モンクの個性溢れるオリジナル曲を大編成で演奏することによって、モンクの独特な、個性的な「音世界」がクッキリと浮かび上がってくる。

冒頭の「Thelonious」からラストの「 Little Rootie Tootie」まで、ず〜っと続けて聴き続けているだけで、モンクの個性が本当に良く判る好盤で、モンク入門にも最適な一枚だと思います。でも、このアルバムが何故か、モンク入門本やジャズ入門本に全くと言っていいほど、挙げられることが無いのはどうしてなんでしょう。不思議です。

『Brilliant Corners』『Monk's Music』を聴いて、モンクの何処が良いんだ、と思われている方々、この『Thelonious Monk Orchestra At Town Hall』を聴いてみてはいかがでしょうか。 

今朝は暖かい朝。今の季節にしては暖かい南風が強く吹き込んで、なんだか暖かい。昼過ぎには雨が降ったみたいだけれど、思ったより強く降らなかったようで、しかも思ったよりも冷え込まない。この調子だと、今年は雪が降ることはないかもしれない。でも、寒いのが嫌いなくせに、雪が降らないかも、と思うと雪が恋しくなるから、僕は、とても「ややこしい」(笑)。
 
しんしんと 灰色の街 雪纏う
 
 
 
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2010年1月27日 (水曜日)

安心感抜群のハードバップ

眠い。故あって眠い。こんな時に、難しいジャズ、刺激的なジャズは御法度。絵に描いたようなハードバップが良い。それも、なんか「まったり」としたハードバップが良い。

と、思いながら選んだアルバムが久々のチョイス、アート・ファーマー(Art Farmer)の『Portrait of Art Farmer』(写真左)である。東海岸ジャズのアート・ファーマーが、なぜか西海岸のコンテンポラリーに録音した唯一の作品。パーソネルは、Art Farmer (tp), Hank Jones (p), Addison Farmer (b), Roy Haynes (ds) 。1958年4月及び5月の録音。

ファーマーからすると、ごくごく初期のリーダーアルバムの一枚である。それでも、全編に渡って、ファーマーのトランペットの個性が満ちあふれているのは立派である。金管楽器のトランペットでありながら、つんざくような、切り裂くようなペット独特のブロウは全く無く、エッジが丸く、ほんわかした、優しく包み込むようなペットの音色は、既に、ファーマーの個性を確立している。

後に、フリューゲル・ホーンを手に、そのエッジが丸く、優しく包み込むような音色に磨きをかけ、フリューゲル・ホーンの使い手の第一人者として、その名を馳せることになる。そんな彼のキャリアが十分に理解できる、この『Portrait of Art Farmer』での、ファーマーのエッジが丸く、ほんわかした、優しく包み込むようなペットの音色である。

Portrait_of_art

とりわけ、このアルバムでは、ファーマーの覇気溢れるトランペットが全編に渡って聴くことができる。しかも、バックがなかなか健闘していて、特に、ピアノのハンク・ジョーンズの印象的な右手の旋律が素晴らしい。ハンク・ジョーンズがこれだけ全面に立って弾くピアニストだとは思わなかった。印象的な右手といえば、レッド・ガーランドだが、レッド・ガーランドより、黒くて粘りがあって切れ味あるタッチは、ハンク・ジョーンズならではの個性。このアルバムの二義的な楽しみは、ハンクのピアノを愛でることだろう。

選曲も良い。どこから聴いても、安心感抜群のハードバップ。ファーマーの個性も溢れんばかり、ハンクのピアノに新しい発見をした喜びを感じ、アディソン・ファーマーのベース+ロイ・ヘインズのドラムの堅実なサポートに限りない安心感を感じる。ジャズの、ハードバップの良心を感じる事の出来る、隠れた優秀盤だと思います。

ほとんどと言って良いほど、ジャズの入門本やジャズのアルバム紹介本に挙げられることのないアルバムですが、この『Portrait of Art Farmer』って、安心感抜群のハードバップ盤として、広くジャズ・ファンの方々にお勧めの佳作です。
 

今日は日中は暖かな日。夕方から風が強くなってきたが、底冷えする寒さではない。なんだか、2月の終わりから3月初めの気候かな、と思う、我が千葉県北西部地方の今日の天気。もう氷が「凛とはる」朝は無いんだろうか。着実に春に歩を進めつつある、我が千葉県北西部地方の気候である。

七変化 氷柱に遊ぶ 朝日かな 
 
 
 
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2010年1月26日 (火曜日)

pat methenyの傑作の一枚

pat metheny(パット・メセニー、以降パットと略す)の新作を入手した。今回の新作はかなりセンセーショナルなものらしいので、じっくり聴いてからレポートします。その前哨戦では無いのですが、今日はパットの『Secret Story』(写真左)を聴いています。

この『Secret Story』、パットの数々の傑作と呼ばれるアルバムの中の一枚で、目眩く音世界にクラクラしそうな素晴らしい内容です。ワールド・ミュージックの要素あり、個人的に「ネイチャー・ジャズ」と勝手に呼んでいる、適度にエコーのかかった大自然の「奥深い響き」あり、パットの音世界は、ジャズの世界の中でも、突出した個性で、他に追従するものを許さない、彼独特の「孤高の響き」を有している。

クラシックの要素もしっかりと折り込み、フォーキーな世界もあり、ちょっとアーバンな打ち込みっぽい音世界もあり、この『Secret Story』は「究極のフュージョン」と言っても良い、様々なジャンルの音世界が「融合」された音絵巻です。

余談になりますが、この『Secret Story』は、なんと構想6年という壮大な計画の中で創作されたアルバムとのこと。そうだろうな〜、この内容。ちなみに、このアルバムは、初のソロ名義のアルバムなんですね。それまでは全て「パット・メセニー・グループ」名義でした。
 

Pat_secret_story

 
確かに、このアルバムの内容は「パット・メセニー・グループ」の音世界とは一線を画するものです。「パット・メセニー・グループ」の音世界は、最先端の楽器技術を駆使していても、人間が演奏し、人間が音を紡ぎ上げていく、そんな人と人とが作り上げていく、という感じが強くするのですが、パット・メセニー個人名義の音世界は、パットが一人で音を作り上げていく、というパーソナルな、個人の世界で、楽器技術を駆使して創り出されていく、ちょっと人工的な感じがするんですね。

それを前提としても、この音世界は凄い。ちょっとステレオ(そこそこの内容のステレオであって欲しいのですが・・・笑)のボリュームを上げて聴くと、そこに広大な音世界がブワーッと広がる。その音の広がりが尋常では無い。パットのみが聴かせてくれる音の広がりなんですね、これが。矢野顕子、ロンドン・フィル・オーケストラなど総勢75名のミュージシャンが参加した、パット個人の音世界。ほんと、このアルバムの音世界は「壮大」の一言。

この『Secret Story』は、パット個人が紡ぎ出す音世界を心ゆくまで堪能できます。う〜ん、この音世界は文字にするには壮大すぎる。聴けば判る。これもジャズ。ジャズ・ファンの方、音楽ファンの方に一度聴いて頂きたい、ジャンルを超えた壮大な音世界がここにあります。  
 
 
 
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2010年1月25日 (月曜日)

My Name Is Albert Ayler

サクソフォーン(saxophone)は、金属製の木管楽器の一種。縮めて「サックス」と呼ばれる。肉声にもっとも近いと言われる魅惑の音色。サックスは、肉声に近い音色とブロウが特徴で、その音は時に心を揺さぶるものがある、と言われるが、確かにその通りだと思う。

その「肉声に近い」音色については、ジャズの世界で堪能できる。ジャズの歴史の中で、名を残しているサックス奏者はそれぞれ「肉声に近い」音色を駆使して、唄心を紡ぎ上げている。

久しぶりに、本当に久しぶりに、アルバート・アイラー(Albert Ayler)の『My Name Is Albert Ayler』(写真左)を聴いた。1963年1月の録音。デンマークはコペンハーゲンでの録音である。パーソネルは、Albert Ayler (ts,ss), Niels Brosted (p), Niels-Henning Orsted Pedersen (b), Ronnie Gardiner (ds)。

ベースのペデルセンの参加が目を惹く。ここでのペデルセンの起用は大正解。アイラーの「叫び」のブロウを、太くて抑制の良く効いた重心の低いベースでしっかりと支えている。くわえて、音程のピッタリと合ったウォーキング・ベースとボウイングは、聴いていて実に気持ちが良い。

さて、改めて、アイラーのサックスは、肉声に近い音色の「叫び」の部分をフィーチャーした、ジャズの中で、サックスの最後の表現方法である「叫び」を全面に押し出した、ジャズ・サックスのパフォーマンスにおける、最後の「メインストリーム・ジャズ」の一つだと思う。
 

My_name_is_albert_ayler

 
このアルバムの収録曲、スタンダードの「Bye Bye Blackbird」「Billie's Bounce」「Summertime」「On Green Dolphin Street」を聴けば、その感覚を判ってもらえるのではないかと思うのだが、いかがだろう。良く聴けば、原曲のフレーズを「叫び」の音色で崩しながらも、底では忠実にコードをキープしている。決して、感情のおもむくまま、気の向くまま吹いている訳では無い。ジャズの伝統の範疇での「叫び」のサックスである。特に、「Summertime」「On Green Dolphin Street」など、もう「圧巻」の一言である。

それまでのジャズ・サックスは、サックスで「唄って」いた。アイラーは、エリック・ドルフィーと並んで、サックスの最後の表現方法である、サックスの肉声に近い音色の「叫び」の部分を駆使して、独特な表現方法を確立した、ジャズ・サックスのイノベーターだと思う。この2人の「叫び」のサックスは、メインストリーム・ジャズの範疇にしっかりと「引っ掛かって」いる。

感情のおもむくまま、気の向くまま吹き続ける「フリー・ジャズ」の範疇のブロウでは決してない。ジャズのど真ん中を、先進的な表現方法を駆使して突っ走ったイノベーターであった。二人ともに若くして鬼門に入ってしまったのは、誠にもって残念である。後10年長生きしていれば、フリー・ジャズを含めたジャズの発展も違ったものになっていたかも知れない。

正統なメインストリーム・ジャズの、ちゃんとしたテクニックに裏打ちされた、アブストラクトな面、不協和音な面を体験するのに相応しい、アルバート・アイラー初期の名作だと思います。
 
 
今日は暖かな一日。先週の大寒の日も暖かな一日だった。他の日もグッと冷え込むとは言え、そんなに底冷えすることもなく、どうも通常の年と比べて、季節が1ヶ月前倒しになっているような感じがする。なんだか、雲から漏れてくる日差しは、心なしかちょっと力強く、少しずつ春が近づいてきているような、そんな雰囲気が、ちょっと嬉しい今日この頃である。
 
光射す 彩り豊か 春近し 
 
 
 
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2010年1月24日 (日曜日)

2010年1月号の更新です...

