« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月の記事

2008年11月30日 (日曜日)

小春日和にボサノヴァを...

昨日今日と、千葉県北西部地方は、穏やかな晴天の天気が続いている。ちょっと風が強かったりもするんだが、風が止むと、「小春日和」という言葉がピッタリの穏やかな日和。太陽の光は柔らかく眩しく、ふんわりと優しい。

この柔らかな「小春日和」の日差しに包まれて、メインのステレオでジャズを聴きながら、詰将棋を10題ほど解いて、ジャズCDのデータベースなどを更新したりしている。ノンビリとした11月最後の日。もう明日からは師走。12月なんですね〜。ノエルのシーズン到来である。

さて、小春日和の長閑な雰囲気の中、久々に、アントニオ・カルロス・ジョビンのボサノヴァを聴く。今日聴いたアルバムは『The Composer of Desafinado, Plays(邦題:イパネマの娘)』(写真左)。ボサ・ノヴァの帝王ジョビンの自作自演集。1963年5月ニューヨークでの収録。当時のジャズの大手レーベルである「ヴァーヴ」からのリリース。ジョビンの全米デビュー作である。

アントニオ・カルロス・ジョビン (Antônio Carlos Jobim, 1927〜1994年)は、ブラジルの作曲家・編曲家・ミュージシャン。1950年代後半、ジョアン・ジルベルト、ヴィニシウス・ヂ・モライスなどとともに、ボサノヴァという音楽ジャンルを創生したと言われている。1960年代前半、ジャズのジャンルでも、ボサノヴァ・ジャズ・ブームが到来し、スタン・ゲッツとのコラボが代表的。

Antonio_cj_conpose_2

今日は、ボサノヴァの本家本元の演奏を聴いた訳だが、音のシンプルさ、音の重ね方、間の取り方、リズムの整え方など、ボサノヴァならではの部分が、やはり素晴らしい(当たり前か・笑)。ジャズ・ミュージシャンだけでは、こうはいかない。シンコペーションを伴う独特のリズムは、やはりボサノバの地元、ブラジルのミュージシャンならではの個性なんだろうな。

セブンスのコード進行が心地よさをもたらす曲の数々。クラウス・オガーマンのウォームなアレンジが、ジョビンの演奏を更に引き立たせる。今で言う「癒しの音楽」ですね。ヒーリング効果抜群です。「イパネマの娘」「おいしい水」「コルコヴァード」「ワン・ノート・サンバ」「デサフィナード」というボサ・ノヴァの名曲がズラリと並ぶ選曲は圧巻です。ボサノバ・ジャズの源流を確認できる、ジャズ・ファンにとっても「必聴の一枚」でしょう。
 
従来から「夏はボサノヴァ」というのが、僕の持論だったが、今日の様な「小春日和」の陽光長閑な昼下がりにも、ボサノヴァはピッタリである。良い音楽って言うのは、季節を選ばない。気候や取り巻く環境が、他の季節よりも更にフィットして「より良く聴ける」という観点でのみ、季節を選ぶんだろうな〜。
  
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月29日 (土曜日)

デイブ・メイソン『Certified Live』

一昨日、昨日と、「やっと再会できたアルバム」として、デイブ・メイソンのアルバムを2枚について語った。『Dave Mason』『Split Coconut』の2枚。

で、我がブログって、既に2年以上、運営しているので、デイブ・メイソンのアルバムの中で、一番好きな『Certified Live(邦題:情念)』(写真左)は、とっくに語った、と思っていたんだが、調べてみたら、なんとまだ語っていないではないか。それでは語らねば、ということで、今日の話題は『Certified Live』、3日続けてデイブ・メイソンになる(笑)。

改めて、デイブ・メイソンの『Certified Live』、1976年11月のリリース。このアルバムに出会った経緯は、昨日のブログで語っているので、それをご覧いただくとして、このアルバムは、70年代ロックのライブ盤の中でも屈指の内容を誇る名盤である。

このアルバムの原題名『Certified Live』の意味は、一切のポスト・プロダクションをしていない、つまり、音の差し替え、ダビング、エフェクト処理などを全くしていない、という意味。確かに、ボーカルが裏返ったり、コーラスが薄かったり、オヨヨとなるミストーンもあったりする。

でも、それをカバーして余りある、バンドの統一感、バンドの熱気溢れるノリと粘り。そして、なにより、主役のデイブ・メイソンの男気溢れるボーカルが素晴らしい。ライブ盤として、録音のバランスも良いし、録音の雰囲気も良い。音の響きも自然で、ロックのライブ録音って、かくあるべし、って思わせてくれるほどである。

Dave_mason_live

収録曲は以下の通り(LP時代の分類で並べてみた)。

Side 1
1 FEELIN' ALRIGHT (Dave Mason)
2 PEARLY QUEEN (Steve Winwood & Jim Capaldi)
3 SHOW ME SOME AFFECTION (Dave Mason)
4 ALL ALONG THE WATCHTOWER (Bob Dylan)

Side 2
1 TAKE IT TO THE LIMIT (Randy Meisner, Don Henley & Gren Frey)
2 GIVE ME A REASON (Dave Mason)
3 SAD AND DEEP AS YOU (Dave Mason)
4 EVERY WOMAN (Dave Mason)
5 WORLD IN CHANGES (Dave Mason)

Side 3
1 GOIN' DOWN SLOW (Jimmy Oden)
2 LOOK AT YOU, LOOK AT ME (Dave Mason & Jim Capaldi)

Side 4
1 ONLY YOU KNOW AND I KNOW (Dave Mason)
2 BRING IT ON HOME TO ME (Sam Cooke)
3 GIMME SOME LOVIN' (Spencer Davis, Muff Winwood & Steve Winwood)


僕は、特に、LP時代のSide 2のアコースティック・ギターでの演奏が大好きだ。生ギター中心にロックの楽曲を演奏するっていうのは、簡単そうに見えて、なかなかに難しい。エレキギターは、音の大きさやエフェクトでテクニックをごまかせるが、生ギターはそうはいかない。80年代に流行った「アンプラグド」を先取りしたような、実に渋く、格好良く、男気溢れる演奏である。

特に、1曲目の「TAKE IT TO THE LIMIT」。この曲、元はイーグルスの名曲であるが、このデイブ・メイソンのライブでの演奏の方が数段優れている。生ギターのみの演奏に、男気溢れるデイブ・メイソンのボーカルとバック・コーラス。う〜ん、いつ聴いても良い。感動の名演である。目頭が熱くなる。他の演奏も生ギター中心の演奏で、これだけ充実したアコースティック中心のライブ録音って、なかなか無い。

1946年生まれのデイブはこのとき30歳。ジャケット写真を見ると、ちょっと老けてるなあ思ってしまうが、僕にはそこが良い。チャラチャラしたロックアイドルより、おやじパワー全開って感じの渋いミュージシャンが好きなのは、今も昔も変わらない(笑)。

この『Certified Live』は大好きなアルバムの1枚です。1977年の春にLP2枚組として手にして以来、今まで、何百回聴いたか判らない位、聴き倒したライブ・アルバムです。今、再評価されて然るべき、優れたライブアルバムだと思います。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2008年11月28日 (金曜日)

やっと再会できたアルバム・2

やっと再会できたアルバムの第2弾。もう一丁、デイブ・メイソンのアルバムである。その名も『Split Coconut』(写真左)。邦題は、なんと『破壊された頭脳』(爆笑)。なんちゅう邦題じゃ。

そういえば、当時、CBSソニーの邦題は凄いものが多かった。ジェフ・ベックの『Blow By Blow』が『ギター殺人者の凱旋』。テッド・ニージェントのデビューアルバム『Ted Nugent』が『伝説の爆撃機』。そして、この『Split Coconut』が『破壊された頭脳』。いや〜、この『破壊された頭脳』って邦題、ダントツで凄いですね〜。どうやって考えたら、こんな邦題になるんですかね〜。

加えて、このアルバム・ジャケットのデザインが凄い。確かに、デイブ・メイソンが、スワンプから中米はカリブ海へ音のベースをシフトし、確かにトロピカルなニュアンス溢れるアルバム・コンセプトではあるが、この「のほほん」とした、見るからに「トロピカル」なデザインは、かなり「引く」。1975年に発売されたアルバムですが、僕も、この邦題とこのジャケット・デザインで、大学に入ってからも、なかなか触手が伸びなかったのを覚えている。

この邦題とジャケット・デザインはかなり「引く」が、このアルバムの内容は秀逸。レゲエを始めとする、中米はカリブ海の音世界を自分のものにして、カバーでは無い、デイブ・メイソンのオリジナルとして、カリブ海の雰囲気を濃厚に漂わせる、実にオシャレなトロピカル・ムード満点のアルバムとして、実に良い感じ。
 

Split_coconut

 
同時期に出た、エリック・クラプトンの『461 Ocean Boulevard』と比べると、安易に、ボブ・マーリィーの完全コピーに走った「I Shot the Sheriff」が、ロック界で初めてレゲエを採り入れた曲(ほんまかいな)として有名になり、後の曲はブルースの焼き直しであったりで中途半端。でも、クラプトンの「破滅伝説」が、当時の日本のレコード会社、評論家の方々からすると「売れ線」で、音楽的に優れていたデイブ・メイソンが、日本では「マイナー」で、コピー&中途半端なエリック・クラプトンが、日本では「メジャー」だったのが、今でも不思議。

で、『Split Coconut』あるが、これ、実に良い内容のアルバムです。出だしから実に心地良い、カリブ海独特な「トロピカル」な雰囲気。抜群なテクニックがありながら、弾き過ぎないギター。上手くなった「男気満点」のボーカル。スタジオ録音のコツを会得した、テンションとスピード感のあるアレンジ。どれを取っても、優れた出来だと思います。このアルバムが、日本ではあまり評価されていないことが、僕にとっては実に不思議です。

ハスキーで優しい声で、木訥に語るように歌われると、もう「たまりません」ね〜。収録された楽曲も、歌心溢れる旋律が美しく、優れた楽曲ばかりで、思わず集中して聴いてしまいます。ライブ盤『情念』にも収録された「Give Me a Reason Why」なんて惚れ惚れする曲です。

メジャーの仲間入りをしてもおかしくないアーティストです。一度、聴いて欲しいアルバムです。

このアルバムも、過去CD化されたが、このところ再発されなかったアルバムの一枚。これだけの内容なのに、なぜ常に再発供給されないのか、理解に苦しみます。今回、UKにて再発されて、やっとCDで手に入れることが出来ました。う〜ん、大英帝国万歳って気持ちで一杯です(笑)。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 

2008年11月27日 (木曜日)

やっと再会できたアルバム

70年代ロックのアルバムの中で、昔、CD化されたんだが、その後、権利関係や収録メンバーのOKが出ないとか、レコード会社が売れないから再発しない、とかで、長らく再発されないアルバムが幾つかある。特に日本では、レコード会社が「きっと売れないから」という理由だけで再発しないアルバムがあるのは、言語道断だろう。音楽を娯楽、快楽の類と認識している日本のレコード会社は、文化がなんたるかを理解していない証拠だろう。

