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2009年10月の記事

2009年10月31日 (土曜日)

遅まきながら「追悼・加藤和彦」

まだ、個人的に心の整理が付かないでいます。今年は、自分のお気に入りの芸能人やミュージシャンが沢山鬼籍に入りました。そして、去る10月16日には、加藤和彦さんが急逝されました。

軽井沢のホテルでの自殺とのこと。その自殺の動機を新聞記事などで知るにつけ、個人的に、かなり衝撃を受けました。人生の中間地点を折り返して、残された人生の時間があまり長くない、と思い始めた今日この頃、加藤和彦さんの取り巻く状況って、決して他人事では無いと・・・。

「これまでに自分は数多くの音楽作品を残してきた。だが、今の世の中には本当に音楽が必要なのだろうか。『死にたい』というより『生きていたくない』。消えたい」との趣旨が記されていたという。ある参列者は「音楽界で生きてきた自己の存在を否定しているような印象を受けた。うつで通院していたようで、相当悩んでいた印象です」と話した。(朝日新聞記事より)

加藤さんは3回結婚したが、子供はいない。かつては「いらない」と話していたが、同じ世代の友人の集まりでは子供や孫の話題になり、「そこに寂しさを感じ始めていたようにもみえた」(関係者)。周囲に気を配り明るく振る舞っていたが、心の中では衝動的に死を選ぶほどの孤独感を感じていたのかもしれない(Sponichi Annex記事より)。

確かに、加藤和彦さんの急逝に伴うマスコミの報道を見ていると、さもありなん、と思います。音楽の実績としては、北山修さんとのデュエット「あの素晴しい愛をもう一度」と、サディステック・ミカ・バンドとザ・フォーク・クルセダーズの話ばかり。加藤和彦と坂崎幸之助の2人による音楽ユニット、「和幸(かずこう)」だって、懐メロのユニット的な報道(本当は違うんだけどなあ)。それだけの、1970年代前半までの、過去の音楽家だったかのような報道にはほとほと呆れました(しかし、ネットでは、良心的なコメントをされているブログが多くあって心強かったです)。

ミカ・バンド解散以降の、あの天才作詞家、安井かずみさんとの作詞作曲コンビでの数々の佳作、特に、『パパ・ヘミングウェイ』『うたかたのオペラ』『ベル・エキセントリック』のヨーロッパ3部作などには全く触れらることも無い。世の中から、先進的な音楽家として正しく理解されていたか、というとちょっと疑問を感じます。

Kkato_sorekara

これでは、自分の音楽家としての存在意義に疑義をかけたくなることも理解できます。自分は、世の中での評価とはどうなのか、存在意義はあるのか、と。加えて、うつ病だったとのこと。周囲の人達はなんとか出来なかったのでしょうか。うつ病の孤独感はかなり深刻なものだと聞いています。自らが、決して他人事ではない世代に差し掛かった今、なんとなく身につまされる話で、ちょっと憂鬱になっています(笑)。

さて、加藤和彦さんと言えば、僕が一番良く聴いたアルバムの一枚が『それから先のことは』(写真左)です。1976年のリリース。天才作詞家、安井かずみさんとのコラボ第1弾です。サディスティック・ミカ・バンド解散後の再出発作。ジミー・ジョンソン(g)、バリー・ベケット(key)、ロジャー・ホーキンス(ds)、デヴィッド・フッド(b)とお馴染みの錚々たるメンバーがサポート。特に、大学時代のヘビーローテーションの一枚です。懐かしい。

このアルバム全体を覆う雰囲気って、う〜ん、今で言う「ワールドミュージック」ですね、これは。1976年の時代に、このワールドミュージックへのアプローチを実現していたとは、改めて驚きます。『これから先のことは』の音世界は、プチ・ワールドミュージック。そして、加藤和彦の独特の浮遊感漂うボーカル、独特の歩くようなビート感、そして、何となく長閑で何となく物寂しい雰囲気。「楽しゅうて、なぜが淋しき」という雰囲気がお気に入りでした。

アルバム全体に散りばめられたJポップの王道を行くメロディーとフレーズの数々。冒頭の「シンガプーラ」の前奏から、雰囲気はもうエスニック。長閑でなぜか物悲しいボーカルが郷愁を誘う。続く「それから先のことは」は長く愛聴歌。この出だしのマイナーなフォーキーな雰囲気が良い。サビの部分に差し掛かる時にメジャーに転調するところがたまらない。名曲「キッチン&ベッド」も良いなあ。

そして、特にLPのB面を占めている5曲は、どれもが佳曲で、もう聴き始めたら止まらない(笑)。「貿易風」〜「春夏秋・・・」〜「光る詩」〜「二度目の冬」〜「淋しい歌のつくり方」。素晴らしい。加藤和彦の音世界が満載。今でいう「ワールド・ミュージック」の導入など、実験精神に溢れたもので、1976年という時点で、それが成功しているところが凄い。先進的な音楽家、加藤和彦の面目躍如です。

『それから先のことは』を手始めに、『パパ・ヘミングウェイ』『うたかたのオペラ』『ベル・エキセントリック』のヨーロッパ3部作も聴き直している途中です。偉大な音楽家の一人をまた亡くしました。冥福をお祈りします。
 
 
 
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2009年10月30日 (金曜日)

フリージャズが聴きたい

秋は一人旅に限る。物寂しい晩秋の季節、一人で見知らぬ田舎を彷徨い歩く。高校時代から大学時代、この晩秋の季節には、決まって一人旅に出た。淋しいんだけれど、その寂しさがなんとなく心地良い。人間って、孤独を強烈に感じる機会が無いと、人との触れ合いの有り難さが見えなくなる。

一人来て 香り懐かし 秋の海
 
さて、この晩秋の季節から冬の季節にかけて、無償のフリージャズが聴きたくなることがある。フリージャズとは「1960年代以降に発生した、いかなる西洋音楽の理論や様式に従わないといった、一連のジャズの総称」(Wikipediaより)。

フリージャズは「魂の叫び」とか言われるが、僕は、人間の音楽の原風景と思っている。人間にはそれぞれ体内にリズムを持っている(心臓の鼓動があるからね)。そして、そのリズムに合わせて音を奏でる。

一人で演奏している分には良いんだが、多くの人数で演奏するには、合唱するには何か決め事が必要。グレゴリオ聖歌の場合は「モード(旋法)」。基音を決めて、その基音を基に旋律を作りあげていく方法。もっとキッチリと規則を決めて、多くの人数で演奏する決め事が「コード」。

フリージャズって、「いかなる西洋音楽の理論や様式に従わない」って言うが、それであれば単なる雑音。フリージャズにはそれぞれのミュージシャンの流儀で、フリージャズの演奏上、特別な決め事が必ずある。それは、それぞれのミュージシャンの流儀によるので、標準形ってものは無いので判り難いので、気が付かないんだが・・・。

今日は、Archie Shepp(アーチー・シェップ)の『Live At The Pan-African Festival』(写真左)と『Blase』(写真右)を聴く。シェップは、60年代、音楽家としてだけでなく、精力的なアフリカン・アメリカン活動家としてもその名を世間にとどろかせた黒人ジャズ・マン。テナー・サックス奏者。近年では、ビーナスレーベルからアルバムを多々リリースしているが、これらはもうフリージャズの範疇では無い。真っ当なハードバップ的ブロウに終始している。

Shepp_balse

この2枚のアルバムは、シェップを理解する上で必須の2枚である。この2枚は、Archie Sheppの「2つの顔」を示してくれる。『Blase』は彼のフリーフォームをベースにした、ブルース・サウンドの表現であり、『Live at the Pan-African Festival』は、当時の彼のアフリカ回帰思想に基づくブラック・アフリカ・ルーツサウンドをフリーフォームの基で表現している。

確かに、完璧なフリージャズなので、フリージャズに馴染まない方には、聴くに堪えない騒音だと思う。ですから、絶対に聴いた方が良い、と言いません(笑)。僕も大学時代、初めて耳にした時には、単なる騒音にしか聴こえませんでした(笑)。

でも、よくよく聴いているとなんだか「決め事」があるみたいなんですよね。その「決め事」に則っているということを感じ始めると、フリージャズも「音楽」として楽しむことができます。

この『Live At The Pan-African Festival』と『Blase』の2枚は、比較的、その「決め事」が判りやすく出来ているので、フリージャズ入門には良いアルバムだと思います。

でも、不協和音が苦手な人にはお勧めしません。クラシックの世界でもバルトークなど、不協和音満載の交響曲もあるので、このバルトークやストラビンスキーの交響曲が苦もなく聴ける方は、もしかしたら大丈夫かと思われますが(私がそうでした)、フリージャズを初めて聴こうとする時には、しっかりとその目的を自己確認して、フリージャズを聴いた後、自分を見失わないよう、お願いします(笑)。

くさやの干物、鮒寿司、リヴァロ(チーズ)の様に、強烈な臭さと味覚に癖があって、皆が好きな食べ物では無いのですが、その強烈な臭さと味覚の癖の中に「強烈な美味さ」を感じた者だけが、味わい楽しめる極上の味覚と同様に、フリージャズは、その騒音に近い喧噪の中に「強烈な音の原風景」を感じた者だけが、味わい楽しめる「アウトローな音楽」だと思います。

フリージャズは、無理せず、楽しみたいと思います。今でも、体調の悪い時、精神的に弱っている時には、決して聴かないジャズのジャンルでもあります(笑)。
 
 
 
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2009年10月29日 (木曜日)

70年代クラプトンの隠れ名盤

紅葉前線が南下している。我が千葉県北西部地方では、まだまだであるが、東北地方、信州地方は「そろそろ見頃」。紅葉した木々を見れば、物寂しい、物悲しい想いが心を駆けめぐる。紅葉狩りとか、紅葉を楽しむというが、僕は苦手。様々な色に色づいて、風に吹かれてハラハラと散っていく落ち葉を見ていると、なんだか淋しくて・・・。

君の文 笑顔同封 紅葉狩り

さて、今日は70年代ロックの話を。エリック・クラプトン(Eric Clapton)についてであるが、僕はクラプトンについては、圧倒的に70年代クラプトンが大のお気に入り。というか、長年、今に至るまで聴くのは、70年代クラプトンばかり。MTVのスターになり、アルマーニを着たクラプトンはどうも苦手で、過去を振り返り、同窓会に勤しむクラプトンもどうもいけない。僕には、70年代クラプトンが全てである。

70年代クラプトンのアルバムはどれもが良いアルバムばかりであるが、長年良く聴くアルバムとしては『Layla and Other Assorted Love Songs』を別格とすると、なぜが『Backless』(写真左)と『Another Ticket』(こいつは正確にいうとリリースは1981年なんだが・・・笑)を良く聴く(『Another Ticket』については、6月15日のブログ参照)。

レイドバック期のアルバムとしては『461 Ocean Boulevard』よりも『There's One in Every Crowd』の方が、圧倒的に良く聴くなあ。キャッチャー過ぎる『Slowhand』は苦手。ハイテンションの時にしか聴かない。変人と言われても良い。特に「Wonderful Tonight」が苦手。『No Reason to Cry』は高校3年生の秋のリリース。当時、聴きまくった。淋しい思い出が一杯に詰まっていて、今でも精神的に状態が良い時でないと聴けない(笑)。
 

Ec_backless_25

 
『Backless』は、『461 Ocean Boulevard』から、ドップリとレイドバック路線をひた走り、日和ったとか、軟弱だと言われ、それでは駄目だと、ソフト&メロウでキャチャーなアルバム『Slowhand』を作ってしまって、作為的だとか受け狙いだと言われ、知らない間に時は過ぎ、周りの環境は、AORとパンクが拮抗する70年代週末のハルマゲドンの時代。そんな時代にクラプトンは、AORもパンクも我感せずとばかりに、R&B路線に立ち戻った、実に渋いアルバムをリリースした。そのアルバムが『Backless』。

僕は当時、この『Backless』を聴いて喝采をあげた。R&B路線とはいえ、『Layla and Other Assorted Love Songs』の若さギンギンの大向こうを張ったR&B路線ではない、麻薬での挫折やアル中の挫折をなんとかやり過ごした後、レイドバックを経験し、ビートの底にしっかりとレイドバックの雰囲気を秘めたR&B。余裕のある、テンションを張りながらも楽しく寛ぎ感のある、実に渋〜いR&B。その渋〜いR&Bが、この『Backless』に満載である。収録されたどの曲もどの曲も渋くて良い。寛ぎのあるテンションが心地良い。

ディック・シムズ(key)、マーシー・レヴィ(vo)、ジョージ・テリー(g)、カール・レイドル(b)、ジェイミー・オール・テイカー(ds)というメンツによる安定したサポートを受けた、クラプトンの佳作。何回繰り返してもええんやなあ、この『Backless』。僕はこの次のアルバム『Another Ticket』を対で聴く。これがこれまた、実に良い雰囲気なのだ。どちらのアルバムも地味なのですが、何回聴いても飽きない。こういうアルバムを「隠れ名盤」と言うのでしょう。
 
 
 
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2009年10月28日 (水曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・2

完璧な秋である。日差しも柔らか、風も爽やか。でも、どこか物悲しい。一人でいたくなる。でも、一人でいるとなんだか辛い。でも、一人でいることが義務でもあるかのような、晩秋の物悲しさ。なんだか雰囲気が良さそうであるが、僕はこの季節の雰囲気が嫌いである(笑)。

ブルースの 黒も優しき 星月夜

さて、ピアノ・トリオの代表的名盤の第2弾。第1弾は、ビル・エバンスの『エクスプロレーション』(10月17日のブログ参照・左をクリック)。第2弾は、Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン)の『Night Train』(写真左)を、ピアノ・トリオの代表的名盤としてご紹介したい。

オスカー・ピーターソンのジャズ者初心者向け、ピアノ・トリオの代表的名盤として良く紹介されるのが『We Get Requests』。でも、僕は、この『We Get Requests』は、スタンダード曲とボサ・ノヴァをバランス良く収録している名盤なのだが、スタンダード曲とボサ・ノヴァは、ピアノ・トリオとしても、アレンジするには、かなりの力量と経験を要する。この『We Get Requests』は、実は奥深い。かなりの高度な技術がギッシリ。テンションもしっかり高く、ジャズ者初心者には、ちょっとしんどい。

