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2009年6月の記事

2009年6月30日 (火曜日)

良いステレオで聴きたい。

ジャズのアルバムには、演奏のニュアンスや雰囲気によって、良いステレオ装置で聴きたくなるアルバムがある。

録音状態が良くて、各楽器の音が生々しく聴こえるものや、演奏の強弱のメリハリが効いていて、静的な演奏の部分に微妙なニュアンスが垣間見えて、その微妙なニュアンスが聴きどころなもの、などは、どうしても良いステレオ装置で聴きたくなる。

今回聴いた『Poll Winners Ride Again』(写真左)の、そんな「良いステレオ装置で聴きたい」一枚である。Poll Winners(ポール・ウイナーズ)とは、バーニー・ケッセル(g)、レイ・ブラウン(b)、シェリー・マン(ds)の3人で結成されたトリオ。人気投票で各楽器ジャンルで一位に選ばれた3人による、所謂「ドリーム・トリオ」である。

ファーストアルバムは、2009年4月25日のブログ(左をクリック)でご紹介した『The Poll Winners』。スタンダード曲を中心に、3人の職人芸的な演奏が素晴らしい名盤である。この『The Poll Winners』の好評を受けて、この『Poll Winners Ride Again』は、ポール・ウイナーズのセカンド・アルバムである。

冒頭の「Be Deedle Dee Do」の3者のピッタリと息の合ったユニゾンを聴くだけで、決してファーストアルバムの二番煎じではない、二番煎じどころか、3者が本腰を入れて、十分にリハーサルを積んで、このポール・ウイナーズの演奏に取り組んでいる様子が良く判る。
 

Poll_winners_ride_again

 
その後に出てくるレイ・ブラウンのベースの「ゴリゴリ、ブンブン」と生々しく迫力のあるベースの音。今回のアルバムの収録において、レイ・ブラウンの気合いの入りようが音に現れている。アルバム全編に渡って、レイ・ブラウンのベースの音が凄い迫力で鳴り響く。

そして、バーニー・ケッセルが凄まじい疾走感を持って、ギターを弾きまくる。凄いスイング感、素晴らしいスピード感。バーニー・ケッセルのギターってこんなに凄かったっけ、とビックリするような「カッ飛び」ギターである。

そして、気合い入りまくりの二人をガッチリサポートし、お洒落な合いの手を入れる、職人芸的なシェリー・マンのドラム。繊細かつ硬軟自在なシェリー・マンのドラミングにも、気合いの入れようが感じ取れて、聴いていて、ドキドキ、ワクワクする。収録されたどの曲も素晴らしい演奏です。

3人3様に、硬軟自在、緩急自在、音の「強弱、濃淡、メリハリ」が実に効いていて、素晴らしいトリオ・インプロビゼーションです。このアルバム、1958年の録音なのですが、意外と録音が良いので、3人一体となって、素晴らしいテクニックに裏打ちされたインプロビゼーションのニュアンスを心ゆくまで楽しむには、是非とも「良いステレオ装置」で聴きたいアルバムです。

音の「強弱、濃淡、メリハリ」が、かなり効いた演奏ばかりですので、この『Poll Winners Ride Again』は、iPodで聴くにはちょっと物足りないと思います。特に、歩きながらとか電車の中では、細かい演奏のニュアンスが聴き取れない。勿体ないです。

是非とも「良いステレオ装置」で聴きたいアルバム。こんなアルバムは、本格的なジャズ喫茶でリクエストしたいですね。本格的なジャズ喫茶は、どこも「ステレオ装置」については優れたものばかりです(所謂、商売道具ですからね)。一度、有名ジャズ喫茶で、この『Poll Winners Ride Again』をリクエストしてみたいものです。どんな音で鳴るのでしょうか。
  
  
  
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2009年6月29日 (月曜日)

奇跡的なハードロックの名盤

土日に純ジャズを聴き過ぎたようだ。耳が70年代ロックを欲している。ということで、何故が今日はDeep Purple(ディープ・パープル)。それも、実にベタなんだが、今日は久しぶりに『Machine Head』(写真左)を聴く。

ブルース・ロックから発展して、キャッチャーなフレーズと、ダイナミックな展開を追求しつつ、R&Bの要素を吸収しつつ、70年代ロックの一大ジャンルを形成した「ハード・ロック」。特に、英国ハード・ロックは、その様式美、その演奏力、そして、ビジュアル的要素を含めて、ロック史に残る成果を残した。

その中でも、判りやすく、ロック小僧ご用達、「自分でも演奏出来るのではないか」と錯覚させてくれる(やってみると意外と出来ない・泣)シンプルさと、キャッチャーなリフやフレーズを「これでもか」と「てんこ盛り」、そして、見てパッと判る格好良さで一世を風靡した「ディープ・パープル」。

そんなディープ・パープルのアルバムの中でも、収録された曲の全ての出来が良く、キャッチャーなリフトフレーズ満載、当時の高校生がこぞってコピーに勤しんだ『Machine Head(マシン・ヘッド)』。このアルバム、他のパープルのアルバムと比べると、突出して出来が良い。奇跡的とも言える、パープルをして、突然変異的とも言える傑出したハード・ロックの名盤である。

改めて思うんだが、全編を通じて、特に、リッチー・ブラックモアのギター・リフとイアン・ペイスのドラムが、凄く格好良い。

Machine_head

冒頭の「ハイウェイ・スター」の、出だしの疾走感丸出しのフレーズなんぞ、どうやって思いついたのか、と驚くばかりの出来の良さ。そう言えば、この『マシン・ヘッド』に収録された曲は全て、出だしのフレーズが実に印象的でキャッチャーで、とにかく出来が良い。

そして、極めつけは、お決まりの名曲「Smoke on the Water」。出だしのリフ、「ジャッジャッジャ〜、ジャッジャッジャジャ〜、ジャッジャッジャ〜、ジャジャ〜」と一度聴いたら忘れられないリフ。ロック史上、最高のリフの一つだ。当時、高校生のハード・ロック小僧は、こぞってこのリフをコピーした。

この『マシン・ヘッド』は「判りやすい」のが身上。ハードロックを判りやすく体験できる、70年代ハードロックの入門盤の一枚として、キャッチャーな名盤だと思います。70年代ロック、70年代ハードロックを体験するには避けて通れないアルバムですね。

今回、ヘッドフォンでじっくり聴いてみたら、結構、作りがラフなんだなあ、と思いました。勢い重視というか、執着心が希薄というか、「まあ、この辺でいいかっ」って感じで、各楽曲とも「詰めの甘さ」を感じました。なるほどなあ。昔から、このアルバム、どうも洗練された感じが希薄で、スパッとした切れ味に欠け、どうも「もったりとした」感じが残るのは、この作りのラフさからくるのですね。合点がいきました。

この『マシン・ヘッド』、ハードロックの名盤であることは疑いのないことですが、もう少し、しっかりと作り込んでおれば、更に上を行く「超名盤」となった、と思うとちょっと残念な気持ちも・・・。それほど、このアルバムは「奇跡的なハードロックの名盤」です。
 
 
 
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2009年6月28日 (日曜日)

素晴らしい変則トリオである。

暫く話題にしなかったが、順調に、ミッシェル・ペトルチアーニのアルバムを聴き進めている。ブルーノートの時代、ドレフュス時代、と並行して気に入ったアルバムを順に聴き進めているんだが、どのアルバムもどのアルバムも、なかなか良い出来で、改めて、ミッシェル・ペトルチアーニの偉大さを再認識している次第。

最近聴いた中で、一番感心したアルバムは『Power of Three』(写真左)。Jim Hall (g), Michel Petrucciani (p), Wayne Shorter (ss,ts)の変則トリオのライブ演奏。第20回Montreuxジャズ祭のBlue Note Nightに出演した時のライヴ盤です。トリオ演奏と、ジム・ホールとのデュエット演奏が交じって、その変化が楽しめる秀作です。

これが良いんですね。まず、トリオ演奏が秀逸。テナーのウエイン・ショーターが良いんですね。ショーターって、ちょっと捻くれた、ミステリアスな、宇宙人的なインプロビゼーションが特徴なんですが、このライブでは、意外や意外、オーソドックスな正統派テナーを聴かせてくれています。さすがショーター。基本中の基本はしっかり押さえいるんですね。素晴らしいテナーです。

ジム・ホールとペトの二人が、デュオで演奏する曲は、ビル・エヴァンス&ジム・ホールの『アンダーカーレント』をイメージしてしまうのですが、これがそうはならない。
 

Power_of_three

 
ペトのピアノ演奏は、ビル・エヴァンスの音数を整理した、モーダルな演奏とは違って、タッチにメリハリがあって硬質、インプロビゼーションの展開が、エヴァンスよりダイナミックかつワイド。確かに、ペトはエヴァンスの流れを汲むピアニストではあるが、個性の部分が異なる。

ピアノの個性が異なるので、当然、ジム・ホールの演奏も、ビル・エバンスの時とは異なる。ペトのピアノと重ならないように、ペトのピアノを柔軟に受け止めている。この変幻自在なジム・ホールのギターも聴きものです。こんなにジム・ホールが柔軟なギターを弾くとは思わなかった。特に、伴奏に回った時が素晴らしい。ピアニストのトミー・フラナガンに通ずるものがあります。

収録されたどの曲も、どの演奏も素晴らしい。心地良い緊迫感と躍動感が全編に渡って漲っている。ライブの聴衆も興奮してる様子が良く判ります。そして、ラストのカリプソ・チューン「Bimini」が実に楽しい。思わず踊り出したくなるような躍動感。ソニー・ロリンズの「セント・トーマス」を思い出す。

直前まで、丁々発止と緊張感溢れるトリオ演奏、デュオ演奏を繰り広げてきた後、ガラっと雰囲気を変えて、カリプソを演奏する。そんな「ガラっと曲想が、明るく躍動感あるものに変化する」というところは、ペトの選曲の特徴でもあります。ちなみに、僕は、ハッピーで躍動感溢れる演奏でのペトが一番好きです。ということで「Bimini」は外せない。いつもこのラストの「Bimini」を聴き終えて、心からハッピーな気分になります。
 
 
 
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2009年6月27日 (土曜日)

The Facesの最終作『Ooh La La』

The Facesのアルバムを、ファーストアルバムから、ズ〜っと聴き進めてきて、最終作の『Ooh La La』(写真左)である。1973年のリリース。彼らのオリジナル・アルバムとしてはラストの作品。

前作『馬の耳に念仏』で、The Facesの最高作をものにした訳だが、グループ・サウンドとして、バンドとして、The Facesは、この最高作『馬の耳に念仏』をものにしたお陰で、彼らとしては避けがたい「決定的な問題」を残すことになった。

で、この『Ooh La La』である。収録されている曲それぞれは、まずまずの出来ではある。しかしながら、アルバムとして聴き通してみると、前作で浮き彫りになった課題は、やはり解決するつもりもなく、その課題をそのまま引きずった形で、アルバム作成となっている。

ロッドのボーカルを取った曲と、それ以外の曲とのギャップが実に激しい。それぞれ分けて聴く分には、まずまずなんだが、一枚のアルバムに収録してみると、その曲想、演奏の違いが明確すぎて、アルバム全体としては散漫な印象はぬぐえない。

