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2009年9月の記事

2009年9月30日 (水曜日)

あっけらかんとしたフュージョン

秋である。秋刀魚の季節である。今年は秋刀魚の出来が良いらしい。近くのスーパーで出ている秋刀魚の刺身が実に美味い。秋刀魚の刺身も良いが、秋刀魚と言えば「焼きさんま」。炭火で焼く秋刀魚は絶品である。秋たけなわの頃、「焼きさんま」を食する時、無情の幸せを感じるのは僕だけだろうか。

家路にて 秋刀魚の香り 足急ぐ

さて、2日続けて、コルトレーンを聴いて、ちょっと耳にもたれた。そりゃあそうだろう。インパルス時代のコルトレーンを立て続けである。モード+フリーの超弩級のテナー・ブロウの嵐。そして、怒濤のようなリズムセクションの響き。心地良い気分ではあるが、ちょっと疲れた。

そういう時は、あっけらかんとしたフュージョンが良い。ただただ、ひたすらに爽やかに疾走する、電気楽器中心のフュージョンが良い。でも、デジタル臭さが強い、打ち込み中心なフュージョンは疲れる。アナログっぽい、デジタル臭さを押さえた、上質のフュージョンが良い。

そんなこんなで選んだアルバムが、マイク・スターン(Mike Stern)の『Jigsaw』(写真左)。マイク・スターン4枚目のリーダー・アルバム。1989年のリリースである。これが、なかなかに、あっけらかんとした、ただただひたすらに爽やかに疾走する、電気楽器中心のフュージョンなのである。

マイク・スターンとは誰か。1953年生まれのジャズ・ギタリスト。マイルス・デイヴィスが1981年にカムバックした際、ギタリストとして抜擢されて注目を浴びた。ジミヘンのように、ディストーションの効いたサウンドが格好良かった。
 

Jigsaw

 
この『Jigsaw』、パーソネルを見渡すと、フュージョン・ファンのみならず、期待でドキドキする。Mike Stern (g), Bob Berg (ts), Michael Brecker (Akai EWI), Jim Beard (key,syn), Jeff Andrews (eb), Peter Erskine (ds), Dennis Chambers (ds), Manolo Badrena (bongos) 。いやいや、当時の若き精鋭たちがズラリ。これだけのメンバーが集えば、その演奏内容については良いに決まってる。

収録されたどの曲も良い内容です。主役のマイク・スターンのギターは端正で、ジョンスコ(ジョン・スコフィールド)やジョンアバ(ジョン・アバークロンビー)ほど捻れていない。どちらかと言えばロックのギター・インストがベースだろうか。でも、ロックほどメリハリ効いて受け狙いではなく、ロックほど下世話でない。やはり根底に流れているのはジャズで、テクニックは優秀、インストの底にブルージー&ファンキーな雰囲気が見え隠れする。実にスマートでお洒落なギター・インストである。

加えて、1989年の録音ながら、デジタル臭さが押さえられて、アナログチックな音の響きがなかなか。しかも、ボブ・バーグの、モーダルでややフリーキーなテナー・ブロウが入ると、一気にジャズ色が濃くなるところが素敵である。マイケル・ブレッカーの「Akai EWI」のブロウが入ると、一気にファンク色が濃くなるところが実に「ニクイ」。

マイク・スターンだから、電気楽器中心のデジタル・フュージョンでしょう、なんて、いきなり敬遠するようなアルバムでは無い。フュージョンではあるが、そこはかとなくジャズの香りも漂い、アナログチックで硬派なミュージシャンシップが見え隠れするところが実に良い。フュージョンの好盤である。純ジャズの合間の気分転換に好適なフュージョンの佳作である。
 
 
 
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2009年9月29日 (火曜日)

コルトレーン・ジャズの最高峰

金木犀の香りが街中に充満する、ここ千葉県北西部地方の9月の終わり。今年は特に香りが強いのか、相当、印象的に嗅覚を擽ってくれる。う〜ん、高校時代を思い出すなあ。高校時代、金木犀の香りを一番、印象的に記憶に残っているのは、高校3年の時。その時の一句。

君の髪 ほのかに香る 金木犀

さて、ジャズの話題である。昨日、インパルス時代の第1弾『Africa / Brass』について語ったわけだが、このインパルス時代の前半部が、コルトレーン・ジャズの完成への急速な進歩を記録している訳だが、では、このインパルス時代のコルトレーン・ジャズの最高峰はどのアルバムか。僕は『Coltrane』(写真左)だと思っている。

1962年4月・6月他録音。ジョン・コルトレーン、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソン、そしてエルビン・ジョーンズという伝説の「黄金のカルテット」のメンバー揃い踏み、初めてのアルバムが本作である。

それまでのベーシストは、レジー・ワークマンであった。レジー・ワークマンは麻薬癖が問題で、ライブ活動に結構支障をきたした、という噂があるが、アルバム録音の時には、レジー・ワークマンは欠かせなかった。というか代わりがいない。

ポール・チェンバースみたいな凄腕はそうそういない。レジー・ワークマンのベースは、太くてしなやか、そして迫力満点。決して、コルトレーンのサックスに負けない、しなやかな鋼のようなベース。代わりはいないのか。ようやく見出した「ジミー・ギャリソン」。

Impluse_coltrane

この「ジミー・ギャリソン」のベースを迎えて、黄金のカルテットの揃い踏みである。この『Coltrane』の冒頭「アウト・オブ・ジス・ワールド」から凄い迫力である。6/8拍子のアフロ・リズム。アフリカン・ミュージックをベースにした、当時最先端のジャズ。モード+フリーの、怒濤のようなインプロビゼーションの嵐。吹きまくるコルトレーン。凄い。最高だ。

2曲目の、心に染み渡る、珠玉のバラード「Soul Eyes」。歌心溢れるコルトレーンのサックス、マッコイ・タイナーのピアノ、このバラードの伴奏を聴いて、ジミー・ギャリソンを採用した、その本当のところが理解できた気持ちになる。そして、バラードのドラム伴奏はこうやるんだ、と言わんばかりのエルビン・ジョーンズの繊細なドラミング。エルビンがこんなに繊細なドラミングをするとは思わなかった。美しいドラミング。溜息がでる。

魂に染みるような「Tunji」、モード+フリーが吹き荒れる「Miles' Mode」。とにかく凄いの一言に尽きる。ポップ性、大衆性を全く無視して、テナーのテクニックとジャズのテクニック、ジャズの奏法を極めんばかりの、嵐のような「モード+フリー」な展開、そして、コルトレーンの十八番「シーツ・オブ・サウンド」なテナー・ブロウ。

僕は、この『Coltrane』が、コルトレーン・ジャズの最高峰だと思っている。純粋にジャズの演奏を追求し、ジャズのイディオムを追求したアルバム。ここには、宗教色も無く、フリーへの傾倒も無い。音楽として十分に鑑賞に耐える、「芸術」としての、ジャズ演奏の「最良の記録」のひとつがここにある。アフロ・アメリカンのアフリカン・ルーツ・ミュージックへの「強い想い」を強く感じる。

アフロ・アメリカンの、ジャズにおけるひとつの成果がここにあるような気がする。アフリカン・ルーツ・ミュージックの要素が散りばめられた各々の演奏は、実に味わい深い。実に凄い迫力である。凄いアルバムだと思います。ジャズの「硬派な部分」を感じるには、最適なアルバムのひとつだと思います。
 
 
 
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2009年9月28日 (月曜日)

impulse第1弾『Africa / Brass』

金木犀の香りは実に懐かしい。高校時代、秋の始め、9月の彼岸過ぎから香りだし、9月の終わりから10月の初めにかけてが、香りのピークだった思い出がある。高校時代〜大学時代は多感な時期。この金木犀の香りには、様々な、若さ故の「青臭い」思い出が沢山ある。そこで一句(高校時代に読んだ俳句を)。

匂い立つ 君の面影 金木犀

さて、ジャズの話題を・・・。バーチャル音楽喫茶『松和』の特別展示館「ジョン・コルトレーン」の館の開設を目指して、ジョン・コルトレーンのアルバムを組織的に聴き進めているが、いよいよ最後のレーベル、インパルス・レーベル時代のコルトレーンのアルバムに突入する。

1960年4月、コルトレーンはインパルスと契約第一号のサインを交わし、翌1961年、インパルスでの最初の録音が『Africa / Brass』(写真左)。このコルトレーンのインパルス移籍第1弾『Africa / Brass』は、エリック・ドルフィー指揮のオーケストラをバックに従えた大規模なものとなった。

オーケストラの編曲、指揮担当がコルトレーンであれば、コルトレーンのアレンジャーとしての才能にフォーカスを当てた、素晴らしいアルバムっていう評価になるんだろうが、残念ながら、オーケストラの編曲、指揮担当は、エリック・ドルフィー。逆に、コルトレーンのアルバムながら、エリック・ドルフィーの才能の広さと深さを再認識するアルバムである。

とは言え、エリック・ドルフィー指揮のオーケストラは、伴奏に徹しており、主役はコルトレーンのクァルテット、というか、コルトレーンのサックスだろう。コルトレーンのサックスを前面に押し出し、コルトレーンのサックスだけが浮き出るような、エリック・ドルフィー指揮のオーケストラの伴奏である。このアレンジは秀逸だ。

Africa_brass_14

タイトル曲「Africa」では、冒頭、野性的な咆吼や呪術的な響きを管楽器中心に表現していて、ちょっと「引く」。当時の米国黒人が意識していた遠い故郷「アフリカ」を安易にイメージさせるに十分な、ちょっと「ベタ」なアレンジ。うわ〜、全編こんな感じで展開していくのか〜、とちょっと気が重くなるが、ちょっと「ベタ」なアレンジはこれくらいで留まっている。全体としては、当時のビッグバンドの一般的なアレンジを踏襲しない、ならではの新しい響きと工夫を感じる、なかなかの「優れもの」のアレンジである。

