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2009年12月の記事

2009年12月31日 (木曜日)

大晦日です、良いお年を...

いよいよ2009年も今日で終わり。大晦日ですね。今日から明日にかけて、天気は大荒れとのことなので気をつけないと。でも、今のところは穏やかな晴天が広がっている、我が千葉県北西部地方の朝です。

さて、今年については、本業の方で大きな環境の変化があって、それが首尾良く良い方向に傾いてくれたので、ラッキーな一年でした。一息つくことが出来ました。来年は余裕を持って、今までと同様、継続して本業に勤しめると思います。体力的には、年齢からくるもので仕方がないのですが、無理が利かなくなってきましたね〜。これからは効率重視ですな(笑)。

音楽の趣味の方は、ジャズのアルバム蒐集についてのトピックはと言えば、う〜ん、BLUE NOTEレーベルの4000番台がコンプリートに王手になったことでしょうか。やっと、あと一枚で4000番台コンプリートまで来ました。まあ、この残り一枚は現在廃盤状態なので、再発されるまでノンビリ待とうと思っています。1500番台は3年前にコンプリートしているので、来年は4100番台のコンプリートを目指そうと思っています。

ロックのアルバム蒐集については、やっぱり、9月9日、ビートルズの全アルバムのリマスター再発でしょう。1987年の初CD化以来の最新の技術を駆使してのリマスターで、どのCDも、それはそれは素晴らしい内容のリマスターでした。モノラル・ミックスのアルバムが初CD化されるということもあって、この歳になって、再び、ビートルズの全アルバムを聴き返すことになるとは思ってもみませんでした(笑)。

特に、今回のリマスターのトピックは、オリジナル・モノ・ミックスのアルバム10タイトルと2枚組『モノ・マスターズ』の11タイトル、計13枚入りのボックス・セット、俗称「白箱」の発売でした。

なんと、『Help!』『Rubber Soul』『Revolver』『Sgt Pepper's Lonely Hearts Club Band』『Magical Mystery Tour』『The Beatles (White Album)』は、モノラル・ミックスは、アルバム単位では初CD化となるもので、さらに『Help!』『Rubber Soul』は1965年当時のオリジナル・ステレオ・ミックスも収録。そして、 アートワークはオリジナルLPを忠実に再現した紙ジャケット仕様、と至れり尽くせり。

これは絶対に「買い」でした。というか、絶対に手に入れなければ一生後悔する、という危機感さえ覚えました(笑)。初回限定盤だったんで、入手できるかどうか不安でしたが、発売3ヶ月くらい前のネットでの予約開始と当時に申し込んだので、首尾良く発売日当日に手にすることが出来ました。

Oomisoka

もちろん、同時に、オリジナル・ステレオ・ミックス12タイトルと『Magical Mystery Tour』『Past Masters』の14タイトル、計16枚に、それぞれのCDにボーナス映像として収録されたミニ・ドキュメンタリー映像を1枚にまとめたDVDがセットとなったボックス・セット、俗称「黒箱」も手に入れました。

こちらは、初回限定盤ではなかったので、しかも、こちらはステレオ・ミックスなんで、本音を言うと『Abbey Road』のリマスターの出来だけが楽しみなだけのものだったんで・・・。危機感はなかったです(笑)。でも、ステレオ・ミックスもリマスターの内容はとても良く、ステレオ・ミックスはステレオ・ミックスなりに、良いCDに仕上がっています。

今回のリマスター再発で、ビートルズのオリジナル・アルバムは、ステレオ・ミックスとモノラル・ミックスが、CDで全て出揃ったことになります。でも、僕はビートルズを聴くには、やっぱり、モノラル・ミックスだと思いますね〜。モノラル・ミックスのボックスセット「白箱」が限定Box盤で(再発が決まったそうですが・・・)、アルバム単位で「ばら売り」されないのは、いかがなものかと思います。まあ、今年のロックのアルバム蒐集については、ビートルズの「白箱」「黒箱」にとどめを刺します。しっかりと散財しました(笑)。

バーチャル音楽喫茶『松和』のホームページについては、今年で10周年を迎えました。来年早々から改修作業に入りますので、乞うご期待。このブログも、来年4月で4周年。自分で「これは良く書けたなあ」という記事は順次、ホームページの方に移行していきたいと思っています。

改めて思いますが、ジャズは決して難しい音楽ではありません。聴き方さえ適正であれば、他のロックやポップスやクラシックと同様、とても楽しめる音楽ジャンルです。来年も、ジャズ初心者の方々を中心に、はたまた、70年代ロックの大好きな方々向けに、自らの楽しみとして、ブログやホームページを運営していきたいと思っています。

今年も、ご愛読ありがとうございました。ブログもホームページもアクセスカウンターのカウントアップが、モチベーションの素でした(笑)。しかしながら、音楽談義はまだまだ続きますよ (^_^)v。来年も是非ともお付き合いのほどを・・・。それでは、良いお年を・・・。

  
振り返る 心を留め 去年今年
 
 
  
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2009年12月30日 (水曜日)

年末の「寛ぎの一枚」ですね

いよいよ今年も後2日。というか、もう夕方なので、後1日。ジャズ鑑賞についても、好きなアルバムを引きずり出してきて、ゆったりと寛ぎながらの「聴き納めのアルバム選択」である。

好きなアルバムをゆったり寛ぎながら、というモードの中で、良くCDプレイヤーのトレイに載るアルバムは幾枚かあるが、年末は、ビル・エバンスの『Interplay』(写真左)が載ることが多い。おそらく、このアルバムの落ち着いたジャジーな雰囲気に哀愁を感じ、一年を振り返る年末の精神状態にピッタリなんだろうな、と解釈している。

冒頭の「You and the Night and the Music(貴方と夜と音楽と)」は、ライブ感溢れる、端正で良くアレンジされたハードバップ的な演奏で、演奏しているメンバーもノリが良い。「これぞ、ハードバップ!」と膝を叩きたくなるような見事な演奏で、この曲では哀愁を感じることは無い。この曲では、まだ「あぁ〜ジャズってええなあ」と感じ入るのみである。

そして、2曲目の「When You Wish upon a Star(星に願いを)」に入って、一気に心の中に「哀愁」が忍び寄ってきて、ドッと「回顧モード」になる(笑)。この演奏は、つい最近までは「地味な演奏やなあ」と思って、ちょっと敬遠していたのですが、このところ、1曲目の「You and the Night and the Music」との演奏の雰囲気の落差が実に気に入って、併せて、この「When You Wish upon a Star」の落ち着いたバラード演奏が好きになりました。年齢と共に音に対する嗜好も変わるんですね。

エバンスの芯の入った優しいタッチのピアノとジム・ホールの柔らかで暖かみのあるギターのユニゾン&ハーモニーが美しい。そこに切れ込むように入ってくるフレディ・ハバートのブリリアントなハイトーンが眩しい。美しくブリリアントなペットの響きに、ドップリと哀愁を感じてしまう。

Interplay

この1曲目〜2曲目の「曲のつなぎ」が絶品です。1曲目の「You and the Night and the Music」があってこその「When You Wish upon a Star」です。この「When You Wish upon a Star」単独では地味すぎます。良く考えられた選曲、曲順の構成ですね。

3曲目の「I'll Never Smile Again」は、再び「これぞ、ハードバップ!」路線の演奏。出だしから、はバードのミュート・トランペットがムード満点です。全体の演奏の雰囲気が軽めで、この「軽さ」が良い。冒頭1曲目〜2曲目にかけて、ちょっと大仕掛けなスタンダード曲が続いただけに、この「I'll Never Smile Again」の軽さが実に心地良い。ここでも、このアルバムの「選曲、曲順の構成の良さ」が目立ちます。

そして、タイトル曲の「Interplay」は、このアルバムのハイライト曲です。エバンス作のブルース曲ですが、この曲の「落ち着き」と「ブルージー感」が堪らない。印象的なテーマ部の旋律が、実にジャジーです。ちなみにこの「Interplay」のテーマ部の旋律は、ロックのジャンル、プログレッシブ・ロックの体育会系トリオEmerson,Lake&Parmerの有名なライブ盤『展覧会の絵』の6曲目「Blues Variation」の途中にアドリブで挿入されています。個人的に思い出深いエピソードですね。

アルバム単体でみても、エバンスの「アレンジ能力の高さ」とプロデュースとしての「選曲、曲順の構成の良さ」が、参加メンバーの能力を最大限に引き出していて、ハードバップ時代の代表的名演集となっています。良いアルバムです。ジャズ初心者の方々には是非聴いて頂きたい一枚です。

好きなアルバムをゆったり寛ぎながら、というモードの中で、一年を振り返る精神状態にしてくれるアルバムって、幾枚かあるんですが、僕にとっては、このエバンスの『Interplay』がダントツですね〜。
  
エバンスを 愛でて晦日の 夜は更け
 
 
 
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2009年12月28日 (月曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・2

ビッグバンド・ジャズは、どこから取っついたら良いのか、と思われる方も多いと思う。我々が若かりし頃(約30年位前?)は、ビッグバンド・ジャズと言えば、デューク・エリントン楽団、若しくは、カウント・ベイシー楽団を聴け、だった。でも、ジャズ初心者の時代にいきなり、この2大ビッグバンド・ジャズ楽団を聴くと、録音の古さもあるんだが、古文、若しく旧仮名遣いの文章を読む面持ちがして、ちょっと聴くのが苦しい、というか、何が素晴らしいのかが判り難いのではないだろうか。

もう少し、判りやすく入ることの出来るビッグバンド・ジャズは無いものか、と思っていたら、数年前、「スウィング・ガールズ」という映画が突如として発表されて、ビッグバンド・ジャズの楽しさを映画を通じて教えてくれた。確かに、この「スウィング・ガールズ」は、ビッグバンド・ジャズの楽しさが満載である。

そして、つい最近、今年の7月に、Juilliard Jazz Orchestraの『仮面舞踏会 (Waltz Masquerade)』(写真左)がリリースされたんだが、これが、全く持って、ビッグバンド・ジャズの入門盤に最適な内容なのだ。

Juilliard Jazz Orchestraとは、マイルス・デイヴィスをはじめ、ウィントン・マルサリス、中村紘子など世界的に活躍しているミュージシャンら、多数の名手が学んだことで知られるジュリアード音楽院の精鋭で構成された楽団で、今回の『仮面舞踏会 (Waltz Masquerade)』は、全学年合わせて約20人の狭き門をくぐりぬけたジュリアード・ジャズ・コースの精鋭達が、音楽院の教授陣をゲストに繰り広げるビッグ・バンド・ジャズのスタンダード曲集である。

Jjo_waltz_mq

収録された曲を見て欲しい。ベイシーやエリントンなどおなじみの楽曲がズラリと並ぶ。これぞ、ビッグバンド・ジャズの教科書とも言える選曲の良さ。

1. サッチ・スウィート・サンダー
2. A列車で行こう
3. ラプソディー・イン・ブルー
4. コットン・テイル
5. ベイシー・ストレート・アヘッド
6. 仮面舞踏会
7. サテン・ドール
8. シャイニー・ストッキング
9. シング,シング,シング
10. グルービン・ハード
11. ワン・オクロック・ジャンプ

そして、さすが、ジュリアード・ジャズ・コースの精鋭達+音楽院の教授陣である。端正でダイナミックで精緻な演奏を繰り広げる。崩れるところが全く無い。そこが面白くないとする向きもあるかもしれないが、ビッグバンド・ジャズ入門盤としては、この整った演奏が最適だと思う。

超エリート集団であるジュリアード・ジャズ・オーケストラによる、活きのいいフレッシュなビッグバンド・ジャズ。聴いていて楽しく、聴いていてビッグバンド・ジャズが判る。良いアルバムだと思います。
 
 
 
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2009年12月27日 (日曜日)

Beatles / Mono Masters・2

今日は、今年最終の日曜日、日曜日恒例のBeatlesのリマスターCD特集、今日は『Mono Masters』(写真左)。『Mono Masters』の「DISC TWO」について語りたい(「DISC ONE」については、12月6日のブログ参照・左をクリック)。

以前、この『Mono Masters』の存在は、今回のビートルズ・リマスターのMONO Box盤の一番の目玉かも知れない、と書いたが、実は、この『Mono Masters』の中でも「DISC TWO」の内容が素晴らしい。「DISC TWO」の収録曲全てが、モノラル・ミックスの粋を尽くした様な面持ちで並んでる。

冒頭「Day Tripper」と3曲目「Paperback Writer」の迫力ある音の固まりがとても「マイルド」。ステレオ・ミックスで感じた「刺々しい感じ」が全く無い。ボーカル、コーラス、バックの演奏と、手前から奥に向かって重なっていく音は、塊ではなく、しっかりとそれぞれが分離できる素晴らしいミックス&リマスターである。4曲目「Rain」はさらに秀逸で、コーラスとリンゴのドラミングの音が、刺々しく無く、実に耳に優しく響く。

7曲目「Hey Jude」にはビックリした。モノラル・ミックスは音が違う、迫力が違う、ということは、以前より情報として知ってはいたが、こうやって実際に聴いてみると、もう興奮するばかりである。音の重心がステレオ・ミックスより低く、ポールのベースを中心に低音を響かせ、モノラル特有の手前から奥にかけての「音の縦の重なり」の中で、全体の音の輪郭をハッキリさせて、耳に「ガツン」と来る。加えて、このモノラル・ミックスの 「Hey Jude」も、ステレオ・ミックスで若干感じた刺々しさが全く無い。

8曲目の「Revolution」も同様。出だしのギターリフから「度肝を抜かれる」。音の重心が低く、音が分厚い。ギター・リフがステレオ・ミックスよりも割れてハウって「ど迫力」である。ギター・リフが割れてハウって低音ブンブンなんだが、それぞれの音の分離が良いのには感心する。しかし、本当にスゲ〜ぞ、このモノラル・ミックスの「Revolution」は・・・。

