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2009年3月の記事

2009年3月31日 (火曜日)

初心者向けのコルトレーン・3

ブルーノートと言えば、ジャズのレーベルの中で、最高のレーベルとして君臨している。そのブルーノート・レーベルから出ているコルトレーンのリーダー・アルバムは一枚しかない。まあ、当時、コルトレーンもいろいろと問題を抱えていた訳で、それでも、たった一枚でもブルーノートに、リーダー作が残ったというのは、実に幸せなことである。

この唯一のリーダー・アルバムが『Blue Train』(写真左)。ブルーノートの1577番。パーソネルは、Lee Morgan (tp), Curtis Fuller (tb), John Coltrane (ts), Kenny Drew (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)。1957年9月15日の録音である。

この『Blue Train』は、コルトレーンのリーダー・アルバムとしては、ちょっと珍しい部類に入る。コルトレーンはセッションというセッションに「実験、チャレンジ、鍛錬」を持ち込むことが常なミュージシャンである。しかし、この『Blue Train』は違う。実に良く練られた、しっかりとリハーサルを積んだ印象が強く感じられる、演奏全体の「構築美」が美しい。

これぞ、ブルーノートの成せる技。プロデューサーのアルフレッド・ライオンは、録音前にリハーサルを欠かさない。リハーサルにギャラを払うくらいだ。それだけ、演奏の完成度を求める。このブルーノートで、さすがのコルトレーンも「実験、チャレンジ、鍛錬」という訳にはいかなかったのだろう。それだけ、実に良く練られたアルバムである。演奏の破綻もなく、メンバーも皆、迷い無く、溌剌と演奏している。

冒頭、表題曲「Blue Train」の前奏部分の「ユニゾンの美しさ」。「待ってました」と言わんばかりに飛び出すコルトレーンの雄々しくストレートなテナー。リー・モーガンの神がかったトランペトが、なんとも凄い迫力で迫ってくる。ファンキー・ムード満点、解放感いっぱいのハード・バップ・ジャズ。

Blue_train

そして、2曲目の「Moment's Notice」が良い。印象的な疾走感のあるテーマ。そのテーマをコルトレーン、モーガン、フラーの3管で颯爽とユニゾンしていく。アドリブ部に入ると、もう、皆、伸び伸びとインプロビゼーションを繰り広げて、凄い迫力と爽快感。

収録曲の中で唯一のスタンダード、4曲目の「I'm Old Fashioned」では、後のアルバム『バラード』で聴かれる「テナー・サックスの中〜高音域だけで、繊細で優しくエモーショナルにジャズ・バラードを表現する」テクニックが聴いてとれる。ビブラートの無い、ストレートなコルトレーンのテナーの特徴的な音色と共に、いや〜惚れ惚れとするバラードである。

コルトレーンのリーダー作にはどこか求道者的な色彩がつきまとう。そして、コルトレーンはセッションというセッションに「実験、チャレンジ、鍛錬」を持ち込むことが常なミュージシャンである。この「求道者的」+「実験、チャレンジ、鍛錬」という側面が、ジャズ初心者にとっての「コルトレーン」を難しくさせる。

でも、この『Blue Train』は違う。良く練られた、良くリハーサルされた、迷いのない、溌剌とした、ファンキー・ムード満点、解放感いっぱいのハード・バップ・ジャズだ。しかも、ハードバップ特有の「音の力強さ」もふんだんに感じられて、このアルバムは、ハードバップ時代を代表する一枚だろうし、初心者向けのコルトレーンの一押しの一枚である。

このアルバムを聴く度に思う。いや〜、ジャズって良いね〜、ハードバップって良いね〜。これぞ、ハードバップ、聴けば判る(笑)。
 
 
 
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2009年3月29日 (日曜日)

時代先端のハードバップを聴く

最近の若手〜中堅ミュージシャンの演奏で、時代の先端のハードバップを体感できる、中々に魅力的な企画盤が出た。その名も『The Blue Note 7』(写真左)。1939年にスタートしたブルーノート・レコードの創立70周年記念盤。近年このレーベルへの貢献度が高いミュージシャンを中心に結成された7人編成のグループということで『The Blue Note 7』。

パーソネルは、Nicholas Payton(tp), Steve Wilson(as,fl), Ravi Coltrane(ts), Peter Bernstein(g), Bill Charlap(p), Peter Washington(b), Lewis Nash(ds)。ブルーノート・レコードの創立70周年である2009年(1月6日)を記念して、ジャズ界最高のレーベルにトリビュートする為、結成されたスーパー・グループ。

「ビ・バップ」ライクで爽快なピアノ・トリオを率いて、今や信頼のおける中堅のピアニストとなった Bill Charlap(ビル・チャーラップ)。ジョン・コルトレーンの末っ子として生まれ、最近、自身の個性をしっかりと確立しつつある Ravi Coltrane(ラヴィ・コルトレーン)。味のあるドラミングが粋なバンド最年長の Lewis Nash(ルイス・ナッシュ)。

そして、92年から94年まで、エルヴィン・ジョーンズ・バンドのミュージカル・ディレクターを勤めた Nicholas Payton(ニコラス・ペイトン)。チック・コリアのオリジンや、マリア・シュナイダーのオーケストラなどで活躍する Steve Wilson(スティーヴ・ウィルソン)。NYジャズ・シーン屈指の人気ギタリスト、Peter Bernstein(ピーター・バーンスタイン)。アート・ブレイキーのジャズメッセンジャーズに23歳で参加。信頼感抜群のベーシスト、Peter Washington(ピーター・ワシントン)。
 

Bluenote_7

 
7人のメンバーを見渡すだけで、ワクワクしてしまう。口元が綻ぶ。いや〜、良いメンバーですね〜。このメンバーの名前を見るだけで、もうこのアルバムの内容は保証されたようなもの。あとは、どのレベルまで高みに達しているかですね。

収録された曲も良く選ばれている。シダー・ウォルトンの「Mosaic」、ジョー・ヘンダーソンの「Inner Urge」、マッコイ・タイナーの「Search for Peace」、ボビー・ハッチャーソンの「Little B's Poem」、セロニアス・モンクの「Criss Cross」、ハービー・ハンコックの「Dolphin Dance」、デューク・ピアソンの「Idle Moments」、ホレス・シルヴァーの「The Outlaw」で全8曲。確かに、これぞブルーノート・サウンド、と言っても良い、なかなかの選曲である。

それぞれの演奏は「言わずもがな」。皆、溌剌とした演奏を繰り広げていて、聴いていて実に気持ちが良い。爽快感抜群の演奏である。1950年代〜60年代前半のハードバップに比べると、もったりとした雰囲気が払拭されて、実に洗練されて切れ味の良いビートが供給される。アドリブも、当時に比べると、現在までのジャズの歴史の成果を反映されたアドリブで、実に味わい深いアドリブが展開される。

アルバムには、収録曲のオリジナル曲をカップリングした2CDのデラックス盤もありますが、まずは、The Blue Note 7 の演奏だけのCDで良いかと思います。後、収録曲のオリジナルを聴くのは、そのオリジナル曲が収録されている、ブルーノートのアルバムを通して聴いて欲しい、と思います。ハードバップと呼ばれる、当時のジャズの演奏スタイルが十分に体感できると思います。

良い演奏、良いアルバムです。ジャズ初心者の方々が、「ハードバップって、どんな感じの演奏を言うの?」という質問に答えるのに格好のアルバムですね。
 
 
 
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2009年3月28日 (土曜日)

地味だけど密やかな愛聴盤

3月の終わりから4月の始めというのは、会社では年度の変わり目。異動があったり、新入社員は入ってきたり、いろいろと人の動きがある季節。当然、歓送迎会の類が多くなる。昨日も送別会。夜遅くまで皆で飲んで、今朝はちょっと二日酔い気味。

さすがに二日酔い気味となると、ハードな音楽は聴けない。二日酔いの頭痛に響くハードな音楽はいけない。といって、あまり優しい音楽だと、二日酔いの頭がボーッとしたままで、これも良くない。適度にメリハリがあって、爽やかでリズミカルで、それでいて、頭痛に響かない、当たりが優しい音楽が良い。

そういうことから、二日酔い気味の状態の時、良く聴く音楽は、ウェストコースト・ロック。それも、女性ボーカル系が良い。二日酔いの頭で、良く引っ張り出すアルバムが『Karla Bonoff』(写真左)。本作はデビュー作でありながら『Restless Nights(邦題:ささやく夜)』に匹敵する名作。

アルバム全体のアレンジが地味というか、シンプルで、ちょっとメリハリに欠ける嫌いがあって、大ヒットしたセカンド・アルバム『Restless Nights(邦題:ささやく夜)』と比べるとちょっと分が悪いけど、実はこのシンプルなアレンジが気に入っている。
 

Karla_bonoff_first

 
シンプルでありながら、ウェストコースト・ロック独特のアレンジはしっかりと施されていて、冒頭の「Someone to Lay Down Beside Me」から、ラストの「Rose in My Garden」まで、どこから聴いても、ウェストコースト・ロックの雰囲気が味わえる。特に、4曲目「Home」のスチール・ギターの音色なんて、もろにウエストコーストしていて、実に心地良い。

カーラ・ボノフのボーカルは申し分無く、力強さを奥に秘めながらも、聴き心地は「優しくて心地良い」。ファースト・アルバムということもあって、初々しさが感じられるところが、これまたグッとくるところである。清楚な声で切々と歌い上げるカーラ・ボノフは実に優しい。

名曲がズラリと並ぶ『Karla Bonoff』。ちょっとアレンジが地味なので、損をしているファースト・アルバムですが、ウエストコースト・ロックの雰囲気が強く感じられて、良いアルバムだと思います。「地味だけど密やかな愛聴盤」といったところでしょうか。癒されます。
 
 
 
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2009年3月26日 (木曜日)

なんて「お洒落」な演奏だろう

汗が飛び散るような、熱気溢れるブロウも良い。あっと驚くような超絶技巧な演奏も良い。しかし、落ち着いた、繊細でスインギーな「洒落た」演奏も良い。いや〜ジャズって良いですね〜。

その落ち着いて、繊細で、スインギーで、洒落たジャズを体験できる、実に小粋なアルバムの一枚が、Kenny Burrell 『A Generation Ago Today』(写真左)。名ギタリスト、ケニー・バレルが尊敬するチャーリー・クリスチャンに捧げた本作は、そのクリスチャンが、1940年代初頭に在籍していたベニー・グッドマン・セクステットのレパートリーを中心に演奏したもの。

パーソネルは、Phil Woods (as), Richard Wyands (p), Ron Carter (b), Grady Tate (ds), Mike Mainieri (vib)。プロデューサーは、Cleed Taylor。1966年12月と1967年1、3月の3回に分かれての録音。
 

A_generation_ago

 
冒頭のボッサ・チューン「As Long Aa I Live」からして「泣かせる」。ホーンライクなバレルのギターが、囁くように繊細にスイングする。バレルのギターが大活躍する、実に洒落た、小粋な演奏である。2曲目「Poor Butterfly」で、フィル・ウッズのアルトが参戦する。