僕は、オスカー・ピーターソンのジャズ者初心者向け、ピアノ・トリオの代表的名盤としては『Night Train』を一押しにしている。このアルバムは、とにかく聴いていて楽しい。ジャズを楽しく聴いて、楽しくジャズを感じて、最後にジャズの感動して終わる。これって、ジャズ者初心者にとって大切な、最適な雰囲気だと僕は思う。
 

Night_train

 
冒頭「Happy-Go-Lucky Local (aka Night Train)」から始まる。ジャケット写真の様な、夜行列車が大陸を悠々と走り抜けていくような、悠然とした演奏。ついついリズムを取りつつ足が動く。ジャズのビートを感じる。次の「C-Jam Blues」も楽しい。シンプルなメジャーコードCのブルース。シンプルなだけに実に判りやすいブルース。

3曲目の「Georgia on My Mind」は、邦題「我が心のジョージア」。米国ジョージア州の州歌。レイ・チャールズの歌唱で有名。テレビのコマーシャルのBGMでも度々採用されているので、恐らく、そのユッタリとした、ソウルフルで印象的な旋律を聴けば「ああ、あの曲かあ」と思い出す人が多いと思います。その後も、楽しく聴けるピアノ・トリオが出てくる出てくる(笑)。

で、ラストの「Hymn to Freedom(自由への讃歌)」。アフリカ系アメリカ人公民権運動の応援歌。ピーターソンのオリジナル。感動の名曲である。緩やかに囁くように弾き出すピーターソンのピアノ、そして、徐々にベース、ドラムと共に盛り上がっていく。そして、最後は大団円。この曲は言葉では言い表せ無い。聴けば判る。というか、一度は聴いて欲しい、ジャズの名曲である。

I say to you today, my friends so even though
we face the difficulties of today and tomorrow,
I still have a dream. It is a dream deeply rooted
in the American dream. ・・・・・

Oscar Peterson (p) Ray Brown (b) Ed Thigpen (ds) という、1959年以来の不動メンバーで、1962年12月にレコーディングされた、オスカー・ピーターソン・トリオの傑作の一枚。このアルバムを、僕は、ピアノ・トリオの代表的名盤の第2弾として、ジャズ者初心者の方々にお勧めしたい。
 
 
 
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2009年10月27日 (火曜日)

モンク入門は「ライブが一番」

また、台風が来た。今度は太平洋上を、我が千葉県をかすめていった。それでも、夜半から明け方にかけて、時々風雨激しく、本当に、台風の影響をモロに受ける地方やなあ。大阪にいた頃は台風なんて、ほとんど、まとまった経験が無い。ここ千葉県北西部地方に来てからというもの、台風の驚異を毎年必ず1度は感じている。とにかく毎度毎度、直撃だけは避けたい。

台風の 報せに帰宅 足早に

さて、ジャズの話題を。即興演奏において、その独特のスタイルと、多くのスタンダード・ナンバーの作曲者で知られる「セロニアス・モンク」。独特のスタイルというか、和音の作り、旋律の流れ、間の取り方、アクセントの取り方、どれもが独特、というか唯一無二というか、聴いたことが無いというか、かなり変というか、なにしか、決してフォロワーを生まない、一度聴いたら忘れられないモンクのピアノ。

独特過ぎるほど独特なので、共演するほうからすると、ちょっとやそっとでは上手く合わせることが出来ない。一発勝負のジャム・セッションなど「とんでもない」。絶対にモンクのピアノだけが浮く。優れたミュージシャンばかりの一過性の寄せ集めのセッションも駄目。どれだけ優れたミュージシャンでも、モンクの音楽を、モンクのピアノを理解するのは容易では無い。

一番良いのは、レギュラー・グループを持って、リハーサルを積み重ねていくこと。でも、モンクの音楽は、モンクのピアノは独特すぎて、レギュラー・グループを維持するだけの実入りは期待出来ない。代替策として、モンクの音楽を愛でるのは、一定期間、ジャズのライブハウスで出演するスポットなグループが良い、ということになる。
 

Monk_action_misterioso

 
ということで、モンクの音楽を、モンクのピアノを理解するには、まずは「ライブ盤が一番」ということになる。しかも、彼の絶頂期とされる1950年代後半。まず、いの一番に挙げたいのが、モンクにとって初のライブ・アルバムの『Thelonious in Action』(写真左)と、まったく同じ夜・同じ場所での録音で双子の関係にある『Misterioso』(写真右)。1958年7月9日・8月7日、ニューヨーク、ファイブ・スポットでのライヴ録音。
 
パーソネルは、Johnny Griffin (ts), Thelonious Monk (p), Ahmed Abdul-Malik (b), Roy Haynes (ds)。さすがに全盛期のモンクである。『Thelonious in Action』の冒頭「Light Blue」から、モンクの個性的すぎる、独特なピアノが炸裂しまくる。モンクの奏でる旋律は、独特で捻れまくってはいるが、音の響きは暖かい。特に、このライブでは、判りやすく捻れている、とでも言うか、数あるモンクのアルバムの中でも、モンクの特質を理解し易い。

共演のメンバーの演奏も素晴らしい。特に、テナー・サックスのグリフィンが良い。リズム・セクションの2人も、良くモンクのピアノを理解し、実にタイミングの良いサポートを繰り広げている。このまま、このカルテットが継続して演奏を続けられれば良かったのだが、この後、翌年にはキャバレーカードを取り上げられて、NYのクラブでの演奏ができなくなってしまう。

『Thelonious in Action』と『Misterioso』は、まったく同じ夜・同じ場所での録音で双子の関係にある。加えて、収録された曲を見渡すと、モンクの代表曲がズラリと並ぶ。モンク入門はライブが一番。『Thelonious in Action』と『Misterioso』、モンクを聴き始めるのに「格好のライブ盤」。同時に併せて聴いて欲しいモンクの代表的名盤、代表的ライブ盤である。
 
 
 
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2009年10月26日 (月曜日)

『ジャズの小径』10月号アップです

秋も深まり、朝夕はヒンヤリした寒さが身に染みる今日この頃。今年の10月の終わりは「晩秋」という言葉がピッタリの千葉県北西部地方である。「晩秋」といえば「石焼き芋」だろう。さつま芋は子供の頃から大好物で、石焼き芋なぞ絶品である。さつま芋の天ぷらもいいなあ。

園児らの さつま芋狩り 声高く

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の恒例月次更新コーナー『ジャズの小径』に10月号をアップしました。今月の「ジャズの小径」は、秋の雰囲気にあった、しみじみと、じっくり聴きこむことの出来る「デュオ」のアルバムを2枚、ご紹介しています。
 
ジャズの演奏は、カルテット(4人編成)やクインテット(5人編成)等々、数人で組んでのバンド演奏が多いのですが、その編成が少なければ少ないほど、そのアルバム・リーダーのミュージシャンとしての本質が露わになってくる傾向が強くなります。ミュージシャンの数が少なくなるんで当たり前と言えば当たり前のことなんですが・・・。

究極の小編成が「ソロ」(一人だけ)で、これこそ、演奏するミュージシャンはひとりなので、一番にそのミュージシャンの本質が露わになるかと思いきや、なかなかそうならないところが音楽の面白いところで、他に影響する人がいないので、ソロのミュージシャンは、結構我が儘に振るまうことが出来るのが難点です。つまり、ソロは、そのミュージシャンのグループサウンドを前提とした場面での「本質」が出てこないので、ちょいとバランスの悪い編成ではあります。

Komichi_200910

では、ソロとしての本質とグループサウンドを前提としての本質の両方が現れ出て、そのミュージシャン本質を掴みやすい編成というのは、「デュオ」(2人編成)若しくは「トリオ」(3人編成)でしょう。

特に「デュオ」の構成では、その双方のミュージシャンの個性がモロに出ます。よって、それぞれの個性がピッタリと合えば「名盤」が生まれる可能性が高いのですが、相性が合わないと、どれだけ優れたミュージシャン同士でも「凡作、駄盤」に成り下がってしまう危険性がある、とてもデンジャラスな編成でもあります(笑)。

今回のは、この「デュオ」の構成にスポットを当てて、今年のように、絵に描いたような「晩秋」の雰囲気に、しみじみとじっくりと聴き込むことの出来る、デュオ・アルバムを2枚、ご紹介しています。

アキコ・グレースの『WOWOW wave2 JAZZ Street ~ The Duo+』、もう一枚は、Archie Shepp & Niels-Henning Orsted Pedersenの『Looking At Bird』(写真左は、アキコ・グレーズ。写真右は、アーチー・シェップ)。
 
どちらも、当ブログで以前ご紹介した文章に、加筆・訂正を加えたものです。以前読んだ方は、もう一度記憶を甦らすべく、読んでいない方は新たな気持ちで、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)にお越し頂ければと思います。お待ち申し上げております m(_ _)m。
 
 
 
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2009年10月25日 (日曜日)

Beatles『Revolver』はモノラル

昨夕からの雨が今朝まで続いて、そのまま一日中、鉛色の雲がドンヨリの千葉県北西部地方。そして、今朝は気温がグッと冷え込んだ。9時の時点で13度(!)である。う〜ん、いよいよ、晩秋である。この鉛色の空は晩秋ならでは。心淋しい季節である。あまり良い思い出の無い季節である。

藤棚に 君去りし後 枯葉舞う
 
さて、BeatlesのリマスターCDの話題を。今日は『Revolver』(写真左)である。この『Revolver』って、僕は先のアルバム『Rubber Soul』と対をなすアルバムだと思っている。

『Rubber Soul』は、R&R、R&Bを根底に、リズム/ビートを重視し、曲/詩ともに「今までにないもの」を追求した、「ビートルズ流ロックンロール」の側面を前面に押し出したアルバムだと思っている。ビートルズの『Rubber Soul』までの歌の内容はR&R、R&Bを根底にしているので、「愛だ恋だ、好きだ嫌いだ、振った振られた、やるぞいくぞ」が中心。『Rubber Soul』で特徴的なのは「私小説的な独白もの」が散見されること。いずれも実生活の感覚に基づいたものだ。しかも、ライブで演奏できることが前提となっている。当然、親分的なリーダー的な存在は「ジョン」。

『Revolver』は、ライブ活動を休止して、スタジオに閉じこもって、好きなだけ時間を使ってレコーディングができるという環境になって、当時、流行りだした「前衛的」な音楽を追究した、「プログレッシブ・ビートルズ」の側面を前面に押し出したアルバムだと理解している。前衛的なので、どんな歌を歌ってもいいし、ライブでの演奏を前提としないので、好きなだけスタジオワークを駆使しても良い。前衛的といっても漠然としているので、当面、当時流行始めていた「サイケディック」がターゲットになる。

前衛的、ヲタク的なスタジオワーク、サイケディック、どんな歌を歌っても良い、となると、当然、この世界って、ポールが大好きな世界である。ポールが「ハイ、ハイ、ハイ」と手を思いっきり挙げたんだと思う。ジョンは現実的なミュージシャンなので、この妄想的な音世界にはあまり興味はない。ということで、ジョンは、会社で言うと「会長職」に身を引いて、実際のビートルズの音作りの運営を司る「社長」的立場をポールに跡目を継がせてやらせてみる、という環境の変化の第一弾がこの『Revolver』。そんな感じがする。

でも、さすがはジョンで、決して、全面的にポールの好きなようにはさせない(笑)。『Revolver』の最初のレコーディングで、かのサイケディック・ロックの金字塔的名曲「Tomorrow Never Knows」をやられらんだから、ポールもたまらない。加えて、サイケ路線の佳作として「I'm Only Sleeping」もある。ちょっと、手加減して、『Rubber Soul』の音世界にサイケの雰囲気をまぶしたような「And Your Bird Can Sing」もある。

これにはポールもたまらない。ジョン、話が違うやん。全面的に僕に任せてくれたんとちゃうん、となって、ポールは「どんな歌を歌っても良い」というところに引きこもる。そこで「Yellow Submarine」「Good Day Sunshine」という、絶対に脳天気なポールにしか書けない名曲がぞろぞろ出てきて、空想世界の様な浮遊感漂う名曲「Here, There and Everywhere」が輩出されたのだから、ポールも天才である。でも、これらの曲って、どう聴いても「サイケデリック」じゃないよな〜。でも、潜水艦をテーマにした曲を作るなんていう発想は斬新で凄いと思う。

Beatles_revolver

さて、そんなこんなの『Revolver』。そんな「プログレッシブ・ビートルズ」の側面を、実に良く表現してくれているのが、今回、初CD化のモノラル・バージョンである。僕は『Revolver』については、従来のステレオ・バージョンしか聴いたことがない。しかも、この『Revolver』のステレオ・ミックスは、ビートルズ、ジョージ・マーティンどちらも全く関与していない。ものの本によると、全曲で3日間しかかけられていない。

ちなみに、モノラル・ミックスは、ビートルズのメンバーとジョージ・マーティンが相当関与し、相当の時間をかけている。このアルバムからは、レコーディング後、直ぐにモノラル・ミックスが作られ、メンバーがそのサウンドを即チェックし、意見を反映し、また別のミックスを作り、といった、実に手の込んだ、実に丁寧なミックス作業がなされている、とのことなのだ。でも、実際に、モノラル・ミックスの音を聴いていないんだから、それがどうなのか、理解できないでいた。

が、今回、このモノラル・ミックスの音を聴いて、ハッキリ一言「ぶっ飛んだ」。まず、ぶっ飛んだのが、ラストの「Tomorrow Never Knows」。テープ・ループのボリュームをメンバーがそれぞれ手動で上げ下げしたというが、ステレオ・ミックスでは「は?」って感じだったのが、このモノラル・ミックスの音の揺れはなんだ。縦に、前後に揺れるのだ。これぞ「サイケディック」。凄いミックスだ。この「Tomorrow Never Knows」1曲だけでも、モノラル・ミックスのCDを手に入れる価値がある。

今まで聴いてきた、ステレオ・ミックスって何だったのか、なんだかちょっと、ステレオ・ミックスに軽い怒りすら感じた、今回の衝撃の「リマスター・モノラル・ミックス」のCDの数々ではあるが、この『Revolver』について、一番その「軽い怒り」を感じたなあ(笑)。