危ない危ない。バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の月一更新のコーナー「ジャズの小径」のアップデートを忘れていた。今日、慌てて原稿書きをし、やっと先ほどアップ完了しました。やれやれ。

さて、振り返れば、昨年後半のマイ・ブームは「ビートルズ」でした。全てのオリジナル・アルバムに、13年ぶりにリマスターが施され、ステレオ・ミックスのアルバムについて、全ての「CD化」が完了しました。

LPの音が再現されたような、LP時代のなめらかな音を再現しようとしているというか、ハイハットの音や高音のコーラス、ブラスの音、オーケストラの弦の音が「耳につかなく」なりました。ギザギザしていた音の輪郭が「まろやか」になったとでも表現したら良いでしょうか。

そして、最大の出来事は、モノラル・ボックスの発売。ビートルズのアルバムのモノラル・ミックスがリマスターされ、CDボックスとしてリリースされました。ホワイト・アルバムなどは初のモノラル・ミックスCDのリリースでしたし、さすが、噂されていた通り、サージャント・ペッパーズのモノラル・ミックスは凄い内容でした。

ビートルズの楽曲は、早い時期から、ジャズの世界でカバーされてきました。あの世界的に爆発的にブレイクしたビートルズの楽曲ということで、その爆発的な人気あやかりたいという、商業的な思惑もあったでしょうし、ビートルズの楽曲のコード進行の面白さが、純粋にミュージシャン魂を揺さぶった、ということもあったのでしょう。

Komichi_201001

60年代、様々なビートルズの楽曲のカバー・ジャズがあったが、しっかりと地に足付けて、ミュージシャンの特性を活かしつつ、硬派なジャズ・アレンジを施した、ビートルズのカバー・ジャズを量産したレーベルが「ブルーノート」。そのブルーノートでカバーされた楽曲を集めた「コンピ集」があります。これが、なかなかの内容で、気軽に聴けるビートルズ・カバー・アルバムとして愛聴しています。

それから、ビートルズ・ナンバー、アフター・ビートルズのナンバーのカバーで、なかなかカバーされない楽曲が「ジョージ・ハリソン」の楽曲。ジョージの楽曲はかなりユニークで、コード進行がかなり「変」というか、コード進行が「捻れている」。おおよそ、ポップスの王道を遙か離れたというか独特というか、ちょっと病的なコード進行をしている曲が多々あって、とにかく、カバーし難い。

よって、ジャズの世界でカバーされるジョージの楽曲と言えば、専ら「サムシング」のみ、なんですが、今回、豪気にも収録曲全てをジョージの楽曲のカバーで埋め尽くした、凄いカバー・アルバムを発見しました。Joel Harrisonの『HARRISON ON HARRISON』で、これがまあ、現代ジャズの先端に近い、高度なジャズ演奏で、「捻れた」ジョージの楽曲を、完璧なまでにジャズの世界の中でカバーしているんですね。これは凄いことですよ(笑)。

ということで、今月の『ジャズの小径』は、最近聴いたビートルズ関連のカバー・ジャズ・アルバムをご紹介しています。コンピ盤の『Blue Note Plays the Beatles』と、ギタリストJoel Harrisonの『HARRISON ON HARRISON』の2枚です。

それでは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」にて、お待ち申し上げております m(_ _)m。
 
 
 
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2010年1月23日 (土曜日)

「シカゴ」を初めてまともに ...

シカゴと言えば、70年代後半~80年代のバラード・AOR系のロックバンドというイメージが強いが、デビュー以来、ホーン・セクションを大胆にフィーチャーしたブラス・ロックの主要バンドの一つであった。

60年代終わりから70年代前半にかけて、米国ロック界を風靡したブラス・ロック。ブラスの音が好きなので、中学からブラス・ロックが気に入っていた。ブラス・ロックと言えば、このシカゴとブラッド・スウェット&ティアーズ(BS&T)や、チェイス(Chase)が有名だが、このシカゴだけは手を出さなかった。

何故手を出さなかったのか。デビューから3作連続でLP2枚組をリリース。このLP2枚組が難物だった。僕は、高校時代からロックのアルバムを購入し出したのだが、他にも色々なアルバムが欲しい中で、LP2枚組が辛い。まず、当時の1ヶ月の小遣いではLP2枚組は、そもそも手に入らない(笑)。シカゴは最初から諦めた。当時、LP2枚組は高嶺の花であり夢だった。シカゴはいつか手に入れて聴いてはみたい、と思っていた。

CDの時代が来て、著作権がコロンビアの手を離れて、ライノのリマスターが出て、なんとLP2枚組がCD1枚にまとめられて、米国盤CDでは、なんと千円台前半で手に入るようになった(円高も悪くない)。ただ、僕の場合、今ではジャズが主流なので、ロックはどうしても後回しになる。そして、いよいよシカゴのアルバムを購入する時期が来た。

まぎらわしいんだが、シカゴは、最初は、シカゴ・トラジット・オーソリティというバンド名でデビュー作をリリースしている。その名前をそのまま取って、『Chicago Transit Authority(邦題:シカゴの軌跡)』(写真左)。ジャケット・デザインが2種類あると思ってしまうが、小さいデザインが表。
 

Cta_1st

 
冒頭、テリー・キャスが書いた「Introduction」で幕を開けますが、これがもう、イントロからブラス・ロックの雰囲気満載。いやいや良い感じです。短いながらも、バンドのそれぞれのパートの聴きどころがフィーチャーされた演奏は、まるでコンサートでのハイライト、いわゆるメンバー紹介さながらで、シカゴにとっての第1曲目に相応しい楽曲です。

反戦運動、学生闘争のシンボルとされていた激動の1960年代後半にリリースされたデビューアルバムらしく、邦題の方がその印象が判りやすい、2曲目の「いったい現実を把握している者はいるだろうか?」、4曲目「クエスチョンズ67/68」、そして、10曲目「1968年8月29日シカゴ、民主党大会」から「流血の日(1968年8月29日)」など、政治的思想的な内容の楽曲が収録されているのが興味深い。ロックと社会が接近していた時代ならではの内容である。

実験的な面の垣間見ることができる。7曲目の「Free Form Guitar」は、7分弱の長尺曲であるが、延々とフリーフォームなギターフレーズが続く。これにはちょっと閉口する。まあフリージャズを聴き馴れた耳にはあまり違和感は感じないが、一般のロック・ファンには、ちょっと苦しいだろう。時代を反映している楽曲と言えば、まあ、これはこれでまあ良いでしょう(笑)。

「Does Anybody Really Know What Time It Is?」「Beginnings」「Questions 67 & 68」などなど、ロバート・ラムが作曲で大活躍です。ロバート・ラムの楽曲が好調の中で、バンドの中心メンバーであるロバート・ラム(key,vo)、ピーター・セテラ(b,vo)、そしてテリー・キャス(g,vo)の3人の「三者三様の個性」を楽しめるところが、このファーストアルバムの最大の聴きどころでしょう。

いや〜、やっとシカゴを聴き始めることが出来た。中学時代から、FMでシングルカットされた楽曲を中心に細々と聴いてはいたが、アルバム単位でジックリ聴いたのは初めてですが、なかなか良いですねえ。ジャズ・マニアの僕にも、ブラスの音は心地良く響きます。なんだか今年は「シカゴ」中心の「懐かしの70年代ロック」になりそうな気配です。
 
 
 
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2010年1月22日 (金曜日)

チェット・ベーカーのリリシズム

えらい暖かくなったと思ったら、またまた真冬の気温に逆戻り。これだけ寒暖の差が激しいと、体がもたない。こういう時は、出来る限り平穏に過ごさねばならない。無理をすると、体調を崩すのは目に見えている。用心用心。

さて、平穏に過ごす、ということで、今日のお気に入りは、Chet Baker(チェット・ベーカー)の『Peace』(写真左)である。

1982年2月の録音。パーソネルは、Chet Baker (tp) David Friedman (vib, mar) Buster Williams (b) Joe Chambers (ds)。ヴァイヴのデビッド・フリードマンの参加が目を惹く。バスター・ウイリアムスのベース、ジョー・チェンバースのドラムというリズム・セクションも、当時、若手実力派。ピアノレスというところもこのアルバムの特色。

このアルバムは、バスター・ウイリアムスのベース、ジョー・チェンバースのドラムという、当時、若手実力派のリズム・セクションをバックに、デビッド・フリードマンの、そこはかとなく躍動感のある、知的でリリカルなヴァイヴに触発された、チェットのペットのリリシズムを心ゆくまで堪能できる佳作である。

収録曲を眺めると、実に渋い面持ちのホレス・シルヴァーの「ピース」と、他の5曲は、デビッド・フリードマンのオリジナル。曲の構成から見ると、デビッド・フリードマンのリーダー作か? と思ってしまうのですが、このアルバムは、チェットのアルバムです。
 
 
Chet_baker_peace
 
 
それが証拠に、デビッド・フリードマンがやりたい放題にガンガンにヴァイヴを弾きまくるのですが、そんなフリードマンのヴァイヴに対して、チェットのペットは、フリードマンのヴァイヴを包むように、ピッタリと寄り添うように、淡々とした枯れた味わいをしっかりと含みつつ、「リリシズム溢れる」フレーズを紡いで行きます。チェットのペットがあってこそ、フリードマンのヴァイヴが惹き立つ、という、さすが、老練な百戦錬磨なチェットのペットです。

1970年代、カムバック後、シワシワの「おじいちゃん」となってしまったチェット。そのシワと引き替えに、チェットは、演奏家としての「円熟味」を手に入れた訳ですが、チェットは、このアルバムでは、その「円熟味」の中から「リリシズム」を大放出しています。

このアルバムの収録曲全曲で、チェットのペットとフリードマンのヴァイヴのリリシズム溢れるパフォーマンスを聴くことができます。「リリシズム=抒情性(じょじょうせい)」って判りにくい表現なんですが、このアルバムでのチェットのペットとフリードマンのヴァイヴは、まさに「リリシズム」溢れる演奏だと言えます。

ああ、なんて平穏で優しくて、流れるようなペットの音なんだろう。そこに、これまた、ちょっとホットで流れるようなヴァイヴの音が交わる。熱気溢れる、ダイナミックなジャズも良いが、今回の様なアーティスティックでリリカルなジャズもこれまた良い。今日はこのアルバムのお陰で心は穏やか。でも、外は真冬の寒さである・・・。
 
 
 
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2010年1月20日 (水曜日)

コルトレーンの初リーダー作

以前から、着々とジョン・コルトレーンの諸作を聴き直しているんだが、いろいろなアルバムを聴き倒した後、僕は、必ず、このコルトレーンの初リーダー作に戻ることにしている。この『Coltrane (Prestige)』(写真左)には、コルトレーンの彼の個性・特徴がぎっしりと詰まっているのだ。この初リーダー作を聴いて、彼の「基本」を再確認して、またいろいろなアルバムを聴き倒していく(笑い)。

『Coltrane (Prestige)』。1957年3月の録音。記念すべき、ジョン・コルトレーンの初リーダー作。当時、コルトレーンは30歳。初リーダー作を担うには、かなりの遅咲きである。

マイルス・デイヴィスに見出されたのが、1955年、29歳の時なので、もともと、新進のテナーマンとして注目を浴びた時期がかなり遅い。当時、それほど、コルトレーンのテナーは、当時のジャズ・テナーの標準から「かなり外れていた」ということだろう。感謝すべきはマイルス・デイヴィスである。彼がコルトレーンに着目しなかったら、コルトレーンは、ここまでのジャズ・ジャイアントには、なっていなかっただろう。

この初リーダー作には、コルトレーンの個性・特徴がしっかりと詰まっている。演奏スタイルとしては、ハードバップの域を出ていないのだが、後のコルトレーンの個性・特徴をしっかりと押さえてあるのは立派である。Prestigeレーベルとしては「大手柄」である。

1曲目の「Bakai」はトランペッターのカル・マッセイのマイナー曲。サヒブ・シハブのバリトン・サックスを含めた6重奏団での演奏なのだが、コルトレーンのアレンジが好調。テーマ部は、バリトン・サックスの重低音を上手く活かした、6重奏団の分厚いユニゾン&ハーモニーが印象的。

Coltrane_prestige

インプロビゼーション部では、効果的なチェンジ・オブ・ペースを織り込み、レッド・ガーランドのシンプルなピアノとストレートなコルトレーンのテナーを浮き立たせている。テーマ部の分厚さとインプロビゼーション部のシンプルさが非常に対象的で、その対象的な落差が、この演奏のドラマチックな展開に大きく寄与している。アレンジの勝利である。

