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2009年4月の記事

2009年4月30日 (木曜日)

永遠のフュージョン名盤

肌寒い日も、なんとか行き過ごしつつある感じ。でも、治りかけていた風邪がちょっとぶり返して、なんだか調子が出ない。そんな時に難しい音楽は良くない。調子を立て直すには、昔から、お気に入りで聴き慣れたアルバムが良い。

そんな時は、やっぱり耳当たりの良いフュージョン・ジャズやなあ。お気に入りで聴きなれたアルバムかあ。そう言えば、フュージョン・ジャズで、一番長く、お気に入りで聴いているアルバムとは何か。

それは、ボブ・ジェームス(Bob James)の『One』(写真左)。出会ったのは、高校1年の秋。カセットデッキを手に入れて、片っ端から、FMエアチェックに励んでいた頃。ボブ・ジェームスの「涙のカノン」を偶然、エア・チェックした。良い曲だなあ。そりゃそうで、パッヘルベルの「カノン」のフュージョン・アレンジ版やもんね。

それで、ボブ・ジェームスという名前を覚えた。当時はFMもふるっていて、LP一枚分全てをオンエアしていた。そして、FM雑誌でチェックして、ボブ・ジェームス『One』フルフルをオンエアする番組をチェックして、エアチェックした。プレイバックして衝撃を受けた。

当時、プログレ小僧だった僕は、このテクニック溢れる、そして入念にアレンジされた、素晴らしい演奏に魅了された。今の耳で聴いても、素晴らしい演奏には変わりは無い。本当に良くできたアルバムだと思う。

冒頭の「Valley of the Shadows」は、当時からツボに填った名演。出だしは、良くアレンジされた、なんとなく「おどろおどろしい」、不安感漂うような、テンションの張ったマイナー調の演奏。フリー・ジャズの影響も見え隠れする、結構ジャジーなところがミソ。
 
 
Bob_james_one
 
 
しかし、である。8分10秒辺り、いきなりメジャー調に転調し、ブラスの「ユニゾン&ハーモニー」。ぱ〜っと視界が開けるような、ぶわ〜っと幸福感が舞い込んでくるような演奏に転換。このメジャー調に転調するところが「良い」。今でも、この部分になると「ゾクゾク」する。

そして2曲目「In the Garden(邦題:涙のカノン)」に移行する。この2曲目への移行も良い感じ。心からしみじみする。この曲で感心するのは、ハーモニカがメインの旋律を取ること。ハーモニカがメインの旋律を奏でる演奏を初めて聴いた。そして、途中、エレクトリック・ベースのソロが良い。この曲を聴いて、エレクトリック・ベースがソロを取ることを初めて知った。

4曲目「Night on Bald Mountain」は、ムソルグスキーの「はげ山の一夜」のフュージョン・アレンジ版。錚々たるメンバーでの、錚々たるテクニック溢れる演奏が繰り広げられる。特に、スティーブ・ガッドのドラミングが凄まじい。ボブ・ジェームスのアレンジが素晴らしい。単なるクラシック名曲のジャズアレンジといった安易なアプローチでは無い。ここまで素晴らしいアレンジは、もうアーティスティックなレベルにまで達している。

疾走感溢れる、ダイナミックで超絶技巧なテクニック集団の「はげ山の一夜」が終わるやいなや、「Feel Like Making Love」が始まる。この移行も「ぞくぞく」とする瞬間。「Feel Like Making Love」は、ロバータ・フラックの名唱で知られる名曲。ソフト&メロウなアレンジが心地良い。というか、これって、このアレンジって凄くないか。

そしてラストの「Nautilus」のディープで低音の響きが素晴らしい、加えて、この曲のアレンジも「Feel Like Making Love」とは違った、ソフト&メロウ感が素晴らしい。ボブ・ジェームスのアレンジと演奏の才能が全開のアルバム。このアルバムは、単なるフュージョン・ジャズでは片付けられない、アーティスティックな域まで達した、しっかりアレンジされたフュージョン・ジャズだと僕は思う。

やっとこさ、精神的に充電できたかな。後は、風邪をしっかり治すことやなあ。
 
 
 
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2009年4月29日 (水曜日)

愛しの「暖かトロンボーン」

先週の土曜日から、ちょっと肌寒い日が続いている。今日からGWが始まったというのに、なんだかこの肌寒さでは盛り上がらない。といっても、明日明後日は仕事だけれどね。しかし、これだけ肌寒いとちょっと風邪気味。体調は良くない。でも、昨晩は、気の置ける仕事仲間と、しこたま飲んで午前様。よって、ブログはお休みしました m(_ _)m。
 
さて、今日は、バーチャル音楽喫茶『松和』のジャズ・フュージョン館・「ジャズへの招待状・その他の楽器」のコーナーを更新しました。この「その他の楽器」のコーナーは、フルートやトロンボーンなど、現代ジャズでは、ちょっとマイナーになった楽器のミュージシャンをご紹介しています。今回は、暖かで丸い音色が特色の「カーティス・フラー」を採り上げました。

トロンボーンは実にほのぼのとした音で、実に魅力的である。構造上、速いパッセージはちょっとしんどいが、ミッド・テンポ~スロー・テンポでの、丸くほのぼのとした音は、実に魅力的。フラーのトロンボーンは、テクニックはそこそこではあるが、実に個性的な、木訥としていて、丸くて、モッコリした奏法。フラーのトロンボーンは、味があるというか、ファンキーというか、丸くて、暖かみがあって、僕はフラーがお気に入りである。

Blue_ette

僕のカーティス・フラーとの出会いはラッキーだった。カーティス・フラーとの初めての出会いは、遠い昔、ジャズ初心者の頃。大学1回生の頃に遡る。当時は、ジャズに関する情報、特に、初心者が参考にする情報がほんとうに乏しかった。ジャズ初心者向けの入門書は、常時、書店で手に入るものは1〜2冊。当然、その書籍は手に入れた。

でも、その書籍を参考にして、ジャズのアルバムを購入しても、当たり外れが出る。とにかく、理解できるアルバムと、さっぱり何が良いのか判らないアルバムと両極端なのだ。とりわけ困ったのは、さっぱり訳の分からないアルバムの方が圧倒的に多い。ジャズ初心者向けの入門本を読んで、推薦盤を購入して、さっぱり判らないんだから始末が悪い。よっぽど、僕はジャズと相性が悪いか、耳が悪いかのどちらかじゃないかと思ったこともある。

でも、カーティス・フラーの場合はラッキーだった。ラッキーというか、ジャズ入門書で紹介されている盤で、当時通って知っているレコード屋で手に入るアルバムは『ブルースエット』(写真左)だけだった。で、このアルバムは、初心者の僕にも良く判った。良いアルバムである。とにかく演奏が楽しく、演奏が粋である、ということが瞬時に判った。

やっぱり「ファイブ・スポット・アフター・ダーク」でしょう。ゴルソン・ハーモニーが炸裂。音の重ね方が実にファンキー&ブルージー。ハード・バップの代表的名曲であり、名演。耳の良い方、記憶力の良い方だと、昔、テレビのコマーシャルに使われていたことを、覚えていらっしゃるに違いない。
 
詳しくは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)にお越し下さい。お待ちしております。
 
 
 
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2009年4月27日 (月曜日)

Deep Purple のお気に入り

肌寒い一日。先週の土曜日から、ちょっと肌寒い日が続いている千葉県北西部地方。昨日は、風邪気味で一日調子が悪かった。ちょっと床に伏せっていたら、3時間ほど長い昼寝をしてしまい、夜が寝れなくて困った。悪循環である。

さて、今日もディープ・パープルの話題。昨日は『イン・ロック』のお話しをした。「レッド・ツェッペリンの成功で方向性が見えてきた。強力なリフとビートによるハードロックだ」。ということで、ハード・ロック色の濃いアルバムをリリース。それが『イン・ロック』。

このアルバムはイギリスチャート4位に入ったが、米国ではさっぱり売れなかった。そりゃあ、そうだろうなあ。ブリティッシュ・ロック独特の雰囲気、ウェットな、そして黄昏時のようなちょっと翳りのある、くすんだ渋い輝きの様な、独特の音だからなあ。

そして、次のアルバムが『Fireball(ファイアボール)』(写真左)。1971年のリリース。本国イギリスで初の1位に輝いた。僕は、この『ファイアボール』が、ディープ・パープルの第2期黄金時代のアルバムの中で、一番のお気に入りである。

なぜって? う〜ん、確かにそうだよな。イアン・ギランを除くメンバー全員が、このアルバムはイマイチだと言い、皆揃って辛辣な意見が多い。でもなあ〜。僕は、このアルバムの底に流れる、ディープ・パープルのバンドとしての心意気を感じるんだよな〜。

Dp_fireball

確かに、ハード・ロック路線を選択した。慌しいツアー活動の合間を縫ってレコーディングを行わなければならずメンバー達も集中してアルバムの製作を行うことが出来なかった、と言う割に、『ファイアボール』に収録された楽曲を聴いていると、何と言うか、バンドとしての意気込みを感じるんだなあ。

4曲目の「Anyone's Daughter」などは、カントリー&ウエスタン風のロック。う〜ん、ディープ・パープルらしくないぞ。でも、そんなところに「米国で売れたい」という気持ちがひしひしと伝わってくる。そして、6曲目の8分19秒の大作「Fools」に至っては、バンドとして、アーティスティックな面を引き出したいという意気込みを感じる。

この『ファイアボール』ってアルバムは、ディープ・パープルが、ロック・バンドとして、グループサウンドとしてのアーティスティックな面を精一杯追求したアルバムではないかと思うのだ。とにかく、収録されている楽曲全て、そして、『ファイアボール~アニヴァーサリー・エディション』に収録されているアウトテイクを含めて、ディープ・パープルが一番アーティスティックだった時代の名盤だと思うのだ。

でも、なんだか垢抜けないのはなぜだ? 恐らく、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジの様なアレンジとプロデュースに長けた「軍師」がいなかったせいだと僕は睨んでいる。特に、アレンジが「いけてない」。恐らく、ディープ・パープルって、ヘッド・アレンジのみでの曲作りだったんじゃないのか、と想像している。