特に、このアルバム作成の時期、ロッドはソロ活動の方が忙しかったらしく、「Cindy Incidentally」などを聴くと、良い曲、良い演奏なんですが、なんだか全体の作りがラフで、もう少し丁寧に作っておれば、と残念に思う曲が多々あります。「やっつけ仕事」的な内容なんですよね。特にロッドがボーカルを取った曲はそう。

逆に、「Glad and Sorry」のような、英国のトラッド・フォーク、フォーク・ロック路線を優しく歌い上げるロニー・レインなどは、確かに、英国のトラッド・フォーク、フォーク・ロック路線としては良いんですが、前作の『馬の耳に念仏』で確立したフェイセズの個性とは全く違う路線なので、これはこれでどうなんだろうと思う。

Ohlala

「やっつけ仕事」的雰囲気を「良い意味でのラフさ」と見るか、ロニー・レイン中心の英国フォーク・ロック路線をいきなり付け足したことを「バンドとして音の広がりが出た」と見るか、ですが、アルバム全体の作り込み感は弱いですし、英国フォーク・ロック路線の曲では、ほとんどロッドは目立ちません。

グループ・サウンドという観点、グループの音楽性という観点から見ると、このアルバムは「バラバラ感」が強い、ちょっと散漫な印象を受けるアルバムです。個々の演奏、個々の曲を見ると、なかなかの出来なので、実に惜しい。

このアルバムで、フェイセズとしての活動に終止符を打ったということは十分に理解できますし、ロッドが、音楽誌に『Ooh La La』を「あまり良い出来ではない」と評したコメントを発表し、他のメンバーはそれに憤慨した、というエピソードも理解できます。

ロック・バンドの発展、維持って難しいもんやなあ、とフェイセズのアルバムを通して聴く度に思います。これだけのメンバーが一同に会しながら、最高作にして、バンドの実力も持ってしても、解決出来ない課題に直面し、そのままバラバラになって空中分解していく。特に、フェイセズの場合、後から参入してきたロッドとロンの力量が他のメンバーを圧倒していたことが問題といえば問題だったんでしょうね。

決して悪い出来ではないんですが、グループ・サウンドという観点、グループの音楽性という観点から見ると、このアルバムはちょっと残念な結果になっている。何度も言うけど、個々の演奏、個々の曲を見ると、なかなかの出来なんです。個々の演奏、個々の曲を中心に見ると「佳作」でしょう。でも、フェイセズというバンドの成果として見ると「最終作も仕方ない」と、ちょっと寂寞感の残るアルバムです。
 
 
 
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2009年6月26日 (金曜日)

追悼 マイケル・ジャクソン

マイケル・ジャクソンが急逝した。享年50歳。米国R&B界のヒーローであり、天才であった。1970年代ロック専門の僕でも、1980年代、マイケル・ジャクソンの歌には耳を傾けたものだった。

天才であった。大学時代『オフ・ザ・ウォール - Off The Wall』を聴いて、これは凄いかも、と思った。米国R&B界の中で、スティービー・ワンダー、マービン・ゲイの「後を継ぐ者」として、これは凄いアーティストになるかも、と思ったのを覚えている。

でも、マイケル・ジャクソンと言えば、僕が一番印象的なものとして覚えているのは、「ジャクソン5」のリード・ボーカリストとしてのマイケル。1969年のデビューから、4曲連続ナンバーワンという離れ業をやって見せた「ジャクソン5」。「I WANT YOU BACK」「ABC 」「THE LOVE YOU SAVE」「ILL BE THERE」。どれもがR&B、モータウン・ミュージックの名曲である。「ABC 」などは、今でも時々、口ずさむほど。

懐かしいなあ〜。マイケルのボーカルが、とにかく異常なほどに「上手い」。そして「可愛い」。このまま、大人になって欲しかったなあ。個性的で、明るくて、踊りも上手くて、当然、歌は抜群に上手くて・・・。残念だなあ。

Jackson5

ジャクソン5としての名盤の一押しは『Diana Ross Presents the Jackson 5/ABC』(写真左)。全米NO.1ヒットであった「I WANT YOU BACK」「ABC 」「THE LOVE YOU SAVE」が収録されている、凄いアルバム。大学時代を思い出す。「I WANT YOU BACK」「ABC 」「THE LOVE YOU SAVE」「ILL BE THERE」、よく聴いたなあ。

実は大学時代、ジャズにするか、R&B(モータウン・ミュージック)に走るか、迷ったことがある。最終的にジャズを選んだのであるが、今でも、R&B(モータウン・ミュージック)は好きなんだなあ〜、これが(笑)。だからこそ、今回のマイケル・ジャクソンの死は、ちょっとばかし「ショック」ではある。

『オフ・ザ・ウォール - Off The Wall』『スリラー - Thriller』『バッド - BAD』の3枚は、マイケル・ジャクソンの、R&B、ブラコンの門外漢の僕でも、凄いアルバムと思っている。良い音楽には、ジャンル分けは不要である。良いものは良い、悪いものは悪い。マイケル・ジャクソンの音楽は「良いもの」だった。

マイケル・ジャクソンの人生の後半、音楽の世界を逸脱して、奇行に走り出す。とりわけ、ネバーランドの失敗、マイケル・ジャクソン裁判(最終的に無罪を勝ち取ったが・・・)は、彼の天才的な音楽性、ミュージシャンとしての天賦の才を考えると、実に残念な出来事だった。

もう少し、なんとかならんかったのか、なんとかすることは出来なかったのか、と釈然としない気持ちが強く残りますが、もうマイケルはこの世にいない。マイケルよ、安らかに。冥福を祈ります。
 
 
 
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2009年6月25日 (木曜日)

ボブの魅力的な生ピアノの響き

純ジャズばかり聴いていたら、フュージョンを聴きたくなった。最近、ボブ・ジェームスを聴き直しているが、今日選んだのは『BJ4』(写真左)。BJは、ボブ・ジェームスのイニシャル。「4」は4枚目のアルバムだということ。

ファースト、セカンドと、LP時代のB面の冒頭に「はげ山の一夜」「アルルの女」と、クラシックの名曲をジャズ風にアレンジした、実にキャッチャーでコマーシャルな名演を配して、ソロ・デビュー以来、とにかく売れることに、そして、名前を売ることに成功した。確かに、ボブ・ジェームスのファースト、セカンドアルバムは、満を持してボブが放った、渾身の秀作だった。

そして、サードアルバム(09年6月3日のブログ参照)で、一気に、ファンキーでポップになったボブ・ジェームス。ちょっとポップに傾いた分、ジャズ的な雰囲気から、ちょっと遠くなって、硬派ジャズ者の方々からすると「これはジャズじゃない」。確かに、ポップ度が増えた分、ジャズのアルバムといった雰囲気では無い。

で『BJ4』である。少し、ポップ度を下げて、ジャジーな雰囲気を取り戻している。しかも、このアルバムでは、生ピアノの音を前面に押し出した「新境地」を披露している。その魅力的な生ピアノの音は、冒頭の「Pure Imagination」と4曲目「Nights Are Forever Without You」で満喫できる。う〜ん、印象的で魅力的な音。ボブ・ジェームス独特の生ピアノの音作り。良い。大好きだ。
 

Bj4

 
当然、エレピ、フェンダー・ローズも満喫出来る。2曲目「Where The Wind Blows Free」、5曲目「Treasure Island」、そしてラストの「El Verano」。特にラストの「El Verano」のインプロビゼーションでは、魅惑的なフェンダー・ローズのソロが聴ける。良い。素晴らしい。

ブラスの使い方、重ね方は相変わらず素晴らしい。まあ、弦の使い方は「なんだかなあ」なんだけど(写真)。要所要所で「きめてくる」エリック・ゲイルのギターも、実にファンキーでクール。スティーブ・ガッドのドラムは、相変わらずデジタルチックで、凄いグルーブを生み出している。このガッドのドラムが、この頃のボブ・ジェームスの音の「要」となっている。

良いアルバムです。サードアルバムと並んで、ちょっとポップに傾いたアルバムなので、ジャズ・フュージョンの世界では、あまり採り上げられることが無い、ボブ・ジェームスのアルバムとしては「地味」な扱いを受けてはいますが、聴き込む毎に、新しい魅力が発見することができて、一度はまったら、ちょっと病みつきになるアルバムです。

ボブ・ジェームスのCTIレーベルでの最後のアルバムです。この後、自らのレーベル「Tappan Zee(タッパン・ジー)」レーベルを立ち上げて、ボブ・ジェームスの世界を確立していくことになります。
 
 
 
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2009年6月24日 (水曜日)

少ないけど新譜もそこそこ・・・

どうも、このブログ、バーチャル音楽喫茶『松和』って、ジャズの新譜の話が少ないんじゃないの、って、揶揄する声もある。確かに、新譜の紹介は少ないなあ。でも、そこそこに新譜も聴いていますよ。

と言うことで、最近、聴いた新譜で、これはなんだかなあ、と思ったアルバムがある。 The Stanley Clarke Trioの『Jazz in the Garden』。実力派ベテラン・ベーシストのスタンリー・クラークを中心として、なんと、ピアノに「上原ひろみ」が参加するニュー・プロジェクトである。ちなみに、ドラムは、レニー・ホワイト。リターン・トゥ・フォーエヴァーの二人に、ピアノの上原ひろみが参加する形である。

上原ひろみは、日本のジャズ者の中では大の人気者で、今回、上原ひろみが参加している、というだけで、この『Jazz in the Garden』を手放しで褒め称え、5つ星を献上する輩が多いのだが、ちょっと待った。う〜ん、そんなに手放しで褒め称えるような演奏だろうか。

もともと、スタンリー・クラークに「俺はこれだ、これしかない」といった風の確信を持った演奏のコンセプトがある訳では無い。どんな演奏スタイル、コンセプトにも器用に追従することが出来る、それが、スタンリー・クラークの長所でもあり欠点でもある。

そのスタンリー・クラークが一応、このユニットではリーダー格である。でも、このトリオの演奏スタイル、コンセプト、売りが不明瞭のまま、どうも収録が終わってしまったような感じの、実に「不完全燃焼」な、実に「不可思議」なアルバムに仕上がってしまっている。有り体に言うと、メンバー同士での「化学反応」というか「ハプニング」が起こっていない。実に常識的な演奏が続く。
 

Stanley_clarke_trio

 
上原ひろみも、なんだか良く判らない演奏スタイルに終始。レニー・ホワイト。リターン・トゥ・フォーエヴァーの二人を前にして、どうも、遠慮してか、自らそうしたかったのか、チック・コリアを演じてしまったようだ。もったりとして、切れ味がちょっと足りない、ちょっと力足らずのチックのような、実に中途半端なピアノが冒頭から続く。

これはなんだかなあ。リターン・トゥ・フォーエヴァーの二人に、ピアノの上原ひろみが参加して、あまりリハーサルを積み上げ無いまま、演奏コンセプトを議論しないまま、「まあ、皆の好きなように演奏してみよっか」というノリで作っちゃった感じのアルバムで、とにかく、なにが言いたいのか判らない演奏が、冒頭から暫く続く。それぞれも演奏テクニックは流石に一流で、それだけに、このリーダーシップの欠如は惜しい。プロデューサーとしての「スタンリー・クラーク」、しっかりせんかい(笑)。