逆に、欧米の方が、70年代ロックを「文化」と認識している「ふし」があって、「えっ、こんなアルバムがリイシュー」なんてアルバムが多々あって、コレクターとしては非常に感謝している。で、今回、やっとのことで「再会」できたアルバムがある。Dave Mason(デイブ・メイソン)のスタジオ録音での5枚目のアルバム『Dave Mason』(写真左)である。本当に、やっとのことで「再会」できた。

デイブ・メイソンとの出会いは、高校卒業時、現役で受験した大学を全部すべって、予備校に通い出すまでの、世間的に所属の無い、今までの人生の中で、一番辛かった時代に遡る。なにもやる気が起きなくて、ふとレコード屋に立ち寄って、何気なく手に取ったアルバムが、デイブ・メイソンのライブ盤『Certified Live(邦題:情念)』である。

この『Certified Live(邦題:情念)』は、浪人決定の心に、何もかも無くした心に、染みに染みた。男気溢れるボーカル、図太くテクニック抜群のギター、歌心溢れる自作曲の数々。浪人時代から大学卒業まで、僕の人生の中で、一番自分に自信が持てなくて、実に情けない、実に頼りない時代を過ごした時期に、このデイブ・メイソンのライブ盤は、僕にとっての「応援歌」だった。

大学に入って、貸レコード屋が流行りだして、デイブ・メイソンのアルバムを物色し出して、彼のオリジナル・アルバムを見つけては借り、見つけては借り、カセットにダビングしては、コレクションを増やしていった。この 『Dave Mason』は、その中の一枚である。

Dave_mason

実は、大学生の頃は、この『Dave Mason』の内容については、ちょっと「たるい」とか、ちょっと「ぬるい」とか思って、ちょっと敬遠していた節がある。ライブ盤の疾走感に比べると、かなりリラックスした、かなりソフト&メロウな雰囲気だったので、刺激を好む若かりし頃からすると、そう感じたんだろう。

今回、本当に久方ぶりに「再会」し、久方ぶりにゲットした『Dave Mason』。今の耳で聴くと、そのかなりリラックスした、かなりソフト&メロウな雰囲気が、実に心地良い。良い感じなのだ。歳はとってみるものである。やっぱり、デイブ・メイソンは良い。

同時期に活躍した、よく似たタイプである、エリック・クラプトンと比べて、安易にブルースやレゲエを基調とせず、オリジナリティを持ったスワンプから発して、独自のソフト&メロウ感覚を自家薬籠中としていた分、デイブ・メイソンの方が優れていると僕は思う。でも、日本ではマイナーな存在だった。これって、当時のロック評論家、レコード会社の「売れ線」でなかったせいだろう。当時の日本のロック・マーケットって見識が狭かった。

実は、この『Dave Mason』って、大学を卒業してから暫く聴くことがなかった。この『Dave Mason』を聴くと、辛くて情けなかった、自信が無かった、若かりし頃の自分の思い出が甦って、どうしても、冷静になって聴く気が起こらなかった。この『Dave Mason』を再び、聴くことが、楽しむことができるようになったのは、40歳を過ぎて、親友の急逝に接してからである。

「残された時間は、自分が思っているほど多くはない」ということを、高校時代からの親友の死に接して思い知った。それからである。この『Dave Mason』が、楽しんで聴けるようになったのは。恐らく、辛くて情けなかった、自信が無かった、若かりし頃の自分の思い出を、やっと慈しんで振り返られるようになったんだろう。

いろいろあった、今でも思い出すと後悔だらけの浪人時代から大学卒業までではあるが、『Dave Mason』を聴き直すにつけ、それはそれで仕方が無く、この歳になって、『Dave Mason』のアルバムの良さが判るようになって、それはそれで幸せなことではないかと、今日はつくづく思うのであった。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2008年11月26日 (水曜日)

耳休めに「絵に描いた様なジャズ」

チック・コリアの1998年のライブBOX盤『A WEEK AT THE BLUE NOTE』を聴き通して、ちょっと疲れた。1998年の演奏が、現代ジャズの最先端の音とは言わないが、それ相応に現代ジャズの先端を行く、素晴らしい演奏だと思う。当然、テンションは高い。

テンションの高い演奏をCD6枚分聴き通すと、さすがに疲れる。疲れたら、絵に描いたようなジャズ、絵に描いたような純ジャズが良い。耳休めである。さて、耳休めに「絵に描いたようなジャズ」って、どれだっけ・・・。

今日、選んだのは、Modern Jazz Quartet(MJQ)の『Topsy - This One's for Basie』(写真左)。1985年、MJQの最後のスタジオ録音盤である。かのカウント・ベイシーに捧げられたアルバムとのことだが、ベイシーの楽曲は、3曲目の「Topsy」のみ、という不思議な内容のアルバム。

それでも、さすがはMJQ、円熟の極み、これぞモダン・ジャズ、という演奏を全編に渡って繰り広げている。ミルト・ジャクソンのヴィブラフォン、ジョン・ルイスのピアノが、入れ替わり立ち替わり、それぞれの個性を活かして、旋律を取り、インプロビゼーションを繰り広げる。
 

Mjq_topsy

 
バックのリズム・セクションである、パーシー・ヒースのベース、コニー・ケイのドラムは、それはもう円熟の極み。究極の職人芸とはこのことだろう、控えめながら、素晴らしいテクニックで、堅実なビートを供給する。時にとるソロが絶品。この2人のリズム・セクションがあって、ミルトとルイスは、自由に柔軟にインプロビゼーションを繰り広げられるのだろう。

冒頭の「Reunion Blues」から、ラストの「Rockin' In Rhythm」まで、どの曲を、どの演奏を取っても「絵に描いたようなジャズ」。確かに、若かりし頃のMJQの様に、切れ味鋭い、尖った挑戦的な演奏では無いが、新しい表現方法に果敢にチャレンジしてはいないが、長年、演奏してきた円熟味をベースに、安定感のある純ジャズを繰り広げる。これも「ジャズ」である。

良い演奏です。繰り返し3回も聴いてしまいました。前にもこのブログに書きましたが、再結成後のMJQのアルバムって、なぜか評価が低いんですが、そんなことないですよ。現代ジャズの最先端って感じの尖ったところは無いですが、良い演奏、良い内容です。心から暖まります。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 

2008年11月25日 (火曜日)

現代ジャズの成熟度と可能性

ちょっと真面目な話題である。最近、現代ジャズの成熟度と可能性について、つらつらと考えることがある。現代ジャズってどうなんだろう、と。

コルトレーンが急逝した時、「ジャズは死んだ」と言われた。フュージョンがジャズ界を席巻した時、「ジャズは堕落した」と言われた。でも、2008年の現在でも、ジャズは生き続け、ジャズは進化し続けている。

このところ、チック・コリアの『A WEEK AT THE BLUE NOTE』(写真左)を聴き直している。Chick Corea+Origin名義のライブBOX盤(6枚組)である。パーソネルは、Chick Corea(p), Avishai Cohen(ac-b), Adam Cruz(ds), Steve Davis(tb), Bob Sheppard(fl,ss,ts,b-cl), Steve wolson(fl,ss,as,cl) 。チック・コリアが集めた精鋭ジャズメン達である。

1998年1月1〜4日のNYのブルーノートでのギグのプライベート録音である。プライベート録音と言っても、チックがエンジニアに頼んで録音したDAT録音で音は良い。これが、凄まじい演奏なのだ。前に出た『Origin』は、同じ、ブルーノートのライブ録音なのだが、ちょっとお行儀が良いのが気になるが、これはこれで良い出来、良い内容。しかし、この6枚組BOX盤は次元が違う。

前作『Origin』とこのBOX盤を併せることによって、1月1、3、4日のライブがコンプリートになる。そして、このBOX盤には、前作『Origin』には収録されなかった、チック作の名曲「MATRIX」や、「BLUE MONK」,「FOUR」,「STRAIGHT NO CHASER」,「TEMPUS FUGIT」などのスタンダードが収録されており、このグループの全貌と力量が明らかになる。とにかく、凄まじい演奏である。
 

Cc_origin_bluenote

 
この1998年1月1〜4日のNYのブルーノートでのギグは、Chick Corea+Originのリハーサル的なギグだったそうだが、試運転的なギグとは思えない、素晴らしい内容である。

演奏の内容は、1960年代中盤のマイルスを中心とした、モード奏法をベースとした「伝統の範疇内での、極力フリーな演奏」である。当時、新主流派と呼ばれたモーダルで、フリーな演奏。そう、ハービー・ハンコック、トニー・ウィリアムス、ロン・カーター、ウェイン・ショーターを従えた、マイルス・デイビスの「ニュー5重奏団」の音。その音を基本に、現代ジャズとしての新しい響きを加えた、優れた内容である。

ここで、ふっと思う。現代ジャズって、相応の能力を持ったミュージシャンを集めて、優れたバンド・リーダーが指揮すれば、モード奏法をベースとした「伝統の範疇内での、極力フリーな演奏」については、相当な内容の演奏が出来るくらいに、成熟しているのではないかと。

逆に、純ジャズの演奏内容の最高峰と言われる、モード奏法をベースとした「伝統の範疇内での、極力フリーな演奏」については、既に発展の可能性は無いのではないかと。恐らく、過去、ジャズ界を席巻した「演奏スタイル」単発のみ範疇については、発展の可能性は残されていないのではないか、と考え込んでしまった。

それほどまでに、この『A WEEK AT THE BLUE NOTE』の内容は優れている。当然、このChick Corea+Originの発展の可能性は残り少なく、あと1作のアルバムを残して、このChick Corea+Originでの活動は停止している。

現代ジャズの成熟度と可能性。最近、時々、この難しいテーマについて思いを馳せる。ジャズはどこまで発展し、進化していくのだろうか。その方向性は、その方法論は残されているのか。こういう、ちょっと真面目なテーマについて考えるのも、ジャズの楽しみのひとつである。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 

2008年11月24日 (月曜日)

優しくて心地良いハードバップ

午後から冷たい雨。もう外の空気は「冬」。3連休最終日。骨休みにはもってこいの「冷たい雨」。

この3連休は、結構「働いた」。バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」を更新し、テレビの特集についてのアンケートを長々と書いて送った。結構な量の原稿を書いたような気がする。

ということで、今日の午後は冷たい雨、さしてすることも無いので、豚の角煮を煮込みながら、このブログを書いている。BGMは、 Art Farmer(アート・ファーマー)& Gigi Gryce(ジジ・グライス)の『When Farmer Met Gryce』(写真左)。優しくて心地良いハードバップの代表格。とても、聴き易くて「これぞハードバップ」という感じの、とてもジャズらしい演奏。