でも、この『ファイアボール』のアルバムからは、当時のディープ・パープルのバンドとしての矜持を感じる。実にポジティブに、実にアーティスティックに、バンドとしてグループサウンドを追求した結果として、僕はこのアルバムが、ディープ・パープルのアルバムの中で一番、聴いたアルバムなのである。
 
 
 
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2009年4月26日 (日曜日)

ディープ・パープル来日に思う

今月のロック雑誌「ストレンジ・デイズ」は、ディープ・パープルの特集。へっ?ディープ・パープル?、と思いきや、この4月に来日公演してたのね〜。ディープ・パープルとイングヴェイ・マルムスティーンのジョイント公演とのこと。そうかそうか。

でも、ディープ・パープルって、まだ活動していたんやなあ。今回、来日メンバーを見てみると、Ian Gillan(vo), Steve Morse(g), Roger Glover (b), Ian Paice(ds), Don Airey (key)。でもって、1970年代の黄金期のメンバーというと、Ian Gillan (b), Ritchie Blackmore(g), Roger Glover(b), Ian Paice(ds), John Lord(key)だから、ギターのリッチー・ブラックモアとキーボードのジョン・ロードがいないのか〜。

ディープ・パープルって、メンバーの脱退、解散宣言、再結成宣言が頻繁にあって、Wikipediaの記録上は、第1期〜第10期まで、メンバーの変遷があったとされる。まあ、良く判らんが、再結成後、1984年以降の活動を見ていると、黄金期と言われた第2期の音を踏襲しつつ、新曲もとりあえず出すって感じになっている。

確かに、ディープ・パープルと言えば、黄金期とされる「第2期」が絶対だと僕は思うので、そんな歴史背景の中、黄金期のメイン・メンバーの二人、ギターのリッチー・ブラックモアとキーボードのジョン・ロードがいないのに「ディープ・パープル」と名乗るのはいかがなものか、とも思う。なんか「昔の名前で出ています」っぽくてねえ〜(笑)。

Dp_in_rock

さて、パープル黄金期、第2期の傑作アルバムと言えば、まずは『Deep Purple In Rock(邦題:イン・ロック)』(写真左)でしょう。この『イン・ロック』までの音楽性は、クラシカルな音楽性を加味した、所謂「クラシックとの協調路線」的サイケデリック・ロックだった。

が、この通算5枚目のアルバム『イン・ロック』は英国チャート4位に入り、別枠でシングル曲として発売された「ブラック・ナイト」が英国で2位を獲得した。この結果、ディープ・パープルはハードロック路線を進む事が決定。バンドの楽曲制作はブラックモアが主体となって行う事が自然に決まった。この『イン・ロック』以降は、ガラリと180%方向転換、ハード・ロック路線を突っ走ることになる。

確かに、今の耳で聴いても、『イン・ロック』に収録されている楽曲は、いずれも大変出来が良い。ハード・ロック・バンドにとって必要不可欠な「キャッチャーなリフ、キャッチャーなフレーズ」が満載で、どの演奏も耳に残り、耳に馴染むところが、この『イン・ロック』の優れている点である。まあ、LP盤の場合、トータルの収録時間がちょいと短いのが「玉に瑕」だけどね。

とりわけ、1曲目「Speed King」は、ハード・ロックそのものズバリな疾走感溢れる名演。3曲目の「Child in Time」は、サイケデリック時代のパープルの雰囲気を宿しつつ、硬軟自在かつダイナミックな展開が素晴らしい(曲そのものはパクリだけど)。5曲目の「Into the Fire」は、キャッチャーなリフが満載で、実に良く出来た楽曲だと思う。

この時代のハード・ロックのアルバムは、どれも「一発録り」風の、現代のアルバムの様に加工されていない、適度な緊張感とシンプル感が実に良い感じを出している。良いアルバムですね。今の若いロック・ファンにも聴いて欲しい「ロック・クラシック」だと思います。
 
 
 
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2009年4月25日 (土曜日)

雨の一日、職人芸を楽しむ

今日の千葉県北西部地方は、終日雨。しっかし良く降るなあ。相当強い雨もあったりで、嵐みたいな時間帯も。それでも、車の定期点検、週次定例の買い出し、そして、歯の定期検診等々、予定がびっしりの土曜日。これだけ雨が降ると、結構なストレスになるらしく、かなり疲れた。

こんな雨の日は、しっぽりと渋いジャズを聴くと、なかなかに心がホッとして、心からリラックスできるのだ。しっぽりと渋いジャズかあ〜。ということで、今日の目玉は『The Poll Winners』(写真左)。1956年度の『ダウンビート』、『メトロノーム』、『プレイボーイ』各誌における人気投票でポールウィナー(ナンバーワン)になったプレイヤーを集めた企画盤。パーソネルは、Barney Kessel (g・写真右), Shelly Manne (ds), Ray Brown (b)。1957年3月の録音。

全盛期のコンテンポラリー・レーベルをはじめ、1950年代後半、この頃のウエストコースト・ジャズは明るくて、実に楽しいアルバムが多い。それでいて、内容は濃く、アレンジ先行という揶揄もあるが、今の耳で聴くと、アレンジ先行が上手くはまっていて、破綻の無い、水準レベル以上の演奏が多く残っている。この『The Poll Winners』も、スカッとするような明るさと爽やかさが「売り」の秀作です。
 

The_paul_winners

 
まずビックリするのが、ギターのバーニー・ケッセル。こんなに熱気溢れるギタリストだったっけ。こんなに超絶技巧なギタリストだったっけ。とにかく、このアルバムでのケッセルは、バックの二人のビートに乗って、弾きまくっています。素晴らしい。このアルバムの実質リーダーがケッセルだ、ということもあるんだろうなあ。とにかく全編、気合いが入っている。

ドラムのシェリー・マンは、もともとテクニシャン。このアルバムでも、丁々発止と超絶技巧なドラミングの妙を聴かせてくれます。いや〜、惚れ惚れしますな。これだけ繊細かつ大胆なドラミングは、なかなか東海岸では見当たりません。ウエストコースト・ジャズならではのドラミングですね。そこはかとなく、知性が漂うドラミング。

ベースのレイ・ブラウンは説明不要のベーシスト。テクニックをとってはジャズ界最高峰。このアルバムでも、レイ・ブラウンのベースが要になっています。彼の叩き出すビートがあってこそ、ケッセルもギターを弾きまくれる訳だし、ドラムのシェリー・マンも、数々のテクニックを披露しながらも、必ず、メインの演奏へ戻ってこれる。この「ポールウイナー」達の自由奔放な演奏は、ベースのレイ・ブラウンの存在に追うところが大きい。

「ジョードゥ」「サテン・ドール」等々、楽しく聴けるジャズ・スタンダードがズラリと並ぶ。スタンダードがズラリと並んでも怯むことはない。トリオの3人の歌心とテクニック溢れる職人芸が、そのスタンダードの演奏をアーティスティックな世界へ昇華させている。見事である。ジャズ・スタンダード演奏の見本とも言うべき内容に、とにかく惚れ惚れとしてしまう。

僕は、6曲目の「On The Green Dolphin Street」が大のお気に入り。この曲の演奏を聴く度、至福の時を感じる。う〜ん、このアルバム、ジャズ者必携盤でしょう。
 
 
 
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2009年4月24日 (金曜日)

こだわり無く、ノンビリ聴く

長年、ジャズを趣味にしていると、いろいろと組織だって、あるミュージシャンを集中して聴いたり、あるテーマを基に、アルバムを聴きこんだりするんだが、そんな聴き方を続けていると疲れてくる。時々は、聴きたいアルバムを抜き出して、頭の中を空っぽにして、こだわり無く、ノンビリとジャズを聴く。

今日は、Jackie McLean『The Meeting』(写真左)。アルト・サックス奏者のジャキー・マクリーンと渡欧中のテナー・サックス奏者、デクスター・ゴードンとの唯一の共演ライヴ盤。1973年7月20日、デンマークはコペンハーゲン、ジャズハウス「モンマルトル」でのライブ録音。2枚に分散収録されたアルバムの1枚目。

ちなみにパーソネルは、Jackie McLean (as), Dexter Gordon (ts), Kenny Drew (p), Niels-Henning Orsted Pedersen (b), Alex Riel (ds)。う〜ん、なかなかの布陣である。

マクリーンのアルトは、一聴して直ぐに判る。丸く真っ直ぐな音なんだが、音程が少し外れて、ちょっとテンポがずれている感じが「ジャキー・マクリーン」である。クラシックの世界だと絶対に落第点だろうな。でも、ジャズの世界では、これが個性として輝くから面白い。
 

Jackie_m_the_meeting

 
どの曲もメンバーは皆、絶好調である。このアルバムの実質上のリーダーは、マクリーンであるが、実際はデクスターと双頭アルバムである。マクリーンも絶好調だが、デクスターも絶好調。ミディアム・テンポの軽快な曲、3曲目の「Rue de La Harpe」では、マクリーンのアルト・ソロから始まるが、マクリーンとデクスターが徐々に互いに触発しあって、ヒート・アップしていく様が実に良い。ジャズを感じる瞬間である。

さすが、名手マクリーンとデックス。バラードも素晴らしい。5曲目「Sunset」はバラード。始まりはマクリーンとデックスのユニゾンによるテーマ。広がりのある展開、美しいバラード演奏。歌うように、慈しむように歌い上げていく、マクリーンのアルトとデックスのテナー。

ニールス・ヘニングのベースが絶好調。超絶技巧のベースソロが堪能できる。ドリューのピアノも地味ではあるが、確実なサポート。リールのドラムスは、ちょいと叩きすぎの感があるが、フロントの二人に、これだけ煽られては、もう叩きまくるしかないよな(笑)。

ジャズの紹介本には、あまり採り上げられませんが、いいライブ・アルバムです。アーティスティックに洗練されているとは言えませんが、ジャズ独特の熱気溢れる、音の塊のような演奏は、やはり堪えられませんなあ。やっぱりジャズって良いですね〜。