9曲目から12曲目にかけての「Only a Northern Song」「All Together Now」「Hey Bulldog」「It's All Too Much」は、『Yellow Submarine』にも収録されている楽曲だが、モノラル・ミックスならではの、手前から奥にかけての「音の縦の重なり」が「特に」素晴らしい。効果音、コーラス、バックの演奏、いずれも音の分離良く、これはもう、モノラル・ミックスの「音の芸術」とでも言って良いのではないか。改めて 「Hey Bulldog」と「It's All Too Much」は良い曲だなあ、と感心したりする。

Beatles_mono_masters2

「Get Back」のモノラル・ミックスは初めて聴いた。実にセンスの良いミックスと音の響きである。実に格調高い音の塊である。ビリー・プレストンのオルガンの響きが音圧良くエッジがマイルドで心地良い。面白いのは、続く「Don't Let Me Down」は、圧倒的にステレオ・ミックスの方が良い。モノラル・ミックスは平面的で音の拡がりに乏しい。ビートルズ最後期のポールの楽曲は、なんとなく、モノラル・ミックスとの相性は良くないみたい。

そして、ラスト前の15曲目。僕が愛して止まないジョンの名曲「Across the Universe」である。これも、モノラル・ミックスは聴いたことないよなあ〜と思っていたら、この「Across the Universe」のモノラル・ミックスは初出だそうだ。これが、実に良い。素晴らしいモノラル・ミックスである。

なるほど、と感じ入るアレンジ。効果音の使い方も秀逸。コーラスの入り方も良い。ジョージ・マーティンの力量を思い知る、素晴らしいミックス。フィル・スペクターの変な弦のアレンジや イコライジングをかけて音の輪郭をぼかした所が無い。今のところ、「Across the Universe」の決定版だろう。『Let It Be ... Naked』に収録されているバージョンよりも良いと僕は思う。
 
この『Mono Masters』の「DISC TWO」は聴きどころ満載でした。いや〜、やっぱりビートルズは、モノラル・ミックスが良いですね〜。とにかく、今回、ビートルズ一連のアルバムのリマスターの中で、僕は完全にモノラル・ミックスに填ってしまいました。

さて、今回で、今年9月9日にリリースされた、ビートルズ一連のアルバムのリマスター盤について、ほぼ聴き終えたことになります。まだまだ興味のある部分が多々あり、来年もビートルズのアルバム鑑賞は続きます。

しかし、この歳になって、ビートルズ一連のアルバムを聴き直し、しかも新たな感動をこれだけ多く感じることになるとは全く思っていませんでした。特に、モノラル・ミックスは驚きの連続でした。さすがビートルズ、奥が深いですね。

今日は今年最終の日曜日。昨日、若しくは今日から正月休みに入った方も多いかと思います。最終の日曜日と言えば「大掃除」。最近は昔ほど「大掃除」の習慣は見られなくなりましたが、それでも、年の瀬なんで、「あそこ」と「ここ」とは掃除しておかんとなあ、とか、部屋の蛍光灯は交換しておかななあ、とか、ふと思ったりして、いそいそ働いてしまいます(笑)。
 
幼き子 掛け声役の 大掃除
 
 
 
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2009年12月26日 (土曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し

唐突であるが、僕はビッグバンド・ジャズが大好きである。遙か昔、中学生の時、ブラスバンド部に在籍していた経験の中で、ブラス中心の分厚い大人数の音世界が「響いた」らしい。高校に入って、なぜか映画の「ベニー・グッドマン物語」と「グレンミラー物語」を観て、ビッグバンド・ジャズってええなあ、と強く思ったのを覚えている。

が、である。FMでエアチェックした、デューク・エリントン楽団の音を聴いた時に、「?」である。あの「ブラス中心の分厚い大人数の音世界」が聴こえてこない。何故か。それは、当時、僕の所有していたステレオ装置がモジュラータイプの実にチープなもので、特に、スピーカーがかなりチープで、ビッグバンド・ジャズ特有の「ブラス中心の分厚い大人数の音世界」が全くもって「ペラペラ」に聴こえてくるのだ。

これはあかん、と高校生の僕は思った。ビッグバンド・ジャズを楽しむには、ステレオ装置をアップグレードせんと話にならん。と言いつつ、そんな財力は全く無かったので、ビッグバンド・ジャズは固く「封印」した。それから、大学時代〜社会人と環境は移りつつ、それなりに所有のステレオセットはアップグレードしていってはいたが、ビッグバンド・ジャズ特有の「ブラス中心の分厚い大人数の音世界」を楽しむには、ある程度(数十万円程度)の資金をステレオセットに注ぎ込まないと楽しめないことが判ってきた。

で、やっとこの2年ほど前に、現在所有のスピーカー・セットのチューニングが完了し、やっとのことで、ビッグバンド・ジャズ特有の「ブラス中心の分厚い大人数の音世界」を、何とか楽しむレベルにまでになった。やれやれ。でも、何とか楽しむレベルになると、「ブラス中心の分厚い大人数の音世界」が、なんとも耳に快感なのだ。ささやか音圧とでいうのだろうか、ブラスの分厚い迫力にはワクワクする。

Act_your_age

最近、楽しんでいるビッグバンド・ジャズのアルバムの一枚が、Gordon Goodwin's Big Phat Bandの『Act Your Age』(写真左)。L.A.の売れっ子スタジオ系ミュージシャンにより結成された超馬鹿テク集団「Big Phat Band」に、作曲兼編曲を担当する Gordon Goodwin。日本では、まだまだ知名度は低いですが、以前から、知る人ぞ知る存在ではありました。

その Gordon Goodwin's Big Phat Bandの現在のところの最新作が『Act Your Age』。音の雰囲気は、1曲目の「Hit the ground running」を聴けば納得。エレピの印象的なリフからスタートする、16ビートの曲。雰囲気はフュージョン。ビッグバンド・ジャズ特有のノリも見事で、疾走感とブラスの迫力満点な所が実に良い。電気楽器の使い方が絶妙で、フュージョン・ビッグバンド・ジャズと表現して良いかと思う。

収録された楽曲を見渡しても、その感が強い。ゲストに、チック・コリア、デイヴ・グルージン、パティ・オースティン、リー・リトナーを迎え、パティー・オースティンの歌う E.W.& F. の「September」、チック・コリア御大自らが、ガンガンにピアノを弾きまくる「Senor Mouse」、デイヴ・グルージンとリー・リトナーがフューチャーされた「Punta Del Soul」、アレンジが小粋な「Watermelon Man」。見渡すと、これらの楽曲って、フュージョン時代の名曲ばかり。

フュージョン時代の名曲を採り上げているので、どうしても全体のアレンジについて「ソフト&メロウ」な面が全面にでる格好になって、ブラス楽器のアンサンブルが炸裂する様な「ブラス中心の分厚い大人数の音世界」が少し控えめになっているところが、ちょいと物足りない面ではあります。でも、逆に、万人受けする聴き易さが増して、リラックスして聴けるビッグバンド・ジャズです。

特に、1970年代、リアルタイムでフュージョンを体験した世代以降のジャズ・ファンには特にお勧め。ビッグバンド・ジャズ入門としてお勧めです。ビッグバンド・ジャズの「ブラス中心の分厚い大人数の音世界」がたまりません。

今日は朝から底冷えして寒い。雨が降るという予報もあったが、我が千葉県北西部地方では雨が降らず、昼前から日が射し始めた。日が射すとさすがに日光の恩恵素晴らしく、底冷えの空気が幾らか肌当たりの良い感じになり、底冷えの感は無くなった。今日は、日光の恩恵というのは、思ったよりも凄いもんだなあ、ということを改めて実感した。日々勉強、日々体験である(笑)。
 
底冷えに 光射し込み 人心地
 
 
 
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2009年12月25日 (金曜日)

エリック・クラプトン自伝

エリック・クラプトン(Eric Clapton)というギタリストは、もともと品位方正な人物では無い。1970年代、リアルタイムで、彼の麻薬禍からの復活や、アルコール中毒への没入など、離婚再婚そして離婚再婚などを見聞きしてきた。どうも、クラプトンというのは、その音楽と人格が一致しない、とんでも無い人格をしている、ということは理解していた。

で、今回、昨年4月に発刊された『エリック・クラプトン自伝』(写真左)を、やっと手に入れて、早速、読破した。「やっと」というもの、この本、定価三千円弱する代物である。さすがに、本でこの定価だと、手に入れるのには「迷う」ってもんだ。

この本は「自伝」と言うことで、クラプトンは、1945年、イギリス・サリー州リプリー生まれ、だから、500ページ弱のボリュームで、約60年の人生を振り返ったものである。よって、彼のそれぞれ時代でのトピックがズラ〜ッと並んだ、彼の人生のトピックの「コンピレーション」的な読み物である。

読み通して思うのは、やはり、クラプトンは、相当「だらしない性格」だと言うこと。しかし、その「だらしない性格」も、これだけ赤裸々に、ほとんど実名入りで語られると、なんだか「感動」すら感じるのだ。

彼に音楽があって良かった、と思う。神様から音楽の授かり物が無かったら、彼は単なる「性格破綻者」か若しくは「アル中」「ヤク中」である(苦笑)。しかし、よくもまあ、禁固の憂き目にあわなかったことだろう。よくもまあ、死ななかったものだ。

特に、十代半ばから、息子がNYの高層アパートから転落死する頃までは、彼の生き方は無茶苦茶である。これだけ、私生活が無茶苦茶でも、1970年代、あれだけのアルバム成果を上げられた事は奇跡に近い。というか、音楽的成果って、そのミュージシャンの私生活や人格とは全く関係の無いものなんだ、ということを改めて強く感じる。

Ec_byog

ジャズの世界だってそうだ。チャーリー・パーカー、バド・パウエル、ジャコ・パストリアス、等々、音楽的成果って、そのミュージシャンの私生活や人格とは全く関係の無いものなんだ、と強く思わせる事例がゴマンとある。でも、一番幸せな事は、音楽的成果が、そのミュージシャンの私生活や人格と正比例することなんですけどね。

この『エリック・クラプトン自伝』を読み進めて、60歳を迎えることになって、やっと人間的に普通の状況になって、やっと「安息の地」を手に入れたところで「ホッ」とします。彼の言葉の中に「欲望と愛情の区別、快楽と幸せの区別を知らなかった」とありますが、それはちょっと普通の人の感覚では無いですよね。

特に、クラプトンは、1970年代は正にその感覚だったと思いますが、そんな状態で、佳作と呼ばれるアルバムを次々にリリースしていたんですから、才能の突出した人はイマイチ良く理解できません。凡人には絶対に出来ないことです。

クラプトンの音楽的成果を尊敬し、「その音楽的成果=クラプトンの人格」と思いこんでいるファンにとっては、この『エリック・クラプトン自伝』の内容はショックでしょうね。でも、そんな方々に、是非とも読んで頂きたい。それぞれの名盤がどういう環境で、どういう感覚で生まれたのかが良く判って、クラプトンの音楽的成果をより深く知ることが出来ると思います。
 
最後に、ネットでの評価で結構指摘されていますが、確かに、翻訳がイマイチですね。完全直訳風で、固くて、ちょっと読み辛く、小説を読むようにワクワクしません。でも、この『エリック・クラプトン自伝』が翻訳本として出版され、日本語で読み進めることが出来る、ということはとても有り難いことです。辞書片手に読むと結構時間がかかりますからね〜。今回は、通勤電車の往き帰りで約1週間で完読できました。さすがに翻訳本は助かります。
 
クラプトンのファンに「お勧め」です。ちょっと値が張りますが、クラプトンを理解し、彼を確認するには、格好の自伝だと思います。そして、この自伝を読んで、こんな人生も「あり」だよな、と思うか、クラプトンには裏切られた、と思うか。でも、この自伝のクラプトンが、真実のクラプトンなんですよね。彼の私生活がいかなるものであって、彼の音楽的成果の素晴らしさは不変です。でも、本当に、クラプトンって「だらしない性格」だよな〜(笑)。
 
 
 
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2009年12月24日 (木曜日)

ジャコ・ウェザーの最高傑作

さて、久しぶりに(2ヶ月ぶりくらいかなあ)、Weather Reportのお話しを。確か、このブログでは『Heavy Weather』までお話ししたはず(10月7日のブログ参照・左をクリック)。今日は次作、ジャコ・ウェザーの傑作『Mr.Gone』(写真左)について語りたい。

「エスニック&ユートピアな音作り」は後退、フュージョンの音作りを大々的に取り入れた。ポップ色が強まった。冒頭の「Birdland」は、ユートピアな音作りの面影は残っているが、とにかく「ポップ」。キャッチャーなリフ、印象的なフレーズ。まるでロック。これは売れて当然。判りやすくて印象的。実際に売れた。『Heavy Weather』は売れた。ジョー・ザビヌルの満願達成である。

ポップな面は、ジョー・ザビヌルの面目躍如ではあるが、メインストリーム・ジャズとして、『Heavy Weather』を要所要所で締めているのは、ジャコのプロデュース能力である。ユニゾン&ハーモニーの重ね方やベースラインの展開は「ジャコならでは」のもの。やはり、ジャコの参入は「ただごと」では無かった。単に、ベースラインの強化だけでは無かった。ジャコは、Weather Reportをジャズ界一のエレクトリック・ジャズ・コンボに昇格させた。

で、次作である。ザビヌルは何を思ったか、ジャコ・パストリアスに全体のプロデュースを任せた。メンバー的にも、ジョー・ザヴィヌル、ウェイン・ショーター、ジャコ・パストリアス、ピーター・アースキン、というウェザー・リポート最強のメンバーが出揃った。ジャコに任せたら、なんと希有な傑作が生まれてしまった。

この『Mr.Gone』は、Weather Report最高のメンバーに恵まれ、ジャコ・パストリアスという、希有な天才のミュージシャンが、好きなだけ自由にプロデュースの才をふるった、全く、ジョー・ザビヌルのコントロールが及ばない、ジャコの才能を心ゆくまで堪能できる、歴史的な成果を誇るアルバムである。

Mr_gone

冒頭の「Pursuit of the Woman With the Feathered Hat(貴婦人の追跡)」を聴くだけで判る。このアルバムが、ジョー・ザビヌルのものでないことを。