2曲目の「Violet For Your Furs」、邦題は「コートにすみれを」。マット・デニスによる作品で、実に印象的なバラード曲である。スタンダード曲は「プレーヤーがその楽曲をどう解釈し演奏するか」が楽しみであるが、特に、この「Violet For Your Furs」は、プレーヤーのバラード演奏に対する解釈、見識が良く判る曲である。

ここでのコルトレーンのバラード演奏は絶品。原曲のメロディーを充分に踏まえつつ、中高音域を中心とした、ビブラートを排したストレートなブロウで、情感過多を排除し、余分な甘さを押さえることで、独特のバラード解釈を確立している。確かに、コルトレーンのバラード演奏は判り易く、聴き易い。

3曲目の「Time Was」は、演奏テクニック溢れる、ハード・バピッシュなテナー演奏が実に楽しい。コルトレーンのテナーの最大の魅力は「テクニック」である。この曲でのインプロビゼーション部での展開は穏やかで、コルトレーンの演奏テクニックの特徴である「シーツ・オブ・サウンド」は明快には感じることが出来ない。しかし、コルトレーンの疾走感溢れる、音符を敷き詰めた様な、あの目眩く高速ブロウの世界は、彼の演奏テクニックの最大の特徴だろう。

このコルトレーンの初リーダー作『Coltrane』には、彼の個性・特徴がぎっしりと詰まっている。1つは「卓越したアレンジ&作曲能力」、2つ目は「独特なバラード解釈」、3つ目は「高速ブロウ=シーツ・オブ・サウンド」。この3つの個性・特徴がコルトレーンの魅力。この初リーダー作以降、コルトレーンは、3つの個性・特徴をベースに「実験、チャレンジ、鍛錬」を幾度となく繰り返し、遂には、前人未踏の「超絶技巧」な世界を追求していくこととなる。 
 
 
 
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2010年1月19日 (火曜日)

チェット&ペッパー「若かりし頃」

米国西海岸ジャズは、東海岸とは全く違った味わいがある。クールでスマート、端正、良く練られたアレンジ。この3つが、西海岸ジャズの特徴と言えるだろう。

東海岸の様な熱気溢れる、エモーショナルな演奏とは正反対の「クールでスマート」な演奏。東海岸の一発勝負的なジャム・セッション風では無い「リハーサルを積んだ端正」な演奏。職人芸的な「あうん」の呼吸一発のユニゾン&ハーモニーでは無い「良く練られたアレンジ」。西海岸ジャズは、東海岸とは正反対のジャズの雰囲気である。

そんな米国西海岸ジャズは、昔からどうも日本では分が悪い。クールでスマート、端正、良く練られたアレンジなんて特徴は「日本人好み」ではないかと思うのだが、どうも品行方正、優等生的なところが、どうも駄目らしい。日本では、ジャズはちょっと不良チックな音楽、という偏った見方をされることが多いので、品行方正、優等生的なんてことは許されないんだろう。

でも、そんな評価の米国西海岸ジャズも、CDの時代になってから続々と再発されるようになり、最近では、西海岸ジャズの基本的なアルバムは殆ど再発されていて、コレクションに事欠かなくなった。西海岸ジャズって、これはこれで良いもんです。

昔から良く聴くアルバムで『Picture of Heath』(写真左)というアルバムがある。1956年10月の録音。パーソネルは、Chet Baker (tp) Art Pepper (as) Phil Urso (ts) Carl Perkins (p) Curtis Counce (b) Lawrence Marable (ds)。Chet Baker (tp) と Art Pepper (as)、米国西海岸ジャズの両雄の「若かりし頃」の録音である。
 
 
Picture_of_heath
 
 
1970年代、カムバック後、シワシワのおじいちゃんとなってしまったチェットではあるが、そのシワと引き替えに、チェットは、演奏家としての「円熟味」を手に入れた。でも、1950年代の若かりし頃は、それはそれは、絵に描いたような「美男子トランペッター」で、女性ファンをブイブイ言わせていた。

この『Picture of Heath』の演奏を聴いて判るように、チェットのペットは溌剌として、テクニックも素晴らしく、ガッツのある、歌心の溢れるフレーズを連発している。なるほど、東海岸のマイルスと双璧の、西海岸のトランペットの雄であった、ということが本当に良く判る。これで端正な顔立ちなんだから、そりゃ〜女の子にはもてただろうなあ。ただし、ジャンキーであったことが誠に残念ではある。

ペッパーも同じ。この『Picture of Heath』での、ペッパーは好調にアルトを吹き鳴らしており、テクニックはもとより、流麗ではあるが、しっかりと芯のある、程良くマイルドで味わい深いアルトは聴きものである。ペッパーもチェットに負けず劣らず、端正な顔立ちで、女の子にはモテモテだったそうだ。しかし、ペッパーもまた、チェットに負けず劣らず、ジャンキーであったことが誠に残念ではある。

ちなみに、チェットもペッパーも麻薬に溺れて、西海岸ジャズの第一線からの撤退を余儀なくされました。ミュージシャンとして、一番良い時代を麻薬で棒に振ったところまで、この2人はそっくりです。まったく困ったもんです(笑)。

この『Picture of Heath』は、米国西海岸ジャズの良いところを一枚のアルバムに凝縮して伝えてくれる良いアルバムです。ちなみにこれ、昔は、LPのA面、B面を入れ替えて『Playboys』(写真右)というアルバム名で発売されていました。

ちなみに僕は、こちらの『Playboys』の方が馴染みがあります。ジャケット写真も『Playboys』の方が秀逸でしょ(笑)。『Playboys』ジャケのCDも是非とも手に入れたいのですが、日本でも米国でも廃盤みたいで至極残念です(笑)。 
 
 
 
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2010年1月18日 (月曜日)

Bobbi Humphrey「もう一丁」

先日、Bobbi Humphreyの『Blacks And Blues』をご紹介した(1月13日のブログ・左をクリック)。ブルーノートLAの「ソウル・ジャズ」の人気盤である。当時、人気を博していた、「ロックとジャズ」や「クラシックとジャズ」の融合音楽「クロースオーバー」とはちょっと違う。後の洗練された、ソフト&メロウな「フュージョン」とも違う。

男女のR&Bもどきのコーラスが、仰々しいストリングス・アレンジが、大々的なアナログシンセの使用が、ちょっと「イモっぽい」。この「垢抜けない」ところが、実は「ソウル・ジャズ」の美味しいところ。垢抜けないんだけれど、ファンキーでシンプルなビートが、そして、何より、テクニックのある、「人」による演奏が良い感じ。

というところで、Bobbi Humphreyのアルバムを「もう一丁」ご紹介したい。1974年6月録音の『Satin Doll』(写真左)。赤ん坊のジャケットが印象的ではあるが、何故「ソウル・ジャズ」のアルバムのジャケ写真が赤ん坊の顔のアップなのかは理解しかねる(笑・この赤ん坊って誰?)。

『Blacks And Blues』では「垢抜けない」度合いが結構高かったが、1年後の『Satin Doll』は、その「垢抜けない」度合いが結構減って、洗練度が上がって、フュージョンに匹敵する爽快感、心地良さがあるが、男女のR&Bもどきのコーラス、大々的なアナログシンセの使用は相変わらずで、そこがやっぱり「垢抜けない」ところで、やっぱり、このアルバムも、ブルーノートLAの「ソウル・ジャズ」の代表盤である。

でも、そのやや「垢抜けない」ところが良いスパイスになっていて、決して飽きないところが凄い。そして、洗練度が向上し、フュージョンに匹敵する爽快感をバックに、Bobbi Humphreyのフルートが実に心地良い。ハイ・テクニックという訳では無いんだが、ぶれの無い、真っ直ぐで素直なフルートの響きが、Bobbi Humphreyのフルートの特徴。とにかく聴き易く、とにかく心地良い。

Bobbi_satin_doll

どの曲でも、そのBobbi Humphreyのフルートが楽しめるが、2曲目のジャズ・スタンダードの「Satin Doll」や4曲目の「Ladies Day」、7曲目の「Rain Again」などでは、Bobbi Humphreyのテクニック溢れる、熱気を感じる、ソウルフルで爽快なフルートが聴ける。

ラストのスティービー・ワンダーの名曲カバー「You're The Sunshine Of My Life」はご愛嬌。ソウルフルなフルートでテーマを奏でて、いざインプロビゼーションへとなだれ込み、なかなか好フレーズを吹き上げた途端に、唐突にテーマに戻って「終わり」。なんだか良く判らないカバーで不発に終わっている。惜しいなあ。

ブルーノートLAの「ソウル・ジャズ」の人気アーティストBobbi Humphreyのアルバムは、先の『Blacks And Blues』と、この『Satin Doll』で十分かと。同時代の他のアルバムは、この2枚と殆ど同じ内容なので、追加で手に入れても、ほとんど新しい発見は無いです。逆に言うと、この『Blacks And Blues』と『Satin Doll』の2枚のアルバムの出来がかなり良い、ということになります。

80年代以降も、幾枚かアルバムをリリースしてはいるが、内容としては「ソウル・ジャズ」の面影は全く無く、打ち込みがベースの「エレクトリック・ファンク・ボーカル」然としたもので、ジャズとしては聴くべきものは無い。Bobbi Humphreyのフルートは、この70年代の「ソウル・ジャズ」時代の演奏が一番です。

今日はちょっと寒さが和らいだかなあ、という感じ。今朝は、さすがに氷は張っていなかった。けど、空気は冷たい。手が冷たくて痛くなるほど。明日から暖かくなり始めて、明後日などは最高気温が14度の予想なんて言うけど、本当かなあ。

寒の入り 紫煙に混じる 白い息 
 
 
 
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2010年1月17日 (日曜日)

まだまだオールマンは健在

基本的に土日は70年代ロックネタの傾向が顕著に・・・(笑)。最近、Amazonをぶらついていて、面白いものを見つけた。The Allman Brothers Band(以降、オールマンズと略)の「Instant Live」である。

2003年、オールマンズは、この年から、自分たちのライブをCD-Rに焼いて、公式HPやライブ会場での販売を始めた。後を絶たない海賊盤への対策もあっただろうし、オールマンズのライブを手軽に聴きたいというニーズにも応えたものだったのだろう。その事実をネットで知った時、オールマンズの長年のファンとしては、米国本土のファンを羨ましく思ったもんだ。

オールマンズは、今も昔も、バンドの素晴らしさは、やはり「ライブ」である。熱気、テクニック、そして、ダイナミックな展開、硬軟自在なジャム・セッション。オールマンズは、いつの時代もライブが素晴らしい。が、当然、僕たち、日本人はオールマンズのライブを体験できる機会は本当に少ない。ライブ盤だけが、その素晴らしさを追体験できる唯一のツールなんだが、これもなかなかリリース機会が少ない。

そこで、この「Instant Live」である。長年のマニアとしては、とにかく手に入れたいんだが、米国までライブを聴きに行く訳にもいかず、ただただ指をくわえて見ているだけだったんだが、何時からなんだろう、つい先日、Amazonをぶらついていたら、このオールマンズの「Instant Live」が売りに出ているのに気が付いた。

Amazonよ、CD-Rを2千数千円で売るとは何事か、と立腹する諸兄の気持ちも判らないでは無いが、気軽に米国に、それもオールマンズのライブに行ける身分でも無いし、時間も無い。公式HPで購入しようにも、日本に住んでいては購入もままならない。ということを考えると、Amazonでこのオールマンズの「Instant Live」が、まずまずリーズナブルな金額(僕にとって)で手に入るってことは、実に有り難いことなのだ。即刻、3セットほど手に入れた。