救いは、ラストの3曲(米国盤ではラストの2曲)、11曲目「Brain Training」、12曲目「Under the Bridge」、13曲目「L's Bop」は、ユニークな演奏。この3曲には、このトリオの個性を感じ取ることが出来る。このラスト3曲(米国盤では2曲)はイケル。上原ひとみのちょっと捻れたピアノ・ソロも面白いし、スタンリー・クラークのベースもグループ・サウンズとして溶け込んでいるし、レニー・ホワイトのドラムも独特のビートを叩き出し始めている。

出来れば、このトリオで、ギグを繰り返して、グループならではの演奏スタイル、コンセプトを確立して、もう一度、スタジオ録音盤をリリースして欲しい。そんな、ポジティブな可能性を感じることの出来るアルバムではある。が、まとまりが無い分、ジャズ者初心者には、お勧めしかねる内容ですね。

このメンバーで、この程度のアルバム内容は納得出来ない。ギグを積み重ねて、演奏スタイル、コンセプトを確立していけば、もっと凄い内容の、現代を代表するピアノ・トリオが現れ出でる可能性がある。
 
 
 
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2009年6月23日 (火曜日)

フェイセズ『馬の耳に念仏』

ロック・バンドにおける専任ボーカリストのポジションって難しいものだと思う。専任のボーカリストは、基本的に楽器が出来ない、又は上手くない。だから、専任ボーカリストって、歌うしか無い訳。

逆にギタリストって、歌が基本的に上手くない。クラプトンだって、声が渋くて雰囲気で聴かせるが、歌が上手いって訳じゃ無い。ジェフ・ベックはハッキリ言って歌が下手。ジミー・ペイジなんて、賢くて、はなっから歌わない(笑)。

だから、バンドの中で専任ボーカリストのポジションが維持される訳なんだが、このフェイセズの『A Nod Is as Good as a Wink...to a Blind Horse(邦題:馬の耳に念仏)』(写真左)を聴く度に、専任ボーカリストのポジションを思って、複雑な気持ちになる。

当時、フェイセズの専任ボーカリストであるロッド・スチュワートは、ソロ活動でも成功を収めていた。ロッドの基本はR&B。フェイセズの基本はR&R。どうしても、ロッドと他のメンバーとは音楽性が相容れないところがある。

加えて、ギターのロン・ウッドは、ソロとしてもやっていける力量の持ち主だったし、他のバンドからも参加を熱望される、ギタリストとしても一流で(最後には、ローリンス・ストーンズのギタリストになった)、別にフェイセズにいなくても良かった。
 
でも、ロッドもロンも、このフェイセズの気心知れたバンドとしての演奏やライブが好きだったんだろうな。ファースト、セカンドと、ロッドと他のメンバーと は音楽性が相容れないところが壁となって、アルバムとしては、ちょっとイマイチの内容だったんだが、意外とロッドもロンも、このフェイセズにこだわった。
 

Feces_hourse

 
で、ロッドの音楽性と専任ボーカリストのポジションを、一歩引いた形で譲ったら、フェイセズとしての最高作が出来上がった。それが『馬の耳に念仏』だと僕は感じている。

でも、ロッドも一歩引いたとは言っても、バックコーラスも楽しくつけているし、わだかまりは感じられない。ロッドのR&B色をちょっと譲ったお陰で、フェイセズ独特のR&Rが、このアルバムで展開されている。R&R志向のロンのギターも活き活きとしているし、バックのダルさも良い方向に作用している。でも、やはり、ロッド以外のボーカルは弱い。

ロッドとしては複雑だっただろう。自分が引いて譲って、フェイセズの個性が形成されて、フェイセズの最高作が出来たにも関わらず、自分以外のボーカルに弱点が残っているのだから。ここに、フェイセズの限界があったと思う。バンドは楽しいだけでは維持できない。

それでも、1970前半の、英国R&R志向のバンドとして、そのアルバムとして、屈指の出来のアルバムだと思います。グループサウンドとしてのフェイセズを愛でるには、このアルバムが一番、というか、このアルバムしか無いでしょう。

でも、ロッドの専任ボーカリストのポジションは、ここには無い。ロッドは、フェイセズに見切りを付けて、ソロ活動に専心していく。ロンも同じ。フェイセズはこの『馬の耳に念仏』をピークに解散の道を辿ることになる。
 
 
 
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2009年6月22日 (月曜日)

硬派な「Besame Mucho」である

昨日の、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズの小径」の更新を受けて、今日もウエス・モンゴメリー(Wes Montgomery)ネタを。

ウエスは、ジャズ・ギターのバーチュオーソの中でも、NO.1だと思っている。早くに亡くなってしまった(1968年)ので、ジャズの歴史の中の「伝説の人」となってしまって、その凄さ、その真価がなかなか実感されなくなってしまっているが、録音されたアルバムはまずまずの数が残っているので、それらの遺作を紐解くと、ウエスの凄さが再認識できる。

そのウエスの凄さが再認識できるアルバムの一つがこれ、『Boss Guitar』(写真左)。1963年4月の録音。パーソネルは、Mel Rhyne (org), Wes Montgomery (g), Jimmy Cobb (ds)。オルガンとギターは相性が抜群。その内容に期待高まるメンバー構成。

でも、冒頭の収録曲「Besame Mucho」の2連発を見ると、ちょっと「引く」。「Besame Mucho」という曲、とにかく、ベダベダなムード音楽っぽい曲で、とにかくコーニーな曲なのだ。これを、ベタベタなファンキー・ジャズでやると、とにかく俗っぽくなって、趣味の悪いムード・ジャズになる危険性の高い、とにかく「危ない曲」。これが、ギター+オルガンの、見るからに「ファンキー」な構成で演奏するのだ。怖じ気づいてしまって、触手が伸びない。

でも、勇気を出して聴いてみて下さい(笑)。ウエスが、実に硬派に、太いギターで、疾走感豊かに、この「Besame Mucho」を弾き進めていく。アドリブの部分なんか、ブワーッと押し寄せるように、台風のような疾走感。凄い歌心とテクニックです。
 

Boss_guiter

 
とにかく、こんな硬派な「Besame Mucho」は聴いたことが無い。「Besame Mucho」のようなコーニーな曲を、ウエスのギターがねじ伏せて、ジャズとしてアーティスティックに聴かせるところが、このアルバムの聴き所。本テイクと別テイクが2曲続いても、これは全く気にならない。凄い「Besame Mucho」です。

続く「Dearly Beloved」などは、もうフュージョン・ジャズで、1963年の録音とは思えない。ウエスのギターの爽快感が素晴らしい。これは、もう4ビート・ジャズでは無い。上質のフュージョン。1963年にして、10年後にやって来る「フュージョン時代」を先取りしている演奏には、もう痺れるばかり。

ジャズ・スタンダードの「Days of Wine and Roses」も情感が溢れまくっていて実に良い。「Canadian Sunset」のウエスの歌心とオクターブ奏法には惚れ惚れする。Jimmy Cobbの、ちょっとラフなドラミングが、ウエスのギターの「硬派な」雰囲気を、やんわりと緩和させ、Mel Rhyneのオルガンは大健闘(Mel Rhyneというオルガニストを僕は知らなかった)。Mel Rhyneの一世一代の名演かも。

収録曲を見渡すと、ちょっと「引いて」、ちょっと怖じ気づいて、なかなか触手の伸びない難物なアルバムですが、手に入れて聴いてみると、これは凄いと思う。やっぱり、アルバムは事前の知識や情報は参考程度に留めるべきで、やはり実際聴いてみないと駄目ですね。この『Boss Guitar』を聴いて、若干反省である。
 
 
 
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2009年6月21日 (日曜日)

『ジャズの小径』6月号アップです

いや〜、我が千葉県北西部地方は、朝から雨、雨、雨。今年の千葉県北西部地方は、実に梅雨らしい梅雨である。しかし、朝から良く降るなあ。でも、九州では空梅雨模様で、給水制限もあるとのこと。日本列島、狭いようで広い。

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の『ジャズの小径』6月号をアップしました。今月は「Smokin' at the Half Note vol.2の謎」と題して、ウエス・モンゴメリーの代表的ライブアルバムに収録された曲の「奇々怪々さ」について語ります。ちょいと、本文から出だしの一文を・・・・。

CD時代になって、やたらに多くなった事象として、LP時代に発売されたアルバムに収録された演奏の別テイクを追加収録して、完全盤とかコンプリート盤と称して、再発されるケースがある。もともとLP時代は、アルバムに収録可能な時間が、今よりも限られていた。片面で約25分程度、両面50分程度が限界で、それ以上の収録は技術上の不可能であった。

それが、である。CD時代になって、その収録可能な時間が20分以上も延びた。この「収録時間の伸び」がきっかけとなって、LP時代に収録できなかった別テイクを発掘し、CDで再リリースする際に、追加収録するやり方が大流行。

Wes_montgomery_0906

しかし、LP時代に収録可能時間の関係で不採用となった別テイクって、正式に収録された本テイクと比較すると、演奏の内容として若干劣るケースが多い。マニアにとっては、別テイクの演奏内容は必要かもしれないんですが、一般のジャズ・ファンにとっては無用の長物でしょう。

確かに、LP時代に収録されなかった別テイクで、本テイクと遜色無い、甲乙付けがたいテイクもある。でも、そのケースは数少ない。別テイクを聴く必要が出てくるのは、興味を持ったミュージシャンの特性、個性を深掘りする時。しかし、その時には、音楽の知識、楽器の知識がある程度必要になってくる。

また、ライブ録音盤の場合、LP時代に未収録となった曲を復活させてコンプリート盤として出してくれるのは有り難いが、未収録になった演奏はそれなりに問題がある場合もあって、なにがなんでもコンプリート盤として出す、という必要は無いように思う。逆に、コンプリート盤と出すなりには、それなりにきちんと整理して、混乱の無いように再リリースして欲しい。

今回、ご紹介する『Smokin' At The Half Note Vol. 2』は、そういう意味で、複雑で、奇々怪々な事情を持ったライブ・コンプリート盤である。今回は、『Smokin' At The Half Note Vol. 2』の謎、と題して、その奇々怪々な内容を紐解いてみたいと思います。

実は、この「検証作業」もジャズ者としての楽しみでもあるのです。それでは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)でお待ちしています m(_ _)m。
 
 
 
 
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2009年6月20日 (土曜日)

Paul Bley With Gary Peacock

ジャズの歴史は古く、録音されたアルバムは膨大な数になる。長年、ジャズのアルバム・コレクターをやっていると、その存在を知っていても、なかなか手に入れるまでに至らないアルバムがある。

そんな一枚が『Paul Bley With Gary Peacock』(写真左)。CDとしては、結構良い値がついているので、購入するのには憚れるのであるが、iTunes Store で比較的リーズナブルな価格で手に入れることができるのに気付いて、やっとのことで手に入れた。このアルバムの存在は、大学時代から知っていたので、かれこれ30年の年月を経過して、やっとのことで入手したことになる。

このアルバムは、ポール・ブレイとゲイリー・ピーコックが、1963年と1968年に行なったセッションが収録されている。ちなみにドラムは1963年のセッションがPaul Motian、1968年のセッションがBilly Elgartです。