アーティスティックな雰囲気に彩られた、エスニックでアーシーで、ワールド・ミュージック的な音世界。この音世界は、ポップで俗っぽいザビヌルのその世界とは一線を画する。ジャコの音世界は、ザビヌルやウェインの音世界を凌駕するどころか、包み込んでしまうほどの懐の深さである。

とりわけ、6曲目のジャコ作『Punk Jazz』が凄い。ザビヌルも、ポリフォニック・シンセで真っ向から応戦しているのだが、あまりにもジャコのインプロビゼーションが凄すぎて、他のメンバーが目立たなくなるほど。凄まじきジャコの音世界である。ラスト8曲目の「And Then」が終わると、「もう終わるのか」と、もっと聴いていたくなるほどの、圧倒的にアーティスティックな音世界である。

僕はこの『Mr.Gone』の音世界が大好きだ。でも、リリースされた当時は、評論家筋の評価は全く思わしく無かった。でも、今の耳で聴いても、この『Mr.Gone』の音世界は、Weather Reportのアルバムの中でもトップクラスである。当時、何故、あんなに評価が低かったのかが理解しかねる。

このアルバムの成果を聴いて、ザビヌルは焦った。次作はライブアルバムで行き過ごして対策を練る。でも、ジャコの音世界を排除することは出来ない。そこで、ザビヌルは大団円な解決策に出る。ジャコ半分、ザビヌル半分。ジャコのアーティスティックな音世界とザビヌルのポップな音世界を等分に融合して、これまた、Weather Reportの傑作を生み出すことになる。その話はまた後日・・・。

今日はクリスマス・イブ。駅前では、元気よく「チキン」を売っている。元気よく「ケーキ」を売っている。厳かな聖夜の雰囲気はここには無い(笑)。賛美歌も流れず、キャンドル・サービスも無く、ただただ、元気な若い売り子の声だけが夜空に響いている。
 
厳かに 星降る聖夜 君を待つ
 
 
 
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2009年12月23日 (水曜日)

『ジャズの小径』12月号アップです

12月に入って、強い寒波がやってきて、いきなり真冬の寒さになって久しい。暖冬との触れ込みで、11月の下旬から12月の上旬までは、確かに暖かい日が続いた。しかし、この1週間で急転直下、いきなり真冬の冷え込みである。気温の激変に弱い僕にとっては、この気温差は耐え難い。まだ、日中でも眠たくて眠たくて仕方がない。

そんな厳しい冷え込みの中、やはり、暖房を効かせた、暖かい部屋でのジャズ鑑賞は「格別なもの」がある。しかし、午前中の、まだ体や頭が温まっていないうちに、ハードなジャズは、かえって疲れるので避けた方がよい。ゆったりとした「With Strings」ものなんかが良い。

「With Strings」もの、とは、弦楽オーケストラをバックに、インプロビゼーションを繰り広げる演奏形態なんだが、これがなかなか難物である。「With Strings」盤の良し悪しは、バックの「弦楽オーケストラの良し悪し」と「フロント楽器奏者との相性」にかかっている。

チャーリー・パーカーの『Charlie Parker with Strings』については、バックの弦楽オーケストラの出来がイマイチ。よって、全体的な出来としては、かなりチープな印象になってしまう。逆に、クリフォード・ブラウンの『With Strings』も、バックの弦楽オーケストラが弱く、逆に、ブラウニーがペットを凄いテクニックと音色でガンガンに吹き上げているので、これはこれで「耳にもたれる」。

Yano_bar_29

しかし、我が国での若手有望株のアルト・サックス奏者の一人、矢野沙織が昨年12月にリリースした『Gloomy Sunday』は、なかなかの内容の「With Strings」もの、である。ということで、我がバーチャル音楽喫茶『松和』のジャズ・フュージョン館(左をクリック)、12月の「ジャズの小径」では、この矢野沙織の『Gloomy Sunday』を集中レビューしています。

内容としては、当ブログでアップした原稿に、修正・加筆を加えて、「ジャズの小径」へアップしていますので、「どっかで読んだことがあるぞ」と思われた方は、当ブログの熱心な読者の証です。ご了承のほどを(笑)。

それでは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」にて、お待ち申し上げております m(_ _)m。雰囲気は一足早く「お正月」の装いになっております(笑)。

さて、今日は天皇誕生日。早起きして、午前中にて一気に、Macにて年賀状を作成し、昼ご飯を経て、午後一番には「一言書き」に専念、14時には、年賀状完成と相成った。年々、年賀状作成には手慣れてきている。フリー素材と使い慣れた画像ソフト+年賀状印刷ソフトとで、オリジナルな年賀状を作成するので、ほとんど余分なコストがかかっていない。なにかと安上がりで、かけた時間の割には「出来もなかなか」。今年はなんとか郵便局の意向に応えられた格好である。

故郷へ 想い遙かに 年賀状
 
 
 
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2009年12月22日 (火曜日)

George Harrisonカバー・ジャズ

今年は、ビートルズ・リマスターの年だった。久しぶりに「ビートルズ」を思い出させてくれた。ビートルズのメンバーの中では、僕は圧倒的に「ジョン・レノン」である。圧倒的にジョンのマニアである。

では、ビートルズのメンバーの中で、「第3の男」は誰か。恐らく、ビートルズの「第3の男」と問われれば、ジョージ・ハリソンかリンゴ・スターのどちらかになるだろう。僕にとっては、ビートルズの「第3の男」はジョージ・ハリソン。だって、リンゴは曲がほとんど書けないではないか(笑)。

しかしながら、ジョージの楽曲は、かなりユニークである。というか、コード進行がかなり「変」。コード進行が「捻れている」。おおよそ、ポップスの王道を遙か離れたというか独特というか、ちょっと病的なコード進行をしている曲が多々ある。とにかく、カバーし難い。予測できないコード進行が「てんこ盛り」である。

よって、ジャズの世界でカバーされるジョージの曲は、ほとんど「サムシング」だけ。「サムシング」は、ジャズの世界では「イエスタディ」につぐ、カバーの多さを誇る。なんせ、あのフランク・シナトラだって、ジョージの「サムシング」をカバーしているくらいだ。

逆に、他の楽曲はほとんどカバーされることは無い。ジャズでカバーするには、ちょっとコード進行が「捻くれ過ぎている」のだ。しかし、ジャズ界は広い。そんな「捻くれた」ジョージの楽曲にも関わらず、たまたま苗字が同じだけで、アルバム全曲、ジョージのカバー・ジャズで埋め尽くした、空前絶後、唯一無二なアルバムをリリースしたギタリストがいる。

Joel harrisonの『HARRISON ON HARRISON』(写真左)である。2005年10月のリリース。パーソネルは、JOEL HARRISON(eg,g,vo),DAVE LIEBMAN(ss,ts,wood-fl),DAVID BINNEY(as),URI CAINE(p,rhodes),STEPHAN CRUMP(b),DAN WEISS(ds),TODD ISLER(perc),GARY VERSACE(p),ROB BURGER(org),JEN CHAPIN(vo)。う〜ん、ほとんど知らんメンバーばかりじゃ〜(笑)。

Harrison_on_harrison

収録されている曲は以下の通り。

1. Here Comes The Sun
2. Within You Without You
3. While My Guitar Gently Weeps
4. The Art Of Dying
5. My Father's House
6. All Things Must Pass
7. Taxman
8. My Sweet Lord
9. Love You To
10. Beware Of Darkness
11. Isn't It A Pity

ジョージのファンの方々はお判りかと思うが、これがなかなかの選曲である。ジョージの楽曲を、ビートルズ時代からソロ時代まで、知り尽くしていないと、この選曲は無いだろう。しかも、ジャズとして、カバーの「し甲斐」のある楽曲が並んでいる。Joel harrison侮り難し、である。

ただし、冒頭の「Here Comes The Sun」のカバーは、ちょっと戸惑う。悪くは無いんだが、ここまでデフォルメせんでも、と思ってしまうほどの、デフォルメの仕方。旋律を追う聴き方をしたら、耳がおかしくなること請け合い(笑)。でも、ビートとリズムを追いながら、Joel harrisonのギターを聴き進めると、Joel harrisonのギターの実力のほどが実感できる。Joel harrisonのギターはかなりの水準である。

3曲目「While My Guitar Gently Weeps」から、Joel harrisonのギターとジョージの曲想がシンクロし始める。良い感じだ。アルバム全曲見渡すと、やはり、ジョージの3枚組傑作『All Things Must Pass』からの楽曲のカバー・ジャズが良い感じである。特にラスト2曲「Beware Of Darkness」「Isn't It A Pity」は絶品。現代ジャズの先端に近い、高度なジャズ演奏で、「捻れた」ジョージの楽曲を、完璧なまでにジャズの世界の中でカバーしている。

良いアルバムだと思います。現代ジャズの先端のアレンジ力や演奏力が、バリバリに体験できるアルバムであり、ほとんど例を見ない、ジョージの楽曲を全編に渡ってカバーした、空前絶後の「企画もの」でもあります。ジョージ・ハリソンのファンの方々には、是非とも一度聴いて頂きたいアルバムです。おもわず「仰け反ったり」、おもわず「ニヤリ」としてしまうこと請け合いです。
 
 
 
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2009年12月21日 (月曜日)

Blue Note Plays the Beatles

今年は、ビートルズ・リマスターの年だった。ステレオ・ミックスが全てリマスターされて、CDとして出揃い、しかも、幻に終わるかと思っていた、モノラル・ミックスも全てリマスターされて、CDとしてリリースされた。まさか、この歳になって、ビートルズのアルバム三昧になるとは思わなかった(笑)。それほど、今回のリマスターは、素晴らしい出来だったと思う。

さて、ビートルズの楽曲は、早い時期から、ジャズではカバーされてきた。あの世界的に爆発的にブレイクしたビートルズの楽曲である。その爆発的な人気あやかりたいという、商業的な思惑もあっただろうし、ビートルズの楽曲のコード進行の面白さが、純粋にミュージシャン魂を揺さぶった、ということもあっただろう。

1960年代、様々なビートルズの楽曲のカバー・ジャズがあったが、しっかりと地に足付けて、ミュージシャンの特性を活かしつつ、硬派なジャズ・アレンジを施した、ビートルズのカバー・ジャズを量産したレーベルが「ブルーノート」。

1960年代のブルーノートのアルバムには、ちょくちょくとビートルズのカバーが収録されている。そして、これがなかなかの出来のものが多い。これを集めてコンピにしてくれたらなあ、と思っていたら、それが「出た」。2004年のことである。その名も『Blue Note Plays the Beatles』(写真左)。

でも、僕はブルーノートのビートルズのカバーと言えば、1996年にリリースされた『Strawberry Fields』(写真右)。このカバー・アルバム、ボブ・ベルデンのプロデュースで、なかなかいかしたアレンジ。 Cassandra WilsonやHolly Coleのボーカルを活かしたカバーが秀逸。

2004年発売の『Blue Note Plays the Beatles』には『Strawberry Fields』からの楽曲が、 Holly Coleの「I've Just Seen A Face」とCassandra Wilson & Dianne Reevesの「Come Together」の2曲のみ。しかも、当の『Strawberry Fields』は廃盤状態。う〜ん、なんだかなあ、と思っていたら、突如、『Blue Note Plays the Beatles』のデラックス・エディションが「出た」。

なんと今年、『Blue Note Plays the Beatles』が、ビートルズのリマスター発売を記念して、デラックス・エディションとして再登場である。しかも、あの『Strawberry Fields』から「Strawberry Fields Forever」「Fool on the Hill」「Hey Jude」を追加収録して、である。あの『Strawberry Fields』から半分の5曲がチョイスされた。しかも、これ、実は日本限定発売。いやいや〜、これは「買い」である。

Bluenote_beatles

収録曲は以下の通り。

1. Can't Buy Me Love - Stanley Turrentine
2. Yesterday - Lee Morgan
3. Norwegian Wood (This Bird Has Flown) - Buddy Rich
4. Hello Goodbye - Bud Shank
5. A Day In The Life - Grant Green
6. Eleanor Rigby - Stanley Jordan
7. Blackbird - Tony Williams
8. I've Just Seen A Face - Holly Cole
9. And I Love Her - Kevin Hays
10. Come Together - Cassandra Wilson & Dianne Reeves
11. Drive My Car - Bobby McFerrin
12. Strawberry Fields Forever - Cassandra Wilson
13. Fool on the Hill - Javon Jackson, Dianne Reeves
14. Hey Jude - Greg Osby

1960年代のカバーは、原曲の旋律を活かしたシンプルなアレンジが好印象。まだ、ビートルズの楽曲が持つ、独特のコード進行を活かした、ジャズならではのアレンジにはなっていない。でも、インプロビゼーション部は、しっかりと独特のコード進行を踏まえた、なかなかユニークな展開になっていて、聴いていて、とても楽しい。

6曲目のStanley Jordanの「Eleanor Rigby」は、1980年代、新生ブルーノートからのリリースだった。「ジャズ・ギターの革命児」と称賛される彼のギターによる「タッチ・テクニック」と呼ばれる驚異の両手タッピング奏法は、CDの音だけでは、どうやって演奏しているか判らないほど、今までに聴いたことのないギター演奏の音だった。今の耳で聴いても素晴らしい演奏、素晴らしいカバーである。

12曲目から14曲目の3曲は、Bob Beldenプロデュースの『Strawberry Fields』からの選曲。デラックス・エディションだけの「エクスクルーシヴ・ボーナス・トラック」である。これが、アレンジ良く、原曲の印象を残しつつも、完全にジャズ化している。『Strawberry Fields』は、1996年のリリースなので、ビートルズのカバー・ジャズも、アレンジ技術、演奏技術も、それぞれの年代で、着々と進歩しているのが良く判る。

今回の「エクスクルーシヴ・ボーナス・トラック」の追加で、『Blue Note Plays the Beatles』は、確実に内容がグレードアップした。これは「買い」でしょう。正統派のビートルズのカバー・ジャズを体験するには、うってつけのコンピです。
 