こだわり無く、ノンビリ聴く。そんなジャズ鑑賞も心地良い。マクリーンの技とデックスの歌心に「舌鼓」ならぬ「耳鼓」(笑)。
 
 
 
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2009年4月23日 (木曜日)

ジャコのビックバンド、もう一丁

ジャコのビッグバンドのライブは、どれを聴いても興味深い。とにかく、従来の型に全くはまらない、自由奔放なビッグバンド。メンバーも実に良く、ユニゾンもハーモニーもソロも、実に楽しそうに演奏している。

昨日、ご紹介したライブ・アルバム。『Twins I & II - Live In Japan 1982』。1982年9月1日・日本武道館、1982年9月4日・大阪フェスティバルホール、1982年9月5日・横浜スタジアム、3日間の来日ライブから選定された2枚組。

実は、この来日ライブ、1982年のWord Of Mouth Big Bandの来日公演時の「お宝音源」が、2004年9月に突如発売された。NHKで収録された音源を発売にこぎつけた、貴重なライヴ。来日していた同時期に録音された『Twins I&II』とは別ヴァージョン。題して『Donna Lee Live at Budokan'82』(写真左)。

Jaco_budokan

『Twins I & II - Live In Japan 1982』が、3公演からセレクションされたライブ音源だったが、この『Donna Lee Live at Budokan'82』は、題名通り、武道館での公演からのセレクション。冒頭の「Donna Lee」から、ラストの「 Reza/Giant Steps/Reza」まで、武道館でのライブの雰囲気を追体験できるのが有り難い。

やはり、他のWord Of Mouth Big Bandのライブ・アルバムには収録されていない、「Donna Lee」が目玉。このライブ・アルバムの存在価値は大きい。Jacoファン必携の一枚と言えるアルバムです。

「Soul Intro」から「The Chicken」へのなだれ込みは、何時聴いてもその変化に胸が高鳴る。ホーン・セクションが鳴り響く、ビッグ・バンドらしいテーマに挟まれる形で、Toots Thielemansのハーモニカの躍動感が素晴らしい「Liberty City」。「Invitation」や「Elegant People」も、ライブならではの、良い意味での粗々しさと迫力、そして熱気。このライブを実際に見て聴いた人々は、本当に幸せだったろうなあ。羨ましいなあ。

いや〜、さすがNHK。と言いたいところだが、他にも「お宝音源」があるんと違うか。NHKって、かなり色々と大物の来日公演を放映していたから、実は、かなりのお宝が眠っているんとちゃうか〜。権利関係とか面倒なことが色々あるんだろうが、なんとかしてリリースして欲しいもんですね〜。
 
 
 
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2009年4月22日 (水曜日)

ジャコの傑作ライブ・アルバム

「ジャコのもう一つの側面が、作曲家、編曲家、プロデューサーとして側面。唯一無二な、実にユニークな編成のジャズ・ビッグ・バンドを主催していた、その才能はもっと評価されても良い位、傑出したものだと僕は思う」。

と、先日、このブログ(4月15日のブログ・左をクリック)で述べた。そのビッグ・バンドの傑作ライブ・アルバムが、日本発で「ある」。『Twins I & II - Live In Japan 1982』(写真左)。1982年9月1日・日本武道館、1982年9月4日・大阪フェスティバルホール、1982年9月5日・横浜スタジアム、3日間の来日ライブから選定された2枚組。

当初は別々に『 Twins I 』と『 Twins II 』として日本国内限定発売で2枚同時にLP レコードとして発売されたもの。1982年9月に行われたオーレックス・ジャズ・フェスティバルでのコンサートを収録したライブ・アルバムだった。う〜ん懐かしい。1982年9月と言えば、僕は社会人ホヤホヤ、絶対に住みたくなかった東京にいきなり転勤させられ、仕事がてんこ盛りの東京。仕事仕事仕事で、ジャコのライブどころでは無かった。

だから、この『 Twins I 』と『 Twins II 』の2枚のLPは有り難かった。素晴らしいライブアルバムだ。そして、CD化された時は万々歳。24ビット、デジタル・リマスタリングだけに音も良く、LPの様にA面、B面で裏返すこともなく、連続して、ライブ演奏が追体験出来る。

この『 Twins I 』と『 Twins II 』から、世界発売向けにアメリカのワーナー・ブラザーズ・レコードが1枚のアルバムに抜粋し、コンピレーション化したアルバムが『Invitation』(写真右)。

Jaco_live

『Twins I & II - Live In Japan 1982』は冗長な部分がある、ダレた部分がある。そして、その部分を編集して1枚にまとめた『Invitation』の方が優れている。どうも、世間ではそういう評価が横行しているようだが、僕はそうは思わない。

『 Twins I 』と『 Twins II 』はライブの記録。ライブ演奏そのものの記録である。我々は、当時のライブを、その時の聴衆が聞いた演奏と同じものを追体験できる。が、『Invitation』は編集物である。所謂「作り物」。厳密にいうとライブの記録では無い。

ジャズのライブは一期一会。同じ演奏は2度現れない。その再現性の無い、その瞬間が全てというところがジャズ演奏の醍醐味である。そりゃ〜、人間が演奏するんだから、冗長な部分も出て来るだろうし、ダレた部分もあるだろう。でも、その人間性を感じることができるのも、ジャズの良さ、ってものじゃないかしら。

その冗長な部分、ダレた部分などをカットして、良い演奏の部分を使って差し替えたり。はたまた、ライブ録音の上に、後で楽器演奏をオーバーダビングしたり。それって、人間がその才能の限りを尽くして、その場限りの演奏を繰り広げる、再現性の無い、一期一会のジャズ演奏を、人の手で「加工する」ことになるんじゃないのかなあ。

僕は『Twins I & II - Live In Japan 1982』の方が圧倒的に好きだ。冗長な部分、ダレた部分も含めて、人間らしく、その才能の限りを尽くして、一期一会の演奏を繰り広げる、リーダーのジャコ・パストリアスをはじめとした、ジャコ・パストリアス・ビッグ・バンドの面々の演奏が大好きである。この演奏を生で聞き見た人達が羨ましい限りである。

『Twins I & II - Live In Japan 1982』を聴き込んで、その長さに馴染んでしまうと、どうも編集された『Invitation』は短く感じて、ミスの無いところが面白みに欠けて、どうもいけない(笑)。
 
 
 
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2009年4月20日 (月曜日)

米国ルーツ・ミュージックって

学生時代から、ふ〜ん、そうなんだ、と思ってしまうアルバムがある。悪い意味じゃ無い。でも、皆が皆、そうだそうだ、っていうと、なんとなく、それは違うんやないか、と思ってしまうものってあるよな。

Dr. Johnの『Dr. John's Gumbo』(写真左)。1972年のリリース。Dr.Johnといえばニューオリンズ、ニューオリンズといえば『Gumbo』というわけで、ニューオリンズ・サウンドのエッセンスが、ギュッと詰まったアルバム。

日本では、誰もが皆、このアルバムを「サザン・ロック」の代表的名盤とする。「サザン・ロック」を理解するには、この『Gumbo』を聴けば判る、とまで言い切る評論家もいる。でも、今の耳で聴くと、「サザン・ロック」とは、う〜ん、ちと違う。どちらかと言えば、アメリカン・ルーツ・ミュージックの良きサンプル、良きアルバムとは言える。

でも、僕はこのDr. Johnの『Dr. John's Gumbo』は大好きです。大学時代は本当に良く聴いた。とにかく渋い。ブルースから、カントリー、ゴスペル、ディキシーランド・ジャズ等々、アメリカン・ルーツ・ミュージックの様々なエッセンスを上手くミックスして、実に個性溢れる音に仕上げている。
 

Gumbo

 
ちなみに、1970年代、日本のロックの粋なミュージシャン達って、この辺の音をパクッているなあ、って良く判る。サザン・オールスターズの初期の頃って「モロ」だよな〜(笑)。当時は、なんて渋くて粋なロック・バンドなんだろう、って無邪気に感心していたんですが・・・。でも、パクリながも、自分たちの音になんとか仕立てようとしていたところって、やはり実力があったんやなあ、と感心もしたりする。

Dr. Johnの『Dr. John's Gumbo』を、サザン・ロックの代表的名盤、サザン・ロックの雰囲気はこのアルバムで判る、とするのは、今でもどうかと思う。しかし、アメリカン・ルーツ・ミュージックとはいかなるものか、アメリカン・ルーツ・ロックとはいかなるものか、という実に良きサンプルの一枚ではある。

アメリカン・ルーツ・ミュージックを南部志向にして、ニューオリンズを望めば、この『Gumbo』の音。サザン・ロックは、この南部志向のアメリカン・ルーツ・ミュージックを、当時流行のハード・ロックというトレンドでアレンジした、洗練された、シャープでダイナミックなロックのことを言うんだと思う。

憧れのアメリカン・ルーツ・ミュージック。アメリカン・ルーツ・ミュージックを聴いていれば、心安らぎ、心楽しく、そして、哀愁も感じることができる。ジャズもアメリカン・ルーツ・ミュージックのひとつ。アメリカン・ルーツ・ミュージックは、奥が深く、実に複雑で面白い。

Dr. Johnの『Dr. John's Gumbo』。実に良いアルバムです。アメリカン・ルーツ・ミュージックをロックとして感じるには格好のアルバムだと思います。
 
 
 
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2009年4月19日 (日曜日)

Di Meolaよ、やり過ぎは良くない

過ぎたるは及ばざるが如し、という言葉がある。「物事には程度というものがあり、その程度を過ぎると、 かえって不足するのと同じようによくないことになる」の意。音楽の世界だって同様な事があり得る。

Al Di Meola(アル・ディ・メオラ)の『Splendido Hotel』(写真左)を聴く度に、その諺を思い出す。「過ぎたるは及ばざるが如し」。まさに、この『Splendido Hotel』については、この諺通りの印象。

