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2008年10月の記事

2008年10月31日 (金曜日)

枕草子の様なアルトサックス

ポール・デスモンドのアルトサックスが好きである。といっても、ジャズを聴き始めた若い頃は、デスモンドのアルトは「かったるしくて」仕方が無かった。デスモンドの柔らかで優しいメロディアスなアルトは、どうも刺激が少なくて、若い頃、どうしても好きになれなかった。

が、である。その柔らか優しいメロディアスなアルトには、しっかりと芯が通っていることに気が付いたのが30歳代半ば。芯が通っていて、実は、デスモンドのアルトは「硬派なアルト」なんだと理解した。彼のアルトの柔らかで優しい音色に惑わされてはならない。

実は、卓越したテクニックに裏打ちされて、チャーリー・パーカーにも相対できる「硬派な」アルトなのだ。チャーリー・パーカーと対極にあるアルトといっていいのかもしれない。硬軟の差はあれど、ジャズ界の中で、これだけハッキリとした「硬派な」アルトは、そうそうに無い。

さて、今日、聴いたデスモンドのアルバムは『Take Ten(テイク・テン)』(写真左)。パーソネルは、 Paul Desmond (as), Jim Hall (g), Gene Cherico (b),  Connie Kay (ds)。

Teke_ten_98

大ヒット曲「Take Five」の二匹目のドジョウを狙ったのか、「Take Ten」という変拍子の曲を標題にしたデスモンドのRCA作品の佳作。「take five」と同じく4分の5拍子(タイトルからすると4分の10拍子?)。同じようなコード進行で、雰囲気も似ている。おいおい、ちょっとやり過ぎやろ(笑)。

本作の聴きものは、まずは「ボサノヴァもの」。5曲目の「Theme from "Black Orpheus"」や、7曲目の「Samba de Orfeu」は、ベタな選曲だと判っていても「良いものは良い」。デスモンドのアルトは、ボサノバがよく似合う。そして「スタンダードもの」も良い。なかでも、デスモンドの透明感溢れるアルトと絶妙にマッチする「Alone Together」が素晴らしい。「The One I Love」も良い。

雰囲気のある名盤だと思います。この雰囲気は今の季節、晩秋の夕暮れ時にピッタリ。ん?、いやいや、このアルバム、春たけなわの昼下がり、暖かな春風吹き抜ける中で聴くと、実に気分が良い。いやいや、夏の朝も良い。まだまだ陽も低い夏の朝、涼しい朝風の中で聴くと、これはこれで雰囲気がある。そうそう、冬も良い。暖かい部屋の中、バーボン片手に、深夜の静けさの中で聴くと、これまた、しみじみして気分が良い。

ということで、ポール・デスモンドの『Take Ten(テイク・テン)』は、オールシーズンタイプの、四季折々で楽しめる、オールマイティな名盤だと言えます。春は「昼下がり」、夏は「朝」、秋は「夕暮れ」、冬は「夜」。なんだか、枕草子の様なアルトサックスの名盤です(笑)。
 
 
 
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2008年10月30日 (木曜日)

秋の夜長に「素敵なデュオ」

盛春と晩秋の夕方。とっぷり日が暮れた夜の始まり。とても物寂しくて、実は苦手な季節である。この物寂しさはとても辛い。歳をとる毎に、その苦手さは年々増していく。

昨日、一昨日と打合せや懇親会で忙殺されて、2日間、ブログをお休みしました。もうヘロヘロです。今日はもうダウン寸前ですわ(×_×)。

今日は早々に家に帰り着いて、今日はさすがに晩酌抜き。肝休日である。精神的にも結構参っているところもあるので、ゆったりとジャズが聴きたい。ゆったり聴くジャズは「純ジャズ」に限る。それも、ドラムの無い、静かな雰囲気のデュオが良い。

最近気に入ってヘビーローテションになっているデュオがある。Barney Kessel & Red Mitchell『Two Way Conversation』(写真左)である。バーニー・ケッセル(Barney Kessel)はギタリスト。ジム・ホールと同系のシングル・トーンが魅力。そのシングル・トーンが太くてシッカリしているのが特徴。そして、レッド・ミッチェル(Red Mitchell)はベーシスト。その太いトーンとピッチの合った職人芸的なベースが魅力。

この職人2人のデュオが実に良い。実に良い味を出しています。1曲目の「Two Way Conversation」から、2人の息はピッタリ。玄人芸の応酬です。それでいて、太くて優しいケッセルのギター。そのギターに寄り添うように、ビートを供給するミッチェルのベース。う〜ん、和やかな空気が流れます。

Two_way_conv_22

LPでいうところのA面に当たる1〜3曲目がジャズ・スタンダード特集。B面が、当時のヒット曲がズラリと並ぶポップスカバー特集。どちらも魅力的な演奏ばかりで、僕はその時の気分によって、聴き分けています。

雰囲気を一言でいうと、A面の「ジャズ・スタンダード集」は、ケッセルとミッチェルの職人芸を駆使した、味のある純ジャズが聴けます。B面の「ポップス・カバー集」は、採り上げられた曲が魅力的。ギルバート・オサリバンの「Alone Again」、ロバータ・フラックの「Killing Me Softly With His Song」は良い味出してます。特に「Alone Again」には、しみじみしてしまします。

このデュオアルバムが録音されたのが、A面 : 1973年6月5日、B面 : 1973年10月2日。1973年と言えば、ジャズ界は、マイルスがエレクトリック・ジャズでグイグイ飛ばし、その影響を受けて、電気楽器を核としたクロスオーバー〜フュージョンが台頭してきた時期。

純ジャズには逆風の辛い時期。そんな時期に、この『Two Way Conversation』の様な「純ジャズ」バリバリのアルバムがリリースされていたなんて、ジャズの懐の深さに改めて感心します。

西海岸のギターとベースの巨匠たちの,リラックスした至芸を楽しみつつ、ユッタリと心を休め、体を休める。そうして晩秋の夜は更けていく。そろそろ眠くなってきました。今日はヘトヘトなので、この辺で寝ようかと。それでは、皆さん、お休みなさい zzz。
 
 
 
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2008年10月27日 (月曜日)

RCA時代のソニー・ロリンズ

昨日、再結成後のモダン・ジャズ・カルテットは、なぜか日本では評価が低いと書いた。他にも、日本で、不当に評価が低いアルバムが幾つかある。昨日、そう考えて、パッと思い浮かんだのが、RCA時代のソニー・ロリンズ。

ロリンズは、1950年代末には人気の絶頂にあった。が、ジョン・コルトレーンの台頭により、ロリンズは自分のテナーの実力に疑問を感じる。ロリンズは自分の演奏を見つめ直すため、突如引退(実は2度目)。最初は近所の公園で練習に励んだが、苦情が来たため、練習場所をウィリアムズバーグ橋に移した。これは、ジャズ界で有名なエピソード。

そして、1961年11月に突然活動を再開し、ほどなくRCAビクターと契約。そして、1959年の夏から3年間の沈黙を経てリリースした復帰第1作が『橋(The Bridge)』(写真左)。

ジム・ホールなどを従えて、久し振りの新作レコーディング。アルバムのタイトルは、引退時代の練習場所にちなんで『橋』。そんなセンセーショナルな話題にも関わらず、ロリンズは絶好調にも関わらず、ちょっと煮え切らない内容。う〜ん、惜しいなあ。

これは明らかにプロデュースの失敗だろう。天才ロリンズとして、ネームバリューは申し分無い。しかも、2度目の引退後の「奇跡の復活」。RCAはきっとロリンズのアルバムを売りたかったに違いない。ロリンズの意向である「ピアノレス」を受け入れながらも、何故かギターを入れる。しかも、シンプル・ギターが売り物のジム・ホールである。

確かに、ジム・ホールのギターはシンプルで聴きやすいかもしれないが、ロリンズの豪放磊落なテナーとの相対は、ちと荷が重い。ジム・ホールの起用がロリンズのオファーだったとしても避けるべきだったと思う。豪放磊落なロリンズのテナーには、やはりスケールで相対できるピアノだろう。でなければ、ピアノレスを全うして、テナー、ドラム、ベースの「ピアノレス・トリオ」の方が、ロリンズのテナーが自由に動けたし、当時、センセーショナルな話題を提供した、ロリンズのテナーのみを前面に押し出せただろう。

Sonny_rollins_bridge

しかも、十分なリハーサルを積めたのかどうかも疑わしい。3曲目の「ジョン・S」のオープニングとエンディングの、テナーとギターとドラムのユニゾンは「たどたどしいこと」と言ったら、聴いてきてイライラする。パーソネルを眺めると、いずれも職人揃い。このたどたどしさはいったい「なんなんだ」。

他の曲もアレンジ優先で、グループサウンド優先の演奏で、ロリンズの自由奔放なブロウに、少しだけブレーキがかかっているよう。ロリンズのテナーを型にはめてはならない。型にはめられたロリンズのテナーは、その持ち味が半減する。

ロリンズはかなり良いブロウを展開しているんですが、どうしても、この『橋』というアルバム全体を覆う「隔靴掻痒の感」はぬぐいされない。やっぱり、アレンジ優先、グループサウンズ優先の「聴き易さ」追求のプロデュースが問題だったと、僕は睨んでいます。

売らんが為のプロデュース。でも、ロリンズの演奏力のみで「売る」のは辛い。やはり「売る」には、曲作りでしょう。メロディーが印象的で、旋律が追えるフレーズが無いと、FMやジュークボックスで売るのは辛い。2度目の引退後の「奇跡の復活」アルバムだったのですから、まずはロリンズの好きなように吹かせて、「ロリンズここにあり」と、その存在感をアピールすることが先決だったのでは、と思います。

この『橋』ってアルバム、実に惜しいアルバムです。ロリンズは絶好調なんですよ。しかも、テクニック的に引退前より遙かにグレードアップしている。予定調和的なジョン・コルトレーンと比べると、その自由奔放、豪放磊落ぶりは凄まじいものがあります。

それでも、なんか煮え切らない感じはぬぐえない。ジャズの世界でも、プロデュースの良し悪しで、名盤にもなれば凡盤にもなる。プロデュースの重要性を再認識させてくれるアルバムの一枚が、このロリンズの『橋』だと思います。
 
 
 
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2008年10月26日 (日曜日)

渋いジャズでゆったりと・・・

結局、この3連休(金曜日は故あって有休)は、雨から曇空で、ちっとも晴れなかった。今日の午前中などは、予想外の雨まで降ってきた。それでも、午後、雨が上がってから、家の掃除を幾つかこなして、一息ついた。

一息ついて、なんか「ゆったり」とした夕暮れ時である。こんな時は、ゆったりとした気分で、聴き流せる、渋いジャズが良い。有名盤では無い、知る人ぞ知る、僕にとっての「愛聴盤」を聴きながら、ネットサーフィンなんかをしたりする。