寒い一日が続いています。巷は「クリスマス一色」。それぞれの家の垣根や窓に、煌びやかなクリスマス用のイルミネーションがピカピカ輝いています。なんだか派手で、クリスマスの雰囲気の「押し売り」のようで、あまり好きではありません。いつの頃からでしょうか。こんなに各家庭の垣根や窓にイルミネーションが輝きだしたのは・・・。昔は、部屋の中で、クリスマス・ツリーに電飾を施して、ちょっと部屋の灯りを暗くして、家族で楽しんだものなんですが・・・。

電飾の 灯り懐かし クリスマス
 
 
 
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2009年12月20日 (日曜日)

Beatlesの『Let It Be ... Naked』

今日は日曜日、日曜日恒例のBeatlesのリマスターCD特集なんですが、先週、『Let It Be』について語った展開でいくと、今日はやはり、2003年にリリースされ、センセーショナルな話題を振りまいた再編集盤を採り上げない訳にはいかないなあ、ということで、今回は『Let It Be ... Naked』について語ってみました。

さて、オリジナルの『Let It Be』は、ご存じのように、Beatlesの4人の正式な関与は全く無く、彼らがこのアルバムについて、リリースをOKしたものでもありませんでした。確かに、他のアルバムと比べて、全体に漂う雰囲気が違います。弦のアレンジも、どうもあまり良い塩梅では無い。音のピッチなどまで含めて、かなりの面でオリジナル音源をいじくっていて、そこまでするのか、という感じが常に漂うアルバムで、僕は好きではありません。よって、あまり聴いたことが無い。

しかし、2003年、フィル・スペクターによる編集やオーバー・ダビングを除いた『Let It Be ... Naked』(写真左)が、Alan Rouse、Guy Massey、Paul Hicksのプロデュースによって制作されリリースされました。当然、ポール、リンゴをはじめとしたBeatles関係者監修の下で、です。つまり、フィル・スペクター作の『Let It Be』を全否定して、『Let It Be』を再構築したものが、この『Let It Be ... Naked』になります。

オリジナルの『Let It Be』と比べて、曲順はガラリと変わり、選曲も一部変わっています(詳細はネットでかなり語られていますので、そちらを参照して下さい)。これはこれで、Beatles のひとつのアルバムに仕上がっています。

少なくとも、フィル・スペクター版の『Let It Be』に漂っていた、いい加減で投げやりで、ちょっと陰鬱で退廃的な雰囲気は払拭され健康的になり、フィル・スペクター版の『Let It Be』に漂っていた、このアルバムがBeatlesの「ラストアルバム」に相応しいという感じは無くなっています。といって、ポールの当初目的だった「Get Back(原点回帰)」という雰囲気もありませんけど・・・(笑)。

『Let It Be ... Naked』は音が良いです。今回のオリジナル『Let It Be』のリマスターCDよりも音が良い。これはミックスから、やり直したからでしょうね。演奏の音の粒立ちが良く、活き活きとしています。音の鮮度が高まると、それだけでも、この『Let It Be ... Naked』全体の雰囲気がポジティブに聴こえます。逆に音の分離が良すぎるだけ、それぞれのメンバーの演奏の「あら」が良く判るようになってしまいました。ちょっとジョージには気の毒だったかも。
 

Let_it_be_naked_12

 
興味深かったのが、ポールとスペクターの確執で有名な「The Long And Winding Road」。フィル・スペクターの大袈裟な弦のアレンジに激怒したポールですが、この『Let It Be ... Naked』は、そのフィル・スペクターのアレンジを全て取り去って、再構築しています。が、たしかに、オーケストラの入らないシンプルな演奏は魅力的ではありますが、どことなく間延びして、メリハリが感じられない展開になっています。

スペクターの仰々しいアレンジは僕も好きではありませんが、この『Let It Be ... Naked』での「The Long And Winding Road」も、かなり違和感があっていけません。シンプルなのは、ビートルズらしくて良いんですが・・・。完全にポールの再アレンジは不発でした。もともと楽曲としての素性は素晴らしいので、もう少し、原曲を最大限に活かせるような「現実的な」アレンジが欲しかったと思います。

そうそう、それとジョンの名曲、僕も大好きな「Across The Universe」ですが、『Let It Be』と『Let It Be ... Naked』ではピッチ(テープ速度)が異なります。フィル・スペクターがどうしてそうしたのか理解に苦しむのですが『Let It Be』のピッチは、人工的に遅くされています。

『Let It Be ... Naked』の方が正しいピッチです。あの魅力的なジョンの声が正常に聴こえてきてホッとします。ジョンのボーカルが健康的に聴こえる分、すっきりとした「シンプル感」が全面に出てきて、オリジナル『Let It Be』での「Across The Universe」の、ちょっと暗い、ちょっと倦怠感漂う印象が、全面的に払拭されています。『Let It Be ... Naked』の「Across The Universe」の方が圧倒的に、Beatlesらしいですね。

長々と書いてきましたが、今回のリマスターCDで音が一段と良くなっても、やっぱりフィル・スペクターがプロデュースした『Let It Be』は、やっぱり好きになれず、そのリミックス〜再構築版である『Let It Be ... Naked』は、あと一歩、あと一味、そう「なにか足りない」という感じがつきまとって、最後まで乗り切れない感じが残りました。

恐らく、やはり「ゲット・バック・セッション」の音源は、Beatlesの正式アルバムとして、リリースしてはいけない音源だったような気がします。「アンソロジー」の音源と同等の扱いで、コレクターズ・アイテムとして、マニアの方々に正式リリースした方が良かったのかもしれません。 
 
今日もヒンヤリと冷え込んだ一日。日差しは豊かなんだが、なんせ、取り巻く空気が冷たすぎる。今日は、高校駅伝が京都で開催されている。高校駅伝の声を聞けば、いよいよ年の瀬も近いって感じがしますね。今日の京都は寒そうです。
 
寒風を 切ってランナー 京を行く   
 
 
 
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2009年12月19日 (土曜日)

ジャズ喫茶で流したい・11

さて、久しぶりの「ジャズ喫茶で流したい」シリーズである。今回は第11回目。第9回に続いて、Charlie Rouse(チャーリー・ラウズ)のアルバムを採り上げたい。

「ジャズ喫茶で流したい・9」でご紹介したラウズのアルバムは『Social Call』だった(10月5日のブログ参照・左をクリック)。これぞハードバップって感じで、アグレッシブに、はたまたリリカルに、実に味わい深い演奏を聴かせてくれる佳作であった。

今回、採り上げるラウズのアルバムは『Moment's Notice』(写真左)。ジャケット・デザインも渋い、ラウズのカルテット盤。パーソネルは、Charlie Rouse (ts), Hugh Lawson (p), Bob Cranshaw (b), Ben Riley (ds)。1977年10月の録音である。

チャーリー・ラウズは、伝説のピアニスト、セロニアス・モンクとの共演で最も知られるテナーサックス奏者。ラウズはモンクとの相性が抜群でした。テクニックに優れ、スケールの広い、モンクの音にぴったり呼応して、モンクの予期せぬフレージングに呼応して、臨機応変に吹きかえす技については、ラウズの右に出る者はいない。

ただ、モンクとの共演が長かったので、マンネリ奏者とか、一人立ちできないテーマンとか、地味で目立たずマンネリなテナー奏者の様な言われ方をされることがありますが、実に残念な言われ方です。この『Moment's Notice』や先にご紹介済みの『Social Call』を聴いて貰えば判るのですが、少し「くすんで掠れた」ポジティブな音が魅力的な、バップ的でアグレッシブなテナー奏者です。

さて、この『Moment's Notice』は、泥臭いハードバップという感じがピッタリかと思います。全編に渡って、ラウズを筆頭に、カルテット全体がハードボイルドにインプロビゼーションを展開していくところなんて、実に魅力的です。とにかく徹頭徹尾、ハードボイルドでジャジーな雰囲気で押しまくっています。

Moments_notice

冒頭の「The Clucker」は、そのハードボイルドでジャジーな雰囲気が満載。疾走感溢れるハードバップです。ユニゾン、ハーモニーもバッチリ決まって、ラウズはアグレッシブにテナーを吹き進めて行きます。この曲は疾走感が最大の魅力でしょう。面白いのは、テーマ部の終わり、「きめ」の部分のハーモニーが、日本古謡の「さくらさくら」の出だしにそっくりのフレーズで、とても耳に残ります。僕は、この「The Clucker」をひそかに「さくらさくら」と呼んでいます(笑)。

4曲目、モンクの「Well, You Needn't」は、さすがに素晴らしいテナー・ソロを聴かせてくれます。さすがに、モンクの下に長くいただけはありますね。これはまかせておけ、という感じの「オハコ」感が嬉しいです。安心感抜群ですな(笑)。

6曲目の名バラード「A Child is Born」では、ラウズは悠然とテナーを吹き上げていて、これがまた何とも言えない心地良い雰囲気を醸し出している。自作のブルース2曲目の「Let Me」、7曲目「Little Sherri」では、実に気持ちよさそうな雰囲気でアドリブを展開、とにかく楽しげに、余裕をかましながら、テナーを吹き回す。これがまた良い雰囲気なんですよね。

加えて、この『Moment's Notice』の魅力は、バックのリズム・セクションにあります。まず、ピアノのHugh Lawsonが絶好調。歯切れの良い、硬質なタッチが実に魅力的です。ラウズの少し「くすんで掠れて」軽い雰囲気の吹き回しのテナーと好対照で、実に良い組合せです。ベースのBob Cranshawも「つんつんつん」と独特の音を響かせながら、しっかりとビートを刻んでいます。そして、ドラムのBen Rileyが実に堅実でテクニックのあるドラミングで、カルテット全体の演奏を支えています。良いリズム・セクションです。

ラウズのテナーは、少し「くすんで掠れて」軽い雰囲気の吹き回しなのですが、茫洋というか悠然というか、吹き回しの余裕の部分がなんとも言えない雰囲気を醸し出すんですよね。実に不思議なテナーマンです。
 
今日も朝から寒い一日。しかし、日差しが豊かで、日向を歩いている分には、しっかりと着込んでおれば、あまり寒さは感じない。しかし、今日の体調はあまり優れず。昨日の忘年会で飲み過ぎたのか、ちょっと悪酔いして、今朝はしっかり二日酔いで頭が痛い。もういい歳なんだから、酒もほどほどにしないとね。大いに反省しきり、である。
 
寒風に 吹かれ追われて 千鳥足
 
 
 
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2009年12月17日 (木曜日)

エバンスの寛いだハードタッチ

昨日は、叙情的でリリカルなエバンスの『Moon Beams』をご紹介したが、エバンスの本質は、タイトでハードなタッチと計算されたアレンジ、そして、そのアレンジに応えるテクニカルな面が極めて優秀な、唯一無二なピアニストである、というところにある。

そして、エバンスの相当数あるアルバムをじっくりと聴き進めると、気合いを入れた録音セッションでの、エバンスのタイトでハードなタッチと、気心知れた寛いだセッションでのタイトでハードなタッチとは、ちょっとニュアンスが違うのだ。

寛いだセッションでのエバンスは、実に魅力的なハードタッチで迫ってくる。ちょっとジョークを交えた、実に優しいハードタッチで迫って来るのだ。そんなアルバムの中で、僕が愛して止まないアルバムが『On Green Dolphin Street』(写真左)。1959年1月の録音。パーソネルは、Bill Evans (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)。

このアルバムに収録されたセッションは、Chet Bakerの『Chet』の録音セッションに参加した、Bill Evans (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)が、プロデューサーのオリン・キープニュースの誘いで録音したもの。もともと、この3人、マイルスの下で演奏していたので、気心しれており、しかも、Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)は、エバンスのお気に入りのベーシストとドラマー。

全編に渡って、絵に描いたような「ハードバップ」なピアノ・トリオである。気心知れた寛いだセッションでの、エバンスの、ちょっとジョークを交えた、実に優しいハードタッチが全編に渡って体験できる。まあ、バックが、Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)である。叙情的でリリカルな面を全面に押し出すには、このベーシストとドラマーは、あまりにハードバッパーである(笑)。
 
 
Bill_evans_on_green_d
 
 
冒頭の「You and the Night and the Music」が素晴らしい。エバンスのアレンジ能力の素晴らしさ、そして、優しい、寛いだハードタッチ。そして、2曲目の「My Heart Stood Still」では、アドリブ部で、クリスマスソングの旋律が顔を覗かせる。エバンスの笑顔と、それに応える、チェンバースとフィリー・ジョーの笑顔が浮かぶようだ。

そして、絶品は3曲目。表題曲の「On Green Dolphin Street」。この演奏でのエバンスは絶品である。寛いだハードタッチ、緩急自在、硬軟自在のインプロビゼーション。バリバリ弾きまくるエバンス。バリバリ弾きまくってはいるが、決して耳につかない。ハードタッチの音のエッジが優しく丸いのだ。

チェンバースのベースとフィリー・ジョーのドラムも、しっかりとソロを取るスペースを確保しており、そのソロが、これまた絶品なのだ。チェンバースの太いウォーキング・ベース、そして、フィリー・ジョーの変幻自在でハードでタイトなドラミング。実に魅力的に、そして、エバンスをしっかりとサポートし、引き立たせている。

良いアルバムです。Chet Bakerの『Chet』の録音セッション後に、トリオだけで一枚分を余計に録音したものの、発売に踏ん切れずに20年ほど倉庫に寝かされていたなんて、信じられないですね。でも、この実に寛いだハードタッチで、気心しれた仲間と、あまり深く考えずにインプロビゼーションを展開したのが、完全主義者のエバンスとしては気に入らなかったのかもな、とも思います。

それほど、このアルバムでのエバンスは、寛いで演奏しているのが実に良く判る。実に楽しそう。ジャズが好きで、ピアノが好きで、演奏が好きで、そんなエバンスの普段着のようなピアノ・タッチが実に魅力的です。ジャケット写真も実に雰囲気があって、聴く方も適度にリラックスしてきける、ジャズ初心者の方々にも大推薦の一枚です。