Abb_instant_live1

まずは、『Murat Centre - Indianapolis, IN, 7/25/03』(写真左)。収録曲は以下の通り。

ディスク:1
1. Don't Want You No More
2. It's Not My Cross to Bear
3. Ain't Wastin' Time No More
4. Wasted Words
5. Rockin' Horse
6. Hot 'Lanta
7. Old Before My Time
8. Come and Go Blues
9. Same Thing

ディスク:2
1. High Cost of Low Living
2. Desdemona
3. Who's Been Talking
4. Mignight Rider
5. Southbound

ディスク:3
1. Instrumental Illness
2. Revival

収録曲を見渡すと、長年のファンからみると、垂涎のナンバーがズラリと並んでいる。聴いてみると、1970年代、往年のオールマンズのライブの雰囲気がそのままに引き継がれている。熱気、テクニック、そして、ダイナミックな展開、硬軟自在なジャム・セッション。老練な雰囲気だけが、オールマンズの今を伝える唯一の特徴。ダブル・ドラムス、ツイン・リードもしっかりと引き継がれている。

冒頭の「Don't Want You No More」のイントロを聴いただけで「おおっ」と思い、3曲目「Ain't Wastin' Time No More」と4曲目の「Wasted Words」のイントロを聴いて、思わず仰け反る。6曲目の「Hot 'Lanta」に至っては、もう駄目(笑)。オールマンズのライブ演奏にドップリである。

懸念していた録音状態も良く、パッケージも良くまとまっています。3枚組なのを考えると、2千数千円の値段はまずまず妥当ではないでしょうか。確かに、CD-Rなので、これは全てのロック・ファンの方々には、大手を振ってお勧めできるものでは無いのかもしれませんが、オールマンズのマニアにとっては、マスト・アイテムだと思います。このオールマンズの「Instant Live」は、それだけの演奏内容を聴かせてくれます。

しかし、良い時代になったものだ。ネット・ショッピングの世界については、いろいろ問題もあるが、今回の様に、基本的には米国本土でないと入手し難いものが、こうやってネット経由で手に入ることを考えると、本当に良い時代になった。1970年代では考えられない、ボーダーレスな環境が目の前に展開されている。リスクはあるが、これを活用しない手は無いだろう。 
 
 
 
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2010年1月16日 (土曜日)

Graham Nash / David Crosby

一昨日、ジャクソン・ブラウンのバイオ本をご紹介したが、このバイオ本を読んでいて、米国西海岸ロックが聴きたくなった。いろいろと聴き進めていく中で、久しぶりに、そのタイトルを見つけて「おおっ、これはっ」と嬉しくなったアルバムがある。

米国西海岸ロックのルーツは、1960年代後半の、フラワー・ムーブメントに遡る。そのムーブメントの中で、主にサイケデリック・ロックが流行したが、サイケディック・ロックとは、麻薬によるトリップを連想させるような歌詞や、幻聴を思わせるような刺激的、幻想的なロックのこと。そのサイケディック・ロックとは正反対の、後の米国西海岸ロックのルーツを形成するバンドが出現する。

ザ・バーズのデヴィッド・クロスビー、バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルス、そしてホリーズのグラハム・ナッシュが組んだ「クロスビー・スティルス & ナッシュ」である。美しく力強いハーモニーと、印象的なフレーズ、リフをベースにしたメロディアスなフォーク・ロック調の楽曲。「疾走感と爽快感」そして「繊細な翳りと寂寞感」、後の米国西海岸ロックのベースがこのバンドにあった。

この「クロスビー・スティルス & ナッシュ」にロック色を強めようと招聘したニール・ヤングをメンバー追加した「クロスビー・スティルス・ナッシュ & ヤング」は一世を風靡したが、メンバー同士の軋轢により、あえなく1年半ほどで空中分解。そんな状況の中で、1971年の秋から 2人でアコースティック・コンサートを行っていたデビッド・クロスビーとグラハム・ナッシュは、ジョイント・アルバムの制作を開始。そして、1972年4月にリリースされたアルバムが『Graham Nash / David Crosby』(写真左)である。

Crosby_nash

アルバム全体の印象は、1969年にリリースされた『Crosby, Stills & nash』から、ロック色を薄め、アコースティックな面を全面に押し出した、良質のフォーク・ロックという趣き。美しく力強いハーモニーと、印象的なフレーズ、リフをベースにしたメロディアスなフォーク・ロック調という特徴は、このアルバム『Graham Nash / David Crosby』にしっかりと引き継がれており、名盤『Crosby, Stills & nash』や、Crosby, Stills, Nash & Youngの一連のアルバムのコンセプトは、主に、デヴィッド・クロスビーとグラハム・ナッシュの音楽性が基本となっていたことが良く判る。

一聴すると「ちょっと地味かなあ」という印象がする楽曲が多いと思うのですが、聴き込んでいくと、これがなかなか滋味溢れるものがあって、聴きこめば聴きこむほど、その味わいが判るという、「スルメ」の様なアルバムです(笑)。変なテンションは全く無く、実にリラックスしているというか、実に「穏やかな」雰囲気が印象的です。その「穏やかな」雰囲気の中で、美しく力強いコーラスが突き抜け、フォーキーな爽快感を供給する楽曲がズラリと並んでいます。後の米国西海岸ロックの特徴である突き抜けるような「疾走感」はちょっぴり足りない、

だからこそ「穏やかな」雰囲気を強く感じるのだと思います。その「穏やかな」雰囲気が、1971年の時代ならではの「穏やかさ」で、僕はこの「穏やかさ」に惹かれます。この「穏やかさ」に「繊細な翳りと寂寞感」を強く感じるんですね。そこが良い。米国西海岸ロックの初期の傑作の一枚だと思います。

この『Graham Nash / David Crosby』みたいに、米国西海岸ロックには、日本ではあまりポピュラーにならなかった優秀盤が沢山あります。特に、アサイラム・レーベルには「てんこ盛り」です。意外に、米国西海岸ロックは奥が深い。マニアとして、実に取り組み甲斐のあるジャンルです。 
 
 
 
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2010年1月15日 (金曜日)

疲れた時には「ピアノ・トリオ」

はぁ〜疲れた。なんやかんやで疲れた。しかしなあ〜、精神的に疲れることが色々あった。有るべき姿であるはずが、有るべき姿にならない不思議。適当にやっていても、なんとかなっている不思議。ストレスがかかる。ストレスがかかると疲れる。ストレスがかかって疲れると、決まってピアノ・トリオが聴きたくなる。

こういう時のピアノ・トリオは、王道、鉄板のピアノ・トリオでないといけない。今日はビル・エバンスの『At Shelly's Manne-Hole』(写真左)である。1963年5月、今は亡きジャズクラブ、シェリーマンズホールでのライブ録音。パーソネルは、Bill Evans (p) Chuck Israels (b) Larry Bunker (ds)。

このアルバム、ビル・エバンスのアルバム紹介などでは、全くと言って良いほど、採り上げられることが無いアルバムである。でも、このアルバム、実に内容があるんですよ。ほんと。

音のメリハリがある大向こうを張った演奏では無い。といって、ハイ・テクニックバリバリの演奏でもない。普通のピアノ・トリオ演奏の様に淡々とした演奏なんだが、1曲目の「Isn't It Romantic?」を聴き進めるにつれ、だんだん普通のピアノ・トリオ演奏では無いことに気が付く。

Be_shellysmanne

全く飾り気の無い、爽やかな、何の変哲もない寛ぎのシンプルな演奏の中に、しっかりとそれぞれのメンバーの、テクニックの粋を尽くした玄人的演奏がしっかりと詰まっていて、どんどん演奏に惹き込まれていく。

エヴァンスのピアノはいつになくリラックスして、柔らかく優しいタッチで、スタンダード曲中心に弾き上げていく。イスラエルのベースは、しっかりとしたバッキング、ガッチリと自信に満ちたソロを繰り広げている。バンカーのドラムは堅実、そして、素晴らしいブラシ。

録音も良いですし、クラブの雰囲気が実に良く感じられます。ライブ盤としても優秀だと思います。何故、このアルバムが、ビル・エバンスのアルバム紹介に採り上げられないかが判らない、というか不思議。ちょっと地味かもしれませんが、どうしてどうして、これが、なかなかのピアノ・トリオだと僕は思います。当然、長年の愛聴盤です。

疲れた時には「ピアノ・トリオ」。こういう時のピアノ・トリオは、王道、鉄板のピアノ・トリオでないといけない。そんな要求にガッツリと応えてくれるビル・エバンスの『At Shelly's Manne-Hole』である。ジャケット・デザインがちょっと地味で単調なのが玉に瑕ですけど・・・(笑)。
 
 
 
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2010年1月14日 (木曜日)

ジャクソン・ブラウンのバイオ本

遙か昔、高校時代から、米国西海岸ロックのファンである。最初は、イーグルスから入った。当時ヒットした『呪われた夜』に感動し、米国西海岸ロックに入っていった。で、程なく、ジャクソン・ブラウンに出会う。イーグルスの『グレイテスト・ヒッツ』の冒頭1曲目を飾った『Take It Easy』の共作者としてである。

そして、『Running on the Empty』に出会い、それからジャクソン・ブラウンにドップリである(詳しくは、1月9日のブログ参照・左をクリック)。今でも、米国西海岸ロックの中で、度々CDトレイに載るミュージシャンである。

そんなジャクソン・ブラウンであるが、有名な割に、日本ではポピュラーな存在では無い。マニアなファンは結構いるが、大衆的では無いとでも言ったらよいか。名前は知っているけど、アルバムを聴いたことが無い、というロックファンが多いことは事実。70年代ロックの「柔なファン」は、ジャクソン・ブラウンの名前すら知らない人も多くいる。

振り返れば、米国西海岸ロックについては、日本においては、コアなファンはいるにはいるが、やはり一般的では無いように思う。イーグルスが有名だからといって、それは『Hotel California』の存在が大きく、初期の名作群については知らない人、聴いたことが無い人も多い。ドゥービー・ブラザースだって、コアなファンはいるが、アルバムについて語れる人は少ない。よって、日本では、米国西海岸ロックについてのまとまった情報は意外と少ない。

当然、ジャクソン・ブラウンも、である。高校時代から大学時代、ジャクソン・ブラウンに関する情報は、日本盤LPのライナーノーツが情報源だった。時々、ロック雑誌の片隅にちょっとだけ動向に関する情報が載るだけ。

Jackson_browne_book

インターネットの時代になって、ジャクソン・ブラウンに関する情報はネットで拾えるようになったが、日本語のサイトで、体系だっている情報は殆ど無く、個人的感覚、思い入れがガッツリ入った、ちょっと偏った情報が多くて閉口気味だった。

しかし、2007年11月に、ジャクソン・ブラウンの新しいバイオ本が出た。マーク・ビーゴ著、水木まり訳『ジャクソン・ブラウン/ヒズ・ライフ・アンド・ミュージック』(写真左)である。彼のバイオ本が翻訳されるのは、1983年に出版されたリッチ・ワイズマン著「ジャクソン・ブラウン・ストーリー」に次いで2冊目だそうで、当然、僕はこの1983年に出版されたものは手に入れていない。今回、やっと、ジャクソン・ブラウンの体系だったバイオ本を手に入れた訳です。

この『ヒズ・ライフ・アンド・ミュージック』実は、1年位前に手に入れていたんですが、なかなか読めずに「積ん読」状態になっていました。やっとこの1週間で読み終えました。巻末に詳細なディスコグラフィーも収録されていて、ジャクソン・ブラウンを知る上で、良く体系立ってまとまったバイオ本となっています。

彼のそれぞれの時代でのエピソードなど、聴いたことも入っているとは言え、いろいろとバラエティに富んでいて、読んでいて面白いかったです。アルバム単位で、そのエピソードを交えながら、アルバムに収録された曲ごとの簡単な解説が展開されているところも参考になります。ジャクソン・ブラウン自身のコメントも多く収録され、彼の考え方、彼の人柄を垣間見ることが出来ます。

