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2008年12月の記事

2008年12月31日 (水曜日)

それでは良いお年を...

さて、大晦日です。今年も、バーチャル音楽喫茶『松和』については、このブログと、ホームページとして、「ジャズ・フュージョン館」と「懐かしの70年代館」の2つを運営してきました。ホームページの方は、ホームページ作成ソフトも変えたことで、なかなか更新頻度が上がらず、ちょっと反省です。

特に、ホームページの方は、来年で10周年を迎えます。新たな展開も企画していますので、乞うご期待ってところでしょうか。このブログも来年の4月で、3周年を迎えます。記事数もそろそろ1,000を超えることになります。自分で「これは良く書けたなあ」という記事は順次、ホームページの方に移行していきたいと思っています。

ジャズは決して難しい音楽ではありません。聴き方さえ適正であれば、他のロックやポップスやクラシックと同様、とても楽しめる音楽ジャンルです。来年も、ジャズ初心者の方々を中心に、ブログやホームページを運営していきたいと思っています。

今年も、ご愛読ありがとうございました。ブログもホームページもアクセスカウンターのカウントアップが、モチベーションの素でした(笑)。もう少し、コメントもいただけたら、とも思いますが、それは贅沢と言うもんですね。来年も是非ともお付き合いのほどを・・・・。

それでは、良いお年を・・・。
 
 
 
Jyoyanokane2_2

 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年12月30日 (火曜日)

年末に聴きたくなるロック

年の瀬はあまり好きじゃない。一年が終わる寂しさというか、侘びしさというか、精神的にしみじみしてしまうのがいけないらしい。遠い昔、小学生の頃から、年末年始の季節はどうも好きじゃない。

しみじみしてしまうのがいけないのだが、一年間生活してきたのだがら、どうしても振り返ってしまう。振り返ると決まって、先に「後悔」することが、どっと思い出される。これがいけない。どうも性格的に「良い」ことより、「悪い」ことを先に思い出すように出来ているらしい。

こんな性格なので、年末の精神状態はあまり良くない。しみじみとした純ジャズで、しみじみと一年を反省し、来年こそはと思うんだが、そろそろ自分に残された時間もそんなに無いことを思い知って、これまた、しみじみしたままになってしまう。これではいけないと、70年代ロックに手を伸ばす。しみじみした状態から、なんとか前向きな状態持って行くには、やはり70年代ロックが一番だ、と昔から決めてかかっている(笑)。

この年末になると、必ず聴きたくなり、必ず聴く、70年代ロックの名盤の一枚に、ロッド・スチュワートの『Atlantic Crossing』(写真左)がある。

Atlantic_crossing

ロッドが、英国から米国に渡った、彼の音楽人生の中でのターニング・ポイントを捉えた名盤である。まず、アルバム・ジャケットのイラストを見て欲しい。ロッドが、ロンドンからニューヨークを股にかけている図、まずこれに「やられる」。これが良い。このアルバム・ジャケットで、このアルバムの内容が窺い知れ、このアルバムの内容は保証されたようなものだ。

LP時代は、A面が「Fast Side」、B面が「Slow Side」となっていた(と思う)のが、とても粋だと感心したんだが、CDでは連続していて、この粋さが損なわれているのが残念。

1曲目の「Three Time Loser」から、5曲目「Stone Cold Sober」までが、A面「Fast Side」。「Fast Side」とは言いながら、4曲目のレゲエ調の、ゆったりとした哀愁感溢れる「Drift Away」が素晴らしいアクセントになっている。名唱である。

そして、6曲目の「I Don't Want To Talk About It」から、ラストの「Saling」までが、B面「Slow Side」。ロッドの歌の上手さは、スローなバラードでその真価が更に発揮される。どの曲も珠玉の名唱ばかりである。特に、7曲目の「It's Not The Spotlight」には、グッと来る。そして、ラストの「Saling」は、もう永遠のエバーグリーン。皆が知っている定番中の定番バラードである。

このアルバム・タイトルの『Atlantic Crossing』に限りない「憧れと浪漫」を今も感じる。そして、年末にこのアルバムを聴いて、今年から来年への「Crossing」を感じて、「よしっ」とやる気がでるのだ。これは、このアルバムを手に入れた浪人時代から今に至るまで、全く変わっていない、僕の不思議な習慣の一つである(笑)。
 
 
 
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2008年12月29日 (月曜日)

年の瀬は「ユッタリ+しみじみ」

さあ年末である。今年もあとわずか、残すところ後2日である。大掃除第1日目は無事完了。寝室が綺麗になった。明日は応接間。書庫は来年回しやな。冬は寒くてあまり使ってないし。

さて、年の瀬はユッタリと純ジャズを聴きたい、と強く思う。ハードなヤツやモーダルなヤツは、年の瀬にはちょっと辛い。ユッタリとした純ジャズをしみじみと聴きながら、今年の出来事を振り返り、やり残したことを数えながら、しみじみと後悔したいのだ(笑)。

最近、ロン・カーターのアルバムを整理している。そろそろ、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」入りさせたいと思っている。今日、大掃除の後、昼寝しながら、しみじみと聴いたロンの純ジャズ系アルバムは『Orfeu』(写真左)。1999年のリリース(もうかれこれ10年が経つのか)、ボサノバ・ジャズ中心の企画アルバムである。

パーソネルは、以下の通り。

Ron Carter(ロン・カーター)(b)
Houston Person(ヒューストン・パーソン)(ts)
Bill Frisell(ビル・フリゼール)(g)
Stephen Scote(スティーブン・スコット)(p)
Payton Crossley(ペイトン・クロスリー)(ds)
Steve Kroon(スティーブ・クルーン)(per)

Ron_orfeu

冒頭の「Saudade」が良い。ゆったりとしたバラード調の曲調、切なげな テーマ、抑制のきいた哀愁の漂う演奏が「テナー、ギター、テナー、ピアノ」の順に続き、なかなかに泣ける曲です。ボサノバの陰影のる曲想を上手く使ったアレンジで、素直に「上手いな〜」と感心します。

2曲目は泣く子も黙る「説明不要の哀愁系」、ボサノバ・ジャズの名曲「Manha De Carnaval(黒いオルフェ)」です。良い雰囲気です。録音も良いし、ロンのベースのピッチも、まずまず「合って」いる(笑)。テナーのヒューストン・パーソンの悠然としたブロウが良い雰囲気を醸し出しています。リズム隊も良好で、しっかりとジャズしています。ボサノバのリズムでは無い「ジャズのリズム」で、このアルバムを、ボサノバ・アルバムでは無く、ボサノバ調の純ジャズ・アルバムとして成立させています。

1曲目、2曲目と哀愁系でしみじみし過ぎた「きらい」があるなあと思ったら、3曲目は明るくリズミックで楽しい、カリプソ調の「Por-Do-Sol」。パーッと明るくなった雰囲気は、このアルバムへの親近感を強くさせます。ロンのベースラインがなかなか格好良い。やっぱり、ロンは状況さえ整えば、超一流のベーシストであるなあ、と思います。

この『Orfeu』というアルバム、今ご紹介した最初の3曲で、全体の雰囲気が窺い知れます。良い雰囲気の純ジャズ系ボサノバ・ジャズです。まあ、リリース当時、コマーシャルな話題となった、4曲目の「Goin' Home」、ドボルザークの「家路」のボサノバ・ジャズ化は「ご愛嬌」でしょう。悪くは無いんですが、ちょいと「俗っぽい」。でも、結構、しみじみするんですけどね(笑)。

特に、ビル・フリーゼルのギターが個性的で、実に印象深いです。適度に捻れていて、このアルバムを、単なるボサノバ・ジャズの佳作に留めていません。聴き込めば聴き込むほど、フリーゼルのギターの貢献度の大きさが判る、ロンの「グループサウンズ重視」のプロデュース能力が良い方向に出た佳作だと思います。
 
 
 
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2008年12月28日 (日曜日)

「トホホ」なジャケットだけど...

「ジャケ買い」という言葉がある。「ジャケ買い」の意味は、良いジャケット・デザインのアルバムにハズレは無い、という経験則である。特に、ジャズ鑑賞の世界では、この「ジャケ買い」信奉が強い。確かに、ジャズのアルバムの世界においては、優れた内容のアルバムほど、ジャケット・デザインが秀逸である。

しかし、その経験則の当てはまらないものだってある。というか、ジャズの世界で「ジャケ買い」の正反対で、なんでこんなに「トホホなジャケット」なんだと、そのジャケット・デザインが呆れるほど「トホホな」アルバムほど、その正反対にその内容が優れているってことが多い。いわば「外れジャケ買い」である。

このCurtis Fuller(カーティス・フラー)の『Imagination』(写真左)も、その「トホホなジャケット・デザイン」最右翼の一枚(笑)。キリコの様な、ダリの様な、シュールリアリズム風のイラストなんだが、その描きっぷりのイージーさと、なんだかだらしなく楽器がぶら下がっているのが、実に「トホホ」である。しかし、である。このジャケット・デザインにビビってはいけない(笑)。これが、なかなかの内容のアルバムなんですよ。

本作はフラーのリーダー7作目。1959年のリリース。Blue Note からデビューしたのち、Savoy移籍後の1作目である。そうか、だから全編に渡って、覇気溢れる演奏を繰り広げているんやね。そう、全編に渡って、ポジティブで覇気溢れる演奏が素晴らしい、これぞハードバップと喝采をあげたくなるような、絵に描いたようなハードバップ的演奏である。
 

Imagination

 
ややオリエンタルな雰囲気の前奏が印象的な「Kachin' 」から始まる。このオリエンタルな雰囲気というのも、ハードバップ全盛時代の特徴。様々な音楽の要素をジャズは柔軟に融合していく。2曲目の「Bang Bang」は、ハイテンポで超絶技巧な音世界。フラーの超絶技巧な演奏テクニックが堪能できる。トロンボーンって、こんなに速く演奏できる楽器だったのか、と感動すら覚える。

3曲目の「Imagination」は、打って変わってスローテンポのバラード。肺活量が必要なトロンボーンは、スローな演奏には骨が折れる楽器のひとつなんだが、そんなことは微塵も感じさせずに、フラーは、スローなテンポで、ロングトーンを揺るぎなる吹き通していく。格好いいぞ、フラー。

パーソネルはと見れば、Curtis Fuller(tb), Thad Jones(tp), Benny Golson(ts), McCoy Tyner(p), Jimmy Garrison(b), Dave Bailey(ds)。ピアノのMcCoy Tyner(マッコイ・タイナー)の参加が目を惹く。それとベースのJimmy Garrison(ジミー・ギャリソン)もである。この二人、後に、コルトレーン・カルテットのリズムセクションを担うことになる。

4曲目の「Blue De Funk」とラストの「Lido Road」では、ゴルソン・ハーモニーが楽しめます。ゴルソン・ハーモニーとは、テナーサックスで参加のBenny Golson(ベニー・ゴルソン)のアレンジの特徴のこと。ゴルソンは作編曲も得意なサックス奏者で、ユニゾン部、ハーモニー部の楽器の音の重ね方が、彼独特の響きを醸す出すので、いつ頃からか「ゴルソン・ハーモニー」と呼ばれるようになったそうです。

最後、余談になるが、全編に渡って、ベニー・ゴルソンがいつになくハッスルして、結構巧みなテクニックでテナーを吹き切っている。これって僕にとっては驚きで、ゴルソンって、作編曲には才能のあるミュージシャンだけど、演奏テクニックとなると「ちょっとなあ」って印象だったので、このアルバムでの溌剌とした、テクニック溢れるゴルソンにはビックリした。
 
 
 
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2008年12月27日 (土曜日)

CCRの傑作アルバムは...

