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2009年8月の記事

2009年8月31日 (月曜日)

Wynton Kellyの「密やかな愛聴盤」

ウィントン・ケリー(Wynton Kelly)。1931年12月、西インド諸島のジャマイカ生まれ。1971年4月、39歳でカナダのオンタリオ州トロントで死去。僕は、ウィントン・ケリーのピアノが好きだ。

「ハッピー・スウィンガー」である。そこはかとなく、マイナーな影を宿しつつ、表向きには、ご機嫌にハッピー・スウィングするケリーのピアノは最高だ。ケリーは、短い39歳の生涯の中で、ブルーノート、リバーサイド、ヴィージェイ、ヴァーヴ、マイルストーンと、5つのレーベルに、リーダーとしてレコーディングしている。

ケリーの代表的なアルバムについては、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」にアップしているが(「ジャズへの招待状・ピアノ」へどうぞ)、ご紹介している4枚以外にも、良いアルバムは沢山ある。ケリーのアルバムは平均点が高い。いわゆる「駄作」と呼ばれるものは、ほとんど無い。

今日、久しぶりに聴いた『Full Veiw』(写真左)もそうである。パーソネルはWynton Kelly (p), Ron McCrune (b), Jimmy Cobb (ds)。1966年9月の録音である。ベースが、長年のパートナーだったポール・チェンバースでは無く、ロン・マクルーアになっているので、ちょっと怯みますが大丈夫。マクルーアのベースも重心が低く、ズンッと沈み込むようなベースは、これはこれで味わいがあって良いです。
 

Full_view

 
 
1. I Want a Little Girl
2. I Thought
3. What a Diff'rence a Day Made
4. Autumn Leaves
5. Don't Cha Hear Me Callin' to Ya
6. On a Clear Day (You Can See Forever)
7. Scufflin'
8. Born to Be Blue
9. Walk on By

と収録された曲を眺めると、なかなか良い選曲をしてるんですよね。どの曲もケリーの「ハッピー・スウィング」なピアノがピッタリの曲ばかりです。

転がって跳ね上げるような高音側の独特のクセが少し希薄になってはいますが、これはこれで「枯れた味わい」とでもいうのでしょうか、良い感じです。そして、ケリーのピアノの底に必ず潜む「ブルージーなフィーリング」が、ジンワリと感じられるところが「たまらない」。

飽きの来ない佳作です。大向こう張るようなバリバリの弾き回しが聴かれる訳でも無く、ジャズの歴史に残る大名盤でもなく、ジャズの入門書に出てくる訳でも無い。でも、このアルバムは、実に滋味溢れる好盤です。隠れ名盤として、何時までも「愛聴盤」として、聴き愛でることのできるアルバムです。
 
 
 
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2009年8月30日 (日曜日)

「ビ・バップ」の教科書

寒い。寒すぎる。半袖では到底いられない。午後6時の気温が20度の千葉県北西部地方。接近する台風の影響で、風雨共に強くなり、予報では、明日の正午辺りに、もしかしたら千葉県に上陸するかも、とのこと。明朝の通勤が思いやられる。これだけ寒暖の差が激しいと、体に堪える。

さて、ビ・バップといえば、1940年代初期に成立したとされる、ジャズの一形態。モダン・ジャズの起源はこの「ビ・バップ」にある。最初に決まったテーマ部分を演奏した後、コード進行に沿った形でありながらも、自由な即興演奏(アドリブ)を順番に行う形式が主となる、とあるが、これは、その「ビ・バップ」の代表的演奏を聴いてみないと実感できない。

ビ・バップの演奏を実感するには、チャーリー・パーカーとかバド・パウエルの当時の演奏を聴けば良い、と簡単に言うが、録音の悪さ、演奏の出来不出来、アドリブ旋律の聴き易さなど、ビ・バップを代表するミュージシャンのアルバムって、結構、チョイスするのに苦労する。

ビ・バップって、自由な即興演奏(アドリブ)の出来が全てなので、内容の悪いアルバムに当たると、ビ・バップ自体が、ひいてはジャズ自体が嫌いになること請け合いである(笑)。ビ・バップを紹介する時に、一番、気を遣うのがこういう点である。

僕は、ビ・バップを紹介する時に、必ず最初に紹介するアルバムがある。Leonard Feather Featuring George Wallingtonの『Leonard Feather Presents Bop』(写真左)である。ジャズ評論家レナード・フェザー(写真右)の監修の下、バップ期の名曲を集めたコンセプト・アルバム。
 

Presents_bop

 
ピアノのジョージ・ウォーリントンをリーダーに、アルトのフィル・ウッズ、ベースのサド・ジョーンズ、ドラムスのアート・テイラーをはじめとして、当時の精鋭プレイヤー達が繰り広げる、教科書的「ビ・バップ・セッション集」である。

タイトル通り、徹頭徹尾「ビ・バップ」集なので、小難しい理論や軟弱なイージーリスニングの雰囲気は全く無く、とにかく強烈「ビ・バップする」曲ばかり。このアルバムを聴き込むと、ビ・バップが体験的に理解できるという、便利なアルバムでもある。収録曲は以下の通り。

1. Little Benny
2. Be Bop
3. Lemon Drop
4. Orinthology
5. Anthropology
6. Salt Peanuts
7. Groovin' High
8. Shaw 'Nuff
9. Billie's Bounce
10. Hot House/52nd Street Theme

いやはや、ビ・バップの名曲のオンパレードである。これが「ビ・バップ」と思える、実に典型的な「ビ・バップ」の演奏形式を踏襲しているので、実際聴いていて、とても楽しい。さすが、レナード・フェザーの監修と感心することしきり。

ジャケットのイラストも小粋で可愛く、ジャケ・デザインも秀逸で、ジャケ買いにも最適(笑)。演奏的にも教科書的にまとめた「ビ・バップ」集なので、最初、演奏の雰囲気がちょっと「きつめ」ではありますが、聴き進めるうちに慣れてくるので、気にしない気にしない。きっと、その演奏の「きつめ」の雰囲気が気にならなくなったら、ビ・バップを体験的に理解し終えていると思います。
 
 
 
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2009年8月29日 (土曜日)

「電気楽器+純ジャズ」の可能性

暑さがぶり返した、我が千葉県北西部地方。それでも湿度は高くなく、カラッとした暑さなので、とりあえず過ごし易い。が、昨日まで涼しい日が続いて、今日いきなり暑い日が戻ってきたので、体調が悪い。どうも気温の激しい変化は苦手である。

さて、プロデュース側から見た純ジャズというのは、アコースティック楽器が前提、という変な思いこみがあるように思う。とにかく、ジャズ者は、純ジャズは生楽器じゃないと許せない、という思いこみがあると勝手に感じているらしく、電気楽器をバックにした純ジャズを企てるレーベルはほとんど無い。

これが理解できないんだなあ〜。別に純ジャズは生楽器じゃないと駄目とは思っていないんだがなあ。逆に、何故、純ジャズ=生楽器なんだろうか。1970年代、フュージョン全盛時代、純ジャズの世界でも、電気楽器がバックのセッションが相次いだ。フュージョンの波というより、1970年代は「電気楽器の波」が押し寄せた時代だったような気がする。

例えば、このソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)の『Love At First Sight』(写真左)というアルバムがある。1980年のリリース。パーソネルは、Sonny Rollins (ts, lyricon), George Duke (p, el-p) Stanley Clarke (el-b), Al Foster (ds), Bill Summers (conga, per)。テナーのロリンズ以外は、フュージョンの中核ミュージシャン、フュージョンのスター・ミュージシャン達ばかりがズラリと並ぶ。

このセッションが行われた、そもそもの動機は、元リターン・トゥ・フォーエバーのエレベ奏者スタンリー・クラークが「是非とも一度で良いから、ソニー・ロリンズと共演してみたい」という強い希望がロリンズに届いたからである。当然、スタンリー・クラークはエレベである。でも、ロリンズはそんな事には拘っては全くいない。

冒頭、ロリンズお得意のカリプソ・ナンバー「Little Lu」から始まる。バックは当然エレベ・エレピ。それでもロリンズは全く変わらない。ガンガンにロリンズ節全快で、テナーを吹き飛ばしていく。
 

Love_at_firstsight

 
途中、スタンリー・クラークのエレベ・ソロがある。憧れのロリンズとの共演、ちょっと最初は緊張気味だったのか、出だし、固くてぎこちないソロで「これはまずいなあ」と思うんだが、徐々に盛り上がり始め。ロリンズが「フリフリフッフ〜」と激励の軽いブロウを飛ばすと、ラストには、人が変わったように、躍動感溢れ、テクニック優れたエレベ・ソロに早変わり。このエレベ・ソロは素晴らしいの一言に尽きる。

バックのジョージ・デュークのエレピのバッキングもなかなか心地良い。エレピの音の特性を知り尽くし、ロリンズのテナーの特性を十分に考慮した、ジョージ・デュークのエレピのバッキングには感心する。全編を通じて見直したのは、ジョージ・デュークの生ピアノ。ファンキーで、右手シングルトーンがシンプルなジョージ・デュークの生ピアノ・ソロは実に爽やかで躍動感があって、これは「聞きもの」である。

2曲目の「The Dream That We Fell Out Of」は、ドラム、エレベもバッキングで入っているが、ジョージ・デュークのシンセサイザーとロリンズのテナーとのデュオが聴きもの。シンセサイザーとテナー・サックスがこれだけ効果的に絡めるとは思わなかったので、この演奏を初めて聴いた時には、いたく感心したのを思い出した。叙情的で印象的なシンセとテナーの絡み。聴きものです。

3曲目は、昔、ロリンズの大名盤『サキソフォン・コロッサス』で演じた「Strode Rode」を、電気楽器をバックに再演しているが、これも見事。なんだか、この「Strode Rode」を聴くと、「純ジャズは生楽器じゃないと許せない」=「純ジャズはアコースティック楽器が前提」って、ちょっと柔軟性に欠けるんじゃない、というロリンズの問いかけが聞こえてくるようである。

「ジャズはジャズさ、楽器の種類、構成なんて関係ない」とロリンズが教えてくれているようだ。1980年、このアルバムがリリースされた当時は、この電気楽器ばバックの「Strode Rode」は賛否両論、というか、否定的な評論の方が多かった。ジャズの評論って保守的だなあ、というか柔軟性に欠けるなあ、と思った。

このロリンズの『Love At First Sight』を聴く度に、「電気楽器+純ジャズ」の可能性について考える。電気楽器をバックにしても、テナーのブロウはロリンズ節の何者でも無く、電気楽器がバックでも、この『Love At First Sight』での演奏は「純ジャズ」の何者でも無い。ロリンズは実にのびのびブロウしていますし、バックのメンバー全員、好演に次ぐ好演である。

つまりは、「純ジャズは生楽器じゃないと許せない」=「純ジャズはアコースティック楽器が前提」は思い込みに過ぎないってこと。「ジャズはジャズさ、楽器の種類、構成なんて関係ない」ってことですね。
 
 
 
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2009年8月27日 (木曜日)

AORの「伊達男」・その4

昨日、A・ガーファンクルの「AOR」について語ったら、AOR繋がりで、AORと言えば「AORの伊達男」、Boz Scaggs(ボズ・スキャッグス)の事を思い出した。そうそう、AORと言えば「ボズ」。僕のAORのヒーローである。ということで、今日も、バーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」のマスターです(笑)。

僕の学生時代は、AORの流行真っ只中。傍らでパンクも頑張ってはいたが、僕らは専らAOR。ボズ・スギャッグスは、そのAOR系ミュージシャンの中でも大のお気に入りの一人。何故かな〜、なんて昔は思っていたが、このボズのファースト・アルバムを聴けば、その理由が良く判った。

ということで、今日は、AORの「伊達男」、ボズ・スギャッグスのファースト・アルバムを採り上げてみました。題して『Boz Scaggs』(写真左)。いやいや、シンプルなネーミングですね。1969年のリリースです。

冒頭の「I'm Easy」から、なかなかワイルドなボズのボーカルが聴けます。でも、アルバム全体を通して、まだまだ「垢抜けてない」。ちょいとイモっぽい泥臭さが漂っていて(でも、それが良いんだけど)、AORの「伊達男」って、デビュー当時は、ちょいとイモっぽいR&B好きの田舎青年だったんですね〜。

南部寄りのアメリカン・ルーツ・ミュージックをベースに、ワイルドなボーカルを聴かせますが、ワイルドな中に、どこかマイルドで小粋な雰囲気が見え隠れして、後のAORのジェントル・スター・シンガーの片鱗を感じることが出来ます。
 

Boz_scaggs_8

 
ボズって、R&Bやブルースなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックを基調とするところが、彼の原点だったんですね。道理で、僕のお気に入りな訳やね。アメリカン・ルーツ・ミュージックと聞いただけで「何でも通し」なんで・・・(笑)。

オールマン・ブラザース・バンドの総帥、デュアン・オールマンが全編にスライド・ギター、ドブロ・ギターを縦横無尽にプレイしています。特に「Loan Me a Dime」でのソロは素晴らしいの一言。

でも、デュアン・オールマンが参加しているからと言って、このアルバムを「サザン・ロック」をベースとした、ロック時代のボズの名盤、とするのは短絡的。そもそも1969年あたりで、「サザン・ロック」というジャンル言葉は存在していない。このボズのファースト・アルバムを「サザン・ロックをベースとした野趣溢れる、ロック時代の佳作」という意外と無責任な評論を目にすることがありますが、それも違うでしょう。

「サザン・ロック」をベースとした、というよりは、R&Bやブルースなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックを基調とした、ワイルドなソフト・ロック的佳作、というところが妥当なところかと・・・。