スパニッシュな音、ラテンな音、そして、アラビア風の神秘的なメロディー有。音のバリエーションは多彩。そして、ギターについては、定番の高度なテクニックを軸に、ヴォーカル入りの曲やピアノとのデュオなどさまざまなナンバーを収録。う〜ん、バラエティが広がりすぎて焦点が絞れない。

国籍不明、ジャンル不明なポップなギター・インストの、3曲目「Roller Jubilee」や9曲目「Spanish Eyes」を初めて聴いた時は、高中正義かと思った(笑)。 リーダー作第4作目なんだが、先の3作には、アルバムの底に「ジャズ」が見え隠れしていたんだが、この『Splendido Hotel』には、その底にある「ジャズ」の雰囲気が希薄。う〜ん、やっぱり、やり過ぎは良くないぞ、ディ・メオラ。
 

Splendido_hotel

 
特に、ヴォーカル入りの8曲目「I Can Tell」は、絶対にやり過ぎである。定番の高度なギターテクニックを軸に、スパニッシュな音を隠し味にした「フュージョン・ジャズ」が売りのディ・メオラ。そのディ・メオラがボーカル入りのギター・インストに手を染めたら、それこそ、単なるギター・インストのイージーリスニングになってしまうではないか。

「過ぎたるは及ばざるが如し」。ディ・メオラよ、やり過ぎは良くない(笑)。今でも、このアルバムを聴くと、ちょっと赤面ものである。そう言えば、この『Splendido Hotel』は1980年のリリース。1980年辺りと言えば、フュージョン・ジャズの全盛期が過ぎて、フュージョン・ジャズ自体が迷走を始めた時期である。

そんな時代背景もあるのかなあ。とにかく、この『Splendido Hotel』は、その内容がバラエティに富みすぎていて、ちょっと焦点がぼけた、ミュージシャンとしての主張が希薄な作品になっているのが、実に惜しいアルバムです。前作に増して、ディ・メオラのテクニックに、更に磨きがかかっているだけに、ですね。
 
 
 
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2009年4月18日 (土曜日)

音楽喫茶『松和』の更新です!

昨日、我が千葉県北西部地方は、ガタッと気温が10度ほど下がって、ちょっと肌寒い一日。今朝も、ちょっと冷え込んだみたいで、脱ぎだしていたんだと思うが、寒くて起きた。なんとなく、体が怠い。

とはいえ、冬に比べれば圧倒的に過ごしやすい毎日に、いや〜春ですな〜、と思いながら、あれこれ用事を済ます毎日。今日は、我が旗艦ホームページ・バーチャル音楽喫茶『松和』の、怒濤の更新です。

まずは「ジャズ・フュージョン館」。月次更新恒例の「ジャズの小径」の更新です。今月の「ジャズの小径」は、春の季節に相応しい、日本人女性お二人のアルバムをご紹介したいと思います。どちらもアルト・サックス奏者なんですが、矢野沙織さんと小林香織さん。沙織ちゃんは、純ジャズ路線まっしぐら。香織ちゃんは、フュージョン路線、スムースジャズ路線をまっしぐら。どちらも精進を重ねて上手くなりました。

Matsuwa_200904

ご紹介しているアルバムは、矢野沙織ちゃんの『SAKURA STAMP』、と小林香織ちゃんの『GROW』。どちらのアルバムも溌剌としていて、ポジティブなアルトの響きが心地良い。唄うようなフレーズ、しっかりとした基礎を感じさせる、堂々としたインプロビゼーション。暖かくて明るくて、そして、どこか物悲しい、そんな春の雰囲気にピッタリのアルバムです。

詳しくは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)まで、お越し下さい(笑)。

さて、怒濤の更新、第二弾は、バーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」の久々の更新です。さすがに、ネタ切れ気味の「懐かしの70年代館」。しかし、まだまだ、70年代ロック、Jポップで、基本的に押さえておかなければならないミュージシャン、グループの全てを押さえきっている訳では無いので、和んでいる訳にはいかない。

ということで、「懐かしの70年代館」は、まだまだ『ロックキッズ』のコーナーの更新です。今回のアーティストは、遅れてきた「西海岸ロック」と題して、ファイアフォール(Firefall)を採り上げました。

Firefall_member

1970年代半ば、米国西海岸を席巻したカントリー・ロックはそのカントリーらしさを前面に出すのではなく、よりソフィスケートされた音楽スタイルを身に付けるようになっていました。そんな70年代半ば、1976年にデビュー・アルバムをリリースしたのがファイアフォール。

その演奏力の高さとアレンジには素晴らしいものがあり、洗練された、完成された西海岸ロック、って感じの音が実に個性的でした。 そのファイアフォールのデビューアルバムをご紹介しています。実に、完成度の高い、米国西海岸ロック・マニアには堪えられないアルバムだと思います。

詳しくは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」(左をクリック)まで、お越し下さい。待ちしております(笑)。

さてさて、怒濤の更新が終わって、なんだか疲れた。今日は早く風呂に入って、早く寝ようっと。
 
 
 
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2009年4月16日 (木曜日)

頭がスカッとする電気ジャズ

ちょっと込み入った仕事で、日中、かなり集中している。集中して仕事を終えた帰宅途中の音楽は、頭がスカッとする電気ジャズか、ロックに限る。難しいヤツはいかん。

そして、iPhoneを指でタップタップして選んだのは、マイク・スターン(Mike Stern)の『Time In Place』(写真左)。Mike Sternの通算3枚目(Atlanticレーベルでは2枚目)となるアルバム。ギタリストのSteve Khanのプロデュース。パーソネルは、Mike Stern(g), Jeff Andrews(b), Peter Erskine(ds), Don Alias(per), Bob Berg(ts,ss), Michael Brecker(ts), Jim Beard(key), Don Grolnick(org)。

マイク・スターンは、マイルス・デイヴィスが1981年にカムバックした際、ギタリストとして抜擢された。この『Time In Place』を聴くと、マイルスの影響が直ぐ判る。さすが、マイルスが選んだギタリストである。とにかく、何かは言葉では言い表せないのだが、普通のギタリストと比べて、何かちょっと「変」なのだ。

音色もちょっと変だし、フレーズもちょっと変。でも、悪い意味での「変」では無い。良い意味での「変」なのだ。ユニークなんていう表面的なものではない。アーティスティックな意味で、ちょっと変なのだ。とはいえ、さすが、マイルスの子供。ビートを重んじ、ビートに乗るフレーズは非凡なものがある。しっかりと、マイク・スターンの個性が鳴り響いている。誰にでも弾けそうなんだが、よくよく聴いてみると、マイク・スターン唯一無二の個性なんだ、と気が付いて、感心することしきり。
 

Mike_stern_time_in_place

 
ビートを重んじるという意味で、ドラムのピーター・アースキンと、パーカッションのドン・アライアスの存在は抜きんでている。特に、アースキンのドラムは凄まじいものがある。人間の手で叩き出すビートの美しさ、激しさ。ガンガンに突き進むアースキンのドラム。マイク・スターンのギター攻撃をものともしない、サイボーグの様な、嵐の中をうねり歩くようなドラミング。

そして、ボブ・バーグのサックスが実に良い。かつて、マイルス・デイヴィスのバンドにも参加していた経歴を持つ実力派テナーです。素晴らしいサックスを披露してくれる。フル・トーンで豪快に謳い上げ、朗々とよく歌うブロウ。マイケル・ブレッカーも1曲目と7曲目で参加して、良いプレイを披露していますが、マイケル・ブレッカーにも増して、ボブ・バーグのブロウは素晴らしい。惜しくも2002年、交通事故で無くなってしまったのが、残念でなりません。

主役のマイク・スターンは申し分無い。メカニカルなフレーズと美しいメロディ・センスの対比が素晴らしい。スターンのギターの底には、しっかりとした純ジャズがベースとしてある。その純ジャズのベースの上に、ロックビートの感覚が自然にのっている。う〜ん、マイルスが見そめるわけだ。彼のギターは純ジャズ系である。

やはり、ただ者では無い。ロック・イディオムと、純ジャズなビ・バップ・フレーズ、そして、先進的なモーダルなアプローチ。多彩なフレーズをいとも簡単に重ねていくスターンは実に頼もしい。
 
 
 
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2009年4月15日 (水曜日)

ジャコは真の天才であった。

ジャコ・パストリアスは天才であった。1951年生まれ。1987年9月逝去。ジャズのエレクトリックベース奏者で、エレクトリックベースの奏法に革命をもたらした。彼が亡くなって、20年以上経った今でも、その信奉者は多い。

とにかく、凄いエレクトリック・ベースであった。僕が最初にジャコに接したのは、ウェザー・リポートの『ヘビー・ウェザー』。このアルバムに収録されていた「ティーン・タウン」のエレクトリック・ベース・ソロに度肝を抜かれた。最初はザビヌルのシンセサイザーだと思った。高速&超絶技巧のエレクトリック・ベース。歌心も十分。どうしよう、えらいもんを聴いてしまった、という気分になって、どっぷり暗くなった。

そもそも、それまで、ジャズの世界で、エレクトリック・ベースは「際物」だった。フュージョンの世界では、エレキ中心なので、エレクトリック・ベースも仕方がないかな、って位の扱いだった。が、ジャコは違った。メインストリーム・ジャズで、エレクトリック・ベースをアコースティック・ベース以上に、ジャズらしいフレーズでビートを供給したのだった。

そのジャコの伝記を綴ったのが、単行本として刊行されている『ジャコ・パストリアスの肖像』(写真左)。ビル ミルコウスキー (Bill Milkowski) 著, 湯浅 恵子 翻訳。 ジャコの生涯、音楽観、人間性を知る非常に良い本です。ジャコの生い立ちや音楽的背景が赤裸々に綴られていて、実に興味深い本です。是非、ジャズ者であれば、ご一読をお勧めします。

この単行本を読み終えて思った。ジャコは天才であった。そして、人間的にも優れた、人間味溢れる芸術家であった。彼の最後が、飲んだくれて喧嘩をして、その果てに殴打されて、のたれ死んだとしても、だ。彼の功績は残り、彼の素晴らしい功績は誰も否定できない。