もともと、今を去ること30年以上昔、ジャズを聴き始めて、初めて自分で買ったジャズ盤の一枚が、モダン・ジャズ・カルテット(以下MJQと略す)の『ジャンゴ』だったこともあって、MJQは、今に至るまで、僕にとっては、隅に置けない、お気に入りのジャズ・バンドである。

1974年、華々しく解散。その時の解散コンサートの記録が『The Last Concert』として残っている。これが素晴らしい名盤で、僕がジャズを聴き始めた時は、MJQは過去の伝説のグループだった訳で、この『The Last Concert』を早々に手に入れて、解散を惜しんでいた。が、である。1981年10月、突如として再結成する。これにはビックリした。過去の伝説のグループが、我々の目の前に、再び、姿を現したのだ。

Echoes_mjq

どうも、この一旦解散して、また再結成するっていうのが、潔くない、未練がましい、と映るらしく、日本のジャズ・シーンの中では、再結成後のMJQの評価はイマイチである。良いアルバムを出しているんやけどなあ。再結成後のMJQのアルバムは単品ではなかなか手に入りにくいのが現状。

そんな、再結成後のMJQのアルバムの中から、今日は『Echoes』(写真左)を聴いている。1974年のグループ解散から10年、再出発を告げるにふさわしく全編新曲でのぞんだ、新生MJQの記念すべきアルバム。1984年3月の録音である。パーソネルは、当然の不動のメンバー、Milt Jackson (vib), John Lewis (p), Percy Heath (b), Connie Kay (ds)。

どの曲も、適度に気合いが入りつつ、適度にリラックスした、上質のジャズが聴ける。1曲目「That Slavic Smile」、4曲目「The Hornpipe」は気合い充実のメインストリーム・ジャズ。硬派の演奏は気持ちが良い。そして、2曲目「Echoes」や3曲目の「The Watergate Blues」、5曲目「Connie's Blues」は余裕の演奏。適度にリラックスした、玄人好みの演奏が心地良い。ラストの「Sacha's March」は、真面目な顔して茶目っ気タップリ、MJQの職人芸が堪能できる。

どうして、再結成後のMJQって、日本では評価がイマイチなのかなあ。こうやって聴いていると、これだけ高水準の、内容のあるカルテットって、なかなかお目にかかれないと思うんですけどね〜。聴かず嫌いは良くありません。MJQのファンの方は、臆せず、再結成後のMJQにも耳を傾けてはいかがでしょう。

ジャケット写真は、1984年にリリースされたLP時代のもの(写真左)じゃないと、どうも気分がでません。数年前、日本で限定で再発された時は、このLP時代のジャケット写真が採用されて、嬉しかったのを覚えています。
 
 
 
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2008年10月25日 (土曜日)

聴き惚れる「Feelin' Allright Live」

昨日は、季節外れの「まとまった雨」に見舞われた千葉県北西部地方。その余波が残ったのか、今日は「曇りのち晴れ」なんて言っていたのに、夕方まで、どんよりとした曇り空で「スカッ」と晴れない。風もヒンヤリして、なんだか「うら淋しい」秋の夕暮れ。

こんな「うら淋しい」気分を払拭するには、70年代ロックが良い。しかも、ガッツのあるやつが良い。質実剛健風のギター中心のアルバムが良い。

さて、僕のお気に入りの「70年代ロック・ギタリスト」の一人、デイブ・メイソンが、久しぶりに音楽雑誌やネット情報を賑わしている。何かどうなったのか、良く判らないが、今年6月に、日本でライブ・アルバムを発売、この10月には、21年ぶりのソロ・アルバムをリリース。にわかに脚光を浴びている。

「デイブ・メイソン」の名を聞いて、「知ってる知ってる」って即座に答える人って、70年代ロックの、かなりの「通」です。70年代、日本では人気がなかったからなあ。知る人ぞ知る、玄人好みのギタリスト&ボーカリストでした。

ちゃんとご紹介しておくと、デイブ・メイソンは、スティーヴ・ウィンウッドらと共に、伝説のグループ「トラフィック」の創成に関与し、エリック・クラプトンらに先駆けてスワンプ・ミュージックに接近したサウンドを展開し高い評価を得たことでも有名。ソロになってからも数々の名盤を生み出してきたギタリスト、シンガー&ソングライターです。

僕が、デイブ・メイソンを知ったきっかけは、1976年にリリースされた、ロック・ライブ・アルバムの伝説的名盤の一枚『Certified Live(邦題:情念)』。素晴らしい内容のライブ盤です。この伝説的名盤から、彼のソロ・アルバムを中心に、彼のキャリアを遡っていきました。

Feelin_allright_live

でも、このライブ・アルバム『Certified Live』を凌駕するアルバムは無いんですね。当時より、僕は、デイブ・メイソンの本質はライブにあり、デイブ・メイソンはライブ・アルバムを聴くべき、と常々思ってきました。そんな思いを持ちつつ、今でも、時々『Certified Live』は聴いてます。

そんなところへ、いきなり今年『Feelin' Allright Live』(写真左)がリリースされるんですから、あらビックリ。一時かなり混乱しました。いつのライブなのか、内容はどうなのか、最初、情報が無くて困りました。そもそも、最近のデイブ・メイソンって調子はどうなのかも含めて・・・。

そんな時、役に立つのが「iTunes」。iTunesにアップされていた、2004年USでリリースされた『Live At XM Radio』を試聴して、最近のメイソンの好調さが理解できました。ということで、当然、この『Feelin' Allright Live』はゲットしました。往年のデイブ・メイソンが堪能できて「大満足」の一枚です。

『Certified Live』の頃から、既に32年が経過しているので、当時のライブと比べると、明らかに「衰え」が感じられるのは仕方のないところ。でも、その「衰え」が、良い意味で「渋さ」になっているところが実に良い。『Certified Live』では、まだまだなんとなくミュージシャンとしての「青臭さ」が感じ取れるところがあるんですが、この『Feelin' Allright Live』では、円熟味溢れる「渋さ」で一杯です。デイブ・メイソンのミュージシャンとしての「誠実な年輪」が感じられる、実に良いライブ・アルバムです。

どの曲も往年の名曲ばかり。デイブ・メイソンのヒット・パレード、ベスト・アルバム的な構成ですが、決して、懐かしのメロディーになっていない、そのバイタリティに感動します。逆に、今の若手ミュージシャンに、この類の音は出せないのでは、と思います。

やっとロックの世界にも「縦の繋がり」が出始めたのでしょうか。ベテランと若手がそれぞれも持ち味を生かして、ロックというジャンルをアーティスティックな世界へ押し上げていく。僕にとっては、そんな時代が到来しつつあるのでは、という期待感を持たせる、今回のデイブ・メイソンのライブ・アルバムのリリースでした。
 
 
 
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2008年10月24日 (金曜日)

プレスティッジのモンク・トリオ

朝から時々、土砂降りの雨。昼時、一旦、雨は上がったが、また、午後から時々、土砂降りの雨。今日は一日、雨の一日の我が千葉県北西部地方。まあ憂鬱であるんだが、今日は故あって有休なので、ちょっとだけ気楽。

さて、昨日一昨日とビル・エバンス・デーだった。一番のお気に入りのジャズ・ピアニストであるビル・エバンス。やっぱり良いですよね。そのビル・エバンスの対極にある、これまた僕のお気に入りのピアニストであるセロニアス・モンク。

現在、リバーサイド時代のセロニアス・モンクを、まとめて聴き直しているんだが、ついでも、そのリバーサイド時代の前、プレスティッジ時代のモンクも聴き直している。といっても、プレスティッジ時代のモンクは、結構、ミュージシャンとして粗末に扱われていたみたいで、これといった成果を残していない。

もともと、プレスティッジってジャズ・レーベル、かなりいい加減なところがあって、まず、スタジオ録音時、リハーサルをやらない。いきなりの一発勝負がほとんど。ブルーノートの様に、リハーサルをきっちりやり、そのリハーサルにもギャラを払うという「ジャズ・レーベルの鏡」の様なレーベルとは正反対のいい加減さ。ジャケット・デザインもいい加減。「これ何〜っ」と思わず声を上げてしまいそうな、評価不能レベルのジャケットも多々ある。

セロニアス・モンクというピアニストは、自分のインプロビゼーションについては、試行錯誤をしながら、最良を求めていくタイプである、他のハード・バップ・ピアニストの様に、お気楽に一発勝負で、「エイヤッ」で適当に合わせるタイプでは無い。そういう面でも、モンクにとって、プレスティッジは辛い。
 
録音時期は、1952年10月15日・12月18日、1954年9月22日。当時のジャズ界は、全盛を誇ったビ・バップが衰退し、ハード・バップ萌芽の時 代。そんな不遇のプレスティッジ時代ではあるが、それでも、この『Thelonious Monk Trio』(写真左)は、モンクを中心にした、内容のある、素晴らしい演奏が聴ける。1950年代前半の、最良に近いモンクのピアノが聴けるのだ。
 

Thelonipus_monk_trio

 
その原因は「ドラマー」にある。モンクのタイム感覚、和音感覚、音の重ね方、ストローク、どれを取っても普通のピアニストの感覚では無く、ドラマーとして、モンクのそれらに合わせて、ピアノ・トリオの演奏として成立させるには、相当のテクニックと相当のリズム感覚と反射神経が必要になる。

この『Thelonious Monk Trio』では、アート・ブレイキーとマックス・ローチが、ほぼ半分づつを分担して、ドラムを叩いている。このアルバムを聴き通すと、とりわけ、アート・ブレイキーとのセッションが優れている。マックス・ローチとのセッションは、内容は悪くないが、残念ながら、全体の印象からすると一段落ちる。ローチのドラミングは、あくまで、ビ・バップ時代のドラミングに留まっているのだ。

冒頭の「Blue Monk」がその代表例だろう。ドラムのブレイキーは、モンクを鼓舞するために様々な工夫を凝らし、モンクのピアノの変化にクイックに反応して、即座に合いの手を入れ、即座にチェンジ・オブ・ペースを図る。これが絶妙なのですね。

モンクは、生涯、お気に入りのドラマーとして、決めの演奏の時には、決まってブレイキーを指名したというが、実に良く理解できる話だ。恐らく、自由に弾くモンクに追従できるドラマーは、歴代のドラマーを見渡してみても、アート・ブレイキーとトニー・ウィリアムスぐらいだろう。う〜ん、トニーをバックにしてのモンクかあ、聴いてみたかったなあ。

冒頭の「Blue Monk」と、5〜8曲目「Little Rootie Tootie」「Sweet And Lovely」「Bye-Ya」「Monk's Dream」がブレイキーとのセッションで、どれも良い内容で、自由に喜々としてピアノを弾くモンクと、それを鼓舞し、それに追従するブレイキー。当時の流行であった「ビ・バップ」と比較すると圧倒的に進歩的。次に来る流行である「ハード・バップ」と比べても、最先端を行くピアノ・トリオだろう。