ボズは決して、お洒落でジェントルなAORの「伊達男」では無い。彼の音楽の底には、R&Bやブルースなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックのエッセンスがドッカリと横たわっていて、そのアメリカン・ルーツ・ロック的な雰囲気をそこはかとなく匂わせているところが、単にソフト&メロウな、耳当たりの良いだけの、凡百なAORアルバムとは、全く、その内容、質が違います。

良いアルバムです。アメリカン・ルーツ・ロック好きの皆さんには、是非お勧めです。加えて、ボズ・スギャッグスのファンの方は、是非、このアルバムで彼のルーツを確かめて下さい。
 
 
 
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2009年8月26日 (水曜日)

A・ガーファンクルの「AOR」

今年、サイモン&ガーファンクルの来日公演があったけど、その様子はどうだったんだろう。来日公演の予告は華々しかったけど、来日公演が終わった後の評判というか、感想はあまり聞こえてこないんだけど・・・。でも、きっと良かったんだろうな〜。

このところ、純ジャズ、果てはフリー・ジャズまで聴き進めてきて、ちょっと「耳休め」がしたくなった。今日は、久しぶりに、バーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」のマスターです。

春夏秋冬、いつの季節でも、午後の昼下がりのノンビリした雰囲気にあうのは「AOR」。「Adult-Oriented Rock(和製英語のアダルト・オリエンテッド・ロック)」の略。日本では「Adult-oriented Rock=大人向けのロック」と解される。ちなみに米国で同じ意味で使われているのは「Audio-Oriented Rock」。どちらも「AOR」。

そのAORのジャンルに入るんだけど、これってやっぱりミュージシャンの個性が勝っているよな、と感心するアルバムが幾つかある。今日、しみじみと聴いたアルバムは、Art Garfunkel(アート・ガーファンクル)の『Fate for Breakfast』(写真左)。1979年リリースのアートのソロ第4作目。

1979年と言えば、AORの流行「ど真ん中」。日本では、パンクムーブメントの傍らで、AORの方が流行っていたんではないか。少なくとも僕たちの間ではそうだった。パンク大好きな「パンク野郎」もいるにはいたが、大勢はAORだった。

Fate_for_breakfast

そんなAORブームの中で、リリースされたアート・ガーファンクルのソロ第4弾。これが実に良い雰囲気なんですよね。冒頭の「In a Little While (I'll Be on My Way)」から、バッチリとAOR。特に、キーボード中心のソフト&メロウな音が素晴らしい。それでも、アートのボーカルが入ってくると、その音世界は、一般の耳心地の良いAORから、ガラッと「アート・ガーファンクル」の世界に早変わり。

でも、このキーボード中心のソフト&メロウな音を聴いていたら、なんだか、どっかの音とよく似ている。Lee Ritenour、Steve Gadd、Richard Tee、Michael Breckerら、フュージョン・ジャズの名手達の名前がズラリ。どうりで素晴らしい雰囲気のバックだと思った。実に、ソフト&メロウで、ゴスペル風の、優しい中に、しっかりと芯の入った力強いサウンドを聴かせてくれている。

その素晴らしいバックを従えて、やはり、このアルバムの聴きどころは、アートのボーカルでしょう。優しく穏やか。それでいて、しっかり真のある極上のボーカル。安らぎと寛ぎを感じる「癒し」の逸品である。「明日を架ける橋」の様な、大向こうを張った、突出した楽曲は無いが、アルバムに収録された楽曲はどれもが良い出来。粒ぞろいの演奏、ボーカルばかりである。アート・ガーファンクルの「AOR」がここにある。

良い意味で、ソフト・ロックと呼んでも良いし、フュージョン・ボーカルと呼んでも良い、実にクロスオーバーな内容で、アート・ガーファンクルの個性と豊かな才能を感じます。ちなみに、チャートでは、米国で67位、英国では2位(ソロアルバムでは、現在までで最高の順位)だったそうです。

ふむふむ、確かに、このアルバムの雰囲気って、米国向きではないなあ。非常に滋味溢れるアルバムです。アルバムの楽曲にかかったエコーも英国風。AORとは言いながら、大人になった英国ロック者向けかも。良いアルバムです。
 
 
 
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2009年8月25日 (火曜日)

フリージャズは難しくない・・・

いや〜、今日は涼しい。早朝、窓を開けると、風が涼しすぎて、布団を被ってしまった。朝、駅に行く時、上着を着ても暑くない、どころかちょうど良い。しかも、湿度が低くて爽やか。本当に「秋の気配」を実感する、今朝の我が千葉県北西部地方。

これだけ涼しくなると、夏真っ盛り、暑い中、避けて通っていた純ジャズが聴きたくなる。しかも、今日は、この涼しさである。今日はなんだか「フリー・ジャズ」が聴きたくなった。「フリー・ジャズ」は久しぶり。なにを聴こうかと思っていたら、ふと、Archie Shepp(アーチー・シェップ)の『Life at the Donaueschingen Music Festival』(写真左)が聴きたくなった。いや〜、このアルバム、本当に久しぶり。

邦題は『ワン・フォー・ザ・トレーン』。原題の『Life at the 〜』は誤植ではありません。原題がそうなんです。決して『Live at the 〜』ではありません(笑)。1967年10月、ドイツのドナウエッシンゲン音楽祭での実況録音盤です。ちなみにパーソネルは、Archie Shepp (ts), Roswell Rudd (tb), Grachan Moncur (tb), Jimmy Garrison (b), Beaver Harris (ds)。私にとっては、Roswell Rudd (tb)とBeaver Harris (ds)についてはよく知らないミュージシャンです。

収録された曲は「One for the Trane」の1曲のみ。この1曲をLP時代は、A面B面にぶった切って収録されていました。でも、CDで連続収録される様になったのに、One for the Trane Part.1、One for the Trane Part.2と分かれて収録されているのには、聴く度に苦笑い。

「One for the Trane」って、なかなか聴き応えのある名演です。Trane(トレーン)はもちろんコルトレーンのことで、彼の没後わずか3ヶ月後の演奏で、メンバー全員一丸となった入魂のプレイとなっています。

導入部の長いギャリソンのベース・ソロとパーカッションの響きに続いて、アーチー・シェップが入ってきます。いわゆるスピリチュアルなブローとでもいうのでしょうか、シェップは感情のおもむくままに吹きまくっていきます。咆哮というか、叫びというか、怒りにも似た、叫ぶような肉声のようなテナーの雄叫び。

Donaueschingen_2

でも、注意深く聴きこんでみると、ベースのJimmy GarrisonとドラムのBeaver Harrisが、しっかりと一見フリーな演奏の底をビートで支え、ガッチリと基音を押さえて、シェップはその「ビートと基音」の上で、本能のおもむくまま、感情のおもむくまま、テナーを吹き進めていることが判ります。基本的には「モード奏法」のバリエーションという感じでしょうか。自由に吹きまくっている様で、意外と秩序がある演奏は、いったん、そのからくりが判ってしまうと、案外聴きやすい。

もともと完全フリーな演奏ってないですからね。完全フリーだったら、その演奏がどこから始まって、どこで終わるのかも判らないし、音楽としてユニゾン&ハーモニーに乱れが生じて、単なる雑音に陥る危険性もある。雑音になってしまえば、もはや音楽と呼べず、当然、聴衆に失礼な振る舞いとなってしまう。自分だけが気持ち良ければ良いのであれば、人前で演奏しなくても良いのですからね。

そういう意味で、このシェップの「One for the Trane」は、しっかりと「音楽」になっている。壮絶な即興演奏ではあるが、フリー度が高い演奏ではない。しっかりと秩序があって、ジャズの枠内で、限りなく即興な演奏、と言ったほうがピッタリくる、実に優れた演奏である。

でもまあ、いわゆるスピリチュアルなブローとでもいうのでしょうか、シェップは感情のおもむくままに吹きまくっていて、咆哮というか、叫びというか、怒りにも似た、叫ぶような肉声のようなテナーの雄叫びは、やはり聴き慣れないと、通常のジャズファンの方々には、辛いものがあると思います。

でも、心配いりません。フリー・ジャズが苦手だからといって、好きじゃ無いからといって、ジャズ者になれない訳ではありません。これはもう好みの問題なんで、フリー・ジャズが苦手だからといって、好きじゃ無いからといって、気にすることはありません(笑)。

このアルバムについては、僕はやはり「One for the Trane Part.2」後半に登場する「いそしぎ」のテーマの出現する瞬間が「たまらない」ですね。しっかりと秩序があって、ジャズの枠内で、限りなく即興な演奏が繰り広げられて来て、ふとバリバリ純ジャズの雰囲気で「いそしぎ」のテーマが、さりげなく演奏される。ジャズ演奏の美しい瞬間です。

基本的にフリー・ジャズ、スピリチュアル・ジャズの類なんで、ジャズ者初心者の方々には、実にとっつきにくいアルバムだとは思いますが、良いアルバムです。フリー・ジャズ入門盤として、お勧めの内容です。ただ本当に「フリー・ジャズ」な内容なので、ジャズ者初心者の方々はくれぐれも注意して、聴き進めて下さい。初めて聴く時はステレオのボリュームは「ほどほど」に・・・(笑)。
 
 
 
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2009年8月24日 (月曜日)

改めて天才ペット奏者を愛でる

涼しくなった。今朝は、上着を着て駅まで歩けるくらいの涼しさ。ちょっとだけ汗ばむが、湿度が低いので、気にならない。いやいや〜、秋の気配ですね〜。夕方日が暮れると、虫の声が賑やかに。いやいや〜、秋の気配ですね〜。我が千葉県北西部地方は、一気に秋の気配である。

秋の気配を確信すると、夏の間、ちょっと控え気味だった純ジャズが聴きたくなる。それもばりばりのハードバップ。ちょうど、スイング・ジャーナルの9月号に「Lee Morgan(リー・モーガン)」の特集。子供の頃から神童と呼ばれたハード・バップの代表的トランペッター。33歳で、愛人のヘレンに拳銃で撃たれて死亡した、悲劇のジャズ・トランペッター。

このスイング・ジャーナルのモーガンの記事を読んでいて、リー・モーガンのアルバムが聴きたくなった。選んだアルバムが『Introducing Lee Morgan』(写真左)。

ブルーノートからリリースされた、初録音にして初のリーダー作の『Lee Morgan Indeed !』。このアルバムが収録された翌日に、全く異なるメンバーで録音された、2枚目のリーダー・アルバムが、サヴォイからリリースされた『Introducing Lee Morgan』。パーソネルは、Lee Morgan (tp), Hank Mobley (ts), Hank Jones (p), Doug Watkins (b), Art Taylor (ds) 。リーダー作第2弾としては、錚々たるバックを従えている。

それもそのはず。もともと、このアルバムは、テナーのハンク・モブレーのリーダー作として収録されたもの。リー・モーガンの天才的なトランペットが抜きんでていて、急遽、リー・モーガンのリーダーアルバム風にタイトルを冠してリリースされた「曰く付き」。

それほどまでに、当時のリー・モーガンのトランペットは凄い。当時、弱冠18歳で、これだけのトランペットが吹けるとは・・・。「ポスト・クリフォード・ブラウン」と評されたリー・モーガンの目眩くテクニックと歌心、そして、デビューしたての「初々しさ」が眩しい。
 

Intro_lee

 
冒頭の「Hank's Shout」を聴けば、モーガンの凄さが良く判る。録音当時は1956年とはいえ、演奏の雰囲気は「ビ・バップ」。メンバーそれぞれが、テクニックの全てを尽くしたアドリブの応酬。アルバム全編を通じて、モーガンの天才的なペットに触発されて、いつにかく、テナーのモブレーが溌剌とテナーを吹き上げている様子が微笑ましい。

まず、先頭を切ってソロを取るのは、テナーのモブレー。このアルバムはなるほど、モブレーのリーダーアルバムとして録音したことが理解できる。モブレーの長いソロの後、滑り出てくるように入ってくるのが、モーガンのペット。凄いテクニック。軽く歌うように、難しいフレーズを事も無げに吹き上げていく。

2曲目の「Nostalgia」も、まずは、テナーのモブレーがソロを取る。そして、次に出てくるミュートをかけたモーガンのペット。ミュート・プレイにも非凡なものがある。とにかく上手い。まだ弱冠18歳、とにかくテクニック優先、ペットを吹くことが楽しくて仕方がない雰囲気なので、歌心については、ちょっと物足らない部分も感じられるが、それは仕方の無いこと。その不足を補って余りある、モーガンのミュート・プレイのテクニックの素晴らしさ。

若干惜しいなあ、と思うのは、収録曲それぞれが、キャッチャーで印象に残るフレーズを持った楽曲ではないこと。モーガンのテクニックの素晴らしさは、全編聴き終えて、凄く印象に残るのだが、その素晴らしいテクニックで吹き上げたフレーズについては、あまり印象に残らないのは残念ではある。これは、プロデュース側の問題だろう。

全体のまとまり、曲、ジャケット、どれを取っても、ブルーノートの『Lee Morgan Indeed!』より、一ランク落ちるところは、明らかに、サヴォイ・レーベルとブルーノート・レーベルとのプロデュース能力の差であるとも言える。

でも、モーガンのペットのテクニックの凄さを感じ、その軽く歌うような、目眩くアドリブを愛でるには、この『Introducing Lee Morgan』は全く問題無い。モーガンを聴き進めるには、避けては通れない、初期の佳作でしょう。
 
 
 
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2009年8月23日 (日曜日)

晩夏のジャズ...「おもいでの夏」

朝夕、少し暑さが凌ぎやすくなり、夜になれば、涼しい風が吹くようになった。今年の夏も終わりに近づいている感じが「ひしひし」とする。いわゆる「晩夏」という季節になりつつあるということ。カレンダーを見れば、8月も20日を過ぎ、日が沈むのも早くなってきた。