ポール・ブレイのピアノは、極めて理性的、理知的。ピアノの響きと旋律で聴かせるタイプのピアノですが、フリー・ジャズな要素が色濃く入っていて、硬質な緊張感が漲るのは、その為だと思います。フリー・ジャズの要素による硬質な緊張感故に、なにかのついでに、気軽に聴くことのできるピアノではありませんが、その「哲学的」なパキパキなピアノは、後に引きますね。癖になります。

ゲイリー・ピーコックのベースは「素晴らしい」の一言。伝統的なジャズ・ベースの雰囲気を残しながらも、じっくりと聴き耳を立てると判るのですが、今聴いても何か新しい、いわゆる「尖った」フレーズが散りばめられています。普通に弾いても良いところを、少し「捻らせて」弾き進めるところに、ピーコックの矜持と個性を感じます。
 

Paul_peacock

 
「Blues」や「When Will The Blues Leave」などオーネット・コールマンの作品の演奏が見事で、伝統的なジャズのスイング感と、当時流行したフリー・ジャズの硬質な緊張感とが、バランス良くミックスされて、かなりの聴き応えです。

ちなみに、このアルバムは、ECMレーベルでの録音ではありません。稲岡邦彌著「ECMの真実」の中で、その件が述べられています。ECMレーベルの総帥、マンフレート・アイヒャーの再三再四の録音要請にも関わらず、ポール・ブレイは首を縦に振らなかったそうです。代わりに、ブレイが、私蔵の録音テープをアイヒャーに送りつけ、アルバム化されたのが、この『Paul Bley With Gary Peacock』だそうです。

ECMの録音では無いとは言え、不思議なのは、このアルバムの音が、しっかりと「ECMレーベルの音」になっていることです。特に、ブレイの「響きを押さえたピアノの音色」に、その特徴を強く感じます。恐らく、テープからミックスダウンする時、若しくはマスタリングする時に、ECM独特のイコライジングやエコーを施されたのだと思います。じゃないと、ここまで「ECMの音」にはならないですよね。

このアルバムは、ジャズ者中級者以上向けのアルバムです。決して、ジャズ者初心者向けではありません。でも、このアルバムを聴いて、その特徴、その個性に触れることが出来るようになれば、ジャズ者として楽しみは広がります。
 
 
 
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2009年6月19日 (金曜日)

お洒落で粋な『Bags Meets Wes』

ファンキー・ジャズにも色々ある。コッテコテの「どファンキー」もあれば、そこはかとなく香る「お洒落なファンキー」もある。とにかく、ファンキー・ジャズは聴いていて、居抜きで楽しい。

このファンキー・ジャズは「洒落たファンキー」。それも、とびきり「お洒落で粋な」ファンキー・ジャズである。そのアルバムは『Bags Meets Wes』。1961年12月の録音。パーソネルは、Milt Jackson(vib) Wes Montgomery(g) Wynton Kelly(p) Sam Jones(b) Philly Joe Jones(ds)。アルバム・タイトルの「Bags」とは、ヴァイブのミルト・ジャクソンの愛称。「Wes」とは、もちろん、ギターのウエス・モンゴメリーのこと。

冒頭の「S.K.J.」。ミルトとウエスの、ブルージーで疾走感のあるユニゾンのテーマ演奏を聴くだけで、このアルバムの内容が約束されたようなもの。絵に描いたような「ファンキー」。ファンキー・ジャズって、テーマ演奏がキャッチャーで格好良い演奏が多い。この「S.K.J.」も例外では無い。ミディアム・テンポのブルージーなブルース。とにかく、ミルトとウエスが格好良い。

バラードの「Stairway to the Stars」などは、思わず溜息が出るほど美しい。そこはかと底に漂う、芳しきファンキーな香り。ウエスの情感溢れるソロ、ファンキーっぽさをグッと押さえた、インテリジェンス溢れる、輝くようなミルトのヴァイブ。
 

Bags_meets_wes

 
全編に渡って、ウエスのギターは凄い。音が太い。そして、驚異のオクターブ奏法。加えて、息をのむような疾走感。音が太い分だけ、ウエスのギターはフレーズをクッキリと浮き立たせる。オクターブ奏法は、ゴスペルのような、ファンキーで印象的なコーラスを供給する。様々な表情を見せる、変幻自在なウエスのギター。

変幻自在で色彩豊かなウエスのギターと対象的なミルトのヴァイブ。単音でコロコロと転がる様な、それでいてメリハリの効いたヴァイブが印象的。ウエスのギターがファンキーな分、ミルトのヴァイブはソロの時より、ファンキーさを押さえている。このグッと押さえたファンキーさが実に良いのだ。

Wynton Kelly(p) Sam Jones(b) Philly Joe Jones(ds)のピアノ・トリオが、これまた、ウエスとミルトの「洒落たファンキーさ」を引き立てる。ウィントン・ケリーの翳りを持った健康優良児的なピアノが、実に良いアシストとなっている。

収録されたどの曲も出来が良い。CDになって、別テイクも収録されていて、同じ曲を2度聴くはめになるものもあるが、全く気にならない。追加収録された別テイクの出来も良いのだ。本テイクと比べても遜色ない良い出来だ。こういう別テイクの追加収録なら、まあ許されるかな(笑)。

良いアルバムです。ジャズ者初心者の方にも、これはお勧め。ファンキー・ジャズって、キャッチャーで聴き易くて格好良い。この『Bags Meets Wes』も例に漏れず、キャッチャーで聴き易くて格好良い。長年聴き続けていて、もう永遠の愛聴盤の一枚です。
 
 
 
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2009年6月18日 (木曜日)

ジャズ喫茶で流したい・4

今日は「ジャズ喫茶で流したい」シリーズ第4弾である。ちょっと捻りを効かせた、聴いているジャズ者の方々が、「これ、何て言うアルバム」って、ジャケットを見に来るような、そんなアルバムを、ジャズ喫茶では流したい。ということで、今日は、John Lewis(ジョン・ルイス)である。

ジョン・ルイス。1920年生まれ、2001年没。ディジー・ガレスピー楽団にてデビューし、以降チャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィスなどと共演。1952年にMJQ(Modern Jazz Quartet)を結成、以来、終生にわたってMJQのリーダー格として活動、ビ・バップを基調にしながら、サロン音楽的な、端正かつクラシカルな音楽性を確立した。

であるが、MJQのルイスとソロでのルイスとは、そのピアノの作風がガラッと変わる。特に、1950年代から60年代のルイスは、実に味わい深くて、僕は大好きだ。どう味わい深いか、というと、このアルバムを聴いて貰えると直ぐに判る。

『Improvised Meditations & Excursions』(写真左)、邦題は『瞑想と逸脱の世界』。邦題を見ると、物々しくて、ちょっと敬遠したくなるが、収録曲を見て欲しい。

1. Now's the Time
2. Smoke Gets in Your Eyes
3. Delaunay's Dilemma
4. Love Me
5. Yesterdays
6. How Long Has This Been Going On?
7. September Song

Improvised_med_ex

そう、ズラーッと並ぶ、ジャズ・スタンダードの数々。このジャズ・スタンダードを弾くルイスが、一番、ルイスの個性を確認することが出来て、大のお勧めである。パーソネルは、John Lewis (p), Percy Heath ,George Duvivier (b), Conny Kay (ds)。

ルイスのピアノは、至ってシンプル。ジャズ・スタンダードの持つ美しい旋律をなぞるように、しかしながら、小粋にインプロビゼーションを展開していく右手。その右手の展開の隙間に、そこはかとなく、合いの手を入れるような、左手のコンピング。曲の持つ旋律の美しさ、旋律の躍動感を前面に押し出しつつ、ジャジーな色づけを小粋につける。このシンプルさと小粋さが、ルイスのソロの時のピアノの特徴である。

そして、シンプルな展開の底に、しっかりとブルージーな雰囲気と「黒い」ビートが見え隠れして、いかに、旋律を追いやすい、シンプルなピアノだからと言って、軽音楽風な、カクテル・ピアノ風な演奏にならないところが、ルイスの優れたところ。

それから特筆すべきは、コニー・ケイのドラミング。シンバル・ワーク、特に、シンバルの音色が実に美しい。シンプルで小粋なルイスのピアノに格好のアクセントとなっている。そして、曲によって変わる、ヒースとデュビビエのベース。太くて堅実なビートを供給する。

これぞ、ピアノ・トリオの「お手本的」なアルバムの一枚です。全体の収録時間が37分弱とちょっと短いですが、逆にかえって、冗長とならずに「飽きない」、かつ、もうちょっと聴きたいと思って、2度ほど、聴き直してしまいます。とにかく、内容のあるピアノ・トリオは、繰り返し聴いても飽きない。そんな基本的なことを思い出させてくれる『瞑想と逸脱の世界』である。
 
 
 
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2009年6月17日 (水曜日)

ミンガスを克服するコツ

昨日、一昨日の続いた「里帰り」の感傷的な話題は、ちょっと横に置いておいて、今日はジャズに話題を戻そう。

さて、ジャズの入門書、雑誌のジャズ初心者向けのガイドを読んでいて、初心者向けの推薦盤とはいえ、どう考えても「これは初心者には辛いやろ〜」と思われるアルバムが、何時の時代も、我がもの顔で載っているのが不思議である。

その一つが「チャールズ・ミンガス」。ジャズ・ジャイアントの一人。本業はベーシスト。しかしながら、コンポーザーとしての才、バンドリーダーとしての統率力に秀でている。時にピアニストになったりもする。しかし、このミンガスの音楽は、とにかく、その個性が「濃い」。濃すぎるくらい「濃い」。

この個性の「濃さ」が、ジャズ者初心者としては、必ず重荷になる。ジャズ入門書で、ジャズ者初心者向けに、必ずと言って良いほど、無責任に紹介される『直立猿人』などは、その最たるもの。確かに素晴らしいグループサウンドである。でも、ジャズ者初心者にとっては、何が素晴らしいのか判らず、その強烈な個性的な演奏と展開、ややもすればフリーキーな音にビックリして、ミンガスから距離を置いてしまう。

僕もそうだった。初めて『直立猿人』を聴いた時、このややもすればフリーキーな演奏に「やられた」。直立猿人の歩行を模したような演奏や、霧深き日の道路の車のクラクションを模した演奏は、ちょっと面白いと思ったが、アルバム全体の演奏を聴いて「何が凄いんや?」と思ってしまい、自らのジャズ者としての才能に疑いを持って、ドップリと落ち込んだのを覚えている(笑)。

Chair_in_the_sky

とにかく、ミンガスは「濃い」。どのアルバムを聴いても「濃い」。それでは、ジャズ者初心者は、ミンガスの凄さを体験せずに過ごしていくのか。それは、実に勿体ない話である。それでは、ミンガスを克服するコツを一つ・・・(オホン・笑)。

ベースの巨人チャールス・ミンガスが亡くなった一時期、ミンガス亡き後、未亡人の求めでミンガス門下生による「ミンガス・ダイナスティ」という追悼バンドが編成された。固定メンバーでは無く、メンバーは流動的だったが、この「ミンガス・ダイナスティ」を通じて、ミンガスの音楽の雰囲気を掴んで、慣れるのが、ミンガスを克服するコツである、と僕は思っている。

このミンガス・ダイナスティのアルバムの中で、僕が一番良く聴くアルバムが『Chair In The Sky』(写真左)。パーソネルは、John Handy (as), Jimmy Knepper (tb), Jimmy Owens (tp), Joe Farrell (ts) Don Pullen (p), Charlie Haden (b), Dannie Richmond (ds)。1979年7月10日の録音。

チャーリー・ヘイデンがミンガスの代役をしているような、ミンガス・バンド最晩年のメンバーで編成されているところが魅力。ピアノのドン・プレーンがダイナミックに弾きまくる。打楽器みたいなカンカンカンとピアノが響く。カリカリと音がするような硬質なピアノ。でも、歌心は忘れない。ドン・プレーンのベスト・プレイのひとつではないか。そして、ミンガスのペンなる有名曲「Goodbye Porkpie Hat」のジミー・ネッパーのアレンジの秀逸さ。

この「ミンガス・ダイナスティ」の音は、ミンガスの「濃い」世界を、ちょっと洗練してスリムにして、演奏の展開を判りやすくした、聴きやすい「ミンガス・ミュージック」のサンプルである。ミンガスの音世界、音精神はしっかりと踏襲されているところが素晴らしい。収録された全ての曲で、ミンガスの雰囲気、ミンガスの個性を感じることができる。

ジャズ者初心者として、ミンガス入門として格好のアルバムだと思います。このアルバムでミンガスの音世界の雰囲気を掴んで、これは良い、と思ったら、一気にミンガス・ワールドに突っ込んで行って欲しいと思います。では、次に突っ込んでいったら良いミンガスはというと・・・。それはまた後日(笑)。
 
 
 
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2009年6月16日 (火曜日)

高校時代のリベンジ

今日も70年代ロックの話題を。昨日、先週週末から昨日にかけて「里帰り」の話をした。昨日のクラプトンは「里帰り」の往きの話。では、帰りは何を聴いて帰ったか?