全編に渡って、このウッズのアルトが、これまた絶品。ウィ〜ンとうねり上げるような吹き出しから、柔らかい金属的な切れの良いフレーズ。速いフレーズは雄々しく、ゆっくりとしたフレーズはしっかりと語りかけるように、ウッズのアルトは全開。バレルのウォームでスインギーなギターと好対照で、実に良い雰囲気を醸し出している。

一聴すると、なんだかムード音楽のような、軟弱なイージー・リスニング・ジャズに聴こえるのですが、ところがどっこい、素晴らしいプロの芸がそこはかとなく、ちりばめられていて、それはもう極上のジャズの世界が展開されています。

ジャケット・デザインも秀逸。落ち着いた、繊細でスインギーな「洒落た」演奏も良い。このアルバムを聴く度に思います。いや〜本当に、ジャズって良いですね〜。
 
 
 
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2009年3月25日 (水曜日)

感心・感動するばかり

2000年といえば、Jeff Beck(ジェフ・ベック)は「56歳」。57歳で、こんなアルバムを作るんか〜、と感心したアルバムが『You Had It Coming』(写真左)。打ち込み系ギターインストである。

ジェフと聞けば『Blow By Blow』や『Wired』を思い浮かべるが、この『Blow By Blow』や『Wired』をイメージして、この『You Had It Coming』を聴いたら、椅子から落っこちるほどに驚くに違いない。あの神業テクニックの持ち主、唄うように、叫ぶように、自在にメロディーやフレーズを操るジェフが、打ち込み系ギターインストである。

冒頭から、スラッシュ・メタルな「Earthquake」で幕開け。デジタル化された張り詰めたリズムに乗って、荒削りで、心地良い不協和音なギターが炸裂する。攻撃的なリフと切れ込むようなフレーズが、嵐のように攻めてくる。攻めてくるが不快ではない。快いくらいだ。

一言で言うと、ジェフベック流テクノロジー追求型アルバム。70年代ロックの時代、3大ロック・ギタリストと言われた神様の様なジェフがである、56歳で、このチャレンジ精神、この成果。全編を通じて聴き通すと、本当に心から感動する。
 

You_had_it_coming

 
打ち込みを多用しているアルバムではあるが、ジェフのギターのお陰で、とことんまでデジタル臭くならない。というか、デジタルで打ち込みな曲の根底に、ほのかに「アナログ」の雰囲気が横たわっているところがたまらない。

1〜3曲目までハイボルテージ、4曲目でフックを食らって、5曲目「nadia」でノックアウトって感じが、ホントに素晴らしい。これが当時56歳の「なせる技」か。

打ち込み系デジタルなアルバムであるが、何気ない繰り返しリフにしか聴こえないジェフのギターは、多彩なテクニックが織り交ぜられている。聴けば聴くほどに、凄いテクニックである。惚れ惚れする。感動する。

ジャケットは、機械油まみれの「ジェフ自身の手」。クラシック・カーの改造を、こよなく愛するジェフが、年齢を超えた、年齢を感じさせない、年齢にこだわらない、新しいチャレンジをどんどん進めていって、どんどん成果を上げて、僕たちをどんどん感動させてくれる。この『You Had It Coming』を聴く度に、僕は感動で心が震える。

僕もジェフを是非とも見習わなければ。年齢に無頓着に、どんどん新しいチャレンジと、どんどん新しい成果を積み上げていきたいものだ。そして、願わくば、他の人々に感動を与えていきたいものだ。
 
 
 
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2009年3月24日 (火曜日)

ペトルチアーニの「音の礎」

WBC決勝戦、やりましたね「連覇」、侍ジャパン。会社でも食堂で「わ〜っ」、喫煙室ではワンセグ見ながら「わ〜っ」。仕事中、ネットで途中経過を見て「わ〜っ」。おいおい、日本の若手ビジネス男女って、こんなに野球好きだったっけ(笑)。でも、まあ、今日は良いですよね。日本代表の決勝戦ですからね〜。野暮は言わない(笑)。

さて、Michel Petrucciani(ミシェル・ペトルチアーニ・以下略して「ペト」)のアルバムを聴き返している訳だが、今日は『Pianism』(写真左)を堪能する。1985年の作品。ブルーノートからの第1弾。パーソネルは、Michel Petrucciani (p), Palle Danielsson(b), Eliot Zigmund(ds) 。

冒頭の「Prayer」を聴いてニンマリとする。明らかに、ビル・エバンスの影響が見て取れるが、聴き進めて行くと、エバンスと比べて、音の重ね方がシンプル、音の選び方がメジャー寄り、タッチは強く、指回しの速度は圧倒的に速い。最後まで聴くと、これはビル・エバンスではない、と確信する。が、じゃあ誰なんだ、と問われると、ちょっと戸惑うかも知れない。
 

Pianism

 
2曲目の「Our Tune」を聴くと、ああ「ペト」ね。と絶対に判る。こんなカリプソな曲を真面目なタッチとアプローチで、しかも、楽しく弾き進める、硬派なピアノは「ペト」ならではである。そして、3曲目の「Face's Face」になると、実にハードで迫力のある「が〜ん、ご〜ん」という左手と、透明感はあるが、独特な硬派なタッチで旋律を奏でる右手。ここまでくると、完全に「ペト」の個性があふれ出てくる。

4曲目「Night and Day」、5曲目「Here's That Rainy Day」と「ペト」独特のタッチとアプローチで、どんどん盛り上がっていって、そしてラストの6曲目「Regina」は、もう早弾きの超絶技巧の世界と硬軟自在、変幻自在の「めくるめく」ペトの世界。ラストの「Regina」こそが、「正統派かつ硬派な」ペトの個性。

アルバム全体の仕上がりとしては、ちょっと地味で渋い「玄人好み」のアルバムなので、ジャズ中級者向け、それもジャズ・ピアノが好きな人じゃないと、このアルバムの持つ「上質の渋さ」に気が付くのに、ちょっと時間がかかるかも。ジャズ初心者の方には、スタンダードの演奏が多い前作の『Live at the Village Vanguard』(2月24日のブログ参照)の方が、取っつきやすくて良いと思います。

でも、ペトを愛でるには、この『Pianism』は外せない。このアルバムには、ペトの「音の礎」がある。
 
 
 
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2009年3月23日 (月曜日)

Crusaders の傑作中の傑作

ジャズの歴史の中で、1970年代を席巻したフュージョンというジャンルは、「時代のあだ花」だったと決めつける人もいる。今では、フュージョンはノスタルジアを求めて聴く、一部のマニアのみが聴いているだけだと決めつける人もいる。

そうかなあ。フュージョンって、そもそもがレコード会社や職業評論家の方々のいわゆる「売る側」と、我々ファンである「聴く側」が、ジャンル分けの為に便宜上付けた「ジャンル名」であって、明確なスタイルや内容の定義がある訳では無い。そもそも曖昧なんだよね。

確かに、アコースティック楽器が中心の純ジャズ、メインストリーム・ジャズこそが、唯一ジャズである、という観点から、フュージョンと呼ばれる音楽を見ると、絶対にジャズじゃないだろうな。でも、それだけのことでしょう。

音楽、つまりはポップ・ミュージックという広い観点から見ると(ジャズもポップ・ミュージックの一種なんだけど)、フュージョンって呼ばれるジャンルにも、音楽的に「かなりの成果」を上げたアルバムは多々ある、と僕は思っている。
 

Crusaders_street_life

 
ポップ・ミュージックという観点から見たフュージョンとして、傑作と呼ばれるアルバムは多々あるが、フュージョン・ブームもピークを越え始めた1979年にリリースされた、クルセイダーズ(The Crusaders)の『ストリート・ライフ』(写真左)も、その傑作の一枚。

ランディ・クロフォードの歌をフィーチャーしたタイトル曲、冒頭の「ストリート・ライフ」を始めとして、このアルバムに収録した全ての曲が傑作であり、演奏も白眉なもの。確かに、このアルバムは「ジャズ」では無い。でも、ジャズのテイストを底に偲ばせ、ポップス、R&B、ファンク等々、当時の米国ポップス音楽の数々の要素を織り交ぜて、素晴らしくポップでファンキーな「フュージョン」が展開されている。

ジョー・サンプルのキーボード、ウィルトン・フェルダーのサックス、スティックス・フーパーのドラムス。どれを取ってみても優れた演奏ばかりで、スカッとした爽快感が溢れていて、実に気持ちが良い。インプロビゼーション部の展開も切れ味良く、収録された6曲を一気に聴き通してしまう。

このアルバムって、傑作だと思うし、名盤だと思う。1970年代当時、「売る側」と「聴く側」が便宜上名付けた「フュージョン」というジャンル名の音楽って、決して「時代のあだ花」だとも思わないし、今の時代にマニアだけの「オタクな音楽」とも思わない。

音楽には「良い音楽」と「悪い音楽」の2種類しかない、という名言があるが、その名言を借りるなら、フュージョンの中にも「良い音楽」は多々ある、ということ。

アコースティック楽器が中心の純ジャズ、メインストリーム・ジャズこそが、唯一ジャズである、っていう決めつけはしたくないなあ。「良い音楽」であれば、ジャズとかフュージョンとか、あんまり「ジャンル分けの言葉」なんて関係ないと思うけど・・・。
 
 
 
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2009年3月22日 (日曜日)

ジャズの小径・09年3月号の更新

昨日の好天とは打って変わって、鉛色の空が広がる今朝の空。午後からは雨が降り始めるが、そんなに寒くはならず、春の雨の風情。今年は春が来るのが早い。桜の開花の便りも聞こえてくる。いつもなら、この頃に、最後の寒の戻りがあるんだが、今年はその気配は無さそう。

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の更新。毎月恒例の更新コーナー「ジャズの小径」の更新です。今月のテーマは「最近見たウエザー・リポートのDVD」です。

まずは、ホームページから抜粋。

「CDで音を楽しむのも良いが、時には、映像でジャズを楽しむのも良いもんだ。CDで聴いていて、これってどんな弾き方しているのかな、とか、メンバーがどんな表情で演奏しているのかなあ、と想像を巡らすのも楽しいが、映像は、その「弾き方」や「表情」が目で確認できる。目で動きが確認できるのって、とても説得力があって、映像の質にもよるが、ジャズの演奏を映像で楽しむのも、それはそれで実に楽しい」

最近、DVD単品で、ジャズのライブ映像が発売されるようになった。そして、CDボックス盤の特典として、ジャズ関係のライブDVDが同梱されているケースが多くなった。音で聴いていても、どうやって弾いているのか、どういう表情で演奏しているのか、判らない。それらも想像でカバーするもの、音でジャズを聴く楽しみであるが、やはり動画は説得力が違う。

Weather_report_pict

しかしながら、映像っていうのは、目と耳が必要となるので、音だけの時の様に、音を聴きながら、本を読むとか、原稿を書くとか、いわゆる「ながら」作業が出来ないのが難点。DVDを観る時間をしっかり確保して、しっかりと画面に相対する必要がある。まあ、それでもジャズ演奏の映像を見ると、それはそれでやはり説得力が違う。たまには良いなあ、と思うようになった今日この頃。