ピアノはしっかり調律されておらず、ピッチも狂ったまま。録音は、プレスティッジ特有の「リハ無しの一発勝負」。ジャケット・デザインも「やっつけ風」。でも、この『Thelonious Monk Trio』は、ジャズの古典的名盤の一枚だと思います。ピアノのピッチが狂ったままなので、長く聴いていると気持ち悪くなりますが、松和のマスターとしては、お気に入りの一枚です。
 
 
 
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2008年10月23日 (木曜日)

ヴァーヴ時代のライブ・トリオ

朝から昼過ぎまで、結構、良い天気で、「あれ〜、今日って天気が悪くなるんやなかったっけ」と思っていたら、いきなり雨が降ってきて、夜は本格的な雨雨雨。明日は一日雨らしいが、明日は休み。故あって有給休暇である。

さて、昨日『Bill Evans Trio Live ~Round Midnight』をご紹介した。ヴァーヴ時代のエバンスには、優れたライブが多い。今日は、同じジャケ写真を使った(というか、こちらが本家本元)『Bill Evans at Town Hall』(写真左)をご紹介したい。

ニューヨークのタウン・ホールでのコンサートの模様を録音したライヴ・アルバムで、さすが、コンサート・ホールのライブ演奏だけあって、キッチリ決めた、格調高いピアノ・トリオ・ライブが聴ける。う〜ん、ビレッジ・バンガードなどのライブ・スポットとは違う雰囲気のライブが魅力。

1966年2月21日のライブ。パーソネルは、Bill Evans (p), Chuck Israels (b), Arnold Wise (ds)。これぞ、ジャズ・ピアノ・トリオと言っても良いくらいの、上品で無駄のない、適度な緊張感が心地良い演奏が、アルバム全編繰り広げられる。

Bill_evans_town_hall

圧巻は5曲目の「In Memory of His Father Harry L. Evans」。このコンサートの直前に亡くなった父、ハリー・L・エヴァンスに捧げたピアノ・ソロ演奏。亡き父に思いをはせ、父に捧げる情感豊かな演奏。淡々としながらも、気持ちのこもった演奏が良い。感動的な演奏についつい耳を奪われる。

リバーサイド時代のアルバムから受けるロマンティクなリリシズムが中心のエバンス・トリオを求めるむきには、昨日、ご紹介した『Bill Evans Trio Live ~Round Midnight』より、こちらの『Bill Evans at Town Hall』のほうが良いだろう。

でも、ビル・エバンスの生涯の全演奏を聴き返せる時代の僕とっては、この『Bill Evans at Town Hall』は、ちょっと地味かな。ダイナミックでメリハリのある、強いタッチのエバンスを体験すると、ちょっとだけ、ちょっとだけ物足りないかな。

エバンス前期の「ロマンティクなリリシズム」が中心のエバンス・トリオの最後のアルバムかと思います。エバンスは真のジャズ・ジャイアント、「ロマンティクなリリシズム」のみに留まらず、どんどん進化していきます。「ロマンティクなリリシズム」が中心のエバンスだけを愛でるのは、実に勿体ない。優れたミュージシャンとは、決まって多面性を持ち合わせるものです。

格調高いピアノ・トリオ・ライブの一枚である、この『Bill Evans at Town Hall』。ジャズ・ピアノ・トリオのファンならば、一度は耳にして貰いたいアルバムのひとつです。
 
 
 
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2008年10月22日 (水曜日)

気分を変えるピアノ・トリオ

憂鬱な気分の底は抜けたものの、まだ、面白くない気分が漂っている今日の一日。

「お人好しもほどほどに」。昔、人生の先輩、あるお寺の和尚のアドバイスを思い出す。それでも、ちょっと気分は上向き。入れ込み過ぎず、少し距離を置いて、決して真ん中には入らない。責任を取るべき人達に責任は取って貰わんとな。

さて、70年代ロックのお陰で、憂鬱な気分の底を脱した、私こと、松和のマスター。次は、気分を変えて、「お人好しな感覚」を一気にリセットする必要がある。そんな時は、学生の頃から、大のお気に入りのジャズ・ピアノ・トリオを聴くのが一番良い。それも、ダイナミックで覇気溢れるライブ物が良い。

大のお気に入りのジャズ・ピアノ・トリオと言えば、当然、ビル・エバンス・トリオに落ち着く。そして、気分変えてくれるようなライブ物と言えば、ヴァーヴ時代のエバンスのライブということになる。

ヴァーヴ時代のエバンスには、優れたライブが多い。今回聴いた『Bill Evans Trio Live ~Round Midnight』(写真左)は、そのヴァーヴ時代の優れたライブの一枚。パーソネルは、Bill Evans (p), Chuck Israels (b), Larry Bunker (ds)。

ジャケットを見ると、先にリリースされた『Bill Evans at Town Hall』の写真に、趣味の悪い青色を付けただけの使い回し。アルバム・タイトルだって、素っ気ない雰囲気。なんか適当にまとめて、適当にリリースされた「捨て盤」のような雰囲気が漂って、なかなか触手が伸びないのが正直なところ。

Bill_evans_trio_live

でも、これがなかなか良いんですよ。まず、収録された曲を見渡すと、

1 Nardis
2 Someday My Prince will Come
3 Stella by Starlight
4 How My Heart Sings
5 'Round Midnight
6 What Kind of Fool Am I
7 The Boy Next Door
8 How Deep Is the Ocean

と、ビル・エバンスにとっての名曲・スタンダードがズラ〜リと並ぶ。特に、冒頭「Nardis」から、2曲目「Someday My Prince will Come」は、聴いていてワクワク、ドキドキ。Chuck Israelsのベース・ソロ中心の「Stella by Starlight」には肩すかしを食らうが、4曲目のエバンスの十八番「How My Heart Sings」軽やかで味わい深い。5曲目の「'Round Midnight」はちょっと失敗。それでも、6曲目以降、ラストの「How Deep Is the Ocean」まで、申し分のない、エバンスのピアノ・トリオが満喫できる。

この音源のリリースに際して、どうして、エバンスが首を縦に振らなかったのかと首を傾げたくなる程の出来です。リバーサイド時代のスタジオ盤から受けるロマンティクなリリシズムが中心では無く、後のエバンスにつながる、ダイナミックでメリハリのある、強いタッチが魅力のエバンスが聴けます。

このダイナミックでメリハリのある、強いタッチのエバンスを聴くと、元気が湧いてくる。気分を変えるピアノ・トリオ、元気の出るピアノ・トリオ。僕にとって、それは「ビル・エバンス」。
 
 
 
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2008年10月21日 (火曜日)

憂鬱な時には「ドゥービー」やね

先週より、なんとなく精神的に憂鬱な気分が続いている。なんだか、だんだん「めんどくさく」なってきた。憂鬱な気分を抱いていても、なにも得は無いし、進歩は無い。僕に残された時間は、そんなに豊富には無い。なんだか、損した気分になってきた。

ここで一発、劇的な気分転換が必要である。元気の無い時は、70年代ロック。それも、ノリの良いロックが良い。最近、CDで手に入れてお気に入りのライブ・アルバムがある。 The Doobie Brothers(ドゥービー・ブラザーズ)の『Farewell Tour』(写真左)。このアルバムは、イーグルスと並んで双璧をなす、ウェストコースト・ロックの雄、ドゥービー・ブラザースの極めつけの名盤。

バンドが煮詰まりつつある瞬間を捉えた、バンド解散時の記録を収めた、ドゥービーとして、記録性の高いライブ・アルバムである。収録曲は、マクドナルド・ドゥービー時代のものを中心としているが、それはそれで聴き応えがある。

この『Farewell Tour』の収録曲を見渡すと、ドゥービーのベスト盤と言っても良いくらい、ドゥービーの名曲がズラリと並ぶ。どの曲を聴いてみても、ドゥービーの曲は、印象的なリフ、印象的なフレーズが満載。聴いていて実に楽しいし、聴いていて実にノリが良い。聴き進めていくと、心の中がスカッとするのだ。
 

Doobie_farewell

 
トム・ジョンストンが客演する最後の2曲「Long Train Runnin'」「China Grove」で、昔日の豪快なDoobiesの姿が再現される。ドゥービーを途中からリアルタイムに聴き進めてきた僕たちの世代にとっては、このトム・ジョンストン時代のノリノリのドゥービーも感慨深いものがある。

マクドナルド・ドゥービー時代のものは「温くて」いけない、という向きもあるが、これまた、マクドナルド・ドゥービー時代もリアルタイムで聴き進めてきた僕にとっては、これはこれで感慨深いものがある。マクドナルド・ドゥービー時代のメンバーが、トム・ジョンストン時代の楽曲を演奏すると、洗練され過ぎていて違和感がある、なんて言う向きもあるが、僕はそうでは無い。これはこれで味わい深いものがる。

つまりは、この『Farewell Tour』は、僕の心のカンフル剤となるアルバムの一枚。このアルバムを聴き終えたら、いつでも、ちょっと心が明るくなる。今回の憂鬱な気分もちょっと改善された。『Farewell Tour』、良いライブ・アルバムです。

そうそうドゥービー・ブラザースについては、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」に特集しています。70年代ロックのコーナーは「My Favorite Rock」です。我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」(左をクリック)に是非お越しください。
 
 
 
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2008年10月20日 (月曜日)

これ1曲でゲットするアルバム

ジャズに限らず、「これ1曲」に惚れ込んで、手に入れるアルバムが幾枚かある。アルバムの収録曲全てが良い曲ばかりだと良いんだが、アルバムの収録曲の複数曲が良い曲ばかりだと良いんだが、なかなかそうもいかないケースが時にある。

今回、iTunesでゲットした、ラリー・カルトーンの『On Solid Ground』(写真左)も、その一枚。カールトンが、88年に銃で撃たれるという事故の後で、驚異的なリハビリを経て、奇跡的に復活したアルバムである(1989年リリース)。

正確に言えば、アルバム『On Solid Ground』の制作中、南カルフォルニアにある自宅プライベートスタジオの外にいた青年に銃撃を受けた。この銃撃により、カールトンの声帯は破壊され、彼自身も重大な精神的外傷を負ったが、徹底的な治療とポジティブな持ち前の精神力で、最終的にはこのアルバムを完成させた、というものである。

冒頭の「Josie」の前奏だけを聴くと、「80年代のデジタル臭一杯の人工的なリズムセクション」にガッカリする。が、その後、満を持して出てくるカールトンのギターが実に良い雰囲気。この冒頭の1曲目のみならず、アルバムに収録されている曲は全て、ユッタリとした、悠々としたリズムをバックに、大らかで、余裕一杯のカールトンのギターが展開されている。
 

