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2009年7月の記事

2009年7月29日 (水曜日)

R&Bを見直した一枚

梅雨が明けたとはいえ、なんだかスッキリとした夏空にならない、我が千葉県北西部地方。加えて、このところ、やたらに「蒸し暑い」。夏は好きだが、蒸し暑さは苦手。やっとこさ慣れてはきたものの、そろそろ、スカッとした夏空が拝みたいものである。

夏と言えば、高校時代、70年代ロックの世界で、いろいろと懐かしい思い出がある。高校3年生の夏だったか、漫画を書くのが上手くて、我流のギターでS&Gしか弾けない奴がいた。同じクラスになったこともないのに、友達の友達ってやつで、高校2年の秋頃から映研に出入りしていた。

高校3年当時、僕は既にプログレ小僧、ハードロック小僧を卒業して、スワンプ〜サザン・ロックに走っていた。そして、妙にR&Bが気になるようになって、特に、R&Bの中でも、スティービー・ワンダーは一番気になる存在だった。FMのエア・チェックで、スティービー・ワンダーのヒット曲を細々と集めては楽しんでいた。

でも、やはりスティービーのアルバムが聴きたい。でも、当時はまだ高校生。ロックのアルバムを購入するだけで、月々の小遣いは底を突く。R&Bのアルバムにまで手が回らない。そんな愚痴をこぼしていたら、その「漫画を書くのが上手くて、我流のギターでS&Gしか弾けない奴」曰く、「俺のところにスティービー・ワンダーのアルバム3枚ほどあるで・・・」。

ということで、そいつの家まで、即直行。そして、最初に借りたアルバムが『Talking Book』(写真左)。スティービーの当時のヒット曲の中で一番のお気に入りが「You Are the Sunshine of My Life」。この曲が冒頭を飾っているというのが、『Talking Book』を最初に借りた理由。なんて単純なんでしょ。まあ、高校時代なんて、こんなもんさ(笑)。

Talking_book

家に帰って、夕飯もソコソコに『Talking Book』を聴き始める。冒頭の「You Are the Sunshine of My Life」は、希有の名曲なので良くて当然。しかし、である。2曲目以降の楽曲に唖然とする。2曲目の、ちょっとダークなシンセーのビートをバックに、ファンキーに歌い継いでいく男女のボーカル。長々と6分以上続くんだが、これが飽きない。どころか、どんどん惹き込まれていく。

そして、3曲目「 You and I (We Can Conquer the World)」の美しいこと、優しいこと。スティービーの歌声に惚れ惚れする。続く4曲目「Tuesday Heartbreak」は、ファンキーで理知的なビートとアレンジが楽しい、ダンサフルな曲。シンセの使い方が特徴あって素晴らしい。5曲目「You've Got It Bad Girl」は、ソウルフル&ファンキー。理知的な「モータウン」って感じが実に楽しい。

6曲目は「Superstition」はジェフ・ベックとの確執も伝えられたファンク・ロックの名曲中の名曲。シンセで刻むファンク・ビートには度肝を抜かれたなあ。そして、極めつけは、8曲目、優しいバラード調の名曲「Blame It on the Sun」から、ソフト&メロウを先取りしたような「Lookin' for Another Pure Love」、そして、極めつけのファンキー・ソウル「I Believe (When I Fall in Love It Will Be Forever)」の3曲の流れが素晴らしい。何度、繰り返し聴いたか判らない。

僕は、高校3年生の夏、このスティービー・ワンダーの『Talking Book』で、R&Bを見直した。それまで、R&Bは好きだけど、ファンキー&ソウルフルにビートを効かせて、ダンサフルなポップス、言い換えると「単発ヒット曲狙い」のエンタテインメント優先の楽曲ジャンルという先入観を持っていた。

でも、このスティービー・ワンダーの『Talking Book』を聴いて、その先入観を恥じた。『Talking Book』には、アーティスティックな世界が煌めいている。シンガー・ソングライターとしての曲作り、そして、先進的かつ独創的なアレンジ。リスペクトの念を持ち、敬意を払うべき音の世界が、このアルバムの中にギッシリと詰まっている。
 
 
 
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2009年7月28日 (火曜日)

う〜む、凄く「上手い」

ジャズのアルバムって、音楽ジャンルとしてのジャズって、そこそこ歴史が長い分、廃盤になることもあって、欲しいけれど、なかなか手に入れることが出来ないアルバムも多々ある。

そんな一枚が『The Artistry of Freddie Hubbard』(写真左)。このアルバムの評判が良いのは知っていた。でも、長らく廃盤になっていて手に入らない。LPでも良いから手に入れたと思うようになっていた。

しかし、最近、米国で、VERVE MUSIC GROUPの名盤が続々とORIGINALSで再発されるようになった。オリジナル・マスター・テープからの新リマスター化+オリジナルLPデザインを元にデジパック化でリリースという魅力的なリイシュー。いや〜、念願のリイシューです。

早速、入手した『The Artistry of Freddie Hubbard』。パーソネルは、Art Davis(b) Tommy Flanagan(p) Curtis Fuller(tb) John Gilmore(ts) Louis Hayes(ds) Freddie Hubbard(tp) 。1962年7月の録音。面子を見渡すと、なんと魅力的なセクステットであろうか。この面子で、悪かろうはずがない。

とにかく、主役のフレディ・ハバードのトランペットには惚れ惚れとする。とにかく上手い。上手すぎる。テクニック的には、現代のジャズ・シーンで、このハバードのテクニックに匹敵するトランペッターは、かのウィントン・マルサリスのみだと、僕は思う。過去を振り返っても、このハバードを、総合的なテクニックで凌駕するトランペッターは、クリフォード・ブラウンとマイルス・デイビスの2大トランペッターのみだろう。

「Caravan」「Bob's Place」「Summertime」「7th Day」と、7分を超える長尺の演奏が、収録5曲中、4曲を占める。でも、これが全く飽きが来ない。セクステットの演奏が実に充実しているのだ。
 

Hubbard_artistry

 
そんなセクステットの演奏の中で、やはりリーダー、ペットのフレディ・ハバードが秀逸。抜きんでている上手さである。特に「Caravan」と「Summertime」でのハバードは凄い、の一言。とにかく上手い上手い。1960年代のハバードは、心から「上手い」と思わせる上手さ。まだまだ、円熟味は伴わないんだけれど、とにかく「上手い」のだ。

1950年代、ブルーノートの諸作は、若々しい、荒削りだけれど、切れ味鋭い「上手さ」。1960年代の諸作は、とにかく「上手い」という形容詞しか浮かばないほどの、絶対的な「上手さ」。若かりしころのハバードは、正統なハードバップから、フリーに近い前衛的な演奏まで、最高に近いテクニックで吹きこなす器用さがあった。1960年代のハバードは、ハードバップからジャズロックまでを幅広く吹きこなす器用さがあった。

そう、ハバードの長所でもあり弱点でもあったのが、この「器用さ」。この「器用さ」と「上手さ」が、生真面目なジャズファンには鼻につくらしく、日本では、どうもハバードは劣勢。でも、器用で上手くて、どこが悪いんだろう。ハバードの「器用さ」と「上手さ」は次元が違う。我々素人がとやかく言えるような「器用さ」「上手さ」ではない。天才とよばれる最高峰の才能のレベルでの「器用さ」であり「上手さ」である。素人の我々が「気安く評論できる次元」ではない、と僕は思う。

この『The Artistry of Freddie Hubbard』は、ハバードの代表作の1枚に挙げて良い、素晴らしい内容のアルバムである。セクステットの面々も、とにかく素晴らしい演奏を繰り広げている。特に、なかなか、まとまった録音が残っていない、テナーのJohn Gilmoreの優れたブロウが聴けるのは、このアルバムの想定外の収穫でもある。

良いアルバムです。フレディ・ハバードの卓越した「上手さ」を体験するには、絶好の「好盤」だと思います。特に、ジャズ・トランペットの好きなジャズ者の方には、お勧めですね。
 
 
 
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2009年7月27日 (月曜日)

ジャコのスタジオ録音

昨日のブログで『ジャコ・パストリアスの肖像』の話をした。デビュー・リーダー作であった『ジャコ・パストリアスの肖像』。ジャコは、あと一枚しか、正式なスタジオ録音を残していない。その「あと一枚」のスタジオ録音を、最後のリーダー作について語りたい。

その名は『Word of Mouth』(写真左)。ウエザー・リポート在籍中の1980年に録音したアルバム。自身のバンド「ワード・オブ・マウス」によるものである。これが、である。「唯一無二」とはこのこと。凄まじい内容であり、凄まじい出来である。

冒頭の「Crisis」で、激しく戸惑う。ジャコのベースをテープで循環処理して、そこにテナーなどのフリー・インプロビゼーションが被さっていくのだが、この、心揺さぶられる「不安感」「動揺」はなんだ。これが、5分21秒も続く。暗くて「きつい」テンション。以降の演奏が不安になる。聴くのを止めようとも思う。

で、2曲目「3 Views of a Secret」が滑るように出てくる。優しいブラスの響き、そして、癒されるようなハーモニカの旋律。優しく美しい調べ。冒頭の「Crisis」が、暗くて「きつい」テンションだっただけに、この「3 Views of a Secret」で、心が解き放たれる様な、凄い開放感を感じる。美しく、素晴らしい演奏である。美しく、素晴らしい曲である。

そして、ビッグバンド・ジャズの楽しさを堪能できる、3曲目の「Liberty City」。吟味されたブラスの響き。キャッチーなベース・ライン。ノリノリのリズム・セクション。楽しい。とにかく楽しい。体がリズムに合わせて動く。心がポジティブになる。

Word_of_mouth

バッハの無伴奏チェロ組曲をモチーフにした4曲目「Chromatic Fantasy」のジャコのベース・ソロには唖然とする。超絶技巧とはこのこと。そして、演奏半ばで出てくる、チャイニーズな、日本の雅楽のような、韓国のサムヌノリのような、東アジア的な響き。ジャコのコンポーサー&アレンジャーの才能には驚くばかり。

ビートルズ・ナンバーの5曲目「Blackbird」。ジャコの唯一無二、決して誰も真似の出来ないアレンジが凄い。ジミヘンばりに、ファズをかけた、ドライブ感溢れるエレクトリック・ベースが凄まじい、6曲目の「Word of Mouth」。このビートの効いたハードさには舌を巻く。

そして、ラストの「John and Mary」。ジャコの子供達の名前を冠した名曲・名演。ピアノの静謐な響きから、明るいパーカッションのリズムに乗って、スティール・パンが旋律を奏でていく。エスニックな雰囲気が楽しい、ゆったりとしたグルーヴ。印象的なウエイン・ショーターのソプラノ・サックス。クラシカルなストリングス&木管の響きをいかした後半の展開。様々な音楽の要素を飲み込みながら、優しく明るく広がりのある、ポジティブな演奏が展開されていく。ジャズの奥深さを感じる。

ジャコの才能がぎっしり詰まった、凄い内容のアルバムだと思います。1980年にリリースされたと同時に手に入れて、一通り聴き終えた後、その凄まじい内容に感動して、暫く動けませんでした。今でもこのアルバムを聴くと、なにかしらの感動を覚えます。ジャコの最高傑作であり、最後のリーダー作でした。

その後、ジャコの生活は荒れはじめ、ドラッグに溺れたり躁鬱病に悩まされ、1987年9月21日 午後9時25分、喧嘩による負傷が原因でフロリダで死去。享年35歳。

ジャコは「もういない」。逝去して、既に20年以上が経過した。でも、この『Word of Mouth』は、ジャコの音楽家としての存在を「絶対」にしている。
 
 
 
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2009年7月26日 (日曜日)

これぞ「天才の成せる技」

暑い。暑すぎる。風が強くて、朝から快晴。ジリジリと焦げつくような、射すような日差し。これは体に悪い。今日は外出できる状況ではない、我が千葉県北西部地方。無理すると絶対に熱中症になること請け合いの「厳しい暑さと日差し」。

午前中早々に、1週間の食料の買い出しに出て、帰ってきてからは、エアコンのかかった部屋で、じっとしている。決して、外に出てはいけない(笑)。ということで、今、久しぶりにジャコ・パストリアスのファースト・リーダーアルバム『Jaco Pastorius(邦題:ジャコ・パストリアスの肖像)』(写真左)を聴いている。