そのアルバムは、高校時代、ちょっと天邪鬼的に購入した。CSN&Yといえば、『デジャ・ヴ』(2007年5月7日のブログ参照)だが、これは誰でも買おうと思うし、これは誰もが持っている。どうもそれが僕の場合、気に入らなくて、定盤『デジャヴ』をパスして、一気に『Four Way Street』(写真左)に走った。

当時LP2枚組。当時、高校生の身分では、決して安い買い物じゃなかった。天邪鬼的とは言いながら、満を持して購入したCSN&Yのライブアルバムである。しかも2枚組である。針を下ろす瞬間、その期待感は最高潮に達している(CSN&Y=Crosby, Stills, Nash & Young。パーソネルは、David Crosby、Stephen Stills、Graham Nash、Neil Youngの4人)。

が、である。このアルバム、アコースティック演奏が中心の曲がずらりと21曲並んでいる。ドラムやベース、つまりビートが効いた曲がかなり少ない。聴き進める曲という曲がアコースティック・ギターと静的なコーラス中心の「思索的」な楽曲ばかり。これには、当時、高校2年生、レッド・ツェッペリン中心のハードロックとクリムゾン+イエス中心のプログレが大好きな僕の耳には大人し過ぎた。とにかく、つまらないというか飽きてくる。

しかし、である。天下の西海岸ロックの伝説グループ、CSN&Yである。大人しい、つまらないでは済まされない。しかも、LP2枚組。大枚はたいて投資したアルバムである。自分の感性、自分の耳が悪いんだ、と思い込んで、かなり精神的に落ち込んだのを覚えている。

今回、「里帰り」を機会に、久方ぶりに、この『Four Way Street』を聴き返してみた。アコースティック・ギターと静的なコーラス中心の「思索的」な楽曲がズラーッと続く。やっぱり10曲目以降、飽きてきてた。ロックを聴き始めて早35年の月日が流れている。経験も豊富だ。やはり、このLP2枚組って、楽曲のチョイスと並べ方が問題だという結論に至った。
 

Four_way_street

 
1曲1曲を取りあげて見ると、どれもが魅力的な楽曲、演奏ばかりである。いかんせん、統一感が無いのだ。ライブとしての大きな流れが無い、とでも言ったら良いのか。C&N、S単独、Y単独、と3つのユニットにバラバラになった、CSN&Yのライブって感じかな。

どうも、このCSN&Yって、C&Nの音楽性、音楽観をベースに、SとYが客演したという感じである。C&Nだけの演奏を聴いても、CSN&Yの演奏を聴いても、なんか同じ雰囲気。逆に、SとYが前に出ての演奏は、無理をして、S&Nの雰囲気に合せているような感じなのだ。

これでは、統一感もライブとしての流れもあったものではない。メンバー個々の個性を発揮してこそ、ライブとしてのメリハリが出てくるんだろうし、個性の差異をグループサウンドの基本思想に合せていくからこそ、グループとしての統一感が醸し出される、ってもんだろう。

このライブを聴くと、CSN&Yが当時、ポスト・ビートルスの旗頭、70年代をリードするスーパー・グループとしてロック・ファンの期待を一身に集めたにも関わらず、短命に終わったことが納得できる内容になっている。まあ、簡単に言うと、グループでは無かった訳で、先にも述べたが、このCSN&Yって、C&Nの音楽性、音楽観をベースに、SとYが客演した形のテンポラリーなグループだったんだろう。

でも、何度も言うけど、1曲1曲の出来は良いんですよね。そんな中で、このCSN&Yで音楽的に一番得をしたのがC&N。超然としていて、そんなものに左右されない、 真のシンガー・ソング・ライターだったのがY。C&Nの音楽性に一番そぐわなくて、一番割りを食ったのがS。そんな構図が見え隠れる、

そういう面からすると、意外と含蓄のあるライブ・アルバムではある。このライブ・アルバムって、結構、マニアックな内容ですね。高校時代の僕に、そんなことを理解できる訳が無い。今の耳で、やっとこさ、そういう観点から、その内容を楽しめる、マニア向けのアルバムだと僕は思います。

それにしても、ニール・ヤングって、やっぱり凄い。このライブ・アルバムの中でも、その個性は突出していてニールの楽曲になると、C&Nの音楽性を踏襲しているにも関わらず、ガラッと、ニール・ヤングの色に染まる。さすがである。CSN&Yの中で、現在でも第一線で活躍しているのは、ニール・ヤングだけ、ということが至極納得できる、そんな、このライブ・アルバムでのニールである。
 
 
 
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2009年6月15日 (月曜日)

黄昏時のクラプトン

週末から今日まで「里帰り」していた。小学校、中学校と転校ばかりしていた僕が、ひとつの学校に入学から卒業まで在籍できたのは高校から。さすがに、高校〜大学と多感な時を過ごした土地への「里帰り」は、格別なものがある。

「里帰り」の時にiPhoneで聴く音楽は、いきおい高校〜大学時代に聴き親しんだアルバムになる。しみじみと当時を振り返り感傷的になる。その感傷的になるところが、これまた良い。「里帰り」ならではである。

今回の「里帰り」の往きに聴いたアルバムが、Eric Crapton『Another Ticket』(写真左)。俗名『アナチケ』(笑)。プロデューサーをトム・ダウトに戻して制作された、RSOレーベル最後のオリジナルアルバム。1981年のリリース。

冒頭の「Something Special」を聴くと、レイドバック路線ではありながら、その雰囲気は、健康的な乾いたレイドバックでは無い、ちょっと不健康なウェットなレイドバックである。それもそのはず、クラプトンがアルコール依存症にどっぷり浸かっていた頃のアルバムである。ちょっと、飲んだくれが歌うような雰囲気。これ、絶対に飲みながら、結構、酔っぱらって歌っていたんじゃないのか(笑)。

でも、その「飲んだくれレイドバック」な雰囲気が、このアルバムの最大の魅力。特に、冒頭の「Something Special」から、4曲目の「Another Ticket」までの流れが堪らない。飲んだくれレイドバックの「ダルで渋い」雰囲気が実に良い。この雰囲気は、このアルバムでしか聴くことのできないもの。
 

Another_ticket

 
そして、アルバム全体を覆う「ウェットなエコーがかかった音」。70年代ブリティッシュ・ロック万歳である。「ウエットなエコーがかかった音」=「濡れそぼった音」が70年代ブリティッシュ・ロックの音と来れば、その音がバッチリ合う時間帯が「黄昏時」。黄金色に輝く夕日とあかね色に染まる西空。それらの窓の外に見ながら聴く、濡れそぼった音。

このクラプトンの『アナチケ』は、夕暮れ時、黄昏時によく聴いた。1981年2月のリリース。当時大学3回生。多感な生活を送って来た大学時代の残り1年。なんだか切なくなって、感傷的になって、黄金色に染まる窓を見ながら、この『アナチケ』を毎日聴いていた(天気の悪い日を除いて・笑)。『アナチケ』のウェットなエコーがかかった音が部屋に充満して、どんどん感傷的になって、しみじみしてしまうのだ。

そんな感傷的な、しみじみ泣きたくなるような黄昏時にぴったりのクラプトン。そのクラプトンがこの『Another Ticket』にある。1981年のリリースとはいえ、その内容は「70年代クラプトン」の最終作。次作から、クラプトンは作風をガラリと変えていく。洗練されたアルマーニを来たようなAOR的な音は、僕の耳に馴染まなかった。そして、今でも馴染まない。

この『Another Ticket』を聴く度に、多感だった大学時代を克明に思い出す。疾風怒濤な大学時代。特に印象的な1980年〜81年。若かりし頃、僕の『Another Ticket』な時代であった。
 
 
 
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2009年6月12日 (金曜日)

コール・アンド・レスポンス

コール・アンド・レスポンス(call and response)。米国の黒人音楽、特に教会音楽、ゴスペルで活用される歌唱法。ソロ・パートの人が歌った部分をその他のメンバーや観客が繰り返し歌う事。

ジャズにおいても、ファンキー・ジャズのジャンルで、歌唱を楽器に置き換えて使われることが多い。恐らく一番有名なのが、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースの「Moanin'」の出だしで、タッタタタララタッタ〜、タ〜タ。ボビー・ティモンズのピアノのメロディーに、トランペットとサックスが応答する。ジャズでの一番有名な「コール・アンド・レスポンス」。

でも、この「コール・アンド・レスポンス」も、負けずに有名である。ナット・アダレイの「Work Song」。同名のアルバム『Work Song』(写真左)の一曲目。タッタラ〜ラタッタラタ〜ラ、タッタラ〜ラタッタラタ〜ラ。ナット・アダレイのコルネットに、ギターとベースが応答する。

このコール・アンド・レスポンスって、ほんと、ジャズっぽいんだよな。ゴスペルっぽくて、ほんとファンキー。このコール・アンド・レスポンスが病みつきになって、ファンキー・ジャズが大好きになる。そして、このコール・アンド・レスポンスのフレーズが自然と口をついて出てくるようになる。

「Moanin'」が日本で流行った頃、そば屋の出前が口ずさんだというが、それも十分納得出来る。本当に口ずさみやすいフレーズなんですよね。「コール・アンド・レスポンス」のフレーズって。
 

Work_song

 
良い感じなんですよね〜。黒人音楽、教会音楽ならではの響き。コール・アンド・レスポンスには、黒人の苦難の歴史が隠されているんで、諸手を挙げて「良い感じやな〜、ファンキーやな〜」なんて楽しめないんだけれど、クラシックなどヨーロッパ音楽に無い、米国黒人音楽ならではの歌唱&演奏手法として、十分に優れているものだと思います。