アート・ファーマー、ジジ・グライスのコンビは、トランペットとアルトサックスという組み合わせのなかでも、相性ピッタリの組合せですね。このアルバムの収録曲は、全て、グライスの作曲、編曲もグライスの手によるもので、シンプルで聴きやすい。だが、しっかりと「ジャズのツボ」を心得ていて、聴いていて気持ちが良い。
 

Art_gryce

 
録音は54年5月と翌年5月の2回に分けて行われていて、バックのリズムセクションは、54年がホレス・シルヴァー(p)、パーシー・ヒース(b)、ケニー・クラーク(ds)。55年はフレディ・レッド(p)、アディソン・ファーマー(b)、アート・テイラー(ds)。どちらの演奏も良い感じで、優しくて心地良いハードバップが満載です。

アートの柔らかなトランペット、グライスの優しいアルト。「火を吹くようなプレイ」「丁々発止のアドリブ」「息をもつかせぬインプロビゼーション」等々、熱いハードバップも良いんですが、このアルバムの様な、優しくて心地良いハードバップも良いですよね〜。

このアルバムは、ハードバップの雰囲気を十分感じることができ、そして、実に聴きやすいアルバムですので、ジャズ初心者の方には「うってつけ」の佳作です。初冬の夕暮れに『When Farmer Met Gryce』。良い感じです (^_^)v。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 

2008年11月23日 (日曜日)

展覧会の絵・Deluxe Edition

午前中は、近くの寺まで、猫に会いにがてら、お札を貰いにいってきたんだが、結構、良い散歩になって、気分はリフレッシュ。古くからの門前町というのは良い。町並み店並みが良い雰囲気で残っている。なんだか優しい気分になる。

さて、先日、Emerson Lake and Palmer(以下ELPと略す)の『展覧会の絵・Deluxe Edition』を入手した。UK盤にての早々の入手である。内容としては、2008年新規デジタル・リマスター、2枚組、4面デジパック仕様デラックス・エディションである。

Disc1には、オリジナル・アナログ盤収録音源である'71年3月の英Newcastle City Hall公演と、ボーナストラックとして、'70年のISLE OF WEIGHT FESTIVAL"公演の「展覧会の絵」音源を収録。Disc2には、さらに遡る'70年12月の英Lyceum公演音源(Live開始前のMCまで完全収録)をそれぞれ収録している。

特に、我々70年代プログレ・マニアにとっては、Disc2の「'70年12月の英Lyceum公演音源」に興味津々。オリジナル・アナログ収録音源とほぼ同一の演奏内容なので「聴き比べ可能」との触れ込みだったので、聴く気満々である。

Elp_picture_deluxe

が、ちょっと期待外れ。演奏の整い方、演奏の精度、演奏の音質、演奏の内容など、全てにおいて、オリジナル・アナログ収録音源が圧倒的に素晴らしい。「聴き比べ可能」という触れ込みに偽りは無いが、聴き比べて、改めて、オリジナル・アナログ収録音源が、いかに素晴らしいか、が判るだけで、新しい「驚き」は無かったなあ。

これだけ、収録内容に開きがあると、オリジナル・アナログ収録音源が、本当にライブ録り一発の音源かどうかが疑わしくなる。本当にオーバーダビングしていたり、ボーカル差し替えなんかをしていたりしていないのか? 特に、グレッグ・レイクのボーカルを聴き比べてそう思った。どうも怪しい(笑)。

Live時の写真、告知ポスター等貴重写真、Mark Powell氏による新規解説を掲載したブックレットなど、マニアにとってはとりあえず価値のあるものとは思いますが、一般のファンにとっては、あまり必要の無いデラックス・エディションでしょう。一般のファンの方々にとっては、最新リマスターの日本盤プラケースが、一番コストパフォーマンスが良いでしょう。

デラックス・エディションといっても、優劣いろいろありますね〜。まあ、マニアにとってはマスト・アイテムなんでしょうから、入手したことについては後悔は無いんですが、もうちょっと良い追加音源はなかったのかなあ。僕にとっては、ちょっと残念なELPの『展覧会の絵・Deluxe Edition』でした。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月22日 (土曜日)

ジャズの小径・11 月号の更新です

今年は冬が来る速度が「かなりの駆け足」です。今日の我が千葉県北西部地方、冷たい西風が吹きつけて、寒い寒い。まだ11月なのですが、体感的には、12月の中旬から下旬の感じです。冬の寒さが苦手な僕には、憂鬱な季節の到来です。今年は「厳冬」なのでしょうか?

さて、今日、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の更新をしました。月一回更新の名物コーナー「ジャズの小径」の11月号をアップしました。

11月の「ジャズの小径」は、先日、このブログでも予告を出しましたが(11月19日のブログ・ここをクリック)この山中千尋の新作『プラヴォーグ』の大特集です。通算8枚目のリーダー作である、この『プラヴォーグ』。アルバム全編に漲る心地良いテンション、ミュージシャンとしての矜持が感じられるインプロビゼーション。内容のある、ストイックなアルバムです。

Yamanaka_image

アルバム・タイトル『bravouge(ブラヴォーグ)』は、楽典用語の「ブラブーラ」:1)高度な技巧を必要とする華麗な曲、2)勇壮・華美、華やかな演奏(演技の)威勢のよさ、と「vouge(スタイル、形式、ファッション)」とを合わせた造語だそうです。

タイトルの造語の説明を聞いた時は「ふ~ん」という感じなんですが、アルバムを聴き始めてみると、このアルバム・タイトルの「造語そのもの」の音が展開されていることに気が付いて、唖然とすることとなります。

続きは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)でどうぞ。扉から入って「What's New」のコーナーをご覧頂ければと思います。「ジャズの小径」は「ジャズへの招待状」の部屋のコーナーの一つです。
 
では、バーチャル音楽喫茶『松和』でお待ちしています。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月21日 (金曜日)

フレディ・ハバードって...

フレディ・ハバードって、良いトランペッターだと思う。とにかく巧い。巧すぎるので、ハバードが若かりし頃、マイルスから「あいつは巧いだけだ」なんて言われたりして(これって、認めてるが故のマイルス独特の激励なんだけど)、それを鵜呑みにしたジャズ評論家が「フレディ・ハバードは巧いだけ」って言いふらすものだから、日本ではちょっと分が悪い。

デビューは、総帥アルフレッド・ライオンのブルーノートから。ハバードは、ブルーノートに優れたアルバムを多々残している。それからジャズ・ロックの世界へ突入。おいおい、と思っている間に、今度はフュージョンに身を投じる。そんな凡百なトランペッターじゃないのに。

しかし、彼の環境を一変する出来事が起きる。ハービー・ハンコックの『ニューポートの追想(V.S.O.P.)』である。1976年、デビュー15周年を迎えたハンコックが、それまでの音楽活動を振り返る記念ステージをニューポートジャズフェスティバルで披露した。

その時、1960年代前半〜中頃の新主流派のジャズを再現する為に、ロン・カーター(b)、トニー・ウィリアムス(ds)、ウェイン・ショーター(ts)、そして、トランペットにマイルス・デイビスを迎えようと企てた。しかし、案の定、マイルスは拒否。マイルスの代わりに指名されたのが、フレディ・ハバードである。

Freddie_live

収録された曲は「Maiden Voyage」「Nefertiti」「Eye Of The Hurricane」の3曲(いや〜新主流派やねえ)。この演奏が素晴らしかった。フュージョン全盛期の1976年。その純ジャズな音は、ジャズ・ファンの心に爽やかに響いた。V.S.O.P.とは「Very Special Onetime Performance」の略である。1回きりの特別な演奏だった。でも、予想以上に受けた。この後、ライブ3枚、スタジオ録音1枚を残す。

今日聴いたのは、偶然iTumes Storeで見つけた『LIVE』(写真左)。1983年11月20日のライブ。V.S.O.P.の余勢をかって、1960年代前半〜中頃の新主流派真っ只中の雰囲気。収録曲も「One Of Aonther Kind」「Dolphin Dance」「I Can't Get Started」とふるっている。サイドメンは、Bob Sheppard(ts,ss), Billy Childs(p), Bob Bowman(b), Eddie Marshall(ds)。う〜ん、知らない名前ばかりだ。

ハバードは、当時45歳。もともと、若くして天才的なテクニックの持ち主である。年齢による円熟味が加わって、素晴らしいトランペットを聴かせる。とにかく、ハバードのトランペットが傑出している。巧いのなんのって、ウィントン・マルサリスも真っ青である。歌心もあって、いやいや、見直しました。

他のメンバーは、ちょっと「?」。ピアノ、ドラム、ベースはまずまずなんだが、どこかで聴いた音ばかり。ピアノなんか、ハービー・ハンコックそっくり。ドラムはどことなくトニー・ウィリアムス。ベースはもろフュージョン上がりっぽい。サックスは平凡。でも、何度も言うが、ハバードだけは素晴らしいの一言に尽きる。ハバードの素晴らしさを堪能するライブ盤である。

正式なライブ音源では無いらしく、曲によって音のレベルにバラツキがあったり、ベースソロの部分などは若干のノイズが入るなど、録音状態は極上では無いが、十分に聴ける音質。1980年代のハバードは、もっと注目して、もっと耳を傾けるべき、と強く思った。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月20日 (木曜日)

チャールズ・ミンガスを聴き直す

最近の僕にとって、純ジャズのベースといえば、チャールズ・ミンガスである。若い頃は、チャールズ・ミンガスのアウトフレーズの連続と大向こうをはる「ハッタリ」が結構辛くて、勉強として聴くことはあっても、好んで聴くことは無かった。

でも、最近、歳をとったのですかねえ、チャールズ・ミンガスの音楽が面白く聴こえて仕方が無くなってきた。チャールズ・ミンガスって、ベーシストとして一流、コンポーザー/アレンジャーとしても一流、でも、プロデューサーとしてはやり過ぎ、というのが、最近の僕の定説。

例えば、チャールズ・ミンガスの入門盤として、よく挙げられる『Charles Mingus Presents Charles Mingus』(写真左)。良くジャズ入門書に出てくる話としては、黒人差別に激しく抗議する、2曲目「Original Faubus Fables(フォーバス知事の寓話)」。ミンガスの反骨精神を象徴する代表曲とされ、怒れるミンガスの象徴的な演奏とされる。3曲目「What Love?」に聴かれるミンガスとドルフィーの会話については「ジャズらしい」ということで、旧来のジャズファンには「たまらない」名盤となっている訳ですが、そうかなあ。

「フォーバス知事の寓話」については、オーバー・アクション丸出しですし、「What Love?」に収録される会話については、純粋に音楽を愛でるという観点からは不要でしょう。確かに、黒人差別に激しく抗議するという政治色を押し出す点、ミュージシャン同士の会話までも音楽の一部としてしまう点、これって旧来から「ジャズらしさ」として語られてきましたが、僕はそうは思いません。