しかし、このアルバムを聴く度に、毎度毎度思うんだが、これぞ「天才の成せる技」なんだろう。にわかには信じがたいエレクトリック・ベースの演奏が、全編に渡って展開される。とにかく、これだけ凄まじいベース演奏は、ジャズの歴史を振り返っても皆無である。チャールズ・ミンガスも真っ青。

冒頭の「Donna Lee」、5曲目の「Portrait of Tracy」のベース・ソロを聴けば、その凄さが判る。初めて聴いた時、まさか、この「Donna Lee」が、フラット・ベースのソロとは思わず、「ジャコって、シンセサイザーを使って、速いフレーズのベース・ラインを弾くのか」と勘違いしたのを覚えている。

雑誌で、この「Donna Lee」は、ジャコが実際に、フラット・ベースを弾いているのだ、と書いてあるのを読んでも、まだその事実がにわかに信じられず、ある循環フレーズをフラット・ベースで弾いて、それの録音したテープを循環再生したもの、所謂、テープ処理を施したものだと思った(笑)。それほど、この「Donna Lee」のベース演奏は衝撃的だった。逆に、5曲目の「Portrait of Tracy」は、フラット・ベースでの演奏っていうことが明確な演奏で、この「Portrait of Tracy」を聴いた瞬間に、ジャコ・パストリアスって凄いぞ、思った(単に「凄いぞ」って感じではないですぞ・笑)。

Jaco_first

こんなベース演奏を聴いたことが無い。ジャズ初心者の時は、凄いベースやなあ、と感心するばかりだったが、今、振り返って、このアルバムのジャコの演奏を聴いてみると、ジャズの歴史の中で「唯一無二」、彼に比肩するジャズ・ベーシストは未だに現れ出でず、ということを実感する。

ジャコは、コンポーザー&アレンジャーとしての才能も素晴らしく、3曲目の「Continuum」など、ロング・トーンのフラット・ベースの旋律が、実に美しく幽玄で、その幽玄なジャコのベースに絡む、ハービー・ハンコックのキーボードが、シンプルながら美しいバッキングを聴かせてくれる。

4曲目の「Kuru/Speak Like a Child」、8曲目の「(Used to Be A) Cha Cha」などは、当時、最先端の純ジャズ、実に硬派な「メインストリーム・ジャズ」が展開される。とにかく、ベースのジャコは凄い。弾きまくりである。そして、バックのハービーのキーボードも秀逸。「バッキングのハービー」の面目躍如。両者を中心に、火の出る様な熱い演奏を聴かせてくれる。

6曲目の「Opus Pocus」でのスチール・パンのフューチャーは、後のジャコの最高傑作『ワード・オブ・マウス』での、ジャコ・パストリアス・ビッグバンドの特徴ある演奏を彷彿とさせる。7曲目「Okonkole y Trompa」は、出だしのベースの単純リズムの連続フレーズが、実にアフリカンなビートを供給し、そのフロントで、印象的で、アーシーなソロを供給する、Peter Gordon のフレンチ・ホルン。牧歌的な雰囲気が実に魅力的である。

こうやって、全編、聴き終えてみると、邦題の『ジャコ・パストリアスの肖像』とは、言い得て妙。ジャコの音楽家としての全ての要素が、ショーケース的に配置された演奏の数々。ジャコの天才的な才能を体験できる、ジャコの「名刺代わりの」ファースト・リーダーアルバムである。しかし、このアルバムを「名刺代わり」と言われると、その内容の濃さと内容の凄さに、ちょっと唖然、愕然とする(笑)。  
 
 
 
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2009年7月25日 (土曜日)

「夏はボサノバ」ということで

今日はいきなり朝から「ピーカン」な千葉県北西部地方。蒸し暑く、風も強く、日差しが強く、これは体に悪い晴天である。午前中、外出の用事があって、外を歩いていると、とにかく蒸し暑い。そして、家に帰り着いたら、熱中症一歩手前の状態に・・・。危ない危ない。

閑話休題。さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の月1回更新の名物コーナー「ジャズの小径」では、8月の特集は「夏はボサノバ」と題して、ボサノバ・ジャズの名盤を特集しています。2005年と2008年は、ネタ切れで挫折しましたが・・・(笑)。

しかし、これだけ暑いと、やはり純ジャズは辛い。軽くて耳当たりの良い「ボサノバ・ジャズ」が聴きたくなる。ということで、ボサノバ・ジャズの名盤を探し始める。と、あったあった。渡辺貞夫の『ジャズ&ボッサ』(写真左)。1966年、渡辺貞夫が米国留学から凱旋帰国後のリーダーアルバムである。

タイトルの『ジャズ&ボッサ』って、なんだか微妙なタイトルなんだが、それもそのはず、冒頭の1曲目〜4曲目が純ジャズの演奏。5曲目以降が「ボサノバ・ジャズ」。1966年当時、まだ日本では、ボサノバ・ジャズはポピュラーでは無く、米国から凱旋帰国した渡辺貞夫に対して、硬派なジャズファンは、当然、彼の純ジャズ演奏を求めていた訳で、このアルバムをリリースした「タクト・レーベル」の悩みが良く判る。
 

Sadao_jazz_bossa

 
が、このアルバムの演奏を今の耳で聴き直してみると、やはり5曲目以降の「ボサノバ・ジャズ」のパートの出来が、「純ジャズ」のパートを上回る。若き日の渡辺貞夫、「さすが」である。先見の明というか、米国の最新トレンドをダイレクトに持ち込む、そのセンス。素晴らしい。後に、いち早く、フュージョンのジャンルに取り組み、素晴らしい成果を上げた、その片鱗が既にここに見える。

逆に、純ジャズのパート、1曲目〜4曲目は、当時米国の純ジャズ最前線の演奏をなぞっているだけで、今の耳で聴くと、ちょっと古さを感じてしまう。演奏全体の雰囲気は、まだまだビ・バップのマナーを引きずったままで、これを当時の日本ジャズの最前線、最優秀な演奏として位置づけるのは、ちと乱暴だろう。

やはり、このアルバムは、ボサノバのパートが良い。一曲一曲の演奏時間は3分程度と短いんですが、演奏内容は「濃い」。1966年当時で、もう既に、ワンフレーズだけ聴いて、ナベサダさんや〜、って判るほど、個性ある音色。テクニックに裏打ちされた、印象的なフレーズの数々。これだけ、ボサノバ・ジャズを、その真髄を突きながら演奏できるジャズ・ミュージシャンって、今の環境でもそうそういませんぜ。

夏はボサノバ。ボサノバ・ジャズといって、際モノ扱いするなかれ。軽い緩やかなノリの中で、しっかりとフレーズを継ぎつつ、印象的なアドリブを展開するって、結構、ハイレベルな世界だと思います。ナベサダさんの『ジャズ&ボッサ』、良いアルバムです。
 
 
 
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2009年7月24日 (金曜日)

これぞ「絵に描いたようなジャズ」

今日は朝の通勤から、マナーの「どうしようもなく悪い団塊の世代の人」に出くわして、実に気分が悪い。どうしてあんなにマナー悪く振る舞えるのか。逆ギレってどうよ。本当に腹が立つ。

団塊の世代の方々って、子供の頃、学校教育で躾が厳しい時代で、マナーはちゃんとしているかと思ったのに、どうも最近、それは違ったなあ、とガッカリである。とにかく、通勤電車での傍若無人な振る舞いは目に余るものがある。

で、気分の悪さを払拭すべく、ジャズを聴く。こんな時は、絵に描いたようなジャズが良い。純ジャズの良きエッセンスがギッシリ詰まった、ファンキーでブルージーな雰囲気がギッシリ詰まったジャズが良い。ということで選んだアルバムが、ミルト・ジャクソンの『Plenty, Plenty Soul』(写真左)。1957年の2種類のセッションが収録されている。

1957年1月5日のセッションのパーソネルは、Joe Newman (tp) Lucky Thompson (ts) Milt Jackson (vib) Horace Silver (p) Oscar Pettiford (b) Connie Kay (ds)。1957年1月7日Joe Newman (tp) Jimmy Cleveland (tb) Cannonball Adderley (as) Frank Foster (ts) Sahib Shihab (bars) Milt Jackson (vib) Horace Silver (p) Percy Heath (b) Art Blakey (ds)。錚々たるメンバーである。
 

Plenty_plenty_plenty

 
編曲は、若き日のクインシー・ジョーンズ。ピアノは全曲、ホレス・シルヴァー。このアルバムのミルト・ジャクソンは、いつにも増して、グルーヴィかつソウルフル、そして、ファンキーでブルージー。

これぞ「絵に描いたようなジャズ」である。楽器のユニゾン&ハーモニーは、もうジャズの「いいとこ取り」である。さすが、クインシー・ジョーンズ。ファンキーさを増幅するホレス・シルバーのピアノ。

そして、確信に満ちた、力強いタッチで、グルーヴィかつソウルフルに迫ってくる、ミルト・ジャクソンのヴァイブ。う〜ん、素晴らしい。なんてジャジーな演奏なんだろう。

純ジャズな演奏を聴きたい、と思われるジャズ者の方々全てにお勧めしたい「絵に描いたようなジャズ」。このアルバムには理屈や言葉は要らない。まずは、聴くべし。聴けば「ジャズ」を感じて、聴けば「ジャズ」が何かを与えてくれる。そんなアルバムです。勿論、私、松和のマスターの愛聴盤のひとつです。
 
 
 
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2009年7月23日 (木曜日)

久しぶりにジャコのライブ

本当に梅雨が明けたのか? なんだか雨が多くて梅雨真っ只中の様相を呈している、我が千葉県北西部地方。そして、とにかく湿気が多くて、疲労感抜群。う〜ん、体に堪えるぞ。

で、景気付けに、パンチのあるジャズが欲しくなる。パンチのあるジャズかあ。ビッグバンド系やなあ。と言いながらも、バリバリ、ビッグバンドもちょっと、この湿気の多さで堪った疲労感には、ちと酷か。ということで、そうそう、聴きそびれていた、ジャコ・パストリアス・ビッグバンドのライブ盤を一枚チョイス。

『The Birthday Concert』(写真左)。ジャコ・パストリアスの1981年12月1日、フロリダでのライヴ録音。「Birthday Concert」と銘打っているが、これジャコの誕生日のライブ盤。

ジャコ・パストリアス・ビッグバンドのライブ盤は幾枚か出ているが、このライブ盤が、一番気に入っている。まず曲順の構成が良い。

1. Soul Intro/The Chicken
2. Continuum
3. Invitation
4. Three Views of a Secret
5. Liberty City
6. Punk Jazz

と、実に魅力的な曲が、演奏が続く。特に、1曲目の「Soul Intro/The Chicken」は絶品。大好きな曲である。ビッグバンドの魅力がぎっしり詰まった、そして、ソロイストの演奏も抜群。旧来のビッグバンドの音を踏襲しつつも新しい響きが満載のジャコ・パストリアス・ビッグバンド。疾走感、分厚さ、魅力的なユニゾン&ハーモニー。どれをとっても超一級品。

Jaco_the_birthday_concert

2曲目の「Continuum」と3曲目「Invitation」は、打って変わって、ジャコのベースが堪能できる。ソロイスト、ジャコ・パストリアスの独壇場。ビッグバンドの演奏をバックに、弾きまくるジャコのベースは「天才」そのもの。後生のベーシストが、真似しようにも真似できない、凄腕のエレベが炸裂する。特に「Invitation」は、ジャコ、マイケル・ブレッカ-、ボブ・ミンツァ-、ドン・アライアス、ピ-タ-・ア-スキンという2管編成で、17分43秒も演ってしまう。そのエネルギーとバイタリティに脱帽。

そして、4曲目。きた〜っ「Three Views of a Secret」。名曲である。とにかく、素晴らしい曲。硬軟自在、緩急自在、旧来の音と斬新な音のせめぎ合い。ソロイストを引き立たせ、そして、めくるめくユニゾン&ハーモニーの連続。素晴らしい。とにかく素晴らしい。

そして、5曲目は「Liberty City」。この曲も凄いぞ。1曲目の「Soul Intro/The Chicken」の向こうを張る、素晴らしいビッグバンド演奏。そして、次に続く演奏は、破天荒なビッグバンド演奏で度肝を抜かれる「Punk Jazz」。このメリハリの効いた、ダイナミックなビッグバンド演奏は、凄く刺激的。脳味噌の髄にギンギンに響く。く〜ったまらん。