ステレオ・ミックスの音は、前衛的な、サイケディックな「プログレッシブ・ビートルズ」を感じるには音が薄い。ステレオに対応して、音を左右に振り分けるには、まだまだ楽器の数が、音数が足らないのだ(当然、モノラル・ミックスを前提としているので)。それを無理矢理左右に振り分けているのと、レコーディング後、直ぐにモノラル・ミックスを作り、それを何度も繰り返して、同じ曲でかなりの数のモノラル・ミックスが出来ていたので、そのモノラル・ミックスの最終バージョンをステレオに正確に移植することができなかったのが主な理由だろう。

これは、後に、ジョージ・マーティン御大でも、修復不可能だったのだろうと思われる。ちなみに、87年版リマスター時に、『Rubber Soul』は、ジョージ・マーティン御大自らがステレオ・ミックスをやり直しているが、『Revolver』は、当時ササッと作成されたステレオ・ミックスをそのまま使用している。

とにかく『Revolver』の真髄を感じるには、絶対にモノラル・ミックスである。そのモノラル・ミックスの音を前提に、ステレオ・ミックスの音を聴いて、その違いを楽しむ、というのが、最高の楽しみ方だろう。エンジニアのジェフ・エメリックは自伝に「Revolverは、絶対にモノラル・ミックスを聴くべきだ。それだけ、メンバーがミックスに時間と労力を注いでいる」とあったが、今回の「リマスター・モノラル・ミックス」のCDを聴いて至極納得。

『Revolver』のモノラル・ミックスを聴いて、前作『Rubber Soul』との継続性を感じる。表裏一体、対となった『Rubber Soul』と『Revolver』。ビートルズの音楽性の「表と裏」、もしくは「左と右」とでも表現したらよいのだろうか。不謹慎ではあるが、手っ取り早くビートルズを感じるには、この『Rubber Soul』と『Revolver』の2枚を必ず対にしつつ、連続して聴くことをお勧めしたい。

ちなみに、ジョン寄りのファンは『Rubber Soul』、ポール寄りのファンは『Revolver』に好みが分かれるんじゃないかなあ。昔からこの2枚を聴いていると、『Rubber Soul』=ジョン、『Revolver』=ポール、って感じがするんだよなあ(笑)。
  
  
  
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2009年10月24日 (土曜日)

マイケル・ブーブレ「It's Time」

昨晩から今朝にかけてグッと気温が下がった。北東の風が「ぶぶぶぶ」とだらしなく吹き続いて、寒い朝の我が千葉県北西部地方。長袖のシャツに上着を羽織ってちょうど良い。いよいよ「秋深し」である。

秋深し 鐘の音一つ 帰り道

9月に大阪のお嬢が上京した折、マイケル・ブーブレの『It's Time』をプレゼントされた。「まあ、とにかく聴いてみて、絶対に気に入るから」という彼女の弁。マイケル・ブーブレって、どっかで聞いた名前やなあ、と思いつつ、感謝感謝。そして、毎度恒例、感想文の提出である(お嬢、どうやった?)。で、これが良く書けていると自画自賛。そのまま置いておくと勿体ない、ということでこのブログにもアップすることにした。

閑話休題。ジャズ男性ボーカリストの中で、僕にとって、一番好きな「声」の響きの持ち主が、フランク・シナトラ。フランク・シナトラは、1915年、ニューヨーク市近郊のニュージャージー州でイタリア系アメリカ人の家庭に生まれ、1998年没。アメリカのポップス史上の最高のジャズ・ポピュラー歌手、20世紀を代表する歌手の一人。その類い希なる素晴らしい歌唱力と魅力的な声を称え、「ザ・ヴォイス」と呼ばれた。

シナトラの歌唱は大好きで、「My Way」や「A Foggy Day」などの歌唱には惚れ惚れする。シナトラの声は「判別しやすい」。どんな再生装置でも、どんな騒がしい場所で流れていたとしても、何故か「シナトラだ」と判る。「ザ・ヴォイス」と呼ばれる所以である。

さて、マイケル・ブーブレの『It's Time』(写真左)の2曲目「A Foggy Day (In London Town)」を聴いて、思わず、「これってフランク・シナトラの再来やん」と大感激。絶品である。もともと、この2曲目の「A Foggy Day」は、フランク・シナトラの名唱で有名な曲で、このブーブレの歌声を聴いて、本当に嬉しくなった。「シナトラの後継者現る!」って感じですね。

Micheal_itstime

9曲目の「Try A Little Tenderness」、12曲目の「I've Got You Under My Skin」にも、ニヤリとする。いずれの曲もシナトラの十八番なんだが、マイケル・ブーブレは、伝説的な「シナトラの歌唱」を意識しつつも、決してコピーに走らず、偉大な「シナトラの歌唱」にビビらずに、しっかりと個性を発揮しつつ、スタンダードを歌い上げていく姿勢は立派だ。他の収録曲も良い歌唱です。全編、若々しく、瑞々しい、スタンダード歌唱が溢れています。

マイケル・ブーブレは、1975年、カナダで生まれ、祖先はイタリア系。現在祖父母はイタリアに近い、クロアチアのトロジルに住んでおり、その祖父はジャズ・レコードのコレクターで、幼いときからマイケルはそのレコードを聴いて育ったのこと。これだけ、ジャズ・ポピュラーな曲を歌いこなせるのは、その影響なんでしょうね。

ブーブレは、イタリア系カナダ人、シナトラは、イタリア系アメリカ人。この「イタリア系」の部分でも、ブーブレとシナトラとの不思議な「縁」を感じます。またこのCDはシナトラが自ら創設したリプリーズ・レコードの制作です。これまた不思議な「縁」。しかも、この『It's Time』は、全編に渡って、往年のシナトラを偲ばせる、ゴージャスなジャズ・フル・オーケストラをバックにした歌唱ですから、否が応でも、シナトラを彷彿とさせます。

しかも、まだまだ若さが先行しているとは言え、ブーブレの歌唱は「シナトラ譲り」と言っていいでしょう。とにかく「声」が良い。惚れ惚れする。歌唱テクニックも若さ優先のストレートなもので好印象。かのシナトラが、中年以降に身につけたパンチのある 歌唱法を既に持ち合わせている。この若さで「恐るべし」である。

こういう面でも「シナトラの後を継ぐ者」という形容は実に言い得て妙と言えると思います。決して言いすぎではない。このまま素直に伸びていけば、今世紀の男性ジャズ・ボーカルは、当面、ブーブレの時代になるのではないでしょうか。他のアルバムも聴いてみたいですね。
 
 
 
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2009年10月22日 (木曜日)

スタンダードが聴きたい

ジャズと言えば「スタンダード」がつきもの。「スタンダード」とは、近代音楽(ジャズ・ポップス)の分野において広く世に知られ親しまれ、あるいは多くのアーティストにカバーされるようになった楽曲のことを指す(Wikipediaより)。

この「スタンダード」、好きなんだけど、整理して体系立って、ちゃんと聴くことがなかなか出来なくて、長々と、流れるままに聴いてきた。でも、最近、それじゃあかん、ちゃんと聴かなあかん、と思うようになった。最近、スタンダード曲に親しむ機会が多くなった。

秋深し スタンダードに 和む夜

と思い出したのが、ロッド・スチュワートの「The Great American Songbook」。至高のロック・ボーカリスト、ロッド・スチュワートのスタンダード・ソングブックである。僕は、ロックの世界の中で、ロッドが「ナンバーワンのボーカリスト」なのだ。ロッドのスタンダードかあ、聴きたい、聴きたいなあ、と思い続けて7年。予算とCD購入のプライオリティの関係でなかなかだったが、やっと、ロッドの「The Great American Songbook」を入手した。

「The Great American Songbook」のシリーズは全4枚。この4枚を「ちまちま」と1枚ずつ買い足していくほど、気は長くはない。一気に4枚組のボックスをゲット。でも、聴くのは順番にじっくりと。まずは、第1弾。『It Had to Be You: The Great American Songbook』(写真左)である。

収録された曲はと言えば、ズラ〜と、珠玉のスタンダードが並ぶ。この珠玉のスタンダードを、ロッドがあの実に魅力的な渋い「しわがれ声」で、素晴らしいテクニックで歌う。とにかく「格好良い」のだ。どうしようもなく「格好良い」。

It_had_to_be_you_10

収録された曲を列挙すると・・・・

1. You Go To My Head
2. They Can't Take That Away From Me
3. The Way You Look Tonight
4. It Had To Be You
5. That Old Feeling
6. These Foolish Things
7. The Very Thought Of You
8. Moonglow
9. I'll Be Seeing You
10. Every Time We Say Goodbye
11. The Nearness Of You
12. For All We Know
13. We'll Be Together Again
14. That's All

いや〜、どの楽曲もロッドの声が、歌がとても心地良い。ロッドは、これらのスタンダードを、粋に、しみじみと染みいるように、そして、「ロック」に聴かせてくれる。そう、ロッドのスタンダードの歌唱は、ベースが「ロック」。決して「ジャズ」では無い。そこが良いのだ。ジャズにこんな「しわがれ声」の粋なボーカリストはいない。ジャズに無い「ロックな個性」で、ロッドは、手垢の付いたスタンダードに新たな命を吹き込んでいくかのようだ。

どの曲もどの曲も味わい深い歌唱で、甲乙付けがたい名唱ばかりであるが、僕は、3曲目の「The Way You Look Tonight」。確か、まだ僕が小学6年生の頃、親父のラジオを貰って、偶然出会って聴き始めたラジオの音楽番組。NHKの23時からの「夢のハーモニー」という番組。その番組のテーマソングが実に印象的で大好きだった。「The Way You Look Tonight」。親に隠れて、毎日、イヤホーンでこっそりと聴いて、眠りに付いていったあの頃。まどろみの中、数々のスタンダードな名曲が耳の中で鳴っていた。

ロッドの「The Great American Songbook」の第1弾『It Had to Be You』。良いアルバムです。本当に、スタンダードがリラックスして、ほのぼのとした気持ちで聴ける。決して、ジャズ・ボーカルのようにセンチメンタルにはならない。「ロック」に聴かせてくれるロッドのスタンダード。残りの3枚が実に楽しみになった。
 
 
 
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2009年10月20日 (火曜日)

演奏する上での協調性って...

唐突ではあるが、リンゴが好きである。ちなみに、ビートルズの「リンゴ」では無い(笑)。果物の「林檎」である。僕は大阪育ちなので、林檎と言えば「信州リンゴ」。ちょっと酸っぱさが入った甘さが堪らない。東京では、リンゴと言えば「青森リンゴ」。とにかく、密が入っていて甘い。でも、子供の時から親しんだ味は「信州リンゴ」。今年は、美味しい「信州リンゴ」を食することができたので、幸せな秋である。

信州の 林檎便りに 君想う

さて、昨日、コルトレーンのテナーの「守備範囲」について書いた。テクニックに優れているあまりに「空気が読めない」雰囲気のコルトレーン。そこが彼の愛おしいところでもあり、厄介なところでもあり(笑)。

『Cannonball Adderley Quintet in Chicago』の、場違いなコルトレーンの躁病的な喧噪フレーズを聴いていて、なんだか、他にも同じような感覚を感じたような気がする。なんだろう、とずっと考えていたら、ふと思い出した。『Duke Ellington & John Coltrane』(写真左)である。

大学時代、ジャズ者初心者の頃、早々にこのアルバムを聴いた。なんせ、ジャズ・ミュージシャンの殆どが影響された、ジャズの巨匠Duke Ellingtonとコルトレーンの共演盤である。聴きたいと思うじゃないですか。大学近くの「隠れ家ジャズ喫茶」で、聴かせて貰いました。

冒頭の「In a Sentimental Mood」は素晴らしい演奏です。エリントンの枯れたような、シンプルで味のあるピアノと、高音だけで、センシティブにリリカルに追従するコルトレーンのテナー。そのコントラストと陰影が実に素晴らしく、思わず溜息をつきたくなる。そして、もう一つ、感心したのが、デリケートで細やかなビートを供給するエルビン・ジョーンズのドラミング。この曲に限っては、大巨匠エリントンの薫陶よろしく、実に奥深いジャズ演奏が繰り広げられる。
 

Duke_coltrane_13

 
しかし、である。2曲目の「Take the Coltrane」以降は、コルトレーンは好き勝手に吹きまくる。大巨匠エリントンが「ジャズは粋。粋なジャズはこういうもんだろう」と、枯れたような、シンプルで味のあるピアノでコルトレーンの傍若無人な振る舞いをたしなめるが、コルトレーンはお構いなしに、時には「シーツ・オブ・サウンド」で疾走し続ける。エリントン、思わず「苦笑」(だったと思う)。

「これって、ええんかいな」と僕は思う。大巨匠エリントンの薫陶を無視して、疾走し続けるコルトレーン。それに追従するエルビン。この『Duke Ellington & John Coltrane』って、ジャズ評論家の方々が言うほど、名盤では無いと思います。確かに、冒頭の「In a Sentimental Mood」は素晴らしい演奏です。本当に素晴らしい。でも、2曲目以降は、コルトレーンの先走りだけが目立って、僕はあまり評価できません。

ここでのコルトレーンのテクニックは凄いんですけどね。でも、相手であるエリントンが、枯れたような、シンプルで味のあるピアノを奏でている訳です。グループ・サウンズというものは、お互いの音楽性を活かしあってこそ、アーティスティックな世界が広がるってものでしょう。これでは、コルトレーンの「自己中」の世界です(笑)。エリントンがピアノを弾き始めたら、テナーのボリュームを下げるだけでは、ちょっと芸がないでしょうが・・・(笑)。

よくよく考えてみると、コルトレーンって、ほとんど他流試合が無いんですよね。マイルスの下で、マイルスの薫陶を受けながらも、かなり自由に演奏させてもらっていましたし、以降、ドラムのエルビン、ピアノのマッコイを得てからは、自分のグループで、とことん自由に演奏していました。他は、自分の自由に吹きまくれる「ジャム・セッション」ばかり。

他のミュージシャンに合わせて、自らが相手の引き立て役になりつつ、逆に相手が自分の引き立て役になる、つまりは「他流試合」なんていうコラボレーション演奏なんて、コルトレーンには、ほとんど無かったように思います。