このアルバムは、ミンガスのオーバー・プロデュースと、それを許したキャンディド・レーベルの監修者ナット・ヘントフが問題です。どうも、ミンガスは大向こうをはって、ハッタリをかますことが多々あって、「受けよう、売ろう、儲けよう」とする気持ちが見え隠れするところが困りものだと思っています。このミンガスの「受けよう、売ろう、儲けよう」とする気持ちが少なければ少ないアルバムほど、内容のある名盤になる傾向があります。
 

Mingus_presents_mingus

 
音楽に思想を持ち込むことはロックでもフォークでも出来ることですし、会話を音楽の一部にするというのは、純粋に音楽という観点からすると不要なものです。僕は、この『Charles Mingus Presents Charles Mingus』というアルバムが、そういう「ゲテモノ好き」な観点で評価されて、初心者向けのミンガスの代表盤の一枚として紹介されることに長年疑問を感じています。

そんな「ゲテモノ好き」な観点より、カルテットのフロントをはる、Ted Curson (tp), Eric Dolphy (as, bcl)の素晴らしい演奏、素晴らしいインプロビゼーション。図太く柔軟なCharles Mingusのベース。そして、この3人の柔軟な演奏をバックで支えるDannie Ritchmondのドラム。そして、一番驚異的なのは、この分厚いジャズ・オーケストラの様な演奏を、カルテット、つまり、たった4人で演奏していること。音のバランスと配分とタイミング、音の重ね方が秀逸なんですね。

でも「分厚いジャズ・オーケストラの様な演奏を少人数のコンボで演奏し尽くす」という部分については、この『Charles Mingus Presents Charles Mingus』より驚異的なアルバムが他にもあります。そういう意味で、この『Charles Mingus Presents Charles Mingus』は、旧来の評論家の方々が言うほど、ジャズ入門者向けの名盤中の名盤という訳ではありません。少なくとも、ミンガスをジャズ初心者の方にご紹介する時に、この『Charles Mingus Presents Charles Mingus』はお勧めしません。

でも、このアルバムのTed Curson (tp), Eric Dolphy (as, bcl)は素晴らしい。特に、 Eric Dolphyは鬼気迫るモノがあります。フリーキーではありながら、ギリギリ伝統の奏法の範囲内留まっている。この「寸止めの美学」には目を見張るものがあります。そう、この『Charles Mingus Presents Charles Mingus』って、Ted Curson と Eric Dolphy を愛でるアルバムなんですよね。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 

2008年11月19日 (水曜日)

速報!山中千尋の最新作、良い!

9月24日に発売されたのに「速報」は無いやろうマスター、ってツッコミが聞こえてきそう。はい、そうです。9月24日の発売日に、即iTunes Storeからダウンロード。それから、今まで、丁寧に聴いては聴き返し、やっと自分なりの感想がまとまりました。

「速報!」というのは、このブログで、その感想を書き出すと長くなるので、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の月1回更新の名物コーナー「ジャズの小径」の今月号にアップしようと思っています。その「ジャズの小径」を今週の末にアップしようと思っているので、「速報!」となった訳です。

山中千尋の今回の新作「ブラヴォーグ」(写真左)は、良い出来だと思います。彼女はアルバムを出す度に、その時その時で「最高作」を出してきました。前作の『アフター・アワーズ』も良い出来でした。彼女が初めて「ジャズ・スタンダード」をピアノ・トリオで演奏したアルバム。良い出来でした。オリジナル中心にアルバムの収録曲を固めてきた山中千尋。自作のオリジナルは、自分で作曲しているので、当然、山中には弾きやすいし、表現しやすい。

ミュージシャンって、それで良いと僕は思うのですが、世間は意地悪なところがある。それって当たり前やろ、スタンダードはできるのか?って。で、『アフター・アワーズ』で、山中はスタンダードをドバーッと演った訳です。痛快でしたね〜、僕にとっては(笑)。僕の感想は「ジャズの小径 2008年4月号」(左をクリック)をご覧下さい。

で、最新作の『ブラヴォーグ』ですが、こちらは従来の路線に立ち戻って、彼女のオリジナル中心の楽曲構成。これが良いんですね。彼女独特の曲想、曲調、節回しが強烈に感じられて、どの曲も印象的なフレーズの部分で「山中千尋」って判る。それほどに、彼女の曲作りの個性が確立されています。

Bravogue

そして、その曲作りの個性以上に感心したのが、彼女のピアニストとしての「弾きまわし」の個性。フレーズの回し方、音符の重ね方、ユニゾン・ハーモニーについて、山中千尋の個性が確立されています。彼女はピアノの2つの相反する側面、「旋律楽器としての側面」と「打楽器としての側面」の両方をしっかりと表現できるジャズ・ピアニストですが、その技術がこのアルバムに満ちあふれている。

山中千尋は女性なので、腕力については男性に劣る。ピアノの「打楽器としての側面」をどう表現するか。無理して叩いても、必ず限界が見える。しかし、このアルバムの「打楽器としての側面」は違う。無理せず叩いている。彼女の日頃の精進が目に見えるようだ。努力は期待を裏切らない。彼女の克己心と矜持を強く感じるアルバムである。

とてもストイックな、内容の濃いアルバムです。でも、ちょっとクスッと笑ってしまう、ユーモアも彼女は兼ね備えている。10曲目のコミカルな「スタッカート」という曲ですが、この短いコミカルな演奏は「本当はここでアルバムは終わり」って、僕には聴こえます。次の曲が、あからさまなジャズ・スタンダードの大人気曲の「星に願いを」ですからね〜。

前作でさんざんスタンダードを演奏した山中。今回のアルバムでは、あからさまなジャズ・スタンダードの人気曲の収録は避けたかったはず。でも、レコード会社からの強い要請があったのでしょうか、取って付けたように、11曲目で唐突に「星に願いを」が、これも皆が喜びそうなスローバラード調で演奏されています。ファン・サービスと言えばファン・サービスですが・・・(笑)。蛇足でしょう。

この「星に願いを」は、僕はボーナス・トラックだと思って聴いています。『ブラヴォーグ』というアルバムには、必要な演奏では無いですからね。『ブラヴォーグ』の真価は、1曲目の「アクエリアン・メロディ」から、9曲目の「ル・フリュイ・デファンドゥ」まで。この9曲で、最新の山中千尋ワールドが堪能できます。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月18日 (火曜日)

エモーショナルなフルート!

ジャズの世界でフルートのソロ奏者は珍しい。吹く息の激しさ優しさで、エモーショナルな表現を出来る分、ジャズに向いていると思うんだが、なぜかジャズ・フルート奏者は少ない。恐らく、普通に吹く時の丸くて柔らかな音色がジャズには向かないと思われたのだろうと僕は思っている。

ジャズ・フルート奏者として、この5年間くらい、注目して、音源を見つけたら必ずゲットして、ヘビー・ローテションで聴いているミュージシャンがいる。Jeremy Steig(ジェレミー・スタイグ)である。この人、Bill Evansとの共演をきっかけに世に知られることになったフルーティストです。 事故で顔の半分が麻痺しながらも奇跡のカムバックを果たしたことでも知られています。

Bill Evansとの共演といえば『ホワッツ・ニュー』だろう。我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「じゃずへの招待状」で、「エモーショナルなフルート奏者・ジェレミー・スタイグ」(左をクリック)のタイトルでご紹介している。

今日は『Howlin' for Judy』(写真左)を聴く。1969年のSOLID STATEからリリースされたJAZZ NEXT STANDARD誌掲載の傑作『LEGWORK』のトラックを差し替え収録した内容(オリジナル6曲中のうち5曲と、さらに2曲を加えた全7曲収録)。パーソネルは、Jeremy Steig (fl), Sam Brown (g), Eddie Gomez (b), Don Alias (d, per) 。A&R Studiosでの、 1970年2月の録音である。
 

Jeremy_steig_howein

 
1970年の録音なので、もうクロスオーバーしていて、ロック的雰囲気ばりばりかと思うんだが、意外と、ハード・バップの雰囲気を残したジャズ・ロックではあるが、あからさまにジャズ・ロックしていない、ちょっとジャズっぽい雰囲気を残した、良い雰囲気のアルバムである。

ハード・バップ寄りのジャズ・ロック的雰囲気なので、ジェレミー・スタイグのエモーショナルなフルートがクッキリと浮かび上がって、十分に、ジェレミー・スタイグのフルートを堪能できる。時に激しく、時に声を出して歌いながらフルートをエモーショナルに吹くスタイグは迫力満点。

アレンジもジャズ・ロックしていて親しみやすく、アルバム全体を通して、聴きやすくノリやすい、良いアルバムだと思います。クロスオーバーの手前、ポップス調豊かだが、まだまだ純ジャズの矜持を維持しているジャズ・ロックとして、ジャズ・ファン全般にお勧めです。

ポップスっぽいといって敬遠してはいけません。このポップスっぽいジャズ・ロックもジャズです。ジャズの懐の深さを感じることの出来る、良い内容の佳作です。これを敬遠してはいけません。これもジャズです。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
  

保存

2008年11月17日 (月曜日)

ブラジル・テイスト満載!!

このところ、ジャズのジャンルでは、フュージョンを聴くことが多い。晩秋から初冬にかけて、なんとなく「うら寂しくなる」季節。どうしても、景気付けに、電気楽器中心のノリノリの音楽が聴きたくなる。これって、ジャズを聴き始めた大学時代から、ず〜っと同じ傾向なのだから仕方が無い。

今日は、George Duke(ジョージ・デューク)の『A Brazilian Love Affair』(写真左)でノリノリである。このアルバム、ブラジリアン・フュージョンの傑作の一枚。好きなんだな〜これが。確か1979年のリリース。1979年と言えば、フュージョンは最盛期から成熟期に至る頃で、フュージョン演奏のバリエーションも徐々に煮詰まってきた頃である。

フュージョンと言えば「融合」という意味。最初は、ジャズとポップス、ジャズとロックの融合をフュージョンと呼んだが、1970年代の終わり、最盛期から成熟期に至る頃は、ボサノバやサンバなどの他国の民族音楽、今で言うワールド系ミュージックの要素を大胆に採り入れるアプローチが出てきて、これぞ本当のフュージョン、って感じで、もうフュージョンというジャンルの音は、純ジャズの雰囲気は跡形も無くなっていた。

Duke_brazillian

このワールド系ミュージックの要素を大胆に採り入れるアプローチって、アレンジと演奏が良くないと、何が何だか判らない音になってしまうのだが、この『A Brazilian Love Affair』は、そこのところを上手く処理している。ボーカルが下手に入ると、ちょっと「イモ」っぽくなってしまうのだが、このアルバムでは格好良く収まっており、そういう意味でも、このアルバムはアレンジが秀逸。

ブラジリアン・ミュージックのエッセンスをしっかり取り込みながらも、そのエッセンスに飲み込まれていないのは、ジョージ・デュークの圧倒的なファンクネスの賜だろう。ジョージ・デュークの持つ圧倒的なファンクネスとブラジリアン・ミュージックが巧く融合(フュージョン)して、素晴らしいブラジリアン・フュージョンが展開されている。