今月ご紹介しているDVDは、ウェザー・リポートのベストCDボックスセットである『Forecast : Tomorrow』に特典として収録されているDVD。説明を見ると「Live In Offenbach,Germany. September 28,1978」と銘打たれた映像。パーソネルは、双頭リーダーのJoe Zawinul(key), Wayne Shorter(ss, ts), そして、リズム・セクションの Jaco Pastorius(b), Peter Erskine(ds) と、ウェザー・リポート黄金時代の最強メンバーでのライブ映像です。

そう言えば、最近手に入れた、Michel Petrucciani(ミシェル・ペトルチアーニ)の『Complete Dreyfus Recodings』にも、特典として、ライブDVDが入っていたなあ。そう言えば、マイルス・デイヴィスの『Kind Of Blue 50周年記念コレクターズBOX』の簡易盤にも、55分のドキュメンタリーなどを収録したDVDが同梱されていたなあ。そう言えば、昔、レーザーディスクで購入したジャズ映像もあったなあ。

映像を見る為に「まとまった時間」を取るのには、ちょっと困難な状況ではあるけれど、出来る限り、時間を見つけて、ジャズ映像の鑑賞にも手を伸ばしたい。そんな気にさせるウエザー・リポートのライブ映像でした。

詳細は、バーチャル音楽喫茶『松和』のジャズ・フュージョン館(左をクリック)まで、お越し下さい。心より、お待ち申し上げております m(_ _)m。
 
 
 
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2009年3月21日 (土曜日)

Bluenoteのペトルチアーニ

没後10年ということだろうか。僕にとって、ミシェル・ペトルチアーニの嬉しい企画再発が続いている。2月23日のブログ(参照は左をクリック)では、Dreyfusレーベルからリリースされたアルバム10作品(CD12枚)、未発表DVD2枚が入った超弩級ボックスセット『Complete Dreyfus Recodings』をご紹介した。

この『Complete Dreyfus Recodings』は、ペトルチアーニの後期〜晩期を網羅するアルバム群を全て収めたもので、これからペトルチアーニのアルバムをコレクションしようとする人には、実にお買い得なボックス・セットである。僕も当然、手に入れた。

そして、最近、amazon をぶらぶらと何気なく徘徊していて気が付いた(面目無い・笑)、実に価格的に魅力的なボックス・セットが『Complete Recordings of Michel Petrucciani』(写真左)である。
 

Michel_petrucciani_bluenote

 
「Complete Recordings」とはいっても、特別な未発表音源などは無く、ブルーノートでリリースされた7枚のオリジナル・アルバムが、そのままボックスに収納されているもの。しかも、ボックス・セットとはいえ、単なる紙の箱です。つまり、ペトルチアーニのマニアには、あまり興味の無いもの。

でも、amazonで、UK盤として販売されているのですが、その価格がなんと5,647円(今日現在)。一枚当たりの単価が、約801円。実にお買い得な価格である。このセットも、これからペトルチアーニのアルバムをコレクションしようとする人には、実にお買い得なボックス・セットである。当然、僕も手に入れた。まあ、1枚だけ、ダウンロードで所有しているアルバムがあるんだが、それでもお得。

さあ、これで、ペトルチアーニの中期〜晩期までの正式アルバムが揃ったことになる。ふふふっ、今年はペトルチアーニ研究の年やな〜。そうそう、ひとつだけ注意事項がある。2月24日のブログ(参照は左をクリック)でご紹介した、名盤『Live at the Village Vanguard』は、現在は、ブルーノートからリリースされていますが、音源の所有はConcordのものらしく、このボックス・セットには未収録です。

さて、早速、ブルーノートの正式リリース一枚目『Pianism』から聴いてみますか。ビル・エバンスの影響が濃く出たブルーノートの初期盤。この『Pianism』から急速に、ペトルチアーニの絶対個性が形成されていきます。そういう面で、ペトルチアーニのブルーノート時代の再聴はとても楽しみです。
 
 
 
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2009年3月20日 (金曜日)

この女性オルガニストに注目

ジャズ・オルガンは良い。幼稚園と大学、「学舎」という経験の中で「始め」と「終わり」をミッション系で過ごした僕にとって、オルガンの音と演奏は、結構、身近な存在である。

礼拝に参加したり、賛美歌を歌ったり、礼拝堂でオルガン・コンサートを聴きにいったりと、なにかとキリスト教の教会がらみで、オルガンの音や演奏に接することが多々あった。もちろん、自身でもクラシック・ピアノを長年習っていたこともあって、オルガンも弾けることは弾ける。ピアノの様な打楽器的な要素が無い分、演奏が楽で、音色を変化させることができるので、演奏するのが面白い、というのが、僕のオルガンについての印象。

さて、ジャズの世界で、オルガンはまずまずポピュラーな楽器の一つ。ジャズのスタイルの「それぞれの時代時代」に、優れたジャズ・オルガニストは必ずいる。まあ、ほとんどが男性なんだが、女性オルガニストということになると、ハードバップの時代では「シャーリー・スコット」、日本人では「敦賀明子」が思い浮かぶ。

先にも述べたが、ピアノの様な打楽器的な要素が無い分、力で勝負する部分が不必要で、女性でも十分に、オルガンの真髄を究めることが可能だと思うんだが、女性オルガニストの数は全く少ない。それでも、最近の若手ピアニスト、例えば日本人でいうと、山中千尋や上原ひろみなどは、フェンダー・ローズやシンセサイザー中心ではあるが、電気キーボードに積極的に手を染めているのは良い傾向だ。

さて、今回、女性オルガニストとしての、その名前を初めて知ったミュージシャンがいる。Barbara Dennerlein(仮名表記は「バーバラ・ディナーリン」・写真右)である。Barbara は、1964年、ミュンヘン生まれ。1984年にCDデビュー。彼女はフット・ベースを演ずる、数少ないオルガン奏者のうちの1人、とのこと。写真を見れば、これはこれは、なかなか容姿端麗ではないか。

Barbara_dennerlein_thatsme

今回、彼女のアルバム『That's Me』(写真左)を聴いたんだが、これが実に良い演奏でまとめている。パーソネルは、バーバラ・ディナーリン(org), レイ・アンダーソン(tb), ボブ・バーグ(ts), ミッチ・ワトキンス(g), デニス・チェンバース(ds)。1992年の録音である。

彼女のオルガンの音は、1992年当時、先端をいくもの。しっかりとエッジが立っていて、音の粒立ちは良く、切れ味良く爽快感のあるオルガンである。演奏内容は、基本に忠実に、かつ、バラエティに富んでいる。ジャズ・オルガンが出現した、ハード・バップ時代以降、ジャズのスタイルの「それぞれの時代時代」の流行のオルガン演奏スタイルを収斂して、そのそれぞれの時代のオルガン演奏スタイルに、今風の雰囲気とバーバラの個性を乗っけている。

どの演奏も、男勝りの「トンガリ方」をしていて、実に切れ味鋭く、実に爽快。さすがドイツ人と感じるのは、演奏という演奏が、きっちりと計算されており、破綻が無い。実に真面目で、切れ味の良いオルガンである。

バックの好サポートも聴き逃せない。特に、ミッチ・ワトキンスのギターは、ジョンスコばりの「ちょっと捻れた」ポジティブなギター。素晴らしいテクニックとインプロビゼーションで、オルガンのバーバラを盛り立てている。デニス・チェンバースのドラミングも「凄い」の一言。ポリリズム、変則拍子の嵐ではあるが、事も無げに叩きまくりつつ、バーバラを盛り立てている。

良い演奏、良いライブ・アルバムです。Barbara Dennerlein、初めて聞いた名前ながら、他のアルバムが聴きたくなった。しばらく、ちょっと追いかけてみようかな、と思わせてくれる、この『That's Me』を聴く限りではありますが、素晴らしい女性オルガニストだと思います。
 
 
 
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2009年3月19日 (木曜日)

Just the Way You Are

昨日は仕事が忙しくて、ブログで語る時間がとれませんでした。なんやかんや、人生の転機にも遭遇し、仕事上でも大規模な環境変化があったり、なにかと楽しく、なにかと面白い毎日である。

さて、大学時代から、ビリー・ジョエルの曲は優れた曲が多くて、僕は大好きなのだが、その中でも「Just the Way You Are(邦題:素顔のままで)」は大のお気に入りの1曲。

Don't go changing, to try and please me,
You never let me down before,
Don't imagine, you're too familiar,
And I don't see you anymore.

I would not leave you, in times of trouble,
We never could have come this far,
I took the good times, I'll take the bad times,
I'll take you just the way you are.

僕を喜ばせようとして、変わろうとしないで
君にがっかりしたことなんて無かった
それに自分が馴れ馴れし過ぎるなんて思わないで
だってそんなこと思ったことなんて無かった

辛い時、君を決して一人にしない
僕達はこんなに距離をおいたことは無かったよね
良い時、悪い時、人生色々あるだろうけど
僕は「そのままの姿の君」を選ぶよ

なんて良い曲、良いバラードなんだ。歌詞も良し、曲も良し。精神状態がちょっと弱っている時なんか、一人で夜中にハラハラと涙をこぼしてしまう様な、素晴らしい名曲である。実はこの曲、ここ10年、ジャズでもカバーされることが多くなり、新しいスタンダード化しつつある「期待の曲」である。
 

Diana_krall_paris

 
そのジャズ・スタンダート化の代表的なひとつが、Diana Krall(ダイアナ・クラール)の 『Live in Paris』(写真左)に収録されている。2001年に発表した『Look of Love』をなんと300万枚も売ったダイアナ・クラール。今や、ジャズ・ボーカルとしては、最高峰に位置する。彼女の歌は、ジャズ・ボーカルの正統派で、しかも声量もあり、声質も良い。聴いていて心地良く、パンチも効いていて、長く聴いていても飽きない。

この『Live in Paris』は、パリのオランピア劇場でのライヴ。基本はギター入りのピアノ・トリオで弾き語りだが、ここにはドラムやパーカッション、ヨーロッパ交響楽団も入った豪華なセット。それでも、決して華美にならず、シンプルな純ジャズの響きが素晴らしい。実に硬派なジャズ・ボーカルである。

ダイアナはピアノの腕前も一流。彼女のピアノはもちろん、ギターやベース、ドラムスのアドリブも小気味良く調子良く、ジャズ演奏としての聴き応えも十分。純ジャズの小粋な一枚としても十分に鑑賞に耐える。

内容としては、当時のダイアナの集大成。ベスト・アルバム的な選曲も良く、彼女の代表作となる一枚でしょう。とにかく、申し分の無い、女性ボーカル第一人者であることを実感させる、素晴らしいライブ・アルバムである。

ラストに収録された「素顔のままで(Just the Way You Are)」のみスタジオ録音。こちらにはマイケル・ブレッカーのサックスが素晴らしい。語りかけるように、心地良く優しいサックスの響き。ダイアナ・クラールの歌声も情感タップリで、素晴らしい歌いっぷり。最後、フェードアウトなのが不満と言えば不満だが・・・。