今日も朝から、ガッチリと「寒い」。いきなり真冬が来た感じ。それでも、日中は日差しが戻ってきて、会社の窓から見る分には、豊かな日差しが戻ってきた感じ。でも、外出から戻って来た連中は、口々に「寒い寒い」。う〜ん、師走を実感しますね。
 
朝日浴び 眩しきばかり 霜の朝
 
 
 
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2009年12月16日 (水曜日)

叙情的なジャズ・ピアノの優秀盤

叙情的でリリカルな演奏が中心のアルバム、ゴンサロ・ルバルカバ『Suite 4 y 20(邦題:ロマンティック)』をご紹介した。で、叙情的でリリカルなジャズ・ピアノと思って、ん〜っと思って、そう言えば、叙情的でリリカルなジャズ・ピアノで代表的なアルバムがあった、と。

そうそう、即、思い出したのが、ビル・エバンスの『Moon Beams』(写真左)。Herbie Mann『Nirvana』に続いて、自動車事故で急逝したScott LaFaroに代わって、Chuck Israelsがベーシストを担当した、Bill Evans (p) Chuck Israels (b) Paul Motian (d) のトリオでの初録音である。1962年6月の録音になる。

アルバム・ジャケットからも想像できる様に、このアルバムは、ビル・エバンスの叙情的でリリカルな面にフォーカスを当てた、企画型のアルバム。リバーサイド・レーベルのプロデューサー、オリン・キープニュースの慧眼のなせる技である。

冒頭の有名なエバンスのオリジナル「Re: Person I Knew」では、まだ、ハードタッチ中心なモードで、エバンス節を展開していて、これはこれで惚れ惚れと聴き耳を立ててしまうのだが、次の2曲目「Polka Dots and Moonbeams」が絶品中の絶品。叙情的でリリカルなエバンスのピアノが素晴らしく、途中、ハードなタッチで盛り上がる部分も実に自然で、エバンスの硬軟強弱は実に自然で、人工的な感じが全くしない。

続く「 I Fall in Love Too Easily」も絶品だ。というか、このアルバムの収録曲の全てが、エバンスの叙情的でリリカルな面を全面に押し出していて、見事な出来となっている。決して、叙情的でリリカルなピアノを、全編に渡って弾き続けているのでは無い。そこが、エバンスの優れたところ。

Evans_moonbeams

意図的にハードタッチでテクニカルな面もしっかりとタイミング良く展開し、そのハードタッチでテクニカルな面が、エバンスの叙情的でリリカルな面を強調する効果が出ている。エバンスの作戦勝ちである。このアルバムは、自然発生的に生まれたのではない。オリン・キープニュースの慧眼とエバンスのアレンジ力が一体となった、意図的に仕組まれた「企画型アルバム」の圧倒的な成功例である。

このアルバムで判るのは、Scott LaFaroに代わって、ベースを担当したChuck Israelsのベーシストとしての力量。とにかく上手い。そして、エバンスのハードタッチでテクニカルな面に十分に対応し、もちろん、叙情的でリリカルな面にも、しっかりと対応している。

ビートと音のベースをしっかりと押さえるChuck Israelsのベースは、特に、エバンスのハードタッチでテクニカルな面のサポートに貢献度大である。この部分は、Scott LaFaroを凌駕するのでは、と僕は思う。

ビル・エバンスは、決して、叙情的でリリカルな音が特徴のピアニストではない。タイトでハードなタッチと計算されたアレンジ、そして、そのアレンジに応えるテクニカルな面が極めて優秀な、唯一無二なピアニストである。叙情的でリリカルな面は、エバンスの「オプション」に過ぎないと僕は思っている。

魅惑的なジャケットと相まって、実に良いアルバムです。休日の天気の良い昼下がりに、一人で小説でも読みながら、じっくり聴き耳を立てるのにピッタリの優秀盤です。そうそう、このジャケットの魅惑的な女性の横顔は、後に、1960年代ロックの世界で、ベルベット・アンダーグラウンドとのコラボで有名になる、モデルとして活躍していた、若かりし頃の「ニコ」の横顔とのこと。

さて、今日はとても寒い一日。朝もしんしんと冷え込んで、午後から晴れるという気象庁の予報も大外れ。一日中、どんよりとした鉛色の雲に覆われた、実に冬らしい、実に鬱陶しい一日でした。しかし、本当に寒い。今年は暖冬だなんて、誰が言ったんだ(笑)。
 
しんしんと 冷え込む夜の 淋しさや    
 
 
 
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2009年12月15日 (火曜日)

ゴンサロ第2弾『ロマンティック』

今朝は東風がやたら冷たい。空は鉛色の雲が、敷き詰めた絨毯の様に地平まで続いている。冬である。冬の風景である。いよいよ冬たけなわ。日の出も遅く、寒く陰鬱な日がしばらく続く。

雪雲の 絨毯敷いて 地平まで

今日は久々にゴンサロ・ルバルカバ(Gonzalo Rubalcaba)を聴く。ゴンサロの2枚目のリーダー作『Suite 4 y 20(邦題:ロマンティック)』(写真左)。邦題の如く、ゴンサロの叙情的でリリカルな面にフォーカスを当てたアルバムである。

デビュー作『Discovery: Live at Montreux』で、超絶技巧、光速パッセージなジャズ・ピアノを披露したゴンサロ(11月10日のブログ参照・左をクリック)。それはそれは、絵に描いた様な「超絶技巧」さで、超絶技巧、リリカルでメロディアス、そこはかとなくアーシーでワールドミュージック的な雰囲気が、次作を期待させた。

で、このリーダー第2作『Suite 4 y 20』は、打って変わって、叙情的でリリカルな演奏が中心のアルバムになっている。ただ、ところどころ「超絶技巧、光速パッセージ」そして、そこはかとなくアーシーでワールドミュージック的な雰囲気が見え隠れしているので、このリーダー第2作は、プロデューサーとの合意の中で作成した、一種「企画物」的なアルバムと思われる。

「企画物」的なアルバムとは言え、2曲目の「Transparence」、4曲目のビートルズもの「Here, There and Everywhere」など、ゴンサロのピアノは、実に叙情的でリリカル、実にロマンティシズム溢れる、美しいもので、これはこれで惚れ惚れする。それでも、「Here, There and Everywhere」などは、後半の展開で、超絶技巧でアグレッシブな盛り上がりがあって、やはり、ゴンサロはこれが本質なんだろうなあ、と妙に納得してしまう。

Suite_4y20_2

全編に渡って大雑把に言って、叙情的でリリカルな面が7割、超絶技巧でアグレッシブな面が3割な感じで、叙情的でリリカルな面が一般受けすることを狙ったのであろうが、叙情的でリリカルな面の存在が、かえって、ゴンサロの本質である、超絶技巧でアグレッシブ、リリカルでメロディアス、そこはかとなくアーシーでワールドミュージック的な雰囲気を効果的かつ魅力的に浮き立たせている。

これは、ゴンサロのアレンジの力量が優れていることにもよる。この『Suite 4 y 20』に収録されている曲は、どの曲も実に良くアレンジされている。ゴンサロのピアノのテクニックもさることながら、ゴンサロのアレンジ能力にも注目して欲しい。ゴンサロは単にジャズ・ピアニストに留まらず、優れたコンポーザー&アレンジャーとしての面も、このアルバムでは見え隠れしている。

ジャズ・ピアノの叙情的でリリカルな演奏には、優れたベーシストとドラマーの存在が必須であるが、このアルバムのベーシスト、ドラマーのバッキングは実に素晴らしい。異常に上手い。特に、アコースティック・ベースは尋常では無い。加えて、ドラムも凄い。

と思って、パーソネルを見ると、Gonzalo Rubalcaba (p), Reynaldo Melian (tp), Felipe Cabrera (el-b), Charlie Haden (ac-b), Julio Barreto (ds)。やっぱりね。アコースティック・ベースはチャーリー・ヘイデンでした。ドラムのフリオ・バレットは初めて聞く名前。ゴンサロがキューバから招聘したドラマーである。

オーバー・プロデュースのにおいがプンプンする、このリーダー第2作『Suite 4 y 20』ですが、オーバー・プロデュースなどで、個性が陰るゴンサロでは無かった。ところどころ「超絶技巧、光速パッセージ」そして、そこはかとなくアーシーでワールドミュージック的な雰囲気を思い切り表出して、あくまで、ゴンサロの個性が散りばめられた、ゴンサロ主導型のリーダーアルバムになっていることは、実に立派である。そして、次作『RAPSODIA』で、ゴンサロは大いに気を吐くことになるのだ。
 
 
 
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2009年12月14日 (月曜日)

なかなかのジャズ・ピアノである

昨日の夜半頃から雨が降り始めた、我が千葉県北西部地方。ええ〜っ、月曜日の朝から雨か〜、と思っていたら、朝には雨は上がっていた。ラッキ〜。雲が割れて、朝日が差し込んできて美しい。昨晩の雨のお陰で、適度な湿気が残っていて心地良い。しかも、あまり冷え込むことも無く、適度な寒さ。こんな月曜日の朝って、実に気持ちが良い。

晴れ晴れし 師走の朝の 雨上がり

さて、最近「おっ、これは!」と思ったジャズ・ピアノがある。その名は、Christian Sands(クリスチャン・サンズ)。1989年5月の生まれ、というから、今年20歳の若手精鋭である。デビューは弱冠12歳。2007年2月にはグラミー賞受賞式でも演奏したという早熟の天才。米国の若きピアニストの注目株である。

そのサンズの2009年の新譜を手に入れた。その名は『Furioso(フリオーソ)』(写真左)。サンズのピアノの特徴が良く判る、選曲も小粋、スタンダードとジャズメン・オリジナルが中心の好盤である。トランペットの名手、ランディー・ブレッカーとフルート&テナーのグレッグ・ハンディーが参加していて、この2人のホーンが、なかなか風情のあるソロで好演しているの嬉しい。

実に聴き応えのあるハードバップな作品であるが、冒頭のBilly Taylorの作なる「Abiento」の美しい旋律とピアノの音色、そして、ジャジーで品の良いビートを聴くと、70年代のフュージョンからスムース・ジャズを経験した、現代のハードバップでないと出せない雰囲気がある。
 
  
Cs_furioso
 
 
サンズのピアノは、若さとテクニックにまかせて弾き倒すことは全く無く、じっくりと腰を据えて、音の「間」とピアノの「響き」を活かした、音に「ため」と「余裕」のあるインプロビゼーションを繰り広げていて「立派」。とても、20歳のピアノとは思えない、落ち着きと閃きがある。このサンズのピアノは、今まで、ありそうでなかった、独特の個性である。

その個性はスタンダードでより煌めく。2曲目の「On Green Dolphin Street」、5曲目の「Autumn In New York」、6曲目の「My Funny Valentine」など、その演奏とアレンジに感じ入った。特に「Autumn In New York」での、サンズのアレンジ・センスの良さを感じさせる崩し方には「まいった」。そして、僕の大好きなスタンダード「On Green Dolphin Street」では、サンズのピアノの音の「間」と「響き」が美しい。絶品の「On Green Dolphin Street」である。

そして、Miles Davisの作なる「Four」が絶品。この曲はピアノ・トリオのみでの演奏。マイルスのハードバッパーで理知的でファンキーな演奏イメージとは打って変わって、ピアノの音の「間」と「響き」を活かした、ミディアム・テンポの演奏で、実に美しい響きの、含蓄あるアーティスティックな楽曲に変わった。実にセンスあるアレンジと演奏アプローチである。サンズの才能を感じる。

また、サイドメンである、ランディー・ブレッカーとグレッグ・ハンディーも好演。Bobby Hutchersonの作なる、4曲目の「Little B's Poem」では、ランディーのトランペットとグレッグのフルートが活き活きと清々しいブロウを展開して、伴奏に回ったサンズのピアノを逆に引き立てる。このアルバムでのランディーのトランペットとグレッグのテナー&フルートは要所要所で良いアクセントになっていて、この2人の参加も、このアルバムの聴き所となっている。

良いアルバムです。弱冠20歳ではありますが、米国の若きピアニストの注目株の一人でしょう。なかなかのジャズ・ピアノです。まだまだ余裕もあり、これからが楽しみです。暫く注目すべき、要注目ピアニストです。とにかく、サンズの音の「間」と「響き」を活かした、音に「ため」と「余裕」のあるピアノには、いや〜「まいった」である。
 
 
 
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2009年12月13日 (日曜日)

『Let It Be』のリマスターCD

昨日は予想以上に暖かな一日だった。今日は、昨日より5度ほど気温は低くなるとはいえ、まだ12度辺りと、12月中旬にしては、ちょっと暖か。やはり今年は暖冬か、と思いきや、週間予報を見ると、今週はかなり冷え込むらしい。最高気温予想は一桁台。嫌やなあ。寒いのは大嫌い。冬眠したい位だ(笑)。

時雨去り 地平の向こう 白き富士    

さて、今日は日曜日、日曜日恒例のBeatlesのリマスターCD特集。今日は『Mono Masters』の「DISC TWO」の予定を変更して、『Let It Be』の話題を... 。

『Let It Be』(写真左)は、ファンの方々は既にご存じ、1969年初頭に実施された、通称「ゲット・バック・セッション」で録音された音源を元に、ドキュメンタリー映画『Let It Be』のサントラをも兼ねて、1970年5月に発表されたビートルズのラスト・アルバムですね。

録音順からすると、『Abbey Road』の方が録音時期としては後になるので、 『Abbey Road』を実質的なラスト・アルバムとするのがファンの間では一般的になっていますが、この『Let It Be』は、全編に渡る、いい加減で投げやりで、ちょっと陰鬱で退廃的な雰囲気が、ちょうど「ビートルズの終わり」を強く感じさせるので、この『Let It Be』の方が、ラスト・アルバムという感じがします。

僕が生まれて初めて聴いたビートルズのアルバムは、この『Let It Be』でした。ちょうど中学2年生の秋かな。金持ちの友人の家で聴かせてもらいました。ちなみに、その友人のステレオセットは、4チャンネル仕様でした(判るかな?・笑)。