特に、2曲目「Greensleeves」と3曲目「Blues Minor」について、エリック・ドルフィー指揮のオーケストラのアレンジは意欲的。決して、手放しで「大成功」という訳では無いが、確実に新しい響きと工夫を感じ取れる。そこはかとなく、ギル・エバンス的雰囲気が感じ取れるところがご愛嬌(笑)。

コルトレーン・カルテットの充実かつ柔軟な迫力ある演奏は素晴らしいの一言に尽きるが、アルバム全体の印象は、バックのオーケストラのアレンジと演奏内容にこそ、このアルバムの凄さがある、というコルトレーンのリーダー・アルバムでありながら、エリック・ドルフィー指揮のオーケストラを愛でることになるという、「軒下を貸して母屋を乗っ取られた」ような不思議なアルバムである。

それもそのはず、バックのオーケストラのメンバーには、ブッカー・リトル、フレディ・ハバード、ジュリアン・プリースターなど贅沢なメンツが名を連ねている。これだけの面子を集めて、優れたアレンジを施せば、それなり成果は絶対に出る。とにかく、強力な伴奏オーケストラである。逆に、この優れたオーケストラをバックにして、対等に渡り合うどころか、常に前面に出続け、最後まで、この優秀なオーケストラをバックにし続けるコルトレーン・カルテットは、その実力たるや「凄い」の一言。

優れたアレンジとメンバーを有する伴奏オーケストラと、それを牛耳て従えるコルトレーン・カルテット。そのバランスと拮抗が素晴らしい。この『Africa / Brass』は、まったく傑作アルバムである。
 
 
 
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2009年9月27日 (日曜日)

With Strings もなかなか良い

本当に涼しくなった。千葉県北西部地方は、もう完全に秋である。もう朝夕は半袖は寒くていけない。気がつけば、金木犀の香りが充満している。この金木犀の香り、高校時代、文化祭の頃を思い出す。高校時代の文化祭は、9月の最終週の土日。その前後、文化祭の準備期間から文化祭の後片付けまで、金木犀の香りと共に、その頃の思い出が蘇る。そこで一句(高校時代に読んだ俳句を)。

金木犀 空いっぱいに 文化祭

さて、ジャズの話題を。ジャズの世界では「With Strings」が、時々出てくる。弦楽オーケストラをバックに、インプロビゼーションを繰り広げる演奏形態なんだが、管楽器のミュージシャンからすると、一度は「With Strings」のアルバムを残したい、と思うものらしい。

確かに「With Strings」の有名盤と言えば、ビ・バップの創始者、伝説のアルト・サックス奏者、チャーリー・パーカーの『Charlie Parker with Strings』(2008年5月10日のブログ)、それから、クリフォード・ブラウンの『With Strings』(2007年10月31日のブログ)がある。ジャズ入門本には必ず「With Strings」盤として紹介される名盤である。

しかし、「With Strings」盤の良し悪しは、バックの弦楽オーケストラの良し悪しにかかっている。チャーリー・パーカーの『Charlie Parker with Strings』については、バックの弦楽オーケストラの出来がイマイチ。よって、全体的な出来としては、かなりチープな印象になってしまう。逆に、クリフォード・ブラウンの『With Strings』も、バックの弦楽オーケストラが弱く、逆に、ブラウニーがペットを凄いテクニックと音色でガンガンに吹き上げているので、これはこれで「耳にもたれる」。

2008年12月にリリースされて以来、ちょくちょく聴いている「With Strings」盤ある。矢野沙織の『Gloomy Sunday』(写真左)である。若手有望株のアルト・サックス奏者。17歳でセンセーショナルなデビューをした矢野沙織も、今年で23歳。若手中堅として、そのアルトの腕前はなかなかのもの。とにかく上手くなった。

Gloony_sunday_11

上手くなったところで、今回の「With Strings」盤である。しかも、副題的触れ込みとして「ビリー・ホリディに捧げるアルバム」とある。全曲ビリー・ホリディゆかりの曲を演奏。大丈夫か、重荷になっていないか、と、この「With Strings」盤を聴くまでは、ちょっと心配だった。特に、バックのバックの弦楽オーケストラの良し悪しが心配。バックの弦楽オーケストラの出来次第で、このアルバムの評価が変わる。

で、聴いてみて安心した。斉藤ネコの良く練られたアレンジによる弦楽オーケストラは、なかなか美しく聴き応えのある音に仕上げられており、矢野沙織のサックスが乗るのを意識したのだろうか、この斉藤ネコのアレンジの弦楽オーケストラは、矢野沙織のサックスにピッタリである。女性アルト・サックス奏者ならではの、芯はシッカリ入っているが、繊細で少し線の細い、矢野独特のアルトが、弦楽オーケストラをバックにクッキリと浮かび上がる。

良い出来だと思います。「With Strings」盤だからといって、迎合することなく、奇をてらうことなく、従来の矢野独特の個性を前提としたアルトを前面に押し出し、ミュージシャンとして、しっかりと一本筋を通しているところは流石です。しっかりと自然体で「With Strings」に相対しているところが、この矢野のミュージシャンとして、プロらしいところです。矢野って、そこが良いんですね。良い意味での開き直りというか、自分の個性に対する信頼感というか、実に頼もしい若手です。

まあ、一般の評価は、若手ミュージシャンの「With Strings」盤などの企画物へのチャレンジについては手厳しいところがあるので、おおよそ、「With Strings」盤として「ちょっと線が細い」「優等生的過ぎる」「ビリー・ホリディをテーマとするには健康的」「まだ若い」、とか言われるでしょうが、全然気にする必要は無いでしょう。

今年23歳の矢野としての、ミュージシャンとしての実力、人格を十分に感じさせてくれる、良い演奏だと思います。サックスの音色は人間の肉声にとても近く、さまざまな感情を表現できる楽器だと言われますが、「奇妙な果実」や「サマータイム」にみられるフリーキーなアプローチを含め、そのサックスの特性を十分に実感させてくれる矢野沙織のアルトです。

ラストの10曲目にアップ・テンポのシークレット・トラック「Lover Come Back To Me」が入っていますが、これがまた良し。このまま、自らの思う通りに伸びていって欲しいミュージシャンのひとりです。
 
 
 
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2009年9月26日 (土曜日)

A Hard Day's Night stereo盤健闘

Beatles の『A Hard Day's Night』(写真左)。ビートルズ・ファンであれば誰もが知っている「うんちく」をちょっと述べると、アルバムと同名のビートルズ初主演映画のサントラ盤として、64年7月にリリースされたサードアルバム。全曲レノン=マッカートニーのオリジナルで構成された唯一のアルバム。

しかし、思うんだが、邦題の『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』はなんとかならんだろうか。もう、そんな時代では無いし、その時代の人達以外は実感に乏しい邦題だと思うんだけど・・・。

冒頭の「Hard Day's Night」〜「I Should Have Known Better」〜「If I Fell」は、何度聴いても良い。特に「If I Fell」は秀逸。ジョンのメイン・ボーカルとコーラスが中央に集まりつつ、前から奥に重なるような響きは何度聴いても快感。モノラル録音ならではの音の雰囲気だろう。しかし、なんといっても、ジョンの声が素晴らしい。ジョンの声は、絶対にモノラル向け。力強くて柔らかで滑らかでセクシー。

「Tell Me Why」は出だしのコーラスからオープンマインド的展開、このポジティヴな雰囲気が実に良い。アップテンポでコーラス前提な曲では、モノラル録音の特性が実に良い方向に作用している。

「Any Time at All」の音の固まりが、左右のスピーカーの間から「ぶっ飛んでくる」ような迫力、「When I Get You Home」の出だしのコーラスの太さとその後に出てくるジョンのボーカルの力強さ、「You Can't Do That」の摩訶不思議なコード進行と音の響き、「こりゃ〜、たまらん」と満足の一言。聴けば判る。

Haed_days_night_19

モノラル録音の特性だろうか、アップテンポでリズミックな曲ほど、コーラスが主体の曲ほど、音楽としてのエネルギーと力強さを感じる。コーラスも中央に集まりつつ、前から奥に重なるような響きは快感。加えて、モノラルの方が、丁寧にリミックスされているというか、音の輪郭が滑らかで、実に「アナログ的」である。

しかしながら『A Hard Day's Night』から、4トラックの録音機材が導入されたので、ステレオ盤もやっとメイン・ボーカルが真ん中に位置するようになり、音の定位的な違和感は無くなっている。よって、ステレオ盤もやっと聴ける状態になったということ。

今回のステレオ盤はリマスターが素晴らしく、十分、ステレオ盤も良い感じで聴ける。まず、デジタル臭さが極力排除されており、ノイズが良い感じで除かれている感じが素晴らしい。言い換えると、実に「アナログ的」な音になっている、って表現にでもなろうか。

メイン・ボーカルが中央に定位した分、『A Hard Day's Night』は、ステレオ盤もなかなかいける。しかし、まだ、この時代、ステレオ再生を前提とした録音手法を取っていない分、4トラックに分散録音された音を、(なんとか違和感が少なくなるようにではあるが)、無理矢理、左右のスピーカーに分離した、という感じはどうしても「つきまとう」。

まだまだ当時、モノラル盤が前提だったんで、ステレオ盤の不利は否めません。なんとか、良い感じに左右に分離された楽曲もあるが、分離したお陰で「すかすか」になった楽曲もあるという塩梅。でも、ステレオ録音に馴染んだ耳には、今回のステレオ盤はなかなか良いと思います。それほど、今回のステレオ盤のリマスターは優れています。

『A Hard Day's Night』のモノラル盤とステレオ盤を聴き比べると、なるほど、ステレオは「音の分離、分散」で、モノラルは「音の収斂、融合」だ、と言うことが実感できます。まだモノラル盤に軍配が上がってしまいますが、この『A Hard Day's Night』の、今回のステレオ盤もなかなかです。僕は両方、楽しんでいます。
 
 
 
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2009年9月24日 (木曜日)