大幅な午前様帰りで(正確には朝帰りか)終わった今年の仕事。今日からは9連休。年賀状の裏書きや情報メールの読込みなどで、なんだか一日が慌ただしく終わる。年の瀬を意識している訳では無いが、なんだか忙しなく感じる今日この頃。

さて、一昨日の続き、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(以下CCRと略す)のアルバムについて、である。

CCRの音は、音の作り、リズム、ボーカルの雰囲気ともに、サイケデリック・ロックの雰囲気が色濃く出ていて、どう聴いても「サザンロックの先駆者的存在」とは言えないだろう、と僕は思っている。

「70年代ロックの新しい音に乗り切れない、1960年代後半のヒッピー文化を色濃く引きずったCCRは、サンフランシスコのロック・シーン、ひいては西海岸ロック・シーンの中で、実に個性的な存在だったことが窺い知れる」と書いた。1960年代後半にリリースされた、『Creedence Clearwater Revival (1968)』『Bayou Country (1969)』『Green River (1969)』『Willy and the Poor Boys (1969)』までは、やはり、サイケディック・ロックの名盤としてのテイストを楽しむべきアルバムだろうと思う。

しかし、1970年に入って、『Cosmo's Factory (1970)』については、サイケデリック・ロックからの脱皮を図ろうとするが、70年代ロックの新しい音に脱皮しきれない、CCRの苦悩、というか不器用さが見え隠れしているが、6枚目『Pendulum (1970)』は、その苦悩からスルッと脱皮したような、なんか憑きものがとれたように、サイケデリック・ロックの雰囲気が薄められ、アメリカン・ルーツ・ロックの要素を自分たちの音楽の中に上手く採り入れ、新しいCCRサウンドを獲得している。

Ccr_pendu_mardi

6枚目『Pendulum (1970)』(写真左)は、演奏のテクニックも一段と向上した感が強く、やっと1970年に入って、新しい「ロックの波・ロックの音」に追いつきかけた、というか順応し始めたCCRが魅力的だ。当然、このアルバムで一番の曲は「Have You Ever Seen the Rain?(雨を見たかい)」だろう。この曲については、過去のブログ(2007年5月9日のブログ)を参照されたい。

この「雨を見たかい」を聴けば判るが、明らかに、それまでのサイケデリック・ロック色は払拭されている。オルガンなどのキーボードの導入が実に効果的で、泥臭くて、荒々しくはあるが、西海岸ロックならではのきめ細やかさもあり、CCRの絶対的な個性がキラキラしている。

続く7枚目の『Mardi Gras (1972)』(写真右)は、CCRのラスト・オリジナル・アルバムである。ジョン・フォガティのワンマン・バンド的な印象を払拭すべく、各メンバーの曲やボーカルも取り入れた民主的な作品であった。が、結果的に商業的に失敗に終わり、バンドはあっけなく解散した。

でも、先に書いた、CCRの「サイケデリック・ロック」の雰囲気を色濃く出していたのは、ジョン・フォガティのボーカルであり、ギターなんだから、ジョン・フォガティの存在を後退させて、バンドとしてのグループサウンズに重きを置いた分、『Mardi Gras』は、1970年代ロックの音に追従する、1970年代のロックの中で遜色のない、CCRとしての個性的な音世界を獲得している。このアルバムで解散したことは実に惜しい。

1970年代ロックとして、CCRを評価するなら、6枚目『Pendulum』、7枚目のラストアルバム『Mardi Gras』に尽きる。米国西海岸ロックの中で、イーグルスの様に爽やかでは無く、ドゥービー・ブラザースの様に荒々しくワイルドでは無い。イーグルスとドゥービー・ブラザースに挟まれて、1960年代後半、ヒッピー・ムーヴメント、サイケディック・ロックの生き残りとしての音を、そこはかとなく香らせながら、、微妙な位置をキープできただろうに思うんだが、どうだろう。

アメリカン・ルーツ・ロックをベースとした、新しい70年代ロックの音を創造した成果のひとつとして、CCRは十分評価に値するバンドだと思います。
 
 
 
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2008年12月25日 (木曜日)

そろそろ決着を着けなければ

この一年、いろいろな角度から聴き続けてきたバンドがある。クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(略称CCR)である。このバンドがどうしても気になって、彼らのアルバムを聴き続けてきた。

CCRは、アメリカ南部特有の泥臭いサウンドを持ち味としたサザンロックの先駆者的存在、とされているが、そうなんだろうか。1968年にスワンプロック(南部のロック)のカバー曲「スージーQ」がヒット、当時ヒッピー文化が全盛だったサンフランシスコでは異色の存在として脚光を浴びる、とあるがそうなんだろうか。

すべてのスタジオアルバムとライヴアルバムが見事に復刻され、CD約1枚分におよぶCCR結成以前の音源も入った6枚組ボックス盤(写真左)をiPodに放り込んで、ちょくちょく聴いてきたんだが、このCCRって、サザンロックじゃないやろ〜。

デビュー・アルバム『Creedence Clearwater Revival (1968)』から『Bayou Country (1969)』『Green River(1969)』の3枚は、音の作り、ボーカルの雰囲気ともに、サイケデリック・ロックの雰囲気が色濃く出ている。ヒッピー文化において、アメリカン・ルーツ・ミュージックを踏襲する流れというのは、CSN&Yもそうしたように、当時のロック・バンドの流行だった。スワンプロックの「スージーQ」をカバーしたのは、その流行に乗っただけのような気がする。

Creedence_clearwater_revival

今回、CCRを聴き込んで判ったのは、CCRの本質は「サイケデリック・ロック」だということ。特に、John Fogerty(ジョン・フォガティ)のリード・ギターのフレーズ、Stuart Cook(ステュアート・クック)のベース・ラインは、「サイケデリック・ロック」雰囲気が色濃く出ている。

4枚目の『Willy and the Poor Boys (1969)』から、アメリカン・ルーツ・ロックを大胆に採り入れて、サウンドの広がりを求めるが、どうしても、リード・ギターのリフやフレーズ、ベース・ラインに「サイケデリック・ロック」独特の雰囲気が強く出てしまい、どうしても新しい展開には至らない。

でも、これがCCRの個性であり、面白さなんだよな〜。70年代ロックの新しい音に乗り切れない、1960年代後半のヒッピー文化を色濃く引きずったCCRは、サンフランシスコのロック・シーン、ひいては西海岸ロック・シーンの中で、実に個性的な存在だったことが窺い知れる。

4枚目『Willy and the Poor Boys (1969)』、5枚目の『Cosmo's Factory (1970)』は、サイケデリック・ロックからの脱皮を図ろうとするCCRではあるが、70年代ロックの新しい音に脱皮しきれない、CCRの苦悩、というか不器用さが見え隠れして、なんだか頼りなさそうでもあり、なんだか時代遅れの個性が逆に面白かったりする。

そして、解散までのラスト2枚『Pendulum (1970)』『Mardi Gras (1972)』に至るのであるが、実は、この2枚が、僕にとってはCCRのベストだったりするのだが、その話はまた明後日に。

明後日って何、と思った方は、実に注意深い方ですね。そう明日は今年最後の忘年会。恐らく午前様になるので、明日のブログはお休みします。
 
 
 
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2008年12月24日 (水曜日)

ほのぼのカーティス・フラー

トロンボーンは実にほのぼのとした音で、実に魅力的である。構造上、速いパッセージはちょっとしんどいが、ミッド・テンポ〜スロー・テンポでの、丸くほのぼのとした音は、実に魅力的である。

ジャズにおいては、ディキシーランド・ジャズの頃から代表的な地位を確立、ビッグ・バンドのホーン・セクションの一員としてだけでなく、独奏楽器としても活躍の場も多かった。

スウィング・ジャズなどの時代ではバンド内の主役楽器として活躍していた。が、速いパッセージを競うスタイルであるビ・バップになってから、次第に主役としての地位を、サックスやトランペット等の他の楽器に渡すことになる。

それでも、その魅力的な音で、独奏楽器として、はたまた、他の金管楽器、木管楽器とのユニゾン、ハーモニーの「厚みと彩り」に欠かせないフロント楽器の一つとして、ジャズのそれぞれの時代で、必ず、代表的なミュージシャンが存在する。

ハードバップ時代を代表するトロンボーン奏者の一人に、カーティス・フラーがいる。カーティス・フラー(Curtis Fuller)は、1934年12月生まれ。米国ミシガン州デトロイト出身のモダンジャズのトロンボーン奏者で、今年74歳。彼のトロンボーンは、丸くて「ぼよよん」としていて「ほのぼの」とした、歌心溢れる暖かい音色が特徴。
 

The_opener

 
今日は、彼のブルーノートでの最初の作品である『The Opener』(写真左)を聴いた。冒頭からFullerのワンホーンによるバラード「A Love Way to Spend an Evening」というのが「渋い」。Fullerの歌心溢れる暖かい音色が実に素晴らしい。

このアルバムは、全編を聴き通すと判るが、ハードバップの特徴のひとつである「スイング感」や「熱気溢れるインプロビゼーション」を前面に押し出すというよりは、トロンボーンの「ほのぼの」とした音色とFullerの歌心溢れるトロンボーンを活かすような選曲とアレンジが施されている。う〜ん、ニクイねえ。ブルーノートの総帥、アルフレッド・ライオンのプロデュースの成せる技である。

パーソネルも、 Curtis Fuller(tb), Hank Mobley(ts), Bobby Timmons(p), Paul Chambers(b), Art Taylor(ds) と、ツボを押さえた人選である。見渡すと、ファンキー・ピアノの権化であるBobby Timmonsの参加が目を惹くが、これがなかなか、Fullerの歌心溢れるトロンボーンに、彼としては珍しく、グッとファンキーさを押さえたピアノで、そこはかとなく「ファンキーな香り」を添えているところが、実に「粋」。

ブルーノートの特徴として、しっかりとリハーサルを積んで、しっかりと練習を積んで、本番の録音に臨んことが良く判る、実に良くできた、実に素晴らしい演奏の数々。やっぱり、ブルーノートの1500番台は素晴らしいですね〜。 
 
 
 
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2008年12月23日 (火曜日)

一日早いクリスマス・イブ

昨晩から急激に寒くなった。昨日の昼間は15度くらいだったから、一気に10度以上、下がったことになる。寒いのだが、明日はクリスマス・イブ。ノエルの季節らしくなったといえば、ノエルの季節らしくなった。

今日は実に忙しい一日。朝から本棚の整理から始まり、整体通い、昼前には、ケーキ屋へ予約した「ブッシュ・ド・ノエル」を取りに行って、午後一杯は年賀状作り。夕方からは夕飯を作って(今日はスパゲッティー・ナポリタン)、後片付けして、やっとこさブログを打っているところ。