そして、ジャコの誕生日を祝う、「Happy Birthday」は「ご愛嬌」。とここまでは、ジャズ者初心者の方々にも、絶対お勧めのジャコ・パストリアス・ビッグバンド。で、続く、

8. Reza
9. Domingo
10. Band Intros
11. Amerika

は、マニアの世界。ジャズ者ベテラン向きの「玄人好み」の演奏が続きます。6曲目までのジャコ・パストリアス・ビッグバンドを代表する名演を「万人向き」とするなら、8曲目以降の4曲は「玄人向け」。聴きようによっては「冗長」にも感じる、秩序のあるフリー演奏といって良い、非常に自由度の高い、インプロビゼーションの嵐。

まさに「ジャコ絶頂期の Birthday Concert」に相応しい名演。良いライブアルバムです。エネルギッシュで、スリリング、そして、爽快感。特に、1曲目〜5曲目までの演奏は、一気に聴き切ってしまうほど、密度も高く、充実感溢れる演奏です。このところの湿気の高さに参っていた体に、ピリっとした刺激。いや〜、スカッとしたぞ。
 
 
 
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2009年7月22日 (水曜日)

今日は日食でしたね・・・。

今日は日食でした。が、全国的に雨、もしくは曇り。我が千葉県北西部地方も朝から、あいにくの雨。10時くらいに一旦雨は上がったが、太陽の姿を拝めることは無かった。

食分最大の時間、11時過ぎには、ちょっと暗くなったかとも思ったが、雲が厚くて空が暗くなったのか、太陽が75%欠けるので、そのせいで暗くなったのか、判らない。せっかく会社休んで、スタンバっていたのになあ。残念。

で、仕方が無いので、NHKの実況放送を見ていたんだが、どうも日本列島で皆既食が拝めたのは、硫黄島付近だけだったみたい。NHKの実況は、もっぱら硫黄島、そしてその近海に停泊している船からの実況。このNHKの実況のお陰で、テレビ画面からではあるが、皆既日食をリアルタイムで見ることが出来た。

聞くところによると、一番長い皆既時間で名を馳せた悪石島では、日食の時間帯は、激しい雷雨だったとか。屋久島も雨天だったとのこと。皆既食の時間帯に、夜の様に周りが暗くなったことだけは体験できたそうだが、実にお気の毒である。

Eclipse

まあ、天文現象って、天気には勝てない訳で、長年、天文の趣味をやっていると、その時々の感情が、天気の状況に左右されない様になる。まあ、達観してしまう、っていうのかなあ。今日も「これはこれで仕方が無い」と諦めて、スイッチ入れ替えて、NHKの実況中継に見入っていた。

さて、ジャズ・フュージョンや70年代ロックで、皆既日食にまつわるアルバムや演奏ってあるのか。これが、数が少ないんですが、あるんですねえ。

ジャズ・フュージョンでは、フュージョン界の千手観音こと、ビリー・コブハムのアルバムがある。その名もズバリ『Total Eclipse(皆既日食)』(写真左)。2009年2月4日のブログ(左をクリック)でご紹介していますので、詳しくはそちらをご覧頂きたいのですが、ジャケットのイラストもズバリ「皆既日食」。

70年代ロックでは、ズバリ、皆既日食というアルバムはありませんが、一番近しいアルバムとして、ピンク・フロイドの、かの有名な『Dark Side of the Moon(狂気)』(写真右)のラストの曲が「Eclipse」。邦題は「狂気日食」。この『狂気』でのピンク・フロイドの演奏は、全編に渡って、皆既日食の風景にピッタリ、神秘的幻想的なものです。

今日は、日食残念会として、午後から、このビリー・コブハムの『Total Eclipse』と、ピンク・フロイド『Dark Side of the Moon』を聴いて過ごしました(笑)。日本で見ることの出来る皆既日食は、26年後です。う〜ん、頑張って長生きしましょう(笑)。
 
 
 
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2009年7月21日 (火曜日)

Bob James のピークのアルバム 

ボブ・ジェームス7枚目のアルバムである。その名も『Lucky Seven』(写真左)。1979年のリリース。このアルバムは、完全に「リアルタイム」。日本での発売日に買いに行った。そして、ゲット。

出だしの名曲「Rush Hour」が全てである。イントロの印象的なリフ「ドララ〜、ドララ〜、ドラ、ドラッドラド〜」を聴くだけで、もう駄目である。そして、前奏の後に出てくる、ボブ・ジェームスのシンセサイザーの印象的な旋律。冒頭の「Rush Hour」を聴いただけで、ボブ・ジェームスをリアルタイムで聴いてきた僕にとって、もう、このアルバムは「最高」のアルバムの一枚である。

個人的感情だけでは駄目ですよね。ちょっと冷静になって、改めてこの『Lucky Seven』を聴いてみる。生ピアノやフェンダー・ローズのみならず、シンセサイザーを、自家薬籠中のものとしてしまった、ボブ・ジェームス。バリエーション豊かなキーボードの音色を手に入れて、旋律の表現力が格段にグレードアップした、この7th.アルバム。

ブラスの重ね方、パンチのあるユニゾン&ハーモニーも、お決まりのルーチン。ボブ・ジェームスならではの音の作りが、これでもか、という感じで、押し寄せてきます。いやはや、これだけ個性溢れるアレンジもなかなか無いですよね。フュージョン・フォーマットにおける最大の個性のひとつでしょう。
 

Lucky_seven_2

 
キーボードの音色が多種多様になりつつも、どんなフレーズを弾いても、しっかりと「ボブ・ジェームス」の音になるところが素晴らしいですよね。5枚目のリーダーアルバム,『Heads』から進めてきた、ボブ・ジェームスのオリジナル楽曲プロジェクト。この7枚目の『Lucky Seven』で、ボブ・ジェームスの個性が完全に形成されています。所謂、ピークを捉えたアルバムであることは間違いない、と僕は思います。

5枚目のソロアルバム『Heads』から始まって、ちょっとソフト&メロウに偏りすぎた、6枚目のソロアルバム『TouchDown』を経て、しっかりと軌道修正をした結果。それが、この『Lucky Seven』である。とにかく、収録された全ての曲の出来が良い。演奏も充実していて、聴いていて気持ちが良い。爽快感、抜群である。

良いアルバムです。この『Lucky Seven』は印象深い。学生時代、朝は「Lucky Seven』でお目覚め、というルーチン・ワークをフッと思い出した。聴く度に、色々な様々な、違った聴き方が出来て飽きが来ない、という面で、このアルバムは、やはりフュージョンの秀作といえるのではないでしょうか。とにかく、フュージョン名盤の一枚ですね。
 
 
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2009年7月20日 (月曜日)

『ジャズの小径』7月号アップです

今日は朝から涼しい風が吹き抜けて、湿度もそこそこ、一昨日からの激しい蒸し暑さも一服である。今朝は朝からエアコンをかける必要も無く、実に「エコ」な夏の朝である。

ちょっと涼しくなって、体調の悪さもちょっと上向き(どうも夏風邪をひいているらしい)。ということで、昼過ぎから、我がバーチャル音楽喫茶『松和』・ジャズ・フュージョン館の月1回更新の名物コーナー『ジャズの小径』の7月号をアップすることにする。

さて、7月の『ジャズの小径』では「異色のデュオ」と題して、ギターとベース、弦楽器同士のデュオをご紹介しています。ギターとベースのデュオって、正に弦楽器同士のデュオなんで、ギターとベースで音が重なったり、音が薄くなったり、特にライブではリスクが多くて、あまりみかけない「異色中の異色」の変則デュオです。

ジャズ演奏の楽器編成には、様々な、多岐に渡るバリエーションがあります。1人の場合はソロ、2人はデュオ、3人編成はトリオ、4人編成はカルテット、5人編成はクインテット、等々。この辺りまでが、ポピュラーな楽器編成としてよく聞く用語です。

また、クラシック音楽の様に、その編成毎に、楽器の構成が決まっている訳ではない。楽器毎が持つ特性と基本キーを勘案しながら、担当楽器を決めつつ、最終的な編成を固めていく。少なくとも、ビートとベースラインを担当する楽器は必須で、ベース、ドラムは人数が多くなるにつれて、楽器編成として、必須の楽器となっていきます。

Jazz_komichi_0907

逆に、編成が小さくなればなるほど、ピアノやギターなど、旋律楽器とリズム楽器の両方の役割を担う楽器が中心となっていきます。特に、ピアノは重宝で、旋律を奏でることもできますし、和音を叩くようにして弾くと打楽器としての役割を担うことも出来ます。

しかも、左手でベースラインを担当することができます。つまり、ピアノ1台で、旋律楽器とリズム楽器、そしてベース楽器の3役をこなすことが出来る訳です。ジャズのソロでは、やはりピアノが多いですね。

ギターも旋律楽器とリズム楽器の両方を担うことができますが、ピアノの様に、両手で別々の弾き方が出来る訳では無いので、同時に2役、3役はこなせません。しかも、旋律を弾く場合、基本的に1〜2本の弦を使うに留まり、ソロの音色が繊細になる傾向にあります。

リズムを刻むについても、弦を掻きむしる奏法が基本なので、音があまり大きくならない。つまり、弦楽器って、ジャズの少人数構成のデュオやソロでは、他の楽器に比べて、ちょっと不利になる要素があるんですね。

今回は、その弦楽器「ギターとベース」のデュオ・アルバムです。バーニー・ケッセル&レッド・ミッチェル、ジム・ホール&ロン・カーターと2組の「異色デュオ」アルバムをご紹介していますが、さすがに各々、職人中の職人、数々のリスクを見事な職人芸で回避しつつ、素晴らしい演奏を繰り広げています。さあさあ、それぞれの類い希な職人芸をお楽しみあれ。

それでは、バーチャル音楽喫茶『松和』・ジャズ・フュージョン館(左をクリック)でお待ちしております。
 
 
 
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2009年7月19日 (日曜日)

「ジャズ定盤」の安定感

昨日の激しい蒸し暑さと、ここのところの疲れがドッと出て、なんだか夏風邪の様相を呈している、私こと「松和のマスター」。ちょっと微熱もあったりして、今日は昼から伏せっていたが、3時間ほどグッスリ寝たら、ちょいと気分は上向きに。

体調の悪い時に、難しいジャズ、激しいジャズ、熱いジャズはいけない。ハードバップ時代の絵に描いたような、力感ある穏やかな「ジャズ」が聴ける、所謂「ジャズ定盤」が良い。そう言えば、昔から中々手に入れること出来なかった、 George Wallington『Jazz for the Carriage』(写真左)を、やっとのことで手に入れたんだった。

この『Jazz for the Carriage』には、ジャズ定盤ならではの安定感がある。絵に描いたようなハードバップ演奏とでも言ったらいいんだろうか。ジャズ者初心者の方に、「ハードバップの演奏とは?」と問われたら、これからは、このアルバムも有力な推薦候補の一枚としたい。

白人バップ系ピアニスト、George Wallingtonのクインテット物。1956年の録音。パーソネルは、Donald Byrd (tp), Phil Woods (as), George Wallington (p), Teddy Kotick (b), Art Taylor (ds)。特に、トランペットのDonald Byrdとアルト・サックスのPhil Woods、この若き2管の溌剌としたフロントが聴きものである。
 

Jazz_for_carriage_trade

 
リーダーが、白人バップ系ピアニストのGeorge Wallingtonだからだろうか、本作は、あまりブルージーかつファンキーに染まらずに、カラッとした爽快感を携えながら、軽快にスイングする。その軽快なスイング感に、ほのかな品格を感じる、なかなかハードバップとしては、素晴らしい出来映えのアルバムと思う。

特に、Phil Woodsのアルトが良く、まだまだ駆け出し、後の「ブラス度の高い、金属的に捻り上げる様なブロウ」はまだ聴くことは出来ないが、その萌芽は聴いてとれる。非常に伸びの良い、溌剌としたアルト・ソロが聴くことが出来る。既に個性的なアルトではあるが、若手でありながら、その演奏の安定感が「これまた魅力」。Donald Byrdのトランペットもバリバリと吹き上げていて、実に魅力的なんだが、そのペットを上回るPhil Woodsのアルトである。

収録された6曲は、どれも良い演奏ですが、2曲目「Love Is Here to Stay」、5曲目の「What's New?」のスタンダードものが特に良いですね。特に「What's New?」のアレンジとインプロビゼーションの構成、展開が実にユニーク。哀愁と気品を感じる、なかなか素晴らしい出来です。