この夏の終わりの季節って、学生の頃からあまり好きではない。なんだか、夏が終わっていく雰囲気が、なにか物悲しく、一人取り残されたような感じになる。夏の終わりの夕日を見ていても、なにか侘びしさが漂い、涼しい一陣の風に吹かれれば、なぜが心がキュッと音をたてるように、ノスタルジックな雰囲気に包まれる。

こんな晩夏ではあるが、それはそれで、ぴったりのジャズがある。激しくもあり、優しくもあり、叙情的ではあるが、真っ当な純ジャズ。夏の終わりの物寂しい雰囲気を感じて、センチメンタルになった心を癒しつつ、励ますような「硬派」な雰囲気を持ったジャズ・アルバムが良い。

そんなジャズ・アルバムの一枚が、Art Farmer(アート・ファーマー)の『The Summer Knows(おもいでの夏)』(写真左)である。1976年5月の録音。パーソネルは、Art Farmer (flh), Cedar Walton (p), Sam Jones (b), Billy Higgins (ds)。日本人制作のEAST WINDレーベルからのリリース。

1976年と言えば、フュージョン全盛時代。そんな中、EAST WINDレーベルは、日本人制作を前提に、純ジャズ中心に、優れたアルバムをリリースしていた。このEAST WINDレーベルに対しては、その功績を手放しで誉める人があれば、そのあからさまで向こう受けを狙った、いかにも、という選曲に失望する人もありで、日本人制作のレーベルとはいえ、日本では賛否両論のレーベルだったような記憶があります。
 

The_summer_knows

 
確かに、このアルバムも選曲を見渡せば、ちょっと、スタンダード中心、そのスタンダードもちょっと捻りを入れ、向こう受けを狙った選曲で、「うむむ〜」とちょっと唸ってしまいますが、このアルバムについては、どの曲も演奏内容が優れており、録音も良いので、これはこれで良いアルバムだと思います。

特に、1曲目のタイトル曲「The Summer Knows(おもいでの夏)」は、アート・ファーマーのフリューゲル・ホーンの柔らかな音が実にフィットしていて、素晴らしいバラード演奏になっています。アート・ファーマーのフリューゲル・ホーンのバラード演奏の中では白眉のもので、この1曲だけでも、このアルバムは「買い」ですね。

この「The Summer Knows(おもいでの夏)」の演奏が、夏の終わり、晩夏の季節に、実に合うんですね〜。リリカルなファーマーのフリューゲル・ホーンの音が優しく響き渡って、夏の終わりの「物寂しい」雰囲気にピッタリ。聴く時間帯は、夕方が良いですね。夏の終わりの夕日を見ながら、しみじみと聴く「The Summer Knows(おもいでの夏)」は絶品です。

続く「Manha do Carnaval(カーニバルの朝〜黒いオルフェ)」は、しっかりとした硬派な演奏で、グッと心が引き締まります。エッジの立った、切り込みの鋭いファーマーのフリューゲル・ホーン。フリューゲル・ホーンの音って、丸くて優しくて癒しの音って思っていたら大間違い。ここでのファーマーは、結構、ホットなブロウを繰り広げています。ミッドテンポのジャズ・ボッサではありますが、演奏内容は「硬派」な純ジャズです。聴いていて、思わず襟元を正してしまいますね(笑)。元気が出ます。

夏の終わりの物寂しい雰囲気を感じて、センチメンタルになった心を癒しつつ、励ますような「硬派」な雰囲気を持ったジャズのアルバム。そんなアルバムを聴いて、夏の疲れを癒し、明日への活力を蓄える。そのニーズにピッタリのアルバムの一枚が、このArt Farmer(アート・ファーマー)の『The Summer Knows(おもいでの夏)』。ジャケット・デザインもなかなかです。僕は紙ジャケで所有していますが、紙ジャケサイズも、なかなか可愛くお洒落で、気に入っています。 
 
 
 
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2009年8月22日 (土曜日)

『ジャズの小径』8月号アップです

昨日、今日と蒸し暑さが戻ってきて、どうもいけない。この30度を超えた気温で湿度が高い、これって、子供の頃から実に苦手。というか、かなり体調が悪くなる。昨日から体調が優れない。もう眠くて仕方が無い。

とは言いながら、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」、毎月更新の名物コーナー『ジャズの小径』の8月号をアップしました。実はこの『ジャズの小径』のコーナーは、1999年4月から、毎月毎月更新を重ねて来ました。考えてみれば、これって凄いですよね。10年以上、この『ジャズの小径』のコーナーは更新を重ねてきたことになります。

で、今月の『ジャズの小径』は、ですが、この「ジャズの小径」では、毎年8月の特集は「夏はボサノバ」と題して、ボサノバ・ジャズの名盤を特集しています。でも、実は、2005年2008年は、ネタ切れで挫折しましたが・・・(笑)。

広く見渡すと、ボサノバ・ジャズのアルバムって意外にあるんですよね。でも、皆さんにご紹介できるレベルのもの、自分の耳で聴いて責任を持ってお勧めできるアルバムって、そう多くは無い。特に「自分の耳で聴いて」の部分がちょっと大変。自ら所有するアルバムからのチョイスになりますからね〜。

 Komichi_200908

しかし、暑い夏は、やはり純ジャズは辛い。今年は天候不順、涼しい夏なんて言われてますが、僕は、この涼しい夏と言われる夏の「やたらに蒸し暑い日」が本当に苦手。エアコンって素晴らしい発明だと思います。今や、エアコンが無いと、もはや、僕は夏を乗り越えることは出来ないでしょう(笑)。

やはり暑い夏は、軽くて耳当たりの良い「ボサノバ・ジャズ」が聴きたくなる。ということで、ボサノバ・ジャズの名盤を探し始める。と、あったあった。ということで、今年もやります、「夏はボサノバ」(笑)。

今月は「ボサノバ・ジャズ」特集。タンバ4の『二人と海』。渡辺貞夫の『ジャズ&ボッサ』をご紹介します。特に、タンバ4の『二人と海』の紹介記事は、久しぶりに、ホームページ掲載用の書き下ろしですので、お楽しみに。

それでは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)でお待ちしております m(_ _)m。
 
 
 
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2009年8月20日 (木曜日)

ジョンスコの「真面目」な一枚

タイトルをご覧になって、ジョンスコは日頃は不真面目と言いたいのか、とお思いになったらそれは誤解です(笑)。不真面目どころか、ジョン・スコフィールド(愛称ジョンスコ)のギターは実にユニークであり続けている。

伝統的なジャズ・ギターの奏法をベースにしながらも、ちょっとアバンギャルドにねじれて、音を不協和音っぽく響かせながら、モーダルに唄い上げていくところが実にユニーク。一聴するだけで「ジョンスコや〜」って判るくらい、独特の個性ある音の持ち主である。

ユニークであるからといって、伝統的な純ジャズと外れたところにジョンスコのジャズがあるのか、と言えばそうではなく、しっかりと純ジャズのベースの上に、そのユニークなギターを響かせているところが、これまた、ジョンスコの魅力である。

1970年代の彼のリーダー作を聴けば良く判る。例えば『Rough House』(写真左)であるが、実に真っ当で、当時、最先端で流行だったメインストリーム・ジャズをベースにしたユニークなギターを聴かせているのだ。

enyaレーベルから1978年にリリースされたこのアルバム、パーソネルは、John Scofield (g), Hal Galper (p), Stafford James (b), Adam Nussbaum (ds)。Hal Galperの参加が目を惹く。このアルバムの録音が1978年。既に、ジョンスコのギターの個性が確立されているのが良く判る。
 

Rough_house

 
ちょっと外れたようにねじれて、独特の不協和音っぽい音の響きとスルスルスルと滑るようにモーダルなフレーズを弾きまくっているのには惚れ惚れするばかり。まあ、まだ1978年。若かりし頃のジョンスコなんで、捻れ方は実に控えめではあるが・・・(笑)。

ピアノのHal Galperの、当時、メインストリーム・ジャズ・ピアノのリーダー格であった(今もそうだけど・・・)、ハービー・ハンコックとチック・コリアの手癖を足して2で割ったような、エッジの立ったモーダルな音の響きはご愛嬌。でも、かなりのテクニックと馬力で弾きたおしているのは結構な迫力である。

このHal Galperのピアノのおかげで、良くも悪くも、1970年代後半のメインストリーム・ジャズの空気を強く感じて、ちょっとレトロっぽく聴こえるのが面白い。 この明らかに、1970年代後半のトレンドを強く感じさせるピアノをバックに、ジョンスコがハードに「ちょっとだけ、ねじれたギター」を弾きたおしている。ジャズ・ギターにロックの要素を取り入れたアグレッシブでスリリングなもので、実に若々しいというか、実に「真面目」である(笑)。

技術というものは基本が肝心、というが、ジョンスコはさすが、きっちりと純ジャズとしての基本をしっかりと押さえている。その基本を押さえた上での「個性の輝き」。う〜ん、マイルスが自らのバンドにスカウトするのも無理は無い。というか、明らかにマイルスの慧眼を感じる。

この『Rough House』を聴くと、そんなジョンスコの素性の良さを感じます。ストレートアヘッドなジョンスコ。若いねえ。良い演奏です。ジョンスコの「基本に忠実である真面目さ」を十分に楽しめます。
 
 
 
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2009年8月19日 (水曜日)

金管楽器アンサンブル「もう一枚」

最近、朝夕は涼しい風が吹いて、ちょっと通勤し易くなった、我が千葉県北西部地方。今週の週間予報を見ていても、予想最高気温も30度を超すことは無く、そこはかとなく「秋の気配」である。

さて、バリサク3本のアンサンブル、ビッグバンド・ベースの優れたアレンジによる「ユニゾン&ハーモニー」を楽しんでいたら、ふと、もう一枚、金管楽器のアンサンブルの優れものを思い出した。Supersaxの『Supersax pleys Bird』(写真左)である。

ジャズ入門用のアルバム紹介本で学生時代からその存在は知っていたのだが、LPが見当たらない。無い無いと思っていたら、CDの時代になった。CDで再発されるのを心待ちにしていたのだが、なかなか再発されない。まあ、当時は、外国盤の発売情報って全く無かったから、日本盤での発売に期待するしかなかったのだが、これがなかなか出ない。

出ない出ないと思っていたら、1999年になって、なんとサンフランシスコのタワレコで、このCDを見つけた。嬉しかったなあ。即ゲットである。アルバム蒐集の醍醐味である(笑)。

Supersaxとは、アルトのMed Floryを中心としたサックス・アンサンブル。ちなみに、この『Supersax pleys Bird』のパーソネルは、Med Flory、Joe Lopez(as) Warne Marsh、Jay Migliori(ts) Jack Nimitz(bs) Ray Triscari、Larry McGuire、Conte Candoli、Ralph Osborne(tp) Charley Loper、Mike Barone、Ernie Tack(tb) Ronnell Bright(p) Buddy Clark(b) Jake Hanna(ds)。しかし、知らん顔ばっかしやなあ。1972年の録音である。
 

Supersax_bird

 
さて、このアルバム、題名のとおり、ビ・バップの創始者の一人、天才アルト・サックス奏者であるチャーリー・パーカー(彼のニックネームは「Bird」である)の演奏を、アドリブ部も含めて譜面に落として、スモールコンボ・ベースのアレンジを施した、なかなかの「アイデアもの」である。

どの曲もチャーリー・パーカーの歴史的名演で有名なものばかり。チャーリー・パーカーの歴史的名演を知らない、ジャズ者初心者の方々でも、ビ・バップの名曲名演は、その疾走感や印象的なフレーズは素晴らしいものばかりなので、純粋にその演奏を楽しむことが出来る。

とにかくアレンジが良い。金管楽器のユニゾン、ハーモニー、アンサンブルが、キラキラ輝かんばかり、はちきれんばかりの迫力で迫ってくる。抑揚強弱も効果的で聴き応え十分。このアルバムはひとえに、アイデアとアレンジの勝利と言えるでしょう。ジャズの楽しさを十分に感じることが出来ます。

最近では、ネット・ショップ経由で、CDの入手が容易になったみたいなので、是非一度聴いて頂きたいアルバムです。ビ・バップの名演を部も含めて譜面に落として、スモールコンボ・ベースのアレンジを施すなんて、ジャズじゃない、という辛口の評論も見受けられ、ちょっと「際物」っぽく思えるんですが、ジャズの「アレンジの妙」を楽しむには、このアルバムみたいな企画物も「あり」なんではないでしょうか。

あまり肩肘張らずに、金管楽器のユニゾン、ハーモニー、アンサンブルが、キラキラ輝かんばかり、はちきれんばかりの迫力を楽しむのも、またジャズ者の楽しみのひとつではないかと思っています。
 
 
 
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2009年8月18日 (火曜日)

バリサクとアレンジの第一人者

昨日は「バリトン・サックスの饗宴」的企画アルバム、バリサク3本のアンサンブル演奏集、Three Baritone Saxophone Band の『Plays Mulligan』をご紹介したが、その演奏曲の元となった、ジェリー・マリガン本人のアルバムが聴きたくなった。

ジェリー・マリガンはバリトン・サックス奏者の第一人者で、米国西海岸中心に隆盛を誇った、ウエストコースト・ジャズの中核人物の一人である。マリガンは、そのバリサク奏者としての腕前もさることながら、ジャズ演奏における「アレンジ」の才能が素晴らしい。

彼のアレンジによって、ウエストコースト・ジャズの音の個性が形成された、といっても過言ではな無い。特に、ユニゾン&ハーモニーに独特のトーンと響きがあって、一聴すれば「マリガンのアレンジやな」と判るほど、個性のあるアレンジである。それだけ個性のあるアレンジなので、彼のアルバムについては、音的には、ほとんど同じ「ユニゾン&ハーモニー」そして、ほとんど同じ「トーンと響き」で、結構、金太郎飴的なところが「玉に瑕」ではある。