意外とコルトレーンって「他流試合」には弱かったのかもな。なんせ、『Duke Ellington & John Coltrane』の2曲目以降は、大巨匠エリントンを置き去りにして、自分のやりたいように吹きまくっている。不器用というのか、脳天気というのか、そんなところが、実はコルトレーンの隠れた魅力だったりするから、ジャズって面白い。
 
 
 
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2009年10月19日 (月曜日)

テナー・サックスの「守備範囲」

楽器について。一番、好きな楽器はキーボード。ピアノは特に好きです。シンセサイザーも大好き。二番目に好きな楽器がサックス。

中学時代、岡山に転校して、いきなり、ブラスバンド部にスカウトされた。どの楽器がやりたい?、と訊かれて、選んだ楽器がサックス。小柄だったんで、テナーではなく、アルト。サックスのあのメカニカルな容姿、吹く時の格好良い姿勢、サックスを支えるネック・ストラップ。どれもが、とにかく「格好良い」。サックスって楽器を全く知らなかったのにね。一目惚れだったなあ。

長い夜 漆黒染まる サキソフォン

さて、ジャズ・テナー・サックスについて、思うところがある。ジャズの世界で、テナー・サックスといえば「ジョン・コルトレーン」。ジョン・コルトレーンが、ジャズ・テナー・サックスの最高峰とされる。テクニック、歌心、全てにおいて、ジャズの評論、ジャズの入門書では、ジョン・コルトレーンが最高とされる。

でも、僕はそうは思わない。見方、評価の切り口によって「最高峰」という評価は変わるのではないか、と最近思うようになった。そのきっかけが『Cannonball Adderley Quintet in Chicago』(写真左)。

1959年2月、マイルス・デイヴィス・6重奏団はコンサート・ツアーでシカゴを訪れていた。このアルバムはその機会に、マイルス親分抜きで、マイルス・バンドのサイドメン5人がマーキュリー・レコードの求めに応じて、キャノンボール・アダレイを名目上のリーダーとして録音したものだ。

その背景を聞けば触手が伸びるのも無理は無い。ジャズ者初心者2年目位で、このアルバムを入手した思い出がある。でも、針を落として聴き始めて「何か違う」。キャノンボールはアルト・サックスなので、その高音を中心とした、はしたないほどのファンキーで煌びやかな音色は、アルト・サックスなので、これはこれで良い。では、何故、躁病的な喧噪を感じるのだろう。 
 

Cannonball_chicago

 
それは、ジョン・コルトレーンのテナー・サックスが原因。アルトと同じ音程の高音だけでテナー・サックスを吹いていて、ジャズ初心者の時に聴けば、どちらがキャノンボールで、どちらがコルトレーンなのか、判らない。加えて、高音中心のユニゾン、ハーモニーが続くので、耳につくことおびただしい。簡単に言えば「うるさい」のだ。

ジョン・コルトレーンは、確かに、ジャズ・テナー・サックスの巨匠である。テクニック的には、コルトレーンを凌ぐ者はいない。でも、これは「やり過ぎ」でしょう。テナー・サックスの高音部だけで、旋律を演奏するなんて、相当なテクニックが無いと出来ない技である。だから、このアルバムのコルトレーンって凄いと言えば凄い。でも、この『Cannonball Adderley Quintet in Chicago』の全体の雰囲気からすると、テナーがアルトの音域で旋律を吹きまくることは無いでしょう。

楽器には、それぞれの楽器の「守備範囲」というものがある。音域、響き、弾きやすさ等の特徴が相まって、楽器同士の「守備範囲」が自然とできる。アルト・サックスがあるのなら、その低域以下を「守備範囲」とするのがテナー・サックス。その「守備範囲」を犯して、アルトの音域でテナーを奏でるテナーは「反則といえば反則」である。

その結果、アルバム全体の選曲は良いのに、なんだかアルバム全体の雰囲気が「躁病的な喧噪」で覆われている。惜しい。実に惜しい。この選曲ならば、テナーがテナーの「守備範囲」をきっちりと守っていたのなら、きっと歴史的名盤になったに違いない。

マイルス親分のいない間に、気分転換の気ままなセッション。そんな感じだったんだろう。コルトレーンのアルトの音域でテナーを吹きまくるのも、他のメンバーからすると、余興的楽しさがあったんだろう。それが証拠に、ベース、ドラム、ピアノのリズムセクションは、コルトレーンの躁病的な喧噪フレーズに煽られて、どんどん走りに走っていく。コルトレーンの常人を超えたテクニックに、ほとほと感心したぜ〜、って感じの雰囲気が、このアルバムの演奏のそこかしこに溢れている。でも、楽器の素人、聴き手にとってはどうなんだろう。

『Cannonball Adderley Quintet in Chicago』って、コルトレーンの躁病的な喧噪フレーズによって、名盤になり損ねた、と思っている。コルトレーンのテクニックは素晴らしい。というか天才的である。でも、その天才的なテクニックを使い間違うと、こんな結果になってしまうことになるということ。やはり、それぞれの楽器には楽器なりの「守備範囲」があるっていうこと。それって永遠の真理である、ってことを、このアルバムは教えてくれる。 
 
 
 
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2009年10月18日 (日曜日)

Beatles・Rubber Soulの思い出

中学時代、ビートルズは「メロディー・メーカー」だと思っていた。ラジオから流れるビートルズの曲は、シングルのA面か、赤盤、青盤レベルの、印象的な旋律と美しいコーラス、端正な曲構成とノリの良いビート。僕は、ビートルズは、ポップ・ロックの優等生だと思っていた。

しかし、である。高校1年生の秋だったか、FMでのあるビートルズ特集。いつものように、カセットテレコを机の右に置きつつ「ながら勉強」をしていたら、「Drive My Car」が流れてきた。ギターの音の鋼のようなしなやかさ、ベースの太い音、効果的かつ印象的に挿入されるピアノの響き、カセットテレコの単発スピーカーの奥の方まで続くかのような「音の重なり」。凄い迫力だった。思わず椅子から落ちそうになった。「これもビートルズの演奏なのか?」。

次の日、早速、ビートルズに詳しい同級生に訊いてみた。「Drive My Car」とは如何なる楽曲なのか。その同級生は「そんなことも知らんのか」といった呆れた目で、「Rubber Soul」というアルバムのA面の1曲目だと言うことを教えてくれた。「Rubber Soul」の「R」の発音と、ラストの「L」の発音が、英語の発音として、かなり本格的だったのを妙に覚えている。

早速、その『Rubber Soul』というアルバムを借りた。A面の1曲目「Drive My Car」が流れてくる。ん〜?何か変やなあ、と思った。音の迫力がまるで無い。この音の迫力の無さは、当時所有していた、実にチープな音の「モジュラー・ステレオ」のせいだと思った。その迫力不足のチープな音でも、この『Rubber Soul』の音世界には、度肝を抜かれた。ビートルズをなめていた、と思った。

『Rubber Soul』は全編を通じて、ビートルズというバンドの音作りの特徴、演奏の優れたところ、曲作りの優れたところの全てから「ええとこ取り」をした、「これがビートルズです」という感じの、ビートズの真の「名刺代わり」のアルバムと思っています。

以降のアルバムにハッキリと見られるアルバム・コンセプトが、この『Rubber Soul』にはちょっと希薄、という評価もありますが、「名刺代わり」のアルバムですから、『Rubber Soul』までの音楽活動を総括して、ビートルズの世界を確立した名盤だと思っています。以降のアルバムは、『Rubber Soul』で確立した音世界を、それぞれのアルバム・コンセプトとの下で展開したものだと理解しています。

Rubber_soul_33

今回、目出度くビートルズのCDが最新リマスターされ、リイシューされたのですが、モノラル・バージョンのリマスターCDの『Rubber Soul』を聴いて、高校時代、初めて『Rubber Soul』を聴いた時の、「ん〜?何か変やなあ」という印象の原因がハッキリ判りました。

このモノラル・バージョンのリマスターCDである『Rubber Soul』には、1965年リリース当時のモノラル・ミックスとステレオ・ミックスの2種類が収録されています。もちろん、この『Rubber Soul』でも、モノラル・ミックスが主で、ビートルズのメンバーとジョージ・マーティンが関与し監修したのは、モノラル・ミックスのみで、ステレオ・ミックスは関与していません。

このモノラル・バージョンのリマスターCDの『Rubber Soul』の1曲目「Drive My Car」を聴いて、初めて、この曲に出会った高校1年の秋の夜のことをはっきり思い出しました。そう、この音がFMを通じて、僕のカセットテレコの単発スピーカーから流れてきたんですね。ギターの音の鋼のようなしなやかさ、ベースの太い音、効果的かつ印象的に挿入されるピアノの響き、カセットテレコの単発スピーカーの奥の方まで続くかのような「音の重なり」。凄い迫力。このモノラル・バージョンのCDには、それが全曲に渡って、ギッシリ詰まっています。

そして、高校1年生の秋、同級生から借りた『Rubber Soul』は、1965年リリース当時の「ステレオ・ミックス」のLPの音だったんですね。確かに、当時所有していた「モジュラー・ステレオ」のチープな音のせいもあるんですが、改めて、現在所有しているまずまずのステレオ・セットで聴いても、1965年当時の「ステレオ・ミックス」は、ちょっと聴けたものではありません。左右に音が意味無く振り分けられていて、違和感だらけで、これはいただけません。87年初CD化に当たって、ジョージ・マーティン御大自らが、ステレオ・ミックスをやり直したのも頷けます。

ちなみに、さすがに、ジョージ・マーティン御大自らがやり直した、87年ステレオ・ミックスを前提にした、今回のステレオ盤リマスターは、87年バージョンのステレオ盤CDと比べて、音のエッジがまろやかになり、音の迫力も増して、モノラル盤に近い耳当たりになっており、これはこれでなかなかのものです。

ステレオ・ミックスに耳慣れた方には、今回のステレオ盤リマスターを是非お勧めします。87年バージョンのステレオ盤CDとはやはり、音の次元が違います。ただ、ステレオ・リマスターはちょっと、音のエッジがまろやかになった分、「優等生」的な音になっています。ステレオの特質である「自然な音の拡がり」を追求するには「いざ仕方なし」というところでしょうか。
 
しかし、その今回のステレオ盤リマスターに増して、モノラル・バージョンのリマスターCDの『Rubber Soul』は凄い音だと思います。CDというフォーマットで、ビートルズの持つ「荒々しいロッカー集団」という側面を実感できるのは、モノラル・バージョンのリマスターCDでしょう。今のところ、なかなか、入手しにくい状況になっていますが、借りてでも、はたまた、持ち主の所に押しかけてでも、一度、聴いて頂きたいと思います。
 
 
 
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2009年10月17日 (土曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・1

秋が深まっていく。そんな季節の動きを実感できる今年の秋である。先週より今週、今週より来週という感じで、徐々に秋が深まっていく様が、今年はかなりリアルに感じることが出来る。今日は夕方から夜半にかけて雨になるそうな。秋雨かあ〜。秋雨は物寂しくていかんなあ。

秋雨の 記憶の彼方 悲恋雨

さて、このところ、当ブログのジャズ・アルバムの紹介は、ちょっと、マニアックな方向に偏りつつある。本来、バーチャル音楽喫茶『松和』というところは、ジャズ者初心者の為のジャズ紹介サイトである。今日は、本来の主旨に立ち返り、バーチャル音楽喫茶『松和』のマスターが愛聴するピアノ・トリオの代表的名盤について語りたいと思う。

「ジャズのピアノ・トリオを聴きたいのですが、一枚だけ挙げるとしたら、どのアルバムですか」というお問い合わせを受ける時がある。ジャズのピアノ・トリオも奥が深く、時代の違い、スタイルの違い、パーソネルの違いがあるので、たった「一枚」だけで、ジャズのピアノ・トリオを理解するのは、ちょっと「無理ですよ、それは」と言わざるを得ないんですね。せめてジャズ者初心者として最初、代表的名盤を「10枚」は聴いて欲しいのですが、改めて、キッパリと「一枚だけ」と言われたら、私はこのアルバムを薦めることにしています。

Bill Evans(ビル・エバンス)の『Explorations(エクスプロレーション)』(写真左)。おなじみのパーソネルは、Bill Evans (p), Scott La Faro (b), Paul Motian (ds)。1961年2月の録音になります。

「Explorations」とは日本語訳では「探求」。ジャズ・ピアノの歴史上、初めて、それぞれのメンバー(楽器)が独立しつつ、有機的に連携しながら、自由度の高いインプロビゼーションとハーモニーを繰り広げた、ビル・エバンスの「伝説のトリオ」。その「伝説のトリオ」の演奏を更に深く掘り下げた内容になっています。とにかく、収録された全演奏が素晴らしい。

Explorations

冒頭の「Israel」1曲聴くだけで、ジャズ・ピアノ・トリオの持つポテンシャルを強烈に感じることが出来ます。ここまで、アーティスティックな表現が可能なことに感じ入ります。端正でスインギー、繊細かつ大胆なアプローチ、有機的に変化する楽器の連携、硬軟自在、緩急自在。譜面通りに演奏し、その限定された環境の中で、アーティスティックな面をいかに引き出せるかという「クラシック音楽」の対極にある「ジャズ音楽」とはいかなるものか、ということがこの「Israel」1曲で体感することが出来ます。

2曲目のバラード曲「Haunted Heart」の前奏からのエバンスのソロは、もう惚れ惚れとします。ピアノという楽器を本当に良く理解したピアニストだと思います。どうすれば、その局面で、ピアノの音が一番魅力的に鳴り響くか、を熟知しているようです。そして、トリオ演奏に入ると、伝説のベーシスト、スコット・ラファロの自由度高く、センスの良い、重低音溢れる、繊細かつ大胆なベースラインが楽しめます。

3曲目の「Beautiful Love (take 2)」は、冒頭からトリオ演奏。そのリズミカルな演奏にハッとします。なんて素晴らしいリズム感。心がウキウキと弾むようです。冒頭から、ラファロのベース、モチアンのドラムは、実にスリリングな絡みを見せつけながら「ビート&リズム」を供給します。その有機的で、硬軟自在、緩急自在、3D感覚の「ビート&リズム」をバックにして、ピアノで歌うような旋律を弾き綴っていくエバンスは、実に心地よさそうで、素晴らしく魅力的です。