さて、ナット・アダレイの『Work Song』というアルバム、演奏の全体的な出来としては、意外と、この当時売れに売れた「Work Song」は、ちょっと雑なところがあるのですが、アルバムを聴き進めていくうちに、演奏内容の質が上がっていって、5曲目の「Fallout」では、火の出るようなナットのコルネットが格好良く、8曲目の「Violets for Your Furs」などは、実に美しく柔らかなナットのコルネットに癒されます。

1曲目の「Work Song」から3曲目の「I've Got a Crush on You」までは、ナットのコルネットもミストーンがちょくちょく顔を出し、グループ演奏全体のバランスもイマイチなので、3曲目まで聴いて「このアルバムはちょっとねえ」と諦めてはいけません。4曲目以降に、このアルバムの真価が感じ取れます。演奏の質としては4曲目まで我慢、我慢。

でも、演奏を聴いて楽しいのは、圧倒的に、冒頭の「Work Song」。聴き始めて直ぐに、自然と足でリズムを取り始め、ハンド・クラッピングが入って「ファンキー・ジャズ、ここに極まる」。ジャズの「ノリ」という面では、この「コール・アンド・レスポンス」は無敵である。
 
そうそう、明日から2泊3日で旅に出ます。明日、明後日のブログはお休みしますので、よろしくお願いします。また月曜日の夜にお会いしましょう。
 
 
 
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2009年6月11日 (木曜日)

実はジャズ者ベテラン御用達

ケニー・ドリューのピアノは、黒くブルージーでありながら、クラシック的な優雅さを底に湛えた、端正でテクニック豊かなピアノである。そのドリューのピアノが一番映えるのが、ジャズ・スタンダードをピアノ・トリオで演奏する時。印象的に旋律、キャッチャーな旋律を持つジャズ・スタンダードは、ドリューのピアノが実に映える。

しかしながら、ドリューのピアノは、端正でテクニック豊かなので、やもすると、ジャズ・スタンダードを演奏しているのを聴くと、ちょっと軽音楽的な、カクテル・ピアノっぽい、判りやすいイージーな響きと誤解されることもある。

特に、ジャズ者初心者の場合、この「判りやすいイージーな響き」を誤解して、ドリューのピアノは素人っぽい、判りやすくてなんだか軽い、と思ってしまうこともある。なにを隠そう、ジャズ者初心者時代の私がそうだった。

う〜ん「判りやすい」って、大切な要素なんだけど、底に湛えたクラシック的な優雅さが拍車をかけて、ドリューのピアノを軽んじてしまうことがある。その代表的な例が『By Request』(写真左)である。収録曲の曲名を眺めてみると、錚々たる大ジャズ・スタンダードの名曲がずらりと並んでいる。

Kenny_drew_by_reqest

この「名曲ずらり」を見ると、逆に、ジャズ者ベテランの方々が引きそうですね(笑)。でも、このアルバムのドリューの演奏に耳を傾けてみると、どうしてどうして、なかなかに含蓄のある内容なのだ。スタンダード曲の解釈、アレンジ、これが実に楽しめる。

もともと、ジャズ・スタンダード演奏を聴く楽しみというのは、曲の解釈、アレンジはもとより、他のミュージシャンの演奏との比較をしながら、今演奏しているミュージシャンの個性を感じるという「比較の楽しみ」というのがある。この「比較の楽しみ」を最大限に味わうには、ジャズ者初心者の方々は、比較するだけの他の演奏を聴きこんでいないから、ちょっと辛い。

この「比較の楽しみ」を前提とすると、このドリューの『By Request』は、ジャズ者ベテランの方々こそが、最大限に楽しむことのできる、ベテラン御用達の佳作ということになる。そういう意味で、ジャズ者初心者の方々には、ドリューを感じ、ドリューを理解するには、以前御紹介した『Dark Beauty』(5月23日のブログ参照)や『Kenny Drew Trio』(5月11日のブログ参照)をお勧めします。こちらの方が、ジャズっぽくて、ちょっとマニアっぽくて、ジャズ者初心者の方々にお勧めです。

逆に『By Request』は、ジャズ者ベテランの方々に是非一度、聴いて頂きたいですね。ドリューがなぜ、BAYSTATEの企画物に手を染めたのか。この企画物って、ドリューをしっかりと理解した、真のドリュー・ファンへのプレゼントに思えます。

スタンダードを演奏するドリューほど、ドリューの個性を感じることの出来るものは無い。この一連の企画物って、決して、一般向けの安易なイージーリスニング物ではないですよ。ドリューは結構硬派に弾きまくっています。ペデルセンのベースも最高。シグペンのドラムも職人芸。良いアルバムです。
 
 
 
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2009年6月10日 (水曜日)

セロニアス・モンクを感じるには

プレスティッジ時代のモンクは不遇だと書いた。適当に優れたメンバーを集めてのジャム・セッション形式の録音方式は、モンクには合わない。それだけ、モンクの音楽は、その個性が強すぎると言って良いと思う。

そんな強烈すぎる個性を感じるには、やはり、リバーサイドの諸作が良い。そんなリバーサイドの諸作の中で、セロニアス・モンクの個性を十分過ぎるほど感じる事ができるアルバムが『Brilliant Corners』(写真左)。これは強烈である。

Ernie Henry (as), Sonny Rollins (ts), Thelonious Monk (p), Oscar Pettiford (b), Max Roach (ds)を核としたパーソネル。「Bemsha Swing」だけ、Clark Terry (tp)が追加加入し、ベースがPaul Chambers に変わる。
 
振り返ってパーソネルを見渡してみると、なかなか考えられた人選である。モンクの音楽を素早く理解し、モンクの個性を前に立てながら、バックでしっかりとモンクの音楽を支える。そんな、実に微妙で良く考えられたパーソネルである。
 
冒頭の「Brilliant Corners」の出だしのモンクのピアノを聴くだけで、否が応でも、モンクの個性を感じることができる。というか、協調和音中心のクラシック音楽に慣れた耳で聴くと、これは絶対に変だ、おかしいと思うに違いない。
 

Brillant_corners

 
しかし、聴き進めるうちに、モンクの不協和音的なピアノのフレーズに、何か規則的なものを感じて、これは面白い、これはユニーク、これはいける、と思ったら、もう「病みつき」である。

どうして、こういうユニークで奇妙な、それでいて、複雑な幾何学模様のように規則めいていて、ドライブ感のある、ハンマー打法のようなピアノになるのか。いや〜、本当に強烈な個性である。モンクのピアノは、これは面白いと思ったら「病みつき」になって填っていく。でも、これは駄目、と思ったら、とことん駄目になる。

そういう意味では、この『Brilliant Corners』というアルバムは、ジャズ初心者の方々には、モンクの個性が強すぎると思う。それほど、このアルバムは、モンクの強すぎる個性が炸裂している。2曲目「 Ba-Lue Bolivar Ba-Lues-Are」以降、ラストの「Bemsha Swing」まで、モンクの個性が炸裂しまくり。

しかし、冷静になって考えてみると、この『Brilliant Corners』って凄いアルバムである。おそらく、モンクの諸作の中で、一番、モンクの個性が溢れている、というかモンクの個性の「洪水」である。モンク好きには堪らないアルバムである。しかし、モンク嫌いにとっては、こんなに苦手なアルバムもないだろう。超名盤とはそういうものである。
 
 
 
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2009年6月 9日 (火曜日)

ジャズ喫茶で流したい・3

ちょっと捻りを効かせた、聴いているジャズ者の方々が、「これ、何て言うアルバム」って、ジャケットを見に来るような、そんなアルバムを、ジャズ喫茶では流したい。ジャズ者の皆さんが、買うのに躊躇う、手に入れるのに悩む、でも、実のところ、ジャズとしてなかなかの内容のアルバム。そんなアルバムを、ジャズ喫茶で流したい。

このアルバムも、もし僕がジャズ喫茶のマスターだったら、さりげなく流したいアルバムの一枚である。 Charles Mcpherson(チャールス・マクファーソン)の『Live At The Cellar』(写真左)。

Charles Mcpherson(チャールス・マクファーソン)。1939年7月24日ミズーリ州ジョブリン生まれ。1959年、ニューヨークへ進出し、バリー・ハリス(p)に師事。1960年代に入り、この時代には珍しいパーカー派のアルト・サックス・プレイヤーとして注目され始め、頭角を現す。『ミンガス・アット・モンタレイ』の録音に参加。ときて、ああ〜、あのアルト奏者ね、と思い出す方は、かなりのジャズ者でしょう。

パーカーの伝記映画「Bird」でパーカーの吹替演奏パートを担当したことでも有名、とくれば、ああ〜、あのアルト奏者ね、と思い出す方も、やっぱり相当なジャズ者でしょう。

Charles_mcpherson_live_cellar

なぜか日本ではマイナーな存在。しかしながら、パーカー直系と言われながらも、パーカーの単なるフォローに留まらず、モーダルで、アブストラクトな演奏を交え、しかもハード・バップ的な歌心ある旋律を重ねていく、パーカーを基調としながらも、ジャズ・サックスの先端のトレンドをしっかりと吸収した、彼の先進的なアルトは、実に印象深く、実にエモーショナルである。

今回ご紹介している『Live At The Cellar』は、1曲の収録時間が10分を超える熱演が、ズラ〜っと6曲続く。熱演に次ぐ熱演。マクファーソンのアルトの音色は、熱気溢れるブロウながら、清々しく潔く、聴き応え満点。ちなみにパーソネルは、Charles McPherson(as), Ross Taggart(p), Jodi Proznick(b), Blaine Wikjord(ds)。

う〜ん、馴染みの無いミュージシャンばっかりやなあ。でも、演奏の水準は高く、バップ系アルト・サックスを愛でるには格好のライブ・アルバムです。こんなライブ・アルバムがあったなんて、このアルバムを初めて聴いた時には、自らの不明を恥じました。う〜ん、ジャズの世界は、とことん奥が深いなあ。だから、ジャズって面白いんですよね〜。

良いアルバムです。お勧めです。そうそう、チャールス・マクファーソンって、ジョニ・ミッチェル(vo)によるチャールス・ミンガスへの追悼盤『ミンガス』のレコーディングにも参加しているんですよね。とくれば、ああ〜、あのアルト奏者ね、と思い出す方も、やっぱり相当なジャズ者ですね。
 
 
 
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2009年6月 8日 (月曜日)

Prestige時代のモンクはねえ・・・

プレスティッジ(Prestige)というレーベルとは、プロデューサーのボブ・ワインストックによって設立されたジャズ・レーベルなんだが、適当に優秀なミュージシャンを集めて、ほとんどリハーサル無し、いきなり録音して終わり、ジャケット・デザインは適当という、アルフレッド・ライオン率いるブルーノートとは対極のレーベルだった。

適当に優秀なミュージシャンを集めて、ほとんどリハーサル無し、いきなり録音するので、ハプニング的に素晴らしい演奏が記録されることもあれば、不発に終わる凡作も多々ある、という玉石混淆な作品群は、ジャズという偶然性を重んじる音楽ジャンルからすると、面白いといえば面白い。でも、セロニアス・モンクにとっては、ちょっと厳しいレーベルだったようだ。