Jaco_book

でも、人間として、人として恵まれなかったことだけ、かえすがえすも無念に思う。人として恵まれていれば、彼は殴打されて死ぬこともなかったのでは、と思う。でも、彼はまだ幸せである。残された我々が、彼の天才としての芸術的成果をアルバムという形で、いつでも追体験できるからである。

ジャズのエレクトリック・ベースの世界で「革命」を起こした男。今では、数知れないフォロワーが、第一線で活躍している。ジャコは、エレクトリック・ベースの奏法の世界では、イノベーターとして、名を残したと言える。今でも、誰も、エレクトリック・ベースの奏法の世界で、ジャコを超える者はいない。

そして、ジャコのもう一つの側面が、作曲家、編曲家、プロデューサーとして側面。唯一無二な、実にユニークな編成のジャズ・ビッグ・バンドを主催していた、その才能はもっと評価されても良い位、傑出したものだと僕は思う。

デューク・エリントンやカウント・ベイシーなど、旧来の伝統形式でのビッグ・バンドではない、ギル・エバンスやマリア・シュナイダーと肩を並べる位の、実に先進的な、既に20年以上が経った今でも、現代のビッグバンド・ジャズと呼べる位に最先端のレベルを維持している、ジャコのビッグバンド。

その記録が幾枚かのアルバムに残っているが、その成果は多くない。あまりにユニークだったビッグバンドであったが故に、リリース当時は正統に評価されなかった。バンドの維持費も莫大なものだった。その内容はあまりに先進的で、今でもそのフォロワーは現れない。

芸術的成果とはいかなるものか。その天才的成果を継続してリリースし続けながら、一般の世界に広く浸透させ、時代を超えて伝承される対象となってこそ、真の芸術的成果と呼べるものだと思っている。ジャコのビッグバンドの成果は、真の芸術的成果だと認識はしているんだが、そのフォロワーが現れ出ないことを僕は遺憾に思っている。
 
 
 
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2009年4月14日 (火曜日)

う〜ん、これはバラバラだなあ

長年、ジャズや70年代ロックのアルバムを漁っていると、アルバムの当たり外れもたまにはある。70年代ロックは、ジャズに比べて範囲が狭いのと、聴いたことのないアルバムでも、今までの知識と経験の中で、ある程度、想像できるので、滅多に「外れ」に当たることはない。

でも、ジャズのアルバムは、なかなかに手強い。素晴らしく優れたミュージシャンでも、ジャズの時代時代のトレンドを一線級の立場で渡り歩くのは容易では無い。ハードバップ時代に活躍した優れたミュージシャンでも、フュージョンの時代を経て、メインストリーム・ジャズ復古の80年代まで、一線級で活躍し続けたミュージシャンは数少ない。

最近、ひょんなことで手に入れたアルバムを聴いて、その印象を新たにした。そのアルバムとは、Cannonball Adderleyの『Experience In E』(写真左)である。パーソネルは、Nat Adderley (cor) Cannonball Adderley (as) Joe Zawinul (p) Walter Booker (b) Roy McCurdy (d) William Fisher, Lalo Schifrin (cond) unidentified orchestra、とある。1970年6月の録音。

いや〜、アルバムを聴き終えて、大きく溜息ひとつ。う〜ん、これはバラバラだなあ。ファンク・ジャズあり、フリーキーな演奏あり、ジャズ・オーケストラがバックの大がかりな演奏あり、前衛的な響きがあると思えば、懐かしのハードバップ的な響きも見え隠れする。

とにかく、アルバムとしての、バンド演奏としての統一感は皆無。いかに、キャノンボールのアルバムとはいえ、これはちょっとなあ。内容がバラバラ。何が言いたいのか判らない。当時の流行とジャズとしての根本が「ゴッチャ煮」になった混沌とした内容。
 

Experience_in_e

 
録音した年は、と見れば「1970年」。ジャズは、クロスオーバーと呼ばれるロックとの融合が始まり、ファンキー・ジャズは更にポップとなり混迷を極め、アーティスティックな新しいジャズの演奏形態と旧来からのジャズの俗化が「まぜこぜ」になって、コルトレーンが亡くなって、フリー・ジャズは迷走し、ジャズとしての根本が崩壊寸前の「混沌の時代」。

世間は、ベトナム戦争が長期化し、混迷を極め、フラワー・ムーブメントが横行し、ヒッピー文化が「あだ花」の様に咲き乱れ、秩序も序列も歴史も、何もかもが混沌とした時代で、何が良くて何が悪いか、つまりはスタンダードが判らない様な状況だった。

そんな世情を、そのまま反映したような、Cannonball Adderleyの『Experience In E』。とても、何回も繰り返して聴くような内容ではない。ジャズ・マニアであれば、一度は聴いてみなければならないかもしれないが、ファンの方々には決してお勧めしない内容。このアルバムは聴かなくても問題は無い。

でも、ジャズも大衆音楽のひとつ。この当時の流行とジャズとしての根本が「ゴッチャ煮」になった混沌とした内容を聴くにつけ、録音された1970年という時代を、とても強く感じる。音楽は世相を反映する。音楽は時代を反映する。そんな言葉を再認識させるような、バラバラな内容。

ハードバップ時代から一線級に君臨してきたキャノンボールの、その才能の限界を感じるような、混沌とした内容のアルバムである。ジャズのトレンド毎に、時代の流行毎に変遷を繰り返しながら、進化してきたミュージシャンでも、この時代を乗り切るのは容易ではなかったようだ。

そんな、時代背景に思いを馳せることが出来るのも、ジャズならではのこと。う〜ん、だからジャズは面白い。外れのアルバムにも、それなりの存在価値がある。それがジャズの面白いところである。
 
 
 
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2009年4月13日 (月曜日)

モンクを体験するには・・・

モンクは、ジャズ界で一番、ユニークな存在である。その容貌もそうであるが、とにかく、モンクのピアノはユニーク。といって、奇をてらった「際物」では無い。しっかりと理屈が伴っているんだが、その音を聴くと、ジャズ初心者の頃は「面白い」と思うか、「なんやこれ」と顔をしかめるか、のどちらかである。

モンクのピアノは、西洋音楽、つまりクラシックの音楽理論、演奏方法の対極にあるような演奏で、和音の作り方、フレーズの作り方、タイム感覚、どれもがクラシック音楽の頭では到底理解できない、クラシック音楽の頭で聴くと、実に摩訶不思議なものである。

でも、そんなクラシック音楽の頭では理解できないユニークな演奏方法ではあるが、モンクはモンクなりに理屈が伴っているから、モンクの音世界はアーティスティックなのだ。

そんな摩訶不思議で、クラシック音楽をはじめとする西洋音楽の常識では理解できない、モンクの音世界である。他のミュージシャンからすると、共演するのが、困難もしくは苦痛を伴うものではないのかと想像する。あのモンクの音世界の中で、ジャムるって、相当にテクニックがあって、音に対する反射神経が良くないと、モンクのインプロビゼーションにはついて行けないような気がする。

そんな想像を現実のものとして、僕たちに聴かせてくれるアルバムがある。モンクの『Thelonious Monk Quintet』(写真左)である。モンクのリーダー作なのだが、このディスクは2つの異なる日付に、異なるメンバーで録音されている。

前半は、「ウィ・シー」から「ハッケンサック」まではフランク・フォスター(ts)、レイ・コープランド(tp)、カーリー・ラッセル(b)、アート・ブレイキー(ds)のメンバーで、1954年5月の録音。後半は、「レッツ・コール・ジス」と「シンク・オブ・ワン」(take2とtake1)はソニー・ロリンズ(ts)、ジュリアス・ワトキンス(frh)、パーシー・ヒース(b)、ウィリー・ジョーンズ(ds)のメンバーで、1953年11月の録音。
 

Monk_quintet

 
このアルバムほど、前半と後半で、出来不出来の差が激しいアルバムも、なかなかお耳にかかれない。モンクの音世界に適応するかしないかで、天国と地獄ほどの差が出ることを、このアルバムは教えてくれる。

前半の1954年の録音は、なかなかの出来。さすがに、ドラムにアート・ブレイキー、ベースにカーリー・ラッセルを配しているだけあって、モンク独特のインプロビゼーションに、しっかりと反応し、効果的にバッキングしている。リズム・セクションがしっかりしていると、モンクもしっかりと弾きまくる。そして、そのユニークなバッキングの中で、フロント楽器がハード・バップよろしく吹きまくる。

フロントはありきたりのハード・バップ的ブロウでも良い。モンクのピアノを含めたリズム・セクションがユニークで唯一無二なものなんだが、フロントとしては、吹きやすいビートを間の手を入れてくれるので、フロントは結構活き活きと吹き進める。そして、フロントが普通であればあるほど、モンクを含めたリズム・セクションは、そのユニークさが際だつ。

逆に、後半の1953年の演奏は、ちょっとな〜、って感じの内容。パーシー・ヒース(b)、ウィリー・ジョーンズ(ds)が、全くもって「イケてない」。特にドラムは悲惨。モンクも仕方なく、演奏速度をスローダウンして、全体のバランスを取るという非常事態。名手パーシー・ヒースも戸惑いを隠せない。

ベースとドラムのリズム・セクションがズッ転けると、モンクもズッ転ける。当然、フロントもズッ転ける。負のスパイラルである。ソニー・ロリンズは元気無く、ジュリアス・ワトキンスは不完全燃焼の極み。どうして「レッツ・コール・ジス」と「シンク・オブ・ワン」(take2とtake1)の3曲がリリースされたのかが不思議なくらい「イケてない」演奏である。

このアルバムの後半の演奏を聴くと、モンクって難しいんだなあ、と納得する。やっぱり、モンクの音世界の中で、ジャムるって、相当にテクニックがあって、音に対する反射神経が良くないと、モンクのインプロビゼーションにはついて行けないんやね〜。