良いアルバムです。1970年代後半から1980年代前半にかけての「コテコテのフュージョン」のファンの方々にお勧めのアルバムです。ジョージ・デュークのシンセをはじめとするキーボード・テクニックも非常に優れたモノがあるので、フュージョン・キーボードのファンにもお勧めですね。ジョージ・デュークのアルバムの中でも代表作の一枚に数えられる佳作です。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月16日 (日曜日)

上手いなあ〜、感心するばかり

鬱陶しい天気の続く、この週末。こんな天気嫌やなあ。精神的にも、ちょっと嫌なことがあって気が滅入っていて、そのせいで風邪をひいて体調は最悪。

体調が最悪なので、大人しく寝ていればいいんだが、あまり寝てばかりいると、腰が痛くなるわ、逆に夜に寝られなくなったりするので、ちょっと起きて、ブログなど書いている。

昨日、たまたま、寝ながら聴いていたフュージョン・アルバムの中で、改めて「上手いなあ〜、凄いなあ〜」と、ただただ感心するばかりのアルバムがあった。Lee Ritenour(リー・リトナー)の『Captain Fingers』(写真左)、デビュー作の『First Course』についで、2枚目のリーダー作。

とにかく、リトナーが全編に渡って、縦横無尽に弾きまくっている。名刺代わりの1曲目「Captain Fingers」で度肝を抜かれる。2曲目の「Dolphin Dreams」の清々しさに感動し、スティービー・ワンダーのヒット曲をカバーした5曲目の「Isn't She Lovely」のボーカル入りのポップな感覚などなど、名曲、名演の数々。
 

Captain_fingers

 
ちょうど、本作と前後して、日本企画制作による『Lee Ritenour and His Gentle Thoughts』、リー・リトナーの名前をフュージョン界に知らしめた名盤ではあるが、振り返ってみれば、当時、画期的な録音方法として持てはやされた「ダイレクト・カッティング」による一発録りだったので、ちょっと大人し目で、内容的にも安全運転的な演奏だった。

逆に、この『Captain Fingers』は、じっくりと時間をかけて作り込んだ感じがとても良く出ていて、これぞL.A.フュージョンといったサウンド・カラーを方向づける様なサウンドがずらりと並んでいる。ジャズ・ロック〜クロスオーバーといったジャンルとは違い、ジャズ色は希薄。このジャズ色が希薄な分、フュージョンという新しいジャンルの音、って感じがして感慨深い。

フュージョン系のアルバムとして、完成度は高い。どの曲もどの曲も聴いていると「上手いな〜、凄いな〜」と感心するばかり。良いアルバムです。フュージョン・ファンにはお勧めの名盤ですね。

そうそう、リー・リトナーについては、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」、「フュージョンの風に吹かれて」のコーナーに、「L.A.の超テク・ギタリスト/リー・リトナー」(左をクリック)のタイトルで、特集をアップしていますので、よろしかったら、一度ご覧下さい。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 

2008年11月15日 (土曜日)

イエス結成35周年ツアーを観た

昨晩、 NHK BShi 20時より「イエス結成35周年ツアー」を観た。70年代の最盛期メンバーが集結した、2004年5月のボストンでの公演である。イエスって、今の若い人は知らないだろうなあ。まず、プログレッシブ・ロックというジャンルを知っているのだろうか。

70年代、商業ロックムーブメントの中で、一世を風靡した「プログレ」、正式名称「プログレッシブ・ロック」。8ビートを中心とするロック・イディオムばかりでなく、ジャズやクラシックの要素を取り入れ、ビートも変則拍子を積極的に導入、加えて、当時、一般的になり始めていた電子楽器(シンセサイザーやメロトロンなど)を駆使して、単純なロックンロールとは似てもにつかぬ、複雑で、かつ、シンフォニックで、ダイナミックな展開の演奏を得意とする。シンフォニックとダイナミックが高じると、いきおい演奏時間自体が長くなり、その結果、プログレの名曲には、大作が多い。日本でとりわけ人気が高く、なにを隠そう僕も大好きなジャンルだ。

そんなプログレの中で、お気に入り中のお気に入りの「イエス」。「イエス」はプログレ・バンドの中でもデビュー以来、30年以上もバンドを維持しているスーパー・バンドです。しかも、その長年のキャリアの中で、お家芸ともいえる、めまぐるしいメンバー・チェンジを繰り返し、それでいて、バンドとしてのクオリティをしっかり維持するという、とにかく希有なバンドです。テクニック抜群、構築力抜群、コーラス抜群。プログレ・バンドの中でも、実力ピカいちの「イエス」。今でもお気に入りのバンドです。

そんな「イエス」の35周年ツアー。つまりは、イエスに熱中した高校時代から、かれこれ30年以上たったことになる。ボーカルのジョン・アンダーソン、ギターのスティーブ・ハウ、ベースのクリス・スクワイア、ドラムのアラン・ホワイト、キーボードのリック・ウェイクマン。いや〜、高校時代にお世話になった、錚々たる面々である。
 

Yes35

 
でも、35年の時の流れを感じるなあ。スティーブ・ハウは白髪になって老眼鏡かけながらギターをガンガン弾いている。ドラムのアラン・ホワイトも白髪、太った。でも、エネルギッシュなドラミングは健在。太ったといえば、リック・ウェイクマン。いやいやデブッたねえ。それでも、あのウェイクマンの手癖、独特なキーボードの音色には、今でもワクワクする。そして、イエスと言えば、この声、このボーカルがなければならない。ジョン・アンダーソンのボーカルがイエスを象徴する。そして、これまた、このベース音がないとイエスにはならない。クリス・スクワイアのベース音は、イエスの根幹である。

収録曲はこんな感じだったかなあ。ちょっとうろ覚えだけど・・・。

  1. イントロ/「火の鳥」より
  2. 究極
  3. スウィート・ドリームス
  4. ユア・ムーヴ/アイヴ・シーン・オール・グッド・ピープル
  5. ユアズ・イズ・ノー・ディスグレイス
  6. ザ・ミーティング
  7. 遥かなる想い出
  8. ラウンドアバウト
  9. ショウ・ミー
10. ロンリー・ハート
11. リズム・オブ・ラヴ
12. 同志
13. スターシップ・トゥルーパー
 
相変わらず、素晴らしいテクニックとドラマティックな演奏で、往年のイエスの名曲の数々を十分に楽しめた。みんな歳をとったけど、イエス・サウンドは健在。イエスならではの曲回しに、思わずニンマリと口元が緩んだりする。amazonを調べてみたら、DVDで出てるみたいですね〜。欲しいなあ。
 
そうそう、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の懐かしの70年代館の「My Favorite Rock」のコーナーに「イエス」の特集をアップしていますので、よろしければ、一度遊びに来て下さい。「プログレ世界の完全主義者/イエス」(左をクリック)までどうぞ。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
  

保存

2008年11月11日 (火曜日)

リック・ライトを愛でる

リック・ライトが亡くなってから、リック・ライトを愛でる機会が増えた。そう、ピンク・フロイドでいくと、ちょっとマイナーなアルバムだが、リック・ライトのキーボードを愛でるに最適な『モア』とか『雲の影』を聴き直すことが多くなった。(11月5日のブログ参照

2枚目のソロアルバム(1996年発表)、『Broken China』(写真左)を久しぶりに聴き直した。ジャケットを見ると良く判るが、なんとなんと、ピンク・フロイド時代を彷彿とさせる、ヒプノシス丸出しのジャケットデザイン。良いねえ、もうアルバムの中に詰まっている「音」がジャケットから聴こえてくるようだ。

この『Broken China』には、味があるというか、カラーがあるというか、バンドの奏でる音に色彩を付けるようなキーボードで、何もキーボードはテクニックだけでは無い、と思わせてくれる、そんなリック・ライトの音がギッシリと詰まっている。なんて言ったらいいのかなあ、「色彩溢れる、雰囲気キーボード」とでも言ったら良いのか(笑)。

Broken_china

全編で「プログラミング」を積極的に導入。アナログ世代のミュージシャンとしては、大胆な音楽面での冒険を行う一方、デビット・ギルモア同様、ピンク・フロイドの音世界はリック・ライトの功績が大、という「事実」を確信させるに足る、めくるめく「幽玄かつ印象派的」な音世界が全編にわたって繰り広げられている。ピンク・フロイドの神秘的な雰囲気は、彼のキーボードに負うところが大きい。

ピンク・フロイドの「冷ややかさ」「暗黒面を覗くような雰囲気」「不安感を感じながらの高揚感」「ひたすら安定した静寂感」を担った、リック・ライトのキーボードが、このアルバムでは堪能できます。ピンク・フロイドのファンだったら、絶対のお勧めです。ん〜っと、ベースのロジャー・ウォーターズのファンは除外かな(笑)。

音的には、ギルモア・フロイドの『対』に近い。また、それが暗示的である。彼の穏やかなヴォーカルが、聴く者を魅了する。デイブ・ギルモアのファーストアルバム『David Gilmour 』と並んで、ピンク・フロイドの音マジックの種明かしをされたような、実に判り易く、象徴的なソロ・アルバムである。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月10日 (月曜日)

音楽の世界は広い...と思った

寒い。寒いぞ。11月の上旬というのに、この寒さはもう「冬」やないか。う〜ん、風邪をひかんようにせんとな。この寒さは全国的みたいなんで、皆さんも風邪などひかないよう、気をつけて下さいね。

さて、このところ、アル・ディ・メオラ(Al Di Meola)をちょくちょく聴く。米国はニュージャージー州生まれ。1974年にチック・コリア率いる「リターン・トゥ・フォーエヴァー」(Return To Forever)に参加し、1976年の解散まで在籍。ラテン風味のプレイが最も特徴的。加えて、超絶技巧なギター・テクニックについては「ダントツ」。

そのアル・ディ・メオラの『Land Of The Midnight Sun(邦題:白夜の大地)』(写真左)を聴く。アル・ディ・メオラの初リーダー作。なかなかに豪勢な内容で、曲ごとにミュージシャンを変えた豪華さ。キーボードにチック・コリア、ベースにスタンリー・クラーク、ジャコ・パストリアス、ドラムにスティーブ・ガッド、レニー・ホワイトらの大物ミュージシャンが多数参加。そんなバックを従えて、アル・ディ・メオラは超絶技巧のギターを披露する。

このアルバムを聴く度に思い出す。このアルバムを初めて聴いたのは、大学に入ったばかりの時。友人宅でこのアルバムを聴いた。それまでの僕は「ロック小僧」。インストルメンタルの演奏、インプロビゼーションは、プログレッシブ・ロックが一番だと思っていた。イエスやキング・クリムゾンの変則拍子、変幻自在なインプロビゼーションが最高の演奏だと思いこんでいた。
 

Land_of_the_midnight_sun

 
そんな僕に、このアル・ディ・メオラの『Land Of The Midnight Sun』である。冒頭の「Wizard」にビックリ。印象的なリフ、メロディアスな旋律、超絶技巧なインプロビゼーション。「これはいったいなんなんや〜」。ぶっ飛んだ。プログレが一番と思っていた自分が小さく見えた。音楽の世界は広い。これは凄い演奏や、これは凄い内容や、と唖然とした。