セロニアス・モンクの音楽は、ご存じの通り、その独特のハーモニーと和音の重ね方、独特のタイム感覚と間の取り方、その独特の旋律と癖のある展開で、ジャズの歴史の中で、ピアニストとしても作曲家としても、唯一無二、フォロワーのいない、孤高のミュージシャンである。

その強烈な個性、その強烈な個性を前提とした曲作りゆえ、彼の作曲した曲を演奏し、アドリブするのは至難の業である。ジャズ・スタンダードにしても、彼独特のハーモニーと和音の重ね方、独特のタイム感覚と間の取り方を前提としたスタンダード演奏は、どう相対して良いのか、よほどタイム感覚と和音感覚が優れていないと、モンクとは共演できない。つまり、セロニアス・モンクと共演するには、彼の自作曲を彼と演奏するには、要は「綿密な打合せとリハーサル」が必要なのだ。

そのことを切実に感じるアルバムが、プレスティッジ・レーベルからリリースされている。1954年10月25日録音、1954年9月22日、1953年11月13日の3つのセッションから構成された『Thelonious Monk & Sonny Rollins』(写真左)である。
 

Thelonious_monk_sonny_rollins

 
テナー・タイタン、ソニー・ロリンズとセロニアス・モンクの共演。さぞかし、素晴らしいコラボになるだろうと想像される方もあるだろうが、冷静に考えると、ちょっと疑問符が並ぶ。
 
ジャズの正統派、卓越した歌心とテクニックで、コードを中心に正統に吹きまくるロリンズと、唯一無二、フォロワーのいない、孤高のミュージシャンであるモンク。このロリンズとモンクの組合せで思い浮かぶ言葉は「水と油」。

「水と油」とは言え、そこは、ジャズの歴史の中で、偉大なジャズ・ジャイアントの二人、ロリンズとモンクである。綿密に打合せをし、リハーサルを積み重ねれば、そこは天才の二人、素晴らしいコラボが現出したに違いない。天才同士とはそういうものだ。双方、理解し合えば、その相乗効果で、その素晴らしさが2倍にも3倍にもなる。

が、このアルバムの悲劇は、適当に優秀なミュージシャンを集めて、ほとんどリハーサル無し、いきなり録音して終わり、というプレスティッジで録音されたという事実である。

相乗効果どころか、ロリンズはロリンズのままで終始吹き切り、モンクはモンクのままで弾き切る。ただそれだけのアルバムになってしまった。逆に、モンクのピアノが、ロリンズを立ててか、ロリンズに合わせてか、ちょっと普通の弾き方に傾いているのが、面白いと言えば面白いが、それは本質を外れた楽しみ方だろう。

モンクの音楽は、彼の自作曲を彼と演奏するには、要は「綿密な打合せとリハーサル」が必要なのだ。そういう意味では、プレスティッジ時代のモンクは不遇だった。モンクの真価が発揮されるのは、その後、リバーサイド・レーベルに移籍してからである。
 
 
 
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2009年6月 7日 (日曜日)

祝・4大会連続W杯出場決定

いやはや、タフな試合だったなあ。ウズベキスタンに、あれほどまでに攻められるとは。前半早々に1点取ったは良かったが、後の85分は生きた心地がしなかった。まあ、とりあえず、これで4大会連続でのW杯出場決定。しかし、今回のW杯予選は盛り上がりに欠けたなあ。

94年米国大会の予選は、思い出すのも辛い「ドーハの悲劇」があった。98年フランス大会の予選は「ジョホールバルの歓喜」があった。2006年ドイツ大会の予選は、タイのスパチャラサイ国立競技場での北朝鮮との「無観客試合」での歓喜があった。しかし、今年は、なんとなく戦って、なんとなく勝った感じの試合ばかり。

これでは、先が思いやられる。アジアのサッカーはレベル・ダウンしていると思ってので、このまま日本が本戦に出ても、また1勝もあげられずに予選リーグ敗退になるのではないか。とにかく、岡ちゃんの監督采配には疑問符がつきまとう。選手の才能だけで戦えるほど、W杯本戦は甘くないだろう。後1年ある。監督交代も視野に入れた、W杯本戦で勝つための方策をサッカー協会に求めたい。

でも、W杯出場決定というのは、とりあえず、めでたいことである。2010年のW杯は南アフリカ大会。南アフリカのジャズ・ミュージシャンと言えば、ダラー・ブランド(Dollar Brand)、現在の名前は、アブドゥーラ・イブラヒム(Abdullah Ibrahim)が真っ先に浮かぶ。

African_piano

アブドゥーラ・イブラヒム(Abdullah Ibrahim)。1934年10月9日南アフリカ共和国ケープタウン生まれのジャズ・ピアニストである。1962年に渡欧、デューク・エリントンの目にとまり、本格的にデビュー。以降70年中期まで、アフリカ、欧州、米国を往来して活動。しかし、1976年、南アフリカ・ジャズ祭を組織したとして、それがアパルトヘイトに反する行動とされ、国外退去に。その後、名前を「ダラー・ブランド」から「アブドゥーラ・イブラヒム」に改名し、今に至る。

黒々とアーシーで、ダイナミック。アメリカン・ルーツ・ミュージックを彷彿とさせるフォーキーな旋律。突然現れるフリーキーで激情的なブレイク。アブストラクトに弾きまくるパワー。アブドゥーラ・イブラヒムのピアノは、1曲聴くだけで、それと判る個性的なピアノである。

彼のピアノの特徴は、ソロ・ピアノで感じるのが一番良い。1969年に収録された『African Piano』(写真左)。冒頭の「Bra Joe from Kilimanjaro」の演奏が、アブドゥーラ・イブラヒムである。

重く力強い、黒々としたアーシーな左手。延々と続く左手のリフに、アメリカン・ルーツ・ミュージックを彷彿とさせるフォーキーな旋律を右手で乗せていく。途中、突如として現れる、フリーキーでアブストラクトなブレイク。雷鳴が轟くような、地響きのようなブレイクが押し寄せる。

全8曲。「Bra Joe from Kilimanjaro」から、ラストの「Tintiyana」まで、ノンストップで、怒濤のように、疾走するかのように、次々と演奏されていく。その連続性とダイナミズムに圧倒されっぱなしで、アルバムの収録総時間である40分が、あっという間に過ぎてしまう。凄い迫力、圧倒的な歌心である。

アブドゥーラ・イブラヒムのジャズ・ピアノの中に、常に「アフリカ」を感じることができる。特に、この『African Piano』には、圧倒的に「アフリカ」を感じる。アブドゥーラ・イブラヒムは、南アフリカで、「尊敬」の対象と聞く。それも十分頷ける。アブドゥーラ・イブラヒムのジャズ・ピアノには、常に「アフリカ」がある。決して、西洋音楽に迎合しない、常に「アフリカ」を感じる音があるのだ。
 
 
 
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2009年6月 6日 (土曜日)

これはiPhoneじゃ駄目・・・

会社の往き帰りは、アルバム鑑賞の貴重な時間である。駅へ歩きがてら、駅で始発を待ちながら、電車の中で本を読みながら、ず〜っとiPhoneで音楽を聴いているんだが、これがアルバム鑑賞として、実に貴重な時間である。

iPhone、iPodは意外と音が良い。オーディオ的に細かく言うときりがないんだが、まずまず鑑賞に耐えうる音だと思っている。ジャズのアルバムは、特にアコースティックの場合は、楽器の音の微妙なニュアンスや生楽器ならではの響きが重要なんだが、意外とこれをなかなか頑張って再生してくれる。

そんな会社の往き帰り「音楽鑑賞」で、結構、アルバムをこなしているんだが、さすがに、これはiPhoneじゃ駄目、ってアルバムも多々ある。アコースティック系ジャズで、ソロ、デュオ編成の繊細なニュアンスが「命」のアルバムは、iPhoneじゃ全く駄目。楽器で言うと、ベースやギターの繊細な演奏は、iPhoneじゃ全く駄目。

最近、iPhoneにアップして、会社の往き帰りで聴こうと思って「こりゃ駄目だ」と思ったアルバムが、Jim Hall & Ron Carter『Alone Together』(写真左)。ジャズ・ギターとベースの変則デュオ。弦楽器同士のデュオは「異色中の異色」。
 

Alone_together

 
ジム・ホールとロン・カーターのデュオは、1970年、NYのクラブ「ザ・ギター」の出演から始まる。このクラブに出演中に Milestoneよりライブ録音の打診があり、出演中の「ザ・ギター」が手狭であった為、「プレイボーイ・クラブ」でのライブ録音となったらしい。

言うまでもなく、ジム・ホールもロン・カーターも、双方、実績豊富、テクニック秀逸なジャズ職人的なミュージシャンである。ギターもベースも生楽器だからこその、微妙な音のニュアンスが思う存分聴けます。絡むが如く、せめぎ合うが如く、歌うが如く、和気あいあい、それでいてシビアな技術の交換が、聴いていて楽しいし、ワクワクする。

丁々発止と繰り広げられる「技術の交換」。その卓越した技術に裏付けられた「歌ごころ」。やっぱり、スタンダード系の曲が映えます。ギターもベースも弦楽器。旋律を奏でるには、ちょっと線の細い楽器なので、キャッチャーで判りやすいメロディーを持つ、スタンダード系の曲の方が判りやすいですね。

収録された音の方も、1970年代前半、しかもジャズ・クラブでのライブという録音条件を考えると、ジム・ホールの透明感溢れるギター、ボヨンとしたロン・カーターのベースの低音、共に、なかなか良く再現されている。やはり、このアルバムは、自宅のメイン・ステレオでじっくりと聴かなければ、その真価が実感できない、繊細なニュアンスが「命」のアルバムの一枚である。
 
 
 
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2009年6月 4日 (木曜日)

ジャズ喫茶で流したい・2

ちょっと捻りを効かせた、聴いているジャズ者の方々が、「これ、何て言うアルバム」って、ジャケットを見に来るような、そんなアルバムを、ジャズ喫茶では流したい。ジャズ者の皆さんが、買うのに躊躇う、手に入れるのに悩む、でも、実のところ、ジャズとしてなかなかの内容のアルバム。そんなアルバムを、ジャズ喫茶で流したい。

このアルバムも、もし僕がジャズ喫茶のマスターだったら、さりげなく流したいアルバムの一枚である。 Denny Zeitlin(デニー・ザイトリン)の『Tidal Wave』(写真左)。

Denny Zeitlin(デニー・ザイトリン)とは、1938年シカゴ生まれのピアニスト。大学時代は、なんと医学を専攻。並行して、作曲と音楽理論を学んだという、ジャズ界の知的エリート。流石に、リーダー・アルバムなどは僅少、かなり寡作なジャズ・ピアニストです。

でもって、そんな寡作な、精神科医と掛け持ちのジャズ・ピアニストが、なぜ、ジャズ者の世界の中で、名前を留め続けることが出来るのか。それは、彼の端正で硬質でダイナミックなピアノにある。

一聴した時は誰だか判らない。でも、聞き終えた後、何故か心に残る。これが、デニー・ザイトリンのピアノの特徴。何故だか詳しいことは判らないんだけどね。本当に、何故か心に残る、ザイトリンのピアノ。

そのザイトリンが、1983年に残したアルバム。パーソネルは、Charlie Haden (b), Denny Zeitlin (p), John Abercrombie (g), Peter Donald (ds)。特に、John Abercrombieとのコラボが素晴らしい。
 