モンクの演奏のユニークさと、モンクの音世界の中でジャムる難しさ。その両方を体験できるアルバムが、この『Thelonious Monk Quintet』。このアルバムで、モンクの特異性を体験して、次のアルバムに進んで下さい(笑)。 
 
 
 
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2009年4月12日 (日曜日)

遠い昔に感じた爽やかな風

最近、70年代Jポップのバンドの再結成の情報が、ちらほら入ってくる。70年代Jポップといえば、「ニューミュージック」と呼ばれたジャンルが、一番面白い。

この「ニューミュージック」というジャンルの音楽は、振り返れば、その内容は「玉石混交」としたものだった、と思うが、優れたものも沢山あった。音楽としては、供給する側も供給される側も、どちらにとっても、実に幸せな時代だったと思う。

この「ニューミュージック」の時代、僕はリアルタイムで大学生。決して裕福でなく、どちらかと言えば、貧乏学生の部類だったが、その頃、仲間と聴いていた音楽は、結構、お洒落でハイソだった。そう言えば、洋楽はAORとパンクが交錯する時代。僕たちは圧倒的にAOR派だった(当時、どうもパンクは胡散臭くてねえ)。

「ニューミュージック」と呼ばれたジャンルの音楽の選定にも念が入っていた。とにかく、皆が聴くものは、極力、人前では聴かない(「極力」です、「人前では」です・笑)。日本人が演奏する、いわゆる「ポップス」の香りがする、演奏テクニックも素晴らしい、マニア好みの、知る人ぞ知るアルバムを見つけてきては、仲間に自慢しながら、皆で感じ入りつつ、珈琲を飲みながら聴き入るのだ。

そんな、知る人ぞ知るアルバムの中に、ブレッド&バターの『マンデイ・モーニング』があった。これは聴いたなあ。『HOLD ON』『マンデイ・モーニング』『クルージング・オン』『マリエ』等々、聴いているだけで、湘南の海が目の前に浮かんでくるような音。これぞ「湘南サウンド」と呼べる、爽やかな風の様なアルバムでした。

Bread_butter_shonan_boys

そして、長年の時を経て、2005年10月、そのブレッド&バターの新作が登場しました。題して『SHONAN BOYS for young and young-at-heart』(写真左)。かのブレッド&バターのセルフ・カヴァー・アルバム。ジャケットを見て、これは、と思った。ジャケットを通して、遠い昔に感じた「爽やかな風」が吹き抜けたような気がした。

一発録りに近い手法で録音されたのであろう、スタジオ・ライブのような音。弾き語りを基本にした、アコースティックの雰囲気を活かしたアレンジで、ちょっとジャジーな雰囲気も漂う、小粋なアルバムです。2本のアコースティック・ギターの音が生々しく、エレピの音が効果的に響きます。う〜ん、エエなあ。あの頃の、遠い昔に感じた「爽やかな風」を感じます。

といって、セルフ・カヴァー集でありながら、ノスタルジックに攻めないところに、現役のミュージシャンであるブレッド&バターの心意気を感じます。

アレンジは70年代風でありながら、最新のトレンドも要所要所に配した、心憎いアレンジとプロデュース。お二人とも、重ねる年輪に伴い、声に味が出てきたのではないでしょうか。実に小粋で玄人好みのサウンド。聴きやすく、それでいてテクニック抜群の演奏。良いアルバムです。

そう言えば、学生時代、フォーク・デュオを組んでいたが、このブレッド&バターみたいなデュオをやってみたかったんだよな〜。そんな遠い昔のことを思い出した。癒しの名盤として、70年代Jポップ・ファンの方々に「お勧め」です。
 
 
 
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2009年4月11日 (土曜日)

これは爽快、これは名盤

フュージョンの世界ではギターが結構フューチャーされる。フュージョンは電気楽器が中心のインストが多い中で、エレキ・ギターは花形である。確かに、フュージョンの世界でのエレキ・ギターの役割は大きい。

そんな花形であるエレキ・ギタリストの中で、超絶技巧で歌心があって、聴いていて爽快感溢れるギタリストは、残念ながら数少ない。大多数のギタリストは、テクニックはあるが、歌心に欠けていて、聴いていると飽きてしまう。内容のない言葉を早口でペラペラしゃべるようなギターは、本当に困る。

さて、そんな数少ない、超絶技巧で歌心があって、聴いていて爽快感溢れるギタリストの一人が、アル・ディ・メオラである。彼の演奏は、ちょうどリアルタイムで聴き進めてこれたのであるが、1970年代の彼のアルバムはどれも素晴らしい出来で、どのアルバムも「お気に入り」である。

1970年代のディメオラのアルバムは4枚あるが、僕が一押しなのは、3枚目のAl Di Meola『Casino』(写真)である。1978年の録音。パーソネルは、 Al Di Meola (g), Anthony Jackson(b), Steve Gadd(ds), Barry Miles(key), Mingo Lewis(per), Eddie Colon(per)。特に、Anthony Jackson(b), Steve Gadd(ds)の重量級のリズム・セクションが目を惹きます。
 

Casino

 
冒頭の「Egyptian Danza」の前奏を聴いただけで、ディメオラの演奏だと判ったニンマリ。題名からしてエキゾチックな雰囲気が漂うが、演奏も題名から感じる雰囲気そのままに、めまぐるしく変わる曲調とエキゾチックな旋律が素晴らしい。2曲目の「Chasin' the Voodoo」などは、凄まじいパーカッションをバックに、浮き出てくるように聴こえてくるギターは紛れもなく、ディメオラのトーン。この「Chasin' the Voodoo」は、本当にディメオラらしい演奏で、思わず笑ってしまう。

そして、4曲目の「Senor Mouse」は、第2期リターン・トゥ・フォーエバー(RTF)の名演で誉れ高い、チック・コリアの名曲。このディメオラの演奏は、実に素晴らしい。本家RTFの演奏より、タイトでメリハリが効いていてダイナミック。これは聴きものです。

5曲目の「Fantasia Suite for Two Guitars」では、ディメオラお得意の、生ギター中心のスパニッシュな演奏が楽しめます。1980年にリリースされ一世を風靡した『Friyday Night In San Francisco』(2007年1月25日のブログ)につながる名演です。どうやったこんなに超絶技巧にギターが弾けるのか。昔も今も不思議でたまりません(笑)。

僕は、このサード・アルバムである『Casino』が、1970年代のディメオラのアルバムの中で、一番お気に入りなアルバムです。何度聴いても飽きない。これは爽快、これは名盤。フュージョン・アルバムにも、優れた内容のアルバムは多々あります。聴かず嫌いはいけません。
 
 
 
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2009年4月10日 (金曜日)

何故か、ずっとお気に入り

ハードなジャズを聴いたり、ロックのアルバムを続けて組織的に聴いた後、どうしても「耳直し」に、リラックスして聴けるジャズが欲しくなる。この傾向って、ジャズを聴き始めた大学生の時代に遡るのだが、もうかれこれ、数十年前から今まで、ずっと変わらない傾向なんですね。

そんな若かりし大学生の頃、この「耳直し」のジャズアルバムとして、良く引っ張り出しては聴き、今も引っ張り出しても聴く、つまりは数十年間ずっと「耳直し」のジャズアルバムとして重宝しているアルバムの一枚が、MJQの『BLUES AT CARNEGIE HALL』(写真左)。

MJQ=The Modern Jazz Quartet とは、クラシックに傾倒するジョン・ルイス(p)の趣向を、当時のモダン・ジャズ界の名手たちとグループ・サウンドにて昇華した名門コンボである。パーソネルは、Milt Jackson (vib), John Lewis (p), Percy Heath (b), Connie Kay (ds) 。

この『BLUES AT CARNEGIE HALL』は、1966年カーネギー・ホールで行われたコンサートのライブ録音。ブルース・ナンバーばかりで構成された、実に聴き応えのある「隠れ名盤」の一枚である。

いやはや、MJQが得意とするブルース・ナンバーがずらりと8曲並ぶ。上品で、ブルージーで、エモーショナルで小粋な、実に良くコントロールされ、抑制された、MJQのブルース演奏が堪能できるライブ・アルバムです。
 

Blues_at_carnegie_hall

 
収録曲は以下の通り。

1. Pyramid (Blues for Junior)
2. Cylinder
3. Really True Blues
4. Ralph's New Blues
5. Monterey Mist
6. Home
7. Blues Milanese
8. Bags' Groove

このアルバムは大学時代から大好きで、とにかく抑制の美というか、とにかく、大向こうを張らず、実直に淡々とブルースを演奏しているMJQが、とても格好良いんですね〜。

何度聴いても飽きない。何度聴いても、その都度その都度、新しい発見がある。実に奥の深いライブ・アルバムだと思います。特に、その都度その都度、新しい発見があるっていう部分、ジャズって年齢を重ねることによって、その年その歳によって、聴き方感じ方が豊かになっていく、ってことなんですね。

年齢を経る毎に、聴き方、感じ方が変わって、その都度、新しい発見がある。これって、ジャズ者の醍醐味でもあると思っています。いや〜、ジャズって本当に良いですね。
 
 
 
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2009年4月 9日 (木曜日)

これって凄い演奏だよな〜

暖かくなった。日に日に暖かくなっていく、我が千葉県北西部地方。今日などは5月上旬の陽気とか。歩くと暑い。汗をかく。久しぶりの感覚。僕は8月生まれ。暑い方が好き。寒いのは嫌い。やっと良い季節が帰ってきた。

ここ2〜3日、イージーリスニングなジャズに走った。で、その反動で、今日はメインストリームなジャズが聴きたくなる。最近、チック・コリアのメインストリーム系のジャズを聴き進めているのだが、今日は、『Origin: Live At The Blue Note』(写真左)を聴く。

1994年、チックがエレクトリック・バンドの解散以来、久しぶりに持ったレギュラー・バンド、オリジンの第1作。パーソネルは、Chick Corea(p), Avishai Cohen(b), Adam Cruz(ds), Steve Davis(tb), Bob Sheppard(fl, ss, ts, bcl), Steve Wilson(fl, ss, as, cl) 。