忙しいとはいえ、新鮮な発見ってあるもので、朝9時頃、一駅歩いて整体に行ったのだが、休日の冬の朝なのか、人もほとんど歩いていない、車も少ない、よって、昼間より静かで、空気も冷たく凛としていて、結構良い気分でウォーキング。早起きは三文の得、というがほんまやね。

Buche_de_noel

枕草子にも「冬はつとめて」とある。「つとめて」とは早朝のことで、朝9時はちょっと遅いが、今朝はなんだか清少納言な気分であった。「冬はつとめて」ならぬ、「冬は朝」である(笑)。

本当に忙しかった一日。でも、夕飯が終わった後、ご褒美が待っている。予約を取っておいた「ブッシュ・ド・ノエル」である。これが近くのケーキ屋の予約特注品で、「マロン」を中心にした「ブッシュ・ド・ノエル」なのだ(写真)。

このケーキ屋、パティシエがなかなかの腕前で、人気の店である。甘すぎず、上品なデコレーションで、添加物無し、の優れものである。ちょっとお値段が張るが、美味しいケーキを食べるには、それもちょっと我慢我慢。CDの購入をちょっと控えての「贅沢」である(笑)。

今日は、実に忙しい一日で、音楽を聴くヒマも無かった。でも、一日早いクリスマス・イブ。実に美味なブッシュ・ド・ノエルを賞味できて、松和のマスターとしては、実に満足な一日であった。
 
 
 
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2008年12月22日 (月曜日)

ジャズの小径・12月号の更新です

ここ千葉県北西部地方では、昨夕から強い南風が吹き込み始め、今朝は、なんと最低気温が17度、最高気温が19度。これはもう春である(笑)。明後日はクリスマス・イブ。この暖かさでは気分が出ない。まあ、今晩からグッと冷え込むらしいので、まあいいか。

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の更新です。1ヶ月に1回の定期更新の名物コーナー「ジャズの小径」の12月号をアップしました。

ノエルの季節。クリスマス・プレゼントなど、華々しい話が周りでは飛び交っていますね。が、自分としては、誰かから、クリスマス・プレゼントを貰うことも無くなって久しいですから、最近では、ノエルのシーズンの「雰囲気」を中心に楽しんでいます。と言いながら、今年は、念願のiPhoneへの携帯の乗り換えが出来たので、ちょっと楽しいノエルの季節です(笑)。

「ジャズの小径」では、12月号の特集として、クリスマスをテーマにしたジャズ・アルバムをご紹介してきましたが、7年続けて、バーチャル音楽喫茶『松和』では、自分で所有して、自分の耳で聴いたアルバムしかご紹介しない方針ですので、さすがにネタが尽きました(笑)。

Jazz_komichi_0812

確か、約20枚のアルバムをご紹介しましたかねえ。もしご興味のある方は、「ジャズの小径」インデックス(左をクリック)の下方に、過去ログのインデックスがありますので、そこから2006年以前、各年の12月の「ジャズの小径」をご覧下さい。様々な種類のクリスマスをテーマにしたジャズ・アルバムをご紹介しています。

ということで、昨年から、趣向を変えて、静かにクリスマス・シーズンを過ごす方々にピッタリの、この季節にあったジャズのアルバムをご紹介することにしました。今年も、この「ノエルの季節」を静かに、厳かに過ごすのにピッタリな、ほのぼのとした、小粋なジャズ・アルバムを2枚ご紹介しています。

Art Farmer & Gigi Gryce(写真左)の『When Farmer Met Gryce』と、Modern Jazz Quartet(写真右)の『Topsy - This One's for Basie』の2枚です。どちらも、なんの変哲も無い、歴史を変えるような雄々しさも無い、それでいて、演奏のアレンジは、実に良く練られていて、演奏のテクニックも申し分無い。そんな玄人好みの、小粋で聴き応えのあるアルバムです。

さあ、皆さん、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)へお越し下さい。ノエルの雰囲気一杯の壁紙でお迎えしております(笑)。
 
 
 
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2008年12月21日 (日曜日)

ジャズの世界は更に激しい

昨日は、ジェフ・ベックの新しくリリースされたオフィシャル・ブートレグについて語った。とにかく、それはもう素晴らしい、というか凄いというか、凄まじいライブであった。感動を覚える音の太さとテクニックである。台風が来る中、暴風の中を練り歩くような、暴力的で威圧的で破壊的なジェフ・ベックのギターは凄い。

しかし、である。ジャズの世界では、このジェフ・ベックをも凌ぐ、激しく凄まじいエレクトリック・ギターを中心とした「ジャズ・ロック」が多々存在するから、ジャズの世界は恐ろしい。最近、手に入れて聴いてブッたまげたアルバムが『Electric』(写真左)。 Larry Coryell (g・写真右), Victor Bailey (b), Lenny White(ds)のトリオ演奏である。

これが凄まじいばかりのハードなエレクトリック・ギター・インストなのだ。昨日、ジェフと同様、れれき・ギターの音が太くて、切れ味抜群。加えて、ロックのギタリスト達のテクニックと比べて、ジャズのギタリストのテクニックは、その一枚いや二枚上を行く「超絶技巧」を絵に描いたような「バカテク」である。聴いていて、眩暈がしそうな、めくるめくテクニックの応酬。
 

Electric

 
ジャズ側からロック側にアプローチした演奏で、選曲もジェームス・ブラウンの「Sex Machine」や、レッド・ツェッペリンの「Black Dog」が目を惹く。でも、この2曲とも、ロック側に全く迎合しておらず、原曲の雰囲気を少しだけ残してはいるが、完全にジャズ・イディオムにデフォルメされており、見事なジャズ・フュージョン的な演奏になっている。

逆に、純ジャズからの選曲は、モーダルで先鋭的なウェイン・ショーターの「Footprints」なんかを選んでおり、これがまた、超絶技巧な演奏で、これは、どっちかといえば、純ジャズのジャンル、現代のエレクトリック・ジャズの最先端を行くレベルの演奏である。

いやいや、上には上があるというか、ラリー・コリエルのギターは、ロックよりのシャープなフレーズを弾き倒してして聴き応え満点、ベイリーとホワイトのリズム隊は、このコリエルのギターを支えるどころが、コリエルのギターに挑みかかるような、トンガったバッキングが凄い。なんせ、テクニックのレベルが違う。聴いていると唖然として、口がポカーン、である(笑)。

昨日のジェフのギターを、台風が来る中、暴風雨の中を練り歩くような、と形容した。が、コリエルのギターは、確かに、台風が来る中、暴風雨の中を練り歩くような感じは同じなんだが、台風の気圧が違う、というか、気圧が圧倒的に低い、勢力の非常に強い台風の暴風雨の中を練り歩く感じなのである。
 
 
 
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2008年12月20日 (土曜日)

暴風雨の中を練り歩くギター

70年代ロックのヒーローの中で、今でもまだまだ現役で頑張っているミュージシャンは沢山いる。70年代は人間のテクニックのみで音楽を演奏していた時代。とにかく誤魔化しが効かない時代だったので、70年代ロックの著名なミュージシャンは皆、テクニック的には人並み外れたものを持っている。その人並み外れたテクニックが基本となって、今でもまだまだ現役で通用するんだろうな。

で、今日の話題はジェフ・ベックである。先月、ジェフの新しいオフィシャル・ブートレグが出た。Jeff Beck『Performing This Week: Live at Ronnie Scott's Jazz Club』(写真左)。邦題は『ライブ・ベック3~ライブ・アット・ロニー・スコッツ・クラブ』。邦題から判るように、3枚目のオフィシャル・ブートレグである。

過去2枚のオフィシャル・ブートレグも内容は良かった。が、今回の『ライブ・ベック3』は、前の2枚とは次元が違う、それはもう素晴らしい、というか凄いというか、凄まじいライブである。ジェフ・ベックは、1944年6月生まれだから、今年で64歳になる。とても64歳のギタリストが弾いているとは思えない、テンションの高い、音の太い、尖った演奏の嵐である。

まず、前の2枚のオフィシャル・ブートレグと比べて、音が格段に良い。特にジェフのギターの音が生々しく伝わる。そして太い。バックの音の分離も良く、迫力と厚みのある音に仕上がっている。
 

Jeff_beck_live3

 
まあ、21世紀の時代、音の根本はデジタルで、70年代のジェフのギターの音と比べると、どうしても、今の音は「デジタル臭い」。でも、その「デジタル臭さ」を補って余りある、というか、そんなものどうでも良いと思わせてくれるような、溌剌としたテンションの高いジェフのギターである。

選曲を眺めると面白いのは、やはりジェフの最大のヒット・アルバム『Blow By Blow』と『Wired』の2枚からのセレクションが多いこと。我々ファンの気持ちとジェフ本人の気持ちが同じというで、この選曲には、70年代ジェフ・ベックのファンの僕としても納得のいく選曲ですね。でも、その2枚に偏らず、バラエティーに富んだ選曲も、この新ライブ・アルバムの魅力です。

冒頭の「Beck's Bolero」の音の太さとテクニックにはビックリ。感動を覚える音の太さとテクニックである。台風が来る中、暴風雨の中を練り歩くような、暴力的で威圧的で破壊的なジェフ・ベックのギターは凄い。

例えば、日本が世界に誇るギタリスト、布袋寅泰をもってしても、鮎川誠をもってしても、全盛期のチャーをもってしても、その3人が束になってかかっていっても敵わないような、圧倒的なギターである。

今回の新オフィシャル・ブートレグを聴いて、ジェフのギターの素晴らしさを再認識した。しかし、64歳とは思えんなあ。どこまで進化するんやろか。いやはや、70年代ロッカーは筋金入りである。
 
 
 
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2008年12月18日 (木曜日)

Argus "Then Again" Live

昨晩は、とある忘年会で午前様。よって、ブログはお休みした。今日は、完全な二日酔い状態。とにかく眠い。早く寝るつもり。体力を回復しなくては。何故なら、明日は明日で忘年会。よって、明日のブログはお休みします。

さて、こんな二日酔い状態では、純ジャズは辛い。フュージョンも辛い。こんな時は、長年、聴き慣れた、適度にノリの良い「70年代ロック」が良い。「良い曲はないかなあ」とiPhoneをタッチしながら探していたら、あったあった、懐かしのWishbone Ashの『Argus "Then Again" Live』(写真左)。

懐かしのWishbone Ashとはいっても、昔の黄金時代の4人、ギターにアンディ・パウエル、テッド・ターナー、ベース&ヴォーカルにマーティン・ターナー、ドラムスにスティーヴ・アプトンというメンバーでは無い。パウエルのみがオリジナルメンバーの現行メンバーでのライブである。アーガスの再演ということで、ちょっと悩んだんだが、ダウンロードサイトでゲット。

Wishbone_ash_argus_live

オリジナル・メンバーはアンディーだけですが、彼のギターは衰えていません。思ったよりも、良い出来です。ギターのアタッチメントやワウワウの音は懐かしさで一杯です。実にアナログチックで、適度にエコーがかかっていて、往年のブリティッシュ・ロックの音が実に良い。時に、ちょっとヨロッたり、指がもつれたり、もご愛敬。人間が演奏してるな〜、って感じです。

さすがに、5曲目から11曲目までの7曲、名盤『Argus』の全曲を収録順に演奏するくだりは、感動しますね〜(苦笑)。決して懐メロにならず、黄金時代のWishbone Ashを踏襲しつつ、現行メンバーでのオリジナリティも、そこはかとなく感じられて、アンディーを中心にしっかりまとまっている印象です。看板のツインリードについては、黄金時代には及びませんが、しっかりとやってます。

どの曲のフレーズも実に印象的ですよね。というか、そらで口ずさむことができる位、聴きこんだフレーズが再演されるのを聴いていると、やはり熱くなりますね。ライブならではの雰囲気も良く、なかなか楽しめました。まあ、Wishbone Ashの『Argus』については、オリジナル・アルバムに勝るもの無しなので、『Argus』については、まずはオリジナル・アルバムを聴いて下さいね。

この『Argus "Then Again" Live』については、往年のファンの為の1枚だと思いますが、逆に、ファンならば結構楽しめると思います。ジャケットもなかなか「そそられる」デザインで、ファンにとっては悩ましい一枚ですよね。
 
 
 
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2008年12月16日 (火曜日)

実はファンキー・ジャズが好き...