なかなか良いバイオ本だと思います。ちょっと値が張りますが、ジャクソン・ブラウンの情報が不足している現状を鑑みると、ジャクソン・ブラウンのファンの方にはお勧めです。また、当時の米国西海岸ロックの状況描写もなかなかリアルに書かれており、米国西海岸ロックのファンの方々にも、一読をお勧めしたいですね〜。 
 
 
 
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2010年1月13日 (水曜日)

ソウル・ジャズは精神の活力剤

ファンキー・ジャズより「ポップなアレンジ」を施したジャズのジャンルに「ソウル・ジャズ」というのがある。ちょうど1960年代の終わりから、70年代前半にかけて。「ソウル・ジャズ」も、ファンキー・ジャズの一種なので、僕にとっては、やはり精神的に元気が無い時、萎えた精神を揺り動かしたい時に聴く「カンフル剤的」なジャズである。

でも、昔々、僕がジャズを聴き始めた時は、この「ソウル・ジャズ」というジャンルのジャズは、ファンキー・ジャズ以上に、「俗っぽく猥雑で下品」なジャズとして、日本では人気が無かった、というか、なんとなく蔑まれていた感が強い。しかしながら、クラブ・ジャズの台頭で、この「踊れるジャズ」の典型的なケースのひとつとしての「ソウル・ジャズ」は、日本で、やっと正統な評価をされるようになってきたと思う。

このBobbi Humphreyの『Blacks And Blues』(写真左)を聴くと、「ソウル・ジャズ」が意外と良くできているのが判る。1973年7月の録音。ざっとパーソネルを見渡してみる。Bobbi Humphrey (fl, vo) Jerry Peters (p, el-p) Fonce Mizell (clav, tp, vo) Fred Perren (syn, vo) David T. Walker (g) Chuck Rainey (el-b) Harvey Mason (ds) Stephanie Spruill (per) Chuck Davis (vo) Larry Mizell (vo, arr, cond)。

David T. Walker (g) Chuck Rainey (el-b) Harvey Mason (ds) という、要のリズムセクションに、名だたる名手が名を連ねている。ジャズの基本はビートであり、リズムである。リズムセクションが演奏の全てをコントロールすると言っても過言ではない。彼らの担当する「Harlem River Drive」「Just A Love Child」「Blacks And Blue」は絶品のフュージョン・ジャズ。1973年の当時、最高のフュージョン・ジャズである。後のフュージョンの良いエッセンスが全て、完璧に詰まっている。
 

Hamphrey_blacks_and_blues

 
逆に「Chicago, Damn」「Jasper Country Man」「Baby's Gone」は、ギターとベースが、John Rowin (g) Ron Brown (el-b) に代わる。惜しいかな、「ソウル・ジャズ」の「俗っぽく猥雑で下品」な雰囲気が見え隠れする。やはり、フュージョンの成否はリズムセクションが全てだと改めて感じる。でも、アナログ・シンセサイザーの太い伸びた短音は実に良い響き。今の時代から振り返れば芸術的ですらある。

このBobbi Humphreyの『Blacks And Blues』は、レア・グルーヴの定番ともなっている、彼女のリーダー作としては3枚目のアルバム。ソフトでブルージーなフルートと子供のような可愛らしい声が魅力のBobbi Humphrey。特に、彼女のフルートは、テクニックで攻めるのでは無い、フルート独特のソフトで繊細な音色で攻める「雰囲気の」フルート。良い感じである。

このBobbi Humphreyの『Blacks And Blues』は、ソウル・ジャズとしての聴きどころ満載のアルバムである。ジャズの主流から外れているかもしれないが、この演奏内容は、音楽として聴き手を楽しませてくれる要素が満載である。これも「音楽」、これも「ジャズ」、楽しく聴けるジャズも、これまた大切な存在であることを、このアルバムは教えてくれる。

この頃の「ソウル・ジャズ」は、リズムセクションが全て、人間の手で創り出されていることが、最大の価値である。コンピューターの打ち込みではない、人間の手で叩き出されるビート。これが、当時の「ソウル・ジャズ」に暖かさと良い意味での「いい加減さ」を聴き手に感じさせて、それが故に、聴き手は大いにポジティブに演奏に心から「のる」ことができるのだ。

今日も寒い一日。でも、昨晩からの雨も朝には上がって、適度な湿気が心地良い、我が千葉県北西部地方の朝。鉛色の雲が割れて青空が覗き、その青空が少しずつ広がって、黄金色の陽が差し込んでくる。一筋の太陽の光が差し込んでくると、鉛色の雲のお陰で塞ぎ込んだ心がポジティブになる。太陽の光の有り難さ、太陽の光の不思議な力である。
 
垣間見る  冬の晴れ間の  有り難さ 
 
 
 
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2010年1月12日 (火曜日)

フュージョン時代のロリンズ

テナー・サックスは、肉声に近い音色とブロウが特徴で、その音は時に心を揺さぶるものがある、と言われるが、それを思い出すと、決まって、ソニー・ロリンズが聴きたくなる。ロリンズのテナーは、いつの時代も、流行に流されることなく、ロリンズ独特のブロウを紡いできた。そのロリンズのテナーの基本的スタンスを確認できるのが、70年代、フュージョン時代のロリンズのブロウである。

ここに、ロリンズの『Don't Stop The Carnival』(写真左)というアルバムがある。1978年4月、サンフランシスコの「Great American Music Hall」でのライブである。1978年と言えば、ソフト&メロウブームが吹き荒れる、フュージョン・ブーム後期の真っ只中である。

パーソネルは、Donald Byrd (tp, flh) Sonny Rollins (ts, ss) Mark Soskin (p, el-p) Aurell Ray (el-g) Jerome Harris (el-b) Tony Williams (ds)。トランペットのドナルド・バードと、ドラムのトニー・ウイリアムスの参加が目を惹く。他のメンバーは、絵に描いたようなフュージョン時代の「純ジャズの雰囲気で演奏出来る」電気楽器野郎なんだが、トランペットのドナルド・バードと、ドラムのトニー・ウイリアムスの参加が、ロリンズを純ジャズの範疇に留めているようだ。

このアルバムの前半部分が凄い。このアルバムの「 Don't Stop the Carnival」「Silver City」「Autumn Nocturne」「Camel」の4曲でのロリンズのブロウは凄い。バックは、フュージョン時代の「純ジャズの雰囲気で演奏出来る」電気楽器野郎たちである。決して、純ジャズのビート&リズムでは無い。ノリは圧倒的にフュージョン。そんな中途半端なビート&リズムをバックに、ロリンズは悠然とエモーショナルなテナー・ブローを繰り広げる。

確かに、ペットにドナルド・バード、ドラムにトニー・ウイリアムスの参加が、ロリンズの「超越したフロー」を後押ししている。でも、そんな事情はお構いなしに、ロリンズは、ハード・バップ時代から一貫して貫き通した「ロリンズ節」をガンガンに吹き上げている。テナー・タイタンの面目躍如である。

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特に冒頭の、ロリンズ十八番のカリプソ・ナンバー「Don't Stop the Carnival」のブロウが凄い。バックが、フュージョン時代の「純ジャズの雰囲気で演奏出来る」電気楽器野郎であろうがなかろうがお構い無し。テナー・タイタン・ロリンズが朗々と「ロリンズのテナー」を吹き上げていく。いやはや、鬼気迫る、フリー一歩手前の「限りなく自由な」ロリンズのテナーである。

ロリンズは、いつの時代もロリンズであった。ハード・バップ時代だろうが、モード命の新主流派の時代だろうが、フュージョン全盛時代だろうが、新伝承派の時代だろうが、ロリンズのテナーは、ロリンズのブロウは、ロリンズならではであり、ロリンズそのものであった。

確かに、このアルバムの後半は、フュージョン時代の「崩れハード・バップ」的な冗長な演奏が収録されてはいる。でも、このアルバムの前半の、ロリンズならではの圧倒的なテナー・ブロウが堪能できる部分の存在こそが、このアルバム『Don't Stop The Carnival』を、ロリンズのテナーの個性を愛でることの出来る「優秀盤」たらしめていることは事実である。

フュージョン時代のロリンズは、ロリンズがロリンズであることが出来る、ということを証明できた、素晴らしい時代である。この時代のロリンズを体験すると、ロリンズの偉大さが痛感出来る。ロリンズは、いつの時代も「ロリンズ」であった。

今日は朝から「とても」寒い日。どんより灰色の空、灰色の街。昼過ぎから、霙混じりの冷たい雨も降りだした。西東京では雪がちらついたという。厳冬の一日。心までが塞ぎ込むような厳寒の一日。嫌やなあと思っても、冬だから仕方がない。ポジティブに厳寒を愛でようと思い立つ。
 
曇り窓 透かしぼんやり 冬景色
 

  
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2010年1月11日 (月曜日)

テナーは「肉声に近い」迫力やね

寒い。凄く寒い。年末より全国的に寒さが厳しいんだが、関東地方、特に東京・千葉は少し、その全国的な厳寒から外れていて、天気が良くて太陽の日差しが豊かだと、それなりに暖かく感じて、昨日まではなんとか、今年の寒さを凌いできていた。が、今日は寒い。今日の我が千葉県北西部地方の最高気温は5度。もう冬眠したい気分である(笑)。

こんな厳寒な日は「熱いジャズで暖まろう」とは思わない(笑)。じっくりと聴き入る、ジャズらしいジャズが良い。このところ、ジャズ・ピアノが続いていたので、ちょっと管楽器が聴きたくなる。そこで、最近、凝り始めている、ソニー・ロリンズである。

テナー・サックスは、肉声に近い音色とブロウが特徴で、その音は時に心を揺さぶるものがある、と言われるが、確かにその通りだと思う。特に、ジャズ・ジャイアントと呼ばれる、ジャズの偉人とされるテナー奏者のブロウは、まさに「肉声に近い」迫力である。ジョン・コルトレーン然り、スタン・ゲッツ然り。そんな中、歌心溢れるテナーといえば、やはり、ソニー・ロリンズだろう。

そんなソニー・ロリンズのテナーのテクニックと歌心溢れるブロウを感じるに格好のアルバムがある。今日はそれをジックリ聴く。1985年リリースの『The Solo Album』(写真左)である。1985年7月19日、ニューヨーク近代美術館におけるソロ・パフォーマンスを収録したライヴ盤。一時間近い長時間のアドリブをノンストップで演ってゆく、常人には考えられないパフォーマンスである。

Sonny_solo

とにかく、全編に渡って吹きまくるロリンズのインプロビゼーションが素晴らしい。次から次へと、印象的なメロディーが湧き出てくる。これって才能と経験から来るものなんだろうけど、呆れるほど凄い。どこかで聴いたことあるもの、聴いたことのない魅力的な展開を持つもの等々、目眩く、印象的なフレーズの嵐。このライブ、生で聴いてみたかったなあ。

確かに、ロリンズの演奏が視認できないCDでは、最後まで聴き通すのは辛いものがあるかもしれませんね。コード楽器とリズム楽器が全く無い中で、テナーのブロウだけが延々1時間近く続くんですから。ジャズファンの皆さん全てにお勧めするものでは無いと思います。

でも、その内容は傑出したものがあります。ジャズのテナー演奏って、どんなものなのか、実体験するにはもってこいの、教科書のようなライブ盤だと僕は思います。歌心溢れるロリンズのテナーの素晴らしさと個性、特徴を体感するには最適のソロ・パフォーマンスだと思います。ロリンズのテナーのテクニックの素晴らしさも特筆ものです。