「懐かしの70年代館」の更新です。

「懐かしの70年代館」は、70年代ロック、70年代Jポップを中心とした、ちょっと「ヲタク的」な内容を持ったホームページです。私の好きなミュージシャンを中心に、アルバム紹介や70年代の思い出紹介が主な内容なので、約10年も続けていると、時に更新ネタが枯渇することもままあります。

今年の4月以降がそうでした。ネタが枯渇したのと、そろそろ対象ミュージシャンが少なくなってきたので、更新が半年ほど途絶えました。仕方が無いですよね。プロで専門として、ホームページを運営している訳ではないですからねえ。このブログでも、ジャズ館ネタを「7」とすると、懐かしの70年代館ネタは「3」。ブログからのネタ集めも、どうしても時間がかかることになります。

で、やっと今回、久しぶり、実に半年ぶりに「懐かしの70年代館」(左をクリック)を更新しました。今回の更新は『My Favorite Rock』のコーナーは、まだまだ『ロックキッズ』のコーナーの更新になります。

Clapton_winwood

今回のアーティストは、Eric Clapton と Steve Winwood 。二人が最近リリースした同窓会的ライブ・アルバム『Live from Madison Square Garden』を中心に、1969年にリリースされた、当時、スーパーグループと持てはやされた『ブラインド・フェイス』の最初で最後、唯一のスタジオ録音盤をご紹介しています。

クリームを再結成させてコンサートを開いたり、スティーブ・ウィンイッドとの合同コンサートを開いて、伝説のグループ「ブラインド・フェイス」を再現させたりと、「同窓会」づいているエリック・クラプトン。ミュージシャンにとって、「同窓会」的なコンサートやアルバム作りって、何か意味があるのかしら、と思いつつ、なんだかセンチメンタルな風情で後ろ向きだよな、と思いながら『Live from Madison Square Garden』に手を出して、しみじみと耳を傾けてしまう僕ってなんなんだろう(笑)。

70年代ロックのファンであればあるほど、どうしても手を出してしまう、「同窓会」的なコンサートやアルバム。厄介ですよね。でも、中には良いアルバムもありますし、聴いて後悔するアルバムもあります。まあ、ファンというものは悲しいもので、いかんいかん、と重いなら蛾も、どうしても手を出してしまうんですよね(笑)。そんな忸怩たる思いも含めて、楽しんでお読みいただければと思います。

それでは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」(左をクリック)にて、お待ちしております m(_ _)m。
    
   
    
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2009年9月23日 (水曜日)

『ジャズの小径』9月号アップです

日中、日が高い時は歩いていると汗ばむけれど、夕方、日が陰ると、もう半袖ではちょっと肌寒い。急速に秋への歩みを早める、今年の我が千葉県北西部地方の気候である。ほんまに涼しい。というか、窓を開けっ放しにしていると寒い。

閑話休題。今日、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)、毎月更新の名物コーナー『ジャズの小径』の9月号をアップしました。

ジャズ鑑賞の対象となるアルバムについては、何も、ジャズ・ジャイアントの類、もしくは、スイング・ジャーナルのアルバム・レビュー欄に載ったりするミュージシャンのアルバムだけが全てではありません。

ジャズの世界って、このミュージシャンの名前って聴いたこと無いぞ、というミュージシャンのリーダー・アルバムにも、意外と優れたアルバムが多いんですよね。まあ、それが楽しみと言えば楽しみなんですが、あまりやり過ぎると「ジャズ・ヲタク」と呼ばれて、他のジャズ者の方と共通の話題で盛り上がれなくなるので注意が必要です。

Komichi_200909

この3ヶ月ほど前から、ブログ『マスターのひとりごと』の中で、「ジャズ喫茶で流したい」と題して、ジャズの紹介本や雑誌の中で、滅多に紹介されることは無いが、その内容がなかなか良く、聴き応えのある「隠れ」佳作アルバムを順次、ご紹介しています。

ブログに書きっ放しなのも勿体ないので、近々、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」に順次アップしていこうと思っているんですが、乞うご期待、というところでしょうか。なんとか、「ジャズの小径」に毎月アップできればなあ、と思っています。

今回は、その前振りとして、「ジャズ喫茶で流したい」つまり、バーチャル音楽喫茶『松和』のジャズ・フュージョン館で流してみたい、全く有名盤では無いが、ちょっと小粋で、聴き応えのあるアルバムをご紹介します。ご紹介する2枚のアルバム、なかなか「いけてる」アルバムだと思っています。

それでは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)でお待ちしております m(_ _)m。
 
 
 
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2009年9月22日 (火曜日)

『with the beatles』モノラル万歳!

本当に涼しくなった、我が千葉県北西部地方。日中、日差しが強くて(今日は一日曇りだったのでは)、ちょっと汗ばむ感じだったが、夕方以降、涼しい風が吹いて、賑やかな虫の声。秋である。もう夏日よさようなら、って感じかなあ。

さて、今回、9月9日発売なった、Beatlesのリマスター盤を聴き進めている。やはり、モノラル盤は侮りがたい。というか凄い。Beatlesはモノラル盤を聴くべし、という話があったが、今回、至極納得である。今回の話題は『with the beatles』(写真左)。Beatlesの2枚目のオリジナル盤である。モノクロのジャケットがとにかく「格好良い」。高校時代、このジャケット・デザインだけは感心した。

でも、悲しいかな、高校時代に聴いた『with the beatles』はステレオ盤。右のチャンネルにボーカルが寄って、左に、基本的にオーバーダビングされた楽器音が鳴り響く。ボーカルがセンターに来ないのが、どうしても、違和感だらけで、どうしても馴染めず、聴き込むには至らなかった。

で、今回のThe Beatles Mono Box Set の中の『with the beatles』である。これが、素晴らしい音である。モノラル録音の肝である「音の融合」を存分に堪能できる逸品である。モノラル盤であれば、既発売の『with the beatles』はモノラルだったので、それと変わらないだろう、との向きもあるが、とんでも無い。今回の、モノラル・マスターからの最新のリマスターの効果抜群である。

ステレオは「音の分離、分散」、モノラルは「音の収斂、融合」という言葉があるが、その表現をもろに感じ取ることができる、しかも、今回のモノラル・リマスターは、従来のモノラルCDに比べて、格段に音の分離が良く、ノイズが自然な形で除去されている。

その音の分離の良さを実感できる曲が、僕の大好きな「All My Loving」。ポールの初期の大傑作だが、そのポールの、異常とも言える、素晴らしいベース・ラインが克明に判別できる。リンゴのドラミングもしっかりと分離され、リンゴのドラミングこそが、Beatlesらしさを演出する鍵である、ということが良く判る。そして、あのジョンの究極リズム・ギター「8連符」。これも良く分離されて、とても心地良く響く。

With_the_beatles

モノラルは「音の収斂、融合」と良いながら、音の分離が良い、というのは、なんだか相反することを言っているようなんだが、このモノラルでありながらの「音の分離の良さ」が、今回のモノラル・リマスターの肝の部分のような気がする。

「音の収斂、融合」を地で行く、音の立方体の塊が耳に飛び込んでくる様な迫力。冒頭のオリジナル3連発、「It Won't Be Long」〜「All I've Got to Do」〜「All My Loving」で、もうメロメロ。ボーカルが真ん中にいて、楽器の音の重なりが、効果的に配置され、それが「音の塊」になって耳に飛び込む。いや〜生きていて良かったと思う瞬間でした(笑)。

そのモノラルの、ボーカルが真ん中にいて、楽器の音の重なりが、効果的に配置され、それが「音の塊」になって耳に飛び込む、という感触を一番感じることができるのが、R&Bの楽曲のカバー演奏である。

とりわけ「Please Mister Postman」の迫力といったら、もう太っとい音の塊。ジョンのボーカルの根太さ、ポールとジョージのコーラスの心地よさ。そして、リンゴのドラミングを中心とした、Beatlesの伴奏の「ド迫力」。このアルバムでのモノラル録音の良さは、カバー曲で更に堪能できる。「Till There Was You」「Roll Over Beethoven」「You Really Got a Hold on Me」「Devil in Her Heart」「Money」、特に「Money」も「Please Mister Postman」の負けず劣らずの大迫力である。

ジョージの初のオリジナル収録「Don't Bother Me」、リンゴの初のボーカルナンバー「I Wanna Be Your Man」も、ステレオ盤ではちょっとスカスカな感じがするんだが、モノラル盤では、モノラル・ミックスの効果で、演奏の音の密度が濃くなり、十分に迫力ある演奏になって、結構、聴き応えのあるものになっているのが面白い。
 
デビューアルバムの『Please Please Me』『with the beatles』は、2チャンネル・トラックの録音だったので、ステレオ盤については、右チャンネルにボーカルを寄せざるを得なかった。当時の主流はモノラル。ステレオ盤対モノラル盤については、モノラル盤に軍配を上げざるを得ない。特に、今回のThe Beatles Mono Box Set の中のモノラル盤が凄い。既発売のモノラルCDとは音の次元が違う。
    
    
    
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2009年9月21日 (月曜日)

ジャズ喫茶で流したい・8

Cedar Walton(シダー・ウォルトン) というピアニストのキャリアはかなり長い。Art Blakey & Jazz Messengers にも参加していたんだが、あまり大衆受けはせず、どちらかと言えば「玄人好み」。村上春樹さんが、著書「意味がなければスイングはない」で、シダー・ウォルトンをとりあげているのを読んで、ちょっとビックリしたのを覚えている。

1934年1月生まれ。1955年頃にニューヨークに進出。1960年代の初め、ピアニスト、アレンジャーとして、Art Blakey & Jazz Messengersに籍を置き、Freddie Hubbard (tp), Curtis Fuller (tb), Wayne Shorter (ts), Reggie Workman (b) と活動をともにした。1964年、Jazz Messengersを脱退後は、フリーで様々なミュージシャンとアルバムを残している。

どちらかといえば派手さはなく,じっくり聴かせるピアニストである。ピアノの音の芯が崩れない、というか、音の強弱、音の緩急によって音が崩れること無く、クッキリしているのが特徴かな。テクニックは優秀。作曲家としての才も大いにある。