友人が言った。「これって、ジャズとロックの融合で、クロスオーバー、最近ではフュージョンと呼ばれるジャンルの演奏なんやで」。おお、これがフュージョンか。クロスオーバーという言葉は知っていた。クロスオーバーとして紹介された、デオダートやハービー・ハンコックは知っていた。けど、このアル・ディ・メオラの『Land Of The Midnight Sun』は別次元の音だった。

アル・ディ・メオラのギターの正確な速弾きは圧巻。どの曲もエキゾチックな曲想ですが、アル・ディ・メオラの特徴であるラテン風味な要素は、ほんの少しだけ。まだ、チック・コリア率いる「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の音の雰囲気を引きずりながら、アル・ディ・メオラならではの音世界を模索中って感じ。でも、その初々しさが、これまた良い。聴いていて爽快で、心地よさ一杯。その「爽快感」がこのアルバムの最大の良さである。

音楽の世界は広い。このアルバムを友人から聴かされた思った。ジャズ、フュージョンという未知の世界が目の前にある。これは面白いと思った。大学に入ったばかりの頃、ジャズ、フュージョンの世界に迷い込むきっかけとなった、記念すべきアルバム達の中の一枚である。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 

2008年11月 9日 (日曜日)

70年代ツアー・ライブの名盤

昨日よりも更に冷え込んだ日曜日。午後からは時雨。東京・千葉では、最高気温は、13度までしか上がらなかった。これはもう冬である。どんより曇った空。鬱陶しいことこの上なし。なんとなく、物寂しい日曜の夕暮れである。

ちょっと景気付けがしたくて、久しぶりに、70年代ロック・ライブの名盤の一枚、ジョー・コッカー(Joe Cocker)の『Mad Dogs & Englishmen』(写真左)を聴く。レオン・ラッセル(Leon Russell) の人脈を最大限に生かし、ボーカリストのJoe Cocker をサポートした、いわば2人の金字塔的なライブアルバムです。

1970年に行われた『Mad Dogs & Englishmen』ツアーの記録で、ニューヨークのフィルモア・イーストでライヴ録音されたものです。このツアーは、レオン・ラッセルを中心に、総勢43名ものオールスター・メンバーのバンドを組織し、57日間で65のステージを行う凄まじいツアーだったそうです。舞台裏には、酒とドラッグが蔓延していたそうですが、演奏そのものは素晴らしく、70年代ツアー・ライブの名盤の一枚でしょう。

全てが、数ヶ月で計画され、組織され、実行され、放棄され、空中分解したツアーだったそうで、興行的には大問題のツアーだったみたいです。でも、ライブ録音全体を覆う、当時、ロック流行のスタイルであった「スワンプ」色が、実にロックっぽくて良いです。
 

Joe_cocker_mdaem

 
特に面白いのは、ビートルズの名曲「She Came in Through the Bathroom Window」を始めとする、「Something」「Let It Be」「With a Little Help from My Friends」 のスワンプ化。見事に「スワンプ化」されていて、実にファンキーで、ゴスペルチックです。

この『Mad Dogs & Englishmen』については、通常盤とデラックス盤が出ていますが、もちろん、お勧めは、デラックス盤です。まず収録曲数が全然違う。通常盤未収録曲を含めて26曲。通常盤が、確か14〜5曲だったと思うので、10曲以上も多い。当日のライブ公演をほぼ網羅した完全盤でしょう。リタ・クーリッジの「スーパースター」などは、リタのボーカルの音程が外れまくっており、ちょっと聴くのに忍びない音源もあるんですが、他の未収録曲は概ね良好です。

バンド全体の演奏のテクニックも、1970年という時代を考えると「良好」です。当時のライブ音源は、バンドのテクニックがショボくて、記録としては良いけど、鑑賞に耐えないライブが多々あったのですが、この『Mad Dogs & Englishmen』は及第点。デラックス盤はCD2枚分ですが、十分に鑑賞に耐えます。

スワンプ好き、アメリカン・ルーツ・ロック好きの方々には、お勧めのライブ・アルバムです。スワンプ色、ゴスペル色溢れる演奏は堪えられません。Disc2の7曲目「Give Peace a Chance」なんか、完全にゴスペルです。滋味溢れる、ファンキーなゴスペルを味わって下さい(笑)。

このアルバムは、まだロックが商業化する前、ロックの好きなミュージシャンが集まって、ロックの好きな聴衆と交歓する。そんな「純な」時代のロック・ツアーの記録と言えるでしょう。人の根幹をなす「ひたむきさ」と「欲望」が見え隠れする、そんな人間味溢れるライブ・アルバムです。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 

2008年11月 8日 (土曜日)

レッド・ツェッペリン Ⅵ

寒い。寒くなった。今日の東京の最高気温は16度。もう冬である。でも、まだ11月上旬なんだよな。今年は季節の移り変わりがドラスティックで困る。春と秋が極端に短い印象。

そんな中、午後から、整体と髪のカットをハシゴ。整体は、体の整備に欠かせない。今日も肩と腰をバッチリ整備してもらう。髪のカットについては、店長といろいろ話せて、時に「へぇ〜」と思う話もあって楽しい。1ヶ月に1回の密やかな楽しみである。

さて、レッド・ツェッペリン(以下ゼップと略す)の『デフィニティヴ・ボックスセット』をベースとした「アルバムの聴き直し」も着実に進んで、6枚目、2枚組の大作『Physical Graffiti(フィジカル・グラフィティ)』(写真左)である。

この2枚組、自ら設立した「スワン・ソング」レーベルからの第1弾アルバム。2枚組にして予約だけで100万枚突破した驚異のアルバムである。当然、ビルボード・アルバム・チャート最高位は1位。

まず、ジャケットが良い。結構な凝りようで、上から入れる(横からでは無い)スリーブ型。そしてビルの窓に色々な人が現れる仕掛け。レコードの入っているスリーブも、同じようにビルの中味が印刷されているので、どの表情をジャケットに出しておくかはリスナー次第という楽しさ。紙ジャケCDでも、この楽しみは味わえる。とにかく楽しい。懐かしい。

このアルバムは、74年2月のセッションに、4枚目の『Four Simbols』、5枚目の『Houses of the Holy』のセッションなどのアウトテイクを加えたもの。アウトテイクだからといって、軽く見てはいけない。内容は素晴らしいものばかり。当時LPでの収録時間の関係上、アウトテイクになっただけの演奏ばかり。現在のCDフォーマットなら、必ず収録されていただろう。

Physical_graffiti

冒頭「カスタード・パイ」の前奏のギターリフを聴くだけで判る「おぉ〜!、ペイジのリフや〜!」。ギターのリフとドラミングの重さはゼップならではのもの。3曲目「死にかけて」の壮大さはどうだ。ブルースから端を発して、これだけ深みを持つリフを紡ぎ上げるペイジの才能には脱帽。最後のお茶目な「テレテレテ〜」というギターと「ボンゾの咳」にニヤリ。

そして、意外と僕は、LP時代のB面「聖なる館」〜「トランプルド・アンダー・フット」〜「カシミール」の流れが気に入っている。ちょっと軽めの「聖なる館」から、リズミックな「トランプルド・アンダー・フット」、そして、ゼップの最高の名曲「カシミール」。不思議なチューニングとコード進行、そして、超重量級のドラミング。圧倒的な迫力と貫禄を保っている名曲。この「カシミール」に理屈はいらない。聴くべし。

LP時代のC面「イン・ザ・ライト」〜「ブロン・イ・アー」〜「ダウン・バイ・ザ・シーサイド」の流れも良い。「イン・ザ・ライト」は「カシミール」と並び称されるべき名曲・名演。冒頭のシンセサイザーの音色は、ケルティッシュでもあり、中東風でもあり、インド風でもあり、実に哀愁溢れる、ワールドミュージック的な響き。そして、不安げな音を交差させながら、後半、ジョンジーのキーボードのソロから、ドラマチックなペイジのギターソロへのドラマチックな展開は、今でもゾクゾクする。

ゼップのアルバムの中で、この『フィジカル・グラフィティ』こそが、一番よく聴いたアルバムです。いや〜、とにかくこの2枚組は、どの曲を聴いても名曲・名演。贅沢な2枚組みです。ゼップの音楽性の深さ、広がり、多様性を感じるには格好のアルバムでしょう。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月 7日 (金曜日)

母屋を乗っ取られそうだけど...

あ〜しんどかった。この一週間、疲れた疲れた。朝早かったり、気疲れしたり。やっと明日休みって感じです。

さて、こんな時は、心からスカッとしたい。スカッとするには、ファンキーなジャズ、ファンキーなフュージョンだろう。このところ、純ジャズ系を聴き続けていたので、フュージョンが聴きたい。ということで、今日は、ビリー・コブハム(Billy Cobham)の『A FUNKY THIDE OA SINGS(ファンキー・サイド・オブ・シングス)』を聴く。

ビリー・コブハムは、もともと、初リーダー作『SPECTRUM』から、3作目『TOTAL ECLIPSE』まで、純ジャズから発展した、エレクトリック・ジャズ系の硬派なフュージョンを推進していた。自然をモチーフにした、ネイチャー系エレクトリック・ジャズ、例えば、マイルスの「イン・ア・サイレント・ウェイ」の様な、はたまた、初期のウェザー・リポートの様なフュージョンをコンセプトにしていた。が。この『A FUNKY THIDE OA SINGS』は違う。完全なファンキー・フュージョン。

メンバーを見渡すと、ビリー・コブハム(perc,synth)、ジョン・スコフィールド(g)、ミルコ・レヴィーヴ(key)、アレックス・ブレイク(b)、ランディ・ブレッカー(tp)、マイケル・ブレッカー(sax)、グレン・フェリス(tb)、ウォルト・ファウラー(tp)、ラリー・シュナイダー(sax)。 とりわけ、ランディ・ブレッカー(tp)、マイケル・ブレッカー(sax)の存在が目を惹く。

このブレッカー兄弟の存在を確認すると、この『A FUNKY THIDE OA SINGS』のファンキー・フュージョンに合点がいく。この演奏の雰囲気って、この『A FUNKY THIDE OA SINGS』の後、ブレッカー兄弟が独立して結成した「ブレッカー・ブラザース」の演奏コンセプトそのものなのだ。ご丁寧に、後のブレッカー・ブラザースの代表曲「Some Skunk Funk」まで演奏している(笑)。
 

A_funky_thide_of_sings

 
しかし、ドラムはビリー・コブハム、ギターはジョン・スコフィールド、その他そうそうたるテクニシャン達。このメンバーをバックに、フロントで、ランディはペットを、マイケルはテナーを吹きまくる。それも、自分たちの一番好きなファンキー・フュージョンを、である。きっと、大満足だったに違いない。このアルバムでのブレッカー兄弟は、実に活き活きと演奏している。