この『Explorations』は、冒頭の3曲の流れで、ジャズ・ピアノ・トリオの特質と魅力を存分に感じることが出来ます。そして、4曲目以下に控える名曲の数々。「Elsa」「Nardis」「How Deep Is the Ocean」「I Wish I Knew」「Sweet and Lovely」「The Boy next Door」と、それはそれは素晴らしい演奏が満載です。トリオのメンバーが対等の関係で、有機的にインタープレイを繰り広げる、その「目眩くピアノ・トリオの音世界」は、一度耳を傾ければ、そこはもう「至福の世界」です。
 
ビル・エバンスの名盤の中でも、私の一番の愛聴盤が、この『Explorations』です。最近、更にその『Explorations』の魅力を深く感じるようになりました。本当にこのアルバムは奥が深い。何回聴いても、その都度違った側面、違った音に気付き、何回聴いても、このアルバムは、常に新鮮な「音」があります。1枚で何百通りにも、エバンス・トリオの演奏を愛でることが出来る。

「ジャズのピアノ・トリオを聴きたいのですが、一枚だけ挙げるとしたら、どのアルバムですか」という、ちょっと無理難題的なお問い合わせには、このビル・エバンスの『Explorations』と答えるようになりました(笑)。
 
 
 
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2009年10月15日 (木曜日)

絶品『Boston Three Party』

中学時代、岡山に住んでいたことがある。中学から歩いて数十分のところに、かの有名な庭園「後楽園」がある。そして、その先に岡山城、別名「烏城(うじょう)」がある。全体の色合いが「黒」。その様子が「烏」をイメージさせるので、その別名がある。

中学時代、土曜日の放課後、よく友達とその「後楽園」と「烏城」に遊びに行った。特に、秋の後楽園、烏城は、それはそれは素晴らしい風景。紅葉、枯葉。特に、夕暮れ時の枯葉は、そこはかとなく「寂しさ」が漂い、実に風情があって良い。

夕暮れの 烏城の辺 枯葉舞う

さて、今日もチック・コリア(Chick Corea)の「Five Trio Box」の中のアルバムから。第4弾の『The Boston Three Party』(写真左)である。マサチューセッツ州ボストンのバークリー・パフォーマンス・センターにおけるライブ盤。邦題は「ワルツ・フォー・デビイ~ビル・エヴァンスに捧ぐ」であるが、これは中身と全く違ったイメージで、簡単に言うと「違法表示」である。このアルバムの目玉は、ドラム&パーカッション担当のAirto Moreira(アイアート・モレイラ)の参加にあります。

改めて、このトリオのメンバーを見ると、いやいや〜、そそられます。Chick Corea(p), Eddie Gomez(b), Airto Moreira(ds,per,voice)。アイアート・モレイラがチックのバンドでドラムを叩くなんてRTF時代の「Light as a Feather(72年)」以来ではないだろうか。

RTF時代の初期を彷彿させる。そして、ステディで太くバネのあるベースが身上のエディ・ゴメス。チックは、意外とゴメスのベースと相性が良い。ゴメスのベースをバックにすると、チックは自由奔放に、気持ち良くピアノを弾きまくることが多い。
 

Boston_three_party

 
収録曲も、アイアートがドラムということで、スパニッシュな曲やボサノバな曲が採用されている。が、そんな中で「Waltz for Debby」の選曲は「???」(でも演奏内容は良いんですよ)。でも、RTF時代の「500 Miles High」や「Sometime Ago〜La Fiesta」、そして「Desafinado」なんて、期待度満点ではないか。しかも、ベースには、ガッチリとビートを固めてくれるゴメスがいる。曲のロマンチシズムとスピードに全体が流されることは無い。

チックは相変わらず、「Five Trio Box」の全体的傾向でもあるが、自由奔放なピアノを繰り広げる。有名な「Sometime Ago〜La Fiesta」や「Desafinado」も結構な形で「解体〜再構築」されている。しかも、アイアートの野趣溢れる、パーカッシブで躍動感溢れるパーカッションがそうさせるのだろう、チックは、他のアルバムと比べて、ずいぶんリラックスしつつ、楽しみながら弾いている。時には、羽目を外しすぎているのも「ご愛嬌」(笑)。

ライブ盤の良さが、このアルバム全編に溢れている。弦を叩くようなパーカッシブなパフォーマンス、ブンブン弾けるようなウォーキング、このアルバムでのゴメスのベースは躍動感が溢れている。そして、アイアートのドラム。ラテンタッチなドラミングが、圧倒的な躍動感をもって迫ってくる。アイアートのボイスによるパフォーマンスもライブ盤ならではの楽しみ。

そんなアグレッシブなリズム・セクションを従えてのチックのピアノ&キーボードである。チックが燃えないはずがない。リズム・セクションをたてつつ、リズム・セクションに気持ち良く乗っかる感じで、弾きまくる、弾きまくる。特に、シンセサイザーの弾きまくりが絶品である。本当に、チックは電子鍵盤楽器の扱いが上手い。というか、天才的である。これだけ、電子鍵盤楽器を理解し、直感的に本質を掴んだ演奏は類を見ない。

僕としては、やはりRTF時代の名曲「500 Miles High」と「Sometime Ago〜La Fiesta」が圧巻。何度、聴いても飽きない。「La Fiesta」は有名なロマンチックな旋律が、完璧にデフォルメされているが、これはこれで、ファンとしては堪らない。この『The Boston Three Party』は、チック・マニアにとっては外せない、最近のチックのアルバムの「マスト・アイテムの一枚」だと思います。
 
 
 
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2009年10月14日 (水曜日)

チック・コリア『From Miles』

実に涼しくなった。空も真っ青。そして高い。夜は賑やかな虫の声。ヒンヤリと夜風が心地良い。10月、日本の四季の中で、一番良い、過ごしやすい月のひとつである。これだけ、過ごしやすい季節になると、ジャズに相対する気持ちも、より一層「気合い」が入るってもんだ。

意気投合 秋の夜長に ジャズ談義

今日は、先のブログ(10月11日のブログ・左をクリック)でご紹介した、チック・コリア(Chick Corea)の「Five Trio Box」の中の第2弾『From Miles(マイルス・デイヴィスに捧ぐ)』(写真左)である。ジャズの帝王マイルス・デイヴィスのトリビュート作品。パーソネルは、チック・コリア(p)、エディ・ゴメス(b)、ジャック・ディジョネット(ds)、2006年1月14日ニューヨーク、ヒルトン・ボール・ルームにてライヴ録音。収録曲は以下の通り。

1. ソーラー / SOLAR
WRITTEN BY :MILES DAVIS
2. ソー・ニア・ソー・ファー / SO NEAR SO FAR
WRITTEN BY :BENNY GREEN , ANTHONY JOHN ABERCROMBIE
3. マイルストーンズ / MILESTONES
WRITTEN BY :MILES DAVIS
4. バット・ビューティフル / BUT BEAUTIFUL
WRITTEN BY :JIMMY VAN HEUSEN , JOHNNY BURKE
5.ウォーキン / WALKIN'
WRITTEN BY :RICHARD CARPENTER

どの曲もマイルスゆかりの曲である。チックについては、どの曲も結構、自由奔放に弾いている。それに追従するドラムのデジョネット。このデジョネットが素晴らしい。キースとの「スタンダーズ」のドラミングとは全く違った、自由奔放に弾きまくるチックのピアノに合わせた、チックのピアノを支え、活かすようなドラミングは見事。
 

From_miles
 
 
そして、ベースは「スタンダーズ」のピーコックではない、太くて堅実でステディなビートを供給してくれるゴメスのベース。ゴメスのベースの「ステディさ」によって、チックの自由奔放なピアノとの「絶妙なバランス」が生み出されている。

どの曲も、3人3様、かなり自由度の高い演奏を繰り広げていますが、特に、3曲目の「MILESTONES」なぞ、ここまで崩しまくるか〜、ってなくらい、原曲を崩しまくっていますが、原曲の持つ「モーダルでフリーな演奏に耐える」旋律をしっかり押さえているところなんざぁ、「チックさん、ニクイねえ」と声をかけたくなるような見事な展開。

5曲目の「WALKIN'」なぞは、ほとんどフリー・ジャズの展開で、タイトルがないと分からないくらい解体〜再構築されているが、その自由度溢れる演奏が、実に魅力的。逆に、チック・コリア(p)、エディ・ゴメス(b)、ジャック・ディジョネット(ds)の「ハイレベルな3人」でないと可能にならない、実に高度なレベルでの「解体〜再構築」は見事という他は無い。

チックが、これだけ自由奔放なピアノ弾きまくりが出来るのは、ドラムのデジョネット、ベースのゴメスあってのことですね。この3人の一期一会的出会い、一期一会的インプロビゼーションは実に素晴らしい。約40分弱の収録時間なんですが、もうちょっと長く聴いていたかったかも。でも、あまり収録時間が長いと、このアルバムの演奏のテンションの高さを考えると、ちょっと疲れるかなとも思ったり・・・。

良いアルバムです。チックは録音当時、65歳。65歳のピアニストのパフォーマンスとは思えないほどの「自由奔放なピアノ」。バックにデジョネットとゴメスがサポートしていたとはいえ、これだけ自由奔放なピアノが弾き倒せるなんて、今のジャズ界でもそうそういるものではない。チックのまだまだ衰えないポテンシャルにも舌を巻く。やっぱり、チックは只者ではない。 
 
 
 
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2009年10月13日 (火曜日)

秋はMJQの季節ですね...

寒くなった。このところ、朝夕、肌寒いを通り越して「寒く」なった、我が千葉県北西部地方。日の沈むのも早くなったし、なんだか「うら淋しい」秋の夕暮れという風情。この「うら淋しい」秋の風情、僕は苦手である。

寂しさを 持て余しつつ 銀杏散る

この「うら淋しい」秋の風情には、賑やかな、ファンキーコテコテのジャズは似合わない。繊細で、アーティスティックで、哀愁漂うジャズが良い。秋のこの季節に合うジャズ。僕は、大学時代からMJQが、この季節のお気に入りである。

MJQ、フルネームは、Modern Jazz Quartet。メンバーは、ジョン・ルイス(p), ミルト・ジャクソン(vib), パーシー・ヒース(b), コニー・ケイ(ds) 。40年にも渡ってアンサンブルを演奏するなかで、一度もレギュラー・メンバーにでホーンプレーヤーを入れることなく、クラシックに影響をうけた作曲を通して、ジャズのアーティスティックな面にフォーカスを当てて、ジャズの芸術的地位を向上させた功績は大である。

そのMJQの記念すべきアトランティック移籍第1弾アルバム『フォンテッサ』(写真左)。1956年作品。 ルネッサンス時代の喜劇から影響を受けた、クラシック的な曲の構成と、それに呼応するような繊細かつテクニカルな名演が光る。

Fontessa

ジョン・ルイスの音数が少ないが、実に叙情的かつブルージーなピアノと、音が印象的に伸びるミルト・ジャクソンの情感溢れる叙情的なヴァイヴ。ファンキーなだけがジャズでは無い。こんなにアーティステックな演奏が出来るんだ、ということを身をもって示してくれるMJQの名演の数々。名盤だ。

1曲目の「ヴェルサイユ」を聴くと、クラシック的ではあるが、演奏の底にしっかりとブルージーな感覚が太く流れている。後のクラシックの名曲を題材としてフュージョン的演奏とは一線を画する、ドップリとジャジーな演奏に舌を巻く。4曲目の「虹の彼方に」など、その情感溢れるミルト・ジャクソンのヴァイヴにウットリするやら、ウルウルするやら(笑)。この季節にピッタリの「虹の彼方に」を聴いて、心はすっかり「ストレス解消」。

秋はMJQの季節。日頃、あまり触手が伸びない「MJQのアルバム達」が聴きたくなる。そんな一枚が、この『フォンテッサ』。その内容は抜群。でも、日頃、あまり触手が伸びないのは何故か。それは、その内容が、この秋の季節に「実にピッタリ」合っていて、他の季節で聴くには、ちょっと違和感があるからなんだ、と思っています。
 
 
 
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2009年10月12日 (月曜日)

Beatles『HELP!』4人はアイドル

台風が去って以来、実に良い天気が続く、我が千葉県北西部地方。体調の悪さを払拭すべく、散歩で汗をかく。大汗をかいて、ちょっと体調が戻ったかなあ。散歩の道すがら、咲き遅れた彼岸花が鮮やかで、印象的だった。

亡き祖母の 佇む姿 彼岸花

さて、今日はビートルズ特集の続き。9月9日に最新リマスターが発売されて、ステレオ・リマスターとモノラル・リマスターの両ボックス盤を手に入れて、にわかに「ビートルズ研究」を進めることに相成った。このところ、5枚目のオリジナル・アルバム『HELP!』(写真左)を聴いている。もちろん、ステレオ・リマスターとモノラル・リマスターの聴き比べも「有り」(笑)。

この『HELP!』のマスターは正式に「3つ」ある。まずは、モノラル・マスター。このモノラル・マスターこそが、プロデューサーのジョージ・マーティン監修、ビートルズのメンバーが、リリースOKを出した正式マスター。

それから、モノラル・マスター作成と同時期に、エンジニアのノーマン・スミスがミックスした65年ステレオ・マスター。この65年ステレオ・マスターは、ジョージ・マーティン、ビートルズ共に、立ち会っておらず、その音を聴いて正式にOKを出したマスターでもない。そして、87年にビートルズのアルバムが初CD化される際に、ジョージ・マーティンがステレオ・ミックスをやり直した、87年ステレオ・マスターの3種類。

よって、87年初CD化された以来の『HELP!』のCDは、87年にジョージ・マーティンの手によってやり直されたステレオ・マスターを使用している。つまり、CDになってからの『HELP!』の音は、ジョージ・マーティンの手なる、87年ステレオ・マスターの音である。

それ以前の、LP時代のステレオ盤『HELP!』は、エンジニアのノーマン・スミスがミックスした65年ステレオ・マスターの音になる。なお、この65年ステレオ・マスターは、今回のモノラル・リマスター・ボックス盤の『HELP!』のモノラル・バージョンの後に収録されている。