そうそう、4曲目「Together We Wail」、6曲目「But George」と、Phil Woodsのオリジナル曲も2曲採用されていますが、なかなかの出来です。さすがに、自分で作曲した曲なので、Phil Woods自身が一番溌剌と演奏しています。George Wallingtonのピアノもシンプルでコロコロとした、品格のあるピアノ・ソロを展開していて、ホント、良い感じのハードバップ演奏です。

この『Jazz for the Carriage』を聴くと、「ジャズ定盤」の安定感をひしひしと感じますね。やはり「ジャズ定盤」の威力は絶大である。なんだかちょっと体調も回復してきた感じ。いやいや、「ジャズ定盤」さまさま、である。
 
 
 
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2009年7月18日 (土曜日)

エレクトリック・ハービーを遡る

暑い。蒸し暑すぎる。我が千葉県北西部地方。今日は、午後から、体の芯から悪くなりそうな、激しい「蒸し暑さ」である。といって、夕立の来る気配も無い。昼からは、もう外を歩けない。なんだか、体調も優れない。エアコンを効かせて、部屋の中でジャズを聴く。

さて、2009年7月16日のブログ(左をクリック)で、ハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ(Head Hunters)』のお話しをした。エレクトリック・ハービーの快進撃は、次作の『Thrust』から始まる訳だが、では、エレクトリック・ハービーの源はどの辺にあるのか。

1969年、BlueNote『The Prisoner』を残して、ハービーは、Warner Bros. Recordsに移籍する。『The Prisoner』で、エレピの手を染めたハービーは、Warner Bros.の第1作になる『Fat Albert Rotunda』(写真左)で、エレピを大々的に導入する。ハービーのソロキャリアを振り返ると、この『Fat Albert Rotunda』辺りが、エレクトリック・ハービーの源だろう。

『Fat Albert Rotunda』は、同名のアメリカの子供向け番組として作られた音楽をまとめたものである。が、演奏の雰囲気は、ファンキー・ジャズそのもの。今、改めて聴くと、これって、本当に子供向け番組のBGMだったのか、と疑いを持つほど、このアルバム全体を覆う雰囲気は「ファンキー」。
 

Fat_albert_rotunda

 
冒頭の「Wiggle-Waggle」。ギターのイントロからして、もう「ファンキー」そのもの。追って加わるブラスのハーモニーは、その「どっぷりファンキー」な雰囲気に拍車をかける。ここまで、ファンキー色を前面に押し出すと、曲全体の重心が低くなって、ちょっと重たい、曲の疾走感を損ねる雰囲気が漂うのだが、ハービーのアレンジは、そうはならない。

但し、アルバム全体の雰囲気は、まだまだハード・バップを源とする「メインストリーム・ジャズ〜ファンキー・ジャズ」の延長線上にあって、後の「ファンク・ビート」を全面的に導入した『ヘッド・ハンターズ』に直接つながるものでは無い。でも、当時のファンキー・ジャズの最先端として聴くと、実に優れた作曲、アレンジである。演奏も充実。ファンキー・ジャズの優秀盤として、お勧めのアルバムです。

ハービーのエレピが格好良く響き、フルートの音色と相まって、ソフト&ライトな「Tell Me A Bedtime Story」には、新しい響きが横溢している。ファンキーでありながら、メロウな雰囲気漂う「Oh! Oh! Here He Comes」もなかなかの出来。「Fat Albert Rotunda」の途中で出てくるフリーキーなサックス・ソロには、ちょっと苦笑い。そして、これまた、コテコテなファンキー・ジャズ「Lil' Brother」で幕を閉じます。

このアルバムでは、ファンキー・ジャズに、エレピを活躍させることで、より効果的にファンキー色を浮き立たせ、生楽器だけの演奏よりも、メロウな雰囲気を醸し出すことに成功しています。こういうアレンジ面でのエレピの導入に、ハービーの非凡な才能を感じます。

アレンジの面でのエレペの導入で、エレクトリック・ジャズへの橋頭堡を築いたハービー。後は、電気楽器の効果的な活かし方とビートの導入という宿題が残っているが、このファンキー・ジャズとして優れた内容の『Fat Albert Rotunda』で、ハービーの1970年代は始まったのだ。
 
 
 
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2009年7月17日 (金曜日)

パットのグループ・サウンド

現代ジャズ・ギタリストの代表格である「パット・メセニー」。デビューアルバムの『Bright Size Life』で、パット・メセニーのギターの個性的な音とフレーズは、既に完成していた。

『Bright Size Life』では、エコーをたっぷりとかけ、アタッチメントを駆使して、現代のジャズ・ギターの代表的な音色を醸し出し、フォーキーで叙情的な音を完成させていたことが良く判る。フレーズの基本は、ジム・ホール。後に、デュオアルバムを出すほどの熱心なフォロワーである。

しかし、グループとしての「音」はまだ確立していなかった。印象的な音色で、瑞々しさを表現していたが、グループとしてのサウンドの方向性は未成熟であった。そして、このセカンド・アルバム『Watercolors』(写真左)である。このリーダー作で、パット・メセニー・グループとしてのサウンドの基本が確立された感がある。

フォーキーな、アメリカン・ルーツ・ミュージック的な音をグループサウンドのベースに据えて、実に叙情的で郷愁を感じる、力強さとセンチメンタリズムを併せ持った、後のパット・メセニー・グループ(PMG)のサウンドがこのセカンド・リーダー作で確立されている。

そのPMGサウンドの要は「キーボード」。このアルバムでは、効果的にエコーのかかった生ピアノの音が、情感たっぷりにパットのギターに絡む。このピアノの音色がPMGのサウンドを決定付けている。
 

Watercolors

 
この『Watercolors』で、そのPMGのグループ・サウンドの要となる「キーボード」を演奏するのが、PMGの盟友「Lyle Mays(ライル・メイズ)」。このセカンド・リーダー作で、運命の出会いを果たしている。PMGのサウンドの基本である、叙情的な郷愁部分を大部分、キーボードに委ねて、パットは、自在にギター・サウンドを操れるようになった。

そして、そのPMGサウンドの応じて、ベースのEberhard WeberとドラムのDanny Gottliebが、これまた柔軟性豊かな情感溢れるビートを変幻自在に供給する。が、ちょっとベースが弱いかなあ。前作のベースが、ジャコ・パストリアスで、それはもう凄いベースだったからなあ。パットにとってはジャコは最高のベーシストだったと思うが、ジャコの抱える様々な問題が障壁になって、レギュラー・メンバーにはならなかった。実に惜しい。

フォーク、カントリー、ポップの要素をジャズとブレンドしつつ「叙情的・郷愁・変幻自在・力感とセンチメンタリズム」な独特の個性的な音を供給する。この辺りがPMGのサウンドの基本なんだが、このグループ・サウンドの基本が、この『Watercolors』に溢れている。

特に、3曲目「Oasis」のパットのギターとメイズのキーボードのデュオは、PMGのサウンドの基本を如実に伝えてくれる。懐かしい郷愁を感じ、抜けるような乾いた青空を感じる。なんだか聴き進めるうちに、センチメンタルな気持ちになってしまうような、心洗われる演奏です。

ジャズ者初心者の頃、この『Watercolors』を聴いて、ジャズの演奏に、こんなに叙情的で、表現力豊かな側面があるってことを初めて知って、心から感激したことを昨日の事のように思い出します。ジャズの懐の深さを体験できる、実に聴き応えのあるアルバムです。
 
 
 
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2009年7月16日 (木曜日)

夏はいつも「Watermelon Man」

まことに「ベタな話」で申し訳ないのだが、いつでも夏になると、ハービー・ハンコックの「ウォーターメロン・マン(Watermelon Man・西瓜売り男)」が聴きたくなる。

ハービーのオリジナル初演の、ブルーノート4109番『Takin' Off』の純ジャズものの「ウォーターメロン・マン」も良いが、デックスのテナーが悠然としていて音が太くて、どうも真夏に聴いていると、暑苦しく感じてしまって、どうもいけない。

夏に聴くのであれば、エレクトリック・ファンクジャズ版の「ウォーターメロン・マン」が良い。さて、このエレクトリック・ファンクジャズ版の「ウォーターメロン・マン」は、ハービー・ハンコックのエレクトリック・ハービーの最初の傑作『ヘッド・ハンターズ(Head Hunters)』(写真左)に収録されている。

僕が若かりし頃、まだ、ジャズ者初心者駆け出しのころである。この『ヘッド・ハンターズ』の購入には苦労させられた。とにかく、ジャケット・デザインが「けばい」。見るからに「コテコテ」って感じのイラストレーション。これをレコード屋のカウンターへ持っていくのは、ちょっと恥ずかしかった。友達に見せるのも、ちょっと憚られるジャケット・デザインである。

米国風、ファンク風ではあるので、実は個人的には気に入っているのだが、若かりし頃は、なかなかこの「コテコテ」のデザインを「好みである」と公言するのには勇気がいった。まだジャズ者初心者の頃、レコード屋のカウンターに持っていく勇気が、なかなか出なくて、入手するまでにちょっとばかし時間がかかったのを覚えている。

さて、その内容であるが、絵に描いた様な「エレクトリック・ファンクジャズ」。スタジオ録音なので、ちょっと疾走感が足らず「もったり」しているのと、さすがに1973年の録音だけあって、キーボードを中心に音が古い。でも、演奏の底を支えるファンキーなビートは、今での十分通用するほど、黒く粘っていて「クール」である。

Head_hunters

ジャズ初心者の頃は、LP時代でいうところのA面の2曲、「Chameleon」と「Watermelon Man」ばかり聴いていた。キャッチャーでコマーシャルなフレーズが満載で、とにかく聴き易く、とにかく聴いていて「ノリノリ」である。ちょいと「もったり」しているところが気になるが、これはスタジオ録音の弊害が出ているんだろう。

でも、このアルバム、LP時代でいうところのB面が良いんですよ。特にB面1曲目の「Sly」が白眉。 ベニー・モウピンが、ソプラノサックスを吹きまくる。ハービーはエレピを弾きまくる。バックのベースはポール・ジャクソン、ドラムはハービー・メイソン、真っ黒で粘りと切れのあるビートを、これでもかと言わんばかりにガンガン供給し続ける。凄い音圧、凄い疾走感である。

2曲目の「Vein Melter」は、打って変わって、スローなテンポに変って、ファンキーで優しいフレーズが綿々と綴られていく。聴いていて、ほっとする。聴いていて優しい気持ちになって、実に癒される。この曲では、ハービーはメロトロンも弾いている。う〜ん、プログレな音やなあ(笑)。フェンダー・ローズで弾く、ハービーのスローなフレーズを聴くと、やっとハービーもフェンダー・ローズに慣れてきたというか、フェンダー・ローズならではの弾き方を習得してきた感じが良く判る。

この『ヘッド・ハンターズ』のB面の2曲が、ジャズ者中堅〜ベテランの方々には、特にお勧めです。この『ヘッド・ハンターズ』を聴いて、ハービーって、マイルスを尊敬していたし、マイルスが目標だったんだな〜、ってつくづく思います。

特に、先にお勧めと書いたLP時代B面の2曲は、楽曲のコンセプトについては、しっかりとマイルスのエレクトリック・ファンクジャズのコンセプトを踏襲しています。マイルスのエレクトリック・ファンクジャズのコンセプトを、一般リスナー向けに判りやすく、聴きやすく、ポピュラーにしたとでも言ったらいいのでしょうか。

マイルスから学んで、マイルス・ミュージックを判り易く、聴き易くして、一般向けに仕立て上げていく。ハービーって、マイルス・ミュージックの「伝道師」みないな役割を担っているようで、実に微笑ましく感じます。 でも、この『ヘッド・ハンターズ』は、ほんの序の口。次の『Thrust』から、ハービーの「エレクトリック・ファンクジャズ」の怒濤の快進撃が始まるんですが、その話はまた後日。
 
 
 
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2009年7月15日 (水曜日)

Eric Clapton と Steve Winwood

クリームを再結成させてコンサートを開いたり、スティーブ・ウィンイッドとの合同コンサートを開いて、伝説のグループ「ブラインド・フェイス」を再現させたり、最近、「同窓会」づいているエリック・クラプトン。

ミュージシャンにとって、こういう「同窓会」的なコンサートやアルバム作りって、何か意味があるのかしら。あの年齢になって、旧メンバーが集まって、当時の楽曲を再演したとしても、もう「化学反応」は起こり得ないだろうし、懐かしさだけが漂って、残るものと言えば、過ぎ去った過去と、過ぎ去った時間の重みだけで、なんだか「寂寞感」しか残らないような気がするのだが・・・。