きっと、ブレッカー兄弟をメンバーとした、最後のスタジオ録音だ、という気持ちが、リーダーのビリー・コブハムにあったに違いない。このアルバムでは、徹頭徹尾、ブレッカー兄弟の好きなようにさせている。ブレッカー兄弟の好みの演奏に終始している。ファンキー・フュージョンではあるが、ビリー・コブハムは懐が深い。ファンキー・フュージョンを完璧にコントロールし、ブレッカー兄弟の好きなようにはさせていない。あくまで、リーダーはコブハム、ブレッカー兄弟はサイドメン。

母屋を乗っ取られそうだけど、しっかりとビリー・コブハム色を維持した、ファンキー・フュージョンです。それでも、ブレッカー兄弟を始め、メンバーそれぞれが、かなり充実したソロを繰り広げる。かなり良い内容ですよ。ファンキー色バリバリ、ノリノリの演奏です。

しかし、最後の「Moody Modes」だけは、ちょっと雰囲気が違う。哀愁を帯びたスパニッシュ的な雰囲気。出だしの演奏を聴くと思わず「これってチック・コリアやん、これって、リターン・トゥ・フォーエバーやん」と思ってしまうほどの、チックそっくりの曲作り、アレンジ、構成。それでも、バックで、コブハムが独自の雰囲気を創り出して、決して、チックのコピーになっていないところが「みそ」。しかも、アレックス・ブレイクの実に優れたベース・ソロが聴けるのも嬉しい。

ファンキー・フュージョンの代表作の一枚だと思います。若かりし頃のブレッカー兄弟が実に良い感じです。「ブレッカー・ブラザース」の原型がここにあります。ビリー・コブハムの胸を借りて、やりたかったことを確かめた、そんな師弟愛が感じられる、実に微笑ましいファンキー・フュージョンです。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月 6日 (木曜日)

自分で演奏するんならこれ!

主に、ジャズ、フュージョン、70年代ロックを長年聴いている訳だが、実は、自ら演奏も出来たりする松和のマスター(笑)。キーボードとギター、そしてアルト・サックスは実は出来る。学生時代は、フォーク・デュオで歌ってた(笑)。

でもって、ジャズ、フュージョン、70年代ロックを聴いていて、自分が演奏するなら、自分がユニットを結成して演奏するなら「これっ」という、目標となるバンドやミュージシャンがある。

かれこれ、30年前に発売されたアルバムなんだが、フュージョンやるなら「これっ」というアルバムがある。自分がフュージョンをやるなら、こんな演奏、こんなアレンジでやりたい。そんな、大のお気に入りのアルバムが、デイブ・グルーシン(Dave Grusin)の『マウンテン・ダンス』(写真)。1979年のリリース。

デイヴ・グルーシン(1934年生まれ)はアメリカコロラド州出身のジャズ・フュージョン(コンテンポラリー・ジャズ)を代表するピアニストで編曲家、プロデューサー、映画音楽作家。1934年生まれということは、今年74歳ということか〜。デイブ・グルージンの名前を知ったのは、渡辺貞夫さんの『カリフォルニア・シャワー』のプロデューサー兼キーボード担当としてである。

そして、デイブ・グルーシンの名前を知ってから、タイムリーにリリースされたのが『マウンテン・ダンス』。1979年のことである。即購入した。で、これが、実に良い。今、振り返ってみても、フュージョンを代表する名盤の一枚であることに変わりはない。

Mountain_dance

このアルバムはオーバーダビングなしの完全一発録り。人間が演奏しているという雰囲気がプンプンしている。ハービー・メイソン(ds)、マーカス・ミラー(elb)のリズム・セクションが素晴らしい。そして、ジェフ・ミロノフ(elg)も優れもの。そこに、実に趣味の良い、インテリジェンス溢れる、それでいてエモーショナルなグルーシンのキーボードが絡む。

リリカルで爽やかピアノ・サウンド。それでいて、コマーシャルな雰囲気は皆無。爽やかではあるが、迎合してはいない、しっかりとしたテクニックとアレンジに支えられた、爽やかではあるが、実はちょっと硬派なキーボード。グルーシンの矜持を感じる、実に個性的でリリカルなキーボード。憧れる。

フュージョンやるなら、デイブ・グルーシンか「スタッフ」。でも、「スタッフ」の様な黒いグルーブ感と音のうねりは、黒人でないと絶対に出せない。日本人には無理。でも、デイブ・グルーシンのリリカルで爽やかな、それでいて硬派なサウンドは、なんとか出来るような気にさせてくれる。な〜んて、やったらやったで、難しいんでしょうけどね〜。でも、一度、チャレンジしてみたいなあ。

節目の歳を過ぎて、最近、強く思う。今一度、バンドをやってみたい。ジャズでもフュージョンでもロックでも良い。もう一度、クリエイティブな音作りをしてみたい。う〜ん、出来たらフュージョンをやってみたいなあ。ディブ・グルーシン、永遠の僕の憧れのミュージシャンの一人です。
 
余談にはなるが、ジャケット・デザインにも気をつけて下さいね。この『マウンテン・ダンス』というアルバムには、2種類のジャケットがあります。US盤が右写真。日本盤が左写真。US盤のジャケットってあんまりですよね。このジャケット・デザインだと絶対に触手は伸びないですね。見ているだけでウンザリします。やっぱり、日本盤のジャケットがお勧め。1979年にLPにて日本で発売された時は、もちろん、写真左のデザイン。『マウンテン・ダンス』のジャケットはこれでないといけない。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月 5日 (水曜日)

リック・ライトを偲んで....

最近、子供の頃から親しんできた俳優や歌手の逝去が相次いでいる。緒方拳、ポール・ニューマン、フランク永井・・・。特に、緒方拳さんとポール・ニューマンはショックだった。緒方拳さんといえば『必殺仕掛人』、ポール・ニューマンといえば『明日に向かって撃て』そして『スティング』。なんだか悲しくなる。

そして、70年代ロック界もそうである。9月15日、プログレッシブ・ロックの雄、ピンク・フロイドのキーボード担当であったリック・ライト(Richard Wright)が逝去した(9月15日のブログ参照)。これには、相当に参った。

リック・ライトと言えば、本人には失礼かもしれないが、リック・ライトのキーボードは、決して上手くは無い。けど、味があるというか、カラーがあるというか、バンドの奏でる音に色彩を付けるようなキーボードで、何もキーボードはテクニックだけでは無い、と思わせてくれる、独特の存在でした。

ピンク・フロイドはリック・ライトのキーボード無しでは語れません。デヴィッド・ギルモアは「誰もリック・ライトの代わりはできない。彼は僕の音楽パートナーであり友人であった」と語っています。判るなあ。ピンク・フロイドの音は、デヴィッド・ギルモアのギターとリック・ライトのキーボードで出来ている言っても過言ではありません。

「エコーズ」、「狂ったダイアモンド」、「狂気」のB面を聴くと、デヴィッド・ギルモアのギターとリック・ライトのキーボードがピンク・フロイドの代表的な演奏を創り出していたということを再認識します。

Pink_floyd_soundtrack

今回、リック・ライトが鬼籍に入って、久しぶりに聴き直したアルバムがある。『モア』(写真左)と『雲の影(Obscured by Clouds)』(写真右)。『モア』は、'69年にリリース、『雲の影』は、'72年にリリースされた、両作とも、バーベット・シュローダー監督の映画のサウンド・トラック作品である。

このサウンド・トラック作品が、いかにもピンク・フロイドらしい演奏で、学生時代から密かな愛聴盤である。どちらの作品もピンク・フロイド色が濃厚な演奏ばかりで占められていて、当然、デヴィッド・ギルモアのギターとリック・ライトのキーボードが大活躍である。特に、リック・ライトのキーボードが、ピンク・フロイドの音の決め手になっているのが良く判る。

リック・ライトを愛でるには、この2枚のサウンド・トラック作品をお勧めする。「ハッタリとメリハリ」が効いたピンク・フロイドのスタジオ録音正規盤より、自然体でバラエティに富み、色彩豊かな演奏がギッシリ詰まった、この『モア』と『雲の影』の2サウンド・トラック作品の方が、リック・ライトのキーボードが楽しめる。デヴィッド・ギルモアのギターとの相性、絡みも素晴らしく、惜しいキーボード奏者を亡くした、と改めて悲しくなる。

ロジャー・ウォーターズのファンの方々には、全くもって申し訳ない言い方であるが、ロジャー・ウォーターズの哲学的、思索的、観念的な、小難しい歌詞、アルバム・コンセプトが無くても、デヴィッド・ギルモアのギターとリック・ライトのキーボードがあれば、ピンク・フロイドの音は成立する。それほど、唯一無二の音であった。

そういう意味で、リック・ライトが亡くなった瞬間に、ピンク・フロイドの再結成は無くなった。再結成しても意味が無くなった。リック・ライトのキーボードなくして、ピンク・フロイドの音は無いのだから。と考えていたら、改めて、淋しく、悲しくなってきた。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月 4日 (火曜日)

良いぞ!ロリンズの新作ライブ

眠い。故あって、朝4時半起きである。久しぶりに朝5時台の快速に乗ったが、結構、人が乗っていてビックリ。さすが東京ですなあ、人が多い。

さて、このところ、RCA時代のソニー・ロリンズについて、まとめて聴き直して、まとめてコメントをまとめ直した。改めて、ソニー・ロリンズのインプロバイザーとしての偉大さ、素晴らしさを再認識した。流石に、テナー・タイタン。その豪放磊落で、優れたテクニックと歌心に裏打ちされた、唯一無二のインプロビゼーションは、本当に素晴らしい。

と、思って感動の余韻に浸っている時に、ソニー・ロリンズの新譜が届いた。とりもなおさず、iTunesから、即ダウンロード。1980年から2007年までに残した未発表ライヴ音源の中から選りすぐりのパフォーマンスを収録した、ライブアルバムである。

その名も『Road Shows  Vol. 1』(写真左)。早速、聴いたが、これが、いやいや素晴らしいのなんの。選りすぐりのライブを集めたとあって、ロリンズのブロウが素晴らしいのなんのって。収録された曲について、詳細はまだ調べていないので、バックを務めるミュージシャンが誰かが判別できないが、バックの演奏も、これまた素晴らしい。

Road_shows_vol1

1. Best Wishes(1986年 東京、日本)
2. More Than You Know(2006年 トゥールース、フランス)
3. Blossom(1980年 ウメア・スウェーデン)
4. Easy Living(1980年 ワルシャワ、ポーランド)
5. Tenor Madness(2000年 多摩市、日本)
6. Nice Lady(2007年 ヴィクトリア、カナダ)
7. Some Enchanted Evening(2007年 ニューヨーク、アメリカ)