このラストの「素顔のままで(Just the Way You Are)」は聴きものです。オリジナルのビリー・ジョエルのバージョンに迫る勢い。でも、やっぱりビリー・ジョエルは素晴らしい。でも、ダイアナ・クラールも素晴らしい。曲と歌詞が良ければ、良いジャズ・スタンダードになる可能性が高い。そんな確信を持たしてくれる、ダイアナ・クラールの「素顔のままで」である。
 
 
 
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2009年3月17日 (火曜日)

呆れるほどの「超絶技巧」

メインストリーム・ジャズを3日ほど聴き続けると、決まって、フュージョンで気分転換をしたくなる。それでも辛くなったら70年代ロックである(笑)。

メインストリーム・ジャズの優秀盤って、演奏のテンションが結構高いので、ちょいと疲れてしまうことがある。といって、フュージョンの優秀盤の演奏のテンションが低いって訳では無い。恐らく、電気楽器中心の音が耳に馴染むんだろう。なんせ、フュージョン時代をリアルタイムで過ごしたクチですからね。

さて、そんなことで、今日久しぶりに聴いたのが、Al Di Meola(アル・ディ・メオラ)の『Elegant Gypsy(エレガント・ジプシー)』(写真左)。ディ・メオラの2枚目のソロアルバム。ジャケット写真からも判るように、スパニッシュの色合いが濃く出たアルバムである。

冒頭の「Flight over Rio」から、カッ飛びである。超絶技巧のエレキギターで飛ばしまくるディ・メオラである。もう呆れて口があんぐりと開いたままになるくらいの「バカテク」。どうやったら、これだけ速いフレーズが弾きこなせるのかしら。

1曲目「Flight over Rio」と、5曲目「Lady of Rome, Sister of Brazil」は、タイトルからも判るように、ブラジル・フレーバーが芳しい。2曲目「Midnight Tango」、4曲目「Race With Devil on Spanish Highway」は、ヨーロピアンな雰囲気が漂い、スパニッシュな響きが心地良い。どの曲もどの曲も、ディ・メオラは弾きまくり。
 

Al_di_meola_gypsy

 
アルバム全体の雰囲気は、スッキリした「第2期RTF」って感じですが、キーボードの音の雰囲気とフレージングが、チックとは全く異なるので、RTFと同じやないか〜、とは思わない。このキーボードって誰、って思いながら聴いていたら、どこかで聴いた手癖が。これは、Jan Hammerですね。

改めて、パーソネルをご紹介しておくと、Jan Hammer(key), Steve Gadd(ds), Anthony Jackson(b), Mingo Lewis(per), Lenny White(ds), Barry Miles(key), Paco De Lucia(g)。改めて見返すと、凄いメンバーやなあ。どうりで、全編、超絶技巧な、嵐のような「バカテク」演奏ですわ。

でも、このアルバム、超絶技巧、バカテクがメインでありながら、歌心もあり、フレージングも美しく、バックのリズム・セクションも重量級でしっかりとしたビートを供給する素晴らしいもの。今の耳でも、古さを全く感じさせない、十分に鑑賞に耐える、超一級品のフュージョン名盤です。

そうそう、ディ・メオラとパコ・デ・ルシア、ジョン・マクラフリンの3人で結成した、生ギタープロジェクト「スーパーギタートリオ」のライブ・アルバムの1曲目で一躍有名になった「Mediterranean Sundance(地中海の舞踏)」は、このアルバムの3曲目、ディ・メオラとパコとのスタジオ録音での共演として聴くことが出来ます。
 
 
 
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2009年3月16日 (月曜日)

狸's Night Out

ジャズのアルバムを聴いていると、時々、ドキッとするくらい素晴らしい演奏に出会うことがある。それが、アルバムに収録されている曲が全て素晴らしいとなると、それはもう至福の時を味わうことになる。まあ、それがジャズ鑑賞の、ジャズ盤のコレクションの醍醐味ではあるんだが・・・。

最近、「これは凄い、これは素晴らしい」と感動したアルバムがある。ルー・タバキンの『狸's Night Out』(写真左)である。2001年11月17日、岐阜県、笠松町、スタジオ「F」で録音されたルー・タバキンのトリオ作品。パーソネルは、Lew Tabackin (fl, ts), Boris Kozlov (b), Mark Taylor (ds) 。

『狸's Night Out』、面白いアルバム・タイトルだなあ、と思って購入して、聴いてみてビックリ。凄い。ルー・タバキンのフルートは尺八のように太く幽玄、かつスピリチュアル。しかも、テナー・サックスのブロウは、ロリンズ直系と言っていい、太くて、低音から高音まで幅広い音階を駆使して、大らか、かつスピード感溢れる、雄大なスケールが聴きもの。

Toshiko Akiyoshi - Lew Tabackin Big Bandの、1980年リリース、偉大なるベース奏者チャールス・ミンガスに捧げられた『Farewell』に収録されている「Autumn Sea(秋の海)」と、1978年にディスコメイト・レーベルからリリースされた、フルート演奏で固めたルー・タバキンのソロ・アルバム『Rites of Pan(邦題:牧羊師の祭典)』で、ルー・タバキンのフルートの凄さは体験済み。

Tanukis_night_out

特に、両方のアルバムに収録された「Autumn Sea(秋の海)」は、邦楽の「春の海」のモチーフが元になった曲で、ルー・タバキンの身の毛がよだつような入魂のフルート・ソロが圧巻。

とにかく、この『狸's Night Out』での、ルー・タバキンのフルートは凄い。その至芸は、1曲目「Wise One」、2曲目「Tanuki's Night Out」、4曲目「Dancing Maja」で聴くことができる。それはそれは、エモーショナルなフルート。幽玄かつ切れ込む様な鋭さ、丸く迫るような音圧。尺八の様な、というのは簡単だが、ルー・タバキンのフルートは、そんな一言で済むような単純なものでは無い。

4曲目は、フラメンコ・タッチな3拍子曲。 ドラマーはカスタネットに徹し、 ベースはフラメンコ風にパーカッシヴで、アルコ弾きも取り混ぜ、バックを支える。 ここでのルー・タバキンのフルートは実にスパニッシュ。これだけ、フルートに様々な音楽の要素を反映できるテクニックの持ち主って、他にいるだろうか。

バックのBoris Kozlov (b), Mark Taylor (ds)も実に良い。ベースはブンブン唸りを上げ、図太いビートを供給し、ドラムも純ジャズよろしく、硬軟自在のドラミングで見事という他に無し。メインストリーム・ジャズここにあり、と言わんばかりの、素晴らしい演奏のオンパレード。

ルー・タバキン、テナーも素晴らしいが、フルートは更に素晴らしい。1978年にリリースされた、ルー・タバキンが、全編フルートを吹きまくっている『Rites of Pan』、誰でも良い。是非ともCD化してくれないだろうか(LPで手に入れておくんだった・・・後悔)。
 
 
 
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2009年3月15日 (日曜日)

キースの最新作を聴く

このブログの記事数が1,000となった。ということは、1,000回目のブログ記事ということですね。2006年4月2日から始まったこのブログ、

いや〜、約3年で、1,000記事到達です。バーチャル音楽喫茶『松和』の常連の皆さん、ありがとうございます。さて、1,000回目のブログ記事とはいえ、特別なことは書かずに、普段どおりの音楽の話題を。

キース・ジャレットの最新作が、2009年1月にリリースされている。タイトルは『Yesterdays』(写真左)。トリオとしてはキースの難病から復帰後、初の日本ツアー、2001年4月30日の東京文化会館でのトリオでのコンサートのライブ盤。1曲のみ同年4月24日の渋谷オーチャードホールでのサウンドチェック時の演奏。

実は、この時の日本ツアーでの演奏は既に2枚組アルバム『Always Let Me Go』で発表済み。『Always Let Me Go』が、トリオによるフリー・インプロビゼーション中心であったのに対し、本作はスタンダード曲で固めている。
 

Keith_yesterdays

 
いいかげん、このスタンダーズの演奏、飽きがきても不思議じゃないのだが、これがなかなか飽きない。トリオの3名の演奏力が優れていて、インプロビゼーションのバリエーションの引き出しが無限にあるんだろう。この『Yesterdays』の演奏を聴いていても、「おおっ」と耳をそばだててしまう瞬間が幾度となくある。

この『Yesterdays』は、先にリリースされている『Always Let Me Go』と併せて聴くと、キース+ピーコック+デジョネットのトリオ「スタンダーズ」の力量と奥深さが良く理解できると思います。というか、凄いトリオですね。決してマンネリにならないどころか、新たな可能性、新たな展開を次々と見せてくれる訳ですから、このトリオの力量は他を寄せ付けない。

キースのアルバムリリースの予告を見る度、また、スタンダード集かあ、と食傷気味になるんですが、結局、購入してしまうんですよね。そして、一度聴いて「おおっ」と思い、しばらく繰り返し聴いてしまう。

う〜ん、キースの手に落ちているようでもあり、ECMの策略にはまっているようでもあり。まあ、それだけ優れた内容のアルバムをコンスタントにリリースしている、ってことなんですよね。いつまで続くのか、この「スタンダーズ」。それは誰にも判らない(笑)。
 
 
 
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2009年3月14日 (土曜日)

Jeff Beckの70年代の傑作

我が千葉県北西部地方は、今日は朝から台風の様な南風。そして、思ったよりも強い雨。大荒れの週末である。午後も予報は外れて意外とまとまった雨が残り、夕方には北風に変わって、少し冷え込みだした。でも、寒の戻りはもう無いだろうな。

さて、Jeff Beck(写真右)をまとめて聴き直しているのだが、今日聴いて、その内容に改めて感心したのが『There and Back』(写真左)。LP時代は、エンボスのかかった凝ったジャケット。ご存知の方も多いと思いますが、このジャケは、Jeffのギターケースを接写したもの。なかなか格好良いロゴである。

この『There and Back』は、70年代の『Blow By Blow』,『Wired』と併せて、「インスト三部作」と呼ばれているシリーズの最終作。最終作らしく、アナログ録音時代のJeff、いわゆる70年代ロックの時代、この『There and Back』は、Jeff Beckの70年代の傑作アルバムだと思う。

収録されているどの曲が良いとか悪いとか、という次元で議論されるアルバムでは無い。収録されている全ての曲の出来が実に良いのだ。しかも、曲毎のアレンジが良く、バリエーションに富んでいて、それぞれの演奏の出来は全く持って申し分無く、アルバム全体を通して聴いていても、飽きが来ることが全く無い。加えて、『Blow By Blow』,『Wired』と比して、曲毎の出来不出来についてバラツキがかなり少なく、先の2枚より「安定して聴けるアルバム」というところだろう。
 

There_and_back

 
冒頭の「Star Cycle」から、ラストの「Final Peace」まで、淀みなく流れるように、違和感なく、全ての曲が楽しめます。Jeffのギターは、攻撃的かつ創造的なのは、いつものことながら、実に安定している。その安定度合いは、Jeffの残したアルバムの中でも指折りのものである。