アーティストたるもの、チャレンジを忘れてはならない。でも、そのチャレンジは、日々の鍛錬と日々の精進の裏打ちがあってのもの。ロリンズの芸術家魂の一端を垣間見た想いがする、素晴らしいソロ・パフォーマンスではないでしょうか。

今日は、ちょっとかなりマニアックなアルバムを選択しました。これも、今日の厳寒のせいだと思っています。寒い日は、どうしても心が俯き加減になりがちなんですが、このロリンズのソロ・パフォーマンスを聴いて、寒さに負けそうな心を奮い立たせました。さあ、3連休も終わり。明日からまた頑張りますか (^_^)v。

今日は成人の日。う〜ん、自分の成人の日は遠い彼方。でも、あの頃も今も、成人の日は寒さの厳しい日が多いですね〜。成人式に参加された方々、お風邪を召されぬように・・・。 
 
 
成人の 想いを込めて 晴れ着かな
 
 
 
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2010年1月10日 (日曜日)

ロック、今年の「聴き初め」・2

70年代ロックの「聴き初め」のアルバムはもう一枚ある。僕のロックバンドの中で一番好きなバンド、ザ・バンドの『Islands』(写真左)である。

ザ・バンドのアルバムならば、他にもあるだろう、と思われる方もあるかと思うが、「聴き初め」には絶対に『Islands』なのだ。いや、「聴き初め」というには、ちょっと正確ではない。年末から年始にかけて、ずっと流れているロック・アルバムである。年始にかけてずっと流れているので、自動的に「聴き初め」になるというアルバムである(笑)。

なぜ年末から聴き始めるかというと、5曲目の「Christmas Must Be Tonight(今宵はクリスマス)」の存在がある。実に良い感じの、ザ・バンドのクリスマスソング。この曲があるから、12月の半ば過ぎには、このアルバムは必ずCDトレイに載り、8曲目の「Georgia on My Mind(わが心のジョージア)」のリチャード・マニュエルの最高の名唱に年の瀬を強く感じる。

そして、冒頭の「Right as Rain(優しい雨のように)」や4曲目の「Ain't That a Lot of Love(胸にあふれる想い)」のような、実に優しい、ミドルテンポのアメリカン・ルーツ・ロックに新年の明るさを感じ、インスト・ナンバー「Islands」の、トロピカルでカリビアンなポジティブな長閑さに癒されながら、新年に英気を養う。

以上のような流れで、僕はこのアルバムを、年末から年始にかけて、毎年、ずっと流し続けるのだ。振り返ると、このアルバムって、確かに、僕にとって、ずっと冬のアルバムですね。圧倒的に冬の季節にCDトレイに載る機会が多い。恐らく、自分にとって、前述のような雰囲気や流れがアルバムに充満しているのでしょうね。

Theband_islands

このアルバムとの出会いは、昨日のJackson Browneの『Running on Empty』と同様、浪人時代に遡る。このアルバムのリリースは、1977年3月。確か、日本盤は1ヶ月遅れだったかと思う。受験校に全て綺麗サッパリ振られた僕は、浪人時代は絶対にレコードは買わない、と決めた。が、当時より最愛のロック・バンドである「ザ・バンド」の最新作である。しかも、解散が噂されており、最後のオリジナルアルバムになる可能性が高い。これは絶対に欲しい。ということで、このアルバムを最後に、浪人時代は絶対にレコードは買わない、と決めた(笑)思い出のアルバムである。

自ら覚悟していたとはいえ、浪人の身になった時に、社会の中での正式な所属のない「言いようのない孤独感」はかなり辛いものがあった。辛うじて仲の良い友人達は残ったものの(一緒に浪人になった・笑)、高校時代の大切な人達のほとんどが、自分の近くから去ってしまったことは、かなり辛かった。そんな辛さを緩和してくれたのが、このザ・バンドの『Islands』である。

このアルバム全体に詰まった優しさ、明るさ、シンプルさには癒された。6曲目のインスト・ナンバー「Islands」を聴くと、「ザ・バンド」には、まだまだ先があった、と感じる。アメリカン・ルーツ・ロックを追求し、南部はニューオリンズへ到達したバンドは、メキシコ湾へ漕ぎ出し、カリブ海を目指したような雰囲気がある。アルバム全体に流れる、ポジティブでのんびりした明るさは、恐らく、このカリビアン志向が作用したのではないか、と勝手に解釈している。

そんなこんなで、個人的にも思い入れの強い、大切な「聴き初め」アルバムです。このアルバム全体に詰まった、優しさ、明るさ、シンプルさには癒されて、年末、一年を振り返り締めくくり、年明けて、新年には、新年に向けての鋭気を養う。一粒で二度美味しい、ではありませんが、一枚で二度美味しいアルバムです(笑)。 
 
 
 
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2010年1月 9日 (土曜日)

ロック、今年の「聴き初め」・1

話が前後するが、70年代ロックのアルバムの中では、年明けての「聴き初め」のアルバムは、30年以上昔から決まっている。今年も、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」の、ロックの「聴き初め」は、Jackson Browneの『Running on Empty』(写真左)。

時は、30年以上前、我が浪人時代に遡る。高校3年生の時に映画製作に没頭し、一年遠回りをした浪人時代。さすがに1年のブランクは大きく、予備校に通っていてもなかなか、その1年の遅れが取り戻せない。焦りに焦って過ごした浪人時代の春。しかし、夏に差し掛かる頃、受験勉強のコツを掴んで、「よし!」と思って、睡眠時間を削りに削って馬力をかけた。

そして、浪人時代の秋、やっと1年の遅れを取り戻した、と思った途端、体を壊した。それからは体調と相談しながらの騙し騙しの受験勉強。辛かったなあ。医者からは、大学に入っても、地方の下宿生活は厳禁とされた。特に、国立大学については地方の大学をターゲットにしていただけに途方に暮れた。無念だった。

そんな失意の中で出会ったアルバムが、このJackson Browneの『Running on Empty』である。1977年12月末の出会いだった。当時、Jackson Browneが何者か知らなかった。が、このアルバムのジャケットを見て、即購入を決めた。『孤独なランナー』という邦題も当時の僕の心にグッと響いた。

このアルバムは、Jackson Browneの1977年の全米ツアーの真っ最中に、ステージや、バックステージ、3つのホテルの部屋、コンチネンタル・シルバー・イーグル・ツアーバスでレコーディングされた、変則的なライブアルバム。全米第3位で700万枚の売上を記録し、ブラウンのキャリアの中で最高のヒット作である。

Jb_running_empty

ジャクソン・ブラウンは「70年代最高の詩人」と呼ばれ、初期にはその歌詞が高く評価された。このアルバムでも、収録された曲の中で、全ての彼の自作曲の歌詞は実に魅力的なものばかりである。しかも、このアルバムの楽曲の全てにおいて、米国西海岸ロックをベースとした、アメリカン・ルーツ・ロックのテイストが見事。

僕は、当時から、このアルバムに「米国」をビンビンに感じましたね〜。このアルバムを聴くことによって、米国というエリアに対して、具体的な憧れを持ちました。浪人当時は、ロックについて、ザ・バンドなどのアメリカン・ルーツ・ロックがお気に入りでしたので、このアルバムにはドップリと填りました。

さて、何故、このアルバムが、30年以上、僕の年明けての「聴き初め」のアルバムとして君臨しているのか。それは、冒頭の「Running on Empty」の歌詞が、当時、浪人時代の心にグサッと響き、それ以来、この歌詞を聴く度に、僕を、若い頃の初心に戻してくれるからだと思います。

Looking out at the road rushing under my wheels
Looking back at the years gone by
like so many summer fields
In sixty-five I was seventeen
and running up one-on-one
I don't know where I'm running now,
I'm just running on

Running on-running on empty
Running on-running blind
Running on-running into the sun
But I'm running behind ・・・・・・


以降、魅力的なワードが続くんですが、全体を通じて、実に良い歌詞ですね。疾走感溢れるロックな演奏も良い。冒頭の「Running on Empty」だけではありません。他の曲も魅力的です。ラストの「Load-Out」〜「Stay」のメドレーなんぞ、歌詞も良し、曲も良し、演奏も良し、一度聴いたら涙涙涙です。

このJackson Browneの『Running on Empty』は、1978年の正月以来、僕の永遠の70年代ロック「聴き初め」アルバムとして君臨しています。今年も正月の70年代ロック一発目のアルバムは、この『Running on Empty』でした。さあ、初心に戻って、今年も「日々の出来事を楽しむぞ〜」と気持ちも新たに、心をリセットしたのでした。 
 
 
 
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2010年1月 8日 (金曜日)

元気印の「Waltz For Debby」

疲れた。正月明けて、本業の方は、月曜日からのロングラン。机を叩いて怒ることと、頭を抱えて考えに考える仕事とが代わり番こにやってきて「ほんまに疲れた」。怒るって、疲れるんやね〜。相手のことを考えながら、怒りの理由を正確に伝えようと考えながら「怒る」。疲れるんやな〜、これが・・・。

疲れた時は、疲れた頭にピーンと来る「ジャズ」が良い。疲れた脳髄をピシーッとほぐしてくれる「ジャズ」が良い。切れ味鋭く、暖かで包まれるような優しさ溢れる「ジャズ」。そんな時に、絶対にCDプレイヤーのトレイに載るアルバムが、Bill Evans & Cannonball Adderleyの『Know What I Mean?』(写真左)。1961年1月の録音。パーソネルは、Cannonball Adderley (as), Bill Evans (p), Percy Heath (b), Connie Kay (ds)。

ビル・エバンスとキャノンボール・アダレイ。水と油という感じがするが、これが意外と相性が良い。もともと、エバンスのピアノはハード・タッチで心地良くガンガンに弾き倒すところがあるから、キャノンボールのハッピーでスインギーでファンキーなアルトの音色と結構相性が良いのだ。逆に、抑制を効かせたキャノンボールのアルトは、リリカルで叙情的なエバンスのピアノとピッタリ。

それでも、冒頭の「Waltz For Debby」では、キャノンボールのハッピーでスインギーでファンキーなアルトの音色が、曲の叙情性を上回って、元々、リリカルで叙情的な「Waltz For Debby」が、健康的な明るいハッピーな「Waltz For Debby」に早変わり。

元々の「Waltz For Debby」は、文化系の大人しい穏和な令嬢風の女の子なんだが、このキャノンボールのアルトが入った「Waltz For Debby」は、体育会系の元気溌剌で明朗快活な女の子と言えるだろう。でも、「Waltz For Debby」の原曲が良いんだろうなあ。この体育会系の元気溌剌で明朗快活な女の子風の「Waltz For Debby」も、これはこれでなかなかの味わいなのだ。
 

Know_what_i_mean

 
特に、キャノンボールのアルト・ソロが入ってくる所、疲れた頭にピーンと来る、疲れた脳髄をピシーッとほぐしてくれる様な、キャノンボールのハッピーでスインギーでファンキーなアルトの音色が、実に心地良いのだ。エバンスとキャノンボールの、アンマッチの様でアンマッチで無い、不思議なマッチング。

次の「Goodbye」がこれまた絶品。泣きのバラードの名曲なんだが、キャノンボールのハッピーでスインギーでファンキーなアルトの音色が、叙情的に流され過ぎず、泣きの旋律に感情的に溺れること無く、しっかりとポジティブな面を押し出して、この名曲を「明日への活力」「ポジティブな癒し」にしてくれる。明るいけれど、ポジティブだけど、抑制を効かせたキャノンボールのアルトは実に素晴らしい。

3曲目「Who Cares?」に至って、この曲はキャノンボールのアルトにピッタリ。当然、エバンスもジャズト・フィットしており、明るく楽しい、これぞ「明るく楽しいジャズ」となっていて、聴いていて実に心地良い。ポジティブに癒される名演である。