最近、ダウロード・サイトのアルバムの品揃えが充実している。確か、去年早々に、突如再発されて、結局買いそびれた Duke Person(デューク・ピアソン)の『Prairie Dog』(写真左)。買いそびれて「しまったな〜」なんて思って、それからすっかり、その存在を忘れていたんだが、iTunes Storeで見つけた時には、即ダウンロードである。

この『Prairie Dog』、1966年の録音で、時代は「ファンキー・ジャズ」と「フリー・ジャズ」が拮抗する時代。共に相反する雰囲気のジャズ。俗っぽくて、ポップで親しみやすい「ファンキー・ジャズ」。精神性を重んじ、修行にも似た、ストイックでスピリチュアルな「フリー・ジャズ」。この『Prairie Dog』は「ファンキー・ジャズ」の佳作である。

リーダーのDuke Pearsonは、ジョージア州アトランタ出身。1932年生まれ、1980年に鬼籍に入っている。もともとはピアニスト。1960年代のブルーノートの顔とも言うべき作編曲家でもあり、プロデューサーでもあった。彼のピアノのプレイは、右手の単音を中心として、コロコロと転がすような、それでいて、淡々としたタッチが持ち味。淡々としている割に、ファンキーっぽさが、ほのかに香るところが良い。

パーソネルは、Johnny Coles (tp), James Spaulding (as, fl), George Coleman (ts), Harold Vick (ts, ss), Duke Pearson (p, cel, arr) , Gene Bertoncini (g), Bob Cranshaw (b), Mickey Roker (ds)。オクテット構成である。

Duke_pearson_prairie_dog

実は、私、ファンキー・ジャズが好きでしてねえ。真面目でストイックなジャズ・ファンの方々からすると、何を言うかお前、って感じかも知れないんですが、この「ファンキー・ジャズ」の、俗っぽくて、ポップで親しみやすいところが好きで、ノリが良いところが良い。

この『Prairie Dog』も例外では無い。冒頭の「Fakir」なんて、ファンキー・ジャズの権化みたいな演奏である。2曲目の「Prairie Dog」は、西部劇のテーマ音楽の様な雰囲気、3曲目の「Hush-A-Bye」は、ピアソンが弾くチェレスタとベースのデュオで、チェレスタがオルゴールみたいに聞こえて、これはもう軽音楽の様な雰囲気。それでいて、お気楽な、売れ線狙い見え見えの「商業音楽風」にならないのは、 Bob Cranshawのベースに負うところが大きい。とにかく、純ジャズよろしく「ブンブン」と低音が鳴り響いて、これがまたノリが良い。

4曲目の「Soulin'」は、これまた「ファンキー・ジャズ」大会である。それでいて、 George Coleman, Harold Vickのテナー・ソロが、ちょっとモーダルで、当時の新主流派の雰囲気がプンプンするのが面白い。5曲目の「Little Waltz」は、更に、その「モーダルで新主流派」の雰囲気が色濃くなる。ファンキーなんだが「モーダル」。 Bob Cranshawのベースもブンブン唸る。面白い演奏だ。6曲目の「Angel Eyes」は、ピアソンのピアノ・ソロ。ピアソンの淡々とした味わいのピアノが、存分に楽しめる。

ジャケットを見れば、明らかに「手抜き」の感がするジャケットではあるが、ジャケットだけで判断してはいけないアルバムの一枚です。しかし、中身を聴いてみてから、このジャケットを見ると、これはこれで味わい深いのかも、と思ったりするから、面白いもんですね〜(笑)。
 
 
 
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2008年12月15日 (月曜日)

暖かくて小粋なアルトはいかが

ジャズを聴いていて良かった、と思える瞬間がある。ウォーン・マーシュというアルト奏者がいた。既に、1987年12月に鬼籍に入ってしまったが、その暖かな音色、芯が通った玄人好みのインプロビゼーション、優しい歌心。アルトサックスの奏者として、理想的な資質を持った、優れたミュージシャンである。

そのウォーン・マーシュのアルバムには、なかなか手が届かず、なかなかコレクションが揃わずにいた。それでも、ウォーン・マーシュをコレクションする時に、このアルバムは、絶対に真っ先に手に入れようと、心に決めていたアルバムがある。1957年録音の『ウォーン・マーシュ・カルテット』(写真左)である。

ウォーン・マーシュは、米国西海岸はロサンジェルスを拠点として活動した。よって、パーソネルは、ウォーン・マーシュ(ts)、ロニー・ポール(p)、レッド・ミッチェル(b)、スタン・リービー(ds)、と米国西海岸のミュージシャン中心の構成である。

Warne_marsh_q

良い雰囲気のアルバムです。どの曲も、暖かくて小粋で、それでいてしっかりとテンションが張っていて、とても心地の良い演奏ばかりです。決して派手な立ち回りは無いし、決して大向こうを張ったアドリブは無い。絵に描いたようなハード・バップ的な演奏なんですが、決して、聴き手に迎合するところは無い。まずはミュージシャン本人達が、楽しんで演奏している様子が良く判る。

加えて、ジャケットが秀逸。ちょっとユーモラスなイラストのジャケットであるが、これが「とても良い」。若かりし頃、ジャズ喫茶で、このジャケットをLPサイズで見た時には、心から自分のものにしたい、と強く思ったものだ。

このジャケットから受ける印象そのままの、暖かくて小粋なアルトサックスが、優しくて美しい。ちょっとハードなブロウも、丸くて優しいところが、ウォーン・マーシュの特徴で、僕はとても好きである。

2曲目の「ニューヨークの秋」は、心が温まり、心に響く。このアルバムには、ジャズの良いところが満載である。このアルバムを聴き終えた時、心から「ジャズを聴いていて良かった」と思えるのだ。
 
 
 
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2008年12月14日 (日曜日)

iPhoneがやってきた...(^_^)v

朝から冷たい雨。北風が強くて底冷えする。それでも、昼前になって雲が薄くなって、雲が流れ始めて、天気が好転する兆しを感じる。この時期、今日のような低気圧の通過については、いつも関東地方だけが、天気回復の流れに取り残される。明日は晴れるんだろうな。

さて、そんな悪天候の中、携帯電話をリニューアルしにいく。今使っている携帯は、買い換えてから約3年になる。バッテリーもへたって一度交換したが、最近、またへたってきて、流石に、もうバッテリー交換もめんどうやなあ、と思っていた。

で、今回、嫁はんを誘って、夫婦二人で揃ってソフトバンクに乗り換えた。まあ、ちょっとしたキャンペーンがあって、そのキャンペーンがちょっと魅力的だったせいもあるんだが、嫁はんの携帯も流石古くなって涙を誘う感じだし、揃って乗り換えである。僕の場合、ソフトバンクへ乗り換え、新しい携帯となれば、そりゃ〜、iPhoneでしょう(笑)。
 
手に入れてみて、手に取ってみて、やっぱりiPhoneは良いですね。重さといい、サイズといい、なかなか良い感触です。デザインも秀逸ですし、やっぱりAppleプロダクトって良い。

Iphone

でも、さすがに単なる携帯電話では無いので、初期設定、メール設定など、PCなどの知識と経験が無いとちょっとしんどいし、今まで使っていた携帯電話からのメールアドレスや電話番号の移行が簡単にはできません。僕はMacを持っているので、Macのアドレス帳経由で、iPhoneに移行しました。この携帯電話からのメールアドレス、電話番号の移行が難儀ですね。

しかし、それ以外は別に難しいことも無く、ソフトバンクへの乗換なので、友達などに新しいメールアドレスを通知しなくてはならず、これも面倒と言えば面倒なんですが、iPhoneの操作に慣れる為と思えば、楽しいものです。

iPodとしても活用したいので、16Gタイプにしました。これで、昔からの夢だった、iPodと携帯が一体になったことになります。今から約10年前、Appleが発売した秀逸なプロダクトに「Newton」という携帯端末がありました。この「Newton」に惚れ込んで、これからはこの情報端末が主流になるだろうと感じてから、10年が経ちました。そして、今年、iPhone 3Gの出現によって、情報端末の未来が具体的なものになりました。

このIPhone、暫く、僕にとって良い「おもちゃ」となりそうです(笑)。
 
 
 
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2008年12月13日 (土曜日)

1980年代「純ジャズ復古」の頃...

今日は休みとはいいながら、午前中は、遅まきながら、インフルエンザの予防接種を受けに内科へ行き、午後からは、年の暮れでもあり、身だしなみを整える為、散髪に行った。都合、駅前まで2往復したことになる。ちょっとした運動になった。

さて、久しぶりに、マンハッタン・ジャズ・クインテット(以下略称MJQ)を聴いた。アルバムは『Live at Pit Inn』(写真左)。1986年のリリースである。このMJQ、日本で企画された「メインストリーム・ジャズ・コンボ」で(元々は『スイングジャーナル』誌とキングレコードの発案)、メインストリーム・ジャズの「ツボ」をしっかり押さえた、見方によっては、商業的に「ツボ」をしっかり押さえた演出が、当時受けに受けました。

MJQのファースト・アルバムがリリースされたのは1984年。1970年代後半、ハービー・ハンコック率いる「V.S.O.P.」クインテットの活躍をきっかけに、「純ジャズ復古」の動きが加速する。最初は、懐メロ的な評価だったが、ベテラン・ミュージシャンから若手有望株まで、目覚ましい活躍、素晴らしい演奏を繰り広げるに至り、メインストリーム・ジャズは本格的に甦った。1984年とは、そんな「純ジャズ復古」の真っ只中。

絵に描いたような、企画モノの「純ジャズ・コンボ」だったので、当時、評論家やジャズファンから、酷評もされました。「作られたジャズはジャズでは無い」。でも、このMJQの演奏を良く聴けば判るのですが、決して、商業的成功を目指して「作られたジャズ」をやっていた訳では無い。メンバを集めて、MJQを立ち上げたまでは、確かに「作られた純ジャズ・コンボ」かもしれないが、出てくる音は、安易に「作られた音」では無かった。
 