ロックの歴代の傑作アルバムの中で、ヴォーカル無しのインスト・アルバムとしては、最高の出来でしょう。インスト・アルバムと聞くと、当時、同時代に一世を風靡した「ジャズ・フュージョン」を思い浮かべるのですが、この『There and Back』は、フュージョン・アルバムでは無い。

ビートが違う、ノリが違う、フレーズが違う、リフが違う。『There and Back』は、正真正銘、ロックのアルバムである。そこが、このアルバムの面白さ。どこから聴いても、フュージョンでは無く、ロックのインスト・アルバムだということが、直ぐに判ることろがこのアルバムの優れた部分のひとつである。

最後に、余談というか思い出話になりますが、冒頭の「Star Cycle」はテレビで、そう、金曜日の新日本プロレス中継で、BGMとして使われていました。確か、次週以降の対戦カード紹介のバックに流れていたんではないかしら。そうそう、当時のアナウンサーは古館一郎だったはず。当時、その事実を目の当たりにした時、「この名演をこんな放送(当時のプロレスファンの方々・ゴメン!)のバックに流すのか〜」と、目が点になったのを覚えています(笑)。
 
 
 
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2009年3月13日 (金曜日)

聴いてみて「あら、ビックリ」

ジャズのアルバムの裾野は広い。ジャズのアルバム紹介本に推薦されているアルバムだけが、ジャズの世界で、優れたアルバムかと言えば、絶対にそうではない。逆に、ジャズのアルバム紹介本に推薦されているアルバムをコレクションするだけで満足するなんて、いわゆる「木を見て森を見ず」というか、「井の中の蛙、大海を知らず」を地でいくようなもの(微笑)。

ジャズのアルバム探索ほど、楽しいものは無い。昔はレコード屋に入って、小一時間くらい、箱を漁って、欲しいレコードをマークして、その中から、予算の範囲内で購入。当時は、スイングジャーナルなどの雑誌のレビューを見て、当たりを付けて、欲しいアルバムを見つけては、その枚数の多さを恨み、なにか基準を見つけて、エイヤッで予算の範囲内の枚数(2〜3枚程度だけれど)を購入する。

そして、そのアルバムを聴いては、「やった〜正解や〜」と思ったり、「あかん、これは判らん、あかん」と思ったり。そして、気に入ったアルバムは「とことん聴き込む」。これが楽しくてたまらない。

今回、そんな楽しさを思い出させてくれたアルバムが、 Chet Baker『Strollin'』(写真左)。エンヤに残したチェット・ベイカーのオリジナル作品の中でも特に人気の高い、1985年に行われたミュンスター・ジャズ・フェスティバルにて実況録音されたドラムレスのトランペット・トリオ編成による素晴らしいライブアルバム。
 
 
Chet_strollin
 
 
僕は、つい最近まで、このアルバムの存在を知らなかった。というか、チェット・ベイカー自体があまり好きじゃなかった、というか聴かず嫌いだった。特に、後年というか晩年というか、1970年代〜1980年代のアルバムは、どうせたいしたことは無い、と完全に聴かず嫌いを地でいっていた。今から思えば、実に恥ずかしい。聴いてみて「あら、ビックリ」の優秀盤である。

チェットのトランペットとフィリップ・カテリーンのギター、ジャン・ルイ・ラシンフォッセのベースという、ドラムレス・トリオ。シワシワになったのと引き換えに、別人のように、味のある、情緒溢れる、実に小粋なトランペットを吹きまくるようになったチェット。このアルバムでも、チェットのペットは実に良い。

そして、フィリップ・カテリーンのギターが素晴らしい。というか、初めて聴いた時、「誰や〜、このギターは」と思わずビビッた。そして、チェットのペットとカテリーンのギターのインプロビゼーションを支えるのが、ラシンフォッセのベース。このベースが凄く効いている。このベースがあって、チェットとカテリーンは味のある、情緒溢れる、自由奔放なインプロビゼーションを繰り広げることができるのだ。

チェットが謎の転落により死去する3年前の素晴らしいライブ・アルバム。これだけの演奏が出来るミュージシャンが、3年後にホテルの窓から転落して死亡するなんて、誰が想像しただろう。でも、このアルバムは白眉。このアルバムが残っているだけでも、僕たちは幸せだ。
 
 
 

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2009年3月12日 (木曜日)

転機転機に聴く曲・その2

人生の転機転機の度に、不思議と耳を傾ける機会がやってくるミュージシャンが幾人かいる。その代表的なミュージシャンが、ミュージシャンとして尊敬して止まないジョン・レノンである。

ビートルズの中では、圧倒的にジョン・レノンのファンである。しかし、ポール・マッカートニーのアルバムの方が聴き込んだ数が多いかもしれない。でも、僕の中では、ジョンは絶対である。別に、ジョンの生き方まで尊敬している訳では無い。でも、彼の言動、考え方には共感できる部分が多い。しかし、圧倒的に共感できるのは、彼の曲作りとミュージシャン・シップである。

今回、再発された『The John Lennon Collection』(写真左)の日本盤。このベストアルバムには、本当にお世話になった。1982年に発表されたジョン・レノンの2枚目のベスト・アルバムである。ちょうど、社会人になって直ぐに東京転勤を言い渡され、行きたくもない東京で一人暮らしを始めた頃、このアルバムに出会って、以降、何度、このアルバムに、人生の転機転機で力づけられたことか。

どうも、このアルバムっていうのは、僕にとって、人生の転機転機に聴く機会が訪れるアルバムである。今回もそうである。このアルバムが、この2009年になって、日本盤が再発されるとは思っても見なかった。それが、昨日の夜、手元に届いた。そして今日。恐らく将来、自分の人生を振り返って見た時に、絶対に思い出すであろう人生の転機のひとつ。そんな今日に、朝、会社へ行く時に、ガンガンに聴いた。
 

John_lennon_collections

 
人生の転機というのはいろいろとある。今回もまたまた大きな人生の転機を迎えた。それでも、僕は立ち止まらないし、うつ向きもしない。標無き明日に向かって進むだけ。やりたいことをやるだけ。僕の心の中では、過去、転機を迎える度に鳴り響いていた、ジョンの「(Just Like) Starting Over」が鳴り響いている。
 
Our life together is so precious together
We have grown, we have grown
Although our love is still special
Let's take a chance and fly away somewhere alone

僕たち、一緒に暮らしてきた時間、掛けがえのないものになった
二人とも成長したね。大人になったのかな?
二人の愛情が今でも特別なのは、それはそうなんだけど
ちょっと冒険して、二人だけでどこかに、飛び立ってみないか

It's been too long since we took the time
No-one's to blame, I know time flies so quickly
But when I see you darling
It's like we both are falling in love again
It'll be just like starting over, starting over

大変だった頃の事ってすごく昔のこと
誰も責める気はないさ。時が過ぎるのなんてあっと言う間
でも君を見ていると
また恋をはじめられそうだ
そう、また「振り出しから」って感じでね

心持ちを変えれば、人生の転機というのは楽しめるもんだ。転機というもの、常に、その時々で一生懸命、正直に頑張っていれば、決して悪い話ばかりでは無い。今回そう思った。
 
 
 
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2009年3月11日 (水曜日)

心地の良いエモーション

1960年代の終わりから、1970年代前半は、メインストリーム・ジャズの暗黒時代であった。米国のジャズ・シーンは、クロスオーバーからフュージョン全盛となり、電気楽器中心のジャズにシフトした。

といって、アコースティック・ジャズが廃れた訳ではない。意識あるミュージシャンによって、しっかりと引き継がれてはいた。しかし、環境は厳しく、生活に事欠くことがほとんどだったらしい。欧州へ移住する者も多々いた。

欧州では、ジャズは芸術として扱われていた。パリのサンジェルマンなど、多くの好意的な観客の中で、演奏することが出来た。昨日ご紹介したデックスや、アルト・サックスのジャキー・マクリーン、ピアノのケニー・ドリューやデューク・ジョーダンなどがそう。

そして、その欧州で活躍するミュージシャンの演奏をアルバムとしてリリースし、世界に紹介し、情報を発信したレーベルのひとつが「スティープル・チェイス」である。このレーベルからリリースされているアルバムは、どれもなかなかの内容を誇るものばかり。ジャケ買いしても「ハズレ」が少ない、優れたアルバムが目白押しである。

Archie Shepp (ts) & Niels-Henning Ørsted Pedersen (b) の『Looking At Bird』もその一枚。あまり、ジャズ紹介本などでは見かけないアルバムなんだが、さすがスティープル・チェイス、実に素晴らしい内容のデュオ・アルバムである。
 

Looking_at_bird

 
フリー・ジャズを経験した、正統でテクニックが確かなテナー奏者が、メインストリーム・ジャズの枠の中で、抑制の効いた演奏をさせると、それはそれは素晴らしい演奏を聴かせてくれることが多いが、このアルバムでのArchie Sheppは、実に素晴らしい。低音〜高音まで、実に幅の広い音域で、これぞテナーというブロウを聴かせてくれる。心地良いエモーションとはこのこと。

そのArchie Sheppにも増して素晴らしいのが、Niels-Henning Ørsted Pedersen(写真右)のベース。もともとこの人のベースは、音が太くて、ブンブン唸りを上げ、メロディアスかつエモーショナルな、ビートの効いたベースをコンスタントに聴かせてくれるが、このアルバムは、何時にも増して、ベースの躍動感が凄い。

しかも、ピッチがぴたっと合っていて、旋律を弾き進めていく音の響きは、唄うような、エモーショナル溢れる、タイトで鳴り響くようで、これはもう「快感」に近い。これ、なかなかお目にかかれない、いや、お耳にかかれないベースの至芸だと思います。

『Looking At Bird』は、アルバム・タイトルどおり、バード、つまり、不世出の伝説のアルト奏者、チャーリー・パーカーにまつわる楽曲を集めて演奏されており、これが、パーカーの演奏をなぞらえるのではなく、Archie Shepp と Niels-Henning Ørsted Pedersen で、個性溢れる演奏に仕立て上げられているところが聴き所である。

ジャケット・デザインもさりげないが、ジャズらしいジャケットで好感が持てる。スティープル・チェイスというレーベルは、ジャケット・デザインも優れたものが多く、さしずめ欧州の「ブルーノート」と言っても良いかもしれない。
 
 
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2009年3月10日 (火曜日)

サックスを唄うように奏でる

昨日、コルトレーンの話をした。コルトレーンは、とにかくレコーディングというレコーディングに、「実験、チャレンジ、鍛錬」を持ち込むことが常なミュージシャンだった。

しかも、テクニック的にも才能のあるミュージシャンだったので、それはそれは、めくるめく「超絶技巧」な世界が展開される。なるほど、若手サックス・ミュージシャンが、こぞって目標とし、こぞってコピる訳だ。

しかしながら、サックスの音色は人間の肉声にとても近く、さまざまな感情を表現できる楽器だと言う。そういう意味では、中〜高音域中心の「超絶技巧」の世界は、サックスの本質から少し外れているのかもしれない。