そんななぜかマイナーな位置に甘んじているシダー・ウォルトンの「お気に入り」盤の一枚が、1967年リリースの『Cedar!』(写真左)。パーソネルは、Junior Cook (ts), Kenny Dorham (tp), Billy Higgins (ds), Leroy Vinnegar (b), Cedar Walton (p)。
 

Cedar_29

 
フロントのジュニア・クックとケニー・ドーハムの参加が目を惹くが、どちらもあまりパッとしないんですよね、これが。で、何故このアルバムが「お気に入り」盤かというと、当然、シダー・ウォルトンのピアノが素晴らしいからです(笑)。

収録曲は「Turquoise Twice」「Twilight Waltz」「Short Stuff」「Head and Shoulders」の4曲は、シダー・ウォルトンのオリジナル。「My ship」「Come Sunday」「Take The A Train」(CD追加曲)の3曲はスタンダード。ウォルトンのオリジナル曲は、モーダルな雰囲気が魅力的で、なかなか配慮が行き渡っており、作曲家としての魅力も満喫できます。

なかでも、3曲目の「My Ship」は、フロント抜きのピアノ・トリオ編成での演奏で、ウォルトンのピアノが、心ゆくまで堪能できます。続く4曲目の「Short Stuff」は、軽妙でクッキリとしたタッチが聴き所の楽しい曲で、聴き応え十分です。この2曲がハイライトでしょうか。
 
決して、フロントの2人(クックとドーハム)に期待して、聴いてはいけないアルバムではあります。でも、そんなに酷くないんですけどね〜。絶好調の時の2人の演奏を知っているだけに「何、はっきりせんと、ぼんやり吹いてるの?」って感じなんですね。でも、その2人のフロントを減じて余りある、Billy Higgins (ds), Leroy Vinnegar (b), Cedar Walton (p) の3人。振り返れば、このトリオ編成だけで録音すれば良かったのに、とも思いますね。

なかなか話題に上がらないアルバムですが、シダー・ウォルトンを愛でるには絶好のアルバムだと思います。ジャズ喫茶で流したいアルバムでもあります。はっきりせんと、ぼんやり吹いているフロントの2人に幻惑されて、誰のアルバムなのか、いつの時代のアルバムなのか良く判らなくなる、ジャズ者にとっては、面倒なアルバムです(笑)。
      
     
    
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2009年9月20日 (日曜日)

「復帰」を素直に喜びたい

台風が大きく東に逸れた。それでも、昨日より強い東風が吹く、もう秋の雰囲気一杯の我が千葉県北西部地方である。日中は日差しが強くちょっと汗ばむ陽気になったが、日が西に傾くにつれ、急速に秋の気配が濃厚になる。今年は季節の移り変わりが早い。

2000年3月の大阪公演を最後に活動休止。完全に「失踪〜引退」状態だった大西順子。2005年に活動再開の報が流れたが、それが恒常的なものかは判らなかった。そして、徐々に活動の頻度を高めながら、やっと今年7月、11年ぶりのリーダー作となる『Musical Moments/楽興の時』(写真左)が発売された。

大西順子と言えば、1993年、デビュー作『ワウ(WOW)』をリリース。大反響を巻き起こし、スイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞日本ジャズ賞を受賞。1994年には、NYのヴィレッジ・ヴァンガードに、日本人として初めて自分のグループを率いて出演。10月からは、初の欧州ツアー。これら演奏はライブ・レコーディングもされ、アルバムとしてリリースされている。

1995年にはスイングジャーナル誌人気投票において、「ジャズマン・オブ・ジ・イヤー」「ピアノ」など4部門受賞。とにかく「破竹の勢い」であった。1998年9月『fragile/フラジャイル』が引退前の最後のリーダーアルバム。その後、急速に彼女に関する情報が途絶え始め、2000年4月以降、失踪状態になった。

とにかく、ジャズ関連雑誌、ジャズ評論家、こぞって手放しでの高評価、こぞっての賞賛。はたで見ていて気持ち悪いくらいだった。というか、なんでこんなにジャズ関連雑誌、ジャズ評論家が高評価をするのかが判らない。僕のジャズに関する「耳」が悪いのか、とも思った。

でも、今でも、僕の、当時の大西順子に対する、その評価は変わっていない。大西順子のミュージシャンとしての優秀性は、選曲能力とアレンジ能力である。こんな楽曲をピアノ・ジャズとして選択するのか、と感心するような楽曲を探し当ててくる。そして、そのアレンジが見事。どちらかと言えば、ピアノ・プレイヤーとしてより、アレンジャー・コンポーザーとしての才の方が秀でている、と僕は思う。

Junko_musical_moments

逆に、当時の彼女のピアノには、常に「無理をしている」感じがつきまとう。「ガ〜ン、ゴ〜ン、ドバ〜ッとガンガンやればいいのだ」なんて無責任な事を言うジャズ評論家が多かったが、それは違うだろう。ジャズ・ピアノはそんなに単純なものではない。特に女性ミュージシャンには、ピアノをパーカッシブに叩く部分で、どうしても体力的なハンディがつきまとう。つまりは、男性ミュージシャンに対しての同様の感覚で、無責任に評価してはいけないと僕は思うのだ。

僕は、引退前の『fragile/フラジャイル』が一番好きだ。彼女が周りの意見、評価に振り回されずに、弾きたいようにピアノを弾き、硬派なジャズ者の方々が忌み嫌う、電子キーボードに手を染めている。このシンセサイザーなどの使い方が実にユニークで良かった。現在活躍中の女子若手ピアニスト、上原ひろみや山中千尋につながるアプローチを、既に、大西順子は、1998年の時点で行っていたことになる。

で、今回の11年ぶりのリーダー作となる『Musical Moments/楽興の時』はどうかと言えば、一言でいうと「まだまだこんなものではないでしょう」と思います。なんか11年ぶりの復帰作ということで、またまた、ジャズ関連雑誌、ジャズ評論家、こぞって手放しでの高評価、こぞっての賞賛。ほんまかいな、って感じです。ネットで拝見していると、一般のジャズ者の方々の評価の方が、的を得てるのではないか、と感じます。やっぱり、ジャズ・ミュージシャン大西順子を良く理解しているのは、一般のジャズ者の方々、昔からの大西順子ファンの方々なんでしょうね。

でも、さすがに、このアルバムでも「選曲能力とアレンジ能力」は素晴らしいものがある。選曲は大西ならではの選曲が光るものが多く、そのアレンジも見事。その面では「聴きごたえ」満載。でも、ピアノの演奏そのものは、まだまだ「試運転」状態だと僕は感じている。

もう、他人の言うことを聞いて「ガ〜ン、ゴ〜ン、ドバ〜ッ」で勝負する意味も無い。といって、聴く方の反応も気になる。ということで、今回の大西順子のピアノは「安全運転」。ジャズ・ミュージシャンの本質はそうそう変わらないと思うので、以前のような「派手さ」を捨てたとも思えないし、「捻りをきかせた、ドライブ感溢れるピアノ」を捨てたとも思えない。

ピアニストとしてのテクニックは健在、指もまだまだ良く回る。今回のアルバム・リリースについては、「復帰」を素直に喜びたい。そして、次のアルバムが実に楽しみである。やはり、こういうミュージシャンが帰って来ると、ジャズ界も面白くなる。本当に、よくぞ戻ってきてくれました。
 
 
 
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2009年9月19日 (土曜日)

これは良い、米国限定だけど

この16日〜18日まで、急遽、札幌に出張してきました。今年9月の東京はとても涼しく、気温は札幌とほとんど変わらず、札幌に行って涼しさを感じることはありませんでしたが、やっぱり湿気が少ないですね。気候の良さは相変わらずでした。

しかし、往きも復りも、シルバーウィークも近いということで、北海道旅行の団体ツアーと、飛行機で一緒になったんですが、60歳代〜70歳代のおじいさん、おばあさん達のマナーの悪さ、なんとかならないでしょうか。旅行で興奮状態なのは判るのですが、だからと言って、常識を外れた振る舞いが許される、ってことは無いでしょう。とにかく不愉快でした。

閑話休題。ジャズの話題を。2009年5月31日のブログで『セントルイス・ブルース』をご紹介した、若手女性オルガニスト、敦賀明子。彼女の米国発売の最新作『Oriental Express』(写真左)が、最近、へビー・ローテーションになっています。実に良い感じのオルガン・ジャズなんですね〜、これが。

敦賀明子は兵庫県尼崎市出身。大阪音楽大学卒業後,関西一円で活動し、その後、活動の拠点をニューヨークへ。2004年5月に『ハーレム・ドリームズ』(2008年5月13日のブログ参照)でデビュー。自己のグループ、またホーンプレイヤーやボーカリストのサイドメンとして、アメリカで注目株のオルガン奏者である。現在、愛車にポータブルオルガンを積み込み、演奏の依頼があればどこまでも・・・という生活をしている。とのこと。ニックネームはtsurulin(つるりん)。

Oriental_exp_13

『セントルイス・ブルース』を聴いた時に、なんとなく固く、こぢんまりとまとまってしまっていて、オルガン・ジャズ独特のノリ、グルーヴ感が削がれている内容が気になって、彼女の行く末を、ちょっと心配していた訳だが、最新作の『Oriental Express』を聴いて安心した。どうも『セントルイス・ブルース』の「課題」はプロデュース側の問題だったようだ。

1曲目の「J's Groove」からノリノリである。ブワーッとグワーッとわき上がるように盛り上がるオルガンの音。うんうん、ジャズのハモンド・オルガンはこうでなければ。敦賀明子のオルガン、絶好調である。このノリ、ファンキーさを聴いて、『セントルイス・ブルース』を聴いた時の不安が氷解して、ホッと安心。