また、セッションを構成するメンバーの力量、相性によって、アルバム演奏全体の出来不出来の差が結構あって、マリガンのアルバムをチョイスする場合は、そのアルバムの演奏のパーソネルを確認してから入手に至るケースが多い。後は、やはり、ジャズのアルバム紹介本に推薦されているマリガンのアルバムは間違い無い、というところか。
 

Gerry_m_live_vv_2

 
そんな中、僕のお気に入りの一枚は『Gerry Mulligan and the Concert Jazz Band at the Village Vanguard』(写真左)。1960年12月11日、ライブ・ハウス、ビレッジ・バンガードでのビッグバンド・ベースのライブ録音である。ちなみにパーソネルは、Don Ferrara(tp) Clark Terry(tp) Nick Travis(tp) Willie Dennis(tb) Alan Raph(btb) Bob Brookmeyer(vtb) Bob Donovan(as) Gene Quill(as,cl) Jim Reider(ts) Gene Allen(bs,bcl) Gerry Mulligan(bs,p) Bill Crow(b) Mel Lewis(ds)。

いずれの収録曲についても、演奏内容、アレンジ共申し分無く、全編通じて、マリガンのアレンジを堪能することが出来る。もちろん、マリガンのバリサクも申し分無く、要所要所でマリガンのバリサクが炸裂している。どの曲もダイナミックな展開が素晴らしい。音質もビッグバンド・ベースの演奏なので、その迫力たるや素晴らしいものがある。バンド演奏のダイナミック・レンジも広く、ビッグバンド・ベースの演奏を心ゆくまで楽しむことができる。

こうやって聴いていると、マリガンのアレンジとバリサクを愛でるには、スタジオ録音盤よりもライブ盤の方が、ダイナミックで活き活きしていて、メリハリ、パンチも効いていて、よりマリガンを愛でるには相応しいのかな、と感じます。

良いアルバムです。ジャケット・デザインもなかなかシンプルで格好良く、既に25年来の愛聴盤です。とにかく、格好良くて小粋な「ビッグバンド」ジャズです。う〜ん、マリガンのアレンジは、ビッグバンドで一番映えるかも・・・。
 
 
 
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2009年8月17日 (月曜日)

バリトン・サックスの饗宴

一昨日くらいから朝夕、涼しい風が吹くようになった、我が千葉県北西部地方。今日は、会社に帰り、近くの公園を通ると「虫の声」が賑やかに聞こえる。そこはかとなく秋の気配が忍び寄るって感じです。でも、西日本は残暑厳しいみたいで、皆さん、夏バテしないよう健康にはくれぐれもご留意のほどを・・・。

さて、サックスには、ソプラノ、テナー、アルト、バリトンと、主として、4つの種類がある。ソプラノが一番キーが高くて、バリトンが一番キーが低い。僕は、その一番キーの低いバリトン・サックスの音色が大好きである。

バリトン・サックス。略してバリサク。バリトン・サックスは「でかい、重い、値段は高い、音は低い」。簡単に言うとそんな楽器。大きさは長さ約1メートル、重さ約6キロ。 値段は中古の小型自動車とほぼ同額。気軽に吹ける楽器では無い。アルトよりちょうど1オクターブ低いので、管の長さもちょうど約2倍。バリサクのブリブリッという重低音の響きが実に格好良くて心地良い。

ちょいと難しい楽器なので、ジャズの世界でもバリトン・サックスの吹き手はあまりいない。そんな中、「バリトン・サックスの饗宴」と呼べる、バリトン・サックス中心の企画アルバムがある。それも、バリトン・サックス3本の饗宴である。そのアルバムは、Three Baritone Saxophone Band の『Plays Mulligan』(写真左)。フランスはDreyfusレーベルの企画優れもの。

Baritone_saxophone_band_10

Ronnie Cuber(ロニー・キューバ)、Nick Brignola( ニック・ブリグノラ)、Gary Smulyan(ゲイリー・スマリアン)、現代ジャズ界を代表する3人のバリトン・サックス・プレイヤーが大集合。ジェリー・マリガンの曲を演奏するという夢のような企画です。バックのリズムセクションは、 ベースがAndy Mckee(アンディ・マッキー)、ドラムはJoe Farnsworth(ジョー・ファンズワース)。

マリガンの曲を演奏するということで、マリガンのアレンジを踏襲して、ピアノレスで対位法的なアレンジを駆使した演奏は実に魅力的です。バリトンサックス三本のアンサンブルが雰囲気抜群。ブリブリッという重低音のユニゾン&ハーモニーがこんなにも魅力的に響くとは思いませんでした。

で、良く聴くと、同じバリトン・サックスでも個性の違いがあるんですね。重低音が中心なので、良く聴かないと、吹き方や音色の違いが判り難いんですが、明らかに個性の違いがありますね。聴いていて実に楽しいです。

収録曲は全部で12曲、約1時間にわたるバリトン・サックスの饗宴です。本当にユニークな企画モノです。Dreyfusレーベルって、なかなかユニークな企画モノが結構あるんですよね。やはりフランスの国民性の成せる技なのでしょうか。既成概念に拘らない企画モノは聴いていて楽しいですよね。

バリトン・サックス3本のアンサンブル、ユニゾン&ハーモニーは今まで聴いたことが無かっただけに、このアルバムはちょっとした驚きでした。バリトン・サックス3本のアンサンブルが、こんなに魅力的に響くとは思わなかったです。CDは廃盤状態みたいですが、ダウンロードサイトにはアップされているところが多いみたいです。私もiTunes Storeからゲットしました。最近は結構ダウンロードサイトのお世話になっています。
 
 
 
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2009年8月16日 (日曜日)

特集・夏の思い出のアルバム・7

さて、この一週間、夏休み期間の特集として進めてきた「特集・夏の思い出のアルバム」シリーズ。初回の高校1年生の夏から昨日の大学3回生の夏まで、6回に渡って「松和のマスター」の「夏の思い出のアルバム」の思い出話を積み上げてきました。今日は最終回、大学4回生の夏です。

大学3回生の夏、荒療治ではあったが「北海道貧乏旅行」がきっかけとなり、人生最悪のスランプから脱し、回復へと向かい始めた。回復へと向かい始めると面白いもので、自分を取り巻く環境も良い方向への変化し始めた。

学業の方の悩みも無くなり、周りの友人との関係も良好になった。そして、大学4回生と言えば「就活」。「就活」については悩んだなあ。自分は普通の社会人には向かないことは判っていたので、そのまま学業を続けたかったが、家庭の事情でそうもいかず、悩みに悩んで「就活」に励んだが、不思議と暗さは無かった。

そして、音楽の趣味の世界でも、色々とポジティブな展開があった。ジャズの世界で、特に一番印象に残るのは「マイルス・デイヴィスの復活」である。ジャズ雑誌を読みこなすのも手慣れて来た、ジャズ者初心者4年目。そのジャズ雑誌に「マイルス復活」と大きく報じられた。んん〜っ、ほんまか〜。1981年6月、ボストンのジャズクラブ「キックス」で復帰後初のライブを行い、1975年以来の沈黙から復活。

嬉しかったな〜。マイルスについては、既に「エレクトリック・マイルス」の世界、いわゆる「アガ・パン」で出会い、アコースティック・マイルスについても、プレスティッジのマラソン・セッション4部作を筆頭に、基本的なものは聴取済み。つまりはマイルスのファンになっていた。しかし、そのマイルスは「隠遁中」。もうリアルタイムでマイルスは体験できないのか〜、と諦めていた矢先のことである。思わず小躍りして喜んだことを思い出す。

The_man_with_the_horn

で、その復活の報にての興奮さめやらぬうちに、復活の証、マイルスの新アルバムがリリースされた。そのタイトルは『The Man with the Horn』(写真左)。いや〜嬉しかったですね〜。就活なんて返上で、早速購入しました。そして、LPをいそいそとターンテーブルに載せて、針を落とす。そして、出てくる「ちょっと妖しげな雰囲気」のタイトな前奏。そして、そしてである。マイルスのミュート・トランペットの「あの音」が、「ブップップッ」と静かに印象的に入ってくる。いや〜、やはりマイルスって格好良いですね〜。1曲目の「Fat Time」の衝撃である(笑)。

そして、2曲目。マイク・スターンのエレクトリック・ギターが前奏で爆発し、ぐわ〜んと盛り上がった後、渋くマイルスが「フルフルフル」とミュートで押さえて、そのコントラストがスリル満点の展開で、最後バシッと決めて終わる「その格好良さ」。

マイルスが復活することによって、ジャズの趣味を継続する、大きな動機が出来た。しかも、マイルスの意図は明確で、エレクトリック・サウンドをアレンジ、サウンドの一部として使いこなしつつ、ダンス・ミュージック、ブラック・ミュージックのエッセンスをオープンに取り入れつつ、ジャズのベースとなるビートはしっかりと押さえて、当時の「ジャズ最先端」のプロトタイプを明確に提示している。

マイルスの復活が、自分の人生最悪のスランプからの「復活」と重なり、当時、マイルスの復活が本当に嬉しかったし、モチベーションも上がった。音楽には不思議な力があるとは思っていたが、自ら、その不思議な力を体験したのは、生まれて初めてのことだっただけに、今でも強い印象として残っている。
 
さて、この一週間、夏休み期間の特集として進めてきた「特集・夏の思い出のアルバム」シリーズも今日で終了です。高校1年生〜大学4回生までの夏休みの時期に思い出を絞って、印象に残っているアルバムをご紹介してきました。ちょっと感傷的な文章になってしまいましたが、夏の特集として、一笑に付していただければ幸いです。さあ、我がバーチャル音楽喫茶『松和』は、明日から通常の営業に戻ります(笑)。
 
 
 
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2009年8月15日 (土曜日)

特集・夏の思い出のアルバム・6

さあ、あと残すこと2日。今日は「特集・夏の思い出のアルバム」の六日目。大学3回生の夏である。大学3回生の夏のイベントと言えば「北海道旅行」。ワイド周遊券一枚で、約1ヶ月、北海道にいた。だから、旅行というよりは、彷徨というか「旅」というか、とにかく、夜行列車の車中泊(しかも普通車自由席・笑)だらけの「貧乏旅行」だった。しかし、この北海道旅行は、僕の人生にとって、最初の大きな「転機」となった。

大学2回生当時、精神的に調子を崩し、その影響で体調を壊して、人生最悪のスランプに陥った。で、どうしたら、その状況を好転できるのか皆目分からず、悶々としていた大学2回生。どうしても環境を変える必要もあって、秋からは自宅を出て、大学近くの下宿に移った。そして、良いお医者さんに巡り会い、回復基調となり、いよいよ大学3回生の夏である。その過去1年間で全く綺麗サッパリ無くしてしまった、自分自身に対する「自信」を回復する必要があった。

親友と話し合って、思い切って長期の旅に出よう、となって選んだ場所が「北海道」。当時、流行のバックパックを背負っての「カニ族」よろしく、大阪駅より夜行列車に乗る。その名は急行「きたぐに」。貧乏旅行である。座席は当然、普通車の自由席(寝台車では無い)。大阪から青森まで、約20時間の長時間移動である。そして、青函連絡船(もうかなり前に廃船になりましたね)に乗り継いで約4時間。つまり、丸一日乗り物を乗り継いで、北海道は函館への上陸行であった。今なら飛行機で1時間半程度。隔世の感がある(笑)。

北海道に上陸後、約1ヶ月の滞留だったが、当然、バックパックの中には、小型のカセットテレコを積み込み、約10本程度のカセットテープを持って行った。テープの中身は「70年代ロック」ものと「ジャズ」ものが半々。そして、特に、この北海道旅行で聴きまくったアルバムが、渡辺香津美の『KYLIN』(写真左)。このアルバムは、夜行列車が発車する時に、夜行列車の中での一日の始まりに、必ず聴いていた「お守り」の様なアルバムである。

参加メンバーを並べると、渡辺香津美(g)坂本龍一(key,syn)矢野顕子(p)村上ポンタ秀一(ds)高橋ユキヒロ(ds)向井滋春(tb)本多俊之(as)清水靖晃(ts)小原礼(b)益田幹夫(key)ベッカー(per)。今でもこの参加メンバーを見ると「うへ〜っ」と声を上げてしまう。
 

Kw_kylin

 
良くこれだけのメンバーを集めたなあ、と感心もするし、呆れもするし(笑)。ジャズ側からすると、特に、坂本龍一(key,syn)矢野顕子(p)高橋ユキヒロ(ds)小原礼(b)に目を惹かれる。この辺は日本ロック畑。坂本龍一、高橋ユキヒロは、YMOの中核メンバー。これはもう、異種格闘技風のメンバー構成である。

内容的には、渡辺香津美(g)坂本龍一(key,syn)が、がっぷりと組んだ「一期一会」的なアルバムである。渡辺香津美(g)坂本龍一(key,syn)が組むことによる、音楽的「化学反応」がアルバムのあちらこちらに炸裂していて、それはそれは、シリアスでユニークで高品質な内容の濃い「ジャズ・フュージョン」アルバムに仕上がっている。

ドラマーが2人いるのがミソで、LPでいうA面は「村上ポンタ秀一」が叩き、B面は、なんと「高橋ユキヒロ」が叩いている。全体の傾向としては、村上ポンタ秀一が叩くA面は、当時最高の部類のジャズ・フュージョンの演奏がギッシリ詰まっている。これって、今の耳で聴いても、ぶっ飛びます。

で、B面はと言えば、高橋ユキヒロが叩いているであるが、彼独特のドラミングをバックに、渡辺香津美、坂本龍一、矢野顕子、小原礼が融合し、音楽的化学反応を起こして、このアルバム独特の、具体的形容不可能、ジャンル定義不明な音楽が詰まっている。一言で言うと「テクノ・フュージョン」とでも言ったら良いのか・・・(ダサイ形容ではあるが)。