以上が収録曲と収録場所。特に、冒頭1曲目の「Best Wishes」に度肝を抜かれる。これぞ、ロリンズ節。太くて、サックスの真鍮がブルブル鳴く様な響き。そして、流れるようなインプロビゼーション。続く「More Than You Know」も良い。ロリンズは絶好調。どの曲もどの曲も、ロリンズのライブ演奏が堪能できる。バックの貢献度も抜群。決して飽きない。決して、マンネリにならない。素晴らしいグループ・サウンズである。

そして、ラストの「Some Enchanted Evening」は、2007年のライブ録音。ロリンズは1930年生まれだから、77歳の時。喜寿のブロウとは思えない、溌剌とした、でっかい音の、サックスの真鍮がブルブル鳴く様な響き。そして、最後の長〜く、延々と伸びるトーン。そのトーンが途切れて、演奏が終わる。と同時に怒濤の様な拍手と歓声。感動である。感動で目頭が熱くなる。

良いライブです。もしかしたら、ロリンズ入門に良いかも。ロリンズのテナーの特徴が満載で、ロリンズのテナーを理解するのに、良いライブアルバムだと思います。タイトルには「Vol.1」とあるので、続編が楽しみですね。いや〜、良いライブを聴かせて貰いました。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月 3日 (月曜日)

ロリンズ・RCA時代の名誉挽回

故あって外出できず、ヒマ〜な文化の日。といって、天気も思わしくなく、終日、どんより冬が来たような鉛色の空の我が千葉県北西部地方。ちょっと寒いし、外出するにはちょっと、という天気で、まあ、一日家の中でゴロゴロっていうのも良いもんだ(苦笑)。

今日は、RCA時代のソニー・ロリンズの最終話。明らかなプロデュースの失敗。不十分なリハーサル。アレンジ、グループサウンド優先の演奏で、ロリンズの自由奔放なブロウにブレーキがかかったような、自由を束縛されたようなインプロビゼーション。とにかく、RCA時代のロリンズは不遇であった。

しかも、RCA時代の後半にリリースされた『ナウズ・ザ・タイム』『スタンダード』は、演奏時間がSP(シングルレコード)並に、2分半から3分台と短時間にまとめられた演奏ばかり。どうも、長い演奏を短く編集したか、短い演奏のアレンジを余儀なくされたか。どちらにしろ、ほとんどの演奏において、ロリンズは不完全燃焼。RCA時代、特にその後半は、ロリンズは恵まれなかった。

では、この演奏時間が短くされた『ナウズ・ザ・タイム』『スタンダード』の収録曲について、元テープはあるのか。故油井正一さんの情報によると、確かに、ロリンズ自らが、RCAの要請に応じてテープ編集はしたが、そのテープは紛失した、とのこと。元テープを紛失したのは残念だが、やっぱり無理矢理編集した結果だったのか。

After_the_bridge

しかし、ビジネス的に恵まれなかったRCA時代のロリンズが、何の気兼ねもなく、スタンダード中心に、テナーを吹きまくった未発表の演奏を集めた『After The Bridge』(写真左)という未発表音源集がある。これぞ、RCA時代のロリンズの「名誉挽回的な名盤」である。

この『After The Bridge』、1982年に、突如、わが国で発売された時にはビックリしました。これで、RCA時代のロリンズの名誉が回復されるのかと思うと嬉しかったですね。発売日に即ゲットしたのを覚えています。RCA時代に録音されながら発売に至らず、残されていた未編集テープなんですが、これが実に良い。ロリンズがノビノビとブロウしています。

さすが、2度目の引退、ウィリアムズバーク橋での練習〜自己研鑽は無駄では無かった。ロリンズの豪放磊落な、テクニック溢れるブロウが満喫できます。このブロウを聴いていると、確かに、ジョン・コルトレーンは敵では無い、というか、コルトレーンのブロウとは全く別次元の世界で、コルトレーンと比較すること自体がナンセンスに感じます。

「ロリンズの本音が聴ける」と故油井正一さんがライナーノーツに書いておられますが、実際、ロリンズらしいソロがたっぷりと聴けます。1994年にCDで再発されましたが、現在、廃盤になっています。こんな優秀盤が、ロリンズの歴史にとって欠かせないアルバムが廃盤なんて、レコード会社はサボってますなあ。再発を強く希望します。ロリンズ・ファンにとっては、マスト・アイテムでしょう。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月 2日 (日曜日)

レッド・ツェッペリン Ⅴ

3連休の中日である。朝から、少し鉛色の雲がたなびいて、晩秋の雰囲気を強く感じる。気温も下がって、寒くなった。昨日、東京では「木枯らし一号」が吹いた。いよいよ、冬への季節の移り変わりが始まった感じ。

さて、今日は午前中は定例の買い物へ出かけた訳だが、午後は何もすることが無い。故あって、遠出することが出来ないので、今日の午後は、本を読みながら音楽三昧。レッド・ツェッペリン(以下ゼップと略す)の『デフィニティヴ・ボックスセット』をベースとした「アルバムの聴き直し」を進める。

今日は、レッド・ツェッペリンの5枚目のアルバム『Houses of the Holy(邦題:聖なる館)』(写真左)。僕が高校時代、初めて自腹を切って買ったゼップのアルバムが、この『Houses of the Holy』である。当時、最新作といえばこれだった。いや〜、懐かしい話やねえ。

僕は、もともと、学生時代より、この『Houses of the Holy』というアルバムを高く評価している。初めて自腹を切って買ったアルバムだからでは無い(笑)。レッド・ツェッペリンというバンドがどういう特色を持ち、どういう力量を持ったバンドだったのか、を如実に表したアルバムだという確信があるからだ。

Zep5_holly

ペイジのギターもフレーズも無駄が無く、ペイジの「必殺リフ」中心の曲作りが完成の域に達した感がある。冒頭の「Song Remains the Same」など、その曲作りとギター・リフは惚れ惚れするばかり。

そして、「Dancing Days Are Here Again」「The Crunge」「Over the Hills and Far Away」に顕著だが、そゼップのリズムセクション(ドラマーのボンゾ、ベースのジョンジー)も完成の域に達していて、迫力満点、安定度抜群。そのバックを従えて歌うプラントは気持ちよさそう。

加えて、ジョンジーは、キーボードワークの本質的な力量を、哀愁に満ちた「No Quarter」や「The Ocean」でいかんなく発揮し、ゼップの音楽性を飛躍的に高めている。

この『Houses of the Holy』は、ゼップの音楽性の全てを、バランス良く詰め込んだ、ゼップの代表作だろう。この先取性溢れる内容は、ハード・ロックの一言では括れない、実にプログレッシブな内容となっている。もうジャンルでは括れない、ゼップ独特の孤高の音世界がここにある。ゼップ独自のグルーブの完成がこのアルバムにある。

恐らく、ペイジとプラントが作りたかった音楽が、この作品なんだと思う。ペイジの嗜好とプラントの嗜好が素晴らしいブレンドとなって、このアルバムを特別なものにしている。この作品の内容を実現する為に、一般大衆に判りやすいように、そして、アルバムのセールスと相談しながら、「4枚のアルバム」を用意周到にリリースして来たのではないか、と思うほどの戦略性が感じられる。

とにかく、ハード・ロックなどというジャンルでは括れない、多様でアーティスティックな音世界である。これぞ、唯一無二「ゼップ・ワールド」である。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

2008年11月 1日 (土曜日)

RCA時代のロリンズ・その2

RCA時代のソニー・ロリンズの続きを語ろう。前回(10月27日のブログ)のおさらいから。

絶頂期のロリンズが、ジャズ界から突然姿を消したのは、1959年8月、シカゴのプレイボーイ・ジャズ・フェスティバルに出演した直後のことだった。その後、行方知れずであったが、かの有名なウィリアムズバーク橋での練習風景に代表されるように、精神的にもテクニック的にも自己研鑽を重ねに、1961年11月、ジャズシーンにカムバックする。

そのカムバック後、満を持してRCAと契約、RCAもロリンズの売上に期待した。そして、かの名盤『橋』を録音する。この『橋』から、『ホワッツニュー』、『アワ・マン・イン・ジャズ』、『3イン・ジャズ』、『ソニー・ミーツ・ホーク』と続くのであるが、レコード会社が思ったほど売れなかったらしい。

時代は、1962年頃、ジャズは、ハード・バップのピークの時代を経て、フリー・ジャズやモード・ジャズが台頭し始めた頃。マイルスの薫陶を受けた、モード・ジャズを核とした「新主流派」が新しい響きのジャズを推進し始めた頃である。徐々にジャズは複雑化、長時間化し、ジュークボックスやFMでのリクエストをベースとした娯楽音楽としての役割を負えなくなっていた。

そんな時代である。特に、ロリンズのインプロビゼーションは、一つのテーマから、バリエーションを重ね繰り返して、徐々にその内容を高めていくタイプなので、演奏時間はいきおい延びる。つまり、ロリンズは、ハード・バップやモード・ジャズに向いている訳で、そもそも、ビ・バップのような瞬間芸で、判りやすい旋律をまとめるような、ポップスライクな演奏スタイルでは無い。

Rollins_standard_rca

そんなロリンズに、大衆音楽としての、ジュークボックスやFMでのリクエストをベースとした「売上」を期待するRCAは明らかに間違いである。そういう意味で、RCAでのロリンズのアルバムって、全てにおいて、プロデュースのミスなんだが、実に惜しいアルバムばかりが、ぞろぞろ並ぶ。特に、スタンダード曲ばかりをズラリ揃えた『ナウズ・ザ・タイム』(写真左)、『スタンダード』(写真右)などは、RCA時代の、その「惜しい」アルバムの代表例。

この『ナウズ・ザ・タイム』、『スタンダード』は、演奏時間がSP(シングルレコード)並に、2分半から3分台と短時間にまとめられた演奏ばかり。どうも、長い演奏を短く編集したか、短い演奏のアレンジを余儀なくされたか。どちらにしろ、ほとんどの演奏において、ロリンズは不完全燃焼。収録された、ほとんどのブロウが素晴らしいものばかりなので、もっと長く吹かせてやれなかったのか、もっと長く聴かせてくれなかったのか。RCA時代、特にその後半は、ロリンズは、あまり恵まれなかったようだ。

『ナウズ・ザ・タイム』、『スタンダード』は決して名盤では無い。このアルバムを聴いて、ロリンズを判断して欲しくない。では、RCA時代のロリンズは、全くの不振だったのか。ウィリアムズバーク橋での練習は、自己研鑽は無駄だったのか。いやいや、そうでは無い。ビジネス的に恵まれなかったRCA時代のロリンズが、何の気兼ねもなく、スタンダード中心に、テナーを吹きまくった未発表のテープを集めた『After The Bridge』という未発表音源集がある。

このRCA時代の未発表音源集『After The Bridge』については、また後日語ることにしたい。とにかく、RCA時代のロリンズは、事情が複雑で、単純に聴けない悩ましさがある。でも、その周辺事情を理解して、その作品を聴くと、また違った世界が見えてくるのが、ジャズの面白いところですね。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

リンク

  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

カテゴリー