On_solid_ground

 
超絶技巧なテクニックを前面に押し出す、という、それまでのスタイルでは無く、ギターを弾くことが楽しくて、嬉しくて仕方が無い、というような、演奏出来る喜びに満ちた余裕のあるカールトンのギター。銃で撃たれるという悲劇的な事故から奇跡の生還を遂げた、という事実とは無縁では無いだろう。

そして、4曲目の「Layla」。Derek and the Dominos(言い換えると、エリック・クラプトン)の『Layla and Other Assorted Love Songs』の名曲中の名曲。あの「Layla」が、こんな素晴らしいアレンジで、フュージョンとして演奏されるとは思わなかった。原曲の演奏に勝るとも劣らない、見事なアレンジ、見事なギター。惚れ惚れする。この「Layla」という名曲のポテンシャルを見せ付けられる、素晴らしい演奏である。

僕にとって、この『On Solid Ground』は、この「Layla」1曲で、手に入れるべき名盤だと思ってます。なんせ70年代ロックの名曲「Layla」、それが、ジャズ・フュージョンのフォーマットで、これほどまでに素晴らしい演奏に生まれ変わるなんて。僕にとって、このカールトンの「Layla」は絶対ですね。

「これ1曲でゲットするアルバム」っていろいろあるけど、フュージョンのアルバムでは、このラリー・カルトーンの『On Solid Ground』が筆頭かな。このアルバム、現在、廃盤状態ですけど、iTunesなど、ダウンロード・サイトからは、比較的容易に購入できます。カールトン・ファン、クラプトン・ファンの方々にはお勧めの一枚です。
 
 
 
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2008年10月19日 (日曜日)

ジャズの小径・10月号の更新です

昼から少しベタ曇りとなったが、雨は降らない。夕方になるにつれて、雲もとれ、薄日も漏れてくるようになった。晴天が続く「秋真っ只中」。今日は寒くも無く暑くも無く、爽やかで過ごしやすい、千葉県北西部地方である。

そんな良い季候の中、今日はホームページを更新。バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の更新である。1ヶ月に一度更新のコーナー「ジャズの小径」の10月号をアップしました。

さて、涼しくなって「芸術の秋」。我々にとって「芸術」と言えば「音楽」。そして、音楽と言えば「ジャズ」。「ジャズ」の中でも、涼しくなると聴きたくなるのが「フュージョン」。エレクトリック中心のフュージョンって夏はさすがに「聴くのが疲れる」。よって、涼しくなった秋になると、ムクムクと聴きたい気持ちがもたげてくる。

Komichi_200810

ということで、今月の『ジャズの小径』は、最近聴いたフュージョン・ジャズから、印象に残ったアルバムを2枚ご紹介します。涼しい秋に、内容のある、聴き堪えのあるフュージョン。伸び伸び、ゆったりします。

その2枚とは、Bob James & David Sanborn『Double Vision』(写真左)と、Earl Klugh『Heart String』(写真右)。どちらも、フュージョンの名盤として紹介されることの多い逸品です。特に秋には、サンボーンのアルトがよく似合う、と思ってるんですが、いかがでしょうか。

Earl Klughの『Heart String』は、非の打ち所がない、フュージョン・ジャズの一つの完成形と言っても良いほどの完成度です。それでいて、優等生臭さの無い、完成度が高いが故の「つまらなさ」が無い、良く出来た内容のフュージョン・アルバムです。リズム隊も、まだ人が担っている時代で、血の通ったリズムが実に心地良い。打ち込みとは全く違います。

それでは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)でお待ちしております m(_ _)m。
 
 
 
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2008年10月18日 (土曜日)

手数の多いフュージョン・ドラム

昨日も仕事でトラブルがあって、夜遅くに帰宅である。本当に心根の狡い奴っていうのは疲れる。というか、心根の狡い奴と相対する時間は、実に非生産的な時間であって、とにかく、貴重な時間を全く無駄に使われることに疲れる。ということで、昨日のブログはお休み。

今日は休みである。ちょっと風は強いけれど、爽やかな陽気で、ちょっと気温も高め。実に秋らしい、清々しい一日である。整体に通う道すがら、空を見上げると、なんだかどっかで見たような雰囲気。そうそう、Billy Cobhamの『CROSSWIND』(写真左)のジャケットである。このジャケットの写真と、ほとんどそっくりの空。

Billy Cobham(ビリー・コブハム)については、僕は「手数の多いフュージョンドラム」と呼んでいる。よって叩きすぎると鬱陶しいが、そこそこでいくと、これがなかなか良い。特に、フュージョンの世界で、実に映えるドラミングとなる。

ということは、コブハムのアルバムについては、叩きすぎておらず、そこそこ叩いている、という状態のアルバムが良いということになる。つまりグループサウンズとして「まとまり」のあるアルバムが良い、ということになる。ということは、コブハムのドラムに見合う力量のあるフロント(ペットやサックスやキーボード、ギター)がメンバーに揃ったアルバムが良い。

この『CROSSWIND』のパーソネルは、Billy Cobham(ds) ,John Abercrombie(g) ,Michael Brecker(ts) ,Randy Brecker(tp) ,Garnett Brown(tb) ,George Duke(key) ,Lee Pastora(per) ,John Williams(b)。
 

Crosswind

 
う〜ん、凄いメンバーではないか。若き日のブレッカー兄弟、若き日のジョン・アバークロンビー、若き日のジョージ・デューク、若き日のジョン・ウィリアムス、がここにいる。これは凄い。ブレッカー兄弟、アバークロンビー、デュークの強力フロント。コブハムの「良いアルバム」の条件が全て揃っている。

『CROSSWIND』については、2種類の音の雰囲気に分かれる。前半部は「Spanish Moss - "A Sound Portrait"」組曲。それぞれに「Spanish Moss」「Savannah the Serene」「Storm」「Flash Flood」と副題がついている。この副題を見ると、自然をテーマにしたフュージョンサウンドが想像できる。確かに、効果音などは自然をテーマにしている感じがするが、中身の演奏は、バリバリのフュージョン・サウンド。それも硬派な音でビックリする。

音のスケールが大きくて、壮大な、広がりのあるエレクトリック・ジャズになっていて、個々の曲のつながりも良く、組曲としても成功している。この前半部の「Spanish Moss - "A Sound Portrait"」組曲は、聴き所満載である。

後半部分は、フロント・メンバーの好みの楽曲が中心。5曲目の「Pleasant Pheasant」は、後のブレッカー・ブラザースを彷彿とさせる、エレクトリック・ファンキー・ジャズ。ラストの「Crosswind」は、ジョン・アバークロンビーのギターをフューチャーした、エレクトリック・ラテン・ジャズ。

そして、へえ〜っと感心したのが、6曲目の「Heather」は、マイルス・デイビスの「In A Silent Way」を想起させる、当時最先端のエレクトリック・メインストリーム・ジャズをやっている。この「Heather」の演奏って、十分、Weather Reportと対抗できる演奏内容を持っている。いやいや、これにはビックリした。
 
 
 
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2008年10月16日 (木曜日)

クイーン+ポール・ロジャース

松和のマスターは大変疲れています(>_<)。本業の方でいろいろありましてね。心根の狡い人って、相手をするのに疲れる。まあ、慣れていると言えば慣れているんだが疲れるね。

心が疲れた時は初心に返る。というか、頭を空っぽにする為に、70年代ロックを聴く。といっても、今日聴いていたロックは、クイーン+ポール・ロジャースの『ザ・コスモス・ロックス』(写真左)。

『メイド・イン・ヘヴン』以来13年振りとなるクイーンの最新作。といっても、大御所ボーカリスト、ポール・ロジャースと再結成した「クイーン+ポール・ロジャース」としてのアルバム。前作はライブアルバムだったから、今回は初めてのスタジオ録音となる。

聴き始めると、ちょっと「???」となる。昔のフレディ・マーキュリー在籍時、というか存命時期のクイーンの音を意識しながら聴くと「ちょっと違うんじゃねーの」という感じになる。内容が良くないと言っているのでは無い。昔のクイーンの音とはちょっと違う、紛れもなく「クイーン+ポール・ロジャース」の音なのだ。

ブライアン・メイのギターは健在。レッド・スペシャルの音は昔のまま。いい音してます。ブライアンのレッド・スペシャルの音だけ聴けば、元祖クイーンの雰囲気が甦る。ロジャー・テイラーのドラムも健在。でも、わざと元祖クイーン時代のドラミングにひねりを加えて、昔の元祖クイーンの音にならないように心がけているように聴こえる。

Cosmos_rocks

大御所ポール・ロジャースのボーカルは、相変わらず最高のボーカルを聴かせる。声の質は違うが、歌い方やこぶしの回し方などは、なんとなくフレディ・マーキュリーを想起させる。フレディが、当時ポール・ロジャースの所属していた「フリー」がお気に入りだったというエピソードを思い出す。

生前フレディは、ロック・ヴォーカリストとして、ポール・ロジャースを常に高く評価、ロジャースがフリーとして活動していた頃、フレディは、ロンドンでライヴがあると必ず、見に出かけたというのは有名な話。またフレディは、クイーンに最も影響を与えたアルバムとして、フリーの『ファイヤー・アンド・ウォーター』をよく挙げていた。

このアルバム『ザ・コスモス・ロックス』の音は、一言で言うと、ブライアンやロジャーの原点であるロックンロールとポールの得意とするブルースが一体となった、今のロック・シーンの中でも十分に通用する、上質のロック。決して「懐メロ」の音では無い。

元祖クイーンの音を意識しないで、新しいバンド「クイーン+ポール・ロジャース」として聴くと、なかなかイケる。特に、ロックンロール・テイストの曲は、ブライアンのギターもロジャーのドラムも、凄くイケてる。そして、ポール・ロジャースのボーカルは最高です。

元祖クイーンを意識して聴くと、かなりギクシャクすると思いますが、「クイーン+ポール・ロジャース」として聴くと、素晴らしい出来ですよ。元祖クイーンは元祖クイーン。あまり過度な先入観を持って聴くと損しますよ。ロック・アルバムとしてのクオリティは非常に高く、良いアルバムです。
 
 
 
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2008年10月14日 (火曜日)

初リーダー作は「元気溌剌」

午後から雨。今年の夏のバケツをひっくり返した様な雨はどこへやら、秋らしい「しとしと」した雨。まだ、冷たい雨では無い。少し暖かみのある、風情のある雨。う〜ん、秋たけなわ、である。