どちらがお気に入りかと言えば、僕はB面が絶対。A面も大好きで、今でも「リスペクト」の対象となる演奏内容であるが、B面の「テクノ・フュージョン」には及ばない。B面の「E-DAY PROJECT」「AKASAKA MOON」「KYLIN」「I'LL BE THERE」「MOTHER TERRA」、どれも凄い出来である。

でも、僕はこの凄まじい内容のそれぞれの曲の中で、短い曲ながら「KYLIN」が絶対である。この「KYLIN」のポジティブな音のトーンが実に心に響くのだ。明日に向かって歩いて行くような明るさ、テンポ。メンバーそれぞれが対等に演奏を繰り広げる、ニューオリンズ・ジャズの様な「テクノ・フュージョン」。ホントに不思議な雰囲気のする演奏である。ジャンル不明の名曲名演である。

大学3回生の夏。北海道旅行の朝は、この渡辺香津美の『KYLIN』を聴くことから始まった。1曲目の「199X」の村上ポンタ秀一のドラミングで頭が活性化され、夜行列車で寝不足の脳が目を覚ます。そして、B面3曲目の「KYLIN」を聴いて、心を全面的にポジティブな状態へスイッチする。そんなアルバムなのである、この渡辺香津美の『KYLIN』ってアルバムは。大学3回生の北海道旅行以来、この渡辺香津美の『KYLIN』は、僕にとってのカンフル剤の様な役割を果たしてくれている。心の元気の源となるようなアルバムである。
 
 
 
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2009年8月14日 (金曜日)

特集・夏の思い出のアルバム・5

さあ「特集・夏の思い出のアルバム」の五日目。大学2回生の夏である。精神的に調子を崩して、かなり落ち込んでいた大学2回生の夏。それでもバイトはしっかり継続。でも体調は最悪。辛かったなあ。相談する相手も無く、どの医者にかかったら良いかも判らず、一人悶々としていた夏。

それでも、ジャズ者歴1年の「ほやほやワッペン」。しっかりとジャズは聴き進めていた。が、何を聴いていったら良いのか、サッパリ判らず、ジャズ雑誌を読んで、ふ〜んと思ったら即ゲット。ジャズ入門本を読んで、ふ〜んと思ったら即ゲット。でも、資金には限りがあるので、そうふんだんにアルバムを買っていた訳ではない。

当たり外れがあるのは当たり前なんだが、なんだか、ジャズ者を志して最初の1年は、ハズレが多かった。というかジャズ者初心者には荷が重いアルバムばっかり買ってしまった。バド・パウエルは上手いなあとは思ったが「何が凄いの?」と悩んだ。ハービーのモード的アドリブについては捕らえどころが無くて悩み、キースのアメリカン・カルテットの演奏の激しさに疲れ、コルトレーンの『アセンション』を聴いて「はあ〜っ?」と悩んだ。

精神的に調子を崩して体調は最悪。その体調は、どうやって回復させたらいいのか、サッパリ判らず、純ジャズのアルバムは、ジャズ初心者には荷が重いアルバムばかりに当たる。いやはや、振り返ると最悪の大学2回生の夏(笑)。そんな時、ふと目と目が合って、そのアルバム購入を敢行、聴いてみて「あら、ビックリ」。「これは良い、これは凄い、これはいける」と思った。そのアルバムとは、ビル・エバンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』(写真左)。

このアルバムは、素晴らしいと思ったし、何が凄いのかも良く判った。まず、素晴らしいと思ったのは「アレンジ」。「Autumn Leaves(枯葉)」と「Someday My Prince Will Come(いつか王子様が)」のアレンジは素晴らしいと、聴いて直ぐ思った。
 

Billevans_portrait

 
そして、ハードタッチが素晴らしい「What Is This Thing Called Love?」。このハードタッチは凄い。単に力を入れて鍵盤を叩いているのでは無い。しっかりと鍵盤を押さえながら、ハードなタッチを醸し出す。凄い。

そして、耽美的で静かなタッチが素晴らしい「When I Fall in Love」。でも、良く聴いていると、耽美的で静かなタッチの時も、エバンスはしっかりと鍵盤を押さえている感じ。だから、静かなタッチでもピアノの一音一音がクッキリしているのだ。これって凄くない?

スコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(ds)というメンバーで結成されたビル・エヴァンス・トリオ。ビル・エバンスのピアノとラファロのベース、モチアンのドラムのそれぞれが、有機的に絡み合ったり、前に出たり後ろに回ったり、非常に柔軟でダイナミックなトリオ演奏だということは、1回聴いて判った。それは直感的に思った訳では無く、バド・パウエルのピアノ・トリオと比較して、その違いを理解した。ジャズ者初心者1年目に聴いたバド・パウエルは無駄では無かったのだ。

ジャズの初心者向け入門本に、ビル・エバンスのピアノは、耽美的でリリカル、などと良く書かれているのを見るが、どうしてどうして、ビル・エバンスのピアノは、実はハードタッチである。でも、普通の力を入れて叩くようなハードタッチでは無い、鍵盤をシッカリと押さえるようなハードタッチなのが特徴ですね。鍵盤をシッカリ押さえる感じでピアノをドライブさせるので、力の入れ加減で、音が大きくなったり小さくなったり、とにかく自由自在なのだ。ピアノの性能をフルに活かした演奏と言って良いだろう。

とにかく、このビル・エバンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』は、ジャズ者初心者2年目の僕に、初めて自信を与えてくれた。精神的に調子を崩して体調は最悪。振り返ると、回復する見通しの無い絶望的な状況の中で、このジャズ者初心者2年目の僕に与えてくれた自信は、何故か人生最大のスランプを脱出するきっかけとなった。本当に手に取るようにその良さが判ったんだよな〜、このビル・エバンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』。もちろん、今でも愛聴盤である。
 
 
 
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2009年8月13日 (木曜日)

特集・夏の思い出のアルバム・4

さて「特集・夏の思い出のアルバム」特集の四日目。今日は大学1回生の夏である。前年の浪人時代は、全くアルバムを買わなかった。高校時代を好きなことをした報いとして浪人したんだから、それくらいの「苦行」は課してもいいか、と思った。

ながら族なので、音楽は毎日聴いていたんだろうが、全くと言っていいほど思い出が無い。あるのは、浪人になって予備校に入る前と、大学受験の2ヶ月前、プレッシャーに負けそうになった時に聴いたアルバムの思い出は強く残っているが、浪人時代の夏の印象に残るアルバムの思い出は全く無い。

そして、ソ連風邪にかかって、40度の高熱を発しながらも、なんとか志望校のひとつに引っ掛かった。そして、大学1回生の夏は、まずはバイトである。とにかく、旅に出るにもアルバム買うにも金がいる。家の近く、その近辺では1号店といわれたコンビニにバイトに出た。大学1回生の夏はバイト、そして聴き始めたジャズに没頭した。

ジャズ者初心者として聴き始めたジャズのアルバムの中で、最初にヘビー・ローテーションになったのが、MJQ(The Modern Jazz Quartet)の『Django(ジャンゴ)』(写真左)である。初めて買ったジャズ・アルバムの一枚なんだが、これは1回聴いて「はまった」。

MJQの持つクラシックな雰囲気と曲の構成が良かったんだろう。そして、ミルト・ジャクソンのヴァイヴが一発で気に入った。ジョン・ルイスのピアノのシンプルで典雅な雰囲気も良い。リズム・セクションのベースのパーシー・ヒース、それにドラムのケニー・クラークも、「これぞ純ジャズ」という雰囲気。僕は、このMJQの『Django』で、ジャズの世界に第一歩を踏み入れた。

浪人時代に吸い始めた煙草も慣れた手つきで吸えるようになった大学1回生の夏。マイルド・セブンをくゆらせながら、紫の煙たなびく部屋の中で、安いステレオ・セットから鳴り響く「ジャンゴ」には惚れ惚れとした。

Mjq_django_3

蒸し暑い夏に、熱いコーヒーを飲むのが粋だ、と聞くと、即やってみた。とにかく格好をつけたがる年頃ある。熱いコーヒーを汗をかきかき飲みながら聴いた「One Bass Hit」。余計に暑くなった(笑)。

遠い地方の空の下に去ってしまった片思いの彼女を思い浮かべながらの「But Not for Me」も、歌詞を確認しながら聴き進めると、なんとなくドップリ暗くなって、それはそれは「おつなもの」だった(笑)。

They're writing songs of love, but not for me.
A lucky star's above, but not for me.
With love to lead the way
I've found more clouds of grey
than any Russain play could guarantee.
I was a fool to fall and get that way;
Heigh-ho! Alas! And also, lack-a-day!
Although I can't dismiss the mem'ry of his kiss,
I guess he's mot for me.

この大学1回生の夏の自室の風景を振り返ってみると、擬似「ジャズ喫茶」状態である(笑)。熱いコーヒーを飲みながら、煙草をくゆらせながら、何もせず、じっと聴き入る純ジャズの世界。クラシック音楽の経験があったので、「Ronde Suite: A: Piano/B: Bass/C: Vibes/D: Drums」や「Queen's Fancy」は大のお気に入りだった。

でも、このアルバムで一番のお気に入りは「Autumn in New York」。写真でしか見たことがないニューヨークに強い憧れを持った。美しいミルトのヴァイヴ、優雅なルイスのピアノ。なんと美しい演奏だろう。当時、ジャズ者初心者だった僕でも、この演奏の素晴らしさは直ぐに判った。ニューヨークなんて、一生のうちに訪れることは無いだろうと思った。後に何度か仕事で訪れることになろうとは、当然、当時は全く思いもしなかった。

大学1回生の夏の思い出アルバムは、いよいよジャズ登場。純ジャズのアルバムで初めて手に入れた、MJQの『Django』。このアルバムには「飛び散る汗と煙の中に、あの頃の俺がいた〜」って感じが、今でも一杯に詰まっている。
 
 
 
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2009年8月12日 (水曜日)

特集・夏の思い出のアルバム・3

さて「特集・夏の思い出のアルバム」特集の三日目。今日は高校3年生の夏である。大学受験の年、受験勉強に勤しむべき夏に、なぜか、これまた映画を作っている松和のマスター(笑)。今度は、映研では無い、3年のクラスの文化祭向けの映画である。

日本昔ばなしの実写版という設定。15分もの3本というボリューム。大変なことを請け負ったと思った。でも、すすんで請け負った訳では無い。映研出身なので映画の作り方は知っている。でも、映画はそんなに簡単に出来るものでは無い。チームワークの産物である。一旦は反対した。それでも何とかお願い、と迫ってくる。クラス全員が協力するなら、という条件を出した。受験の年である。全員一致で賛成ということはあるまい、と思っていた。しかし、クラス全員一致で賛成、クラス全員が協力ということに相成った。

アマチュアの映画製作という作業は、詰まるところ、監督に何から何まで負担が集中する作業である。クラスメイトはそんなことは知る由もない。担任の先生に何度も確認された。「大学受験やぞ。お前、それでええんか。今からでも遅くないぞ。先生から皆に翻意をお願いしてもええぞ」とまで、本当に親身に心配して頂いた。「ええんです。やります。浪人覚悟でやります。皆がやるって言ってるんです。ここで降りる訳にはいかない」。格好良い啖呵を切った。それでも先生達は親身になって心配してくれた。いろいろと裏で、僕たちの映画作りに協力して下さった。

7月、期末試験が終わって、皆が協力して書いてくれたシナリオを手直ししながら思った。これは、3本とも完成させなければならぬ。これだけ一生懸命書いてくれたシナリオ、一本たりともカットは出来ない。もう受験勉強どころではない(笑)。夏休み返上で、絵コンテ作りとロケハンである。映研の後輩を冷やかしながら、シナリオを読みながら、各シーンの絵コンテ作り。そして、その背景のイメージにあった、ロケ地探し。映研の後輩の自転車を借りて、2万5千分の1の地図を片手に、広く高校の周りを行ったり来たり。

シナリオを手直ししながら、絵コンテを描きながら、映研の部室で聴いたロックのアルバムが、イーグルスの『呪われた夜(One of These Nights)』(写真左)である。
 

One_of_these_night

 
僕はこのアルバムで、イーグルスを知った。アルバムを買う余裕など無い。FMのエアチェックをかき集めて、一枚のアルバムに仕上げた(笑)。1曲目の「One of These Nights」を聴く度に今でもワクワクする。ハードでソリッドな、加えて印象的なコーラス。これがウエストコースト・ロックの雄、イーグルスの音か〜、と感心した。続く2曲目の同じトーンの「Too Many Hands」もハードな演奏、印象的なコーラス。英国ロックとは違う「疾走感と爽快感」。

しかし、である。次の3曲目が、実に素晴らしい名曲なのだ。イーグルス紹介の類いには決して出てこない曲だが、僕はこの曲が、イーグルスらしい、イーグルスの傑作曲のひとつだと思っている。その曲名は「Hollywood Waltz」。これが本当に良い曲、良い演奏なのだ。前奏のスチールギターの音。間奏で出てくるマンドリンのフォーキーな響き。エンディングで聴かせるドン・ヘンリーのシンバルワーク。たった4分2秒の演奏なのだが、ウエストコースト・ロックの雰囲気をドップリと聴かせてくれる。

4曲目の「Journey of the Sorcerer」は意欲的なインスト・ナンバー。バンジョーの音色が印象深い。当時、これはイーグルスらしく無いとか、やり過ぎとか揶揄されたが、僕はそうは思わない。劇的な展開の演奏の中に、そこはかとなく漂うウエストコースト・ロックの香り。砂漠地帯の風景、大都市の風景、サンフランシスコ湾の青い海。そんなカリフォルニアの風景が思い浮かぶ。

そして、この『呪われた夜』のハイライトは、やはりLP時代のB面、「Lyin' Eyes」〜「Take It to the Limit」〜「Visions」の3曲。いずれも名曲名演。この3曲の中でどれが一番のお気に入りか。僕は、絶対に「Take It to the Limit」である。歌詞、曲共に大好き。特に、この青臭い歌詞が良い(笑)。今でも、こういう風に「青臭く」ありたい、と常々思っている(笑)。