ということで、今回、モノラル・マスターを使用した、モノラル・バージョンのCDは今回が初出。モノラル・マスターを使用した、モノラル・バージョンの『HELP!』が、この時代になって、最新のリマスターで聴けるとは思わなかった。良く出してくれた。

Help_mono

さて、この3つのバージョンの『HELP!』であるが、まず、エンジニアのノーマン・スミスがミックスした65年ステレオ・マスターの音は「論外」。今一度、聴いてみて、プロデューサーのジョージ・マーティンの「駄目出し」は至極納得出来る。つまりは、LP時代のステレオ盤『HELP!』は聴けたもんじゃない、ということになる(確かにステレオLP盤の音は酷かった記憶がある・・・)。

さすがに、ジョージ・マーティンがやり直した、87年ステレオ・マスターを前提として最新リマスターした、今回のステレオ・バージョンの『HELP!』は、ステレオ・ミックスについても、まずまず具合が良く、音そのものも良好。ここにきてやっとステレオ・バージョンが、モノラル・バージョンと肩を並べて比較できるレベルになった。

ステレオ盤は、以前の87年ステレオ・マスターCDよりも、音のエッジがまろやかになって、ステレオ的な拡がりも自然な感じになって、とても聴きやすい、とてもステレオ的な、ステレオの長所を良く活かした『HELP!』に仕上がっている。但し、まだ、モノラル・ミックス前提の4トラック・マスターを利用して、意図的にステレオとして音を拡げているので、音と音の間に隙間があって、その隙間が「音の拡散」になって、演奏の密度感に欠ける。密度感に欠ける分、それぞれの音にエッジが目立って、ちょっと音の角が尖っている。ちょっとデジタル的といったら良いのか。ただ、デジタル的な音に耳慣れた今の人達には、こちらのスレテオ盤の方が、耳に馴染むかもしれない。

モノラル盤は、このモノラル・マスターこそが、プロデューサーのジョージ・マーティン監修、ビートルズのメンバーが、リリースOKを出した正式マスターだけあって、それはそれは素晴らしい出来だ。モノラル・ミックスの技術ここに極まる、って感じがする。音の固め方、音の奥行き、音の縦の重なりなど、絶妙の極みで、これがモノラルの音か、と感じ入ってしまう。うっかり聴いていると、ステレオ録音かと聴き間違うくらいの、絶妙なミックスである。音のエッジはまろやか、音が絶妙に重ねられており、デジタル的な雰囲気はあまり感じられない。このモノラル・バージョンのCDが、LP時代の「アナログ的な音」に一番近いのではないか。「涙の乗車券」などは、モノラル・バージョンのアナログチックな「ど迫力」に度肝を抜かれた。

ビートルズ自体の演奏については、他の本やブログに書き尽くされているので、ここでは多くは述べないが、この『HELP!』で、ビートルズは、単なる「R&B+R&R」バンドから脱皮し、オリジナリティを発揮した唯一無二の、独創的な音を創造する「ビートルズ」ブランドを確立している。ギターの音、ドラムのリズム、パーカッションの付け方など、それぞれが今までに無い、実に創造的な音が溢れている。

この『HELP!』に至って、ステレオ・バージョンとモノラル・バージョンのCDと、なかなか甲乙付けがたい出来になってきた。どちらも良いです。どちらも手元に置いておきたいですね。
 
 
 
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2009年10月11日 (日曜日)

僕の大の「お気に入り」である

昨日から体調がすぐれない。風邪気味は風邪気味なんだが、今日は午後から夕方まで寝込む。どうも、この季節はいけない。高校時代から、この10月という季節はろくなことがない。それでも、ルーフバルコニーに出ると、金木犀の香りが「これでもか」と鼻を突く(笑)。

天晴れて 空一杯の 金木犀

さて、もうかれこれ1年半前になるが、僕の大の「お気に入り」ジャズ・ピアニスト、チック・コリア(Chick Corea)の「Five Trio Box」(写真左)がリリースされた。チック・コリアの「5 Trio シリーズ」の各アルバムを収めたボックス・セットである。単品発売の4作品に加え、アドリアン・フェロー(b)とリッチー・バーシェイ(ds)を迎えたスタジオ録音のDisc 5、更にシリーズ未発表を集めた特典盤も加えたチック・ファンならマストのアイテムである。

これが、まあ、その内容は「絶品」。ジャズ・ピアノ・トリオ、ここに極まれり、の感がある。ジャズ・ピアノ・トリオといえば、キース・ジャレットの「スタンダーズ」がある。ジャズ・ピアノ・トリオといえば、このキースの「スタンダーズ」がダントツだった。でも、今回、チック・マニアの僕としては溜飲がグッと下がった。今回のチックの「Five Trio」は、どの組合せも「スタンダーズ」と甲乙付けがたい出来である。
 

Five_trios

 
イントロダクションとして、シリーズ未発表を集めたボーナス盤から聴く。トリオの組合せは、

1〜2曲目:   チック・コリア/エディ・ゴメス/アイアート・モレイラ
1. グロリアズ・ステップ
2. ユー・アー・エヴリシング

3曲目   : チック・コリア/ジョン・パテトゥッチ/アントニオ・サンチェス
3. 50パーセント・マンテカ

4〜6曲目: チック・コリア/クリスチャン・マクブライド/ジェフ・バラード
4. バド・パウエル
5. スペイン(イン・ザ・メイン)
6. スペイン(ドラムデンダム)

1枚のCDで「Five Trio」の美味しいところが、ガッツリと味わえるところがこのボーナス盤の良いところ。本チャンのアルバムに未収録の曲だから、ということで、本チャン収録の演奏より、ちょっと劣るのか、という心配は御無用。チック・マニアの方々であれば、このボーナス盤目当てに「Five Trio Box」を手に入れるべきだろう。

どの演奏も、チックの個性である、リリカルで、スパニッシュな風味が香る、翳りのあるロマンチシズム、そして、底に流れるファンキー&ブルージーな雰囲気がしっかりと出ていて、実に味わい深い演奏で一杯である。

そして、チックのピアノ・トリオの特徴として、電気系鍵盤楽器の導入が挙げれれる。チックと言えば、この電気系鍵盤楽器についてのテクニックが抜群なのだ。電気系鍵盤楽器に対する知識とその特徴を活かしたフレーズを繰り出すテクニック、共に、現在のジャズ界の中でダントツだろう。電気系鍵盤楽器をメインにした、ジャズ・トリオはありそうで、なかなか「無い」。これから、このチックの演奏が指針となるだろう。

さあ、これから、このチックの「Five Trio」の一枚一枚をご紹介していきたい。この「Five Trio」は、チックのピアノ・トリオの、現時点での最高傑作だと思う。意外と、過去のピアノ・トリオの名作を抜くことの出来ないベテラン・ピアニストが多々存在する中で、チックは、いともたやすく、過去の名作を超えてしまっている。 
 
 
 
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2009年10月10日 (土曜日)

ジャズ喫茶で流したい・10

今朝は冷え冷えした「秋の朝」。秋深まる、という感じがピッタリの今日の気候。ここ千葉県北西部地方は、金木犀が満開。金木犀の香りが蔓延している。あまりに香りが強くて、ちと辛い。

これだけ肌寒くなると、いよいよ「鍋のシーズン」である。我が家は、本日、鍋のシーズン開幕と相成った。今日の鍋は「キムチ鍋」。ちょっと独創的な工夫を入れて、実に上手く出来た。今までのキムチ鍋で一番の出来。これは「人に出せる」(笑)。

肌寒く 深まる秋に キムチ鍋

さて、今日は「ジャズ喫茶で流したい」シリーズの10回目。懐かしのDENONレーベルでの作品。1970年代、日本国内レーベルDENONは素晴らしい仕事をしていました。カタログにあるアルバムは、ジャズとして、どれも良い出来でした。そんなDENONレーベルの中の、Archie Shepp(アーチー・シェップ)『 Ballads For Trane』(写真左)。1977年5月の録音。パーソネルは、Archie Shepp (ts, ss), Albert Dailey (p), Reggie Workman (b), Charlie Persip (d)。なんと渋いメンバーなのか。

ジョン・コルトレーンの直系といわれる、テナー奏者、アーチー・シェップが、コルトレーンゆかりのバラード・ナンバーだけを集中して取り上げたアルバムです。コルトレーン亡き後、フリー・ジャズの旗手として認識されていたアーチー・シェップでしたが、どうしてどうして、正統な、メインストリーム・ジャズを演奏させてみれば、あ〜ら不思議、テクニック、歌心を共に持ち合わせた、正統派テナー・マンに早変わり。

Ballads_for_trane


収録されているバラード曲は以下の通り。

1. Soul Eyes, 2. You Don't Know What Love Is, 3. Wise One, 4. Where Are You?, 5. Darn That Dream, 6. Theme For Ernie

う〜ん、良い選曲だ。これらコルトレーンゆかりのバラード曲を、時には、旋律を噛みしめるようにむせび泣き、時には、感極まった雰囲気でエモーシャルに吠え叫び、時には、喜びの表情で明るく伸びやかに、縦横無尽にテナーを吹きまくる。

このバラードに特化した演奏を聴くと、とにかく、アーチー・シェップのテナーは上手いということを再認識する。とにかく上手い。コルトレーンが着目していた若手テナーマンだということを実感する。とにかく、聴いていてリラックスできる。聴いていて感動する。細かい説明は意味をなさない。久しぶりにこの一言、「聴けば判る」。

パーソネルの選定、コルトレーンゆかりのバラード・ナンバーだけを固めた選曲など、ジャズ先進国、日本ならでは企画である。実に良いアルバムを残してくれたものだ。DENONレーベルに感謝したい。
 
 
 
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2009年10月 8日 (木曜日)

不意な出来事に「エレ・ファンク」

いや〜今日は参った。今回の台風がこれほど関東地方に影響を与えるとは・・・。朝、いつも通りに家を出たんだが、最寄りの駅の次の駅で大風の為、運転見合わせ。小一時間経っても改善する気配無し。唯一の下りの電車が来たので飛び乗り。一旦、家に帰る。

それから昼間まで自宅待機。午後3時からどうしても外せない会議があるので、家から小一時間歩いて、ようやく動き出した私鉄に乗り、はるばる2時間かけて東京へ。疲れた。こんなに台風の進路予報が東へずれるとは思わなかった。気象庁は何をしてたのか。猛省して欲しい。

風雨止み 台風一過の 空青く

さて、こんなイレギュラーな出来事の時は、難解な音楽はいけない。いろいろと予期せぬ出来事が起こる、今日のような日は、その時その時の思考・判断に弾みを与える、ビートが効いた音楽が良い。ジャズのジャンルで言えば「エレクトリック・ファンク(略して「エレ・ファンク」)。エレ・ファンクと言えば、その第一人者は、ハービー・ハンコック。

今日は、この台風の被害渦巻く中、東京へ何とか出て行かなくてはならない憂き目にあいながら、ズッと道すがら聴いていたのが、ハービーの『Thrust(邦題:突撃)』(写真左)。1974年8月、サンフランシスコ、ウォーリー・ハイダー・スタジオで録音。独特なアルバム・ジャケットが素敵な、エレ・ファンクの佳作である。

前作のエレ・ファンクの名作『Head Hunters』(2009年7月16日のブログ参照)で、一躍、スターダムにのし上がったハービー・ハンコック。それまで追求していた「プログレ・ハンコック」をかなぐり捨て、いきなり、ビートとリズムを「どファンク」したハンコック。ポップで印象的なフレーズを持った「Chameleon」と「Watermelon Man」でエレ・ファンク化。黒く粘っていて「クール」。

 Thrust

そして、満を持しての次作『Thrust』。前作『Head Hunters』で「エレ・ファンク化」したハンコック。ちょっとキャッチャーな音を追求したので、ちょっと俗っぽくなったのが玉に瑕だった。

その俗っぽさを修正し、ちょっとだけ「プログレ・ハンコック」に戻って、なんとなく前作『Head Hunters』より、アカデミックなエレ・ファンクとなった『Thrust』。

このアカデミックな雰囲気が実に魅力的なんですね。知性を感じるファンキーさ、とでもいうんでしょうか、素晴らしく品格のある「エレ・ファンク」アルバムになりました。ちょっとだけ「プログレ・ハンコック」に戻ったけれど、リズムとビートがしっかりと「ファンク」しているので、「エレ・ファンク」を外すことはありません。

収録されたどの曲も良い出来です。ポール・ジャクソンのベースが素晴らしい。シンセサイザー等のエレクトリック楽器を自家薬籠のものとしたハンコック。クラヴィネット、オーバーハイムといった名器を堂々と操るハンコックは、やっとエレクトリック楽器を自分のものにした感じが伝わってくる。

なんとなく前作『Head Hunters』より、アカデミックなエレ・ファンクとなった『Thrust』。アカデミックになった分、勢いやノリといった部分を弱めた分、全体が引き締まって、スリリングになった。そのアカデミックさとスリリングさが、この『Thrust』最大の魅力。僕は『Thrust』の方が、『Head Hunters』よりも良く聴きます。
 
 
 
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2009年10月 7日 (水曜日)

ザビヌル喜ぶ、やった売れた

大型の台風が日本列島を伺っている。特に、上陸コースにある近畿地方。あんまり台風馴れしていない地域だけに心配。もともと僕の故郷でもある。大丈夫なのか。今日の夜半から明日の午後にかけて、近畿地方、特に大阪、京都、滋賀の方々は気をつけて下さいね。

秋雨に 君の傘借り 足軽く

さて、『Black Market』で、第2期黄金時代の幕開けを告げたウェザー・リポート。「エスニック&ユートピアな音作りに、効果的なジャズ的エッセンスの付加」という、ウェザー・リポートの最大の特徴が花開いて、満開まで後一歩。エレベ(エレクトリック・ベースの略)の天才、ジャコ・パストリアスを迎えて、さあ、ということで、1977年リリースされた『Heavy Weather』(写真左)。

『Black Market』で「エスニック&ユートピアな音作りに、効果的なジャズ的エッセンスの付加」という、ウェザー・リポートの最大の特徴が花開いた。でも、ジョー・ザビヌルは「売れたい」。とにかく売れたい一心で、この『Heavy Weather』は、当時大流行だった「フュージョン」のエッセンスを大々的に取り入れた。