このアルバム、冒頭の3曲で、疲れた頭にピーンと来て、疲れた脳髄をピシーッとほぐしてくれる。後は、演奏をな〜んも考えず、ぼ〜っと聞き流して、7曲目の「Nancy (With The Laughing Face)」まで来れば、これまた絶品のバラード演奏。

抑制を効かせたキャノンボールのアルトが、リリカルで叙情的なエバンスのピアノとピッタリで、しかも抑制を効かせたキャノンボールのアルトの底に、本来のハッピーでスインギーでファンキーな雰囲気が見え隠れして、これが実に味わい深い。ポジティブで明るい美しさに満ちた名演である。

あ〜、このBill Evans & Cannonball Adderleyの『Know What I Mean?』で、疲れた脳髄が心地良くほぐされて、ふんわか柔らかな睡魔が襲ってきた。本当に今週は疲れた、風呂に入ってもう寝よう。それでは、お休みなさい(笑)。
 
 
 
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2010年1月 7日 (木曜日)

rockin'on の「LED ZEPPELIN」

昨年の年末より、暫くジャズな生活が続いたので、今日は久々にロック・モード。そのきっかけは1冊の本。「rockin'on BOOKS vol.2 LED ZEPPELIN」(写真左)である。

洋楽専門誌「ロッキング・オン」が刊行するロック単行本シリーズ『rockin'on BOOKS』。第1弾『vol.1 THE BEATLES』に続く、第2弾が「rockin'on BOOKS vol.2 LED ZEPPELIN」。ジミー・ペイジ2万字インタヴューから、全アルバム全収録曲徹底分析から、懐かしのZEPの写真の数々まで、Led Zeppelinのファンなら是非手にして、読み込んでみたい書籍である。

渋谷陽一率いる、洋楽専門誌「ロッキング・オン」。いや〜、高校時代から大学時代と、学生時代にはお世話になりました。ちょっと「スカした」渋谷陽一の評論は、ちょっぴり鼻についたが、いかんせん、僕の感じ方、感性に結構一致した。当時、渋谷陽一は、他の評論家とは違う意見、感性の持ち主だったが、今振り返ると意外と「正鵠を得ていた」と感じて痛快である。

特に、Led Zeppelinについては、当時からZEPの特性を言い当てていたと思う。僕もZEPの大ファンである。当時、渋谷陽一のZEP評が楽しみだった。

絶対に、当時の普通の凡百な評論家と同じ意見では無い。ZEPに対して、感性が古いが故、商売としてレコード会社に迎合した故、的外れな評論や中傷記事を書き続けた「凡百な評論家達」。そんな中、ちょっと「格好つけ」の渋谷陽一は、ちょっぴり鼻についたが、彼のZEPに対する評論は信頼できた。

Led_zeppelin_book

そんな洋楽専門誌「ロッキング・オン」が編集した「rockin'on BOOKS vol.2 LED ZEPPELIN」である。実に楽しく読ませていただきました。懐かしさもあり、でも、今の耳で聴くZEPの素晴らしさをしっかりと確認できる貴重な記事の数々やクロス・レヴューは、実に有り難いものだ。2007年に世界を熱狂させた再結成ライヴの渋谷陽一によるレポートもあって実に楽しめる。

Led Zeppelinのアルバムを、改めて聴き直す時のガイドブックに最適な内容だと思います。日本語の書籍の中では、Led Zeppelinの特徴、功績を正しく伝えてくれる、実に優れた「Led Zeppelin入門書」だと思います。通勤の往き帰りで、一気に4日で読み切ってしまいました(笑)。

そして、今日からLed Zeppelinのアルバムを聴き直し始めました。今日は「Led Zeppelin I」と「In Through the Out Door」を聴いて痺れっぱなしです(笑)。やっぱり、ZEPはええなあ。ZEPは、僕にとって、ロックでの「永遠のアイドル」ですね〜。

洋楽専門誌「ロッキング・オン」、そして渋谷陽一と聞いて、FMの『ヤングジョッキー』や『サウンドストリート』が懐かしいなあ。時間が許す限り、出来る限り欠かさず聴いていましたね〜。

「rockin'on BOOKS vol.2 LED ZEPPELIN」、ZEPファンには結構お勧めです。そして、ZEPを聴き通したいと思っている方々に良いガイドブックになると思います。でも、う〜ん、ちょっと誉めすぎたかなあ(笑)。
 
 
 
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2010年1月 6日 (水曜日)

Weather Reportの後期の傑作

ちょっと偏った見方かもしれないが、Weather Reportは、その13年間の活動の歴史は「3つ」に分かれる、と僕は思っている。

ウェイン・ショーターとジョー・ザビヌル、ミロスラフ・ビトウスの3頭リーダー体制だった、1971年「Weather Report」から1973年の「Sweetnighter」までの前期。

ビトウスが抜け、ザビヌルが野心溢れる「実質単独リーダー」状態から、ジャコ・パストリアスを迎えて大ヒットを飛ばした、1974年「Mysterious Traveller」から1977年の「Heavy Weather」までの中期。

ザビヌル、ショーター、ジャコの3頭体制の1978年の「Mr. Gone」から、今度はジャコが抜け、ショーターがフェードアウトし、どんどんザビヌル色が色濃くなり、遂にザビヌル一人が取り残された1986年の「This Is This!」までの後期。

前期3作、中期4作、後期7作(ライブ除く)なので、ちょっと後期が偏っているが、後期のラスト2作はもはやWeather Reportの作品では無いと思っているので、ちょうど良いかなあ、と自己完結している(笑)。

その後期の傑作の一枚が、1980年の『Night Passage』(写真左)。パーソネルは、Josef Zawinul (Key), Wayne Shorter (ts,ss), Jaco Pastorius (b), Peter Erskine (ds), Robert Thomas Jr. (Hand ds)。Weather Reportの歴史史上、最強のラインアップである。このラインアップでこの傑作が生まれた訳である。

前作『Mr. Gone』で、ザビヌルは焦った。ジャコ(Jaco Pastorius)に任せたら、なんと希有な傑作が生まれてしまった。でも、この『Mr. Gone』は、Weather Reportの傑作では無い。ジャコの傑作である。ジャコがWeather Reportという楽団を使って、プロデュースした、ジャコの傑作である。

でも、ザビヌルは焦った。これでは自らの存在意義が無くなってしまうのではないか。でも、ジャコの音世界を排除することは出来ない。そこで、ザビヌルは大団円な解決策に出る。ジャコ半分、ザビヌル半分。ジャコのアーティスティックな音世界とザビヌルのポップな音世界を等分に融合して、テナーのショーターを積極的に参画させ、そして、アースキンのドラムに恵まれ、傑作をものにした。その傑作が、この『Night Passage』である。

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冒頭の「Night Passage」を聴けば、その「ジャコ半分、ザビヌル半分。ジャコのアーティスティックな音世界とザビヌルのポップな音世界を等分に融合」している感覚がお判りになるのではないかと思う。ザビヌルのキーボードの旋律のポップな感覚。耳当たりの良い、キャッチャーな旋律。でも、しっかりと耳を傾けて欲しい。そのバックで、途方もなく自由で柔軟なビートを叩きだしているジャコのベースが延々と続いている。

ピーター・アースキンのドラムを得て、リズムのキープはアースキンに全面的に任すことが出来た。よって、ジャコのベースは自由を得、自由自在、硬軟自在、驚愕のテクニックを伴って、歌うように、時にはうねるように、バンドにビートとメロディを供給する。2曲目の「Dream Clock」、4曲目の「Forlorn」の静謐で美しい演奏。ジャコのベースは単独で歌い、ザビヌルのキーボードと歌い、ショーターのテナーと寄り添う。素晴らしいハーモニー&ユニゾンである。これは凄いベースである。ジャズ界史上、最高のエレベである。

そして、極めつけは、7曲目の「Three Views of a Secret」。ジャコの傑作。実に美しい、実に印象的な、スローでテンション溢れる名演。テナーのショーターも美しく歌い、ザビヌルのキーボードは効果的に美しく響く。このアルバムにきて、ザビヌルのキーボードはやっとその個性を確立した。テクニックではない、ザビヌル独特の音の重ね方によって、ザビヌルは、やっとのことでその「音の個性」を確立した。このアルバムでは、そんなザビヌル独特のキーボード・ワークをふんだんに聴くことが出来る。

サックスのショーターも、ジャコに刺激されて、このアルバムでは、久しぶりに本気で、彼独特のフレーズを連発してる。このアルバムでのショーターは凄い。天才サックス奏者、ショーターの面目躍如である。

とにかく、このアルバムは、Weather Reportの後期の傑作の一枚。Weather Reportを聴き始めるのは、このアルバムが良いと思う。Weather Reportの特徴が素晴らしさが、アルバムの中に溢れんばかりに煌めいている。


今朝は寒い朝。息が白く、朝日に映える。しかし不思議とストレスのある寒さとは感じない。恐らく、きっぱりと晴れ渡った空と輝くばかりの朝日があまりに美しいからだろう。そんな真っ青な西空にポッカリと下弦の月が残っている。実に印象的である。
 
朝日浴び 寒さに惑う 下弦月
 
 
 
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2010年1月 5日 (火曜日)

ジャズ喫茶で流したい・12

ジャズの歴史に名前を残してはいるが、人気の高いミュージシャンでは無い。はたまた、歴史を変えるような名盤でも無い。でも、その個性を人知れずひっそりと愛でることの出来る、所謂「隠れ名盤」というものは沢山ある。

今回の「ジャズ喫茶で流したい」シリーズの12回目。今回は、Warne Marsh(ウォーン・マーシュ)の『Warne Marsh(Atlantic盤)』(写真左)である。1957年と58年の録音に分かれる。

1曲目「Too Close for Comfort」と3曲目「It's Allright with Me」が、1957年12月の録音。パーソネルは、Warne Marsh (ts), Ronnie Ball (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)。

2曲目「Yardbird Suite」、4曲目より「My Melancholy Baby」〜「Just Squeeze Me」〜「Excerpt」が、1958年1月の録音。パーソネルが、Warne Marsh (ts), Paul Chambers (b), Paul Motian (ds)。

マイルス楽団から、Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)の参入が目を引く。それから、ビル・エバンス・トリオで名を馳せたPaul Motian (ds)もだ。リーダーのマーシュは西海岸のテナーマン。Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)は東海岸のミュージシャンだけに、この取り合わせは面白い。

Warne_marsh

ボワン、フワフワとした心温まるトーンが心地良いマーシュのテナー。決して刺激的でない、丸みのあるインプロビゼーション。クール派と言われるが、芯のしっかりした、男気のある節回しを聴かせる。激しい熱さでは無いが、穏やかなホットさを感じるスタイリッシュなブロウ。

そんなマーシュを、アルバムの演奏の中で、一貫してプッシュしているのが、ベースのチェンバース。ブンブンと弦を震わせながら、マーシュのテナーをフォローする。

最初は「やけにベースのソロが多いなあ」と感じる。ブンブンと特徴的なベース音を聴き続けていると「これはチェンバースか」と思い当たる。そして、聴き進めると「チェンバースのベースは上手い」と感心する。マーシュのバックにしっかりと控え、マーシュのテナーを引き立てる。

特に、Warne Marsh (ts), Paul Chambers (b), Paul Motian (ds)のピアノレス・トリオでの、1958年録音の4曲の演奏が心地良い。ドラムレスのデュオでも良かったのでは、と思えるほどの絶妙な「テナーとベース」の組合せ。チェンバースの絶妙なサポートを得て、いつになくマーシュがホットにブロウするところが実にジャジー。

選曲も良し。マーシュのテナーを愛でるに最高の一枚。良いアルバムです。こんなアルバムが、ジャズ喫茶の昼下がりに流れていたら・・・。そしてそこに、熱くて美味いコーヒーが有れば・・・。これって「至福のひととき」ではないでしょうか。
 