Mjq_pitinn

 
リーダーのデヴィッド・マシューズ(ピアノ)の、アレンジとリーダー・シップが秀逸で、単なる過去の「ハード・バップ」の回顧ではない、単なる過去の「モーダルな演奏」の回顧では無い、当時として、新しい響きの「メインストリーム・ジャズ」をやっている。今の耳にも十分耐える、良い内容のジャズです。デビュー・アルバムから、僕はファンです。1984年がMJQのデビューだから、ファンになって、もう24年になるのか〜(笑)。

特に、この『Live at Pit Inn』は、六本木ピット・インのライブで、当時のMJQの真の実力が良く判ります。とにかく、メンバー皆、上手いですね。ちなみに、パーソネルは、 Lew Soloff(tp), George Young(ts), David Matthews(p), Eddie Gomez(b), Steve Gadd(ds)。特に、先に書いた、このMJQの持つ「新しい響き」については、 Eddie Gomez(b), Steve Gadd(ds)のリズム・セクションに負うところが大きいと思ってます。

特に、Steve Gaddのドラムって「縦ノリ」なんですよね。今までのジャズ・ドラムって、スイングするという言葉通り「横ノリ」なんですが、Steve Gaddのドラムは、「スチャスチャスチャ」って感じの「縦ノリ・デジタル」って感じの、実にデジタルチックなノリ。そこに、硬質でスクエアなEddie Gomezのベースが絡む訳ですから、「スチャスチャブンブン」と、デジタルなノリが増幅されています。「オンオフオンオフ」って感じの「縦ノリ」なんですが、しっかりとスイング感が出ているのには感心します。

MJQは、2008年の現在でも、メンバーを多少入れ替えつつ、活動継続中です。単なる「コマーシャルな」コンボだったら、こんなにも長く活動が続くことは無かったでしょう。ジャズ・ファンの耳って、結構確かですからね。純ジャズ・コンボのリーダーとして、デヴィッド・マシューズの意地と矜持を感じます。
 
 
 
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2008年12月12日 (金曜日)

アナログ・フュージョンの優秀盤

デオダートと言えば、70年代クロスオーバー〜フュージョンを代表するミュージシャン&コンポーザー&アレンジャーである。

70年代初頭、フュージョンが、まだクロスオーバーと呼ばれている時代、CTIレーベルから、『ツァラトゥストラはかく語りき』や『ラプソディー・イン・ブルー』という、クラシックとジャズの融合、当時は「クロスオーバー」と呼ばれたジャンルで一世を風靡した。

しかし、デオダートの真価は「クラシックとジャズの融合」という、実にコマーシャルな側面ではない。彼の出身はブラジル。確かに『ツァラトゥストラはかく語りき』や『ラプソディー・イン・ブルー』は優れたアルバムではあるが、彼の本当の真価はそれではない。そのブラジル出身の感性を活かした「ラテン・フュージョン」的なフレイバーが、彼の真価であり、彼の特質である。

その彼のブラジル出身の感性を活かした「ラテン・フュージョン」的なフレイバーが、花と咲いたのは、デオダートことエウミール・デオダートが1978年に残したワーナー移籍後初となるアルバム『Love Island』(写真左)からである。

当時のワーナーが抱える売れっ子プロデューサー、トミー・リピューマとの共同プロデュース。アナログちっくで、クロスオーバー的な音作りで、1978年というフュージョン全盛の当時にとっては、一聴すると「時代遅れ」と思わせるような内容だが、どうしてどうして、腰を据えて聴くと、今の耳にも新鮮な感動を与えてくれる、凡百なフュージョンとは一線を画した、実に優れた内容のアルバムである。
 

Deodato_love_island

 
収録されたどの曲にも、演奏としては、デオダートの手癖が満載だし、アレンジをとってみては、デオダートの音の重ね方が満載だし、曲想としては、デオダートならではの「ラテン・フレイバー」が満載で、聴いていて、ワクワクのしっぱなし。

音の特徴としては、このアルバムは、1978年のリリースなんだが、まだまだ「アナログ」の雰囲気がバリバリで、1980年代のデジタル臭は全くなく、デジタル編集の気安さは微塵も無い。人間が、人間の手で、超絶技巧、卓越したテクニック満載ではあるが、演奏全体の雰囲気として、実に人間っぽい、ヒューマニズム溢れるフュージョン演奏がここにある。

特にラストの「A列車で行こう」は聴けば聴くほど、名演の類に感動して、なんだか嬉しくやるなら、感動して、目頭が熱くなるやら。こんな緩やかで余裕があって優しい、それでいてテクニック優秀で、適度なテンションが心地良い「A列車で行こう」があるだろうか。しかも、アナログっぽさが色濃く、70年代のクロスオーバー〜フュージョンを、リアルタイムで聴いてきた僕にとっては、こんな嬉しくなる演奏は無い。

デオダートの弾くフェンダー・ローズは、実にデオダートっぽくて、とても良い。デオダートの弾くフェンダーローズには単なるテクニックを凌駕した、デオダートの感性を感じさせる、デオダートならではの音作りに魅せられる。

1978年のリリース。当時はフュージョン全盛時代。でも、このデオダートの音作りは、クロスオーバー時代の音作りを強く感じさせる。でも、古さは感じない。今の耳にも十分アピールする、デオダートならではの、ある種不思議なアルバムである。
 
 
 
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2008年12月11日 (木曜日)

「鉄ちゃん」御用達のアルバム

ジャズの企画モノって、意外と少ない。もともとインプロビゼーションが中心のジャズなので、作為的な企画モノって、型にはめるようで良くない、って感じがするよね。

ダウンロード・サイトをフラフラ彷徨っていると、時たま「なんや〜、これ〜」ってアルバムに出くわすことがある。最近、「なんや〜、これ〜」って、快哉の声を上げたアルバムが、Kronos Quartet & Pat Methenyの『Reich: Different Trains, Electric Counterpoint』(写真左)である。

クロノス・クァルテット(英語:Kronos Quartet)はアメリカ合衆国の弦楽四重奏団。1973年にヴァイオリニストのデイヴィッド・ハリントンによって結成され、1978年より現在までサンフランシスコを拠点に活動を継続。さまざまな音楽ジャンルにわたって演奏活動を続けている。

実験音楽ばかりでなく、古典派以前のクラシック音楽、ラテン・アメリカやアフリカの民族音楽、ジャズ、タンゴなど、様々な音楽ジャンルにチャレンジしている。また、ビル・エヴァンズやセロニアス・モンクらの作品の編曲を集中的に録音するなど、ポピュラー音楽とのクロスオーバーに意欲的である。

今回見つけたアルバムは、弦楽器と列車の汽笛の音が絡み合い、そこに人の声のサンプリングが乗る非常にクールな作品。まずは前半のジャズの企画モノって、意外と少ない。もともとインプロビゼーションが中心のジャズなので、作為的な企画モノって、型にはめるようで良くない、って感じがするよね。

Kronos_quartet

ダウンロード・サイトをフラフラ彷徨っていると、時たま「なんや〜、これ〜」ってアルバムに出くわすことがある。最近、「なんや〜、これ〜」って、快哉の声を上げたアルバムが、Kronos Quartet & Pat Methenyの『Reich: Different Trains, Electric Counterpoint』(写真左)である。

クロノス・クァルテットの『Different Trains』が面白い。 1. Different Trains (America- Before the War)、2. Different Trains (Europe- During the War)、3. Different Trains (After the War)と続くのだが、確かに、米国と欧州と列車の響きが違う、というのは体験的に感じている。1曲目が「戦前の米国」、2曲目が「戦時中の欧州」、3曲目が「戦後」。弦楽四重奏の演奏で、その時代の鉄道の響きを表現するクロノス・クァルテットは実に良い。

でも、聴き所は、何と言っても、後半、パット・メセニーが演奏する『Electric Counterpoint』である。弦楽四重奏に、サウンド・エフェクトの豊かなエレクトリック・ギターが参加すると、これだけ、豊かな表現力を得ることが出来る、という事実に感動する。10本のギターに2本のエレクトリック・ベースを再生しながらパットがギターを弾く状況らしい。が、そんな難しいこと無しに、この演奏が情感がこもっていて、その情景が浮かぶようで、実に雰囲気がある。

まあ、難しいことはさておき、このアルバムは、端的に言うと「鉄道をモチーフにしたクロスオーバー・ミュージック」である。この演奏がジャズかどうかはさておき、「鉄道」をテーマにした企画モノとしては秀逸の出来である。

このアルバム、「鉄ちゃん」御用達のアルバムだと思います。ジャケットもなかなか思わせぶりで、「鉄ちゃん」必聴です(笑)。
 
 
 
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2008年12月10日 (水曜日)

チェットの隠れた名盤を発見

チェット・ベイカーについては、あまり良い印象が無かった。チェット・ベイカーとは、ウエストコースト・ジャズの代表的トランペッターの一人。1929年生まれ。1988年5月、オランダはアムステルダムのホテルの窓から転落して死亡。とにかく破天荒な、筋金入りの「ジャンキー」。麻薬漬けのおっさんである。

なんせ、かのマイルス・デイヴィスをも凌ぐ人気を誇っていながら、1950年代後半からドラッグ漬けになり、まともな音楽活動ができなくなる。しかも、1970年にはドラッグが原因の喧嘩に巻込まれて、トランペッターの命というべき歯を折られてしまい、演奏活動の休業を余儀なくされる。 ここまでくると、どう考えても、ジャズメンというよりかは、単なる「ジャンキー」である。

しかし、 1973年にはディジー・ガレスピーの尽力により復活、1975年辺りから活動拠点を主にヨーロッパに移して活動を続けた。それでも、麻薬は止めない。過度な摂取を控えただけで、決して、チェットは麻薬を止めない。筋金入りの「ジャンキー」である(笑)。

それでも、1974年CTIレーベルからリリースされた『She Was Too Good to Me(邦題:枯葉)』(写真右)は良いアルバムだった。僕がチェット・ベイカーと言われて、「いの一番」に推薦するアルバムが、この『She Was Too Good to Me』である。一見何気ないイージーリスニング風のチェットのトランペットは、哀愁を湛えつつ、柔らかな優しいトーンで、聴き手に語りかける。これが良いんだよな。「これなら女にモテて仕方がないだろう」と納得してしまう(笑)。

そんなチェットの『She Was Too Good to Me(邦題:枯葉)』を凌駕するアルバムを、ダウンロード・サイトで見つけた。その名も『Two a Day』(写真左)。フランスは「Le Chateau」でのライブ。1978年12月29日の録音である。ちなみに、パーソネルは、Chet Baker (tp), Phil Markowitz (p), Jean-Louis Rassinfosse (b), Jeff Brillinger (ds)。チェット・ベイカー以外は知らないアーティストばかり。

でも、このアルバムが実に良い雰囲気を醸し出しているんですよね。いきなり、ドラムのドカドカという連打と共にチェット・ベイカーの熱いベットが聴ける。熱いとは言っても、チェットのトランペットは、哀愁を湛えつつ、柔らかな優しいトーンが特徴なので、「静かな熱さ」とでも言ったら良いのだろうか。心地良いトーンのトランペットが、気持ちの良いインプロビゼーションを繰り広げる。
 