この「Lyin' Eyes」〜「Take It to the Limit」〜「Visions」のメドレーの様に流れるハイライトが終わると、叙情的で落ち着いた「After the Thrill Is Gone」と「I Wish You Peace」が待っている。ほんとにしみじみとする良い曲である。

『ホテル・カリフォルニア』が最高傑作に挙げる70年代ロック者の方々が多いが、僕は絶対にこの『呪われた夜』である。このアルバムこそが、イーグルスの最高傑作に相応しい。

このアルバムを聴くと、今でも高校3年生の夏を思い出す。もう絶対に現役合格は無理やなあ、と思いながらも、なんとか、この日本昔ばなしの実写版を完成させるべく、本当に映画は出来るのかという辛いプレッシャーと戦いながら、良い映画にしなければと思いながら、シナリオに手を入れ、絵コンテを描き、一人でロケハンした夏。振り返ると、何かしんみりしてしまう、甘酸っぱい香りがする高校3年の夏。その高校3年生の夏の思い出は、このイーグルスの『呪われた夜』と共にある。
 
 
 
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2009年8月11日 (火曜日)

特集・夏の思い出のアルバム・2

「特集・夏の思い出のアルバム」の二日目。今日は高校2年生である。なぜか映研の部長になって、文化祭に向けて、映画を作ることになった松和のマスター。

映画を作るノウハウもあやふやなまま、夏休みを迎える。なんとか、シナリオを書き上げ、撮影も進むが、どうしてもスケジュールは押して押して、このままでは、文化祭に間に合わないのではないか、という激しい不安が渦巻く、高校2年の夏休み。

夏休みに入る前、一学期の終わり、先代部長がLPを携えやってきた。そのLPはなんだろう、と声をかける。「Nさん、そのLPは何ですか」。袋から出てきたLPを見て、僕は歓声一言「461オーシャン・ブルーバードやないですか、僕、まだ聴いたこと無いんですよね〜」。

N先輩曰く「え〜、お前、まだ、このアルバム聴いたこと無いんか〜」。僕曰く「はい、聴いたことありません」と言いながら、物欲しそうに、ジーッとLPを見つめていたら、N先輩曰く「貸したるわ」。ありがとうございます、N先輩。「僕、この461オーシャン・ブルーバード、聴きたかったんですよね」。ここで、N先輩が僕の発言の間違いを指摘しておれば、この「間違い」を、以来約30年間引きずることは無かったのだが・・・。

しかしながら、先代部長、N先輩のみならず、映研の先輩諸氏には、ほんとうにお世話になりました。どれだけのLPを貸して貰っただろうか。本当にお世話になりました。で、このEric Claptonの『461 Ocean Boulevard』(写真左)を借りて帰った。嬉しかったなあ。

この『461 Ocean Boulevard』であるが、しっかりカセットにダビングさせて頂いて、特に、高校2年生の夏休みに良く聴いた。部室で一人になったら、必ずこの『461 Ocean Boulevard』である。なぜか、精神的に疲れて、寂しくなったら、この『461オーシャン・ブルーバード』である。

冒頭の「Motherless Children」を聴くと、活き活きとした活気溢れるロックな演奏に「いいぞ、クラプトン」と思わず声をかけたくなる。麻薬禍から立ち直って、再スタートを切った、クラプトンの心からの喜びを感じることが出来るロックな演奏。そして、2曲目の「Give Me Strength」のリラックスし過ぎた前奏を聴いて「きた〜、レイドバックし過ぎクラプトン」、と歓声を上げる。レイドバックし切っているが、その演奏はシッカリとタイト。さすがクラプトンである。

Ocean_boulevard_5

3曲目「Willie And The Hand Jive」、4曲目「Get Ready」と、どっぷりレイドバックしたクラプトンを聴き進めるうちに、どんどん内省的になっていく。どんどん感傷的になっていく夏の夕暮れ時。特に、お盆を過ぎた、ちょっと秋の気配を感じるような、夏の終わりの夕暮れ時には、なんとなく心がジーンとなる。

しかし、その感傷は、ヒット曲「I Shot The Sheriff」で、ちょっと現実に戻される。意外とこのヒット曲、僕の耳には、あんまり出来が良く無く聴こえる。なんか中途半端なんだよね。レゲエとボブ・マーリーを世界のポップシーンに紹介した功績は大ではあるが、どうも煮え切れらない演奏に感じる。

で、優しい響きの7曲目「Please Be With Me」で気を取り直して、再び感傷的になり、そして、70年代クラプトンの名曲中の名曲、8曲目の「Let It Grow」で、感傷的な雰囲気は最高潮に達する。内省的になり過ぎて、なんだか目頭が熱くなる。清々しさを感じながらも、どこか心に悲しい気持ちがドッシリと座り込んでいる様な、なんともはや複雑な心境。この心境は今でも変わらない。

ドップリと内省的になって、ちょっと俯きかげんな心に、9曲目「Steady Rollin' Man」の、マイナー調の、ちょっとオリエンタルな雰囲気のピアノの前奏にイライラとしながら(僕はこの調子の音が好きではない)、それでも、気の利かない前奏を抜けた演奏は、ちょっとハードでちょっとロックな雰囲気に、少しだけ心が落ち着きつつ、ラストの「Mainline Florida」を迎える。

この『461 Ocean Boulevard』って、このラストの「Mainline Florida」の存在が実に大きい。この実にロックで実に躍動感のある演奏は、この『461 Ocean Boulevard』を単なるクラプトンのレイドバックなアルバムに留めていない。この「Mainline Florida」があって、このアルバムの内容がグッと締まる。冒頭の「Motherless Children」の活き活きとした活気溢れるロックな演奏に相対する、実にロックで実に躍動感のあるラストの「Mainline Florida」。この曲一発で、内省的になり過ぎた心を一気に前向きな心に転換させる、魔法のような曲である。

高校2年の夏、映研の部長として、文化祭向けの映画が完成するかどうか、不安で仕方が無かった夏の夕暮れ。よく部室に一人残って、この『461 Ocean Boulevard』を聴いた。「Let It Grow」で、ドップリ内省的になり、「Mainline Florida」でグッと前向きになる。当時、僕にとっては、精神的にリポビタンDみたいなアルバムだった。心が疲れたら『461 Ocean Boulevard』である(笑)。

ところで、『461 Ocean Boulevard』のカタカナ表記を『461オーシャン・ブルーバード』と書いてきたが、これは打ち間違いでは無い。実は正直にカミングアウトすると、僕はついこの5年ほど前まで、『461 Ocean Boulevard』=『461オーシャン・ブルーバード』と思っていた。正しくは『461 オーシャン・ブールヴァード』なんですね〜。いや〜面目ない。でも最近、僕の身近にいる女の子が、僕と同じ誤解をしていたことを知って、なんだか嬉しくなった。いや〜僕だけじゃなかった(笑)。
 
 
 
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2009年8月10日 (月曜日)

特集・夏の思い出のアルバム・1

社会人の皆さん、今週は夏休みの方々が結構いらっしゃるのではないでしょうか。私は休みでは無いので、通常通り会社へ行きましたが、通勤電車もちょっと空いていますね。一つ早い始発に座れました。お盆休みの期間、通勤しなければならない者達の特権というか、役得です(笑)。

そんな私でも、高校時代〜大学時代は、当然、夏休みがありました。夏休みとは言え、高校時代は部活(映画研究部で映画を作ってました)で休み中もほとんど学校に行っていました。厳密にいうと、高校1〜2年生の時は映研で映画を作っていて、高校3年生の時は、クラスで文化祭の為に映画を作ってました。大学時代はバイト、友人宅回り、そして貧乏旅行。家にはほとんどいなかったなあ。

今週は、社会人の皆さんの夏休みに敬意を表して、「特集・夏の思い出のアルバム」と題して、高校1年生から、大学4回生までのそれぞれの夏休みで、思い出深い、印象深いアルバムを1枚だけ選んで、その思い出を語ってみたいと思います。
 
さてさて、今日は高校1年生。高校1年生の夏休み、映画研究部(略して映研)にて、とある山のてっぺんのお寺で合宿。映研が何故合宿を、とお思いの方々もいらっしゃるでしょうが、映画を撮っていたので、遠征ロケとでもいいましょうか、まあ、遠征ロケと称しての泊まりがけの旅行とでもいいましょうか(笑)。

それまで、私の音楽遍歴と言えば、クラシック中心。洋楽は、深夜ラジオとFMのエアチェックベースで、米国ポップスが中心。ロックと言えば、エルトン・ジョン、Tレックス、GFR、スージー・クアトロ等、シングル盤ベースで、キャッチャーなヒット曲を聴いているに留まっていた。いわゆる「アルバム」単位でのロックを体験したことが無かった。
 
で、この高校1年の時の映研の合宿で、先輩が持ち込んだロック・アルバムの一枚が、エマーソン・レイク&パーマー(以下、ELPと略)の『展覧会の絵』(写真左)。19世紀のロシアの作曲家ムソルグスキーが作曲した同名のピアノ組曲「展覧会の絵」をロック風にアレンジしたライブ盤。ELPの名を全世界のロック・ファンに知らしめた大ヒット作。71年11月発表。全英3位、全米10位を記録。

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でも、ロックの「アルバム」というものに触れたことのない僕にとっては、そんな知識は全く無い。でも、クラシックに親しんできた関係上、ムソルグスキーの「展覧会の絵」だということは直ぐに判った。で、聴き進めるうちに「これは凄い」と思って、興奮してきたのを覚えている。「これがロックか〜」と、もう「ぞっこん」である。

特に「ブルース・ヴァリエイション」には、鼻血が出るくらいに興奮した。とにかく「格好良い」。シンセサイザーの音に完璧に痺れた。ブルースのコード進行の格好良さに加え、途中、ビル・エバンス作の「インタープレイ」のフレーズが挿入されるところが、実に「ニクイ」。そして、「バーバ・ヤーガの小屋〜バーバ・ヤーガの呪い」の曲のノリと、飛ぶようなシンセサイザーの音にも大興奮。

そしてそして、ラストの「キエフの大門」のダイナミックかつ荘厳な展開には心酔するばかり。この「キエフの大門」の後半、クライマックスの場面で、ギ〜ギ〜、グェーググェ〜ギョエ〜、ガガガガゴ〜グワ〜、ブブブブブ〜、グ〜ゥエ〜という音。何だ何だ?何の音だ。先輩に訊いた「何の音なんでしょうか」。先輩曰く「何の音やろなあ、シンセサイザーの音ちゃうか〜」。

違います。後にNHKの「ヤング・ミュージックショー」を見て判りました。キース・エマーソンがハモンド・オルガンに刀を突き刺して、オルガンの破壊行為に及び、最後に押し倒してしまう音なんですね。当時のロック・コンサートのパフォーマンスで、楽器の破壊に勝るもの無し。なぜか盛り上がりましたね。

このELPの『展覧会の絵』、クラシック&米国ポップス・ファンだった、品行方正で大人しい私をロックの世界へ引きずり込んだ、なんともはや、罪作りな名盤である(笑)。この『展覧会の絵』を経験して以降、まずは「プログレ小僧」の道をまっしぐら。傍らで、ハードロックにもドップリ浸かった。

以来、普通の高校生の感性、生活では無くなっていった様な気がする。必要最低限の高校生らしさは維持しつつも、ちょっと、どこか変わった高校生へと変貌していった。品行方正など、もう「くそくらえ」である(笑)。なんか真面目そうなんだけど、なんか危ない、なんか変な雰囲気を持った奴というレッテルを貼られていたことも知らず、70年代ロック・キッズの道を「ひた走っていた」(笑)。

でも、それが今の私の人生のベースを形成していることは間違い無い。良い時代に良きロックを知って良かったと心から思っている。とにかく、それ以降、人生が豊かになった。映研の先輩諸氏に感謝感謝である。
 
 
 
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2009年8月 9日 (日曜日)

暑い夏の昼下がりに「ドラムレス」

昨日から夏休みに入った会社も多いのではないでしょうか。メーカーの方々などは、昨日から来週の日曜日まで、会社挙げての夏期休暇のところが多いんでしょうね。私の本業は基本的にサービス業なので、まとまった夏休みはありません。暑い夏に、まとまった夏休みは羨ましいですね。

さて、今年の夏は激しく蒸し暑い。スカッとした夏の青空が広がる訳でも無く、雲が多く、急に夕立が来たりで、天候不順な夏でもあって、蒸し暑いやら、天気もスカッとしないやら、なんだかストレスの多い今年の夏です。蒸し暑さについては、個人的にかなり苦手で、夏は好きなんですが、蒸し暑さには「からきし弱い」。今年のような厳しい蒸し暑さは体に堪えます。

特に、これだけ厳しい蒸し暑さの夏は、ジャズの鑑賞にも影響が出てきます。とにかく、汗が飛び散るような激しく刺激的なジャズは、どうも蒸し暑い夏には合わないですよね。僕にとっては、激しいドラミングは、蒸し暑い夏には合わないです。蒸し暑い夏の昼下がりに、いくらエアコンの効いた部屋の中とはいえ、激しいドラミングはどうもいけない。シンプルな演奏で、しかもドラムレスの演奏にどうしても手が伸びます。

今日は、朝から激しく蒸し暑い。でも、昼下がりになるとジャズが聴きたくなる。ということで、今日は特別に「ドラムレス」のアルバムをチョイスする。今回は、Chet Baker(チェット・ベイカー)の『Mr. B』(写真左)。パーソネルは、Chet Baker (tp) Michel Graillier (p) Ricardo Del Fra (b)。1983年5月、オランダでの録音である。
 