さて、秋たけなわ、となると、音楽の世界全開である。「ジャズ聴き」全開の毎日。合間に耳休めに「70年代ロック聴き」全開。音楽を聴くのが実に楽しい毎日である。

秋の「ジャズ聴き」については、やはり「純ジャズ」。気楽にユッタリと「純ジャズ」と言えば、やはりハード・バップに落ち着く。それも、ハード・バップど真ん中、ど「ハード・バップ」が聴きたくなる。しかも、秋たけなわ、蕭々と降る雨もなんとなく風情のある秋たけなわ、そんな気分の良い午後は、元気溌剌なハード・バップが聴きたくなる。

ということで、今日のスペシャルは、Stanley Turrentine(スタンリー・タレンタイン)の『Stan "The Man" Turrentine 』(写真左)。1960年の録音。パーソネルは、Stanley Turrentine (ts) Tommy Flanagan (p) Sonny Clark (p) George Duvivier (b) Max Roach (ds)。ピアノは、 Tommy Flanagan (3曲)、Sonny Clark (4曲)と分担している(詳細割愛)。

スタンリー・タレンタイン(以下略してスタン)といえば、70年代、イージー・リスニング、エレクトリック・フュージョン、といった時勢の中で、「ムード・フュージョン」「ブルージー・フュージョン」という雰囲気を前面に出した「純ジャズ+フュージョン」が音の特徴。「伝統」を重んじつつ、フュージョンの流行にのった、ハード・バップをベースにしたジャズ・フュージョンの担い手として活躍したサックス奏者である。
 

Stan_the_man

 
スタンのテナーはムード満点。スローバラードなどは、男性的で太くどっしりとした音で、時にセクシーに官能的に、ボボボボとすすり泣くように吹く。このセクシーで官能的な音が、若かりし頃は、なんとなく、気恥ずかしくて、大きな音で聴くのには勇気がいった。それほど、ブルージーでムード満点な、男性的で骨太なテナーなのだ。

そのスタンの初リーダー作が『Stan "The Man" Turrentine 』。初リーダー作とはいえ、男性的で骨太なブルージーでムード満点なテナーは、既にこの初リーダー作で完成されている。どの曲もスタンのテナーの魅力満載。太い音で、ブイブイ言わしながら、ムード満点な骨太テナーで疾走する。

この初リーダー作を聴いていて思うのは、後の「男性的で太くどっしりとした音で、時にセクシーに官能的に、ボボボボとすすり泣くように吹く」という「ムード・フュージョン」というよりは、初リーダー作で、テナーを吹くのがたまらなく楽しいという「喜び」満載の、元気溌剌なテナーが聴ける。音のベースはブルージー。出てくる音は、爽快感抜群の若々しい元気一杯のテナーである。

そして、後の「ムード・フュージョン」の萌芽は、6曲目の「Time After Time」に聴ける。実に美しいバラード。敢えて、ビ・バップ調のMax Roachのドラムを抜いて、ベースとピアノの変則トリオ。スタンのバックを支えるのは、フラナガンのピアノ。スタンを歌い手に見立てた様な、歌伴のピアノ。聴き終えた後、感嘆の溜息しか出ない。

6曲目の「Time After Time」、このバラード演奏を聴く度に思うのだ。「ハード・バップ万歳」。
 
 
 
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2008年10月13日 (月曜日)

クオン・ヴー『残像』

3連休も最終日。この3連休は、どこにも出かけずに近場でブラブラ。ちょっぴり体調が優れないこともあるが、ノンビリ、ユタッリの3連休である。

ノンビリ、ユッタリの3連休であるからして、ゴロゴロしながら、音楽については結構聴いたなあ。日頃、聴けないアルバムを中心に聴けたのは、この3連休の成果。

それでは、この3連休に聴いたアルバムで、印象に残ったアルバムについて語りましょうか。まずは、クオン・ヴーの『It's Mostly Residual(邦題:残像)』(写真左)かな。

そもそも、クオン・ヴーとは誰か。6歳の時にアメリカに移住したという経歴を持つ1969年ヴェトナム・サイゴン生まれのトランペット奏者。パット・メセニー・グループの正式メンバーに抜擢され、2002年の『Speaking Of Now』、2005年の『The Way Up』に参加、それぞれのワールド・ツアーで来日も果たしている。

そんな彼が、2005年12月にリリースした4枚目のリーダーアルバムが、この『It's Mostly Residual(邦題:残像)』。パーソネルは、Cuong Vu (tp) ,Tsutomu Takeishi (b) ,Ted Poor (ds) ,Bill Frisell (g)。

このアルバム、ジャケット・デザインのイメージと、パット・メセニー・グループの正式メンバーだという印象だけで聴くと、大きく期待を裏切られてしまうかもしれない。このアルバム全体に流れるのは、クオン・ヴーの叙情性と、それに相反するような先鋭性、凶暴性である。
 

Cuong_vu

 
冒頭の「残像 (It's Mostly Residual)」を通して聴けば良く判る。出だしはパット・メセニー・グループの演奏を彷彿させる叙情性豊かな演奏。でも、パット・メセニー・グループの様な、広く包み込む様な、包容力のある叙情性では無いのだ。

なにか奥に潜む「暗さ」というか、緊張を強いるようなドロドロした感情が底に流れる叙情性なのだ。そして、中盤に差し掛かる辺りから、クオン・ヴーの先鋭性、凶暴性が顔を出す。叙情性の中に感じる、緊張を強いるようなドロドロした感情が、この「先鋭性、凶暴性」の予告だったか、と理解する。

そして、2曲目の「Expressions of Neurotic Impulse」で、ブッたまげる。テンション溢れる、フリーな演奏。クオン・ヴーの先鋭性、凶暴性がタップリと体感出来る。それにしても、テンションの高い、実に高度なフリー・インプロビゼーションである。クオン・ヴーの演奏力とリーダー力に感心する。

以下、3曲目以降、ラストまで続く4曲についても、音の傾向は同じ。緊張を強いるようなドロドロした感情を内包した叙情的な演奏と、その後にやって来る先鋭的、凶暴的なフリー・インプロビゼーション。アルバム全体を通して鑑賞するには、ちょっと疲れる内容ではある。

このアルバムは、クオン・ヴーの音楽観、演奏スタイルを感じるには、格好のアルバムだと思います。でも、その内容は、実にタフな内容。ジャケット・デザインのイメージとパット・メセニー・グループの正式メンバーだという印象だけで手を出すと、ちょっと厄介なアルバムです(笑)。
 
 
 
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2008年10月12日 (日曜日)

レッド・ツェッペリン Ⅳ

このところ、愚図ついた天候が続いて鬱陶しかったが、3連休中日でやっと朝から晴天。一日中穏やかな晴天。久しぶりやなあ。今日は、ご飯茶碗とフライパンを買い換える為に近くの百貨店までお買い物。気に入ったご飯茶碗とフライパンが手に入って「ご満悦」である。

さて、レッド・ツェッペリン(以下ゼップと略す)の『デフィニティヴ・ボックスセット』をベースとした「アルバムの聴き直し」が進んでいるが、今日は『レッド・ツェッペリン Ⅳ』(写真左)。不朽の名曲「天国への階段(Stairway to Heaven)」が収録された、ゼップの名盤中の名盤である。

いつ見ても不思議なジャケットである。ジャケットの何処にも一切の文字が入っていない。中にある歌詞カードにも、曲名表記こそあるが、作詞・作曲者、メンバーの表記は一切無し。歌詞も「天国への階段」1曲のみ記載。実に神秘性のあるジャケットである。

さて、このアルバム、説明不要なほど、不朽の名盤として、語り尽くされた感のあるアルバムである。僕は、高校1年生の時、このアルバムから「ゼップの世界」に突入した。そのきっかけは、実にありふれたきっかけ、「天国への階段(Stairway to Heaven)」の存在である。

今回、『デフィニティヴ・ボックスセット』は、E式(UK盤)ジャケットでの紙ジャケ、SHM-CDでの提供が「ウリ」なのだが、特にSHM-CDでの提供については、音の粒立ち、輪郭がクッキリし、音の分離が更に良くなった印象があって、この『レッド・ツェッペリン Ⅳ』も、メインのステレオ・セットで聴き直すと新たな発見があったりして、実に楽しい。

Zep_4

1曲目「Black Dog」、2曲目「Rock 'n' roll」は、従来のハード・ロックを踏襲。しかし、その内容は高度化していて、単純にブルースを基調とし、ロックンロールをベースとした、単純でお気楽な「ハード・ロック・チューン」では無い。「1994年リマスター」+SHM-CDの音で聴くと、今まで気が付かなかった音が聴き取ることが出来て、この「Black Dog」〜「Rock 'n' roll」の複雑さ、高度さが良く判る。これはもう「芸術」と呼んで良いくらいの内容を持った「名曲・名演」である。

3曲目「Battle of Evermore(限りなき戦い)」、7曲目「Going to California」は、前作「レッド・ツェッペリン Ⅲ」のアコースティック路線を踏襲した楽曲。しかし、前作のアコースティックの世界とは全く異なった次元の、進化した深淵な世界が展開される。

とりわけ「Battle of Evermore(限りなき戦い)」は素晴らしい。前奏から幻想的な雰囲気で、変則チューニングのギターがオーバーダブで重なり、独特の響きを提供する。一種、ケルティッシュな雰囲気。アイリッシュ・フォーク的な匂いもする。イギリスの女性フォーク歌手、サンディ・デニーがアンサー・ヴォーカルを歌う。この女性ボーカルも効果的。

そして、ラストの「When The Levee Breaks(レヴィー・ブレイク)」も聴き逃せない。ドラムのジョン・ボーナムが供給する太く重心の低いビート感が独特の楽曲で、ジョン・ポール・ジョーンズのベースがしっかりビートの底を支えながら、大きくうねるようなリズムの渦を供給する。ジミー・ペイジのリフも今までに聴いたことが無い新鮮な響きを持つリフを奏で、今までのロックの楽曲、ジャンルでは解釈できない、不思議な響きを持った楽曲である。

この「Battle of Evermore(限りなき戦い)」と「When The Levee Breaks(レヴィー・ブレイク)」の2曲は「アーティスティックな楽曲」の一言で片付けられない、今の耳を持ってしても、その内容の優秀性が突出している、実にプログレッシブな内容を持った楽曲である。この2曲の存在に加えて、かの不朽の名曲「天国への階段(Stairway to Heaven)」の存在が加わって、この『レッド・ツェッペリン Ⅳ』を特別なものにしていると僕は思う。

高校時代から、かれこれ数十年が経過した訳だが、この『レッド・ツェッペリン Ⅳ』は、いつ聴いても飽きない名盤中の名盤である。LPからCDのフォーマットに移行してから、このアルバムに関しては、何種類のCDを持っているんだろう。それほどに思い入れの強い、自分にとって永遠の名盤である。
 
 
 
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2008年10月11日 (土曜日)