「エスニック&ユートピアな音作り」は後退、フュージョンの音作りを大々的に取り入れた。ポップ色が強まった。冒頭の「Birdland」は、ユートピアな音作りの面影は残っているが、とにかく「ポップ」。キャッチャーなリフ、印象的なフレーズ。まるでロック。これは売れて当然。判りやすくて印象的。実際に売れた。この『Heavy Weather』は売れた。ジョー・ザビヌルの満願達成である(笑)。

でも、よくよく耳を傾けてみると、単なるポップなフュージョン・チューンとは違う、ジャズ独特の要素が、そこかしこの散りばめられている。この「Birdland」のバックで鳴り響く、ジャコ・パストリアスのエレベのベースライン。実にえげつない、実にテクニカルなベースライン。粘りのビートがビンビンに効いている。このビートの効き方がロックとはまるで違う。この粘りのビートはジャズである。このポップな「Birdland」をジャズの名演たらしめているのは、ひとえにジャコのエレベである。

2曲目の「Remark You Made」、これはもう完全な「フュージョン・バラード」。エスニック&ユートピアな音作りは、どこかへ吹き飛んでしまった。心地良い演奏ではあるんだが、何回も聴くと、ちと飽きる。ジャズ性が希薄なのだ。確かに、ウェイン・ショーターのサックスは上手い。でも、彼のサックスは、こんなに素直なフュージョン的な演奏には全く向かない。でも、この曲も「売れた」。喫茶店やブティックなど、お洒落な店のそこかしこで流れていた。

Heavy_weather

でも、4曲目のショーター作の「Harlequin」から、ちょっと雰囲気が変わる。さすがはショーターである。「売り」に走ったザビヌルの首根っこを掴んで、グィッとジャズの世界に、ウェザー・リポートを引き戻している。ダイナミックでコズミックな音作り。初期の頃のウェザー・リポートをフュージョン寄りにしたような、実に現代的なジャズ。良い感じだ。

5曲目の「Rumba Mamá」の存在は今もって全く理解不能。LP時代はB面の1曲目だった。「売り」に走った、ポップでフュージョンなウェザー・リポートはここで終わり、という宣言にも聞こえる。続く、ショーター作「Palladíum」が実に素晴らしい。ウェザー・リポートの最大の特徴、「エスニック&ユートピアな音作りに、効果的なジャズ的エッセンスの付加」が戻ってきた。しかも、良い意味でフュージョンの要素を趣味良く取り入れ、実にクールでハードな演奏にハッとする。

そして、その ショーター作「Palladíum」に負けず劣らず素晴らしいのが、ラストのジャコ作「Havona」。この曲は、この演奏は凄い。変に捻れたテーマを持つ不思議な雰囲気を持つ曲。思わず惹き付けられる。凄いストレート・アヘッドなエレクトリック・ジャズ。この「Havona」でのバンドのテンションは凄い。これぞ、ウェザー・リポートの真骨頂だ。

こうやって聴き返してみると、とにかく「売れたかった」ザビヌル。その満願を達成したのは良いが、魂(ジャズ性)までも売りそうだったところを、ウェイン・ショーターとジャコ・パストリアスが救って、この『Heavy Weather』をエレクトリック・ジャズの佳作として留めた、といった感が強い。

アルバムのグループとしての統一感という点とジャズ性という点で、エレクトリック・ジャズという観点でみると、『Black Market』と比べて、ちょっと落ちるかなあ、と感じます。「佳作」だと思います。でも、大衆性という観点でみると、やっぱりこの『Heavy Weather』は大ヒットアルバムですね。

ちなみに、この『Heavy Weather』は、ザビヌルとジャコの共同プロデュースとなっています。が、全編を通じて、ジャコのプロデュース能力がアルバム全体を支配しているように感じます。「売れる」という要素も、「ストレート・アヘッドなエレクトリック・ジャズ」という要素も、どちらも、ジャコのプロデュースが生み出したのではないでしょうか。そのジャコの傑出したプロデュース能力が、次のアルバム『Mr. Gone』で花開くことになります。
 
 
 
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2009年10月 6日 (火曜日)

秋雨に「元気の出るフュージョン」

良く降る雨だ。これを「秋の長雨」というのだろう。朝からしとしと、そぼ降る雨。秋の長雨は苦手である。とにかく高校時代から良い思い出が無い。もともと「晴れ男」なんで、いざという時には問題は無いんだが、それでも、時々、秋の長雨が僕を萎えさせる。

人待ちの 秋の長雨 恨めしく

さて、僕ははっきりいって雨が嫌いである。よって、傘というものを持つのもさすのも嫌い。それでも、もっと嫌いなのが「濡れること」。よって、仕方なしに会社用のカバンには「折りたたみの傘」が入っている。とにかく、秋の長雨は「鬱陶しい」「淋しい」「やるせない」。心がドップリ暗くなる。それだけ、秋の長雨に良い思い出が無いってこと。

心がドップリ暗くなったら、ここは一発、ポジティブなフュージョンを聴いて、暗くなった心を、しっかりと持ち上げたい。ポジティブなフュージョン、何が良いか、と探して、チョイスしたアルバムが、トム・スコットの『アップル・ジュース』(写真左)。これが良い。これならば、秋の長雨で萎えた心を持ち上げることができる。時間帯は「昼下がり」。秋の長雨で、お客の誰もいない音楽喫茶「松和」の昼下がりが良い。

この『アップル・ジュース』というアルバムは、僕にとって「特別」なのだ。パーソネルをご紹介すると、今は亡き、リチャード・ティー(key)とエリック・ゲイル(g)、ヒュー・マクラッケン(g)、マーカス・ミラー(eb)、スティーブ・ガッド(ds)ラルフ・マクドナルド(per)とズラリ並んだ、フュージョンの強者ども。特に、リチャード・ティー、エリック・ゲイル、スティーブ・ガッドとくれば、かの伝説的フュージョングループ「スタッフ」の主要メンバーですよね。

Apple_juice

このトム・スコットの『アップル・ジュース』って、このスタッフの主要メンバーの参加が、僕にとって「特別」なんですね。冒頭のタイトル曲「アップル・ジュース」の前奏だけで、アドレナリン全快。あのティーの独特なフェンダー・ローズの音、ガッドのスチャスチャスチャという「デジタル的」ドラミング。これを聴くだけで「このアルバムはええで〜」。

ヒュー・マクラッケン(g)、マーカス・ミラー(eb)、ラルフ・マクドナルド(per)の参戦も素晴らしい。もう、上質のフュージョンがここにある、と叫びたい(笑)。その上、更にゲストとして、「So White And So Funky」に、あのドクター・ジョンがボーカルとピアノで加わってます。アメリカン・ルーツ・ロックのファンである僕にとっては実に「グッド」。

「ゲッティング・アップ」でのトム・スコットのEWIソロにも、思わず「仰け反る」。アルバム全編に、メリハリの効いた、端正なトム・スコットのサックスが響き渡る。とにかく、どの曲もどの曲も、思わず「お見事!、ええやん!」というほかありませんね〜(笑)。いやいや、これだけ、フュージョン・ジャズの美味しいところを満載したライブ盤って、なかなかありません。

元気が欲しい時には、トム・スコットの『アップル・ジュース』。フュージョンの名盤の一枚。気持ちが持ち上がること請け合いです。特に、今は亡き、リチャード・ティーのフェンダー・ローズには涙涙涙です。これだけ、ソフト&メロウにフェンダー・ローズを弾けるキーボーダーはティー以外にいないでしょう。このアルバム、リチャード・ティーのフェンダー・ローズを愛でるのに最適な一枚でもあります。
 
 
 
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2009年10月 5日 (月曜日)

ジャズ喫茶で流したい・9

昨日の秋晴れとは打って変わって、朝から愚図ついた天気。朝、通勤の道すがら、早々に雨がポツポツ降り出して、昼前には本降りに。夕方、帰宅の道すがらも雨。鬱陶しいことこの上無し。秋雨って、特に高校時代、良い思い出が無い。体育祭、文化祭がという2大イベントが終わって、燃え尽き症候群の中、人淋しくて仕方のない10月。心が淋しい上に「淋しい雨」。

秋雨に 君の傘追う 下校道

さて、「ジャズ喫茶で流したい」シリーズの第9弾である。このアルバムは、ジャズ喫茶でかけても、まず誰の演奏なのか、恐らく大多数のジャズ者の方が判らないと思う。僕も最初判らなかった。

端正でテクニック確かで歌心のある「芯のあるテナー」。もろビ・バップな音だけど柔らかで、なかなか小粋な音色を奏でるトランペット。趣味の良い、硬質ながら流れるような正統派ピアノ。確実で硬派でしなやかなビートを供給するベース。硬軟自在、緩急自在な堅実なサポート、テクニック確かなドラム。

ビ・バップの様な、疾走感、テクニック溢れる演奏を繰り広げる、冒頭の「Little Chico」。ハードバップらしさ溢れる、ミッドテンポでファンキーな、2曲目「Social Call」。この2曲の演奏だけで、「これって誰のアルバム? パーソネルは?」と心穏やかで無くなること請け合い。でも、判らない。再び、アップテンポでファンキー溢れる、テナーとペットのユニゾン、ハーモニーがニクイ、3曲目「Half Nelson」。ここまで、聴き進めると、もう「アカン」、我慢できん。誰のアルバムなんや〜。
 

Social_call

 
このアルバム、Charlie Rouse & Red Rodney の『Social Call』(写真左)。1984年録音の渋いハードバップ作品。ちなみにパーソネルは、Charlie Rouse (ts), Red Rodney (tp), Albert Dailey (p), Cecil Mcbee (b), Kenny Washington (ds)。これぞハードバップって感じで、アグレッシブに、はたまたリリカルに、実に味わい深い演奏を聴かせてくれる。

バラード演奏も秀逸。5曲目の「Darn That Dream」なんぞ、惚れ惚れする。情感タップリに歌い上げていくチャーリー・ラウズのテナー。まあるく優しいトーンで語りかけるように吹き上げるレッド・ロドニーのトランペット。リリカルに堅実に硬派なバッキングを供給するアルバート・デイリーのピアノ。当然、リズムセクション、セシル・マクビーのベースとケニー・ワシントンのドラムがバックにあっての、秀逸なバラード演奏である。

チャーリー・ラウズとは誰か。伝説のピアニスト、セロニアス・モンクとの共演で最も知られるテナーサックス奏者です。ラウズはモンクとの相性が抜群でした。テクニックに優れ、スケールの広い、モンクの音にぴったり呼応して、モンクの様に予期せぬフレージングで吹くことが出来ました。ですから、僕としては、モンクのバンドのテナー奏者という印象が強く、この『Social Call』の様に、端正でテクニック確かで歌心のある「芯のあるテナー」を吹くとは思わなかった。

とにかく、まずは「ラウズのテナーにビックリしながら、ラウズのテナーに酔う」一枚です。そして、ラウズの「芯のあるテナー」に、もろビ・バップな音だけど柔らかなロドニーのペットはピッタリ。選曲もお馴染みの曲が多く、1980年代前半のフュージョン全盛時代過ぎ去り後の、上質なハードバップ演奏が聴けます。絵に描いたような「ハードバップ」な一枚とでも言ったら良いでしょうか。良いアルバムです。
 
 
 
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2009年10月 4日 (日曜日)

『Beatles For Sale』は隠れ名盤

今日は朝から良い天気。爽やかで涼しい空気。夏はすっかり去った。でも、ちょっと上空の空気は不安定らしく、ところどころ、不穏な雲がたなびいている。天気図を見れば、猛烈な台風18号が日本列島をうかがっている。しばらく、台風の動きからは目が離せない。明日から暫く天気が悪いみたいで、朝早々に、いそいそと夏布団を洗濯する。

名残惜し 爽風踊る 夏布団

さて、今日はBeatles(ビートルズ)の話題を。このところ、Beatlesの4枚目のアルバム『Beatles For Sale』(写真左)を聴いている。当然、9月9日に発売された最新リマスター盤の、mono盤とstereo盤の聴き比べである。

この『Beatles For Sale』は、Beatles4枚目のアルバムで、1964年12月にリリースされた。ワールドツアーはあるわ、取材攻勢はあるわ、多忙を極めた中、契約上、年2回のアルバムリリースを義務づけられ、12月のクリスマス商戦めがけて、突貫工事で作成されたアルバムである。よって、前作『A Hard Day's Night』では、収録された全曲、Beatlesメンバーのオリジナル曲で固めるという快挙をなしとげたばかりであるが、この『Beatles For Sale』は、オリジナル8曲、カバー6曲とカバー曲が復活している。

でも、このカバー曲の存在がなかなか味わい深く、このカバー曲の復活は、決して悪いものではない。Beatlesのメジャーデビュー前のリバプール時代、あるいはハンブルグ時代にライブでよく演奏した、50年代の米国ロカビリー、ロックンロール系の曲がズラリと並ぶ。Beatlesの音楽的ルーツが再確認出来、多忙な中、初心に戻って、という雰囲気が実に真摯に響く。

このアルバムの録音は、前作より4トラックの録音になっているので、さすがに、stereo盤のボーカルは真ん中に位置していて、ホッと一息。この『Beatles For Sale』は、前作『A Hard Day's Night』のstereo盤よりも、違和感の無いstereoミックスとなっており、エコーのかかり具合も、音の左右への拡がりも、あまり違和感無い。ただ、4トラック収録の音を、stereoに分離しているので、音の全体の密度感はやはり薄れる。よって、楽器毎のボーカル毎のエッジの立ち方は、Stereo盤の方が顕著で、音の雰囲気も、ちょっと固い。

ノイズが極力取り除かれているので、なんとかstereoで、落ち着いて聴くことの出来る、優れたミックス&リマスターだと思う。楽器の配置、コーラスの配置など、stereoマスター作成の過程においての違和感はあるが、鑑賞を大きく妨げるものでは無い。この『Beatles For Sale』は優秀だと思います。

Betles_for_sale

しかしながら、「僕らは何度も演奏した。誰かが歌い続ければ僕は永久に演奏を続けられたよ。ボーカルを含め、ギターやベースをあとで入れようなんてことはなかった。ほとんどその場で収録したよ」というリンゴの証言にもあるように、この『Beatles For Sale』でも、基本的には、演奏しながら録音する、というライブ・レコーディング方式がとられている。しかも、Bestlesの楽器構成は、ギター2本、ベース1本、ドラム1台とシンプル。音を左右に大きく拡げる必要も無いし、真ん中にドーンと音が固まっていた方が、より当時のBeatlesの音を追体験できることになる。

そういう意味では、やはり、まだまだ『Beatles For Sale』でも、mono盤の方が、Beatlesの演奏が違和感無く聴くこと出来る。しかも、ジョンの声はmono録音向き。mono盤の演奏は、音のエッジが耳に優しく、音の迫力は自然な感じで耳に向かってストレートに伝わってくる。まだまだmono盤の方が、Beatlesの演奏を楽しみには、この時点でも優れていると思う。でも、stereoミックスも今回は、中々のもので、もうmono盤との差はあまりない。しかし、今回の最新リマスターのmono盤は音の次元が違う。もう従来盤には戻れない。

冒頭「No Reply」〜「I'm a Loser」〜「Baby's in Black」のジョン3連発は、フォーキーで内省的で、その歌声が実に素晴らしい。ポールの「I'll Follow the Sun」も美しい。そして、LP時代のB面の 「Every Little Thing」〜「I Don't Want to Spoil the Party」〜「What You're Doing」の流れも素敵である。「I Don't Want to Spoil the Party」のカントリーな雰囲気に感じ入る。当然、手慣れたリバプール時代、あるいはハンブルグ時代にライブでよく演奏した、50年代の米国ロカビリー、ロックンロール系のカバー曲6曲はどれもが素晴らしい。

この『Beatles For Sale』って、プロデューサーのジョージ・マーチンからして「あまり良い出来では無く、印象に残っていないアルバム」てなコメントを残しているくらいで、巷の評判も昔から「地味、暗い、内省的、思索的」と芳しくない。が、そうなのか?

