これぞ「天才ジャコの成せる技」
暑い。暑すぎる。風が強くて、朝から快晴。ジリジリと焦げつくような、射すような日差し。これは体に悪い。今日は外出できる状況ではない、我が千葉県北西部地方。無理すると絶対に熱中症になること請け合いの「厳しい暑さと日差し」。
午前中早々に、1週間の食料の買い出しに出て、帰ってきてからは、エアコンのかかった部屋で、じっとしている。決して、外に出てはいけない(笑)。ということで、今、久しぶりにジャコ・パストリアスのファースト・リーダーアルバム『Jaco Pastorius(邦題:ジャコ・パストリアスの肖像)』(写真左)を聴いている。
しかし、このアルバムを聴く度に、毎度毎度思うんだが、これぞ「天才の成せる技」なんだろう。にわかには信じがたいエレクトリック・ベースの演奏が、全編に渡って展開される。とにかく、これだけ凄まじいベース演奏は、ジャズの歴史を振り返っても皆無である。チャールズ・ミンガスも真っ青。
冒頭の「Donna Lee」、5曲目の「Portrait of Tracy」のベース・ソロを聴けば、その凄さが判る。初めて聴いた時、まさか、この「Donna Lee」が、フラット・ベースのソロとは思わず、「ジャコって、シンセサイザーを使って、速いフレーズのベース・ラインを弾くのか」と勘違いしたのを覚えている。
雑誌で、この「Donna Lee」は、ジャコが実際に、フラット・ベースを弾いているのだ、と書いてあるのを読んでも、まだその事実がにわかに信じられず、ある循環フレーズをフラット・ベースで弾いて、それの録音したテープを循環再生したもの、所謂、テープ処理を施したものだと思った(笑)。それほど、この「Donna Lee」のベース演奏は衝撃的だった。逆に、5曲目の「Portrait of Tracy」は、フラット・ベースでの演奏っていうことが明確な演奏で、この「Portrait of Tracy」を聴いた瞬間に、ジャコ・パストリアスって凄いぞ、思った(単に「凄いぞ」って感じではないですぞ・笑)。
こんなベース演奏を聴いたことが無い。ジャズ初心者の時は、凄いベースやなあ、と感心するばかりだったが、今、振り返って、このアルバムのジャコの演奏を聴いてみると、ジャズの歴史の中で「唯一無二」、彼に比肩するジャズ・ベーシストは未だに現れ出でず、ということを実感する。
ジャコは、コンポーザー&アレンジャーとしての才能も素晴らしく、3曲目の「Continuum」など、ロング・トーンのフラット・ベースの旋律が、実に美しく幽玄で、その幽玄なジャコのベースに絡む、ハービー・ハンコックのキーボードが、シンプルながら美しいバッキングを聴かせてくれる。
4曲目の「Kuru/Speak Like a Child」、8曲目の「(Used to Be A) Cha Cha」などは、当時、最先端の純ジャズ、実に硬派な「メインストリーム・ジャズ」が展開される。とにかく、ベースのジャコは凄い。弾きまくりである。そして、バックのハービーのキーボードも秀逸。「バッキングのハービー」の面目躍如。両者を中心に、火の出る様な熱い演奏を聴かせてくれる。
6曲目の「Opus Pocus」でのスチール・パンのフューチャーは、後のジャコの最高傑作『ワード・オブ・マウス』での、ジャコ・パストリアス・ビッグバンドの特徴ある演奏を彷彿とさせる。7曲目「Okonkole y Trompa」は、出だしのベースの単純リズムの連続フレーズが、実にアフリカンなビートを供給し、そのフロントで、印象的で、アーシーなソロを供給する、Peter Gordon のフレンチ・ホルン。牧歌的な雰囲気が実に魅力的である。
こうやって、全編、聴き終えてみると、邦題の『ジャコ・パストリアスの肖像』とは、言い得て妙。ジャコの音楽家としての全ての要素が、ショーケース的に配置された演奏の数々。ジャコの天才的な才能を体験できる、ジャコの「名刺代わりの」ファースト・リーダーアルバムである。しかし、このアルバムを「名刺代わり」と言われると、その内容の濃さと内容の凄さに、ちょっと唖然、愕然とする(笑)。
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