いきなり1枚目でライヴ・レコーディング。良い演奏です。マイルス・デイビスの1960年代の「ニュー5重奏団」、Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ts) Herbie Hancock (p) Ron Carter (b) Tony Williams (ds)のような、ジャズの枠内での、最高に素晴らしく、最高にフリーで柔軟な、そして、硬派でロマンチックなジャズ。そんな、ジャズの最先端、メインストリーム・ジャズの演奏の一つがここにある。
 

Chick_corea_origin

 
3管編成でそのアンサンブルも良い雰囲気。フロントの3管の演奏は、柔軟でフリーで伝統的で、実にバラエティ豊かな、イマジネーション豊かな演奏が素晴らしい。そのフロントを鼓舞し、隙間を埋めるような間の手を入れ、魅力的なアンサンブルを現出し、煌めくような、メロディアスなソロを聴かせる、チックのピアノは言うまでもなく素晴らしい。

実にシリアスなメインストリーム・ジャズです。しかも完成度が高い。チックも絶好調。いきなりデビュー・アルバムでここまでの完成度。しかも、さすがはチック、シリアスなメインストリーム・ジャズでありながら、メロディアスで、そこはなとなくロマンティシズムが漂うところが、シリアスな演奏で精一杯の若手中心のバンドとは違う。聴いていて、緊張感を持って聴けるし、聴いていて、意外と楽しい。

さすがはチック。良い演奏だと思います。そして、このアルバムの背後には、ニューヨークのブルーノートでの3夜分の公演がなんとCD6枚分のボックス・セットが控えているんですね(2008年11月25日のブログを参照のこと・左をクリック)。これが、これまた名演名演。モード奏法をベースとした「伝統の範疇内での、極力フリーな演奏」。いや〜、ジャズって本当に良いですね〜。
 
 
 
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2009年4月 8日 (水曜日)

心地良い、聞き流しのジャズ

昨晩は、ちょっとした懇親会でした。よって、ブログはお休みしました。長居はしなかったんですが、それなりに飲んだ様で、二日酔いって訳じゃないんだけど、ちょっと疲れが残った今朝。

そんな時は、ハードなジャズはいけない(って、何度も書いてるか・笑)。で、今日は、心地良い、聞き流しのジャズを選択。長年、ジャズを聴いていると、なぜか、聞き流しのジャズ・アルバムっていうのが出来てくる。

本を読みながら、ネットサーフィンをしながら、ず〜っと「ながら聴き」できる、ず〜っと「聴き流せる」心地の良い、それでいて、しっかりとジャズが入っている演奏。そんなジャズも、しっかりとした「ジャズ」である。

今日選んだ「心地良い、聞き流しのジャズ」は、Lem Winchester & the Ramsey Lewis Trioの『Perform a Tribute to Clifford Brown』(写真左)。早世したヴァイブ奏者レム・ウィンチェスターとラムゼイ・ルイス・トリオとの組み合わせ。レムの少年時代の友人だったクリフォード・ブラウンに捧げられたアルバム。1958年シカゴ録音。パーソネルは、Lem Winchester(vib), Ramsey Lewis(p), Eldee Young(b), Red Holt(ds)。

Lem_winchester

良い感じのヴァイブなんですよ、これが。ミルト・ジャクソンほど、ファンキーではないんだけど、ミルト・ジャクソンばりの節回し。決して、黒々していないんだが、そこはかとなくソウルフル。結構メリハリが効いているヴァイブで、ほのかにレム・ウィンチェスターの個性の芽生えを感じる。とにかく、ノビノビとしたインプロビゼーションを聴かせてくれる。

バックのラムゼイ・ルイス・トリオも、なかなか初々しくて、なかなか健闘している。ピアノもベースもドラムも弾むような演奏。年端のいった「スインギー」という雰囲気ではなく、ウキウキと弾むような演奏。若々しいピアノ・トリオ。後年のようなソウルフルなものではない、ラムゼイ・ルイスの実直なピアノ。

Eldee Youngのベースも良い。Red Holtのドラムも良い。ハッピーなハードバップなリズムセクションは、なかなか溌剌としていて、なかなかに若々しい。

良いアルバムです。上質の「心地良い、聞き流しのジャズ」です。飽きるまで、何回も繰り返し聴き返すことができます。本を読みながら、ネットサーフィンをしながら、今晩は、このLem Winchester & the Ramsey Lewis Trioの『Perform a Tribute to Clifford Brown』が繰り返し流れるのだ。
 
 
 
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2009年4月 6日 (月曜日)

これもジャズ、楽しいジャズ

月曜日の仕事は、なんだか疲れるなあ。とことん疲れる前に適度に仕事を終えて、早々に帰るに限る。仕事の一週間は5日ある。明日から上げていけば良い。

ちょっと疲れた頭には、ハードなジャズは合わない。ちょっとポップな聴きやすいジャズが良い。そんな時に時々引き出してくるのが、イージーリスニングなジャズ。それも、とびきりポップなもの。硬派なジャズ者の方から見ると「おいおい、松和のマスター・・・」と眉をひそめてしまいそうなやつ。

時々引き出してくるイージーリスニングなジャズの一枚が、Herbie Mann(ハービー・マン)の『Reggae』(写真左)。Herbie Mannは、フルート・ジャズのエキスパート。1974年の録音。当時、米国で流行し始めたレゲエを全面的に導入したジャズ・アルバム。

1974年と言えば、三大ロック・ギタリストの一人、エリック・クラプトンが、レゲエのヒーロー、ボブ・マーリーの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をカバーして、全米ヒットチャート一位を達成した年。なんとタイムリーな、というか、なんと商魂逞しいハービー・マンであろうか(笑)。

Herbie_mann_reggae

収録曲は4曲。どれも実にポップな曲がズラリと並ぶ。冒頭の「Ob-La-Di, Ob-La-Da」なんて、これをレゲエのビートでやるのか〜、なんて思ってしまう。が、これが、なかなか楽しい演奏。さすがにジャズ・メン。ビートについてはお手のもの。実に端正でリズミックな「レゲエのビート」を供給する。

その見事な「レゲエのビート」に乗せて、ファンキーなハービー・マンのフルートが軽やかに飛び回る。実に俗っぽい演奏なんだけど、底にジャズのテイストがそこはかとなく感じられて、とことんまで俗っぽくならず、なかなか楽しいイージーリスニングなジャズとなっているところが心憎い。

やっぱり、ジャズ・メンって、どんなビート、どんな曲のカバーをやっても、ジャズのテイストが底に必ずあるんだなあ、と感心することしきり。ラストの「My Girl」なんて、もとはR&Bの定番だけど、レゲエのビートに乗って、ファンキーに吹き上げるハービー・マンのフルートって、やっぱりジャズなんだよなあ。

1974年当時、ハービー・マンは、ジャズとはかけ離れた、ラテン調やディスコ風の音楽を多く録音している。でも、その底にジャズをそこはかとなく感じることが出来て、なかなか楽しむことが出来る。これもジャズ、楽しいジャズ。時には、こんなウキウキ楽しい、俗っぽいジャズも良いのではないでしょうか。
 
 
 
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2009年4月 5日 (日曜日)

SAKURA STAMP

昨日、お花見ウォーキングに出向いて、桜にまつわるジャズはあるか、と思いめぐらして、矢野沙織の『SAKURA STAMP』(写真左)の存在を思い出した。

昨晩から『SAKURA STAMP』である(笑)。このアルバムは、前作「02」のニューヨーク・セッションでも共演したエリック・アレキサンダー(ts), ジョー・ファーンスワース(ds), ピーター・バーンスタライン(g) に加えて、マイク・ルドン(organ)、さらに、トランペッター、ニコラス・ペイトンがゲストとして加わった。

この『SAKURA STAMP』は、僕が、矢野沙織の才能をやっと認めるに至った、記念すべきアルバムである。さすがに、それまでのアルバムは、人気先行、話題先行。弱冠17歳で、リーダー・アルバム・デビュー。そのデビュー・アルバムは、将来の可能性は、そこはかとなく感じるんだが、天才として、あがめ奉るには、まだまだのアルト・サックスだった。本人の気持ちは「いかばかりか」と思った。プロとしては辛いだろう。

でも、矢野沙織は諦めない。精進に精進を重ねる。セカンド・アルバム『02』では、確かな進歩が明らかに聴いて取れた。このセカンド・アルバムで、彼女のプロ根性を感じさせて貰った。でも、演奏のテクニックとしては、まだまだ、話題先行は否めない。

そして、発表されたサード・アルバム『SAKURA STAMP』。このアルバムの冒頭の「Donna Lee」を聴いて「うん、良くなった」。

Sakura_stamp

そりゃ〜、細かいことを言えばきりがない。それでも、このサード・アルバムの矢野沙織は溌剌としている。楽しそうにアルトを吹いている。アルトを吹ききっている。節回しも堂々としている。なんか、自信をつけたような、溌剌とした彼女の感性を、確信を感じる。

どの曲も、アルトを吹ききっているところが清々しい。確かに、細かいことを言えば、きりがない。でも、このサード・アルバムの矢野沙織は、やっと彼女のこれからの成長を、彼女の将来を想像することができるだけの、テクニックと歌心を身につけた。大丈夫、彼女がやると思っただけ、これから、きっと彼女は伸びる、と思った。

矢野沙織のアルトは、そこはかとなくファンキーな香りがするので(なぜだか判らないけど)、オルガンとの相性が良い。オルガンとの演奏ばっかりだと、ちょっと飽きるのだけれど、時々、良いんじゃないかなあ。矢野沙織のアルトとオルガンの相性は実に良い。

さて、お目当ての「SAKURA STAMP」。彼女の。初めて作曲。1小節ごとに、テンションをふんだんに含んだコードが半音ずつ上がっては下がって、サビには謎の転調(笑)。アドリブでは非常に歌い上げ難い曲ですね〜。頭がクラクラします(笑)。でも、彼女は堂々と吹き進めていく。アルトを上手く鳴らせている。うんうん、良い感じ。ブラスの響き。ミュージシャンの心の響き。