まあ、当時を知っている、つまりクリームを知っているとか、ブラインド・フェイスを知っているというオールド・ファンからすると、「懐メロ」を聴く風情で、遠い青春の日々を振り返って、懐かしさだけがこみ上げてきて、「あの頃は良かったよな〜」なんて思いながら、しみじみと感慨にふけるなんていう「楽しみ方」はあるんだろうけどなあ・・・。

なんだかセンチメンタルな風情で後ろ向きだよな、と思いながら『Live from Madison Square Garden』(写真左)に手を出して、しみじみと耳を傾けてしまう僕ってなんなんだろう(笑)。

Live_from_msg

ブラインド・フェイスの楽曲を中心に、クラプトンとウィンウッドのキャリアの中から、その楽曲のルーツが「ブラインド・フェイス」=「レイドバック的なブルース」につながる楽曲を中心に選曲されている。二人が共同で唯一残したアルバム「ブラインド・フェイス」からは、「 Had to Cry Today」「Presence of the Lord」「Well All Right」「Can't Find My Way」の4曲がチョイスされている。ボリューム的にはCD2枚、全21曲が収録されている。いや〜、てんこ盛りですなあ。

さすがに、テクニックに優れた百戦錬磨の二人のこと、演奏の内容、演奏の密度は水準以上。オールド・ファンには、なんとか楽しめる内容になっている。二人とも音楽の根っこは「ブルース」。その「ブルース」を、スワンプな、アメリカン・ルーツ・ミュージック的な雰囲気に包んで、独特の「寛ぎ感」と余裕ある「渋さ」を醸し出している。

でも、最近の若い「ロック者」の方々には、このアルバムはどう聴こえるのだろうか。クラプトンの新しい魅力を見出すのか、スティーブ・ウィンウッドという名前を初めて聴いて興味を持って、彼の昔のアルバムを漁るのか、そこのところって、どうなんだろう。『Live from Madison Square Garden』を聴いていて、ふと思う。

この「同窓会」的な再会セッションって、本人たちにとって、そして、当時を知る僕たちオールド・ファンにとって何か意味のあるものだろうか、と・・・。なんだか、このアルバムを聴き終えて、精神的に、ちょっとだけ重い疲労感と寂寞感が残ったのは事実である。

ブラインド・フェイスは当時のオリジナル・アルバムが一番。あの時代の勢いとあの時代の雰囲気がキラキラしていて、やっぱりオリジナルに勝るもの無し。う〜ん、やっぱし、ブラインド・フェイスのオリジナル・アルバムを聴こう、っと(笑)。
 
 
 
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2009年7月14日 (火曜日)

ジャズ喫茶で流したい・5

関東甲信越地方は梅雨が明けた。平年より6日、昨年より5日早いそうだ。確かに晴れている。確かに暑い。う〜ん梅雨が明けたかぁ。夏だ、本格的な夏だ。実は夏は大好き。でも、通勤の暑さは大嫌い。会社に行かなくていいなら、こんなに素敵な季節は無い。

で、ジャズの話。今日は、「ジャズ喫茶で流したい」シリーズの第5弾。自分が本当のジャズ喫茶を持っていたなら「こんなアルバムを流したい」というような、ちょっとマニアックだけれど、ジャズ者初心者の方々にも楽しめるアルバムをご紹介している。その5枚目である。

これは、なかなか面白いアルバムである。Art Blakey『The Jazz Messengers (Columbia)』(写真左)。じっと聴けば、バックのドラムはアート・ブレイキーなのは直ぐに判る。ということは、ジャズ・メッセンジャースのアルバムなんだろうと想像はつく。

音を聴くと収録年はかなり古い時期のものだということも判る。音の様子から1950年代前半〜半ばの音の雰囲気である。演奏のトレンドは、ハードバップ初期。未成熟ではあるが、ハードバップ演奏の骨子はしっかりと組み込まれている。ハードバップ初期のジャズメッセンジャースか、と「あたり」をつける。

ピアノは、そこはかとなくファンキー香る、ホレス・シルバーだと判る。だとすると、ブレイキー&シルバーが席を同じにした、初期のジャズ・メッセンジャースの演奏と確信する。ちなみに、ベースはダグ・ワトキンス。しかし、この溌剌としたトランペットは誰なんだ。このガッツのあるテナーサックスは誰なんだ? という疑問がわく。

とにかく、全編に渡って、はちきれんばかりのブラスの響きを煌かせながら、溌剌とした、テクニック溢れるトランペット。この頃には、既にブラウニー(クリフォード・ブラウン)はいない。逆に、ブラウニーのような天才的な驚嘆もののトランペットとは、ちと違う。誰だ? 

Jazz_messengers

パーソネルを見ると、ケニー・ドーハムとある。「ええっ〜」と思う。これが、ケニー・ドーハムのトランペットなのか? ドーハムのペットって、もっと穏やかで、テクニック的にも、もうちょっと、ふらつきがあるんじゃあなかったっけ。このセッションでのドーハムは違う。吹きまくっている。ここまで吹けるトランペッターだったことに、ちょっと驚く。

同様に、このガッツ溢れ、ガンガン吹きまくるテナーは誰だ? といって、テクニック的には超絶技巧とまではいかない。超絶技巧とまではいかない、ということは、ロリンズでもコルトレーンでもない。でも、音も太く、勢いで吹ききるその様は、絵に描いたようなハードバッパーそのもの。誰だ?

パーソネルを見ると、ハンク・モブレーとある。「ええっ〜」と思う。これが、ハンク・モブレーのテナーなのか? モブレーのテナーってもっと穏やかで、もっと細身の音色ではなかったか。特に、音の太さには驚く。モブレーって、ここまで吹けるテナー奏者だったことに、ちょっと驚く。

このアルバムの面白さは、絵に描いたようなハードバップ的な演奏が、よどみなく、全編に渡って繰り広げられていること、 そして、溌剌としたケニー・ドーハムのペット、とガンガン吹きまくるハンク・モブレーのテナーの存在。これ、ジャズ喫茶でかかったとしたら、このペットとテナーって誰だ?って、絶対にジャケットを確認にいってしまう。

意外や意外、初期ジャズ・メッセンジャースの「隠れ名盤」だと思います。ジャズアルバムの紹介本、ましてや、初心者向けの案内本には、全くといってよいほど、取り上げられることの無いアルバムなんですが、これって、ドーハムとモブレーの意外性もあって、お勧めのアルバムです。

絵に描いたようなハードバップ的な演奏が、よどみなく、全編に渡って繰り広げられていて、聴き進めていくうちに元気が出てくる、ポジティブな内容のアルバムです。夏の暑さを吹き飛ばすように、大音量でジャズ喫茶でかけたいアルバムのひとつです。
 
 
 
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2009年7月13日 (月曜日)

瑞々しいファーストアルバム

最近、ジャズ・ギターをよく聴く。遠い昔、大学に入ってジャズ者になって以来、ジャズ・ギターは、僕の中では、一番プライオリティが低い楽器だった。が、このところ、ジャズ・ギターが面白くて仕方がない。これだけ、個性を競う楽器というのも、なかなか無い。

最近、やっとパット・メセニーに行き着いた。でも、ジャズ者初心者の時、パットだけは、ちょっとだけアルバムをコレクションした。で、パットのアルバムを聴いて、何故か「このジャズ・ギターは、正統派のジャズ・ギターではない。フュージョンが入っている。まず、正統派ジャズ・ギターを聴いてから、パットを聴くべきだ」と思ってしまったんですね。それから暫くパットはお蔵入り。

この5〜6年、ジャズ・ギターを綿々と聴き進めてきた。ビ・バップ時代〜ハード・バップ時代に活躍したギタリスト中心に聴き進めてきて思うのは「ジャズ・ギターは意外と面白い」ということ。ギターって、弾き方、ギターの種類、アタッチメント、などなど、個性を形成する要素が多々あって、他の楽器より、個性のバリエーションが多岐に渡っており、フォロワーというのがあまりいない。いわゆる個性の集まりなのだ。

で、パット・メセニーである。初リーダー作『Bright Size Life』(写真左)を聴く。1975年12月の作品。パーソネルは、Pat Metheny (el-g), Jaco Pastorius (el-b), Bob Moses (ds)。なんと、あの伝説のエレクトリック・ベーシスト、ジャコ・パストリアスが参加しているのだ。

全編、実に瑞々しい音の詰まった、素晴らしい内容のアルバムである。パット・メセニーのギターの個性は、既にこのリーダー作で、ほぼ完成されている。冒頭の「Bright Size Life」の最初のギター・フレーズを聴いただけで、パットだと判る、その強烈な個性。
 

Bright_size_life

 
音的には、ビ・バップ時代〜ハード・バップ時代に活躍したギタリスト達の「正統派ジャズ・ギター」の雰囲気とは一線を画した、いわゆる「ニューエイジのジャズ・ギター」。ジョン・アバークロンビー、ジョン・スコフィールド、ビル・フリゼールなどと並んで、1970年代に台頭してきた、新しい世代のジャズ・ギタリスト共通の音がする。

エコーを、やや深くかけて、アタッチメントを効果的に活用した、シンセサイザーの様な、中性的というか、広がりのある「コズミックな音」。それでいて、翳りのある、ウェットな音で、ジャジーな雰囲気をしっかりと醸し出す。パットの場合は、加えて、ネイチャーな音の広がりとフォーキーな素朴さが、彼独特の個性を形作る。この『Bright Size Life』には、パットの個性がギッシリと詰まっている。

しかも、ジャコとの絡みが凄い。パットが旋律を弾き進める。ジャコは、ベースラインをなぞってビートを供給することはしない。パットの旋律に絡むように、時にはユニゾン、時にはハーモニー、時には、パットの音の隙間を埋めるように、時には、パットの音に寄り添うように、フリー・ジャズの様にエレベを弾き進める。

それでいて、パットの音とぶつかることはなく、パットの音と重なることなく、パットの音をしっかりと引き立たせている。そして、ベースとしての基本的使命、ビートの供給を旋律の流れの中で実現する。これって凄い。これぞ天才の成せる技である。聴けば聴くほど、ジャコの天才的なベースラインと超絶技巧なテクニックに唖然とする。

ボブ・モーゼスのドラムが、ちょっと単調、かつイマージネーション不足で、イマイチなのが玉に瑕ですが、パットとジャコを向こうに回して、健闘はしています。このアルバムで気になると言えば、モーゼスのドラミングですが、平均点は十分キープしていると思います。そのマイナス面を埋めて余りある、パットとジャコの掛け合い、コラボです。

実に「瑞々しい」ファーストアルバムです。もっと広く勧められても良い名盤だと思います。意外と、パットの代表的アルバムとして、ジャズ初心者向けのアルバムとして、採り上げられることが少ないんですよね。意外です。僕は、ジャズ者初心者の方々にお勧めしたいですね。1975年の録音とはいえ、新しさはまだまだ感じることができます。良いアルバムです。
 
 
 
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2009年7月12日 (日曜日)

ミンガスを克服するコツ・3

チャールズ・ミンガスを克服するコツの「第3弾」である。第1弾、第2弾(7月5日のブログ6月17日のブログ)と直接チャールズ・ミンガスのリーダー作を避けながら、ミンガス・ジャズの特徴に触れるアプローチをとった。で、いよいよ、第3弾にして、チャールズ・ミンガスのリーダー作に触れることになる。

チャールズ・ミンガスという人は、初リーダー作の『Pithecanthropus Erectus』(1956年)から、遺作となった『Something Like A Bird』(1978年)まで、彼のキャリアの中で、ベーシストとしての演奏内容は超一流のテクニックを誇り、アレンジャー&コンポーザーの才は、常にピークを保っていたと思う。多少の出来不出来の差はあるが、それは平均点が高いところでの「出来不出来」で、とにかく、ミンガスのリーダー作に駄作は無い。

よって、どれを選んで聴いても良いんだけれど、やはり、ミンガスのリーダー作入門としては、比較的耳あたりの良い、聴いていて楽しい、聴き心地の良いものが良いだろう。無骨で男気満載のミンガス・ミュージックにそんな都合の良いアルバムがあるのか、という声が聞こえてきますが、これがあるんですよ。