パーソネルは、Akiko Tsuruga (org), Eric Johnson(g), Rudy Petschauer(ds), Jerry Weldon (ts), Wilson "Chembo" Corniel (Per)。特に、パーカッション Wilson "Chembo" Corniel の参入が、ファンキーさ、ノリの良さに拍車をかける。Jerry Weldonのテナーもオルガンとの相性が良い。特に、パーカッションが参入した曲のノリが抜群。感心したのは、コンガなど、パーカションが入ると、演奏が「下品」になったりするんだが、ここでは実に趣味の良いパーカッションの味わいである。

そして、大盛り上がりに盛り上がって、7曲目の「Killing Me Softly with His Song」で最高潮を迎える。これだけ、大盛り上がりでファンキーなオルガン・ジャズ。久しぶりに聴いた。良い。絶好調。オルガン・ジャズはこうでなければならない(笑)。

良いオルガン・ジャズです。敦賀明子のジャズ・オルガンのスタイルも安定してきて、この『Oriental Express』は安心して聴くことができる。決して過剰にならないファンキーさと決して下品にならないノリ。この敦賀明子のオルガン・ジャズ。なかなかの内容です。もう次作が楽しみになってきました。彼女のライブも一度聴いて見たいなあ。
 
 
 
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2009年9月16日 (水曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり

ジャズのアルバムには、ジャズの歴史に名を留める様な有名盤でも無い、はたまた、そのリーダー・ミュージシャンのアルバムの中でも、代表盤として、ジャズ本に挙げられる訳でも無い。でも、我々、ジャズ者の間で、それぞれが愛聴しているアルバムがある。

例えば、Wynton Kellyの『It's All Right !』(写真左)なんかは、その良い例だろう。Wynton Kelly(p), Kenny Burrell(g), Paul Chambers(b), Jimmy Cobb(ds), Candido Camero (conga)の5人が中心となって収録されたアルバム。1964年3月の録音。

冒頭のタイトル曲「It's All Right」から楽しい演奏が繰り広げられる。ポップな雰囲気を醸し出すコンガの響き。ポジティブでハッピーなバレルのギター。手慣れた様子で、優れたテクニックで、ハッピーにスイングするケリーのピアノ。堅実でバネのある、ビート感溢れるチェンバースのベース。そして、優雅でお洒落で、フロントをプッシュするコブのドラム。
 

Kelly_all_right

 
ジャズは哀愁が全てだ!と、のたまう、ジャズ愛好家の方々、評論家の方々もいますが、どうしてどうして、この盤では、ジャズは楽しさが一番やで!(なんで大阪弁やねん・笑)という感じで、アルバム全編に渡って、「楽しさ」感、ハッピー感が溢れています。俗っぽいとか、ポップ過ぎるとか、言う無かれ。演奏のレベルは高い。上質のファンキー・ジャズだと思います。

このハッピー感溢れる演奏は、ジャズ喫茶の昼下がりに(季節は問わないような気がする)、午後の日差しが部屋に明るく差し込む中、ウトウトと「転た寝」をしながら、はたまた、な〜んもせずにリラックスして聴きたい。そんな長閑な感じがする、本当に楽しくハッピーなアルバムです。隠れ名盤とは、こういう盤のことを言うのでしょうね。

アメコミ・ジャケットが実に良い雰囲気です。このジャケットのイメージそのままに、全編に渡って、とっても楽しいジャズが満載です。ちなみに、吹き出しの台詞の中に、黒人の方が「5匹の猫 (Five Cats)」と言っていますが、ジャズ用語で「猫 (Cats)」はジャズメンのことです。
 
 
 
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2009年9月15日 (火曜日)

ジャズ喫茶で流したい・7

Beatlesのリマスター再発の興奮冷めやらぬまま、バーチャル音楽喫茶『松和』のメイン、ジャズの話題に戻ろう。

ジャズはライブに限る。大衆音楽の範疇ではあるが、演奏テクニックに優れ、コード進行は複雑、そして、再現性の無い、一発瞬間芸なところが魅力のジャズ。そんなジャズの真価を感じるには、やはりライブである。

70年代ロックの世界では、ライブは鬼門だった。スタジオ盤は、スタジオで編集加工されているので、出来が良い。しかし、その編集加工されたものをライブで再現出来るかと言えば、なかなかそうはいかない。70年代ロックでは、スタジオ盤に感じ入って、ライブに足を運んで、そのショボさに幻滅することも少なくなかった。

しかし、ジャズは違う。確かに、ライブなので「出来不出来」はあるが、70年代ロックとは次元が違う。やはり、ジャズを楽しむにはライブに足を運ぶに限る。とは言え、そんな優秀なライブを聴かせるライブハウスは、そんなに多くはない。しかも、それなりに有名なミュージシャンだとチャージ料も値が張る。そういう時は、ライブ盤を購入して、家のステレオにて、擬似ライブハウスとして楽しむのも手である。

ジャズのライブ盤は多々あるが、最近、手に入れて、ちょっとヘビー・ローテーションになっているライブ盤がある。George Wallingtonの『Complete Live at the Caf Bohemia』(写真左)。1955年9月の録音。パーソネルは、Donald Byrd (tp), Jackie McLean (as), George Wallington (p), Paul Chambers (b), Art Taylor (ds)。うへ〜っ、錚々たるメンバー。錚々たるメンバーの若かりし頃である。

George_wallington_bohemia

このアルバムは、先にリリースされ、ライブ盤として定評のある『George Wallington Quintet at the Bohemia』(写真右)のコンプリート盤。CD2枚組。今のところ、米国のみでの発売。2007年に突如再発された。

もともと『George Wallington Quintet at the Bohemia』は、ジャズ・ライブ盤としては定盤。録音年は1955年。ジャズのトレンドは、ビ・バップからハード・バップへ移行。このアルバムは、若かりし頃のDonald Byrd (tp), Jackie McLean (as), Paul Chambers (b) のテクニック溢れる、溌剌としたライブ演奏を捉えている。

収録されたどの演奏も、ライブ感溢れる優れものばかり。ビ・バップの様にテクニックを競うアドリブもあれば、ハード・バップの特徴である、良くアレンジされた知的なハーモニーやユニゾンがあり、それぞれのソロは技術を尽くし、その優れたアドリブが堪能出来る。初期ハード・バップ時代の優れたライブ盤と言える。

リーダーの George Wallingtonのピアノは、ビ・バップ調でありながら、優雅な響きが特徴。決して下品に弾かない。決してテクニックをひけらかさない。優雅な響きと確かなテクニックでしっかりとハード・バップなピアノを聴かせてくれるところがまた良い。

この『Complete Live at the Caf Bohemia』はCD2枚組。総演奏時間は2時間ちょっと。冒頭の「Johnny One Note」から、ラストの「Bumpkins (Alternate Take)」まで、熱気溢れる、実に楽しいハード・バップな演奏が聴ける。

リクエストの無い、暇な時間帯のジャズ喫茶で、マスターの一存で、全曲をずっと流したい、そんな感じのするライブ・アルバムです。1955年のライブ・ハウス「カフェ・ボヘミア」にタイム・ワープした様な錯覚を感じる位に臨場感溢れる演奏が実に楽しいです。
 
 
 
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2009年9月14日 (月曜日)

Beatles「ステレオ」対「モノラル」

今日はBeatlesネタの最終回。もともと、このバーチャル音楽喫茶『松和』はメインは「ジャズ」、裏芸で「70年代ロック」であるからして、そろそろ元に戻さないとね。Beatlesネタは「70年代ロック」の延長線上だから、もう1回だけお付き合い下さいね。

Beatlesのアルバムについては、僕がビートルズを聴き始めた70年代前半から、「ステレオ」対「モノラル」の議論が花盛り。昨日、ブログにも書いたが、ビートルズの活動時期は1960年代。当時の一般での音楽再生装置はモノラルが前提。ステレオはまだまだ一般的では無く、録音方式・ノウハウも成熟していなかった。当然、アルバム収録の曲は、モノラルで聴かれることを前提に録音され、編集されていた。つまり、モノラル盤が最優先、ステレオ盤はオマケ的な位置付けだった。

しかし、1970年代、日本で流通していたBeatlesのLPは「ステレオ」盤が中心。僕が、初めて聴いた『Please Please Me』(写真左)もステレオ盤だった。これが違和感が有り過ぎ、で、ボーカルは全て右のチャンネルに寄り、左チャンネルから楽器の音がする。全編ずっとこの定位。ボーカルが再生装置の真ん中から聴こえないことが、こんなに違和感のあることとは思わなかった。このステレオ盤の『Please Please Me』を聴いて、Beatlesって詩や曲は良いけど、演奏はイマイチ、アルバムはイマイチ、と思いこんだから堪らない。

ステレオ盤のBeatlesのアルバムは、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』まで聴けたものじゃあ無かった。コンセプト・アルバムで、効果音が花盛りの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』は、ステレオ盤でも楽しく聴けた。でも、それ以前のアルバムは、人工的に分離された違和感がどうしても耳に馴染まず、どうしてもBeatlesが楽しく聴けなかった。どうも、最初に体験したBeatlesのLPがステレオ盤だったことが、僕をBeatlesから遠ざけた直接的原因だったようです。

Please_please_me

今回、『Please Please Me』のステレオ盤(写真右)がCD化された。今回、9月9日に発売された『Please Please Me』のリマスター盤は「初ステレオCD化」。オリジナル・ステレオ・ミックスをリマスターしたもので、モノラル盤では無い。

ボーカルは全て右のチャンネルに寄り、左チャンネルから楽器の音がする。懐かしい定位、70年代の思い出が蘇るが、やはり違和感がアリアリ。確かに、楽器の分離はステレオ盤の方が良い。特に、ジョンとジョージのギターについては、モノラル盤よりも明らかに分離が良く、ジョンとジョージのギターの違いが楽しめる。が、それ以外の点は、明らかにモノラル盤に軍配が上がる。

特に、ステレオ盤の音の分離は、ある程度高いレベルのステレオ装置を要求する。僕が高校時代に所有していたステレオ装置は、かなり安価で稚拙なものだったので、そんなステレオ盤ならではの音の分離の良さを楽しむなんて、体験できるべくも無かった。