 
Mr_b
 
 
1973年、麻薬禍からカムバック。カムバック後は、シワシワになったのと引き換えに、別人のようにシンプルにメロディアスに、気持ち良く吹きまくるようになったチェット。そんな、ちょっと柔らかで優しいトーン、流れるようにメロディアスなチェットのペットは、ドラムレス編成の下が「良く映える」。

このアルバムの選曲がなかなか小粋で、よくある企画モノの、誰もが選ぶようなスタンダード曲ではなく、ハービー・ハンコックやチャーリー・ヘイデンなどの楽曲をチョイスした、なかなかに特徴ある1枚となっている。例えば、タイトル曲などは、ハル・ギャルパーがチェットのために書き上げた1曲。ありきたりの企画モノで無いところが、このアルバムの魅力である。

ドラムレス編成の変則トリオ。ドラムレスが故に、柔らかで優しくメロディアスなチェットのペットが実に映える。朗々とソフトに吹き上げていくチェットのペット。冒頭のハービーの名曲「Dolphin Dance」なんて、思わず、しみじみと聴き惚れてしまう。優しいチェットのペットが曲が進むにつれ、しみじみと心に染みて、暑さによりストレスが徐々に解き放たれていく。

晩年にさしかかったチェットのペットも、想像していたより「しっかり」していて、想定外の嬉しさがこみ上げてくる。バックのピアノとベースも大健闘。この『Mr. B』は、意外な隠れ名盤だと思います。蒸し暑い夏にピッタリの「ドラムレス」変則トリオ。エアコンの効いた夏の昼下がりの部屋では、優しいトランペットの音が実に心地良いです。
 
 
 
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2009年8月 8日 (土曜日)

ジャズ喫茶で流したい・6

昨晩の夕立は凄まじかったなあ。激しい雨と風、そして雷。夕方から夜半前にかけて大荒れの千葉県北西部地方であった。今日もなんとなくハッキリしない天気。日差しはあるんだが、スカッと晴れない。今年の夏は天候不順。ただただ蒸し暑い。

さて、天気についてぼやいても、気温は下がらないし、湿度も下がらない。ので、気分だけでもプラスの状態にもっていきたい。そんな時に、昔からちょくちょく出して聴く一枚が、Art Blakey & The Jazz Messengersの『Impulse』(写真左)である。

Art Blakey & The Jazz Messengersには、グループ名そのままのアルバムが、3枚以上あって紛らわしいのだが、一番有名なブルーノートのそれは『Moanin'』と呼ばれ、後の2枚は、リリースしたレーベル名で呼ばれる。今日、ご紹介するのはimpulseレーベルから、もう一枚は、Columbiaレーベルから(7月14日のブログ参照)である。

この『Impulse』は、1961年6月の録音。パーソネルは、Lee Morgan (tp), Curtis Fuller (tb), Wayne Shorter (ts), Bobby Timmons (p), Jymie Merritt (b), Art Blakey (ds)。フロント3管の時代。ペットのモーガン、サックスのショーター、そして、トロンボーンのフラー。最強の3管フロントである。リズムセクションも、ピアノは黒くてファンキーなピアノが売りのティモンズ、堅実ベースのメリットと玄人好みの二人をシッカリ残している。そして、ドラムは、ブレイキー御大。
 

Art_blakey_inpulse

 
このメンバーの演奏で悪かろうはずがない。冒頭の「Alamode」を聴いただけでワクワクする。モーガンの、ちょいと捻りを入れた、鯔背なペットは聴いていて惚れ惚れするし、コルトレーンっぽい音は残っているものの、ウネウネ〜、フゲゲゲ〜といったショーター独特の咆哮がそこかしこに聴かれ、これが実に魅力的。

しかし、何と言っても、フラーのトロンボーンの音色が効いている。トロンボーンのボヨヨンとした、ちょっとノンビリした音色が、尖ったモーガンのペット、ショーターのテナーの攻撃的な演奏を、ホンワカと包むように受け止める。そして、ソロは目が覚めたように、ブラスの響きを「ブリッブリッ」とさせながら、力強いソロを取る。

僕は、このペットのモーガン、サックスのショーター、そして、トロンボーンのフラーの「フロント3管時代」が、Art Blakey & The Jazz Messengersの活動の歴史の中で、最強の編成だと思っている。とにかく、ソロをとってみても、ユニゾンをとってみても、アドリブをとってみても、どれも、上質のハードバップである。しかも、時代は1960年代に入り、そのハードバップの演奏内容は内容的に頂点に達しており、それはそれは聴き惚れんばかりの、それはそれは魅力的な、「これぞジャズ、これぞハードバップ」って感じなのだ。

このアルバムはジャズ者初心者の方々にも「お勧めの優れもの」です。が、CDとしては廃盤状態みたいで、現状では、iTunes Storeなど、ダウンロードサイトからの入手になりますね。このアルバムの様に、なかなか廃盤状態とかで、一般にCDとして入手できないアルバムは、それこそジャズ喫茶の出番ですね。そういう意味で、このArt Blakey & The Jazz Messengersの『Impulse』は、ジャズ喫茶で是非流したいアルバムの一枚です。 
 
 
 
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2009年8月 6日 (木曜日)

三大ロックギタリストの一人な訳

70年代ロックの中で「三大ロック・ギタリスト」というネーミングがある。エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジの3人のことである。

ジェフ・ベックは職人芸的な、凄まじくテクニカルなインスト・ギターで一世を風靡した。ジミー・ペイジは、かの伝説的ハードロック・グループ「レッド・ツェッペリン」のリード・ギタリストとして、テクニック的には、ジェフ・ベックの後塵を拝したが、天才的な作曲とプロデュース能力の下で繰り出した印象的なフレーズ、キャッチャーなリフは、ジェフ・ベックを遙かに凌ぐ。そういう意味で、ジェフとペイジは、三大ロック・ギタリストの一人、と言われても、僕は納得できる。

が、しかし、エリック・クラプトン(Eric Clapton)ってそうなのか。と高校時代に思ったことがある。それも当然のことで、70年代クラプトンは、米国南部ロック、スワンプに走り、麻薬に染まってカムバックしてからは、リラックスした(リラックスし過ぎた?)レイドバック的演奏が中心だった。80年代に入るとアルマーニを着たロックAORと化し、90年代以降は、金持ちのブルース奏者、最近では、同窓会好きの好々爺である(笑)。とても、テクニック溢れる、煌めくアドリブを繰り出す、攻撃的なロック・ギタリストではなかったからなあ。一聴して、凄いと判るテクニックではない、味のある余裕あるフレーズが、実は、凄いテクニックが裏に無いと弾きこなせないものだ、と判ったのは後のこと。

クラプトンの場合、三大ロック・ギタリストの一人として、挙げられる訳を理解するには、ちょいと時代を遡る必要がある。1968年、クラプトンの所属した伝説のロック・トリオ、クリームの最終作『Goodbye』(写真左)に遡る必要がある。クリームと言えば、ジャック・ブルース(b,vo), エリック・クラプトン(g,vo), ジンジャー・ベイカー(ds)で、1966年、結成されたロック・トリオ。ジャズの即興演奏の要素とブルース・ロックを融合したサウンドが特徴の英国のロックバンド。その暴力的、創造的なインプロビゼーションは、今では伝説である。

この『Goodbye』を聴けば、クラプトンのギター・テクニックの素晴らしさを体験できるだろう。冒頭の「I'm So Glad」を聴けば、当時の解散直前のクリームの状態とクラプトンのテクニックの素晴らしさの2つが一気に体験できる。最初は3人仲睦まじく、主旋律となるボーカルをハーモニーを交えながら歌っていく。
 

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そして、インプロビゼーション部に入ると、まず、ジンジャー・ベイカーのドラムが力任せに叩きまくられる。そして、異様なボリュームでジャック・ブルースのベースが轟音のように轟きまくる。インプロビゼーション部の前半は、ドラムとベースの、「どちらの音が大きくてインパクトがあるか」という、アーティステックな側面を全く無視した、楽器を使った喧嘩である。

クラプトンは、最初は格好をつけて、メロディアスなフレーズを綺麗なテクニックでピロピロ引き続ける。到底、ベースとドラムには敵わない。勝ち誇るようにボリュームを上げるベースとドラム。と、インプロビゼーション部の途中、クラプトンが「プッツン」する。スカしたような格好良さを捨てて、ギターのボリュームを上げて、ベースとドラムに挑みかかる。ギターの最大の武器である早引きとコード弾きのアグレッシブなギターソロを繰り広げる。そのテクニックときたら、そりゃー凄まじいこと凄まじいこと。ジェフもペイジも真っ青である。

そして、4曲目の「Badge」はクラプトンの手なる名演であるが、1968年にして、この曲の雰囲気は「スワンプ」、そして、適度にリラックス、そう「レイド・バック」している。この「Badge」は、後の70年代クラプトンを予言する演奏である。この曲はジョージ・ハリソンも作曲に加わっており、自らギターで演奏にも参加している。こうやって振り返ってみると、ジョージはクラプトンにとって、公私にわたって、かけがえのない、必要不可欠なミュージシャンであったといえる。

これまで具体的に曲名を挙げた2曲以外の他の収録曲も、その演奏内容は凄まじい。電気楽器の技術がまだまだ稚拙だった頃、優れたミュージシャンの創造力とテクニックに、電気楽器の表現力が全くついて行けてなかった頃。そんな時代に、このクリームの演奏は奇跡に近い出来事だと僕は思います。

このアルバムのクラプトンを聴くと、三大ロックギタリストの一人な訳が納得できます。この頃のクラプトンって弾きまくってたんやね〜。クリームの諸作の中では、なぜか影の薄い作品ですが、なかなかの内容で、個人的に、クリームのアルバムの中で、かなりお気に入りの部類のアルバムです。 濃いクラプトン・ファンの方なら、買って損は無い作品だと思います。なかなか良いアルバムです。
 
 
 
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2009年8月 5日 (水曜日)

悩める「エレ・ハンコック」

凄く蒸し暑いぞ〜。外を歩いていると、その蒸し暑さだけで、体力をどんどん消耗していくのが手に取るように判る、厳しい蒸し暑さの我が千葉県北西部地方。あかん、疲れがどんどん溜まる〜。誕生日を迎え、また一つ歳をとり、年々、夏の蒸し暑さが堪える松和のマスターである。

閑話休題。『ヘッド・ハンターズ』で、エレクトリック・ファンクジャズの寵児となったハービー・ハンコック。アコースティック・ジャズの若手リーダー格だった時代の最後の傑作は『スピーク・ライク・ア・チャイルド』だと僕は思っている。昔、この『スピーク・ライク・ア・チャイルド』から『ヘッド・ハンターズ』までの、エレ・ハンコックで成功するまでの過程を遡ってみたことがある。

エレ・ハンコックの最初の第1歩は『Fat Albert Rotunda』(7月18日のブログ参照)だと僕は思っている。同名のアメリカの子供向け番組として作られた音楽をまとめたものである。が、演奏の雰囲気は、ファンキー・ジャズそのもの。恐らく、子供向けの番組のBGMなので、気軽に作れたのだと思う。肩の力が抜けて、自然とファンキー・ジャズしているところが、このアルバムの最大の魅力。

で、さあ、ということで気合いを入れてのスタジオ録音盤が『Mwandishi』(写真左)。1970年のリリース。『Fat Albert Rotunda』と同様、ワーナーブラザースからのリリースである。恐らく、ワーナーは期待しただろう。あのハービーがエレクトリック・ジャズの最新アルバムを録音するのだから。おそらく、取らぬ狸の皮算用、録音風景を眺めながら、ソロバンをバチバチ弾いていたんではないのかと想像される(笑)。
 
で、これがである。一言で言うと、悩める「エレ・ハンコック」。パーソネルは、ハービー・ハンコック(el-p), エディ・ヘンダーソン(tp), ジュリアン・プリースター(tb), ベニー・モービン(b-cl), ロン・モントローズ(g), バスター・ウリアムス(b), ビリー・ハート(ds), レオン・チャンクラー(ds) 他 。当時若手の、有能で、様々な個性のミュージシャンを多数登用している。

Mwandishi

様々なミュージシャンを取っ替え引っ替えということは、音楽の方向性は定まらない、ということに他ならない。この『Mwandishi』には、ファンクな演奏、躍動的なビートを主体とした演奏、幻想的なサウンドを主体とした官能的な演奏、フリーキーな演奏などなど、さまざまな演奏の要素がごった煮で入っている。加えて、エレクトリック楽器とアコースティック楽器が混在しており、キッパリとエレクトリック楽器だけを採用して、エレクトリック一本槍の展開にもなってはいない。

良い意味ではバラエティーに富んだショーケース的演奏集とも言えるし、逆に悪い意味では、焦点の定まらない過渡期的な演奏集とも言える。特に、中途半端にアコースティック系の楽器をアンサンブルに採用しているところは、どう考えても潔くないなあ(苦笑)。

ただ、収録されている曲の底には、どの曲にも「ハンコック節」が流れており、コンポーザー&アレンジャーとしての最低限の存在感は、ガッチリと示しているところは「さすが」という他ない。

僕はこの『Mwandishi』を、悩める「エレ・ハンコック」と評している。内容的には決して悪い出来では無い。1970年当時としては、水準以上の出来であり、最先端とは言えないまでも、先進的な演奏であることには間違いない。

アコ・ハンコックからエレ・ハンコックへの過渡期的な演奏集と言えるでしょう。とにかく、どの曲にも、当時のハンコックの「どうしようかな〜」という悩みが、なんとなく見え隠れするところが実に興味深い。でも、意外と僕はこのアルバムが好きです。
 
 
 
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2009年8月 4日 (火曜日)