実は、Beatlesの前期の作品(デビューから『Help!』まで)の中では、この『Beatles For Sale』って、私の1番のお気に入りです。このアルバム全体から感じる、オリジナル8曲のアーシーでフォーキーで思索的で落ち着いた雰囲気と、その落ち着いた雰囲気と相対する、Beatlesの音楽的ルーツを感じさせてくれるカバー6曲の成熟した演奏と迫力、この2点が、アーティスト集団としてのBeatlesを強く感じさせてくれるからだと思います。

多忙な中、精神的に追い詰められつつも、ここまでアーティスティックな側面を追求して、それを実現していくBeatlesって、やはり凄いグループだったんだあ、と改めて感じます。その音が、当時の音そのままとして「mono盤」で、音の横の拡がりと音のエッジの明確さを楽しむ「stereo盤」、2つの優れた、最新の録音バージョンで心ゆくまで楽しめるようになりました。本当に良い時代になったものです(笑)。
 
 
 
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2009年10月 3日 (土曜日)

追悼・エディ・ヒギンズ

昨日より、実に不安定な天気。今日は朝から、急に雨がざっと降ったと思ったら、急に晴れたり、と思ったら、ドバ〜ッと雨が降ったり、と目まぐるしい天気の変化。雨が上がれば晴れ間が見えて、夕方になるにつれ、グッと肌寒い気温に。う〜ん、秋ですねえ。

書を開く 秋の長雨 穏やかに

さて、ちょっと過去の話になりますが、ジャズ・ピアノの超ベテラン、エディ・ヒギンズが、8月31日、フロリダ州フォート・ローダーデールにあるホリー・クロス病院で死去されました。享年77歳でした。

エディ・ヒギンズと言えば、1932年生まれですから、若かりし頃はバップ・ピアニスト。1958年に初リーダー作を出しましたが、サイドメンを務めることが多く、リーダー作が話題になることもなく、知る人ぞ知るという感じのピアニストでした。しかし、突如、晩年、1990年代になって、日本のヴィーナス・レーベルに数多くの録音を行い、ジャズ・ファンを驚かせました。

ヴィーナス・レーベルは、「オーディオ好き,美女ジャケット好き,スタンダード好き」といった、どちらかと言えば、中高年のジャズ者「おやじ」向けのレーベルです。エディ・ヒギンズのピアノは、何といっても上品で聴き易く、リリカルなプレイが特徴で、日本人好み(特に中高年でしょう)の音傾向です。いわゆる「カクテル・ピアノ」的な演奏です。

ヴィーナス・レーベルにはかなりの数のリーダー作を残しましたが、どのアルバムも、スタンダード中心、演奏はミッド・テンポからバラードの緩やかで優しい演奏が中心、「カクテル・ピアノ」的演奏が中心で、とにかく安全運転で、音楽的に冒険すること無く、破綻を来すこと無く、実に聴き易い演奏ばかりです。良くも悪くも「金太郎飴」的なアルバムがズラリと並びます。
 

Eddie_stockholm_20

 
そういう意味では、エディ・ヒギンズのリーダー作選びについては、どのアルバムも水準以上、演奏の内容も平準化されていますので、収録された曲の好みと演奏メンバーの組合せで選べば、絶対にハズレがありません。

私はさすがに「カクテル・ピアノ」的な演奏を多々コレクションし、スタンダード中心に曲を愛でるタイプではないので、エディ・ヒギンズはあまりヘビー・ローテーションにはなりませんが、『Dear Old Stockholm (懐かしのストックホルム)』(写真左)は、時々聴きたくなります。

このアルバムも、とにかくズラリと有名スタンダード曲が並びますが、ミッド・テンポからバラード曲が中心の選曲で、「ロマンチックなスタンダード集」とでも言えるでしょうか。エディ・ヒギンズの「カクテル・ピアノ」的な演奏が、実に良くマッチしているところが、お気に入りの理由です。

しかも、ジャンルー・シーフのジャケット写真が秀逸。素晴らしいジャケットです。ヴィーナス・レーベルのジャケット・デザインについては、僕はあんまり好みではありませんが、この『Dear Old Stockholm』のジャケットは良いです。出来れば、LPサイズで愛でてみたいですね。
 
『Dear Old Stockholm』を聴きながら、エディ・ヒギンズの、コテコテの「カクテル・ピアノ」的な演奏も、ジャズ・ピアノのひとつのスタイルなんだと改めて思います。そういう意味で、エディ・ヒギンズは、遅咲きの「日本人好みのジャズ・ピアノのスタイリスト」の一人として、永く記憶されるべきミュージシャンでしょう。ご冥福をお祈りいたします。
 
 
 
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2009年10月 2日 (金曜日)

第2期黄金時代の到来!

今日は日中は、ちょっと汗ばむ陽気だったが、朝夕はめっきり涼しくなった、我が千葉県北西部地方。久方ぶりに天気も良く、午後からは晴れ間も広がって、秋たけなわの雰囲気満載である。最近、空もめっきり秋の空らしくなった。空一面のいわし雲を見ると、なんだかジンワリと、センチメンタルになったりする。

幼き日 思い遙かに いわし雲

さて、昨日、ウェザー・リポートの『Tale Spinnin'』について語った。第5作目、ジャズの商売人、ジョー・ザビヌル孤軍奮闘の一枚である。どうしても、ビートが弱い。ビートが強くならない。ドラムなんか、第3作から、毎回毎回コロコロ変わる。ベースも、もう一息である。ザビヌルは困った。困った所に、ある青年が声をかける。「俺は世界で最高のベーシストさ、俺を雇う気はないか」。

その自信過剰とも言える発言の主は、伝説のエレクトリック・ベーシスト、ジャコ・パストリアス。ウェザー・リポートの第6作の『Black Market』(写真左)。キャッチャーでアーシーな曲がずらりと並ぶ。「Black Market」「Cannon Ball」「Gibraltar」「Elegant Pepole」「Three Clowns」「Barbary Coast」「Herandnu」。特に、「Black Market」「Elegant Pepole」「Barbary Coast」は秀逸。

キャッチャーでアーシーな曲も十分用意できるようになった。「エスニック&ユートピア」な音作りに、効果的なジャズ的エッセンスの付加についても、もう「お手のもの」。ザビヌルのシンセの扱いも、やっとなんとか「モノになってきた」。

でも、最後の難問、アーシーでファンキーなビートを供給するリズム・セクションの問題だけが解決されていない。そんな所に、伝説のエレクトリック・ベーシスト、ジャコ・パストリアスの出現である。

Black_market

ザビヌルとしては、宝くじに当たったようなものだ。それでも、ザビヌルは、ジャコに「俺は世界で最高のベーシストさ、俺を雇う気はないか」と声をかけられた時は、「この男、頭がおかしいんじゃないか」と、最初は取り合わなかったというから、罰当たりである。

ジャコ参加の曲は、2曲目の「Cannon Ball」、6曲目「Barbary Coast」で聴くことが出来る。確かにこの2曲を聴くと、Alphonso Johnsonには悪いが(名誉のために言っておくが、Alphonso Johnsonも上手くて、エレベ奏者としては一級品なんですよ)、ジャコのエレベについては、全く次元が違うことが判る。特に「Barbary Coast」のジャコのエレベは「なんやねん、このエレベ〜」って感じで、何度聴いても唖然とする。

2曲目の「Cannon Ball」についても、ジャコのベースの音量は絞られているが、うねるような、流れるような、超絶技巧なフレーズが全編に渡って響き渡っている。ドラムはリズムの供給、ベースはビートの供給というが、この「Cannon Ball」を聴くと、その表現に納得する。ジャコの天才的なビートを得て、ザビヌルのキーボードは水を得た魚の様に活き活きと鳴り響き、ショーターもテナーを気持ちよさそうに吹き上げていく。

ドラムは相変わらずで、バシャバシャと結構ウルサイ感じのドラミングであるが、これは仕方がない。ウェザー・リポートが望む、タフでファンキーで正確なリズムを供給できるドラマーはそうそういない。この理想的なドラム担当については、ピーター・アースキンの登場を待つことになる。

この『Black Market』は、ウェザー・リポートの第2期黄金時代の幕開けを告げる、マイルストーン的な名盤である。「エスニック&ユートピアな音作りに、効果的なジャズ的エッセンスの付加」という、ウェザー・リポートの特徴について言えば、この『Black Market』が最高作だろう。

2曲目の「Cannon Ball」、6曲目「Barbary Coast」でのジャコの参加が決め手です。この2曲が無ければ、アーシーでファンキーなビートを供給するリズム・セクションの問題だけが解決されないままで、バンドとしても膠着状態に突入したと思われますが、まさに、ジャコの参入がウェザー・リポートを救ったといえるでしょう。う〜ん、ザビヌルとは、なんと運の良い男だったんろう。
 
 
 
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2009年10月 1日 (木曜日)

ザビヌル、孤軍奮闘!

ウェザー・リポートの聴き直しを進めている。第4作『Mysterious Traveller』のテーマは、ジョー・ザビヌル(写真右)の「一人で出来るもん」(笑)。第3作『Sweetnighter』で、創設メンバーのビトウスを退団に追いやったザビヌル。第4作で、もう一人の創設メンバー、ウェイン・ショーターも蔑ろにして、ウェザー・リポートを私物化しようと思ったら、完全に「転けた」。

第4作『Mysterious Traveller』では、ビトウスの退団が、実に大きなマイナスだったことを証明した様な内容になった。バンドの基本ビートは、ファンクから、アーシーな野趣溢れるアフリカンなビートに変化したが、全編に渡って、ザビヌルのキーボードは精彩が無い。

原因はリズム・セクション。ビートが上手く供給されないと、そのビートの上に旋律を乗せていく電子キーボードは辛い。加えて、ザビヌルは、ハービーやチックに比べて、キーボードの扱い、特にシンセサイザーの扱いがイマイチ。とてもじゃあないが「一人で出来るもん」どころでは無い。

そして、第5作目の『Tale Spinnin'(邦題;幻祭夜話)』(写真左)。まず、脱・ビトウス、脱・コズミック・ジャズの対策。キャッチャーでアーシーな曲を用意して、コアなジャズファン以外にも、売れるようにしなければならない。確かにその対策の成果が出ている。冒頭の「Man in the Green Shirt」や、4曲目の「Badia」など、実にキャッチャーな旋律を持ったアーシーな名曲である。

Tale_spinnin

加えて、後のバンドの音楽的指向のベースとなる「エスニック&ユートピア」への傾倒と効果的なジャズ的エッセンスの付加である。これが無いと、アイデア優先のチープなフュージョンとして扱われる可能性がある。その対策は、そう、ウェイン・ショーターのカムバックである。

この『Tale Spinnin'』では、いつになく、ショーターが吹きまくっている。やはり、ショーターが腰を据えて吹く、モーダルなサックスは魅力抜群。このショーターの本格的参戦により、「エスニック&ユートピア」な音作りに、効果的なジャズ的エッセンスが付加されて、アルバム全体が、ジャズ・アルバムとしても魅力的になった。

キャッチャーな曲を用意した。「エスニック&ユートピア」な音作りに、効果的なジャズ的エッセンスを付加して、後のバンドの音楽的指向のベースとなる「エスニック&ユートピア」的アプローチも定着できた。でも、最後の難問、アーシーでファンキーなビートを供給するリズム・セクションの問題は解決されていない。ドラマーに Leon "Ndugu" Chancler に代わり 、ベースは Alphonso Johnson が継続。まだまだ弱い。よって、まだまだ、ザビヌルのシンセは「なんとなく不完全燃焼」。

でも、この『Tale Spinnin'』、前作『Mysterious Traveller』よりは、その内容は遙かに良くなった。ザビヌルの努力たるや、涙ぐましいばかりである。「もっと売れたい」、加えて「俺一人でもいける」。でも「俺一人では駄目だ」、でも「売れたい」。その「売れたい」という強い心が、この過渡期のウェザー・リポートを突き動かしている。

動機は不純だが、内容的には、ジャズとしてもフュージョンとしても、魅力的な内容を持ち合わせるようになってきている。ザビヌルの執念、恐るべしである(笑)。しかし、このザビヌルの想いが満願達成されるのは、かの天才エレベ奏者、ジャコ・パストリアスが、ウェザー・リポートに参戦してからのこと。そして、いよいよ次作『Black Market』の制作途中で、そのジャコ・パストリアスが参戦してくるのである。
 
 
 
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