ビートルズがミックスダウンからリマスターまで関与し、ビートルズとして、その内容を了解していたのは「モノラル」盤。流石にその音は「素晴らしい」の一言。今回、ボックス盤でリリースされた『Please Please Me』の音は迫力のある分厚い音が実に素敵である。人工的に分離された違和感が無く、密度の濃い、奥行きの拡がりにある音が塊になって、耳に飛び込んで来るような印象そのもの。

「I Saw Her Standing There」「Twist and Shout」の音の分厚さと耳に押し寄せて来る様な迫力。「Anna (Go To Him)」「Ask Me Why」の優しいまろやかなコーラス。モノラル盤ならではものだろう。特に、今回のモノラル盤ボックスセットの音は素晴らしい。
 
やはり、モノラル・マスターが当初から存在しなかった『Abbey Road』以外は、一度は、モノラル盤を体験すべきだろう。それほどまでに、今回のモノラル・リマスターは素晴らしい。
 
 
 
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2009年9月13日 (日曜日)

Beatles 来た! 来た! 来た〜!・2

今回のBeatlesのステレオ盤・最新リマスターの発売はセンセーショナルではあるが、マニア的には『The Beatles In Mono』(写真)の初CD化の方が「狂喜乱舞」状態である。

この『The Beatles In Mono』は、ビートルズが公式発表した全オリジナル・モノラル録音185曲を最新のデジタル・サウンドで聴かせてくれる「限定版ボックスセット」である。ビートルズの場合、このモノラル盤が貴重であり基本。

ビートルズの活動時期は1960年代。当時の一般での音楽再生装置はモノラルが前提。ステレオはまだまだ一般的では無く、録音方式・ノウハウも成熟していなかった。当然、アルバム収録の曲は、モノラルで聴かれることを前提に録音され、編集されていた。つまり、モノラル盤が最優先、ステレオ盤はオマケ的な位置付けだった。

よって、ビートルズがミックスダウンからリマスターまで関与し、ビートルズとして、その内容を了解していたのは、このモノラル盤になる。このモノラル盤が、モノラル・マスターが存在するオリジナル盤全て、待望のボックスCD化である。これを買わずして、何がマニアか(笑)。

早速、大好きな『Rubber Soul』、そしてモノラル盤での音に興味津々の『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を聴いてみたが、これがやはり素晴らしい。ステレオ音源を聴き慣れた耳には、音の横の拡がりではステレオ盤に劣るものの、音の奥行きの拡がりと音の太さ、楽器の音の自然さは、モノラル盤の方が心地良い。

Beatles_mono

モノラル再生については、今回、改めて経験したが、ステレオ装置の左右のスピーカーの間に、スクエアな音空間が拡がって、そのスクエアな中に、前から奥に向かって音が重なっている感じ。音の奥行きが凄い。楽器の音が、人工的に分離された違和感が無く、密度の濃い、奥行きの拡がりにある音が塊になって、耳に飛び込んで来るような印象。

『Rubber Soul』は、やはりモノラル前提に録音されたアルバムなんやなあ、って改めて再認識。そして、今回、ビックリしたのが、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』のモノラル盤。これって、何。凄い迫力。音の分厚さ。人工的な、シャリシャリした、ちょっと耳障りな感じが全く無い。音の拡がりを楽しむ、楽器一つ一つの音を楽しむ向きには、ステレオ盤も捨て難いが、僕はこのモノラル盤が気に入った。

今回のCD化にあたり、サウンド・エンハンスをかけず、リミッターもかけずに、モノラル・マスターに忠実にリマスターしたとのこと。つまりは、1960年代のリアルタイムでのモノラル・マスターの音源が、そのままに近い形で聴けるということになる。これって、凄いことだと思う。素直に技術の進歩と今回の「限定版ボックスセット」としての発売を喜びたい。

今、『Help!』のモノラル盤が流れているが、やっぱり良いねえ。「涙の乗車券」なんて、音のエッジがまろやかで分厚く大迫力。ビートルズ初期のアルバムになればなるほど、モノラル盤の真価が発揮されるようだ。これは、とんでもない宝物を手にいたみたいです(笑)。
 
 
 
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2009年9月12日 (土曜日)

Beatles 来た! 来た! 来た〜!・1

昨日、待望の『The Beatles Long Card Box With Bonus DVD』(写真)が来た。長年待った「期待の」リマスター盤の登場である。来た! 来た! 来た〜! である(笑)。しかも、このボックスセット、ビートルズのオリジナル盤が全て入っている。ふふふっ、嬉しいなったら嬉しいな。心の中は、両手に日の丸、カンカン踊りである。

数枚しか聴いていないが、「音」が素晴らしいの一言に尽きる。CDのリマスターは「かくあるべし」の1つの良い例だろう。今まで聴こえなかった音が、新たに浮かび上がるように聴こえるとか、薄いベールを一気に剥がしたように音の見通しが凄く良くなるとか、とにかく音が良くなった、とかいうリマスターでは無い。

何て表現したら良いんだろう。LP時代のなめらかな音を再現しようとしているというか、ハイハットの音や高音のコーラス、ブラスの音、オーケストラの弦の音が「耳につかなくなった」。ギザギザしていた音の輪郭が「まろやか」になったとでも表現したら良いだろうか。

Beatles_stereo

そして、低音の輪郭がより明確になった。耳当たりが「アナログ」的な「まろやかさ」になって、今回のリマスター盤はとても聴き甲斐のあるものになった。それから、「倍音」の処理というか、「倍音」部分の音の表現が「らしく」なった。LP時代の耳当たりに近づいていて、聴いていて、とても心地良くなった。

特に、ステレオ盤はその効果が如実に表れていて、やっと耳当たりが「まろやか」で、心地良く、力強い、本来のビートルズが帰ってきたようである。「まろやか」とはいっても、演奏の力強さは当然しっかりとあるし、ビートルズが意図した録音の妙がシッカリと感じられる出来である。素晴らしいリマスターだと僕は思う。

最後に、僕の手元にやって来た『The Beatles Long Card Box With Bonus DVD』は、EMI(U.K.)のEurope盤。日本盤よりも1万円以上安く手に入れることが出来て大満足。歌詞や解説、ブックレットの日本語訳が必要な方はやはり日本盤を手に入れるほうが良いでしょう。それが必要ない方は、外国盤の方がコスト・パフォーマンスが良いですね。

いや〜まいった。さすが、ビートルズである。CDのリマスターについても、一味違ったアプローチで来て、もう脱帽である。今回のリマスターで、ビートルズの演奏が如何に優れているか、如何に上手いかを再確認した次第。しばらく、ビートルズ三昧になりそうである(笑)。
 
 
 
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2009年9月10日 (木曜日)

ジャケットは良いんだけど...

人間ドックの一日。1年に1回、ちゃんと受診しているが、悪いところは無いんだろうなあ、と受診前に気になる年頃になったので、あんまり良い気分では無い。それなりに悪いところは悪いからなあ。

閑話休題。ジャズの話題になる。今年、ウェザー・リポート(以下WRと略)のアルバムをデビューアルバムから計画的に順番に聴き進めている。WRは70年代の最優秀バンドである、と盲目的に評価されているが本当か、という所がポイント。

さて、結果的に、創立当時のキー・メンバー、ミロスラフ・ビトウスを、音楽的にいびり出したジョー・ザビヌル。その心は「もっと売れたい」、加えて「俺一人でもいける」。ビトウスの置き土産「Boogie Woogie Waltz」。ビトウスが去った後、他の曲はもうエレクトリック・ファンクジャズの世界。そんな中、リリースされた『Mysterious Traveller』(写真左)。

冒頭の「Nubian Sundance」を聴くと、WRの何かが変わったことに気が付く。バンドの基本ビートは、ファンクから、アーシーな野趣溢れるアフリカンなビートに変化した。そして、驚くことに、10分43秒の長尺曲ではありながら、双頭リーダーの片割れ、ウェイン・ショーターのサックスが全く目立たない(とういうか、登場していない?)。2曲目の「American Tango」の途中、ショーターが出てきて、なんだかホッとする。う〜ん、これがザビヌルの「ひとりでできるもん」かあ〜。

でも、全編に渡って、ザビヌルのキーボードは精彩が無い。というかシンセにかなり苦闘している。もともと当時、電子キーボード、特にシンセの精度は、まだまだ稚拙だった。一人のミュージシャンに全てを扱いこなせるものでなかった。それにしても、ザビヌルのシンセの扱いは稚拙やなあ。チックはもとよりハービー以下、というか、ハービーの足下にも及ばん。

ただ、このアルバムでの成果は、ワールド・ミュージック的要素の導入だろう。おそらく、ファンキーなビートは既に他のジャズ・ミュージシャンが皆導入していたので、エレクトリック・ファンクジャズでは人気を博すること、爆発的に売れることは難しいと考えたのだろう。

Mysterious_traveller

そのザビヌルの着目点は良いんだが、当のザビヌルのキーボードが、そのワールド・ミュージック的ビート、いわゆる「アーシーな野趣溢れるアフリカンなビート」に付いていっていない。

恐らく、ベーシストの問題だろう。ドラムはリズム、ベースはビート。「アーシーな野趣溢れるアフリカンなビート」で大事なのは、ベースのライン。この『Mysterious Traveller』時点でのベーシスト、Alphonso Johnsonは優秀なんだが、アーシーなアフリカンビートは範疇外。ビートが上手く供給されないと、そのビートの上に旋律を乗せていく電子キーボードは辛い。

この『Mysterious Traveller』は、「アーシーな野趣溢れるアフリカンなビート」をベースとした、様々なコンセプトを持った演奏のショーケースである。後のバンドの音楽的指向のベースとなる「エスニック&ユートピア」のショーケースとも言えるが、如何せん、曲毎の出来が、どれもが中途半端。フラグメンツとしては素晴らしいフレーズもあるが、曲全体としては中庸な出来であることは否めない。