逆に、テナー・サックスを唄う様に奏でるミュージシャンというのは、サックスの王道を歩いているのかもしれない。「唄う様に」テナー・サックスを奏でるミュージシャンの代表格の一人に、Dexter Gordon(デクスター・ゴードン・愛称デックス)がいる。

今日、久しぶりに、デックスの『Gettin' Around』(写真左)を聴く。ブルーノートの4204番。1965年5月28、29日の録音。いやはや、実に素敵なジャケットだ。このジャケット・デザインだけで、その内容は約束されたようなもの(笑)。
 

Gettin_around

 
渡欧中の1965年に、一時帰国して録音した盤。パーソネルは、Dexter Gordon (ts) Bobby Hutcherson (vib) Barry Harris (p) Bob Cranshaw (b) Billy Higgins (ds) 。冒頭の「Manha de Carnaval(邦題:黒いオルフェ)」は「定番中の定番」の名演。Bobby Hutcherson(ボビー・ハッチャーソン)のヴァイブが効いていて、実に洒落た雰囲気が心地良い。

デックスのテナーは、茫洋とした響き。しかし、聴き進めていくと実に味わい深いことに気がついて、知らず知らずのうちに「はまっていく」。テクニック的にも大雑把なようで「実は繊細」。デックスのテナーを聴いていると、サックスの音色は人間の肉声にとても近いということを実感する。ほんとに、唄うようにテナーを吹くのだ。

「Manha de Carnaval」「Who Can I Turn To (When Nobody Needs Me)」「Shiny Stockings」など、ちょっとポップな選曲で、ややもすれば俗っぽくなってしまいそうなのだが、このメンバーで、しかも、ブルーノートで収録すれば、絶対に俗っぽくならない。実に心地良い、実に聴いていて心地良い、極上のムード・ジャズが展開されます。

朝、通勤途中で聴くも良し。帰宅して、晩ご飯を終えて、バーボン片手にゆったりとした気分で聴くも良し。良いものは何時聴いても良い。デックスの木訥とした、それでいて包容力のある、心地良い響きのテナーを聴いて、今日の心の疲れが一気に吹っ飛んでいくのであった。
 
 
 
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2009年3月 9日 (月曜日)

初心者向けのコルトレーン・2

ジョン・コルトレーンは、ジャズを聴く上で、ジャズを趣味とする上で、避けて通れない「ジャズの巨人」である。ジャズ・ミュージシャンを志す若者、特に、テナー・サックス奏者を志すなら、絶対に避けて通れない。

でも、ジャズを聴き始めた「ジャズ初心者」にとって、ジョン・コルトレーンのどこが凄いのか。これが、なかなか判り難い。ジャズ入門書を紐解いても、『至上の愛』を聴けだの、『ライブ・アット・ビレッジバンガード』を聴けだの、果ては『アセンション』を聴けと初心者にガイドする本もある。『アセンション』を初心者の時に聴いた時には、きっとジャズが嫌いになること請け合いである(笑)。

では、ジョン・コルトレーンの凄さが判りつつ、ジャズ初心者として、聴きやすく親しみやすいアルバムはあるのか? 2月12日のこのブログでは『Coltrane Sound』をご紹介した。この『Coltrane Sound』は、コルトレーンの独特の奏法である「シーツ・オブ・サウンド」を、判りやすく聴きやすく体験できる格好のアルバムである。

では、コルトレーンの演奏テクニックの素晴らしさを体験するには、どのアルバムが良いか。僕は『Ballads』(写真左)をお勧めする。ものの本には、『Ballads』は、コルトレーンの異色のアルバムだとか、当時、フリー・ジャズに走り始め、アルバムの売れ行きに不安を感じたレコード会社が、アルバムを売る為にたてた企画だとか言われるが、この『Ballads』のコルトレーンほど、演奏テクニックに優れたアルバムは無い。しかも、バラードが中心の選曲なので、初心者にも聴きやすい。

Jc_ballads

冒頭の「Say It」を聴くと、その凄さが良く判る。テナー・サックスの中音域〜高音域だけで、バラードを紡ぎ上げていく。基礎がよほどしっかりしていないと、綺麗でフラットな音は出ない。コルトレーンは、いとも容易く、まるでアルト・サックスの様な「中〜高音域」だけで、バラードを歌い上げていく。

当時、バラード集を出した背景には、コルトレーンのマウスピースの調子が悪く、早いパッセージやハードなブロウが出来なかったからだ、という向きもあるが、これも違うだろう。2曲目の「You Don't Know What Love Is」を聴けば判るが、バラードでありながら、結構、凝ったテクニックの早いブロウを、バラードの雰囲気を壊さない程度に吹きまくっている。これだけ、抑制された音で、早いバッセージを短小節だけ吹ききるには、マウスピースの調子が良くなければ出来ない「瞬間芸」だと僕は思う。

僕は、この『Ballads』というアルバムに、コルトレーンの野心を感じる。コルトレーンはセッションというセッションに「実験、チャレンジ、鍛錬」を持ち込むことが常なミュージシャンである。

この『Ballads』では、「テナー・サックスの中〜高音域だけで、繊細で優しくエモーショナルなジャズ・バラードが表現できるか」、「できるだけ、アドリブを誇張することなく、旋律中心に演奏を展開できるか」、などをテーマに、いつもの様に「実験、チャレンジ、鍛錬」を遂行しているだけだと思われる(笑)。

この『Ballads』というアルバム、単にバラード集だからジャズ初心者向けということではなくて、コルトレーンの演奏テクニックの素晴らしさを体験するのに「絶好のアルバム」だと僕は思います。ジャズ初心者の方々のみならず、ジャズ者のベテランの方々にも聴き直して頂きたいアルバムのひとつです。きっと、新しい発見が幾つかあると思いますよ。
 
 
 
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2009年3月 8日 (日曜日)

ラロ・シフリンって知ってる?

昨日とはうってかわって、寒い一日。午後からは雨がしとしと降ってきた千葉県北西部地方。3月に入って、天気は愚図つき、寒い日が続くので、ちょっと精神的に滅入っている。カラッと晴れないとね〜。でも、カラッと晴れたら、花粉が飛んで、花粉症の人にとっては辛いのか〜。

さて、大学時代からジャズを聴き始めて、早30年以上が経過した訳だが、僕が大学時代といえば、ジャズ界は、フュージョン全盛期、フュージョン真っ只中の時代。CTIレーベルなんかは、ひっぱりだこで、当時LP1,500円の廉価盤なんかがシリーズで出て、僕も結構その恩恵に預かったクチである。

CTIレーベルのアルバムで、当時「なんでこんなアルバム買ったんやろう」と最初激しく後悔したNo.1アルバムがある。ラロ・シフリン(Lalo Schifrin)の『Black Widow』(写真左)である。なんで、このアルバムを購入したのか、その動機が定かでないが、恐らく、5曲目の「Jaws」(ジョーズのテーマ)が収録されているところに興味がいったと思われる。ジョーズといえば、あの「ジョーズ」である。スピルバーグのあの鮫の映画の「ジョーズ」である(笑)。

さて、ラロ・シフリンとは何者か。1932年生まれ。作曲家、編曲家、ジャズピアニスト、指揮者。アルゼンチンのブエノスアイレス出身。1960年代より映画やテレビの音楽を手がけ、 有名どころでは『スパイ大作戦』のテーマ、ブルース・リー主演の映画『燃えよドラゴン』のテーマなどがある。『ダーティー・ハリー』シリーズもそうですね。

Black_widow

その映画音楽で勇名を馳せていたラロ・シフリンが、1976年に録音したアルバムが、この『Black Widow』。バックに、アンソニー・ジャクソン(b)アンディー・ニューマーク(ds)エリック・ゲイル(g)ジョー・ファレル(fl)あたりのCTIおなじみのメンツを侍らせ、クラシックや映画音楽を、ファンキーアレンジで、上質のフュージョンに仕立て上げています。

シンセ、ストリングスが結構きらびやかで、この辺が、ラロ・シフリンのアレンジの面目躍如ってところでしょうか。ストリング、ホーンを前に出しつつ、ファンキーさ、ソウルっぽさを押し出しながら、ワウワウのかかったギター、切れの良いカッティング、繰り返しの中、グルーヴ感を徐々に増していくベース、ドラム。なかなかにアレンジの妙が楽しめます。

そして、そんなバックのグルーブ感を損なうことなく、確実にメロディーを奏でるシフリンのキーボード。このバランス感覚が絶妙なのが、このアルバムの特徴です。フュージョン系のイージーリスニングっぽく聴こえるのですが、じっくり聴くと、どうしてどうして、かなり高度で良く練れたアレンジと、グルーブ感溢れるリズム・セクションが、実に玄人好みな「ファンキーさ」を供給してくれています。

ず〜っと昔。30以上前。このアルバムを買って聴いた時は「これは大失敗だ」と頭を抱えたのを思い出す。それから30年経って、このアルバムを聴くと、このアルバムの優れた面が十分に聴きとれて、この『Black Widow』って、かなり良い出来の、お勧めフュージョン・アルバムの一枚だということが良く判る様になる。ジャズ鑑賞については、やっぱり経験とノウハウも、大事な要素の一つだと言うことなんですね。

30年以上前。大学時代に、この『Black Widow』に耳を傾けていたことを、ちょっぴり自慢に思ったりもする今日この頃(笑)。
 
 
 
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2009年3月 7日 (土曜日)

久々の女性ボーカル期待株

ジャズ・ボーカルは得意な方では無い。といって、アルバム・コレクションの方のことで、ジャズ・ボーカルの良し悪しについては、ちょっとは判っているつもり。

それでも、どうしても最近のボーカリストのアルバムには触手が伸びない。特に、日本のマーケットにおいては、ジャズ・ボーカルのアルバムが乱発され過ぎだと僕は思う。毎月、何人かのボーカルの新人、それも女性ばかりが出てきては、ファースト・アルバムをリリースする。

後が続かない人がほとんどなのだが、きっと、レコード会社的には、このファースト・アルバムだけでも、それなりの利益を享受できるのだろうな。それでないと、この新人女性ボーカリストのファースト・アルバムの乱発は理解できない。

しかしながら、海の向こう米国では、この21世紀に入ってから、ニュータイプのジャズ系ボーカリストが出てきて(こちらも女性が大勢を占めるのだが)、なかなかに楽しませてくれる。特に、ブルーノートからデビューした、ノラ・ジョーンズは痛快だった。2002年にリリースされた『Come Away With Me』は絶品だった。ちなみに、以降、彼女は今でも最前線で活躍中である。

Nina_vidal

そのノラ・ジョーンズの『Come Away With Me』に匹敵する女性ボーカル・アルバムがリリースされている。Nina Vidal(ニーナ・ヴィダル)の『Nina Vidal』(写真左)である。

Nina Vidalとは・・・。NY出身。7歳の頃からピアノのレッスンを受け、10代前半から詩を書き始める。NYUにて音楽を専攻し、マンハッタン内の名門クラブで精力的にライヴ活動を始める。2005年、シングル『Do It Again』でデビュー、とある。昨年、この『Nina Vidal』をリリース。実は彼女、本名がニーナ・シモン・ヴィダル(彼女のお母さんの命名だそうですが)。ジャズ・ボーカルのファンなら、思わずニンマリしてしまいますね。