で、初めて聴いたビートルズのアルバム『Let It Be』ですが、一通り聴いて「なんて暗くて、いい加減なアルバムなんだ」と思いました。ロックって、こんなにいい加減な演奏でええんやなあ、と不思議な納得感がありました。当時、僕はバリバリのクラシック少年でしたからねえ(笑)。

Let_it_be_8

特に、この『Let It Be』の全体に流れる、ちょっと陰鬱で退廃的な雰囲気には閉口しました。どう聴いても演奏している4人は楽しんで演奏していない。ところどころ中途半端に挿入される録音時の会話などでは笑い声も上がっていますが、無理して装っている感じがして、どうしても好きになれない。

大学時代になってやっと「どうもこれは、プロデューサーのフィル・スペクターの仕業やな」と思うようになりました。如何に「ゲット・バック・セッション」で色々問題があったにせよ、『Let It Be』に収録されている演奏は、かなりの数がラフでいい加減、アレンジも首を捻る楽曲が多く、どう考えても、Beatlesの4人の仕業と思えず、彼らがこのアルバムについて、リリースをOKしたとも思えませんでした。

まあ、そのことについては、後に、Beatles の4人それぞれのコメントや関係者の証言等によって、明らかにされていく訳ですが、とにかく、僕は、この『Let It Be』の内容は、全編に渡って好きではありません。サウンド・トラックを強調するように、適当に「録音時の会話」を挿入していることや、仰々しい、デコレーションが過ぎる弦のアレンジなど、このアルバムのプロデューサーの能力と感性を全面的に否定したくなるような内容で、今でも好きになれない内容です。

さて、今回のリマスターCDでも『Let It Be』については、格段に音は良くなっています。特に、ポールのベースの音とリンゴのドラムの音が、より生々しく全面に出てきており、非常にビートの効いた『Let It Be』になっています。

ステレオ盤リマスター全般に感じる、音のエッジの「心地良い円滑さ」も、この『Let It Be』でしっかりと実現されています。『Let It Be』については、今回のリマスターCDが一番です。薄い膜をはぎ取ったように、以前のCDに比べて、音の見通しが良くなっており、特に、バックの弦の音の分離が良く、スペクターの弦のアレンジの詳細が良くわかるようになりました。

逆に、今回のリマスターCDの音が素晴らしいだけ、このアルバムの問題点、例えば、適当な「録音時の会話」の挿入や、仰々しい、デコレーションが過ぎる弦のアレンジなど、スペクターのプロデュースの問題点が露わになっています。う〜ん、痛し痒しですね。
 
 
 
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2009年12月12日 (土曜日)

風『ファースト』は瑞々しい

昨晩遅く、寝る前に家の窓から外を見ると、かなり強く冷たい雨風。心から「今晩、忘年会が無くて良かった〜」。あんなに冷たい風雨の中、酔っぱらいながら帰宅するなんて、考えたくもない。凍えてしまう。今日は朝から、打って変わって長閑な一日。薄日がさして、気温もそこそこ上がり、昨晩の雨のお陰で適度な湿度があって、なんだか早春の雰囲気。

長閑な日 一息ついて 師走かな   

さて、このところ、70年代Jポップの名盤をちょいちょい、ジャズの合間に引きずり出して聴き直すのが、マイ・ブームである。今日は、11月23日のブログ(左をクリック)で採り上げた、伊勢正三と大久保一久のデュオ「風」のファーストアルバムである。

「風」と言えば、かぐや姫の伊勢正三と、猫の大久保一久が1975年に結成したフォーク・デュオ。1970年代のJポップを彩る「名フォーク・デュオ」のひとつである。その「風」が、1975年6月にりりーすしたのが『ファーストアルバム』(写真左)である。編曲は、瀬尾一三、石川鷹彦、松任谷正隆が分担して担当。バックの演奏は「ティンパンアレイ」がサポートしている。

「風」は、かぐや姫時代の正やんの名曲「22才の別れ」でデビューしているが、この『ファーストアルバム』への収録は頑なに拒んでいる。伊勢正三のアーティストとしての意地が心地良いエピソードである。その「意地」も当然で、この『ファーストアルバム』には、「22才の別れ」と同等、若しくはそれ以上の伊勢正三自作の佳作がズラリと並んでいる。

Kaze_first

あの名曲「なごり雪」の姉妹曲の様な、かぐや姫時代からの恋愛浪漫路線を引き継ぐ「海岸通り」「あいつ」は、シンプルでポップ、滑らかで叙情的。ダンディズム硬派路線の「はずれくじ」「男は明日はくためだけの靴を磨く」は、これまた名曲。70年代フォーク・ロックの名曲だろう。そして、ベッタベタのラブソング(笑)の「お前だけが」。聴いていると気恥ずかしくなるほどのラブソングである(笑)。

大久保一久、愛称「久保やん」も負けてはいない。アルバムの冒頭「ダンシングドール」は良い。「風」のアルバム冒頭の飾るに相応しい、実に「風」らしい楽曲である。久保やんのボーカルは、はっきり言って上手く無い。でも、それを凌駕して余りある、当時にして、実に斬新な雰囲気のする楽曲である。この米国西海岸的な作曲センスは、正やんの上を行く。6曲目の「ロンリネス」は、ティンパンアレイのバックを得て、秀逸なバラード曲として成立している。

ちょっと中だるみになる部分もありますが、それはファーストアルバム故に、練り込み不足なのは仕方がない。全体的に、1975年当時、この「風」のファーストアルバムはその内容が先進的だった。従来のフォーク・ソングの世界をはみ出して、ポップ・ソング、フォーク・ロックへ進化し始めた、音楽的にポジティブな希望を感じさせるに相応しい内容になっている。

このアルバムは「風」のアルバムの中でも、ギター2本でアレンジし易い曲が多く、高校〜大学時代、コピーしまくりました。特に、ダンディズム硬派路線が大好きで、はずれくじ」「男は明日はくためだけの靴を磨く」は今でも得意曲。それから、実は恋愛浪漫路線も大好きで、「海岸通り」「あいつ」は、同世代でいくカラオケでの十八番です。弾き語りもできるよ〜(笑)。
 
 
 
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2009年12月11日 (金曜日)

第2期RTF・Polydor3部作完結

朝から、シトシト冷たい雨。午後から徐々に雨足が強くなり、夜、帰宅時には結構強い雨に。しかも、結構、冷え込んで、体に吹き付ける風がかなり冷たい。う〜寒い〜。

氷雨来て 家族団らん 鍋の夜   

さて、今日の話題は、第2期Return To Forever(RTF)の第3作目。第1作『Hymn of the Seventh Galaxy』、第2作『Where Have I Known You Before』、そして、この3作目『No Mystery』(写真左)を併せて、僕は第2期RTF・3部作と呼んでいる。

この3作目『No Mystery』は、1976年のリリース。Chick Corea (p,el-p), Stanley Clarke (b), Lenny White (ds), Al Di Meola (g) のメンバーになって2作目。メンバーの結束も固く、関係も良好。超絶技巧な演奏を軸に、実にこなれた、ハードな「フュージョン・ジャズ」を展開している。しかし、面白いのは、双頭リーダーの、チック、クラーク、それぞれが異なる方向の音楽的志向になってきていること。

1曲目「Dayride」から「Jungle Waterfall」「Flight of the Newborn」「Sofistifunk」までの4曲は、バリバリのファンク・フュージョン。フリー+ファンクの洪水である。ベースのクラークは、もうノリノリ。ブンブン弾きまくる。ドラムのレニーも、結構、余裕で叩きまくる。でもなあ。チックのファンク・キーボードは上手いんだけど、なんか違和感があるし、ディ・メオラのファンク・ギターは、ファンクのビートに演奏が規制されて、なんとなく窮屈そうだ。
 

No_mystery

 
逆に、5曲目の「Excerpt from the First Movement of Heavy Metal」「No Mystery」「Interplay」「Celebration Suite, Pt. 1」「Celebration Suite, Pt. 2」の5曲は、スパニッシュ・フレーズがそこかしこに散りばめられた、チック独特の世界が展開されている。当然、チックは、チック独特のフレーズを弾きまくる。キーボードのどこの旋律を切り取っても、どれもが「チックの音」。

そして、ディ・メオラは、バカテク・ギターを伸び伸びと弾きまくる。しかし、クラークのベースは、ちょっと奥に引っ込んだ感じで、目立たない感じ。ドラムのレニーは両刀使い。これまた、結構、喜々として叩きまくっている。

第2期RTFもいよいよ、チックとクラークの音楽性が、はっきりと二分されつつあり、グループ・サウンズとして、先が見えてきたかなあ、という感じのアルバムです。とにかく、ファンク・フュージョンを演奏するチックとディ・メオラは違和感がある。いやいや、テクニック抜群の二人なんで、バッチリとファンク・フュージョンを演奏しているんですよ。でも、なんか窮屈そうというか、乗り切りれていないという感じがします。

この『No Mystery』は、チックとクラークの音楽性が、はっきりと二分されつつあるとは言え、アルバムの内容は上々です。当時、最先端のフュージョン・ジャズだと思います。そして、このアルバムの後、Columbiaに移籍し、あの最高傑作の誉れ高い『Romantic Warrior』を世に出すことになります。そのお話しはまた後日・・・。  
 
 
 
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2009年12月10日 (木曜日)

グッと来る西海岸ロック・ライブ

いよいよ世間には、クリスマスの雰囲気が蔓延している。何故ここまで、クリスマスに拘るのか判らないが、本当に日本って不思議な国だ。本当に不思議な国民性をしている。

子供らの 期待一身 クリスマス   

さて、昔々、時はLPの時代、そう、高校時代からずっと今まで、その時その時の予算が許す限り、アルバムを手に入れてきた。友達の感想や雑誌の評論、はたまたレコード屋での見た雰囲気、その時々の判断で、アルバムを手に入れてきた。

面白いのは、ほんのたまにではあるが、アルバムの面構えが、なんだか不思議と強く気に入って、購入にいたることがある。そんなアルバムって、絶対に「当たり」なのだ。そんな「一目惚れ」のアルバムに一枚が、Stephen Stills(スティーヴン・スティルス)の『Live』(写真左)。1974年の録音、1975年11月のリリース。

バッファロー・スプリングフィールド~クロスビー,スティルス,ナッシュ&ヤング~マナサスといったグループでの活動により、米国西海岸ロック史にその名を刻む「スティーヴン・スティルス」。そのスティルスの優秀ライブである。LPでいうA面は「エレクトリック・サイド」と、B面は「一人弾き語りのアコースティック・サイド」を収録したライブ作品。

ジャケット・デザインを見ていただきたいのが、何の変哲もない、かなり手抜きのジャケットなんだが、これが、高校3年の時、レコード屋で見た時に「これは!」と思った。高校3年当時は、プログレ小僧から、米国南部のサザンロック、スワンプ、そして、アメリカン・ルーツ・ロック、加えて、西海岸ロックと、米国南部と西部のロックにドップリ浸かっていた頃である。

Stephen_stills_life

何の変哲もない、かなり手抜きのジャケットなんだが、何故か心に響いた。こういう時は絶対にゲットである。即購入である(笑)。そして、家に帰って、速攻でステレオで聴く。と、これが凄く良い。冒頭出だしの重厚な迫力ある音だけで、もう興奮度満点。スティルスの代表曲「Wooden Ships」である。クロスビー,スティルス&ナッシュの組合せでも歌っているが、その時は、ちょっと繊細な端正でアコースティックなものだった。が、このライブでは重厚なロック的雰囲気バリバリの、実に硬派な米国西海岸ロックである。

A面は「エレクトリック・サイド」のハイライト、3曲目の「Jet Set (Sigh) 〜 Rocky Mountain Way 〜 Jet Set (Sigh)」の変則メドレーなんぞは、その重厚な迫力溢れる、凄くファンキーな名演である。ファンキーとはいえ、そこは米国西海岸ロック。俗っぽくなく、あくまで爽やかに、あくまで硬派なファンキーを端正に奏でていく。西海岸ロックならではの重厚ファンキーに、もう聴く耳はノリノリである。自然と体が揺れる。

B面は「一人弾き語りのアコースティック・サイド」も負けてはいない。6曲目の「Crossroads 〜 You Can't Catch Me」などは圧巻。とにかくアコギが上手いのなんのって。聴いていて口がアングリ開いてしまう位のハイテクニック。とにかく上手い。凄い。疾走感溢れ、心地良いテンション。聴いている者の全てを圧倒する、迫力ある名演。

良いライブ盤です。というか、これって名盤でしょう。とりわけ、米国西海岸ロックの名盤だと思います。でも、ロックのアルバム紹介本や雑誌の特集などで、このアルバムの紹介を見たことがありません。でも、ほんまにええ内容なんですよ。ジャケット・デザインに騙されてはいけません。70年代ロックファンの方々に一度聴いて欲しいライブ名盤です。
 
 
 
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2009年12月 9日 (水曜日)

隠れ名盤がざっくざく・・・

冬である。朝から、どんより鉛色の空。その鉛色が冬独特の鉛色。風は北風、冷たい北風。時は師走、いよいよ冬たけなわである。これだけ冷えてくると、熱燗が恋しくなる。焼酎のお湯割りが恋しくなる(笑)。

帰路急ぐ 熱燗恋し 冬の月     

さて、ジャズの世界は奥が深い。ふと、そのジャケット・デザインが魅力的で、レコード屋で目にとまったアルバムが、実はなかなかの内容の隠れ名盤だったりする。ジャズの名盤、佳作の類って、何も、ジャズ入門本やアルバム紹介本に挙がったアルバムだけが、全てでは無い。

そんなアルバムの一枚が、Art Farmerの『Isis』(写真左)。パーソネルは、Enrico Pieranunzi (p), Art Farmer (flh), Massimo Urbani (as), Furio Di Castri (b), Roberto Gatto (ds)。1980年12月、ローマでの録音。

ローマでの録音と聴くと、そう言われて改めてパーソネルを見わたすと、そうかそうか、Enrico Pieranunzi (p), Massimo Urbani (as), Furio Di Castri (b), Roberto Gatto (ds)のアルト・サックス+ピアノ・トリオのリズムセクションはイタリア・ジャズの中核メンバー。