アルバム全体の雰囲気は、中途半端な「エスニック&ユートピア」。そして、ザビヌル一人では、バンド・コンセプトの確立には限界があることが如実に理解できる。そして、ショーターはザビヌルに荷担することに興味は無い。ザビヌルが思うほど、「もっと売れたい」、加えて「俺一人でもいける」という意欲は、ザビヌル一人の力では実現できない。

まだ、この『Mysterious Traveller』では、ザビヌル「Weather Report」の個性は感じられない。そのザビヌル「Weather Report」の個性が確立するのは、かの天才エレベ奏者、ジャコ・パストリアスが参加してからのことである。
 
ジャケット・デザインは良いんですけどね〜。「Mysterious Traveller」ということで「彗星」のイラストをあしらったジャケットはとても魅力的です。でも、その内容とはいうと、今の耳で聴くと、物足りないなあ、というのが、私の正直な感想です。発売当時は、稀代の名作とも思ったんですが・・・。
 
時代の進歩というのは尊いものです。演奏する方のレベルも、聴く方のレベルも、共に高くなって、より高いレベルのジャズを現出していくんですね。
 
 
 
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2009年9月 9日 (水曜日)

元気の出るアルバム

今日も、懐かしの70年代館の松和のマスターです。70年代のロック・スターで、今も現役で活躍しているミュージシャンは少なくありません。その70年代ロック・スターが、今もバリバリでやっている姿を見ると、なんだか力が出ますね。

その、今も現役でバリバリとやっている、というか、懐メロではない、最先端で勝負しているギタリストがいる。その名は「ジェフ・ベック」。70年代の三大ロック・ギタリストの一人。「ブロウ・バイ・ブロウ」「ワイヤード」のギター・インストは永遠の名盤。

そのギターの神様が今も現役でバリバリやっているのを見ると、妙に勇気が湧いてくる。特に、このJeff Beck『Jeff』(写真左)は大のお気に入り。2003年にリリースされたジェフ・ベックのアルバム。2曲目の「Plan B」でグラミー賞(ベスト・ロック・インストルメンタル・パフォーマンス)を受賞。
 

Jeff

 
冒頭の「So What」から、それはそれは凄まじいギター・インスト。暴風雨みたいな強烈なギター・インストには、たまげるやら、ワクワクするやら。いやいや凄いぞ〜、これは。以降、全編に渡って、ジェフのギター・インストが炸裂しまくっている。

そのフレーズもリフも「昔の名前で出ています」的なものではない。斬新な、今の世界でも最先端で尖ったフレーズ、リフばかり。どうしてこんなプレイが出来るんだ。ジェフ、凄いぞ。格好良いぞ。ワクワクするぞ。期待されてようが、されていまいが自分のやりたい事をやる。そんなジェフの気概を感じる演奏ばかり。

アンディ・ライトとのコラボ、デヴィッド・トーン、アポロ440の協力。どう考えても、60歳を間近に控えた、ベテラン・ミュージシャンの仕業では無い。「マンネリ」という表現は、どうもジェフには無縁なようだ。後ろ向きな「こだわり」なんて進歩を妨げるだけ、と爽やかに笑い飛ばすジェフが垣間見える。

「我が道を行く」。そんな言葉を思い出す。受けようが受けまいが、そんな事は関係ない。まずは自分のやりたいことを、出来ることをやる。そんな基本的な事を、このアルバム聴く度に、ジェフに教えられます。う〜ん、勇気が湧くなあ。
 
 
 
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2009年9月 8日 (火曜日)

ディープ・パープル『紫の炎』

キムタクが出演している、タマホームのCM曲。どこかで聴いたことがある。というか、即判る。ディープ・パープルの「Burn」やね。でも、ディープ・パープルではないぞ。誰や〜?

と、調べてみたら、米ペンシルヴァニア州の生まれのギタリスト&シンガー・ソングライター、リッチー・コッツェン(Richie Kotzen)というミュージシャンだそうです。リッチー・コッツェンは89年にデビュー、19歳にして若手屈指のテクニカル派ギタリストとして注目を集め、ギタリストとして、ヴォーカリストとして、そしてソングライターとしても圧倒的な才能を持ったリッチー。甘いマスクで女性にも人気とのこと。

で、本家本元のディープ・パープルの『Burn』(写真左)。無名だったデヴィッド・カヴァーディルと、他のバンドから引き抜いたグレン・ヒューズの二人を迎えての初めての録音で、この時期のラインナップは第三期ディープ・パープルと呼ばれることとなる。

このアルバムの冒頭に鎮座まします、タイトル曲「Burn」。この曲、パープルの、というより、ロック史上、奇跡的な曲である。とにかく、素晴らしい出来である。当時の流行のビートやリズム、旋律に流されない、ロック・バンドのほとんどが影響されたブルースやサイケデリックの影響の微塵もない、パープル独自の音が満載である。

Purple_burn_38

とにかく出だしのギター・リフが絶品。奇跡的なリフである。リッチー・ブラックモアが輝いている。そして、ジョン・ロードのオルガン・ソロも唯一無二。ファンキーな香りが全くしない、クラシカルな雰囲気で弾きたおすハモンド・オルガン。爽快である。収録時間が6分前後、ギター及びオルガンのソロは、バッハの楽曲を引用したもの。そして、壮絶なのは、イアン・ペイスの派手なドラミング。全編渡って、ドラム・ソロの様なドラミングを延々と聴かせてくれる。凄まじい。これまでのディープ・パープルの音の特徴が集結した「最後の輝き」である。

この冒頭の「Burn」で、あの『Machine Head』前後の黄金時代の音が甦ったか、と思ったら、2曲目以降は、ファンキーな曲のオン・パレード。ディープ・パープルならではのファンキーさ、なんだけど「らしくない」。グレン・ヒューズのファンキーなベースワークが問題だったんだろう。グレン・ヒューズの加入が、パープルをパープルらしさから遠ざけた。

2曲目以降の演奏を別のバンドの演奏として聴くと、それなりに、なかなかの出来とは思うんですが、ディープ・パープルの演奏として聴くと、実に違和感があります。そもそも、リッチーは「BURN」と「MISTREATED」の2曲にしか、やる気が出なかったらしい。う〜ん、判るような気がする。誰でもやりそうな、個性の無いファンキーなリフを繰り返すリッチーには全く魅力を感じない。さすがリッチー。面目躍如なエピソードである。加えて、嫌々ながらも、その他の曲の中にキラッ輝くような何気無いフレーズは、さすがリッチーである。
 
冒頭の「Burn」と、2曲目以降のファンキーな楽曲の落差が激しい、不思議なアルバムです。2曲目以降のファンキーな楽曲の好き嫌いによって、このアルバムの評価が分かれるでしょう。でも、これだけは言える。冒頭の「Burn」は、ロック史上の名曲名演の1曲である。
 
 
 
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2009年9月 7日 (月曜日)

「プログレ・ハンコック」の終着点

さてさて、前作『Crossings』で、プログレ・ハンコック化。会心作とはいかないまでも、ジャジーなプログレとして、傾聴に値する名演を残したハービー・ハンコック。その『Crossings』を置き土産に、CBSに移籍した。

CBSに移籍したからには期するところがあって、何かハービーに変化があるのか、と思ったら、CBS移籍第一弾は、『Crossings』の延長線上、「プログレ・ハンコック」踏襲である。これには、最初聴いた時には戸惑った。これで、ええんかいな。

そのアルバムは『Sextant』(写真左)。アルバム・ジャケットのイラストは実に魅力的で、そのイラストの印象から、エレクトリック・ファンクジャズの到来か、と思わせる。が、最初の一曲目「Rain Dance」を聴いてビックリ。ピョンピョンと雨音を擬音化した電子音満載のプログレもどきの演奏。う〜ん。どうなんだろう。

2曲目も擬音化〜プログレ路線は続く。「Hidden Shadows」。題名から感じる音そのものが、シンセサイザー中心に擬音化されていく。バックのビートがやけにジャズしているのが、どうも違和感があっていけない。

Sextant

3曲目は、遂に「プログレ・ハンコック」路線と訣別を意識したのか、エレクトリック・マイルスをなぞったような、エレクトリック・ファンクジャズが展開されるが、実に中途半端。これなら、前作『Crossings』の方が、徹底的に「プログレ・ハンコック」していて潔かったなあ。

とにかく『Sextant』はジャケット・デザイン以外は「いまいち」やなあ。これだけ中途半端な「プログレ」ならば、ロック畑のプログレの方が、ずっと大衆受けするフレーズとパフォーマンス満載。この『Sextant』での演奏内容など相手にならない。ハービーのエレクトリック・キーボードの使い方はかなり研究され、実に上手くなってきただけに惜しい。

しかし、これで終わらないのがハービーの凄いところ。この『Sextant』で、本当に「プログレ・ハンコック」と訣別。180度のコペルニクス展開を持って、エレクトリック・ファンクジャズに大転身。ハービー曰く、大日如来のお告げらしい(ハービーは創価学会の信者ですね)。え〜っ、ほんまかいな。案外、マイルスの逆鱗に触れて、一大決心したのかもしれないなあ(笑)。

そう、そのエレクトリック・ファンクジャズの最初の成果が『Head Hunters』(2009年7月16日のブログ参照・左をクリック)。マイルスから学んで、マイルス・ミュージックを判り易く、聴き易くして、一般向けに仕立て上げていく。そんな基本路線を踏襲しつつ、大衆性のあるエレクトリック・ファンクジャズを展開していく。

この『Sextant』を聴いていると、全く想像だに出来ない。どこでどうなったのか判らないが、次作『Head Hunters』より、ハービーのエレクトリック・ファンクジャズの大躍進が始まるのだ。
 
 
 
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2009年9月 6日 (日曜日)

秋は「Modern Jazz Quartet」

今日は朝から爽やか快晴。爽やかな風が吹き抜け、最高気温は28度程度。もう、完全に秋の雰囲気が漂う、我が千葉県北西部地方。窓を開けっ放しにして、半袖で部屋の中に居ると肌寒い。もう夏は去り、いよいよ秋である。