 
Chet_baker_two_a_day
 
 
続く「Blue Room」は一転してゆったりとしたテンポになり、チェット・ベイカーの面目躍如的トランペットが、朗々と鳴り響く。紡ぎ上げるかのようなチェットのペットが実に優しい。暖かな春の日差しが降り注ぐような、暖かな優しいトーンのトランペットが実に良い。

この冒頭の2曲で、このアルバムは「とても良い出来」だということが理解できる。以下の曲もチェットのペットは絶好調。これだけ吹きまくる(チェットにとってだけど)チェット・ベイカーって、あまり他のアルバムでは体験できない。このアルバムには、トランペッターとしてのチェット・ベイカーが、ドッカリと存在している。

チェットの十八番であるヴォーカルは「This is Always」のみ。面白いことに、チェットの柔らなボーカルが聴こえてくると、ガラッと雰囲気が変わる。不思議なトランペッターである。マーコウィツの美しいピアノが続き、それからチェットのスキャットが始まる。このスキャットが、これまた良い。

でも、チェットの十八番のボーカル・チューンが、この「This is Always」だけというのが、純ジャズとしての、トランペッターとしてのチェットをフューチャーしていて、このアルバムは純粋に「純ジャズ」の名盤としての水準を十分に確保していると言える。

チェット・ベイカーの名盤アルバム紹介には、今まで顔を出しているを見たことが無い、マイナーなアルバムですが、この『Two a Day』は良いです。チェットの1970年代の活動の中でも白眉の出来でしょう。

従来からの、ジャズ評論家中心の「代表的アルバム」紹介が全てでは無い、万能では無い、ということを身をもって教えてくれる、チェットの隠れ名盤。ジャズのアルバム・コレクションをしていると、時に「隠れ名盤」という類のアルバムに出会って、「ハッ」とすることがある。長年、趣味として続けているジャズ鑑賞の「至福の時」である。
 
 
 
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2008年12月 9日 (火曜日)

悲しみから、純ジャズで脱出

実際に、ジョンの死亡が確認されたのは、ニューヨークで、1980年12月8日23時07分。日本と14時間の時差があるから、日本では、1980年12月9日の13時07分となる。だから、正確に言うと、日本では12月9日になる。

そうか〜。28年前の今日だったのか。ショックやったなあ。やるせなさが一気に押し寄せてきて、夜、親友と飲みながら、ハラハラと泣いたなあ。と、28年前の思い出に浸っていたら、なんだか心が「鬱」状態になってきた。いかんいかん。このまま、放っておくと、精神的「引きこもり」状態になる。

こんな時はジャズだ。純ジャズだ。熱い純ジャズが特効薬。悲しみから純ジャズで脱出である。さあ、何が良いか、どのアルバムが良いか。そういえば、最近、探しに探していた、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースの『Album Of The Year』(写真左)を手に入れたのを思い出した。

このアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースの『Album Of The Year』は、1981年4月12日、フランスはパリでのライブ録音。パーソネルは、Wynton Marsalis (tp), Bobby Watson (as), Billy Pierce (ts), James Williams (p), Charles Fambrough (b), Art Blakey (ds)。そう、当時「トランペットの神童」と呼ばれた、天才ウィントン・マルサリス参加のメッセンジャースのライブ盤である。

1970年代後半、ハービー・ハンコック率いる「V.S.O.P.」クインテットの活躍をきっかけに、「純ジャズ復古」の動きが加速する。最初は、懐メロ的な評価だったが、ベテラン・ミュージシャンから若手有望株まで、目覚ましい活躍、素晴らしい演奏を繰り広げるに至り、そして、このウィントン・マルサリスを中心とする、過去の純ジャズを見直し、新しい感覚で純ジャズを再構築する「新伝承派」が台頭、ジャズの老舗レーベルである「ブルーノート」が復活する至って、純ジャズは完全復活した。
 

Album_of_the_year

 
そんな「純ジャズ」復活の黎明期、1981年のジャズ・メッセンジャースのライブ盤『Album Of The Year』は、それはそれは素晴らしい出来、実に覇気のある内容である。アート・ブレイキー御大のもと、当時の若手精鋭ミュージシャン達が、溌剌とした、新しい感覚、新しい響きの「純ジャズ」を繰り広げている。

ウィントン・マルサリスばかりがクローズアップされがちだが、ボビー・ワトソン以下、他のミュージシャンも、ウィントンに負けず劣らず、素晴らしい演奏を繰り広げている。とにかく、1950年代〜1960年代の純ジャズとは、全く違う「新しい響き」「新しい感覚」「新しい音の重ね方」が実に清々しい。演奏も熱気溢れる、超絶技巧なもので、アルバムを通して聴いていると、徐々に口が「あんぐり」と開いてしまうような、とにかく素晴らしい演奏が、ギッシリと詰まっている。

さすが、アート・ブレイキー御大。これだけの若手精鋭部隊をドラム一発で従えて、悠々と指揮を執る。若手精鋭部隊は、御大の指揮の下、存分にその実力を発揮する。これぞ、ジャズ・メッセンジャースの面目躍如である。いつの時代も、ジャズ・メッセンジャースは、純ジャズの「若手道場」だった。1981年のこの時代も、ジャズ・メッセンジャースは、純ジャズの「若手道場」。自己研鑽に努める若手ミュージシャンが実に美しい。

余談になりますが、日本盤のジャケット・デザイン(写真右)は酷いですよね。このジャケットじゃあ、ほとんどの人が買う気にならないと思うんだけど。内容が素晴らしいアルバムだけに、もうちょっとジャケット・デザインにも気を配って欲しいものです(笑)。

う〜ん、溌剌としていて、爽やかで、覇気溢れていて、熱気ムンムン。う〜ん、元気が出るぞ。精神的に熱くなる。心が前向きになる。「ジョンの命日」の悲しみから、純ジャズで脱出。さあ、上を向いて歩こうではないか。
 
 
 
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2008年12月 8日 (月曜日)

12月8日、今年もジョンの命日

今年もやってきた12月8日。ジョン・レノンの命日である。一人の熱狂的なファンに銃で撃たれ、この世を去った。享年40歳であった。すでに彼の死から28年。彼の残した歌は、古くなって忘れ去られてしまうどころか、その輝きを増すばかりだ。

正確に思い起こせば、1080年12月8日、米国東部時間の午後10時50分頃、ジョンの住まいであるNYセントラルパーク近くのダコタハウスの前で、「熱狂的ファン」というマーク・チャップマンのリボルバーから発射された5発の凶弾によって、その場で倒れた。そして午後11時過ぎには息がなかったという。享年40歳。あまりにも短い生涯であった。

僕はその報を大学の生協の家電売り場で聞いた。NHK-FMのニュースだったと思う。最初は凶弾に倒れた、だった。でも、その時はジョンを信じていた。「ジョンって恨まれやすい人やから。でも、きっと大丈夫、復活する、ジョンが死ぬ訳が無い。いや、ジョンは今、死んだらあかんのや」と思った。

その2時間後である。気になって、またまたNHK-FMのニュースを聴きに、大学の生協の家電売り場へ。その時、ジョンが逝去したのを知った。言葉が出なかった。友人から声をかけられても、返事が出来ないほど、ショックを受けていた。「今、ジョンは死んだらあかんのに...。なんで死ぬんや」。そのまま、下宿に帰って、1週間、喪に服した。

痛飲した。生涯で一番痛飲した。親友と2人で、下宿で1週間飲んだ。悲しくて、やるせなくて、怒り心頭に達して、この怒りをどう処理していいか判らなくて、とにかく痛飲した。大学にも行かず、髭も剃らず、日が進み、日が暮れるのも感じず、ただ痛飲した。
 

John_lennon_box4

 
あれから28年。日常は「ジョンの死」は忘れがちである。すっかり忘れていることもある。でも、年に1度、この12月8日が巡ってくると、あの日、1980年の12月8日を思い出す。そして、ジョンの生前主張していた「世界平和」とか「人種差別反対」などの政治的メッセージでは無く、「非常な運命」「どうしようもない出来事」「やるせない事実」に対する「はかなさ」「怒り」「克己心」を思い出し、当時と同じ精神状態になり、一時的な「鬱状態」に陥る(笑)。

ジョンの命日が近づくにつれ、毎度毎度、取り出してきては聴くボックス盤がある。『John Lennon / Lennon (Box Set)』(写真左)である。この4枚組ボックス盤は、ジョンのヴォーカルに焦点をあて楽曲を、4枚のCDに収録しているのが特徴。

ジョンのアルバムに収録された楽曲の中には、ヨーコとのコラボによる前衛ものや、ヨーコとのデュエット曲がかなりあって、このボックス盤はそうした部分を全て省いて、ジョン単独のヴォーカルにだけ焦点を当てて、4枚のCDに集約している点が良い。もちろん、4枚組とはいえベスト盤だから漏れた曲はあるし、個人的に「これは入れて欲しかった」という曲も無いでもないが、とりあえずは「ジョン・レノンはこれだ持ってれば十分」という気にさせるボックス・セットである。

僕はこのボックス盤については、特に『ダブル・ファンタジー』を聴くときに愛用している(笑)。『ダブル・ファンタジー』に収録されているジョンの楽曲は全てが美しく優れている。「ジョンの楽曲だけが聴きたい派」である。CDプレイヤーで曲指定でジョンの曲だけを選択して聴くことも出来るが、聴く度にリモコンでセットアップするのが面倒くさい。その点、この『John Lennon / Lennon (Box Set)』は良い。何もしなくても『ダブル・ファンタジー』から、ジョンの楽曲が選択されている。

伝えられるところによれば、レノンの死亡時に病院のタンノイ・スピーカーから流れていた曲はビートルズの『オール・マイ・ラヴィング』だったという。本当なのか嘘なのか判らないが、この逸話は良い。僕は大好きだ。きっと『オール・マイ・ラヴィング』が流れていたんだろうと思う。ジョンの死の瞬間らしいエピソードである。

最後に、今年も「ジョンの冥福」を祈りたい。
 
 
 
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2008年12月 7日 (日曜日)

ウェザー・リポートのDVD

寒い一日。適度に風が吹いて、体感温度が下がって寒い。しかし、その風のお陰で天気は快晴。夕方には「夕日富士」が見事で、とても美しい夕暮れである。

今日は、8月からの仕事のお陰で、忙しくてなかなか手掛けることが出来なかった、5月末から6月初旬にかけて行った「ロシア旅行」の記録ブログの原稿を書き始めた。年内完成を目指して、頑張って原稿書いて、ブログを完成させるぞ。

その原稿を書く傍らで、DVDを流す。今日のDVDは、ウェザー・リポートのボックス盤『Forecast : Tomorrow』(下写真左)に収録されているDVD。「Live In Offenbach,Germany. September 28,1978」と銘打たれた映像。パーソネルは、Joe Zawinul(key), Wayne Shorter(ss, ts), Jaco Pastorius(b), Peter Erskine(ds) と、ウェザー・リポート黄金時代の最強メンバーでのライブ映像です。