1976年リリースの『Cumbia & Jazz Fusion』(写真左)。LP時代のA面を全て占める名演「Cumbia & Jazz Fusion」、B面の全てを占める名曲「Music For "Todo Modo"」。共に、収録時間20分を超える大作を収録する、ミンガス晩年の傑作である。

"Cumbia(クンビア)"とは、カリブ船沿岸の黒人たちが多く住みついた漁村を中心に広がった、南米の北端に位置するコロンビアを代表する音楽のこと。アフリカっぽく、のどかな音楽です。その"Cumbia"的な演奏が、「Cumbia & Jazz Fusion」の冒頭、鳥の鳴き声のSEをバックに、笛と太鼓で奏でられます。そして、しばらく長閑な"Cumbia"的な演奏が続き、突如、ジャズ・オーケストラな演奏がブワーっと始まります。この部分、ダイナミックで良い展開です。

Cumbia_jazz_fusion

ミンガス・ミュージックの真骨頂は、ジャズの歴史的な演奏方法、演奏トレンドの全てが詰まっていて、それが違和感なくミックスされ、展開されていくことでしょう。基本はハード・バップなんですが、ビ・バップあり、モードあり、フリーあり、ファンキーあり、不協和音から協調和音、オーケストラな演奏からコンボ演奏まで、それこそジャズの歴史的奏法、歴史的トレンドを詰め込んだ、めくるめく「ジャズ絵巻」的な演奏が素晴らしい。

この「Cumbia & Jazz Fusion」は、収録時間28分ちょっと。その28分の演奏は、めくるめく「ジャズ絵巻」そのもの。クンビアの長閑でホンワカした演奏から、ハードなジャズ・オーケストラまで、素晴らしい展開が体験できる優れものです。全体的にスピード感のある、非常に優れたジャズ・オーケストラだと思います。ミンガス的な、ちょっと捻った、ちょっとダークな「黒さ」は、この演奏では影を潜めているので、非常に聴きやすいミンガス・ミュージックになっています。

2曲目の「Music For "Todo Modo"」は、トランペットやサックスのフロント楽器による映画音楽的なロマンティックなテーマ演奏から入ります。それが5分ほど経つと、ちょっと捻りの入ったフリーキーな演奏に早変わり。ややアブストラクトな演奏なんですが、そのフリーな度合いが優しいレベルで、聴きやすい「アブストラクトさ」ですので、怯まないで聴き進めて下さい。再び、映画音楽的なロマンティックなテーマ演奏に戻り、次にやって来るのは、正統派ハード・バップな演奏。ミンガスの太いベースが炸裂しています。

大作2曲なんですが、全く飽きません。ミンガスの「アレンジャー&コンポーザー」としての最高作の一枚でしょう。曲の構成、演奏内容、どれをとっても素晴らしい。そして、何より「聴きやすいミンガス」がここにあります。ジャズ者初心者の方のミンガス入門に最適なリーダー作として大推薦です。

この『Cumbia & Jazz Fusion』、なかなかCD化されなくて、1990年代半ばには、米国RhinoにてCD化されたのですが、日本では入手困難で、なんとかして、手に入れたいCDのひとつでした。1999年の秋に、米国西海岸に出張した折に、サンフランシスコのタワレコで、この『Cumbia & Jazz Fusion』のCDを見つけた時は嬉しかったですね〜。即ゲットして、喜び勇んで日本に持ち帰ったのを思い出しました(笑)。
 
 
 
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2009年7月11日 (土曜日)

『Heads』と対の『Touchdown』

久しぶりに朝から晴れ。風もちょっと涼しく、ここのところの圧倒的な蒸し暑さも小休止の、我が千葉県北西部地方。午後からちょっと曇ったけれど、雨にも降られず、久しぶりに気候的に気分の良い週末ですた。

さて、先週のブログ(7月4日)で、ボブ・ジェームス(Bob James)の最高傑作『Heads』について語りましたが、今日は、この『Heads』と対をなす内容の、彼のリーダー作としては6枚目の『Touchdown』をご紹介しましょう。

この『Touchdown』は、1978年のリリースになりますが、前年の1977年にリリースされた『Heads』と内容的には、兄弟アルバムみたいな、対をなすようなアルバムです。『Heads』と『Touchdown』と併せて、2枚組のアルバムに仕立てても、まったく違和感のない、『Heads』と同様に、ボブ・ジェームス渾身の名曲、名アレンジが冴え渡っています。

『Heads』は、「We're All Alone」がボズ・スギャックスの、「I'm in You」は、ピーター・フランプトンのヒット曲のカバーが秀逸で、どちらかと言えば、ボブ・ジェームスのアレンジの冴えが素晴らしいのですが、この『Touchdown』は、ボブ・ジェームスのオリジナル曲が素晴らしく、ボブ・ジェームスのコンポーザーとしての素晴らしさを体験できます。

収録されている曲はどれも素晴らしい出来で、甲乙付つけがたいのですが、冒頭の1曲目「Angela [Theme from Taxi]」と2曲目の「Touchdown」は、テレビ番組のBGMで良く使われており、馴染みのある、どこかで聴いたことのある、実にポップで、充実した演奏です。
 

Touchdown

 
ボブ・ジェームスの音世界の特徴が全て凝縮されて、曲の「ここそこ」に散りばめられており、その素晴らしさと煌めきに、頭がクラクラするみたいです(笑)。特に「Touchdown」でのディビッド・サンボーンのサックスのソロがカッコ良い。いい音で鳴っています。しかも、この「Touchdown」のブラス・アレンジ。痺れます。

この冒頭の2曲が、あまりにも印象の強い演奏なので、3曲目以降の曲について、印象が薄くなりがちですが、どうしてどうして、素晴らしい演奏ばかりです。特に、LP時代のB面だった「Sun Runner」「Caribbean Nights」は、ハードな側面あり、ソフト&メロウな側面あり、メリハリの効いた、上質のフュージョンに仕立て上げられており、ボブ・ジェームスのセンスと力量をつせ付けています。

ここまでくると、この『Touchdown』では、ジャズの要素をベースにした、従来のクロスオーバー〜フュージョンではないですね。ジャズの要素の融合具合をちょっと多くした、ポップなエレクトリック・インスト、所謂、純粋な「フュージョン・ミュージック」となっています。純ジャズが中心のジャズ者の方々にとっては、これって絶対に「ジャズじゃない」でしょうね。第一に「未再現性」が前提になっていない(笑)。でも、広く音楽として捉えれば、このアルバムは「優れた音楽」の方に属するものだと思います。

1978年と言えば、米国音楽界は「ソフト&メロウ」ブーム。この『Touchdown』は、フュージョンのジャンルの中で、この「ソフト&メロウ」ブームに、いち早く追従したアルバムの一枚、という評価もできるのではないでしょうか。

このボブ・ジェームスの6枚目のリーダーアルバム『Touchdown』。なぜ、"Touchdown"と名付けたのか。"Touchdown"とは、アメリカン・フットボールの用語で、ボールを持って相手のゴールエリアに入ると得点ゲットになるのですが、この時、ゲット出来る得点が「6点」。その「6点」にかけて「6枚目」のアルバムだから『Touchdown』。お後がよろしいようで・・・(笑)。
 
 
 
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2009年7月 9日 (木曜日)

ありそうで無い「異色デュオ」

はい、今日はジャズの話題になります。ジャズ者の方々、お待たせしました。また、70年代ロック者の皆さん、また書きますから、それまでお楽しみに(笑)。

ミシェル・ペトルチアーニ(Michel Petrucciani・愛称「ペト」)のアルバムを組織的に聴き進めているのだが、ペトの後期、仏のドレフュス・レーベルに移籍してからのペトのリーダー作は、意欲的な編成のアルバムが多い。今日、ご紹介する『Conference de Presse, Vol. 1&2』(写真)は、ありそうで、これが「なかなか無い」、ピアノとオルガンのデュオ。

ピアノとオルガンのデュオ。どちらも同じ「鍵盤楽器」。旋律楽器と打楽器の両方の機能を兼ね備える。つまり、同じ鍵盤配列の楽器であるが故、音が重なったり、ぶつかったりする可能性が高い。打楽器の側面では、ビートがずれる可能性が高い。故に、同じ「鍵盤楽器」で音色が違うので、デュオとして、ありそうな組合せなのだが、これが「無い」。実は、僕は不明にも聴いたことが無い。

なので、この『Conference de Presse, Vol. 1&2』の存在を知ったときは「ビックリ」した。ピアノの連弾はあるが、この場合、かたやオルガンである。ピアノの連弾の場合は、同じ音質なので、ユニゾンとハーモニーが綺麗に響く。でも、ピアノとオルガンって、どうなんだろう。

しかし、まず『Conference de Presse, Vol. 1』の冒頭「Grelots」を聴いただけで、その懸念は杞憂であることが判る。エディー・ルイスのオルガンとミシェル・ペトルチアーニのピアノが、とにかく「格好良い」。
 

Conference_de_presse

 
前に出る、後ろに回る。旋律を奏でる、ビートを刻む。モードを基本に自由にアドリブ展開する、相手の音を阻害しない。そんな心憎い、きめ細やかな相互補完の関係をしっかりと維持しながら、静と動、陽と陰というコントラストをしっかりと表現しつつ、ドライブ感溢れるインプロビゼーションを繰り広げる。

いやはや、この二人の力量とはいかばかりなるか。ただただ感嘆するばかりである。軽快、ロマンチック、センシティブ、ダイナミック、そして限りなくジャジーでブルージー。そして、凄いテクニックです。アルバムの収録曲を聴き進めていくと、あまりに素晴らしいデュオ演奏なので、終いには「アハハハハハっ」と、降参の笑いが出てしまいます。ライブの聴衆も、その演奏内容に感嘆している様子が手にとるように分かります。このライブ演奏が目の前で行われたら、そりゃ〜大興奮ですよね〜。

『Conference de Presse, Vol. 1&2』に収録されている演奏は全て素晴らしい。ライブ演奏ですが、演奏内容にライブが故の破綻は全く無い。恐らく、エディー・ルイスのオルガンとミシェル・ペトルチアーニのピアノ、しっかりとリハーサルと本番ギグを繰り返して、満を持してのライブ録音だったのだろう。ほぼほぼ、パーフェクトな内容です。

ピアノとオルガン、旋律楽器としては、ロマンティックになり過ぎたり、センシティブになり過ぎたりするのだが、この二人の演奏には、そんな「甘さ」は微塵も無い。しっかりとお互いを律しつつ、実に硬派なデュオ演奏を展開するのは、実に立派です。良いアルバムです。ジャズ者の方々、全てにお勧めのライブ盤です。
 
 
 
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2009年7月 8日 (水曜日)

Rod Stewart & Faces Live

昨日に続いて、70年代ロックのネタである。昨日、今日と、バーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」の松和のマスターとしてのブログネタなので、ジャズ者の方々には、しばし我慢されたい(笑)。

フェイセズのアルバムをずっと聴き直してきて、いよいよラスト・アルバムである。邦題『ロッド・スチュワート & フェイセズ / ライヴ』、正式名『Coast to Coast: Overture and Beginners』(写真左)である。73年にアメリカで録音されたライブ・アルバム。イアン・マクレガンのピアノ、ロン・ウッドのギター、山内テツのベース、ケニー・ジョーンズのドラムス、そして、ボーカルはロッド・スチュワート。

版権の関係でトラブったり、カバー曲が多いとか、録音状態が悪いとか、ロッドが目立ちすぎるとか、発売当時より、評論家やファンから、何かと辛口のコメントが多いアルバムだが、僕はそうとは思わない。大学時代に初めて聴いて以来、僕にとって、このライブ・アルバムは、フェイセズのベストである。

70年代前半、幾多のロック・バンドがデビューしてきたが、スタジオ録音の出来は良くても、ライブ・アルバムは「なんだかなあ」な出来、「トホホ」な出来が多い中、このフェイセズのライブ・アルバムは素晴らしい内容である。当時のロックというジャンルの「良い意味でのラフさ」と「ノリ優先、疾走感優先のグルーブ感」を思いっきり前に押し出した、フェイセズの最高傑作である。
 

Faces_live

 
ライブ・バンドとして超一流と呼び声高いフェイセズの面目躍如たる、グルーブ感とノリが素晴らしいライブ・アルバムである。とにもかくにも、フェイセズ独特の「ラフさ」がたまらない。そして、このライブ・アルバムでは、ロッドのボーカルが前面にフィーチャーされる。これまた、ロッドのボーカルの素晴らしいこと。

そして、ロン・ウッドのギターが、これまた「良い」。細かいことは言わない、ノリとグルーブ感を最優先させたリフは、ロンの唯一無二な音。ロックンロール・ギタリストの特質が前面に押し出されて、上質のグルーブ感を生み出している。

このライブ盤を聴いていると、フェイセズって、やっぱり、後から入ってきたロッドとロンの音楽性、資質が反映されたバンド・カラーだったことが、そして、そのロッドとロン中心のバンド・カラーが、フェイセズにとって一番良い選択だったことが良く判る。

このライブ・アルバムでのフェイセズは、ロックにとって、一番大切なグルーブ感とノリ、そして印象的なフレーズと圧倒的に上手いボーカル、それらが全てを兼ね備えている。さすがライブ・バンド。そういう意味で、フェイセズは、70年代ロックバンドとして、一流のバンドのひとつとして数えられて良いと思います。

良いライブ・アルバムです。演奏している者、歌う者、皆、実に楽しそうにパフォーマンスしています。これだけ楽しそうなのに、解散してしまう訳です。当時のメンバーそれぞれの、若さ故の我が儘を感じるし、エゴから来る分別の無さを感じて、ちょっと虚しくなってしまいます。

が、再結成の噂もあるので(そう言えば再結成したのかしら)、歳を取って、分別のある大人になったメンバーが、今度は、どんな音を、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか、なんだか楽しみになってきました。
 
 
 
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2009年7月 7日 (火曜日)

『E.C. Was Here』とは ...