この『Nina Vidal』ってアルバム、良い雰囲気です。まず、Nina Vidalのボーカルが良い。知的な感じのする、透明感のあるハイトーン・ボイスが印象的で、とにかく歌唱力が抜群。実に上手い。そして、音全体の雰囲気は、ジャズ、ソウル、ポップスをシームレスにミックスしたハイ・クオリティな極上ポップスです。聴きやすいけど甘くない。しっかり芯の通った伴奏がバックに控えています。

僕がよくネットで徘徊するiTunes Store でも大人気。久しぶりに、ノラ・ジョーンズ以来、僕にとっての「女性ボーカル期待株」の出現です。純ジャズ鑑賞の合間合間に、はい、もうヘビー・ローテーションです(笑)。
 
 
 
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2009年3月 6日 (金曜日)

「ピアノ商人」とは彼のこと

ジャズのミュージシャン達は、どちらかと言えば「職人」の部類に属する人達が多く、あまり商売に長けているという感じでは無い。しかし、中には「機を見て敏なる」を地で行くミュージシャンもいて、これはこれで「たくましいのお〜」と感じ入ってしまう。

商才に長けたミュージシャンとして印象深いのは、ジョー・ザビヌル(Joe Zawinul)。彼はウィーンの出身で、奨学生としてウィーン音楽院に入学するも、自分の求めるものがクラシック音楽ではない事を悟り、バークリー音楽院の奨学生募集の記事を見つけ、これを利用して渡米、 しかし学業もそこそこに3週間後に、メイナード・ファーガソンのバンドオーデションに合格し、ボストンを後にした、とある。これだけでも、いかに「機を見て敏なる」というか「如才ない」というか、ちょっと呆れてしまう。

そんなザビヌルである。ジャズの世界に身を投じた後も、それはそれは「機を見て敏なる」経歴を誇っている。とにかく、その時代その時代の「トレンド」というか「売れ筋」を見極めるのが、実に上手い。ファンキー・ジャズ華やかかりし頃には、キャノンボール・アダレイのバンドメンバーとなり、およそ9年間在籍。キャリア・アップの為に、ちゃっかりとマイルス・デイヴィスのバンドにも在籍。

そして、エレクトリック・ジャズに商機を見いだしたザビヌルは、1970年、ウェイン・ショーター、ミロスラフ・ヴィトウスらとともにウェザー・リポートを結成。初期の頃はコズミックなジャズを展開するが、受けが悪いと感じると、直ぐにアーシーでポップなフュージョン・ジャズに鞍替え。時代の寵児となる。

そして、晩年、ワールド・ミュージックのトレンドが到来すると、かねてより積極的に取り入れていたワールドミュージックの要素を前面に押し出し、再び大きな話題を呼ぶ事に成功する。いやいや、これだけ、ジャズの流行を追い求め、それぞれの流行の中で成功し続けたミュージシャンは、ザビヌルだけだろう。

Money_in_the_pocket

そんな商魂たくましいザビヌルのファースト・リーダー・アルバムが『Money in the Pocket』(写真左)。1966年のリリースである。このファースト・アルバムを聴くと「三つ子の魂百まで」という諺を思い出す。とにかく、実に商才に長けたアルバム内容である。

このファースト・アルバムを聴くと、ザビヌルの自信と商魂が見え隠れするのが面白い。とにかく「俺はなんでも出来るんだ」と高笑いしているような、当時、ジャズの世界で流行っていたスタイルを全て総動員したような内容に、ちょっと「呆れる」(笑)。

出だしは、キャノンボールのファンキー・ジャズ、そして続くは当時アーティスティックなスタイルとして持てはやされた「新主流派のモーダルなジャズ」、バド・パウエルばりのバップ・ソロ、コルトレーン・カルテットのマッコイ・タイナーの様な硬質でパーカッシブなタッチ、ホレス・シルバーのようなファンキー・ジャズ。ゴスペルチックなソウル・ジャズ。いやはや「俺は何でも出来るもんね〜」と言わんばかりの「ジョー・ザビヌル・ショーケース」(笑)。

確かに「器用貧乏」的なバラバラさは気になるが、ザビヌルのピアノは、個性は見えないにせよ、しっかりしているし、各曲の作曲、アレンジは秀逸。ポップスの世界に、ヒット曲を量産する「職業作家」というジャンルの人々がいたが、さしずめ、ザビヌルは、ジャズ界の「職業作家」と言って良いと僕は思う。

「ピアノ商人」とは彼のこと。別に悪い意味で揶揄しているんではありません。ジャズの世界にも、商才に長けたミュージシャンがいるっていうこと。商才に長け、如才なく立ち回っているけれど、ザビヌルの残した曲やアルバムは、後生に伝えられるべき水準をクリアしていると思います。

でも、このファースト・アルバムの『Money in the Pocket』の根底に流れる商魂には、凄まじいものを感じますね〜。「俺はなんでも出来るんだ。どうだ、どの路線が一番ジャズ・ファンに受けるんだい」と言いながら、ニンマリと笑うザビヌルがそこに立っているようです(笑)。
 
 
 
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2009年3月 5日 (木曜日)

しかし、紛らわしいな〜

ジャズのアルバムには、紛らわしいものが多々ある。同じ音源なのに、ジャケット・デザイン、タイトルを変えて、あたかも新盤の様にリリースするものもある。一枚のアルバムの音源をばらして、他のアルバムの音源と混ぜて、新しいアルバムに再編するものもある。2枚組のアルバムを1枚ものに短縮するものもある。

この現象は、あるレーベルが倒産したり、経営を停止する時、自らが保有する音源を他のレーベルに売り渡したりして、その引き取ったレーベルが、自らのレーベルから、その譲り受けた音源を再発する時によく起こる現象なんですけどね。

今回、出会ったアルバムもその「紛らわしいもの」の一つ。iTumes Storeで見つけた『Getting' It Together』、Freddie Hubbard, Curtis Fuller, Yusef Lateefのリーダー並記のアルバム。ジャケット・デザイン(写真一番左)が、サボイ・レーベルっぽくて、なかなか良さげな雰囲気で、「これは、ジャケ買い」とばかりに「ポチッ」とダウンロード。

2000年1月25日にリリースとあるので、最近のアルバムとばっかり思っていた。ベテランミュージシャンが一堂に会して、寛いだジャムセッションを繰り広げる、って感じの、リラックスして聴ける盤だろう、と思いながら再生してみると、どうも音が古い。

2000年あたりの盤なら、絶対にデジタル録音風の雰囲気が漂うのだが、この盤の音は、完全にアナログ風。しかも、ところどころ、音が乱れているところもあって(これは音源の保存状態が悪かったことが多い)、「これは1960年前後のハードバップ時代の録音やな〜」と当たりをつける。

ネットでググって判明したんだが、この『Getting' It Together』ってアルバム、もともとは、WARWICKというレーベルからリリースされた『CURTIS FULLER / BOSS OF THE SOUL-STREAM TROMBONE』というアルバムだそうだ。その最初に発売された時のジャケットは写真の一番右。ハードバップっぽい、なかなか味のあるジャケットです。実は、このオリジナル仕様で、2006年12月にリイシューされてます。

Gettin_it_together
(写真をクリックしたら拡大されます)

そして、今度は、Freddie Hubbardの名義で『Gettin' It Together』というタイトルで再発されます。ジャケットは写真の真ん中。見るからに「サイケデリック」「ヒッピー&フラワー・ムーヴメント」って感じの雰囲気が強く漂うジャケット・デザインですね。恐らく、Freddie Hubbard の人気に乗じて、Freddie Hubbard の単独名義で再発したんでしょう。当然、タイトルも変更(笑)。でも、このジャケット・デザインは酷いですね〜。

そして、どういう経緯でリイシューされたか判りませんが、2000年1月に、今回、iTunes Storeで入手した状態、Freddie Hubbard, Curtis Fuller, Yusef Lateefの3人のリーダー並記のジャム・セッション風アルバムとして再発されています。僕にジャケ買いを決心させたジャケット・デザインは、写真の一番左。今回調べただけでも3枚もの異なったジャケット・デザインで、同じ音源が再発されているとは。しかし、紛らわしいな〜。

パーソネルは、Freddie Hubbard(tp), Curtis Fuller(tb), Yusef Lateef(ts,fl), Walter Bishop Jr. (p), Buddy Catlett (b), Stu Martin (ds)。 1960年12月NY録音。内容的には、最初の直感通り、ベテランではないが、当時中堅の人気ミュージシャンが一堂に会して、寛いだジャムセッションを繰り広げる、って感じの、リラックスして聴ける盤である。

まあ、全編通して聴くと、トロンボーンのフラーがフューチャーされていて、フラーのリーダー作だろうと類推することは簡単ですね。フレディは相変わらず上手い、ユセフのテナーはちょっと癖があって面白い。そして、パーソネルで目を惹くのはピアノのウォルター・ビショップJr.。太く硬質な、ちょっとマッコイ・タイナー風のピアニストは誰なんだ、と思って聴いていたんですが、ウォルター・ビショップJr.だったんですね〜。
 
ベースとドラムがちょっと弱いのはご愛嬌。とにかく、カーティス・フラーの暖かみのあるトロンボーンが楽しめます。そういう面からも、やっぱりこのアルバムって、カーティス・フラーのリーダー作でしょう。ホントに紛らわしいな〜(笑)。
 
 
 
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2009年3月 4日 (水曜日)

転機転機に聴く曲・その1

久しぶりに、70年代ニューミュージックの話題を。というか、高校時代からの体験談を中心に、ニューミュージックの話題をお届けしたい。

人生の転機は・・・いろいろある。若かりし頃、高校時代の失恋も然り。現役で大学全部すべって、浪人確定した日も然り。いきなり東京転勤を言い渡された時も然り。人生の転機というものを幾つもくぐり抜け、その度に、泣いたり、怒ったり、悲嘆にくれたり、失望したり。人生の転機というものは、決して楽しいものでも、楽なものでもない。

そんな辛く苦しい人生の転機に、必ず聴く曲がある。僕は、今までの人生の中で、人生の転機を迎えて、歯を食いしばりながら、必ず聴いてきた曲がある。そんな時、心を奮い立たせ、心を励ましてくれる曲は、吉田拓郎である。

人生の転機を迎え、失望し、狼狽し、悲嘆に暮れ、投げやりになりながら、冷静に事実を認め始めた時に聴く曲は、絶対と言っていいほど、この曲で固定されている。吉田拓郎の『流れる』。フォーライフレコード設立後、吉田拓郎の初のシングル『となりの町のお嬢さん』のB面。

この唄で今まで、どれだけの人生の転機を乗り越えてきたか。本当にお世話になった、吉田拓郎の名曲、B面名曲である。とにかく詩が良い。アマチュア・バンド時代、作詞を担当していた時期があるが、こんな詩は絶対に書けない。というか、吉田拓郎にしか書けない詩。言葉回しが絶品。