久しぶりのウェザー・リポート黄金時代のライブ映像を見たのですが、いや〜凄いですね。この疾走感溢れる、分厚い演奏を4人で演奏しているとは思えないんですが、映像っていうのは説得力があって、やっぱり4人で演奏しているんですね〜。

とにかく凄いのが、今は無き伝説のエレクトリック・ベーシスト、ジャコ・パストリアス。とにかく凄いベースです。スタジオ録音では音だけなので「凄いなあ〜、どうやって弾いているんやろうな〜」と思う位なのですが、映像を目にすると、これが「ど迫力」。

Wr_forecast

際限なく、とてつもない速度で指が動く動く。そして、その演奏は完璧。特に、彼の十八番である「ティーン・タウン」「バードランド」でのジャズのベースは素晴らしい。見ていて、惚れ惚れするというか、その演奏に魅入って、口があんぐりと開いてしまいます(笑)。

それから、もう一人凄いのが、ドラムのピーター・アースキン。Joe Zawinul(key), Wayne Shorter(ss, ts), Jaco Pastrius(b)の「途方もない3人」を向こうに回して、延々とドラムを叩き続けます。正確なビートの供給、飽きが来ない、多種多様なテクニック。なんだか、悠々とランニングをするマラソンランナーの様に、ドラムを叩き続けます。

ウェザー・リポートのスタジオ録音では、出番が少なく、ちょっと精彩のないウェイン・ショーターも、結構、サックスを吹きまくっています。やはりライブなのでしょう、ショーターのブロウは素晴らしい。テクニック、音の大きさ、共にさすが、ジャズ界を代表するテナー奏者の一人ですね。

キーボードのザビヌルは言わずもがな。彼独特の「ザビヌル節」満載のキーボードを全編に渡って聴かせてくれています。印象的なフレーズ毎に、どうやって弾いているのかが判るって、やはりライブ映像ならではですね。

なかなかに楽しめるライブ映像です。しばらく遠ざかっていた「ウェザー・リポート」の素晴らしさを再認識しました。ラスト前の「Elegant People」なんて、もうメンバー全員が「かっ飛んで」います。これだけの演奏の出来るエレクトリック・ジャズ・バンドは、そうそう無いですね。
 
 
 
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2008年12月 6日 (土曜日)

綿密なインタープレイを楽しむ

昨日は、低気圧が近づくにつれ、南風が吹き込み、少し暖かな一日となった。が、夕方、雷を伴った強雨の後、風は北風に変わり、今日は夕方になるにつれて、どんどん寒くなっていく。今年の冬の天気の移り変わりは「教科書通り」。

どんどん寒くなっていく中、当然、外出などするつもりも全くなく、家の中で暖房をつけて、暖かな部屋の中でジャズを聴く、なんとも怠惰な今日の午後である(笑)。寒くなってくると、なぜか、周りが静かになってくる。こんな静かな昼下がりは、ソロやデュオのインタープレイを楽しむに最適である。

今日のアルバムは、Jeremy Steig & Eddie Gomezの『Outlaws』(写真左)である。フルート奏者のジェレミー・スタイグと、ベーシストのエディ・ゴメス。元々高校の同級生という間柄。しかも、彼らのミュージシャンとしての共通点は、かのジャズ・ピアノの代表格であるビル・エバンスと共演し、後に名盤と呼ばれるアルバムを残していること。

この『Outlaws』は、そんな二人が、ブレーメンで行ったライブをレコーディングしたアルバムです。1976年のリリースですね。二人とも、演奏テクニックについては超一流、歌心も十分で、全編に渡って、綿密なインタープレイを楽しむことができます。
 

Outlaws

 
いつもながら、ジェレミー・スタイグのフルートには圧倒されます。フルートといえば、甘い音色で柔らかく優しいって印象ですが、ジェレミーのフルートについてはとんでもない。激しさと優しさを織り交ぜながら、感情をブロウに乗せたような、感情の起伏そのものの様な、劇的なフルートを聴かせてくれます。そして、その演奏のテンションの高さは圧倒的です。でも、そのテンションの高さが辛くならない。そこが、ジェレミーの上手いところです。

そして、ベースのエディ・ゴメスは、このアルバムのゴメスのプレイって、彼の数々のプレイの中でも、指折りのものではないでしょうか。ベースと言えば、リズム・セクションとして、ベースラインのキープとビートの供給がもともとの役割ですが、ここでのゴメスのベースは、旋律楽器のように「歌って」います。ベースでこれだけ多彩な表現が出来るベーシストは少ない。目眩く多彩なベースの響き、ベースの旋律に唖然としてしまいます。これだけ「歌う」ベースを聴いていると、なんだか楽しくなってきます。

収録曲はどの曲も優秀なのですが、特にラストの「Nardis」は良いですね。もともと「Nardis」って、曲自体が実に良いんですよね。しかしながら、過去、エバンスと共演し、名盤を残した二人が、エバンスが愛した名曲を再演しているというシチュエーションを鑑みると、この「Nardis」の演奏は感慨深いものがあります。実に感動的な名演だと思います。

良いデュオアルバムだと思います。綿密なインタープレイを楽しむのに最適な一枚です。冬の静かな一日にもってこいの、「静謐な熱さ」を体感できる、ホットなアルバムです。

そうそう、ジェレミー・スタイグのフルートについては、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」に、『エモーショナルなフルート奏者・ジェレミー・スタイグ』(左をクリック)としてご紹介していますので、こちらもご覧下さいね。
 
 
 
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2008年12月 5日 (金曜日)

不思議に「ねじれた」個性派ギター

最近の純ジャズのジャンルでの、エレクトリック・ギタリストの中で、好きなギタリストと言えば、パット・メセニーとジョン・スコフィールドである。まあ、パットとジョンスコが「純ジャズ」か、という部分で、異論のある方もおられるかと思うが、僕の中では、このパットとジョンスコは、歴とした「純ジャズ」エレクトリック・ギタリストである。

ジョン・スコフィールド(以下ジョンスコと略す)。1951年、オハイオ州デイトン生まれ。1974年、バークリー音楽院卒業。ビリー・コブハムとジョージ・デュークのバンドに参加。1983年、マイルス・デイヴィス・グループに加入。アルバム『スター・ピープル(1983)』『デコイ(1984)』『ユア・アンダー・アレスト(1985)』に参加、ディヴィスのグループのメンバーとしてツアーに1985年の夏まで同行。と、錚々たる経歴の持ち主である。

僕がジョンスコと出会ったのは、1985年リリースの『Still Warm(邦題:鯔背)』(写真左)。邦題の『鯔背』というのが気になって手に取ったのがきっかけ。マイルス・グループに所属していたのは知っていたので、彼のマイルス・グループを経験してのソロ・アルバムってところが興味津々。

ジョンスコのギターは、不思議に「ねじれた」というか、ちょっと外れた、というか、とにかく一聴するだけで「ジョンスコ」と判る、とても個性的なギターです。なんて表現したらいいのかなあ。まず、音色が唯一無二。そして、インプロビゼーションでの音の選び方、音の使い方、音の重ね方がちょっと変。間の取り方とリズムが独特。う〜ん、言葉にはしにくいジョンスコのギターです。一度、聴いたら判るですけどね〜。

Still_warm

で、この『Still Warm』、良いんですよね〜。ジョンスコとしては、あまりトンガっていなくて、ソフト・アンド・メロウな雰囲気が実に聴きやすい。それでいて、不思議に「ねじれた」というか、ちょっと外れた、彼独特の音の選び方、音の使い方、音の重ね方、間の取り方は、しっかりと体験することができます。どの曲も良い雰囲気です。優しくて攻撃的なジョンスコの個性的なエレクトリック・ギターの音色が、徹底的に楽しめます。

D.グロルニック(key)、O.ハキム(ds)、D.ジョーンズ(b)といった面々がバックを固めていて、このバックとの相性が抜群です。このリズム・セクションをバックに、ジョンスコは弾きまくっています。でも、弾きまくっている、って感じがしないのが、ジョンスコのテクニックの凄さだと思います。結構、複雑なことをやっているんですけどね。

エレクトリック・ギターがベースの、エレクトリック純ジャズの世界ですが、十分に個性的で十分にジャズ性を保っているところが「ニクイ」。さすが、マイルスがチョイスしただけのことはある、ワン・アンド・オンリーな、エレクトリック純ジャズ・ギタリストだと思います。

わざと音を外したフレーズは、独特の緊張感を提供し、ず〜っと聴いていたら、ふとアルトサックスの雄、ジャキー・マクリーンを思い出しました。やっぱりジャズって、正統なテクニックに裏打ちされた「個性」が大切なことを再確認した次第。やっぱり、ジョンスコって良いですよね〜。
 
 
 
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2008年12月 4日 (木曜日)

これまた楽しいヴィブラフォン

昨日は、西海岸系カントリー&フォーク・ロックバンドの「Firefall」三昧の一日。嬉しくて、4回も繰り返し聴いてしまいました。いや〜、西海岸系カントリー&フォーク・ロックは「お腹一杯」(笑)。今日は気分を変えて、ジャズを聴こうと思い立つ。

こんな時は、ハードな純ジャズはちょっと「きつい」。リラックスして、楽しんで聴ける「ポップな」ジャズが良い。ファンキー・ジャズの類が良いかな。そう言えば、最近、テリー・ギブス(Terry Gibbs)の『Hootenanny My Way』(写真左)を手に入れていたのを思い出した。

テリー・ギブスはヴィブラフォン奏者。1924年生まれですから、今年84歳になりますね。未だ現役みたいで、いやいや、素晴らしいですね。ギブスのヴィブラフォンは、ミルト・ジャクソンとは対象的な、メタリックな音が特徴です。そのギブスが、お馴染みのトラディショナル・ナンバーを集め、ゴキゲンにスイングしているアルバムが『Hootenanny My Way』。1963年の録音になります。

Terry_gibbs_hootenanny

パーソネルは、Terry Gibbs (vib) Al Epstein (ts,conga,fl) Jimmy Raney (g) Alice McLeod (p) Al Belding (ds)。ちなみに、ピアノのAlice McLeodは、後のアリス・コルトレーン。この時は、まだ、コルトレーンと結婚していません。トラディショナル曲中心のセレクションで、ちょっと俗っぽい演奏になりがちなところを、ジミー・レイニーのギターによってジャズらしさを維持しているところが面白い。

ちょっとオーバー・ファンクなところもありますが、どの曲もバランスの取れた良い演奏です。ノリが良い曲を中心に取り上げられていて、聴いていて楽しいことこの上無しです。自然と足が動き、自然と手が動きます。俗っぽさギリギリの、楽しいファンキー・ジャズです。

ハードな純ジャズにじっくりと耳を傾けるのも良い。時に、楽しいファンキー・ジャズにノリノリになりながら、リラックスして楽しむのも良い。ジャズっていろいろな聴き方が出来て、全く飽きがこないところが、これまた良くて、今日は「あ〜、ジャズを聴いていて良かったなあ」としみじみ思うのでした(笑)。
 
 
 
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2008年12月 3日 (水曜日)

遅れてきた「西海岸ロック」

このところ、本業の方の「ノリ」が悪くて、加えて体調も優れず、どうもパッとしない日々が続いている。それでも、アルバム・コレクターの世界では「おお、これは!」っていうアルバムの出会いが突然あったりして、それはそれで楽しい瞬間である。