ロック・ギタリストの真価は「ライブ」で試される。スタジオ録音では、何度も録音し直すことが出来る。でも、ライブ録音は違う。

基本的には、録音し直しことは出来ない。ライブ録音した後、気に入らない部分を、後のスタジオ録音で差し替えたり、オーバーダビング(追加録音)はできるが、それでも、ライブ録音したベースの部分は取り直し出来ない。そういう意味で、ロック・ギタリストの真価は「ライブ」で試される。

大阪のお嬢から、John Mayerの『Where The Light Is:John Mayer Live In Los Angeles』を紹介された。これが「実に良い」。70年代ロックを専門に聴き続けている「耳」にも、このJohn Mayerのライブアルバムには脱帽である。素晴らしく魅力的なボーカルもさることながら、特に、エレキ・ギターを携えた「現代版ブルース・ロック」には目を見張るものがある。久しぶりに、今のロックの音を体感して、心から「感動した」。

このJohn Mayerの「現代版ブルース・ロック」を聴いていて、心の中に懐かしさが漂ってきて、いきなり聴きたくなったアルバムがある。1975年8月にリリースされた、Eric Claptonの『E.C. Was Here』(写真左)である。1970年代エリック・クラプトンの秀逸なライブアルバムである。

当時、1974年に『461 Ocean Boulevard』で、麻薬禍から立ち直り、レイド・バック路線まっしぐら。1975年3月には、レイド・バックしまくった『There's One in Every Crowd(邦題:安息の地を求めて)』をリリースするに至り、アルバム・セールスは当初期待通りにいかず、翳りが見え始める。

これでは「いかん」と思ったレコード会社。売れていた頃のクラプトン、つまり「ブルース・ロック」時代のクラプトンをイメージできる、「ブルース・ロック」中心のライブ・アルバムを画策した。それが『E.C. Was Here』。1975年8月急遽リリースされる。

Ec_was_here

僕の『E.C. Was Here』の初体験は高校2年生である。映研の部室で、「やっぱ、クラプトンはブルースやで〜」と、とある女の子から、このアルバムを借り受けた。当時、プログレ小僧だったので、クラプトンと言えば、レイド・バックのクラプトンしか知らない。しかも『レイラ』は未体験。この『E.C. Was Here』は衝撃だった。ギタリスト・クラプトンが、とにかく「格好良い」。

このアルバムのギターの渋さ、ボーカルの渋さにビックリ。「これがブルース・ロックなのか」と思った(正確に言えば、違うのもあるけど)。このアルバムを聴いて、ロック・ギタリストというもの、その真価は「ライブ」で試される。その真価は「ライブ録音」を聴かなければ判らない、と達観した(笑)。

まあ、今の耳で聴き返すと、このライブ・アルバムの充実度は、クラプトンだけの手柄ではない。サイド・ギターのGeorge Terry、サイド・ボーカリストのYvonne Elliman、ベーシストのCarl Radle など、クラプトンを盛り上げるバック・バンドの功績が大である。特に、サイド・ギターのGeorge Terryは凄い。かなり、クラプトンを「食って」いる。

ジョン・メイヤーは彼一人で凄いんだが、クラプトンはバック・バンドの協力あってのこと。でも、この『E.C. Was Here』は、実に内容充実の、ロック・ギタリストが主役の、秀逸な内容を誇る「ライブ・アルバム」であることは確かである。

しかし、タイトルの『E.C. Was Here』とは「言い得て妙」。クラプトンは、この売れ筋だった「ブルース・ロック」路線には戻ってこなかった。レイド・バックしすぎた路線を修正しながらも、基本的にレイド・バック路線をひた走り、1980年代、MTVの時代には、AORでビジュアルな路線に転身。「アンプラグド」にまで手を染める。

でも、クラプトンの本質は、やはり「ブルース・ロック」路線だと僕は思う。「ブルース・ロック+スワンプ」こそが、ザ・バンドに憧れたクラプトンこそが、クラプトンの本質だと僕は思う。もう一度、バリバリ「ブルース・ロック+スワンプ」なクラプトンが弾きまくるエレギを、心ゆくまで聴き倒したいものである。
 
 
 
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2009年7月 6日 (月曜日)

心地良く「捻れた」ギター

ジャズ・ギターには「正統派ギタリストの流れ」というものがある。ウエス・モンゴメリーしかり、ジム・ホールしかり、バニー・ケッセルしかり、ケニー・バレルしかり。ジャズ・ギターには「これ」と言った正統な流れがある。

でも、その流れに沿わない、個性溢れるジャズ・ギターが、70年代以降、現れ出でつつある。恐らくは、ロック・ギターの影響、フュージョン・ギターの影響だと思われるが、正統なジャズ・ギターを底に置きながらも、シンセサイズされた、若しくは、フレーズが捻れた、フレーズが不協和音している「個性派ジャズ・ギター」の活躍が楽しい。

そんな中で、僕の一番のお気に入りが、ジョン・スコフィールド(John Scofield・愛称「ジョンスコ」)。このギタリストの、心地良く「捻れた」ギターがお気に入りになって久しい。ジョンスコのギターは、心地良く「捻れて」いる。時には「変態ギター」とも言われる。でも悪い意味での「変態」では無い。良い意味での「変態」である。

僕は、特に、70年代〜80年代の、伝統的なジャズのフォーマットをしっかり意識しながら、心地良く捻れたジャズ・ギターを聴かせてくれるジョンスコが好きだ。例えば、1981年にリリースされたライブ盤『Shinola』(写真左)などは、大のお気に入りアルバムの一枚である。
 

Johnsco_shinola

 
どう心地良く捻れているかは、実際に聴いてもらうのが一番なんだが、普通に弾けば良いものを、独特の感覚で、不協和音を押し混ぜて、ちょっと「グニョん」と捻る。この「グニョん」と捻る、不協和音と協調和音が上手く交じったフレーズがたまらなく「良い」。

その音色もクリアなトーンではない。独特のディストーションが聴いた「くすんだ」トーンが、これまた「心地良い」。例えば、4曲目の「Jean the Bean」のジョンスコのソロを聴けば、その感じが良く判る。この独特のくすんだディストーションが病みつきになると、もうジョンスコから離れられない(笑)。

そして、ラストの「Shinola」が、これまたジョンスコの個性を物語る。これって、もうヘビメタでしょう(笑)。でも、ロックの「ヘビメタ」ではない。しっかりとジャズした「ヘビメタ」で、70年代ハード・ロックを体験したジャズ者からすると、これはもう絶対に「はまる」ハードさ、です。

この心地良く「捻れた」ジャズ・ギター、時には「変態ギター」と崇め奉られる、ワン・アンド・オンリーな世界。そして、しっかりとジャズした「ヘビメタ」ギター。後に、1983年より、マイルス・デイヴィス・グループに加入する。さすがは「我らがマイルス」。その慧眼たるや、恐るべしである(笑)。

この伝統的なジャズのフォーマットをしっかり意識しながら、心地良く捻れたジャズ・ギターを聴かせてくれる、『Shinola』というライブ盤。良い感じです。永遠のお気に入りにギターアルバムの一枚です。
 
 
 
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2009年7月 5日 (日曜日)

ミンガスを克服するコツ・2

いやはや、我が千葉県北西部地方、今年は梅雨らしい梅雨の気候なんだが、それだけに、ちょっとでも晴れ間が見えると、蒸し暑いのなんのって。昔に比べて日差しがきついんだろう、とにかく、日差しが戻ってくると、モワーッとした湿気が蔓延して、とにかく体にこたえる。

いきおいエアコンをつけて、除湿に努めることとなる。これって、全くエコじゃない。と思いつつ、体調の悪さを鑑み、今日一日、エアコンをつけて過ごす。まあ、学生時代から、この梅雨の季節は体調的に、大の苦手なんで、慣れていると言えば慣れているんだけど、最近はちょっと辛くなってきた(笑)。

さて、2009年6月17日のブログ(左をクリック)で「ミンガスを克服するコツ」の第1ステップを書いた。で、続きはどうした(笑)ということで、今日は「ミンガスを克服するコツ」の第2ステップ。

ミンガス・ミュージックは、その曲想、演奏の雰囲気が独特である。その「独特さ」に、確実に慣れることが、ミンガス・ミュージック克服の第2ステップである。第1ステップでご紹介したのが、ミンガス・ダイナスティの『Chair In The Sky』。そして、今日、ご紹介する第2ステップは『ミンガス』(写真左)。ウエストコースト・ロックの才女、ジョニ・ミッチェルのアルバムである。

実は、このアルバム、ミンガスとのコラボ・アルバムになるはずだったところが、アルバム作成中にミンガスが他界してしまい、急遽、追悼アルバムとなった、曰く付きのアルバム。つまりは「ミンガス・トリビュート」的なアルバムである。よって、ミンガスの実際の演奏への参加は無い。曲間随所にモノローグに近い、ミンガスのやり取り(会話)が収録されているだけですが、これが、かえってリアリティーがあって、ミンガスの存在を強くアピールしている。
 

Joni_mingus

 
演奏される楽曲も、ジョニ・ミッチェルからすると、相当に異色なものである。これって、もう純ジャズでしょう。それも、当時の環境からすると、相当に先進的なジャズの演奏になっているのが凄い。パーソネルを見渡すと、錚々たるメンバーが参加し、本気の演奏を聴かせてくれる。ウェイン・ショーター(ts)、ピーター・アースキン(ds)、ジャコ・パストリアス(b)、ハービー・ハンコック(key)。このメンバーって凄くない?