レッド・ツェッペリン Ⅲ

昨日は飲み会で、我がバーチャル音楽喫茶『松和』は臨時休業。そう言えば、昨日、プロ野球セリーグでは、ジャイアンツが優勝しましたね。最大13ゲームをひっくり返しての優勝って、ほんとうに奇跡的な優勝です。今年は、良いものを見せて貰いました。

さて、レッド・ツェッペリンの『デフィニティヴ・ボックスセット』を手に入れてから、おかげ様で、順調に聴き直しが進んでいます。

今日は、前回よりちょっと時間が空きましたが、レッド・ツェッペリン(以下ゼップと略す)の『デフィニティヴ・ボックスセット』を手に入れての、ゼップ聴き直しシリーズの第3弾。当然、聴き直しアルバム名は『レッド・ツェッペリン Ⅲ』(写真左)。

回転ジャケットのデザイン(今回のE式紙ジャケでも、しっかりと再現されていて秀逸)も楽しいサード・アルバムです。この『レッド・ツェッペリン Ⅲ』、発売当時、ハード・ロックの雄であったゼップが、アコースティックに走ったアルバムとして、賛否両論を巻き起こした問題作とされる。特に、LP時代のB面(CDでは、6曲目「Gallows pole」以下)は、アコースティック中心の楽曲がズラリと並ぶ。

当時、世間のゼップの評価は、冒頭の名曲「Immigrant song(移民の歌)」の演奏が示す「ハード・ロック」の代表格。譲って、ブルースチックな名演、4曲目の「Since I've been loving you(貴方を愛しつづけて)」が、当時、ゼップの音の印象。いきなり、6曲目「Gallows pole」の様に、アコースティック中心の、内省的な音にガラリと変われば、普通は戸惑うだろうし、普通はビックリするだろう。

しかし、今回、聴き直して見て思うんだが、LP時代のA面、CDでいうと、1曲目から5曲目については、しっかりと前作「Ⅱ」の雰囲気を引き継ぎ、更に洗練され、更に個性的になった、ハード・ロックの雄、ゼップの演奏となっている。

Zep_3

とはいえ、1曲目「移民の歌」のエレキギター中心のバリバリのハード・ロックから、2曲目「Friends」のアコースティック・ギターの前奏との落差は、今の耳で聴いても激しいので、当時の混乱は想像できる。

確かに、LP時代のB面(CDでは、6曲目「Gallows pole」以下)は、果たして、成功した内容だったのかどうかは疑わしい。アコースティック中心の楽曲とはいえ、ロックとしてのビートはしっかりとキープされ、ジミー・ペイジのアコースティック・ギターの腕も冴え、プラントのボーカルも一級品なのですが、「同じ雰囲気の曲調、アレンジ、アコギの音色」という「中途半端さ」は否めない。

まあ、6曲目から9曲目まで、ズラリと4曲もの、同系列のアコースティック中心の楽曲を並べる必要は無かったのでは、と思う。特に、ラストの「Hats off to (Roy) Harper」については全くの蛇足。なんで、こんな内容の無い演奏をラストに配したか理解不能。このラストの意味不明の楽曲が、このアルバムの締めくくりを阻害して、「なんだかなあ」という、実に中途半端な印象を残すのだ。

ハード・ロック一辺倒、つまり「印象的なリフとフレーズ」、当時絶対的人気を誇った「ブルース調」、そして、まだまだ根強い人気を維持していた「サイケディックな曲調」だけでは、凡百なロック・バンドに成り下がってしまう。そんな、実に高邁なアーティスティックな危機感を募らせての、この『レッド・ツェッペリン Ⅲ』のチャレンジだった訳だが、そのチャレンジは成功までには至っていない、と僕は思う。

但し、トラディショナルなフォーキーな雰囲気や、ワールドミュージック系の雰囲気、例えば、アイリッシュな雰囲気とか、中東風な雰囲気とか、そういう「フュージョンな感覚」が鍵になる、そして、その「フュージョンな演奏」についてはゼップは可能だ、ということを確かめた、実に野心的なアルバムだと僕は位置づけている。

賛否両論を巻き起こした問題作とはいえ、このアルバムは、英米でチャート一位を達成している。当時の他のロック・アルバムと比較すると、ゼップのアルバムは「高い内容と売れる要素」が満載の、圧倒的な競争力を持っていた、ということが言えるのだろう。

最後に一言、「レッド・ツェッペリンⅢは、A面(1〜5曲目)で、ゼップの威力を感じ、B面(6〜10曲目)で、ゼップの野心を感じろ!」。
 
 
 
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2008年10月 9日 (木曜日)

セロニアス・モンク「ユニーク」

セロニアス・モンクは、ジャズの歴史の中で、一番、個性的で一番ユニークな、一番尖った、追従を許さない、唯一無二の、孤高の存在である。

そんなセロニアス・モンクの「孤高の個性」については、正確に体験しないといけない。何を言いたいのか。つまり、セロニアス・モンクの初体験は、正しい環境、正しい状況で体験しないと、後々、モンクを誤解したままで、一番大事なことを理解しないまま、ジャズを深めることになる、ということを言いたいのだ。

では、そんな要求に応えるアルバムはあるのか、ということになる。リバーサイドのモンクのアルバムの中では、やはり、僕は、Thelonious Monk『The Unique(ユニーク)』(写真左)を挙げたい。

この『ユニーク』は、文字通りユニークなプレイでジャズ史に名を残すセロニアス・モンクのスタンダード集である。スタンダードを通じて、モンクの個性を正しく理解する。ジャズ初心者にとって、これが、一番、理想的な展開だろう。

僕はいきなり『ブリリアント・コーナーズ』から入ったので、危なかった。たまたま「これは面白い、これはハマる」と思ったので良かったが、だいたい、この辺から、モンクに入ると、ジャズ初心者にとっては、実に危険。
 

Unique

 
それに比べて、この『ユニーク』は良い。ジャズのフォーマットは「ビ・バップ」の域に留まっている。バックのベースとドラムは、リズム・キープが中心。ピアノだけが、どんどん走っていく。つまりは、ピアニストの個性に集中できるフォーマットが「ビ・バップ」。

冒頭の「Liza (All the Clouds'll Roll Away)」から、ビ・バップ全快。それでも、モンクのピアノは、ちょっと「おかしい」(笑)。音の重ね方、和音の選択、タイム感覚、間の取り方、どれもが、普通のジャズ・ピアノから外れまくっている。冒頭の前奏1フレーズを聴いただけで、モンクと判る個性。

さらに、ソロ・ピアノになると、モンクの「おかしさ」は更に際だつ。2曲目の「Memories of You」は、モンクの個性が全快。モンク好きにとっては、実に痛快な演奏である。この「Memories of You」は、あの「ベニー・グッドマン物語」のロマンティックなシーンのBGMに出てくる、優しい可愛いバラードである。これが、優しい可愛い雰囲気を残しながら、モンクの文法で切りまくる。これが前衛的でたまらない。

スタンダードの演奏の中で、最高にモンクの個性が輝いているのが「Tea for Two」。この「Tea for Two」は、原曲の雰囲気をしっかり残しながら、モンクの文法で切りまくる。その演奏は、最初の一音から、もう既に「おかしい」(笑)。この「Tea for Two」で、モンクの個性をしっかりと把握できる。この「Tea for Two」を体験し、慣れてしまえば、モンクは「怖くない」(笑)。

ジャケット・デザインもユニークです。切手を模したジャケットは、ジャズ・アルバムのジャケット・デザインの中でも有名な一枚。う〜ん、このジャケット・デザインも「ユニーク」。
 
 
 
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2008年10月 8日 (水曜日)

金木犀、文化祭の思い出

朝からあいにくの雨だったが、ちょっと回復して、夜には雨は上がった。雨が上がると、むせ返るような金木犀の香り。ここ千葉県北西部地方は、金木犀の香りが街中に充満している。秋真っ只中、秋たけなわである。

金木犀の香りが街中に充満する頃、金木犀の香りを嗅ぐと、僕は高校時代の文化祭を思い出す。高校時代の文化祭は9月の終わり。今から数十年昔。秋の凛とした冷たい空気は、今より早く街中に流れ込んだ。この秋の凛とした冷たい空気が、金木犀の花を咲かせるきっかけになるのだ。

この金木犀の香りと高校の文化祭は、僕にとって、高校時代の3年間、相当に印象に残ったイベントだった訳で、当時詠んだ俳句が残っている(僕は高校時代、高校一年生の担任であった国語の先生の薫陶を受けて、今でもちょっとだけ、俳句をたしなむ)。いくつか例を挙げると、

笑顔咲き 木犀匂う 文化祭 
尋ね来て 木犀の香に 憩う君
君去りし 面影追いて 金木犀 

う〜ん、高校1年生から3年生まで、それぞれの学年の文化祭で、印象的な出来事があった訳だが、その印象的な出来事が、金木犀の甘い香りを嗅ぐ度に、昨日のことの様に思い出すのだ。

高校の文化祭といえば、3年間、自作映画を作り続けた。1年生は、先代部長の下で「逃亡哲学講座」、2年生は部長をやらせていただいて、監督として「虚塊群像(きょかいぐんぞう)」、3年生は、クラス全員で、これも監督をやらせていただいて「日本昔ばなし3部作」(河童の雨乞い、たにし長者、桃太郎の3作)。そうそう、3年生の時は、フォーク・デュオを組んで、ステージにも立ったなあ(大学受験の時によくやったと思う、Yよありがとう)。

Wish_you_were_here

さて、では、高校時代、映画を監督として作らせていただいていた時、僕はどんな音楽を聴いていたのか、と思いを馳せてみると、やっぱりイマジネーションが必要な作業なので、そのイマジネーションの根幹を刺激するプログレッシブ・ロックが中心だったなあ。

特に、高校3年の時の映画「日本昔ばなし3部作」は、クラス全員参加、高校時代の思い出に残る文化祭をという触れ込みだったので、とにかく、良い映画を、皆の思い出に残る、印象に残る映画を作らなければ、というプレッシャーをビンビンに背負っていた。

映画製作についても、良い演技を引き出さなくては、良いロケを敢行しなくては、というプレッシャーを感じながら、それには、良いシナリオ、良い絵コンテ、良いキャラクター設定、良い演技ポイントを提供しなければならない。それには、イマージネーションが、上質なイマージネーションが是が非でも必要だった。

その上質なイマージネーションが得るには、良い精神的な刺激が必要。やっぱ、プログレッシブ・ロックが一番。高校3年の時、文化祭に出展する映画「日本昔ばなし3部作」を作っていた頃、一番、聴いたプログレアルバムは、ピンク・フロイドの『Wish You Were Here(炎)』(写真)。

『Wish You Were Here(炎)』は、大作『狂気』の後、2年ぶりにリリースされたコンセプト・アルバム。シド・バレットに捧げた曲をはじめ、テーマはシリアスなものが多いが、サウンドは印象的な、芸術的な感覚に満ちている。

僕はこちらの方が『狂気』より好きです。なんとなく、人間的な、というか、独特な「サウンドの暖かさ」があるんですね。

この『Wish You Were Here(炎)』というアルバムに、イマージネーションの刺激を求めた、高校3年生の時。「日本昔ばなし3部作」と格闘していた頃、映画が完成するのか、クラスの皆に受け入れられるのか、不安感に苛まれていた頃、激しいプレッシャーを感じていた頃。今でも、この『Wish You Were Here(炎)』を聴く度に思い出す。

高校を卒業してから暫くは、この『Wish You Were Here(炎)』を聴くのが辛かった時期が長く続いた。40歳過ぎてからかな。抵抗なく、この『Wish You Were Here(炎)』が、再び、こだわり無く聴けるようになったのは。

今では、高校時代と同様に、ピンク・フロイドのアルバムの中では、大のお気に入りである。
 
 
 
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2008年10月 7日 (火曜日)

ドラムなんていらない?