このアルバムのジャケット・デザインが実に印象的。童話の挿絵風の、どう考えてもジャズには相応しくない、とても優しいデザイン、とても優しいイラスト。でも、このジャケット・デザインが実に印象に残る。今回、CDを漁っていて、この印象的なジャケット・デザインに出くわして、遙か昔、このアルバムの音を初めて聴いたことを思いだした。

学生時代、このアルバムをレコード屋で手にしたことがある。でも、その時は、なんとなく童話の挿絵風のジャケット・デザインがジャズのイメージ合わなくて、購入を躊躇った。後ろ髪を引かれる思いでレコード屋を離れた。

そして、夕暮れ時、例の大学近くの「秘密の喫茶店」に行くと、なんと、このアルバムがかかった。冒頭「Isis」の出だしのフリューゲル・ホーンとアルト・サックスのハーモニーを聴くだけで、もうそこはハードバップの世界。しかし、音は古くない。切れ味良く、スピード感が溢れている。
 

Farmer_isis

 
ファンキーな雰囲気が全開なんですが、音の響きは洗練されていて、決して、1950年代後半から1960年代前半のファンキー・ジャズ全盛期、ハードバップ全盛期の、その時代の音ではない。1980年のその時点のハードバップ・ジャズの最先端に近い音。

「秘密の喫茶店」の若き妙齢のママが言った。「良いでしょう、この雰囲気。イタリアン・ジャズらしいですよ」。Enrico Pieranunzi の名前だけは、ジャズ雑誌で知っていた。でも、音は聴いたことが無い。「綺麗なピアノの音ですね」と言うだけが精一杯だった。今から振り返ると、この時が、ヨーロピアン・ジャズに初めて出会った時だった。なんとなく童話の挿絵風のジャケット・デザインが、やけに印象的だった。

確かに、米国のハードバップ・ジャズの雰囲気とは違う。米国のハードバップ・ジャズは黒い。米国のハードバップ・ジャズは黒いファンキー。このアルバムは違う。洗練された、クリスタルなファンキーっぽさが、実にヨーロピアン・ジャズらしい。

エンリコがアート・ファーマーと組んだ、エンリコ初期の傑作アルバムといって良いだろう。3曲にイタリア最高のアルト・サックス奏者、マッシモ・ウルバーニが参加していることも価値を高めている。僕もこのアルバムで初めて、マッシモ・ウルバーニの名前とその演奏を体験した。しっかりとアルト・サックスを鳴らし切り、エモーショナル溢れる演奏は注目に値する。

アート・ファーマーのフリューゲル・ホーンも、暖かな音色をベースにエモーショナルなインプロビゼーションを展開していて見事である。どの演奏もポジティブでアクティブ。柔らかな、なんとなく童話の挿絵風のジャケット・デザインからは想像出来ない、1980年当時、最先端のハードバップなジャズ演奏がこのアルバムにギッシリと詰まっている。

良いアルバムです。タイトル『Isis』 とは,ライナーによるとエジプトに伝わる「月の神」という意味だそうです。確かに、このアルバム、日中聴くよりは、日が沈んだ後、夜のしじまの中で聴く方が、しっくりくる落ち着きと端正さが素敵な「隠れ名盤」だと思います。
 
 
 
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2009年12月 8日 (火曜日)

今年もJohnの命日がやってきた

また、今年もJohn Lennon の命日がやってきた。あれは、もう今から29年も前のことになる。

今でもハッキリと覚えている。米国東部時間で「1980年12月8日23時07分」。ジョンの死亡が確認された。享年40歳。米国東部時間だから、日本とは14時間の時差がある。日本時間では、1980年12月9日13時07分だった。

1980年12月8日22時50分(米国東部時間)、スタジオ作業を終えて、ジョンの乗ったリムジンがアパートの前に到着、ジョンが車から降りる。犯人のマーク・チャップマンは「ミスター・レノン?」と呼び止めると、銃を手に取り前に進み、両手で構え5発を発射した。4発がレノンの胸、背中、腕に命中、レノンは「撃たれた」と2度叫び、アパートの入り口に数歩進んで倒れた。

撃たれたのが、日本時間で、1980年12月9日の12時50分である。「ジョンが狙撃された」というニュースは、速報という形で、学生生協のラジオで聞いた。聞いた時は「ジョンが撃たれた」ってことが信じられずに、「そんなことないやろ」と勝手に思いこみ、「悪い冗談だ」とも思った。逆に「ジョンは撃たれても、きっと回復して戻ってくる」となぜか堅く信じこんでいた。しかし、既にこの頃、ジョンは瀕死の状態だった訳である。

なぜか「ジョンは絶対に死なない」と思った。が、彼は帰らぬ人となった。彼の何が悪かったというのか。命と引き替えるほどのことがジョンにあったのか。そして、なぜジョンだったのか。今でも、あの日に感じた無念は心にしっかりと残っている。

John_glass


Our life together is so precious together
We have grown, we have grown
Although our love is still special
Let's take a chance and fly away somewhere alone

It's been too long since we took the time
No-one's to blame, I know time flies so quickly
But when I see you darling
It's like we both are falling in love again
It'll be just like starting over, starting over

「(Just Like) Starting Over」 Written by John Lennon


この「(Just Like) Starting Over」を唄いながら、ジョンは逝った。主夫となって以来、5年ぶりに復帰。「でも君を見ていると、また恋をはじめられそうだ。そう、また「振り出しから」って感じでね」と唄いながら、ジョンは逝った。今でもこの歌を聴くのは辛い。今でもこの歌を聴くのは痛い。でも、この曲は希望の曲。辛さ、痛みを超えて、この曲は永遠の名曲として、僕の心の中に常にある。

また、今年もJohn Lennon の命日がやってきた。あれは、もう今から29年も前のことになる。
 
 
 
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2009年12月 7日 (月曜日)

第2期RTFの傑作じゃ〜

寒いぞ〜。冷たい北風がピューピュー吹いて、いやはや冬らしい帰り道である。今日は一日快晴の素晴らしい日和かと思ったが、天気予報通り、風が冷たく、ちょっとばかし強く吹いて、嫌でも師走を感じる。
 
木枯らしに 追われて走る 子猫かな     

さて、第2期RTF(Return To Forever)を順番に聴き直している。今日は、第2期RTFの2作目『Where Have I Known You Before』(写真左)。邦題は「銀河の輝映」(なんだかなあ)。ギターが、ビル・コナーズに代わって、アル・ディ・メオラにチェンジしたRTFの74年の作品。

これがまあ、凄い内容ですわ(笑)。フュージョンと言っても、後にスムース・ジャズと呼ばれる様な、ムード優先の、ちょっと軟派なフュージョン・ジャズでは無くて、ガッチリと硬派で超絶技巧なフュージョン・ジャズ。超絶技巧ながら、音楽性豊か、キャッチャーな旋律が満載。非常に聴き応えのある、硬派フュージョン・ジャズの傑作である。

ロック・ギター的雰囲気のビル・コナーズから、正統派フュージョン・ジャズ・ギタリストのアル・ディ・メオラに代わったおかげで、超絶技巧プログレ的な演奏からガラリと変わって、ロック色の強いポップな演奏が、アル・ディ・メオラの正統派フュージョン・ギターによってより洗練され、これぞ、硬派フュージョン・ジャズっていう演奏に昇華されている。見事である。しかも、アル・ディ・メオラは、当時20歳。なんと恐ろしいことか(笑)。
 

Where_have_i

 
第2期RTFの2作目だけあって、スタンリー・クラークのベースとレニー・ホワイトのドラム、共に充実したリズム・セクションに仕上がっている。特に、叩きまくるレニー・ホワイトのグルーブ感は素晴らしい。そして、スタンリー・クラークのベースも、大向こう張って前に出しゃばるのでは無く、バックに回って、しっかりとファンキーなビートを押さえており、このアルバムにジャジーでファンキーな雰囲気を供給している。スタンリー・クラークのベースが、このアルバムをジャズたらしめている。見事である。

そして、チック・コリア(Chick Corea)御大のキーボードは、それはそれは見事なもの。シンセサイザーの使い方、テクニック、共に最高である。とにかく上手い。とにかく超絶技巧。これだけ、シンセを弾きこなせるジャズ・キーボーダーはいないだろう。ジョー・ザビヌルもハービー・ハンコックも、もはや敵では無い(笑)。そして、アコースティック・ピアノの音色も美しい。ジャズ界最高のマルチ・キーボーダーの面目躍如である。見事である。

特に、ラストの演奏時間14分25秒の大曲「Song to the Pharoah Kings」は、聴いていて「仰け反るほど」に素晴らしい。アル・ディ・メオラの超絶技巧エレキギターが炸裂し、チック・コリアのシンセが唸りを上げる。スタンリー・クラークのベースはビンビンにビートを繰り出し、レニー・ホワイトはグルーブ感を振り撒きながら叩きまくる。ジャズの世界って凄い。このアルバムを初めて聴いた時、もうプログレッシブ・ロックには戻れない、と思った。

この第2期RTFの2作目『Where Have I Known You Before』は傑作である。アグレッシブなパワー、シャープでスピーディーな展開、超絶技巧なテクニカルさが全編に溢れていて、第2期RTFの音楽性、ここに完成、である。
 
 
 
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2009年12月 6日 (日曜日)

Beatles / Mono Masters・1

昨日の夕方からの雨も上がって、今日は清々しい朝。そして、日中は、なかなかに暖かな日。12月の声を聞いてはいるが、今日の様な小春日和は大歓迎。なんせ、僕は寒いのが大の苦手。

帰路急ぐ 炬燵恋しや 火の用心     

さて、今日は日曜日、日曜日恒例のBeatlesのリマスターCD特集、今日は『Mono Masters』(写真左)である。『Mono Masters』の「DISC ONE」について語りたい。

この『Mono Masters』の存在は、今回のビートルズ・リマスターのMONO Box盤の一番の目玉かも知れない。既発売の『PAST MASTERS』をベースに、この『Mono Masters』の「DISC ONE」は、6曲目の「I Want to Hold Your Hand」と7曲目の「This Boy」、そして10曲目「 Long Tall Sally」以降、ラストの「I'm Down」まで、全て、モノラル・ミックスのリマスターがズラリ。

前にも書いたが、ビートルズの活動時期は1960年代。当時の一般での音楽再生装置はモノラルが前提。ステレオはまだまだ一般的では無く、録音方式・ノウハウも成熟していなかった。当然、アルバム収録の曲は、モノラルで聴かれることを前提に録音され、編集されていた。つまり、モノラル盤が最優先、ステレオ盤はオマケ的な位置付けだった。

特に、シングル・カットされた曲、もしくはシングル前提で録音された曲は特にその傾向が強い。シングルでリリースされた、ビートルズの楽曲は、特に「赤の時代」では、音の厚み、音の密度、音の迫力など、聴感上の雰囲気は、モノラル・ミックスの方が圧倒的に良い。なんていうのかなあ、モノラル・ミックスの方が、当時のビートルズの勢いと革新性を感じるのだ。

Beatles_mono_masters

「音の収斂、融合」を地で行く、音の立方体の塊が耳に飛び込んでくる様な迫力。モノラル・ミックスの良さがビンビンに伝わってくる。特に、7曲目の「This Boy」のモノラル・ミックスなどは絶品。10曲目の「Long Tall Sally」もロックンロールならではの勢いの良さは、モノラル・ミックスの方に軍配が上がる。

しかしながら、「I Feel Fine」「Bad Boy」は互角。曲によっては、ステレオ・ミックスの健闘も光る。が、やはり、当時の主流はモノラル。ステレオ盤対モノラル盤については、モノラル盤に軍配を上げざるを得ない。しかも、既発売の『PAST MASTERS』で、既にモノラル・ミックスでリリースされていた楽曲も、今回のリマスターの『Mono Masters』の音の方が、音のエッジの刺々しさが無くなって、モノラル・ミックスらしい、心地良くマイルドな、丸みを帯びた暖かい音になっている。

今回のビートルズ・リマスターのMONO Box盤に同梱されている『Mono Masters』は、聴き所満載である。今回のビートルズ・リマスターのMONO Box盤の一番の目玉である。この『Mono Masters』でしか、聴くことの出来ないモノラル・ミックスは実に貴重である。実は、特にこの『Mono Masters』の「DISC TWO」に、その貴重なモノラル・ミックスが収録されているのだが、そのお話しはまた来週の日曜日に・・・。

ビートルズはモノラル・ミックスを聴かなければならない、と昔から言うが、本当にそう思う。そういう意味で、今回、思い切って、リマスターのMONO Box盤を手に入れて良かった。このリマスターのMONO Box盤を手に入れて、モノラル・ミックスのビートルズを聴くことが無ければ、ビートルズを誤解したまま、あの世へ行くところであった(笑)。
 
 
 
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2009年12月 5日 (土曜日)

第2期Return to Forever の船出

やっとこさの土曜日。今週は、先週の新型インフル感染が癒えての「社会復帰」の週だったんだが、これがまた「なんで」という位、忙しかった。まあ、この歳になると、体力的に忙しいのでは無く、知力的に忙しいので、帰宅が深夜に及ぶなんてことは無いんだが、それにしても疲れた。

帰り来る 足下照らす 冬の月  

さて、僕はチック・コリアの大ファンである。よって、彼の千変万化な音楽性の全てが許容できる。アコースティックもエレクトリックもOK。特に彼のエレクトリック・キーボードのテクニックとセンスについては、ジャズ界一だと思っている。

そんなエレクトリックなチックを初めて体験したアルバムが、第2期Return to Forever の第1作『Hymn of the Seventh Galaxy』(写真左)。邦題は『第7銀河の讃歌』(直訳やん・笑)。1973年8月レコードプラネットで録音。パーソネルは、Chick Corea (key, p, org), Bill Connors (g), Stanley Clarke (b), Lenny White (ds, per)。