最近出会った「おお、これは!」って瞬間は、Firefallのデビューアルバムである『Firefall』(写真左)を、iTunes Storeで見つけた時である。いやいや〜、長らくご無沙汰していた、長らく探していたアルバムの発掘である。ウヒヒヒヒ.....、とにかく目出度い、とにかく嬉しい。

1976年にデビューしたFirefall。1976年は、70年代ロックのピークが過ぎて、煮詰まってきた時期。そろそろパンクの時代到来の頃。そんな1976年に突如としてデビューした、西海岸系カントリー&フォーク・ロックバンドのFirefall。そんな時代だったこともあり、日本ではあまり注目されずに終わってしまったことが、実に残念なバンドです。

このアルバムに出会ったのは、リリースの2年後、1978年、大学時代でした。アルバム・ジャケットに惹かれて、当時、既にジャズに走っていた僕は、ロック・アルバムの購入まで資金が回らず、友人をかどわかして無理矢理買わせて、ちゃっかりダビングさせてもらった思い出のある、曰く付きのアルバムである(笑)。

冒頭の「It Doesn't Matter」のイントロを聴くだけで、Firefallは、正統な西海岸系カントリー&フォーク・ロックバンドであることが判る。いや〜良い雰囲気です。西海岸系カントリー&フォーク・ロックの伝統である、透き通ったコーラス、爽快な疾走感。絵に描いたようなアメリカン・ルーツ・ロックを想起させるカントリー&フォークな雰囲気。どれを取っても、正統な西海岸系カントリー&フォーク・ロックである。
 

Firefall

 
ドゥービー・ブラザースほど、雄々しく無く、ファンキーでは無く、イーグルスほど、センシティブでは無く、フォーキーでは無い。スチールギターをあまり使わなかったり、リズム的に泥臭さがない分、洗練された、都会的な感じがする。どう表現したら良いのか、う〜ん、イーグルスからセンチメンタルでセンシティブな雰囲気をそぎ落とした、都会的で「ソリッドな」感じと言ったら良いのか。西海岸ロックの世界で十分に個性的である。

演奏力の高さとアレンジには目を見張るものがある。1976年という、70年代ロックにとって、西海岸ロックにとって、微妙な年にデビューしたのが惜しまれる、実に優れた内容と演奏力をもったバンドである。収録されたどの曲も良い。聴けば判る。これぞ、70年代西海岸系カントリー&フォーク・ロックの完成形といっても良い内容である。僕は、このアルバムが大好きだ。

友人に無理矢理買わせて、カセットにダビングしたアルバムである。長年聴いてきてカセットは、とうにくたびれた。CD時代になって、そのうち再発されるよな、と思っていたら、一度再発された後、再びリイシューされることなく、今に至っており、なんとかリイシューされないかなあ、と定期的にチェックした矢先だった。iTunes Storeで発見したのは。ウヒヒヒヒ.....。

CSN&Y、ドゥービー・ブラザース、イーグルス、と70年代西海岸系カントリー&フォーク・ロックの系譜を受け継いで、その完成形を見せてくれたFirefall。32年経った今でも、色褪せることなく、どの曲も魅力タップリ。

どうぞ、西海岸ロックのファンの方は、このアルバム、是非聴いてみて下さい。逆に、このアルバムを、Firefallというバンドを知っている方は、70年代ロックのマニアですね。いやいや、やっとこのアルバムの音源を確保することができました。
 
 
 
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2008年12月 2日 (火曜日)

「冷たい雨」は好きじゃない

寒い一日。昨晩遅くからの雨は意外と結構強く降って、朝まで残った。低い鉛色の雲が残って、寒々とした風景。12月初旬ながら、冬たけなわ、厳冬2月の風景。結局、気温はまったく上がらず、10度止まり。そりゃあ寒いわな。

さて、昨晩遅くからの「冷たい雨」は好きじゃない。「冷たい雨」は人を内省的にさせる。「冷たい雨」は僕に「若かりし頃の辛い思い出」を思い出させる。空を見れば、低く鉛色の雲が垂れ込めている。暗い。う〜ん、これはいかん、落ち込むぞ。ということで、雨にちなんではいるが、ちょっと心が温まるジャズは無いかと探し始める。

あった、あった。今日のアルバムは、スタン・ゲッツの『Sweet Rain』(写真左)。1967年リリースのスタン・ゲッツの快作である。パーソネルは、Stan Getz (ts), Chick Corea (p), Ron Carter (b), Grady Tate (ds) 。Chick Corea (p)の参加が目を惹く。

1曲目の「Litha」を聴くだけで、このアルバムは名盤の類であることが判る。チックの筆なる、優しい旋律が溢れんばかりのモーダルな曲。緩やかなテンポと速いテンポが、交互に柔軟に入れ替わり、緩急自在の優しくウォームな演奏。スタン・ゲッツのテナーは1曲目から絶好調。フロートな節回しとガッツのある芯のあるブロウが絶妙にブレンドされた「ゲッツ節」全開である。

2曲目の「O Grande Amor」は、ゲッツお得意のボサノバ・ジャズ。これはもう手慣れたもので、安心して聴ける4分半である(笑)。
 

Sweet_rain

 
この演奏は、ゲッツの手慣れたボサノバ・ジャズを聴くのでは無く、バックのリズム・セクションのボサノバ・ジャズへの対応度合いを聴くべき演奏だろう。チック・コリアは完全にボサノバ・ジャズに順応し、ベースのロン・カーターは複雑なラインを軽やかにボサノバに適用し、ドラムスのグラディ・テイトは文句無し。以前のボサノバ・ジャズより、完成度が高く、モダンな響きがするのは、バックのリズム・セクションの演奏レベルの高さに因るところが大きいと思う。

3曲目の「Sweet Rain」がこのアルバムのハイライト。この演奏で、スタン・ゲッツの底力を思い知る。優しくフロートな、囁くような、音量を抑制したテナー。テクニック的に難度の非常に高い奏法。ゲッツはその難度の高い奏法を、何気無く、当たり前の様に吹き上げていく。このゲッツの演奏に聞き耳を立てていると、ゲッツのテナーの凄みを感じる。「Sweet Rain」=「優しい雨」、ゲッツの素晴らしいテクニックのお陰で「優しい雨」を耳から体感できる。で、バックのリズム・セクションといえば、この曲でも、完全に順応した、結構複雑なアプローチをしていて、聴いていて実に楽しい。

ラストの「Windows」は、ゲッツとチックの相性の良さを物語る。チックのモーダルで先進的な作曲とバッキングによって、フロートな節回しとガッツのある芯のあるブロウが絶妙にブレンドされた「ゲッツ節」が、ワンランク・アップの実にアーティスティックな響きを獲得している。チックの音楽監督としての才能と力量がこの1曲に集約されている。

『Sweet Rain』は表題通り「優しい雨」。その表題通りの雰囲気溢れる演奏の中で、ゲッツのテナー奏者としての力量が実感でき、チックの音楽監督としての才能が確信できる佳作です。そうそう、ベースのロン・カーターも複雑なライン・アプローチが素晴らしく、ドラムのグラディ・テイトのタイム感覚とテクニックは目を見張るものがあります。

そう、名盤って、どの盤も、メンバー全員が優れたパフォーマンスを繰り広げているんですよね。
 
 
 
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2008年12月 1日 (月曜日)

癒しとして「聴かせる」ジャズ

昨日、アントニオ・カルロス・ジョビンのボサノバ・アルバムをご紹介した。そうしたら、ふと、ミルト・ジャクソンの『Jazz 'N Samba』(写真左)を思い出して、今日は、この『Jazz 'N Samba』がヘビー・ローテーション。都合3回繰り返し聴いてしまいました。

時は1964年。ジャズ界と言えば、ジョン・コルトレーンを中心とする、あくまでジャズを純粋な芸術とし、あくまで求道的な芸術として、人間の心の叫び、人間として本能的な純粋な響きとして、フリー・ジャズが台頭、そのフリーキーな響きは、一般のジャズファンを遠ざけつつあった。

逆に、スイング時代の様に、ジャズを聴き易い、大衆音楽として親しみやすい音楽として、ジャズ・ロックやファンキー・ジャズが人気を博しつつあった。そして、ボサノバ・ブームの到来。ボサノバの米国上陸とともに、異種格闘技の得意なジャズは、そのボサノバのエッセンスをいち早く吸収して、ボサノバ・ジャズとしてブームを巻き起こす。

それでも、英国からはビートルズが米国に上陸、大衆音楽としてのジャズは、アメリカン・ポップスやロックンロールの攻勢に、徐々に「大衆音楽」の座を追われつつあった。

そんな1964年に録音された『Jazz 'N Samba』。ジャズ・マニアという特別な人達に聴かれるだけで無く、一般大衆にも受け入れて貰える、癒しとしての、娯楽としてのジャズへの転身を図ろうとする意図が見え隠れする佳作である。
 

Mj_jazz_n_samba

 
LP時代のA面は「職人芸溢れる、成熟したハード・バップ」、B面は「流行のボサノバ・ジャズ」。どちらの面も、ビ・バップやハード・バップ全盛期の様に、「熱くジャズを聴かせる」のでは無く、「超絶技巧なテクニックを見せつける」のでは無く、「先進的なジャズの奏法・解釈」を聴かせるのでは無く、ジャズを、純粋に、楽しく、気持ち良く、大衆音楽として、「癒し」として、聴いて欲しい、聴いて貰いたい、という想いが溢れている。

ジャズを、ジャズ・マニアという特別な人達に聴かれるだけで無く、一般大衆にも受け入れて貰える、癒しとしての、娯楽としてのジャズを模索する、この『Jazz 'N Samba』の様なアルバムが、ジャズの求道者であるジョン・コルトレーンを「メイン・スター」として擁する「インパルス・レーベル」からのリリースという事実が、その後のジャズを暗示しているようで面白い。

Jimmy Heath (ts), Milt Jackson (vib), Tommy Flanagan (p), Richard Davis (b), Connie Kay (ds)と、ジャズの職人達が繰り広げる、癒しとして「聴かせる」ジャズ。純粋に、楽しく、気持ち良く、大衆音楽として「聴かせる」ジャズ。「ハード・バップ」面も「ボサノバ・ジャズ」面も、良質の「純ジャズ」を聴かせてくれます。

聴いていて微笑ましいのは、B面の「ボサノバ・ジャズ」面。ボサノバ系のミュージシャンを追加して、なんとか本場ボサノバの雰囲気を出そうとしているんですが、バックのジャズ職人達が、ボサノバを、しっかりと「ジャズ化」してしまい、ボサノバをモチーフとした、しっかりとした「純ジャズ」の演奏になってしまっています(笑)。やっぱり、ジャズメンが演奏するのは「ジャズ」ですよね。

ジャズの入門書やアルバム紹介に、なかなか顔を出さないアルバムですが、実に渋くて、良い内容のアルバムです。CDとしては、ちょっと手に入れにくいアルバムですが、ダウロードサイトからは比較的入手し易すそうですので、一聴をお勧めします。癒しとして「聴かせる」ジャズが満載です。
 
 
 
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    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
2021年4月
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