セロニアス・モンクのアルバムを2〜3枚、集中して聴くと、普通のジャズ(?)が聴きたくなる。そりゃあそうだろう。あれだけ個性的な、というか唯一無二の、ジャズ界でとびきり極端に尖ったジャズ・ピアノである。集中して聴くと、ちょいと疲労感を感じるのは、当たり前だと思っている。

さて、そんなこんなで今日選んだのは、トミー・フラナガンの『Three For All』(写真左)。enjaから27年前に出た作品なんだが、最近まで知らなかった。パーソネルは、Phil Woods (as,cl) Tommy Flanagan (p) Red Mitchell (b) 。なんとドラムがいない。

ドラムがいない、ピアノとベースのデュオは、10月3日のブログ「職人同士の素敵なデュオ」で、ご紹介した『Ballads & Blues』があった。これも、ピアノはトミー・フラナガン。

『Ballads & Blues』では、ベースは、George Mraz (b)。この『Three For All』では、ベースは Red Mitchell (b) 。まあ、どちらのベーシストも、職人中の職人なので問題無い。この『Three For All』は、Tommy Flanagan (p) Red Mitchell (b) の職人デュオをバックに、フィル・ウッズのアルトが心地良く歌う。
 

Three_for_all

 
フィル・ウッズのアルト・サックスは、ブラスが鳴っている、と実感できる、心地良い金属音が特徴の歌心溢れるアルト・サックスである。ウッズのアルトを聴いていると、ウッズも職人だと実感する。この心地良い金属音は、そうそう出せるものではない。アルトを吹ききる技術。ブラスを鳴らせる技術。これぞ、プロの技。それぞプロのテクニックである。

そんな職人3人衆が、楽しそうに、心地良く、職人技の応酬で、素晴らしいインプロビゼーションを繰り広げる。ドラムが無くても、ドラムが鳴っているような、ドラムが無くても、全く違和感のない、上質のモダン・ジャズを繰り広げる。

この3人の職人芸に聴き入っていると「ドラムなんかいらないよな〜」なんて、一瞬、思ってしまうくらい、説得力のある演奏である。でも、このドラムレスの演奏って、プロの世界でも、誰にでも出来ることでは無い。

相当高度なリズム感覚と、それぞれの楽器でビートを生むことの出来る、それぞれの楽器で、お互いにタイム・キープの奏法を供給することが出来る、そんな高度な職人芸を持ったミュージシャンだけが演奏することの出来る、実に高度な演奏である。

うっかり「ドラムなんていらない」と思わせてしまうほどの職人芸。このアルバムには、そんな最上質のジャズ演奏が詰まっていて、ついつい聴き惚れてしまうのだ。
 
 
 
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2008年10月 6日 (月曜日)

Plays Duke Ellington

秋たけなわである。朝からあいにくの雨だったが、午後からは回復、夕方には晴れ間が戻ってきて、夜には晴れ。南西の空低く、七日月と木星が並んで輝いている。う〜ん、秋たけなわである。そして、この雨上がりの空気に、むせかえるほどの金木犀の香り。う〜ん、秋たけなわである。

さて、セロニアス・モンクの聴き直しである。セロニアス・モンク(写真右)といえば、リバーサイド・レーベルのアルバムがメインだろう。リバーサイドのモンクは、優れたアルバムがズラリ。モンクを理解し、愛でるには、まずは、リバーサイド・レーベルのモンクのアルバム攻略が第一歩。

今日は、リバーサイド・レーベル移籍後の初録音、Thelonious Monk『Plays Duke Ellington』(写真左)である。モンクが敬愛するデューク・エリントンの曲だけをセレクションした企画盤である。独特の不協和音、独特の音の重ね方、独特のタイム感覚も持ち主であるモンクが、デューク・エリントンの曲を演奏したらどうなるか。

リバーサイドの総帥オリン・キープニュースは、個性的なモンクが、当時、既にスタンダードだったエリントンの楽曲をやれば、ちょうど良い塩梅に、モンクの個性が中和されて、良い感じのモダン・ジャズ・アルバムになると踏んだみたいですが、どうも、そうはならないのが「モンクの個性」。
 
冒頭の「It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing) 〜 スイングしなけりゃ意味ないね」の前奏から、モンク独特の音の使い方、音の重ね方満載である。
 

Pleys_duke_ellington

 
でも、さすがに敬愛するエリントンの楽曲。その原曲の雰囲気を損ねないように、十分な配慮のもとでの「モンク独特の音の重ね方」なので、実に聴き易い「モンクの個性」である。

他の曲を聴き進めると、面白いことに気が付くのだが、曲の前奏部分での、バックのドラムとベースのビートの供給が無い、モンクのソロ演奏の場合、モンク独自の体内リズムに合わせてのソロ演奏になるので、モンク独特のタイム感覚が顔を出す。

これがもう本当に独特で、このタイム感覚は他に類を見ない、独特のタイム感覚で、何と言ったらいいか、文字には表せない、独特の個性。これは、それぞれ皆さん自身で聴いていただいて体感して頂くしかない。

ラストの「Caravan 〜 キャラバン」では、曲想自体がモンクと親和性のある曲想なので、もうモンクは我慢できない。モンクの個性全快。デューク・エリントンの曲に対しての気遣いも吹き飛んで、独特の不協和音、独特の音の重ね方、独特のタイム感覚が全快である。実に個性的な、これがジャズの醍醐味的な、なんというか、とにかく、モンク好きには堪えられない「モンクのエリントン」である。

この『Plays Duke Ellington』、独特の不協和音、独特の音の重ね方、独特のタイム感覚の持ち主、孤高のジャズ・ジャイアント、セロニアス・モンクのスタンダード演奏集として、聴き易いアルバムとなっています。セロニアス・モンクの入門盤として最適の一枚だと思います。ジャケットも個性的ですしね。そうそう、ちなみにジャケットの絵はアンリ・ルソーの「ライオンの食事」です。

このアルバムでの、モンクの「独特の不協和音、独特の音の重ね方、独特のタイム感覚」が苦手に感じるならば、セロニアス・モンク攻略は難しい、と言えましょう。
 
 
 
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2008年10月 5日 (日曜日)

鹿男あをによし

昼から順調に天気は崩れて、夕方には、徐々に雨の匂いがしてきた、我が千葉県北西部地方。明日は雨やなあ。月曜日の朝からの雨は精神的に嫌やなあ。カーペンターズのヒット曲「Rainy Days And Monday(雨の日と月曜日は)」にもあったよな。Rainy days and mondays always get me down。

さて、今日は音楽の話題から離れて、ちょっとDVDの話を。我が家はあまりテレビドラマに凝る家ではない。月9なんてほとんど見ないし、話題のドラマも設定が面白いな、と思わない限り触手が伸びない。まあ、テレビ局にとっては扱いにくい家なんでしょうね。

そんな我が家が、今年「はまった」テレビドラマがある。2008年1月17日から3月20日まで、フジテレビ系で毎週木曜22:00~に放映された、玉木宏主演の連続テレビドラマ『鹿男あをによし』。男性小説家・万城目学の小説を原作にした、コメディ・ファンタジー・タッチのドラマである。

このテレビドラマに注目した理由は、ドラマの設定。ネタバレになるので簡単に言うと「奈良の女子高に赴任した教師が奈良公園の鹿に命を受け、日本の滅亡を防ぐために奮闘するファンタジー・ドラマ」。奈良公園の鹿が絡む、という設定が良い。そして、タイトルの「あをによし」が良い。奈良の枕詞、最近ではなかなかお目にかからなくなった。

そして、最初の第一話を見て「はまった」。「マイ鹿」のくだりで爆笑。この「マイ鹿」話については、僕も学生時代からの「得意ネタ」で、この「マイ鹿」話から「奈良市民、みんな鹿」説まで展開し、史実を織り交ぜて、なぜそうなったのか、を史学的にも論証し、それはそれは壮大な奈良物語に仕立て上げてました。当時、我が大学の史学科の「裏の成果」とも言えましょう(笑)。

Shikaotoko

このドラマ、とにかく面白かった。奈良が舞台。それも考古学の世界。僕の得意ジャンルである。「鹿男あをによし」では、箸墓古墳は出てくるわ、黒塚古墳は再登場、橿原考古学研究所は出てくるわ、奈良文化財研究所はでてくるわ、三角縁神獣鏡はでてくるわ、「邪馬台国と卑弥呼と三角縁神獣鏡の関連」もでてくるわ、もうウハウハである。

ドラマの展開も良い。奈良特有の懐かしさと鹿・狐・鼠とその運び番達が大地震の鎮めの儀式をつかさどるという童話世界が楽しい。でも視聴率が10%前後だったのが不思議です。

「こんなに面白いドラマなのに何でだ!?」と思っていたら、全ドラマを収録した『鹿男あをによし DVD-BOX ディレクターズカット完全版』(写真左)が、この7月に出た。ちょっと高額なので躊躇していたのだが、欲しくて仕方が無い。特典映像も興味をそそる。で、遂に手に入れてしまいました。

原作の小説「鹿男あをによし」(写真右)も面白いですよ。藤原君が男性の設定で、ちょっと戸惑いますが、原作の方が余計な演出が無くてシンプル。適度な長さで、面白くて、読み易い調子の文章ですから、一読をお勧めします。

さあ、この秋は「鹿男あをによし」を全話、見直すのだ。楽しみやなあ。箸墓古墳、黒塚古墳、橿原考古学研究所、奈良文化財研究所、三角縁神獣鏡、邪馬台国、卑弥呼、めくるめく考古学の世界、ファンタジーである。
 
 
 
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2008年10月 4日 (土曜日)