そして、曲が良い。アレンジが良い。前奏のスチールギターのすすり泣くような音色を聴くだけで、胸が熱くなり、目頭がジーンとする。そして、唄が滑り出てくる瞬間、ゾクゾクッとする。そして、拓郎の歌に心から聴き入り、冷静に事実を見つめ始めるのだ。


Nagareru


今は黙って 風の音を聴け 
木の葉の舞う季節を 季節を知れ
想い出すな 荒野の朝を 
包みかくしてしまえ 静けさの中に
 
座り込んだ男をみよ 
つかみ取った夢をにぎり 
テレ笑いでウソだと言うのみ

立ち向かえば言葉が荒れ始める
古き時代の強者どもが
生きるすべなど教えにやって来る 
明日は今よりも 死せる時なんだと 
  
いずれはもとの闇の中へ 
答えも無く 消え去るのみ
恥ずかしさを こらえられるか

今は黙って 風の音を聴け 
今は黙って 水面に浮かべ 
今は黙って 静けさを愛せばよい

『流れる』 吉田拓郎 作詞・作曲
 

さあさあ、新たな人生の転機に立ち向かいますか。何度、人生の転機を切り抜けたら、安息の日々が訪れるのやら(笑)。
 
 
 
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2009年3月 3日 (火曜日)

これって凄いギターやな〜

ジョージ・ベンソンをまとめて聴き直している。で、「これは凄いんやないか」と改めて感心したアルバムがある。『Beyond the Blue Horizon(邦題:青い地平線)』(写真左)である。

このアルバム、ベンソンのCTI移籍第1弾のアルバムですが、CTIと聞くと、聴き心地の良い、ソフト&メロウなフュージョンをイメージしがちですが、このアルバムは違う。実にハードなジャズ・ギターが展開されています。

パーソネルはGeorge Benson (g); Clarence Palmer (org); Ron Carter (b); Jack DeJohnette (ds); Michael Cameron, Albert Nicholson (perc)。Clarence Palmerなるオルガンの存在が大きい。オルガンの疾走感溢れる音が、ギターの疾走感を煽る。そこで、ベンソンの「超絶技巧+かっとびギター」である。アルバム全編、強烈な暴風雨の様なベンソンのギターが疾走する。

このアルバムのベンソン、これって凄いギターやな〜。冒頭の「So What」の前奏を聴くだけで「これは」って思う。よくよく聴き進めると、オルガンの存在だけが、ベンソンを煽っているのでは無い。ドラムのJack DeJohnetteだ。Jack DeJohnetteの複合リズム溢れる躍動感溢れるドラムがベンソンを、さらに煽っているのだ。

2曲目「Gentle Rain」、3曲目「All Clear」と、テンション高く、疾走感あふれるベンソンのギターがかっとび続ける。4曲目の「Ode To A Kudu」で、やっとゆったりとした、優しいバラードとなって少しホッとするが、このバラードが、これまた絶品。3曲目までの弾きまくりの世界とは、ガラッと変わった優しい雰囲気に、これまた「グッ」とくる。
 

Beyond_the_blue_horizon

 
そして、5曲目の「Somewhere In The East」で、コンガの音も印象的に、ラテン調の疾走感あふれるベンソンが帰ってくる。オルガンもノリノリ、ドラムもノリノリ。嵐のような演奏である。うへ〜っ、凄いなあ。ベンソン渾身の「弾きまくり」である。

このアルバムを聴いて思うのは、ベンソンって、凄いギタリストだということ。そして、硬質のパキパキとした太い音は、他に例を見ない「ワン・アンド・オンリー」な音色だということ。さすが、当時、マイルスが見初めた若手新進のギタリストである。

「唄うギタリスト」という印象が強いジョージ・ベンソンであるが、この『Beyond the Blue Horizon』を聴くと、その印象がガラリと変わる。オルガンとドラムの存在が、ベンソンを本気にさせているという印象。本気になってギターを弾き倒すベンソンって、とにかく凄い。

で、最後に余談になるが、このアルバムのジャケット・デザインって、あんまりではないか。なんで、石油コンビナートの「炎を吹く煙突」なんだろう。どう考えたって「ジャズ」っぽくないし、デザイン・センスとしても、どうみても「イマイチ」。

しかも、石油コンビナートの「炎を吹く煙突」のジャケットに、邦題が「青い地平線」。LP時代、レコード屋で初めて見た時、流石に触手が伸びなかった。ジャケット・デザインに「全く合わない邦題」。直訳すれば良いってもんでもないでしょう(笑)。
 
 
 
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2009年3月 2日 (月曜日)

ピアノとギターの相性

ピアノとギターの相性には、なかなかに難しいものがある。どちらの楽器も、リズム楽器、打楽器としての側面と旋律楽器としての側面がある。

同じ打楽器としての側面、旋律楽器としての側面、双方を持ち合わせる楽器ではあるが、弾き方が全く違う。つまり、打楽器としても、旋律楽器としても奏でる音が全く違う。但し、和音の世界では、全く同じ音がでるので、双方の音が重ならないように、細心の注意を払う必要がある。

この様に、良く似た側面と全く違う側面を双方持ち合わせた「ピアノとギター」。ジャズの世界では、その相性がピッタリ合うと、それはそれは素晴らしい音世界が展開されるが、相性が合わないと、単なる耳障りな雑音が鳴り響くことになる。

こういう背景があるから、ピアノとギターの組合せを「売り」としたアルバムを初めて聴くときには、心ときめく期待感と漠然とした不安が交錯する。そんな感情の交錯の中、今日聴いたアルバムは、Hal Galper (p) & John Scofield (g)の『Ivory Forest』(写真左)。ちなみに、パーソネルは、Hal Galper (p), John Scofield (g), Wayne Dockery (b), Adam Nussbaum (ds)。1979年の10月31日〜11月1日の録音。 
 

Hal_johnsco

 
Hal Galper(ハル・ギャルパー・写真右)は、70年代に入って、ブレッカー兄弟を従え、レコーディングにライブにとその才能を開花させ、マッコイ・タイナーの影響を感じさせる、ややフリーなスタイルは、70年代の日本のピアニスト達に多大な影響を与えた。そう、ハル・ギャルパーって、70年代に限って、日本で受けに受けたピアニストなのだ。

John Scofield(ジョン・スコフィールド、略してジョンスコ)は、ジャズ、フュージョン系のミュージシャンとして、セッションやソロで活動。わざと少しだけ音を外した、独特のフレーズは、独特の「ねじれ感」と「緊張感」を供給する。1フレーズ聴くだけで、ジョンスコと判るほどの「独特の音」である。

この『Ivory Forest』というアルバムは、ハル・ギャルパーの硬質で強いタッチの、ややフリーなスタイルのピアノと、ジョンスコの切れ込むような、アブストラクトなエレキ・ギターとが、ぴたっと合った、なかなかに、ピアノとギターの相性が合った素晴らしいアルバムである。

どの曲でも、ハル・ギャルパーの、フリーなラインとグルーヴする左手の堅実なバッキングで「ドライブしまくるピアノ」と、ジョンスコのアウト・サイドに弾けまくり「アブストラクトに切れまくるギター」とが、ガッチリとデュオして、疾走感+硬質感をベースに「クリスタルな熱気」を振りまき続ける。

バックのベースとドラムのコンビネーションも良し。特に、ハル・ギャルパーとジョンスコの演奏スタイルの本質が、全編に渡って感じることが出来るところが、このアルバムの「ミソ」ですね。良いアルバムです。
 
 
 
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2009年3月 1日 (日曜日)

上手の手から水が漏れる

久しぶりにロックのお話しを。最近、ジェフ・ベックとエリック・クラプトンが来日して、なかなかのライブを披露しているらしい。見に行きたいな〜、と思う反面、めんどくさいな〜と思ったり(歳ですかね)、なかなか複雑な心境の「松和のマスター」です(笑)。

最近、そのジェフ・ベックの正式リリースのアルバムの蒐集がコンプリートしたので、まとめて、ちょくちょく聴き直している。90年代以降のアルバムについては、ジェフのギター職人ぶりに、もう「感動」に次ぐ「感動」で、唯一無二の、時代を超えたエレキ・ギターに痺れっぱなしである。

そんな中、失敗作の誉れ高い、1985年リリースの『Flush(フラッシュ)』(写真左)を聴く。名作『There and back』から5年を経て。やっと新作がでるぞ~とファンの期待を一身に背負ったリリースだった。しかし、その内容は「???」。あ〜、ジェフも終わったな〜、と思ったのを覚えている。それから、24年(約四半世紀!)を経過して、実に久しぶりに、この『フラッシュ』を聴き込んだ。

確かに、冒頭の「Ambitious」を聴くと「これは違うな〜、ベックとは違うな〜」と思います。サウンドの雰囲気が全然ベックらしくない。今の耳で聴くと、思いっきり古さを感じる、当時流行のリズムパターン。ギンギンのギターが耳につく。当時もそう感じましたが、24年経って、改めて今の耳で聴いても、抑揚のない通俗的なサウンドです。まあ、ベックのギターはギンギンに加工された音色の中にも、ベックらしさが光る「アドリブ瞬間芸」が感じられるのが救いですが。
 

Jeff_beck_flash

 
しかし、とにもかくにも、ボーカルが弱すぎる。ロッドの参加部分は別格として、ジミー・ホールなる者が歌っている、若しくはベック自らが歌っているものは、どう聴いても良いとは思えない。こんな中途半端なボーカルを入れるんなら、入れない方が「まし」だと思う。過去、BB&Aなどで、ジェフはボーカルの扱いで失敗しているのになあ。同じ失敗を2度繰り返されると、かなり辛い。

いやはや、アルバム全体を覆う雰囲気は、80年代の「音楽として不毛な時代」の、デジタル・打ち込み・ビジュアル優先、という「三悪」に負けて、迎合してしまった、70年代ロックの代表的ミュージシャンの「戸惑い」ですね。90年代に入る頃には「我が道を行けば良い」ということに皆気づくのですが、この80年代は、迷いに迷っている。ジェフも人の子なんですね〜。

でも、改めて聴き直してみると、良いトラックもある。3曲目「Escape」、4曲目「People Get Ready」、9曲目「You Know,We Know」などは優れた内容だと思うので、このアルバムの全てが悪い訳ではないようです。特に、ロッドとの再会セッションで話題を振りまいた「People Get Ready」は、今聴いても良いですね〜。とにかく、牧歌的なイントロで「ジーン」として和んでしまいます。こういったカントリー&フォーキーな楽曲に、からきし弱いので、今聴いても、なんとなく心が「ジーン」とします(笑)。
 
アルバムのジャケットも「らしくない」、変だ、ジェフではない、と思います。ジェフ自身も、「あれは失敗だった」と、このアルバムを酷評しており、確かにジェフの正式リリースのアルバムの中では、一番出来が悪い、といっても良いでしょう。

この『フラッシュ』を聴くと、いつも頭に浮かぶ諺が「上手の手から水が漏れる」。ジェフにこんなアルバムを作らせてしまう。それだけ、80年代のロック・シーンは不毛だった、ということが言えるのかもしれません。
 
 
 
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