 
 
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2010年1月 4日 (月曜日)

爽やかなピアノ・トリオが良い

今年の初出社。いつもより早く家を出る。やっと日が昇りつつある時間。凛と冷え込んだ空気に、キラキラ輝く朝日が眩しい。さあ、今年も働くぞ〜、ということで、こういう時の通勤音楽はポジティブで爽やかな音楽が良い。

やっぱりジャズだよなあ、ということで、爽やかなピアノ・トリオが良い、と選んだアルバムが、ミシェル・ペトルチアーニ(Michel Petrucciani) の初期のピアノ・トリオの傑作『Estate』(写真左)。

ペトルシアーニのアルバムの中では、あんまり名前が挙がるアルバムでは無いのだが、その爽やかでメロディアスな旋律が素晴らしい、ペトルシアーニのピアノの響きが美しい、ピアノ・トリオの傑作の一枚である。1982年3月の録音。パーソネルは、Michel Petrucciani (p), Furio di Castri (b), Aldo Romano (ds)。

とにかく美しいピアノの響き。一聴するとフュージョンの様なキャッチャーでメロディアスな旋律が心地良い、冒頭の「Pasolini」。続く「Very Early」も美しくも躍動感溢れるピアノの輝き。バックのリズム・セクションも、ペトルシアーニの躍動感をしっかりと後押しする。ジャズの懐の深さを感じる。
 

Estate

 
表題曲「Estate」は、リリカルでメロディアスなバラード。ここでのペトルシアーニのバラード表現も一目置く美しさがある。キャッチャーな旋律を紡ぐが決して俗っぽくならない。クラシカルな指裁きが、独特の個性として響く。

ビル・エバンスとは、また違ったリリカル&メロディアス。ビル・エバンスよりもエッジが立った、輪郭の鋭い旋律。メロディアスな中に、突然割り込んでくるジャズ的な不協和音。決して甘くはない、テンション溢れるインプロビゼーション。

良いアルバム、良いピアノ・トリオ。こんなピアノ・トリオのアルバムが転がっているから、ジャズって面白い。ポジティブで爽やかなピアノ・トリオのお勧めです。

爽やかだからといって、ソフト&メロウなフュージョン的なピアノ・トリオではありません。しっかりとした純ジャズです。ペトルシアーニの独特の個性とセンスが溢れています。ん〜、元気がでるなあ。心も爽やか、やる気充実です(笑)。
 
初日の出 藍の山陰 十重二十重 
 
 
 
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2010年1月 3日 (日曜日)

ジャズ、今年の「聴き初め」・2

その音世界を愛でて、今年の音楽三昧の生活に幸あれ、と願う行事「聴き初め」。昨日、故あって封印していた、自分の一番お気に入りのアルバムをかけるという「お作法」を、6年ぶりに復活させた訳だが、同時に、エレクトリック・マイルスも解禁した。

昨日、Chick Coreaの『Return to Forever』に続いて、「聴き初め」に選んだアルバムが、Miles Davisの『Agharta(アガルタの凱歌)』(写真左)である。今年より、エレクトリック・マイルスを解禁して、本格的に聴き直そうと思い立った。

僕はエレクトリック・マイルスが大好きである。そして、エレクトリック・マイルスの中で、まずお気に入りとなったアルバムが、この『Agharta(アガルタの凱歌)』と『pangaea(パンゲアの刻印)』の2つのライブアルバム。どちらも、1975年2月1日、大阪フェスティバル・ホールでのライブ録音である。

最初は、当時、ライブ録音された音源をFMでエアチェックして聴いた。たまげた。その頃、プログレッシブ・ロックに填っていた僕は、このマイルスのライブを聴いた瞬間、プログレッシブ・ロックは耳に優しく聴き易い「ポップ・ミュージック」の類だ、と思った。アルバム化された時は「即ゲット」でだった。

ベースとドラム、そしてギターが紡ぎ出すビートが凄い。なんて複雑で心地良いビートなんだろう。そのご機嫌なビートに乗って、トランペットがソプラノサックスが、そしてギターが「直感的な旋律」を紡いでいく。
 

Agharta_6

 
しかも、そのビートや旋律は決して事前に打合せされたものでは無い、ということが聴いていて良く判る。マイルスが、ペットと電子オルガンで、その場その場で、バンド全体の音を指揮し、統率している様子が実に良く判る。決して「完成され洗練された音」では無い。でも、そのライブ感が実にスリリングである。

ジャズはもとより、ファンク、ロック、ソウルすべての音楽要素を凝縮した様な、懐の深い音楽ジャンルである「ジャズらしい音」が実に頼もしい。そして、「一過性かつ再現不可能な」音の洪水は、本当にジャズらしい。

フリー・フォームで無いのに、圧倒的に自由度の高い演奏に、マイルスの真骨頂を感じる。エレクトリック・マイルスの一連の成果は、フリー・ジャズによる、従来の「音楽の本質」の放棄の後に必然として現れた、新しいモダン・ジャズの観念に基づいた「音楽の本質」の追求の一つの「大きな成果」だろう。

ジャズはもとより、ファンク、ロック、ソウルすべての音楽要素を凝縮した様な、空前の音楽的カオス。決して「完成され洗練された音」では無いが、ジャズの特質が直感的に感じることが出来る、数少ない演奏の記録である。横尾忠則が担当したジャケットも見事。

聴くならば『Agharta(アガルタの凱歌)』と『pangaea(パンゲアの刻印)』とセットで聴きたい。聴くならば出来る限り大音量で聴きたい。セットでかつ大音量とくれば、体調が良い時で無いと続けて聴くことは「ちと、しんどい」。でも、それだけ聴く価値のあるライブ盤であることは確かである。 
 
 
 
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2010年1月 2日 (土曜日)

ジャズ、今年の「聴き初め」・1

旧来より、お正月のイベントとして「書き初め」というものがある。「書き初め」とは、年が明けて初めて毛筆で書や絵をかく行事。それでは、音楽鑑賞の趣味においては、年が明けて初めてCDを聴く行事を「聴き初め」と言うんだろう(笑)。

で、その「聴き初め」である。毎年、1月1日の夜、自分の一番お気に入りのアルバムをかけて、その音世界を愛でて、今年の音楽三昧の生活に幸あれ、と願う行事が、高校一年生の正月以来の「我が行事」となっている。

しかしながら、2004年の正月から5年間、2009年の正月までは、この「聴き初め」の行事については、自分の一番お気に入りのアルバムを聴く、という部分を封印してきた。

この5年間は、本業の方が逆境に次ぐ逆境の嵐で、心落ち着いた正月を迎えることが出来なかった。怒りを感じ、絶望を感じ、悲しみを感じた5年間であり、さすがに、この逆境の嵐が吹き去るまで、自分の一番お気に入りのアルバムを聴く、という部分を封印しよう、と思った。

そして、やっと昨年、サヨナラ逆転本塁打の様な幸運に恵まれ、やっと今年、心落ち着いた正月を6年ぶりに迎えることが出来た。6年ぶりに、自分の一番お気に入りのアルバムをかけて、その音世界を愛でて、今年の音楽三昧の生活に幸あれ、と願う行事「聴き初め」を復活しようと思い立った。

まず、選んだジャズ・アルバムが、Chick Coreaの『Return to Forever』(写真左)である。ジャズのアルバムの中で一番好きなアルバムを一枚だけ挙げよ、と言われたら、僕は十中八九、この『Return to Forever』の名を挙げる。大学1年生の時に出会って以来の、僕にとっての「永遠の名盤」の中の一枚である。1972年の録音。パーソネルは、Joe Farrell (fl, ss), Chick Corea (el-p), Stan Clarke (b), Airto Moreira (ds, per), Flora Purim (v o, per)。
 

Return_to_forever

 
フュージョン・ブームの先駆けとなった記念碑的名盤、と良く言われるが、それは違うだろう。フリー・ジャズによる、従来の「音楽の本質」の放棄の後に必然として現れた、新しいモダン・ジャズの観念に基づいた「音楽の本質」の追求の一つの成果が、このChick Coreaの『Return to Forever』だろう。

それほど、この『Return to Forever』には、音楽の素晴らしさ、音楽を演奏することの喜び、そして、音楽を愛でることの楽しみ、が溢れている。このアルバムの演奏内容は、文句の付けようがない。フュージョン・ブームの先駆けといわれるので、ソフト&メロウなリラクシング系の癒し音楽を思い浮かべる方が多いと思うが、それはとんでもない誤解である。

この『Return to Forever』は、全編に渡って、印象的なフレーズが満載ではあるが、演奏の根幹は「骨太なメインストリーム・ジャズ」である。ハード・バップな要素から、フリー・ジャズな要素まで、1972年の録音時点でのジャズの全ての要素を包含し、ジャズのビートに乗せて、印象的なフレーズとリフをかましまくるという、それはそれは素晴らしい技の応酬であり、目眩く、印象的なフレーズとリフの嵐である。

全編に渡って、Chick Coreaのフェンダー・ローズが美しい。これだけ、ハイ・テクニックに裏打ちされた、様々な響きを伴った、美しいフェンダー・ローズは、なかなか聴けない。フェンダー・ローズを演奏させたら、Chick Coreaの右に出る者はいないだろう。

そのローズの音に絡むStan Clarkeのウッド・ベース。重低音溢れ、ブンブンと唸りを上げる超弩級のベース音。でも、Chick Coreaのフェンダー・ローズに最適に絡んでいるので、それが全く耳障りでは無い。そのバックで、様々なパターン、音色のリズムを供給するAirto Moreiraのドラム&パーカッション。この3者で構成されるリズム・セクションの音は凄まじく美しい。

唯一無二、空前絶後な「フェンダー・ローズ」+「ビート&リズム」の上で、吹き上げられるJoe Farrellのソプラノ・サックスとフルート、そして、 Flora Purimのボーカルは、舞い上がる様な飛翔感を持って、ユートピア的なサウンドの如く、ポジティブに明るく響く。

6年ぶりに、自分の一番お気に入りのアルバムをかけて、その音世界を愛でて、今年の音楽三昧の生活に幸あれ、と願う行事「聴き初め」を復活させた訳だが、『Return to Forever』を聴き終えた後は、心はスッキリ、気持ちはポジティブ。やっと、逆境の嵐を行き過ごして、心安らかな日々がやってくるんだ、という期待感が溢れてきた。今年は良い年でありますように・・・。
 
 
 
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2010年1月 1日 (金曜日)

今年も音楽談義は続きます...

明けましておめでとうございます m(_ _)m。今年も、バーチャル音楽喫茶『松和』をよろしくお願いいたします。

ジャズ・フュージョン館」は、11年目を迎えることになります。具体的な改築計画を進めています。4月までには、改築第一弾をお披露目できるかな〜。

懐かしの70年代館」は、10周年を迎えます。そろそろ、お気に入りのアーティストもストックが無くなって来ました(笑)。今年は、特に70年代のJポップ中心にアップしていければ、と思っています。

このブログは今年の4月で4周年。記事数も1200を超えるものになりました。一日約200アクセス、訪問者数は一日100人程度のブログになりました。いつも、当ブログにお越し頂きありがとうございます。なんやかんや言いながら、アクセス数、訪問者数は励みになります。やっぱり、アクセス数や訪問者数が伸びると嬉しいものです。

さてさて、今年も音楽談義は続きます。バーチャル音楽喫茶『松和』にお越し頂いた折の、マスターの他愛もない音楽話というトーンでまとめていますので、気軽にお楽しみいただければ、と思っています。

それでは今年も、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」「懐かしの70年代館」、そして、当ブログをよろしくお願いいたします m(_ _)m。
     
    
  
First_sunrise
 
 
 
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