セロニアス・モンクに再挑戦

ちょっと気温が上がって、暑いくらいの陽気だったが、空は青空、秋らしい良い天気の土曜日。カットに行って髪の毛もサッパリ、気分の良い土曜日である。

ジャズを聴き始めて、そこそこ約30年以上になるが、未だに理解し尽くせないミュージシャンが幾人か残っている。その一人が「セロニアス・モンク」。

「Thelonious Monk(セロニアス・モンク)」。ジャズ・ジャイアントの一人。1917年10月生まれ。 1982年2月17日没。「孤高のジャズ・ピアニスト」として知られ、即興演奏における独特のスタイルと、数多くのスタンダード・ナンバーの作曲で知られる。

独特の不協和音と独特のタイム感覚が、アーティスティックで実に素晴らしいのだが、ポップスやクラシックで、協調和音に慣れ親しんだ耳には、初めて聴いた瞬間、実に理解し難い音に聴こえる。ポップスやクラシックで、旋律を追うことに慣れた耳には、初めて聴いた瞬間、驚愕の音に聴こえる。

作曲者としては、「ストレート・ノー・チェイサー」、「ラウンド・ミッドナイト」などの名曲を作曲。あのマイルスも認める作曲の才能は素晴らしい。今では、モンクの手なる曲が、ジャズ・スタンダードとして、かなりの数が演奏されている。
 

Thelonious_monk_conmlete

 
で、僕は、セロニアス・モンクのピアノが好きである。初めて聴いた瞬間から、この独特の不協和音と独特のタイム感覚にはまって、癖になった。気持ちの良い不協和音。予測の出来ないタイム感覚。聴いていて、これだけ面白いピアノは無い。クラシックには全く無い、全く当てはまらない感覚。

が、である。モンクのピアノは面白い、癖になる、のだが、他のジャズ・ピアノと比べて、何が面白くて、何が癖になる、のかが判らない。モンクに慣れ親しむよりも、まずは、ジャズ・ファンの皆が親しんでいる、ジャズ・ピアノを聴き、理解することが、モンクを理解することにつながると考えた。

それから幾年月。ジャズを聴き始めて、そこそこ約30年以上、なんとか、ジャズ・ピアノについては、ちょっとは理解できるようになったかと思う。そして、今回、もう一度、セロニアス・モンクのピアノを体系立って、聴き直してみようと思い立った。セロニアス・モンクに再挑戦である。

モンクと言えば、全盛期はRiversideレーベルでの諸作品であることは衆目の一致するところ。CD庫から、Thelonious Monk「The Complete Riverside Recordings」(写真左)を引きずり出してきた。Riversideレーベルのアルバムで所有していないアルバムも幾枚かある。ということで、得意のバラシ。全16枚をゲットした。

さあ、来週から、Riversideレーベルを順番に攻めることになる。楽しみやなあ。長年ジャズを聴き続けた耳に、Riversideレーベルのモンクは、どう響くのだろう。自分のことながらワクワクする。だから、「ジャズ者」ってやめられない。
 
 
 
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2008年10月 3日 (金曜日)

職人同士の素敵なデュオ

今日は朝から快晴とのことだったが、なんだか雲が多い。日が陰るとすっかり肌寒さを感じるようになった。すっかり秋。芸術の秋、音楽の秋である。

今日は、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」からお送りしますね〜(笑)。ジャズを聴くといってもアルバムは莫大な数がある訳で、といって、常に有名盤ばかり聴いていると、なんだか疲労感も溜まる。ジャズを聴く時は、あんまり構えずに、ライブラリーを眺めて「おおっ、こんなアルバムがあったか〜」と思って聴く形が一番ストレスを感じなくて良い。

今日、そんなリラックスした気分で選んだアルバムが、トミー・フラナガン(Tommy Flanagan・略称トミフラ)の『Ballads & Blues』(写真左)。トミー・フラナガンのアルバムなんで「おうおう、また渋めのピアノ・トリオ盤かい」と思われる方もあるだろうが、それは違います(笑)。

Horst Weber(ホルスト・ウエーバー)率いるエンヤ・レーベルのアルバムである。単純な受け狙いだけのアルバムを出すはずがない。このアルバムは、ひと捻りもふた捻りして、ピアノとベースのデュオ・アルバムである。1978年11月の録音。Tommy Flanagan (p) George Mraz (b)のデュオである。
 

Ballad_blues

 
そもそもピアノという楽器は打楽器の要素を持っているし、ベースだって、ビートを刻む点では、リズム・キープを担う役割を負っている。ピアニストとベーシストが卓越した演奏テクニックを持つのであれば、ドラム無しの、ピアノ+ベースのデュオを組むことは可能だろう。

ただし、ベースはその音の切れが良く、ベース音の輪郭がクッキリと立っていて、そもそもの話であるが、ピッチが合っていることが前提になるので、ジャズ界の中では、なかなかその要求にピッタリと合致するベーシストは少ない。そういう意味では、ジョージ・ムラーツ(George Mraz)は、その数少ない「要求にピッタリと合致するベーシスト」の一人。

このアルバム全編に渡って、ブンブンブンと小気味の良いベース音が正確にビートを刻み、旋律を取れば、ピッチが合っているので気持ち良くベースの旋律を聴くことが出来、ベーシスト鬼門のボウイングも、やはりピッチが合っているということは素晴らしいことで、耳障りにならずに聴くことが出来る。

理想的なパートナーを得て、ピアノのトミフラは、実に気持ちよさそうに、バラードやブルースのスタンダードを小気味よく弾き綴っていく。こんな展開になれば、もうトミフラの独壇場。実に渋くツボを押さえたジャズ・ピアノを聴かせてくれる。

トミフラのピアノは、小粋で味のある、聴き易く、それでいて玄人も満足させる「職人芸的ピアノ」です。聴けば判る。ジャズ初心者の方には、是非とも一度は耳を傾けて欲しいジャズ・ピアニストの一人です。
 
 
 
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2008年10月 2日 (木曜日)

AORの「伊達男」・その3

やっと晴れた。なんだか、この数日間、曇りと雨の毎日だったので、実は辟易していた。というか体調が優れなかった。やっぱり、秋は日本晴れだよな〜。

さて、またまた、AORの「伊達男」ボズ・スキャッグスの話である。今日が最終回。1976年~1980年にかけての、ボズ・スキャッグス3部作の3作目である。そう、1980年発表のミリオン・セラー・アルバム『ミドルマン』(写真左)。

このアルバムこそが、ボズ・スキャッグスの最高傑作である、AORを代表する名盤である、と僕は思う。ビートとリズムを核に、フュージョン色の色濃いエレキギターを前面に押し出し、隠し味に、ソフト&メロウな女性コーラス、そして奥ゆかしい弦の響き、そして、ピリリとパンチの効いたブラスの響き。AORとしてのアレンジ、AORとしての音作りの、ひとつのピークがここにある。
 

Middle_man

 
特にA面が良い(CDでいうと、1〜4曲目)。冒頭の「Jojo」の前奏のリフとアレンジが、もう最高。とにかく格好良い。「う~ん、たまらん」。そして、2曲目が僕の大のお気に入り「Breakdown Dead Ahead」である。この曲に至っては、AORの極意ともいうべきスタイリッシュな感覚の極み。前奏のリフ、アレンジ、曲の構成、どれをとっても、とにかく「格好良い」のだ。そう「格好良い」の一言に尽きる。

続く「SIMONE」の甘く切ない雰囲気。邦題は「シモン(僕の心をもてあそぶ)」。括弧書きの部分が、実に言い得て妙である。そして、4曲目、「YOU CAN HAVE ME ANYTIME」は実にしっとりしていて、切なくて、しみじみ聴ける素晴らしいバラード。サンタナの官能的で情感豊かなエレキギターが印象的。邦題の「トワイライト・ハイウェイ」は、なんとなくダサいけど、音の感じからして、苦笑しつつ納得(笑)。

B面(CDでいうと5〜9曲目)は、AORとして、よりマニアックな楽曲がズラリと並ぶ。なんとなく、ジェフ・リン風の前奏に苦笑いしてしまう「Middle Man」。子洒落た、ちょっとヘビーなファンキー・ナンバー「Do Like You Do in New York」。良い。AORを絵に描いたような「Angel You」。緩やかなあテンポのソフト&メロウなナンバー「Isn't It Time」。そして「You Got Some Imagination」のロック色豊かなラスト・ナンバーで大団円を迎えるのだ。

AORの傑作、AORのひとつのピークを示す名盤でしょう。ジャケットデザインも秀逸。網タイツの女性の太ももを枕に、タバコを吹かしながら、スーツ姿のボズが仰向きに寝ころんでいる。これぞ、AORの「伊達男」の面目躍如である。
 
 
 
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2008年10月 1日 (水曜日)

AORの「伊達男」・その2

今日も、AORの「伊達男」の話をする。AORの「伊達男」とは、ボズ・スキャッグスのこと。今日のアルバムは『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』(写真左)である。

昨日語った『シルク・ディグリーズ』は、ブラスと弦、女性コーラスを大々的に前面に押し出したおかげで、ロックのアルバムというよりは、ちょっと硬派なアメリカン・ポップ的な雰囲気になってしまって、ロック・ファンからすると、ソフト&メロウな世界へ行き過ぎた感じは否めない、とした。

今日、ご紹介する『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』は、その反省を活かしてか、ロック色と当時、トレンドだったフュージョン色に力点を置いて作成された、1976年~1980年にかけての、ボズ・スキャッグス3部作の2作目である。

冒頭「スティル・フォーリング・フォア・ユー」の前奏のギターのリフを聴いて、良い方向に発展しているのが判る。ホーンセクションと女性コーラスの活かし具合の塩梅が絶妙な、アーバンテイストなファンキーナンバー。良い。実に格好良い。AORはこうでなければならん。ソフト&メロウで、パンチが効いていて、小粋なアレンジ、そして格好良い。AORはこうでなければ・・・。
 

Down_two_then__left

 
この『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』というアルバム、全編通じて、ブラス・アレンジが秀逸。そして、ストリングスと女声コーラスが、前へ出ず後ろへ引かず、その塩梅が絶妙で、実に巧妙で実に効果的なアレンジになっていて、実に小粋で格好良い。

加えて、ギター・リフを前面に押し出した、ファンキー・フュージョン的アレンジが、これまた秀逸。リズムも見直して、リズムはフュージョンのリズムを全面的に採り入れて、メリハリの効いた、ソフト&メロウに流れ過ぎない、ロックテイストを絶妙に残した、AORのプロトタイプを提示しているところが、聴き所。

『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』の、そこかしこに、「アレンジの妙」が満載で、聴いていて全く飽きない。AORならではの、小粋なフレーズ、小粋なリフが心地良い。

この『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』って、かなり「いけてます」。ボズ・スキャッグス3部作の2作目で、2作目が故に「過渡期のアルバム」的な、無責任な評価をされることがありますが、とんでもない。これはこれで、AORの代表的名盤であります。
 
 
 
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