そう、この時は、まだギターがディメオラではなく、ビル・コナーズである。第1期Return to Forever は硬派な楽園的フュージョン・ジャズ中心だったのだが、この第2期Return to Forever は、徹頭徹尾、ハード・フュージョン・ジャズ。とにかく、ハードである。ただ、旋律はキャッチャーでメロディアスなものが中心なので、ハードな演奏でありながら、聴き辛いものではない。70年代ロックで言うと、プログレ、例えばイエスとかクリムゾン、ELPの演奏が聴けるのならば、全く問題の無いハードさである。

第2期Return to Forever の中で、この『Hymn of the Seventh Galaxy』だけが独特の音の響きを持っているのだが、それは、「くすんだ音でちょっとラフな調子」というビル・コナーズのギターが主な理由くすんだような音が印象的なギターが実に個性的。そして、早いパッセージを弾く時、ビートを崩すというかラフな弾き回しになるんだが、これは彼がロック畑出身ということから来るのだろう (当初ロック畑のスタジオ・ミュージシャンとして働いてきた経緯がある)。というか、わざとロックっぽく弾いている雰囲気がある。
 

Hymn_seventh_galaxy

 
主役のチック・コリアのエレクトリック・キーボードについては、申し分無い。というか、これほどまでに、エレクトリック・キーボードを弾きこなせるミュージシャンはいないと思う。それぞれのキーボードに精通し、それぞれのキーボードの個性をしっかり踏まえた使い方については素晴らしい限り。キーボードを趣味にする方でしたら、この辺のところを十分に理解いただけるかと・・・。

もう一つ、チックの凄いところは、このアルバムに収録されている自作曲の出来の良さ。旋律はキャッチャーで、ロマンティックでメロディアス。スパニッシュ・フレーバーが隠し味。この様な「印象的な旋律」を持った曲を中心にこのアルバムが構成されているので、このアルバムは、とても聴きやすく親しみ易く、アレンジも良く考えられており、聴いていて「ノリ易い」。この辺りが、同時代、トニー・ウィリアムス率いたエレクトリック・ジャズバンド「ライフタイム」との違いだろう。

スタンリー・クラークのベースはブンブン唸りを上げ、レニー・ホワイトのドラミングは重爆撃機の様に、ドドドドドと重低音ベースを供給する。この超重量級のビート&リズムも、この第2期Return to Forever の特徴。あの千変万化のチックの重力級キーボードと、ビル・コナーズの重量級エレキギターを相手にするには、これくらいの「超重量級」リズムセクションで迎え撃たないと、バンド演奏全体のバランスが取れないだろう。

ギターがディメオラではなく、ビル・コナーズなので、なんとなく、第2期Return to Forever の諸作の中で、ちょっと評価が一段だけ低めのアルバムですが、どうしてどうして、収録された曲やグループサウンズ全体の雰囲気など、アルバムを総合的に見渡すと、なかなかに平均的の高いアルバムだと思います。ハードな演奏ではあるが、収録されている演奏の根幹をなす旋律は「キャッチャーでメロディアス」なものが中心という部分が高評価ポイントです。

でも、初めて聴いた時は、このエレクトリック演奏のハードさとハイ・テクニックにビックリしました。当時、エレクトリック演奏のハードさとハイ・テクニックさについては、プログレの演奏が最高だと信じていたんですが、その想いは、このアルバムとの出会いによって、粉々になりました(笑)。ジャズの世界ってスゲ〜、と心から感じ入った瞬間でした。  
 
 
 
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2009年12月 3日 (木曜日)

ビル・エバンスの個性全開

朝から雨。朝はシトシトとそぼ降る雨。夜、帰宅時は強い雨。時は12月。冷たい雨。12月の雨は好きではない。

寒々と 帰宅も辛し 氷雨かな

ビル・エバンスは、ジャズ・ピアノ界一のスタイリストである。クラシックに影響を受けた印象主義的な和音の重ね方と独特な響き、ロマンティックでメロディアスな旋律、抑揚と陰影、強弱と緩急を柔軟に織り交ぜた、メリハリのあるリリカルなピアノ・タッチ。音と音との「間」の使い方が本当に美しい。

一聴したら、必ずそれと判るスタイルである。それまでのビ・バップのピアノとは全く異なるというか、完全に一線を画する、ハードバップ以降の主流となるジャズ・ピアノのスタイルの源である。ビ・パップのテクニック一辺倒のジャズ・ピアノを、クラシック・ピアノと同等のアーティステックな世界まで昇華させたのは、ビル・エバンスである。

そんなスタイル、個性の確立が確認できるアルバムが、ビル・エバンス2枚目のリーダー・アルバム『Everybody Digs Bill Evans』(写真左)。パーソネルは、Bill Evans (p), Sam Jones (b), Philly Joe Jones (ds)。1958年12月の録音である。

Everybody_digs_2

2曲目の「Young and Foolish」、3曲目の「Lucky to Be Me」、7曲目の「What Is There to Say?」などのバラード演奏は、それまでのビ・バップのピアノ・トリオでは絶対に聴けなかった演奏である。クラシック・ピアノと同等のアーティステックな世界がここにある。本当に素晴らしいピアノの響きである。本当に素晴らしいピアノの旋律である。

そのリリシズム溢れる、最高にアーティスティックな個性は、ソロ・ピアノのフォーマットで最大限に発揮される。3曲目「Lucky To Be Me」、5曲目「Epilogue」、7曲目「Peace Piece」は絶品である。このソロ・ピアノで、ビル・エバンスの個性は最大限に発揮される。それは、まだ、当時のジャズ界に、ビル・エバンスの個性の邪魔にならず、その個性を更に引き伸ばすような、ビート&リズムの供給を実現できるベーシストとドラマーが存在しなかったことに他ならない。

それでも、このアルバムでの、Sam Jones (b), Philly Joe Jones (ds)は健闘している。ビ・バップの影が残る演奏については、エバンスの強いタッチにピッタリのフィリー・ジョーのドラミングである。サム・ジョーンズのベースも堅実で基本リズムを決して崩さない。当時では、ビル・エバンスが一番やり易かったベース&ドラムではないだろうか。1曲目「Minority」、4曲目「Night and Day」など、実に聴いていて楽しい。大胆かつ繊細なエバンスのピアノは聴き応え十分。

音と音との「間」の使い方、モード的な旋律の展開の仕方、印象主義的な和音の重ね方。どれもが現代のジャズ・ピアノの基本になっている。ビル・エバンスは、ジャズ・ピアノの歴史の中で、最大のスタイリストである。
 
 
 
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2009年12月 2日 (水曜日)

モンクは隠れた佳作が多い

セロニアス・モンクは、リバーサイド・レーベルの一連のリーダー作が面白い。モンクの全盛期なだけに、跳んだり跳ねたり、どのアルバムをとっても、個性溢れるアルバムが多い。

モンクの名盤と呼ばれるアルバムも、このリバーサイド・レーベルの時代に偏っている。「Brilliant Corners」「Monk's Music」、ライブの「Thelonious in Action: Recorded at the Five Spot Cafe」「Misterioso」、そしてソロの「Thelonious Himself 」「Thelonious Alone in San Francisco」。どれもがリバーサイド時代の名盤である。

しかし、リバーサイド時代のアルバムには、ジャズ初心者向けの入門本や、モンクの代表盤には、ほとんと挙げられることは無いが、これがなかなかの佳作、良い出来のアルバム、聴いて楽しいアルバムが意外と多い。今回、久しぶりに聴いた『At the Blackhawk』(写真左)。このアルバムも、そんなアルバムの一枚。

1960年4月、サンフランシスコのブラックホークでのライブを収録したアルバム。西海岸ライブならではの乾いた音とリラックス雰囲気が実に芳しいライブ盤です。

興味をそそるのは、いつものレギュラー・カルテットのメンバーに、管をさらに2名加えているところ。ちなみに、パーソネルは、Joe Gordon (tp) Harold Land, Charlie Rouse (ts) Thelonious Monk (p) John Ore (b) Billy Higgins (ds) 。トランペットのジョー・ゴードンとテナーのハロルド・ランドがその2人(2管)。

ライナーによれば、西海岸のドラマーの第一人者シェリー・マンとモンクの共演作を作るつもりが中止になり、やむなく、ジョー・ゴードン、ハロルド・ランドの2人を加えてのライブ・レコーディングに切り替えた、ということ。
 

Tm_blackhawk

 
簡単にいうと、ブッキング・ミスによる偶然の組合せ、偶然の産物である。う〜ん、なんとジャズらしい(笑)。やむない偶然の組合せ、偶然の産物とは言いながら、この内容がなかなか良いから、ジャズって面白い。

ペットのゴードンは、ハイ・テクニックでは無いが、メロディアスで印象に残るフレーズが良い。う〜ん、どう聴いてもハイ・テクニックでは無いけど、ちょっとカクカクカクとスクエアなんだが、滑らかでジャズらしいメロディーのソロ・パフォーマンスが実に良い雰囲気を醸し出している。このペットの存在が、この『At the Blackhawk』の個性を形作っているといっても過言ではない。感覚的にではあるが、実にジャズらしいペットのフレーズである。

ハロルド・ランドのテナーは、西海岸的に乾いた男性的な逞しい音色を振りまきながら、モンクの個性に対しては、我関せず、とばかりにマイペースで吹き上げていく。この独特の、乾いた無頼な感じがランドの持ち味。その無頼な部分を、モンクの相棒、テナーのチャーリー・ラウズがしっかりとサポートし、しっかりとグループサウンズとしてまとめ上げていくことろが、これまた素晴らしい。モンクのライブとしては、モンクのレギュラー・カルテットの当時の実力を確実に理解するに格好な佳作です。

目立たないんですが、リズム・セクションのJohn Ore (b) Billy Higgins (ds)は、モンクの千変万化なリズムとフレーズに翻弄されながらも(ヒギンスなんか部分部分でヘロヘロになってますが・笑)、必死でビートとリズムを供給していて、実に健闘しています。このリズム隊の健闘が、モンクとフロントの3管、ラウズ、ランド、ゴードンにインプロビゼーションの自由を与えています。

ジャケットデザインも何の変哲も無い普通のデザインなんですが、これが意外にも、堅実にリズムを刻むベースとドラムの健闘の上に、モンクのピアノと3管が魅力的なインプロビゼーションを展開していて、単純に、聴いていて楽しいアルバムとなっています。 
 
 
 
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2009年12月 1日 (火曜日)

バイオリン・フュージョン

今日から12月。今日は仕事の都合で早起き。朝6時に起床。東の窓の外を見れば、真っ赤な朝焼け。日の出はまだ。日の出は6時21分。そう言えば、あと20日ほどで冬至である。

凛とした 初冬の朝に 背筋伸び    

おおよそ、クラシックで使用される楽器はジャズでも使用されている。バイオリン然り。でも、その数は少ない。有名どころでは、純ジャズの世界では、パッと浮かぶのが「ステファン・グラッペリ」、日本では「寺井尚子」、フュージョンの世界では「ジャン・リュック・ポンティ」。その数は少ないが、優れたテクニシャンが多い。

今日、聴いたのは、フュージョンにおけるバイオリン奏者の第一人者、ジャン・リュック・ポンティ(Jean-Luc Ponty)の『Imaginary Voyage』(写真左)。邦題は『桃源への旅立ち』。邦題については「なんだかなあ」なんだが、その内容は、実に楽しい、プログレッシブ・ジャズロックである。

ジャン・リュック・ポンティは、1942年フランス・ノルマンディ生まれ。幼いころからクラシック・ヴァイオリンの教育を受け、12歳でパリのある音楽賞を受けた位の天才。が、その後の音楽経歴は実に興味深く、マハビシュヌ・オーケストラに参加したり、フランク・ザッパと活動を共にしてロック、フュージョンの影響を受けるなど、実にユニーク。

僕が、ジャズを聴き始めて、初めて、バイオリン・ジャズを聴かせてくれたのが、この「ジャン・リュック・ポンティ」。この『Imaginary Voyage』は最初のお気に入りアルバムである。1976年のリリース。時は折しも、フュージョン全盛期。このアルバムの内容もコッテコテのフュージョンである。
 

Imaginary_voyage

 
でも、冒頭の2曲「New Country」「Gardens of Babylon」は、楽しく躍動的なアメリカン・ルーツ・ミュージックの響きがする。ジャンの奏でるバイオリンの音はまるで「フィドル」。C&Wを聴いているような、ウキウキわくわくな曲想が楽しい。メロディーもキャッチャー。バックのリズムセクションも、事も無げに変拍子を叩き出して、ジャンのバイオリンを盛り立てる。

そして、このアルバムをプログレッシブ・ジャズロックとする、つまりは、ジャズロックに「プログレッシブ」を冠する意味は、LPでB面全面を占めるオリジナルの大曲「Imaginary Voyage, Part 1〜Part 4」を聴けば判る。変拍子で畳み掛ける様にテクニックを駆使し、曲の展開は大仕掛けで大胆、シンセサイザーの音が効果的に駆け抜ける様は、まさにプログレッシブ・ロック。

元来のプログレッシブ・ロックには、翳りと湿り気、思想と思索が錯綜するが、この「Imaginary Voyage, Part 1〜Part 4」は、米国フュージョンらしく、カラッとしていて、あっけらかんとして明るい。楽観的なプログレッシブ・ロックとでも表現したら良いだろうか。

元々、フランク・ザッパ門下生だったと言う経歴からして、なんら不思議のない、この『Imaginary Voyage』の成果であるが、今の耳で聴いてもなかなか楽しく、ちょっと深く聴き耳を立てると、これはこれで、なかなかに興味深い。エレクトリック・バイオリンでのエフェクトを効かせたヘビーなサウンドは、まるでジミヘンのギターのようでもあり、その少し歪んでくすんだ音は、実に英国的。
 
歴史を揺るがすような名盤では無いが、時々、気分転換に聴きたくなる、ジャズ・フュージョンの佳作。実に楽しい、プログレッシブ・ジャズロックである。70年代プログレ・ファンの方々には、ちょっと楽観的なのが気になりますが、なかなかのお勧めでしょうか。
 
 
 
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