Tidal_wave

 
唯一ソロによる演奏の「Billie's Bounce」で、ザイトリンのピアノの特徴が判る。端正で硬質でダイナミックなピアノ。加えて、ぎりぎりフリーキーな、それでいて、ジャズの伝統の範囲内にしっかりと留まった理知的な演奏。この知的、理知的という部分が、ザイトリンのピアノ最大の特徴。

John Abercrombieのギターは、エフェクトを「ガッツリ」効かせた、捻じれに捻れた、プログレッシブなジャズ・ギター。暴力的な感じではあるが、実は繊細なフレーズの積み重ねが実に素晴らしく、John Abercrombieって、こんなに機微を心得た、陰影、起伏溢れるギタリストだったのか、と感動を覚える位の素晴らしい演奏です。

その変幻自在、プログレッシブなギターを支える、ザイトリンの伝統的で端正で硬質でダイナミックなピアノ。加えて、Charlie Hadenのタイトで重量感のあるベースが支える。そして、Peter Donaldのフリーなドラミングが、他のメンバーの演奏により自由を与え続ける。

このアルバムって、相当水準が高いと思います。1983年、フュージョンの時代が去った、ジャズの「踊り場」の時代。そんな時代に、この高水準な純ジャズの存在。いや〜、ジャズって、本当に懐の深い音楽ジャンルだと、改めて感心することしきり。

こんなアルバムの演奏が、ジャズ喫茶のスピーカーから「さり気なく」流れている。そんな仮想のジャズ喫茶を想像するだけで、なんだかドキドキしてしまいます。もし、このアルバムの存在を知らない頃だったら、僕は、絶対にマスターに思わず訊きにいきますね。「あの〜、このアルバム、誰の何て言うアルバムですか?」。
 
 
 
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2009年6月 3日 (水曜日)

ポップなボブ・ジェームス

渾身のアレンジと自作曲、そして、それを演奏し尽くす煌めくメンバー達の数々。ボブ・ジェームスのファースト、セカンドは素晴らしい出来だった。LPでいうB面の1曲目にクラシックの名曲を実に秀逸なアレンジで聴かせるところは、どちらも同じ。このファーストとセカンドは、兄弟アルバムみたいなもの。

さて、続く3枚目のリーダーアルバム『Bob James Three』(写真左)。このアルバムだけ、スティーブ・ガットではなく、ハービーメイソンの起用。ビートの雰囲気が違うのはそのせいだろう。ファンキーでポップ。この『Bob James Three』では、ファンキーでポップなボブ・ジェームスが聴ける。

特に、象徴的な曲が、3曲目の「Weschester Lady」。ファンキーな雰囲気が満載。ボブ・ジェームスのアレンジ&プロデュースの「引き出しの多彩さ」を、いやというほど実感できる名演である。とにかく、ストリングスのアレンジが素晴らしく、実にお洒落である。ボブ・ジェームスの十八番であるフェンダー・ローズもファンキーでポップ。これぞ、フュージョン。これぞ、良いフュージョンである。
 

Bob_james_3_2

 
冒頭の「One Mint Julep」も、ブラスの重ね方も響きも、徹頭徹尾に「ファンキー」。続く2曲目の「Women Of Ireland」は、幽玄なフルートの出だしが実に印象的で、カリプソ的なカリビアンなフェンダー・ローズの響きが凄く心地良い。そして、エリック・ゲイルのソロ。必殺の「泣きのフレーズ」が炸裂する。

ファースト、セカンドは良く紹介されるが、意外と地味な存在の『Bob James Three』。でも、その内容は、ファースト、セカンドとは違った、ファンキーでポップなボブ・ジェームスが聴けて、これはこれで、素晴らしい出来だと思います。

最初聴くと、ファンキーでポップな雰囲気とストリングスの多様が、ちょっと俗っぽく感じて、若干の「戸惑い」を感じることもありますが、聴き進めるうちに、ボブ・ジェームスの優れたアレンジとプロデュースに、ドップリ浸りきっている、そんなアルバムです。

今の耳で聴いても、決して古く聴こえない。ボブ・ジェームスのアレンジとプロデュースの「能力の高さ」と「センスの良さ」が実感できる、隠れたボブ・ジェームスの秀作だと思います。今でも時々引っ張り出してきては聴く、お気に入りの一枚でもあります。
 
 
 
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2009年6月 2日 (火曜日)

やっとリマスター再発じゃ〜・2

5月29日のブログ(左をクリック)で、ご紹介したボブ・ディラン&ザ・バンドの『偉大なる復活』。やっとのことで、リマスター紙ジャケ再発で、やっと鑑賞に耐える音での復活である。まあ、紙ジャケはショボかったけどね。

実は、同日のリリースで「やっとリマスター再発じゃ〜」と叫びたくなるアルバムが、もう一枚あった。同じ、ボブ・ディラン&ザ・バンドの『The Basement Tapes(邦題:地下室)』(写真左)である。1975年にリリースされたボブ・ディランとザ・バンドのアルバム。1967年にウッドストックの「ビッグ・ピンク」と呼ばれた家で録音されたもの。

1975年、LPにて初リリース時、このリリースはショックというか、狂喜乱舞だった。僕は、アメリカン・ルーツ・ミュージックが大好きである。アメリカン・ルーツ・ロックが大好きである。この『地下室』の音は、ボブ・ディラン&ザ・バンドの宅録なんだが、アメリカン・ルーツ・ロックの骨格が見え隠れして、それはそれは滋味深い、とても味わいのある演奏なのだ。

宅録なので、別に、ボブ・ディラン&ザ・バンドは正式リリースを目論んでの録音では決して無い。絵画でいうと「習作レベル」である。正式にリリースするものではないかもしれない。取るに足らない、演奏という表現にも満たない、音の「フラグメンツ」なのかもしれない。でも、僕には、アメリカン・ルーツ・ロックを体現させてくれる貴重な音源なのだ。
 

Basement_tapes_3

 
そこはかと底に流れる「アイリッシュ」的感覚。そして、そこはかと底に流れる「ゴスペル」的感覚。それを、それと明確に表出することなく、ロック・ミュージックとして、仕立て上げてるセンス。当時のボブ・ディラン&ザ・バンドのセンスの良さと矜持を感じる。

確かに、商業ロックを聴き慣れた方々には「なんだこのラフな演奏は」と思うだろう。「なんだ洗練されていない、練習的な演奏を聴かせるのか」と憤るだろう。でも、それはそれで良い。そんな人は、商業ロックとして、完成されたアルバムを聴いていたら良い。

でも、この『The Basement Tapes(邦題:地下室)』は、アメリカン・ルーツ・ロックを示唆してやまない、実に魅力的なエッセンスが詰まった、素材としての演奏がギッシリ詰まっている。

アメリカン・ルーツ・ロックには限りない憧れを感じる。何時の日か、アメリカン・ルーツ・ロックをやってみたいとも思う。そんな時、これだけは外せない。これは絶対にコピーさせて貰う。そんな曲がズラリと詰まった『The Basement Tapes(邦題:地下室)』。

今回のリマスターで、楽器の分離とクオリティが一段、いや、二段三段上がった。なんだやればできるじゃないか。今までのリマスターはなんだったのか。LPに全く劣るリマスター。それしか聴けない身の不幸を強烈に感じていた2009年4月までの僕たち。でも、これからは違う。2009年5月にリリースされたリマスター紙ジャケ・バージョンがあるのだ。

いや〜「やっとリマスター再発じゃ〜、やったで〜」と大声を出して叫びたいほどの、『The Basement Tapes(邦題:地下室)』の今回の再発である。
 
 
 
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2009年6月 1日 (月曜日)

ジャズ喫茶で流したい・1

ジャズのアルバムには「定盤」と呼ばれるものが多々ある。ジャズ入門書を賑わし、レコード会社のジャズ・アルバム再発キャンペーンを賑わす、教科書的な、真のジャズ者になる為に、試行錯誤しながらも、聴かなければならないアルバム達。

もしも、リアルなジャズ喫茶をやるなら、どうもこの「定盤」アルバムは、流すのが憚られる。リクエストされたら仕方が無い。でも、「定盤」アルバムは、誰もが知っている、誰もが推薦するアルバムである。なにも、ジャズ喫茶のマスターが「これどうぞ」と薦めるアルバムでは無いだろう。

やっぱり、ちょっと捻りを効かせた、聴いているジャズ者の方々が、「これ、何て言うアルバム」って、ジャケットを見に来るような、そんなアルバムを、ジャズ喫茶では流したい。ジャズ者の皆さんが、買うのに躊躇う、手に入れるのに悩む、でも、実のところ、ジャズとしてなかなかの内容のアルバム。そんなアルバムを、ジャズ喫茶で流したい。

最近、入手したアルバムの中で、例えば、SAHIB SHIHAB(サヒブ・シハブ)の再発ものである『SENTIMENTS』(写真左)なんて、そんなアルバムの一つ。1965年、1971年録音。録音年を見ても判る通り、寄せ集め的なアルバム。

1971年3月コペンハーゲン録音の秀作『Sentiments』の全曲を収録し、更にボーナス・トラックとして、1965年8月&12月コペンハーゲン録音のアルバム『Sahib Shihab And The Danish Radio Jazz Group』からのピックアップ6曲(なぜが2曲省略)を加えた、24-bitリマスターのCD化版。しかし、こんな変則的な収録しなくても良いのになあ。
 

Sahib_shihab_sentiments_6

 
でも、その内容は、実に面白い。バリトン、フルート、アルト、ソプラノ、等を自在に吹きこなすマルチ・リードのテクニシャンであるサヒブ・シハブ。

『Sentiments』の収録曲の部分は、1965年の録音。当時流行だったフリー・ジャズとモード・ジャズの雰囲気を所々に漂わせながら、アブストラクトな演奏と伝統的なハード・バップな演奏がミックスされた、とてもユニークな演奏の数々。

そもそも、サヒブ・シハブがマルチ・リード奏者だけあって、冒頭の2〜3曲を聴いただけでは誰だか判らない。でも、バリトン・サックスの音色が出てきた瞬間に、サヒブ・シハブか? とあたりを付けることは出来る。

ベースの音が、やけにブンブン魅力的に響くなあ、と思っていたら、全編に渡って、NIELS-HENNING ORSTED PEDERSENだったり、ちょっと優雅な黒いピアノの音色はKENNY DREWだったり、他の楽器、トランペットやドラムは、なかなかの演奏で、誰だろう誰だろうと思いながら聴いていて、パーソネルを確認して、全く知らないミュージシャンだったりして、とにかく、聴いていて面白い。

ダークで、ちょっとポップで、聴きやすい展開ながら、ところどころアブストラクトな側面を覗かせる、実に個性的なサヒブ・シハブのソプラノ・サックスとバリトン・サックスは、聴き所満載。フルートも水準以上の出来。

サヒブ・シハブと言われると、名前は聞いたことはあるけど、どんなアルバムを入手して良いのかも判らず、名前だけ聞いてスルーしがちな「サヒブ・シハブ」。この『SENTIMENTS』は、彼のマルチ・リードの特徴が良く出ていて「買い」のアルバムだと思います。2008年8月5日のブログ(左をクリック)でご紹介した『Seeds』もなかなか楽しめる、サヒブ・シハブのアルバムです。
 
 
 
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