思わず「おお〜っ」と声を上げる

ジャズのアルバムのコレクションをしていると、たまに「おお〜っ」と声を上げたくなるような掘り出し物に出会うことがある。

僕の場合、まだまだ通常のジャズ・アルバムのコレクションの域を出ていないので、マニアの方々がお探しの「幻の名盤」に出会うってことは無いんだが、昔、ジャズ喫茶で聴いた「印象深いアルバム」とか、もう一度聴きたいと思って探している「思い出のアルバム」とかに出くわすと、思わず「おお〜っ」と声を上げてしまう(笑)。

今回「おお〜っ」と声を上げて、思わず「ポチッ」としてしまったアルバムが、Sonny Stitt(ソニー・スティット・写真右)の『Moonlight In Vermont』(写真左)。1977年,日本国内レーベルDENONの企画で制作されたアルバムである。

ソニー・スティットは、パーカー派のテナーとアルトの両刀使いで知られるサックス奏者。パーカー派だけに、スティットのサックスの雰囲気はビ・バップそのもの。この『Moonlight In Vermont』は、そんなスティットが、フュージョン全盛時代、1977年に残したストレート・アヘッドな純ジャズ・アルバムである。

まず、ジャケットが懐かしい。このアルバムは大学時代、僕だけの「秘密のジャズ喫茶」で聴かせて貰った。とにかく、スティットの輝くようなサックスの響きが印象的。スティットのサックスは、ビ・バップの演奏マナーを踏襲しているだけあって、しっかりと吹ききるのが特徴。
 

Moonlight_in_vermont_3

 
急テンポの曲も、スローなバラード曲も、叙情的な感情タップリなブルースも、スティットはサックスを吹き切るのだ。キュイ〜、とブラスの響きを捻りあげるような、特徴あるブロウ。ボボボボ〜と息をコントロールして優しく吹くなんてとんでもない。いかなる曲でも、スティットは「キュイ〜」とブラスの響きを捻りあげるように吹き切るのだ。この「キュイ〜」が印象に残って、暫くスティットが癖になった。ビ・バップ万歳である(笑)。

しかも、パーソネルを見渡してみると、Sonny Stitt(as,ts), Barry Harris(p), Walter Davis Jr.(p), Reggie Workman(b), Tony Williams(ds)とある。おお〜、ドラムは、あのトニー・ウィリアムスなのか。マシンガンの様に繰り出すハイハットの響き。ドドドドと重低音響き渡るバスドラの響き。コココ〜ンと切れ味鋭く響き渡るスネア。おお〜、確かに、このドラミングはトニーや〜。決して目立ちすぎず、スティットの引き立て役に徹した、ややセーブ気味のトニーのドラミングは絶品である。

冷静になってパーソネルを見直してみると、フュージョン全盛時代の1977年に、よくこれだけのビ・バップ〜ハード・バップの手練れ達を集めたもんだと感心する。当時の日本国内レーベルDENONは素晴らしい仕事をしている。収録されている演奏はどれも良い出来です。

スティットのサックスも、さすがに全盛期を過ぎて、若干、音の張りに翳りが見えたり、音程の不安定さも見え隠れします。が、円熟味というか、朗々とした余裕とでも言うのでしょうか、実に味のあるサックスは聴きものだと思います。良いアルバムです。CDは廃盤状態ですが、iTunesなどのダウンロードサイトで入手できます。
 
 
 
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2009年8月 3日 (月曜日)

ザビヌル「Weather Report」の船出

2作目の『I Sing the Body Electric』で、当初目的を達成してしまった「Weather Report」。エレクトリック純ジャズの最高峰を極めた訳だが、あくまでもマニアックな純ジャズ路線。評論家筋やジャズ者の方々からは絶大な評価を得ていたが、如何せん、当時のロックの様に「売上」は上がらない。

当時、マイルスの『オン・ザ・コーナー』、ハービーの『ヘッドハンターズ』はいずれも、スライ&ファミリー・ストーンの音楽に触発された。当然、ザビヌルもそうだっただろう。特に、ハービーの『ヘッドハンターズ』は売れに売れた。もともと「ファンクの商人」と呼ばれるきっかけとなった、キャノンボール・アダレイの「マーシー・マーシー・マーシー」を書いたのは、誰あろうジョー・ザビヌルであった。ザビヌルが、ハービーに追従しようと考えても不思議ではない。

Weather Reportの3枚目のアルバム『Sweetnighter』(写真左)は、Weather Reportのスライ&ファミリー・ストーン化宣言、ザビヌルのWeather Report私物化の第一歩である。冒頭の「Boogie Woogie Waltz」を聴けば、一目瞭然、いや、「一聴瞭然」である。

前作の『I Sing the Body Electric』の踏襲は全くない。ザビヌルのエレクトリック・ピアノは、ファンク・バンドのギターのようなグルーヴ感を生み出し、リズムは整理され、リフレインが多用され、単純化された。これでは、当時の純ジャズの最先端であった、モード的で、ぎりぎりフリーな自由度のある演奏が得意な、アコースティック・ベースの使い手、ミロスラフ・ビトウスの出る幕は無い。このエレピのグルーブ感に絡むベースのフレーズは、生ベースでは出すことが出来ない。

Sweetnighter_2

この時点で、創設メンバーのザビヌルとビトウスの音楽的指向の違いが露わになり、この後、ビトウスは、Weather Reportを去ることになる。音楽的指向の違いによるというよりも、これって、ザビヌルの確信的仕業ではなかったか。ビトウスが去ることにより、その後のWeather Reportの音楽的指向は、ザビヌルが一手に握ることになる。そういう意味で、このアルバムは、ザビヌル「Weather Report」の船出とも言える、ターニング・ポイントとなるアルバムである。

ビトウスが去った後、即座に、ベースにフィフス・ディメンションズのアンドリュー・ホワイトを迎え、ファンクのリズムを完全に取り入れることになる。「Boogie Woogie Waltz」では、ビトウスがウッドベースでお付き合いしているので、なんとかエレクトリック純ジャズの雰囲気がしないでもないが、他の曲はもうエレクトリック・ファンクジャズの世界である。

そこはかとなく、後のバンドの音楽的指向のベースとなる「エスニック&ユートピア」の原型も聴き取ることが出来、そういう意味でも、このアルバムは、後のWeather Reportの音楽的指向を決定づけたアルバムだとも言える。「エスニック&ユートピア」と言えば、ザビヌルの十八番でもあり、良いか悪いかは別として、この『Sweetnighter』で、ザビヌルは、Weather Reportを私物化したとも言える。

アルバム全体の雰囲気は、ハービーに追従したというよりは、マイルスのファンク・ジャズ路線を踏襲しつつ、マイルスよりも、キャッチャーなフレーズで、聴き易くした感じ。まだ、この『Sweetnighter』では、ザビヌル「Weather Report」の個性は感じられない。そのザビヌル「Weather Report」の個性が確立するのは、かの天才エレベ奏者、ジャコ・パストリアスが参加してからのことである。
 
 
 
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2009年8月 2日 (日曜日)

Weather Reportの初期の傑作

一昨日から、ちょっと涼しい日が続いている、我が千葉県北西部地方。昨晩はエアコンいらずの就寝だった。確かに不安定な天気が続いていて、恐らく梅雨は明けていなかったんだろうけど、この涼しさは、個人的な体調からすると、ちょいと有り難い。

さて、エレクトリック系の純ジャズ・バンドで、一番のお気に入りは「Weather Report(ウェザー・リポート)」。ジョー・ザビヌル、ウェイン・ショーター、ミロスラフ・ビトウスの3人の共同運営のジャズ・バンド。デビュー作の『Weather Report』は、そのコズミックでモード的な、ぎりぎりフリーな自由度のある演奏ながら、しっかりと統率のとれた「高度な演奏」で、センセーショナルな話題を振りまいた。

でも、僕はこのデビュー作『Weather Report』は、演奏内容が固くて、まだまだ頭で考えて作っているような「ぎこちなさ」が気になって、どうも好きになれない。悪くは無い、良い内容なんだが、傑作とは言えない、というところが僕の評価である。

しかし、セカンド・アルバムの『I Sing the Body Electric』(写真左)は傑作である。ファースト・アルバムの固さが取れて、グループ全体のまとまり、統率も強くなり、コズミックでモード的な、フリーで自由度のある演奏が、ファースト・アルバムとは違った次元の、より高みの演奏ワールドへステップアップしている。

I_sing_body_electric

この異常な程までの演奏の自由度とグループ統率感は、類い希な天才的プレイヤー、テナーのウェイン・ショーター、ベースのミロスラフ・ビトウスの2人が創り出したものである。このアルバムでの、この2人の演奏には「凄まじい」ものがる。素晴らしい疾走感、柔軟度溢れる自由な展開、フリーでありながら、不思議と統率のとれたグループサウンド。いずれも、ウェイン・ショーター、ミロスラフ・ビトウスの2人が同時に存在した、あの頃の「Weather Report」ならではの、一期一会の「コラボ演奏」。

このアルバムの構成については、前半の4曲(LP時代のA面)がスタジオ録音。後半の3曲(LP時代のB面)がライブ録音(日本でのライブ録音)である。ウェザー・リポートはライブバンドなので、当然、後半の3曲が素晴らしい。でも、このアルバムで注目すべきは、前半の4曲だろう。スタジオ録音ながら、その完成度には目を見張るものがある。演奏の展開、アンサンブル、グループの一体感、そして、底を支えるビート。どれを取っても最高峰の演奏だろう。

ウェザー・リポートのキャリアの中で、あまり話題に上がらないアルバムなんだが、結成当初のウェザー・リポートの狙いをズバリ実現した、ウェザー・リポートの真骨頂的傑作だと僕は評価している。結成当初の狙いどおりのウェザー・リポートは、このアルバムで完成して、終わった。

なぜなら、次作からジャズの商売人、ジョー・ザビヌルが前面に出始める。ジョー・ザビヌル、ウェイン・ショーター、ミロスラフ・ビトウスの3人の共同運営のウェザー・リポートの頂点が、この『I Sing the Body Electric』である。 
 
 
 
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2009年8月 1日 (土曜日)

年齢を重ねることによる円熟味

この2日間、いろいろバタバタすることがあってブログは臨時休業に・・・。まあ、事前告知無しの夏休みみたいな塩梅となってしまいました。いや〜まことに面目ない m(_ _)m。

他の音楽ジャンルに比べて、ジャズという音楽は、なぜだか良く判らないが、年齢を重ねることにより円熟味が顕著に出る傾向にある。若い時代は「テクニック」と「勢い」と「野心」にまかせて演奏することが多い。逆に、歳をとると「間の取り方」「余裕のある展開」「塩梅の良い感情移入」等々、若い時代には無かった、年齢を重ねることによる「経験の多さ」から来る、「味」とか「粋」とかの音のニュアンスを表現出来るようになるからだろう。

その「年齢を重ねることにより円熟味」を十分に感じることが出来るアルバムの一枚が、チェット・ベイカー(Chet Baker)の『My Favourite Songs - The Last Great Concert』(写真左)である。

若かりし頃は天才プレイヤーで、ルックスも良く、女にモテモテだったチェット。とにかく、上手かったし、アドリブのフレーズも天才的。しかし、麻薬と縁が切れなかった為、録音によって好不調のバラツキがあり、最高の演奏をコンスタントに残すことは出来なかった。

しかも、その麻薬癖がどんどん深刻になってゆき、1960年代から徐々に、チェットは第一線から消えていった。そして、1970年、マフィアから、トランペッターの命でもある「前歯」を抜かれるという仕置きをされるに至り、休業に至る。

しかし、 1974年に、ミュージシャン仲間や関係者の尽力により復活を果たし、1970年代半ばより、活動拠点を主にヨーロッパに移した。時に年齢は45歳を数え、この復活後のアルバムから、チェットは、ミュージシャンとしての「円熟味」を手に入れる。その最初の成果が『She Was Too Good To Me(邦題:枯葉)』である。それ以降のアルバムでの、チェットのペットは、その円熟味を強く感じることが出来る、実に「味」のある、小粋な演奏が魅力となった。
 
 
The_last_great_concert
 
 
そのチェットのキャリアの最後を飾るライブ・アルバムが『My Favourite Songs - The Last Great Concert』(写真左)である。1988年4月28日、ドイツのライブハウス「Funkhaus」でのライブ録音盤。ちなみにパーソネルは、Chet Baker (tp, vo), Herb Geller (as), Walter Norris (p), John Schroder (g), Lucas Lindholm (b), Aage Tanggaard (ds)。

ストリングスをバックにした叙情的な演奏あり、適度なテンションの中、実に息のあったインプロビゼーションを聴かせるコンボ演奏あり、ビッグバンドをバックにしたゴージャスかつ迫力ある演奏あり、と演奏内容もバリエーション豊か。実に、内容充実のラスト・コンサートである。

とにかく、チェットの円熟味溢れるトランペットが素晴らしい。いつもながらに朗々と唄いながら、陰影、明暗、強弱、硬軟などを、演奏の中に、実に効果的に織り交ぜていく。実に味わい深いチェットのペットは、何時聴いても、実に「心地良い」ものがある。

テクニックについては、当然、若かりし頃の天才的テクニックには及ばない。でも、さすがに年齢の割になかなかのものを聴かせてくれる。ここでのチェットはテクニックと勢いで勝負する年齢のトランペッターでは無い。このアルバムでは、チェットのミュージシャンとしての円熟味を楽しむアルバムだと僕は思う。実に味わい深いチェットのペットである。

ジャケット写真を見ると、美男子だった若かりし頃とは似ても似つかぬ、シワシワのおじいちゃんとなってしまったチェットではあるが、そのシワと引き替えに、チェットは、演奏家としての「円熟味」を得たんだと思う。1988年当時、チェットは59歳。このシワシワのおじいちゃんの面影を「老醜」とみるか「人生の年輪」とみるかであるが、このアルバムの演奏内容を鑑みると、やはり「人生の年輪」と見るべきだろう。
 
 
 
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