とある「可愛い訪問者」があって、この2日間、バーチャル音楽喫茶『松和』を臨時休業させて頂きました m(_ _)m。東京のあちらこちら、なかなか、普段、中年夫婦だけでは行かない所も訪問できて、楽しい日を過ごしました。

さて、ジャズの話題を・・・。先に書いた様に、もう我が千葉県北西部地方は「秋の雰囲気」。昨日から爽やかな風が吹き抜け、今日は日差しも少し柔らかくなり、いやいや、秋ですね〜。西日本の方は、まだまだ残暑が厳しい様ですが、あと2週間ほどで「秋分の日」。暑さ寒さも彼岸まで。あと少しの辛抱です(笑)。

秋になれば、必ずヘビーローテーションになるのが「Modern Jazz Quartet(モダン・ジャズ・カルテット・略称MJQ)」。ミルト・ジャクソン(ビブラフォン)、ジョン・アーロン・ルイス(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、コニー・ケイ(1955年以降ドラム担当)の4人で構成された、鉄壁のジャズ・カルテット。ブルージーでファンキーな要素を漂わせながらも、実に品の良い、クラシックの四重奏団の様な「室内楽」的な、趣味良くアレンジされ、職人芸的な演奏テクニックをベースとした、洒脱な演奏が特徴。
 

Mjq_last

 
私にとっては、このMJQの演奏が「秋の季節」にピッタリなんですね〜。秋の季節、MJQのアルバムなら「何でも通し」になるんですが、特に、MJQの特徴である「品の良い、室内楽的な、趣味良くアレンジされ、職人芸的な演奏テクニックをベースとした、洒脱な演奏」を最大限に楽しむには、ライブ・アルバムが一番だと思っています。

今日、今年初めて、秋の訪れを体一杯に感じて、選択したMJQのアルバムが『The Last Concert』(写真左)です。MJQの解散コンサートを記録した作品で、録音は1974年11月25日、MJQが結成されたのが1952年なので、約22年の活動に終止符を打った、記念碑的コンサートの実況録音盤です。

CDにして二枚組。収録された曲は全て、MJQの代表曲ばかりがズラリ。さしずめ「オールタイム・ベスト」的な内容です。当然、凡百な演奏など一切無し。どの演奏も、解散コンサートということで、メンバー各自が、気合いの入ったベストの演奏を繰り広げ、捨て曲無し。あっと言う間に、CD2枚を聴き終えてしまうような充実度です。大学時代にこのアルバムを入手し、万感の想いで聴き終え、「MJQをリアルタイムで体験することは無いんだなあ」と哀愁に浸っていたら、1981年に再結成。当時、ビックリしました(笑)。

でも、このライブアルバムが収録された時点では、各メンバーも、その7年後に再結成するなんて思っていなかった訳で、本当に、気合いの入った、万感の想いが入った演奏が素晴らしい。

秋は「MJQ」。今年も「MJQ」の季節がやってきました。特に、音を選んだシンプルなジョン・ルイスのピアノと、品良く抑制されたブルージーなミルト・ジャクソンのヴァイブが、秋の雰囲気にピッタリです。しみじみと味わい深いMJQのライブ盤、胸に「ジーン」ときます。
 
 
 
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2009年9月 3日 (木曜日)

ジョン・レノン・ミュージアム

ジョン・レノン・ミュージアムに行ってきた。万感の想いである。
 
 
Jlm_2
 
 
ビートルズの4人の中で、誰が一番お気に入りかと問われれば「ジョン・レノン」と答える。音楽家としてである。人間性にはちょっと疑問を感じるところもある。でも、その完全、完璧で無いところが、これまた、ジョン・レノンの魅力でもある、と思っている。かなり「人間的なところ」が、逆にとても魅力的なのである。
 
あの忌まわしき、1980年12月8日。あの瞬間から、ジョンは永遠になった。生きていて欲しかったなあ。10月9日はジョンの誕生日。69歳のジョンを見てみたかったなあ。69歳のジョンの歌う「Strawberry Fields Forever」を聴いてみたかったなあ。
 
 
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2009年9月 2日 (水曜日)

「Pat Metheny Group」の礎

『Bright Size Life』『Watercolors』と2枚のソロアルバムを出し、セカンド・アルバム『Watercolors』で、盟友となるLyle Maysと出会ったパット・メセニー。満を持して、出したサード・アルバムが『Pat Metheny Group』(写真左)。

邦題が『想い出のサン・ロレンツォ』。なんで「パット・メセニー・グループ」ではなかったのか、理解に苦しむが、この変な邦題に、当時のパット・メセニー・グループへの評価の揺れが感じられるようで興味深い。

1978年の録音。パーソネルは、Lyle Mays (p, syn, autoharp), Pat Metheny (el-g), Mark Egan (el-b), Danny Gottlieb (d)。1978年、フュージョン全盛時代とはいえ、このアルバムの音世界については、当時、皆、戸惑ったのではないか。フュージョンでもない、といって純ジャズと呼びたくない(笑)。

音の使い方が独特である。楽器にエコーをタップリかけて、音数は少なく、音と音との「間」を活かし、その「間」をエコーで埋めるようなスペーシーな音作り。印象的な旋律の「骨格となる音」をだけを、「印象的な旋律」だけを、シンプルに取り出したようなインプロビゼーション。印象的な旋律を浮き立たせ、少ない音数で、音と音との間を活かした演奏をしっかりと支えるビート。
 

Pat_metheny_g

 
パット・メセニーとライズ・メイルばかりがクローズ・アップされる、パット・メセニー・グループだが、ドラムとベースのリズムセクションの存在が実は大きい。 Mark Egan (el-b), Danny Gottlieb (d)に恵まれた、その成果がこの『Pat Metheny Group』。

この『Pat Metheny Group』は、パット・メセニー・グループの音の礎のショーケース。収録された楽曲それぞれに、パット・メセニー・グループを代表する音が音作りが詰まっている。このアルバムで披露された「音の礎」が、次作から具体的に展開されていく。

この『Pat Metheny Group』は、巷では初期の傑作として評価が高いですが、私には、パット・メセニー・グループの「音の礎のショーケース」というイメージが強く、どうしても、パット・メセニー・グループの「音のサンプル」を聴いているようで、手放しで高評価するには至らないのが正直な気持ちです。凄く良い内容なんですが、なんか満足できない、なんだか食い足りない雰囲気がつきまとうんですね。

「パット・メセニー・グループの音ってどんな音ですか」と問われれば、迷わず紹介するアルバムが、この『Pat Metheny Group』です。で、「パット・メセニー・グループの代表的名盤は?」と問われれば、この『Pat Metheny Group』は出さないですね。他のアルバムを紹介します。

僕の中では、この『Pat Metheny Group(想い出のサン・ロレンツォ)』は、そんな位置づけのアルバムです。パット・メセニー・グループを手早く感じるには良いアルバムです。
 
 
 
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2009年9月 1日 (火曜日)

面白い「プログレ・ハンコック」

1970年のリリース『Mwandishi』で、悩めるハンコックとなった訳だが、どの曲にも、当時のハンコックの「どうしようかな〜」という悩みが、なんとなく見え隠れするところが実に興味深い。

しかし、ハンコックは更に悩む。エレクトリック・マイルスに追従するか、それとも別の道を模索するか。そこは、マイルス・スクールのナンバーワン優等生のハービーのこと、あからさまに「エレクトリック・マイルス」に追従すると、マイルスの逆鱗に触れかねない。マイルスは怖い。当然、あからさまに「エレクトリック・マイルス」に追従することはしない。

で、1972年2月に『Crossings』(写真左)を録音する。このアルバムの内容が実に面白い。どう聴いても、この『Crossings』は「プログレッシブ・ロック(略してプログレ)」である。キング・クリムゾンの『Islands』、ソフト・マシーンの『5th』など、ジャズ的な要素の強いプログレの特徴である「ブラスの使用・即興演奏・ロックビートでありながらジャージーな感覚」の3つの要素が、このハービーの『Crossings』に詰まっている。

冒頭の24分50秒の大作「Sleeping Giant」は、「Part One〜Part Five」までの5つのパートに分かれている。これって、当時、大作主義であったプログレの「常套手段」(笑)。激しいパーカッションの嵐から アンサンブルへと突入、パーカッションの多用、押し寄せる複合リズム、混沌とした即興演奏、幻想的なフェンダー・ローズ。これって「プログレやん」。でも、流石にジャズ畑出身の精鋭ミュージシャンが演奏しているだけあって、そのテクニックは凄まじい。

Crossings

2曲目の「Quasar」って「もろプログレ」。リズムがまだジャジーなのでかろうじて「ジャズしている」が、このリズムがロック風だったら、もう誰の演奏だか判らないだろうなあ。でも、優れたプログレだということは判る。それほど、プログレとして聴いた完成度は高い。

逆に3曲目の「Water Torture」は、アイデアが音としてまとまらないようで、混沌として収集がつかない。フリー・ジャズ的要素とプログレ的要素をドッキングしたような雰囲気の曲なのだが、エレクトリック・マイルスの様に、底にシッカリとしたビートが流れていないので、とりとめのない音の垂れ流し風で「退屈」。でも、個々の音は魅力的なもので、特に、ハービーのメロトロンの使い方、音の出し方は、プログレ真っ青である。

エレクトリック・マイルスに安直に追従すると、マイルスに怒られそうなので、プログレに走ったのだろうか。でも、「Sleeping Giant」と「Quasar」は、プログレの演奏として聴くと、実に味わいがあり、ジャジーなプログレとして、傾聴に値する名演である。

でも、ハービーってジャズの人だから、なかなかロック者には受け入れられなかったろうし、特に、米国では、この手のプログレは「うけない」。思索的で難しすぎるのだ。もっとシンプルに、もっとギミック満載にしなければならない。さてさて、この「プログレ・ハンコック」の展開や如何に。続きは、次作1973年リリースの『Sextant』を聴かねばならない。to be Continued...。
 
 
 
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