いいブロウです。アルバム全体のバランスも良いし、これで、やっと「矢野沙織も大丈夫」、との確信を持った、良いアルバムです。彼女の初めての自作曲が「SAKURA STAMP」。いや〜、春ですなあ〜。
 
 
 
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2009年4月 4日 (土曜日)

今日はお花見ウォーキング

今日は天気は下り坂、夕方から雨かも。ということで、ちょっと早起きして、用事を済ませて、朝の10時位から、お花見ウォーキングと洒落込む。

マイお花見スポットは幾つかあるが、先ずは、どうしても和菓子が食べたい、という嫁はんのリクエストを尊重して、第2お花見スポットへ。公園の木の半分が桜という、なかなかの公園ですが、ほぼ満開。花見の為に場所取りをしっかりしている人達もいるんだけれど、今日は夕方から雨になるか、ということなので、昼ご飯時勝負ですな。

そして、遊歩道を歩いていくと、一般の家の前庭に、それはそれは素晴らしい枝垂れ桜がある。今年も咲いたかな〜、どうかな〜、と楽しみにしながら、歩いていくと、咲いていました、咲いていました(笑)。満開です。真下の写真をご覧下さい。どうです。素晴らしいでしょ。

Img_0040_3

それから、美味しい焼酎を手に入れたくて、とある焼酎専門店へ。なかなかの焼酎を手に入れて、ご満悦である。なかなかの油揚げも手に入れて、明日の夕飯は和食やな。お気に入りの焼酎を手に入れて、家に帰る途中に、第1マイお花見スポットがある。

もう10年くらい前から、ほぼ毎春、通っている「お花見スポット」(下の写真参照)。それはそれは素晴らしい桜が咲き乱れる小さな公園なのだが、これがほとんど人が訪れる気配がない。奥まった閑静な住宅街の中に、狭い道を隔てて、ひっそりと佇む公園なので、誰も気にとめないのだろうか。公園もそれなりのスペースがあるのに、近所の人達も誰も花見の宴会をする訳でもない。

Img_0045_2

それでも、散歩がてら訪れる近所の人達は、その素晴らしく咲き乱れる桜を、ほんの一時愛でて、それからまた、帰って行く。なんと風情のある桜だろう。公園のベンチに座って、その見事な桜を見上げていると、なぜだか物悲しくなって、なんとも切なくなって、ちょっと目頭が熱くなる。何故だろう。桜は人の心を和ませる。そして、桜は人の心をセンチメンタルにさせる。

そうそう、桜を愛でながら、桜を題材にした、桜をタイトルにした、ジャズのアルバムってあるのかしら、と考えてみた。パッと思い浮かんだのが、山下洋輔の『SAKURA』、矢野沙織の『SAKURA ATAMP』の2枚。後は、う〜ん。桜に特別の感慨を持って愛でるのは日本人ならではの感覚なんで、本場米国ジャズでは「桜」は題材にならんのかな。

う〜ん、久しぶりに、矢野沙織の『SAKURA STAMP』が聴きたくなってきたぞ。実は、このブログを書きながらのBGMは『SAKURA STAMP』なんですね〜。この『SAKURA STAMP』の話は、また明日。
 
 
 
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2009年4月 3日 (金曜日)

クールなバリトン・サックス・2

昔から、バリトン・サックスの音が大好きである。自分は体が小さいので、中学生の時、アルト・サックスを与えられたが、実はバリトン・サックスを吹きたかった。あのお腹に響くような低音が実に魅力的で、あの大きな図体の楽器を一人で自由に取り回せたら、どれだけ格好良いだろう。

まあ、その夢は叶わなかった訳だが、今でもバリトン・サックスの音が好きだし、バリトン・サックスのジャズが好きだ。そんなジャズのバリトン・サックス奏者は、どの奏者も好きだ。とりわけ、ペッパー・アダムスはお気に入り。

今年の1月29日のブログ(左をクリック)で、『トゥエルフル・アンド・ピングリー(Twelfth & Pingree)』をご紹介したが、このアルバムと対になった、ファースト・セットのアルバム『ジュリアン(Julian)』(写真左)を入手した。

パーソネルは、当然『トゥエルフル・アンド・ピングリー』と同じ、ペッパー・アダムス(bs), ウォルター・ノリス(p), ジョージ・ムラーツ(b), マカヤ・ウンショコ(ds)。1975年8月13日ミュンヘン、ドミシルにてライブ録音。タイトルは、このライブの5日前に死去したキャノンボール・アダレイのことで、彼に捧げた作品でもある。
 

Julian

 
この『ジュリアン』での、ペッパー・アダムスのバリトン・サックスって、その節回し、グルーブパッセージのうねらせ方、速いセンテンスでのタイミングの良い指使いを駆使して、クールでモーダルでアーティスティックな演奏については『トゥエルフル・アンド・ピングリー』の上を行くのではないか。

キャノンボール・アダレイに捧げた作品ということからか、ペッパー・アダムスをリーダーとするカルテットの、このライブ演奏には、硬派で実直、アーティスティックでモーダルな演奏の中に、そこはかとなく、ちょっぴりと、ファンキーな雰囲気が潜んでいるところが、実に「心憎い」。

ちょっぴりと、ファンキーな雰囲気が潜んでいるところが、このライブ・アルバムの演奏を聴き易くしているようで、この『ジュリアン』は、ジャズ初心者の方々にもお勧めです。硬派で実直なところが、ちょっと取っつきにくいですが、聴き進めて行くうちに、その演奏の素晴らしさに、きっと感じ入ると思います。

派手さもなく、大向こうを張った「コマーシャルな旋律」が飛び出てくる訳でも無い。テクニックをひけらかすことも無く、大袈裟なギミックも無い。それでも、このアルバムのライブ演奏は、そのレベルは当時最先端に近く、硬派で実直が故に、実に誠実で真摯な正統派「純ジャズ」を聴かせてくれます。これぞ「純ジャズ」って演奏が実に良い。

録音された年が「1975年」。時代はフュージョン全盛時代。そんな時代に、ヨーロッパでは、こんなに素晴らしいライブ演奏が繰り広げていたなんて、ジャズの奥深さ、裾野の広さに感心します。ジョン・コルトレーンが逝去した1967年に「ジャズは死んだ」なんて言う人がいますが、とんでもない。ジャズは生き続けていたし、進化し続けていた。このアルバムを聴いて、改めてそう感じました。
 
 
 
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2009年4月 2日 (木曜日)

ダイアナ・クラールの最新作

今日で、このブログは丸3年。3周年です。いつも読んでいただいている皆さん、ありがとうございます。

音楽の話題って尽きません。ジャズ、70年代ロック、70年代Jポップ。とにかく、この3ジャンルが、僕は大好きです。一日聴いていても、全く飽きないです。とにかく、魅力一杯の音楽達、アルバム達、ミュージシャン達。

最近は、アルバムの聴き方も変わってきました。最近は、気になったミュージシャンのアルバムを組織だって、年代を追って、聴くことが多くなりました。ジョン・コルトレーン、チック・コリア、ミシェル・ペトルチアーニ、セロニアス・モンク、アル・ディ・メオラ等々。ブログでちょくちょくご紹介している、お気に入りのミュージシャン達。

その組織だって、年代を追って、聴く傍らで、気になるアルバム、ミュージシャンの旧譜、新譜を聴く。これが、また良いんですね。新譜については、出てくる新譜、新譜を全て聴くなんてことは絶対に出来ませんが(資金が続かない)、気になる新譜を吟味して吟味して、手に入れて聴く時の幸福感。音楽を聴いていて良かった、と思う瞬間ですね〜。

今日、聴いていた新譜が、ダイアナ・クラールの新譜。『クワイエット・ナイツ』(写真左)。ダイアナ・クラール約2年半ぶり待望のオリジナルアルバム。今回は、ボサノバ集。プロデュースに巨匠トミー・リピューマ、エンジニアにはアル・シュミット、アレンジにクラウス・オガーマン。バックは、アンソニー・ウィルソン(g)、ジョン・クレイトン(b)、ジェフ・ハミルトン(ds)そしてオーケストラ。
 

Quiet_night

 
ボサノバのボーカルって、難しいんだよな。囁くように、ゆったりと唄わなければならない。しかも、大向こうを張った、ダイナミックな抑揚は無い。初夏のそよ風のように、爽やかな、微妙な抑揚。これまた、唄いこなすには難しい。テンポも維持するには難しい速度。とにかく、ボサノバのボーカルは難度が高い。ボーカリストのテクニックと資質が問われる、というか、ボーカリストにとって、実にやっかいな代物である。

が、さすがはダイアナ・クラール。実に素晴らしい歌唱である。いやいや、ボサノバ&バラードだけで、CD1枚分を飽きさせもせず、一気に聴かせてしまうなんて、なんて素晴らしいボーカルだろう。初夏の爽やかなそよ風が吹き抜ける部屋で、昼下がりに、うつらうつらしながら、聴きたいなあ〜。

ボサノバ・ジャズには、オーケストラはつきもの。オーケストラの存在が、このアルバムの好みを分けるかもしれない。日本では、ボサノバ・ジャズの伴奏はシンプルであるべき、という傾向があるからなあ。でも、少なくとも、僕の耳には「トゥーマッチ」では無い。奥ゆかしくて心地良いオーケストラの響き。良い感じだ。さすが、クラウス・オガーマン。

純ジャズの雰囲気はちょっと少ないけれど、上質のジャズ・ボーカルが聴けます。ダイアナ・クラールのボーカルは、完全無欠のジャズ・ボーカル。オーケストラが入ったゴージャスなボサノバ・ジャズ。

これはジャズじゃ無い、なんて固いこと言わないで、時には、イージーリスニングなジャズも良いのでは。でも、単にイージーリスニングなジャズなんて先入観は禁物。実は、そこはかとなく、硬派なジャズも入っていて、うっかりすると「ガツン」とやられますぜ(笑)。
 
 
 
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