特に、ジャコのエレベが凄いグルーブを醸し出していて、感動に次ぐ感動です。このエレベ、実に硬派で実にソリッドで、実に職人的で、エレベとアコベの違いはあれど、この時点で、ミンガスの後を継ぐ者としては、ジャコが適任だったと思います。それほど、ジャコのエレベは、ミンガス・ミュージックの本質をしっかりと掴みつつ、ジャコの個性を織り交ぜて、次世代のミンガス・ミュージックを垣間見させてくれます。

Jazz傾倒期のジョニ・ミッチェルの最高傑作との呼び声高いアルバムですが、ジャズ者の私としては、これって、もう立派なジャズ・アルバムだと思います。しかも、ミンガス・ミュージックを体感するに、実に相応しい音が詰まっています。このアルバムで、ミンガス・ミュージックの雰囲気をしっかりとつかみ取って欲しいと思います。

ジョニ・ミッチェルの歌唱も、情感こもって、鬼気迫るものあって、かなり良し。バックの錚々たるジャズ・ミュージシャン達の演奏も素晴らしい。参加メンバーの全ての、ミュージシャンとしての「矜持」をビンビンに感じる演奏に脱帽です。

良いアルバムです。というか、異色のアルバムです。ウエストコースト・ロックの才女、ジョニ・ミッチェルの面目躍如、というか、これは奇跡的な、再現性の全く期待できない、一期一会のアルバムだと思います。
 
 
 
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2009年7月 4日 (土曜日)

Bob James の最高傑作

今年は実に梅雨らしい天気が続く、我が千葉県北西部地方。これだけ天気が悪いと、持病(というか職業病)の腱鞘炎の具合が悪い。右腕が痛み、その痛みが右肩から首の付け根まで走ると「とても辛い」。まあ、もうこれは長年連れ添ってきた、この季節ならではの「持病」なので我慢するしかない。

こんなに体調がすぐれない時は、長年聴き慣れた、長年聴き親しんだアルバムを聴くのが一番良い。というか、新しいアルバムを集中して聴くどころでは無いので、聴き親しんだアルバムでないと気が紛れない(笑)。

で、今日は、Bob James の『Heads』(写真左)。これ、以前何度かお話ししたが、私が、フュージョンのアルバムの中で、初めて購入したアルバムである。Bob James の5枚目のアルバム。コロムビア/CBS傘下に移籍して立ち上げた、自らのレーベル「Tappan Zee(タッパン・ジー)」レーベルの第1弾。

これ、初めて購入してから今までに何百回聴いたかしれないが、このアルバムは名盤ですぞ。収録された6曲(最近の再発盤は「Foot Fetish」が1曲が追加収録されている)とも、ボブ・ジェームス渾身の名曲、名アレンジである。加えて、演奏陣も、その名曲、名アレンジを前に、渾身の名演奏を聴かせてくれる。

フュージョンというジャンルについては「時代の徒花」とか「流行音楽」とか言われるが、この『Heads』を聴くと、フュージョンのジャンルも捨てたものでは無い、いや、フュージョンのジャンルも歴とした「アーティスティックな音楽ジャンルの一つ」であることを実感する。

冒頭の「Heads」の前奏からテーマ演奏にかけて、もうボブ・ジェームス節が炸裂する。特に、このアルバムでは、シンセサイザーの使い方が飛躍的な進歩を遂げている。常にチャレンジを続け、常に発展をつづける、実に意欲的なボブ・ジェームスの面目躍如。
 

Heads

 
そして、2曲目。僕の大好きな、大のお気に入りの名演「We're All Alone」。AORの伊達男、ボズ・スキャッグスの名曲をカバーしたもので、これがこれが実に素晴らしいアレンジ、素晴らしい演奏なのだ。特に、テーマを演奏する生ピアノの、ボブ・ジェームスしか出せない印象的、効果的な響き。そして、アドリブ部でのエレピ(フェンダー・ローズ)の素晴らしいテクニック。バックの演奏陣も溌剌とした、疾走感溢れる演奏で、ボブ・ジェームスのキーボードを盛り立てる。

3曲目「I'm in You」は、ロック・ギタリスト、ピーター・フランプトンのヒット曲のカバーであるが、ボブ・ジェームスのコンテンポラリーな名アレンジによって、全く別の曲のように「再構築」されている。印象的なロック風のビートに載って、ファンキーな楽器ソロが続く。この曲では、ボブ・ジェームスの秀逸なブラス・アレンジも聴くことが出来る。

特に、LP時代のB面だった、4曲目の「Night Crawler」から「You Are So Beautiful」「One Loving Night」の3曲が素晴らしい。若い時は、このB面の良さが判らなかった。ジャズから派生したフュージョンという先入観があって、このB面の演奏の中に、アレンジの中に一生懸命「ジャズらしさ」を探していた。でも、そうじゃないんだよね。

フュージョンというジャンルの音楽って、様々な音楽ジャンルの要素を「取り入れ、融合する」ところまではジャズと同じなんだが、ジャズは「取り入れ、融合した」後、あくまでジャズとして、演奏の底はジャズとして処理する。が、フュージョンは、演奏の底を、ロックやR&Bの様な「ポップ・ミュージック」として処理する。フュージョン演奏の中の「ジャズらしさ」は演奏の底ではなく、「取り入れ、融合する」音楽ジャンルのひとつの要素として作用するのだ。

そういう意味で、LP時代のB面だった、「Night Crawler」「You Are So Beautiful」「One Loving Night」の曲、アレンジ、演奏は凄く格好良い。実に洗練された、極上のポップス・ジャズがここにある。特に、ボブ・ジェームスのアレンジの冴えが凄い。一聴すると「軽音楽」みたいに聴こえるが、「ジャジーな要素」をちょっと濃いめに入れる部分から、みるみる「ジャズ色」に染まっていく様がとにかく素晴らしい。

このアルバムって、ボブ・ジェームスの音世界が確立されたボブ・ジェームスの最高傑作だと僕は思います。曲、アレンジ、演奏、どれをとっても素晴らしい。僕にとって、飽きの来ない、永遠のフュージョン名盤の一枚です。
 
 
 
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2009年7月 2日 (木曜日)

「オモテ名盤・ウラ名盤」って

ジャズのアルバム作りって、収録する予定の曲数よりも多い曲数を収録して、その中から、良い演奏をチョイスしてアルバムにする、という手法が取られることが多い。よって、アルバムに採用された演奏曲は良いとして、日の目を見ない演奏曲もある、ということ。

しかし、そのセッションの演奏の水準が高いと、日の目を見ない演奏曲も、アルバムに収録された演奏曲と比べて、全く遜色のない、優れた出来のものであることが多い。そうすると、レーベルとして「これをお蔵入りにするのは惜しい」ということになり、別のアルバムとして、リリースされることがある。

例えば、ピアニスト Kenny Drew(ケニー・ドリュー)の『If You Could See Me Now』(写真左)。このアルバム、実はドリューの大名盤『Dark Beauty』(2009年5月23日のブログ参照・左をクリック)のアウト・テイク集なのだ。つまり、『Dark Beauty』のセッションの中で、『Dark Beauty』に収録された以外の「お蔵入り」になりそうだった演奏曲をアルバム化したもの。

収録曲は以下のとおり。

1. In Your Own Sweet Way
2. If You Could See Me Now
3. All Souls Here
4. I'm Old Fashioned
5. Free Flight [#]
6. Run Away [Take 3][#]
7. Summer Night [Take 1][#]
8. Stranger in Paradise
9. Prelude to a Kiss
10. This Is the Moment
11. Oleo
 

If_you_could_see_me_now

 
5曲目〜7曲目がLP時代未収録曲。実はこれが「邪魔」なのだ。特に、6曲目の「Run Away」は、とても邪魔。この曲が出てくると、本家本元の『Dark Beauty』と勘違いするというか、混同するので、実に邪魔である。5曲目「Free Flight」、7曲目「Summer Night」も、出来は決して良くない。LP時代に、2枚のアルバムからも漏れた演奏曲なので、CDになって、収録時間が増えたからと言って、このアウトテイクを収録することもなかっただろうに・・・。

でもって、この5〜7曲目はスキップして、LP時代の『If You Could See Me Now』にして鑑賞する。と、これが良いんですね〜。冒頭の「In Your Own Sweet Way」から、ドリューの黒光りする、そこはかとなくファンキーなピアノが実に良い。冒頭から弾きまくりである。続くスローなバラード「 If You Could See Me Now」も良い。実に優雅である。実に趣味がよいバラード演奏。

そして、3曲目の「All Souls Here」は意外と言えば意外。バップ系ピアニストのドリューが、絵に描いたような、ゴスペルチックでファンキー、アーシーでフォーキーな演奏をするとは思わなかった。いや〜、これが実に楽しそうで、実にリラックスした演奏なのだ。ドリューがヨーロッパに渡って、郷愁の念はあれど、ジャズを演奏する環境としては「幸せ」だったことが偲ばれる、実に楽しい、実にファンキーな演奏である。

俗っぽいテーマが難物で、なかなか決定的ジャズ演奏にお目にかかれない(お耳にかかれない?)「Stranger in Paradise」も大健闘。ラストがフェードアウトなのが惜しいが、なかなか硬派な「Stranger in Paradise」が聴ける。バップ系ピアニスト、テクニックと優雅さのバランスが取れたドリューの面目躍如的な演奏である。

良いアルバムです。オモテ名盤を『Dark Beauty』とするならば、この『If You Could See Me Now』は「ウラ名盤」。『Dark Beauty』は正統派ジャズ名盤なのは疑いもない事実ですが、実は、CDトレイに載る回数が多いのは『If You Could See Me Now』だったりする。

親しみのある選曲とリラックスした雰囲気という観点では、ウラ名盤の『If You Could See Me Now』の方に軍配が上がるのでは無いでしょうか。『Dark Beauty』と併せて、対で鑑賞することをお勧めします。
 
 
 
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2009年7月 1日 (水曜日)

ドラマティックな「モンク体験」

以前、このブログ、そう2009年6月10日のブログ(左をクリック)で、セロニアス・モンクの「強烈すぎる個性」を感じるには、やはり、リバーサイドの諸作が良い。そんなリバーサイドの諸作の中で、セロニアス・モンクの個性を十分過ぎるほど感じる事ができるアルバムが『Brilliant Corners』。と書いた。

『Brilliant Corners』は、モンクの音楽を感じるアルバムの中でも、ナンバーワンの「優等生的アルバム」である。全編、整っていて実に良くできた、一種アーティスティックなアルバムである。モンクのアルバムの中でも「ナンバーワン」だと僕は思っている。

でも『Brilliant Corners』って、ちょっと整い過ぎかなあ、と思われる向きも無いではない。ジャズ的な一過性を感じるアルバムは無いのか。これがあるんですねえ。同じ、リバーサイド・レーベルから、『Brilliant Corners』の次(?)のリーダー作である『Monk's Music』(写真左)。

1957年6月26日の録音。パーソネルは、Ray Copeland (tp), Gigi Gryce (as), Coleman Hawkins (ts), John Coltrane (ts), Thelonious Monk (p), Wilbur Ware (b), Art Blakey (ds) 。コールマン・ホーキンス(ts)の参加が目を惹く。それから、ドラムのアート・ブレイキー。モンクのピアノは、ブレイキーのドラムと相性が抜群。というか、モンクのピアノに追従できるのはブレイキーだけ、と言って良いのかもしれない。そして、テナーの雄、若き日のコルトレーンも参加。

このアルバムについては、ジャズ本でいろいろと紹介され尽くしているので、敢えて、ここではくどくどと言わない。コルトレーンが、ソロとして出るタイミングが判らず(寝ていたのか?)、モンクに「コルトレーン、コルトレーン」と呼ばれて、いきなりブワーっと出る、とか、小節割りが間違っているだとか、結構、このレコーディングは混乱していた風だが、そりゃあそうで、モンクの音楽は、適当なリハーサルだけで演奏しきれるほど甘くはない(笑)。
 

Monks_music

 
でも混乱していた風ではあるが、この『Monk's Music』に収録されている演奏は、ダイナミックかつ繊細、実にメリハリの効いた演奏ばかり。これぞハードバップ、って感じで、ジャズを強く感じさせてくれる。そして、それぞれのミュージシャンの演奏に、妙に気合いが入っているのが感じられて、それぞれのインプロビゼーションは清々しい。

1曲目の、ゴスペルチックで、賛美歌のような合奏「Abide with Me」で幕を開ける。ジャズは黒人の音楽、ジャズは黒人の誇り、という演奏者達の「矜持」を感じる。そして、モンクのパーカッシブなピアノの前奏で始まりながら、途中でブワッーっといきなり盛り上がって、モンク・ミュージック一色に染まる「Well, You Needn't」。この「Well, You Needn't」が一番の聴きものである。

「Well, You Needn't」のテーマ演奏が終わって、いきなりモンクのソロが展開される。このモンクのソロが凄い。鬼気迫るものがある、というか、凄いテンションのソロ。モンクの特徴、モンクの特質が思いっきり露わになったソロ。このソロに、モンクの個性が詰まっている。クラシック音楽を中心とした、協調和音がベースの「西洋音楽」の真逆を行く「非西洋音楽」的なモンクのピアノ。

この『Monk's Music』と『Brilliant Corners』を聴いて、「モンクって面白い、モンクって個性的」と、モンク・ミュージックに対して好意的になれば、そのまま真っ直ぐ「モンク道」へまっしぐら。でも「コレって何、コレって変」と思ったら、暫くモンクは「お休み」。

実の所、私もジャズ者初心者の時、『Monk's Music』と『Brilliant Corners』、共に、初めて聴いた時、混乱の極みでした。もともと、自らクラシック・ピアノを経験していた耳には、しかも予備知識も無い状態での「モンクのピアノ」は、コペルニクス展開的な「大ショック」でした。それから10年位、モンクは「お蔵入り」でしたね(笑)。
 
 
 
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