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2008年7月の記事

2008年7月31日 (木曜日)

サザン・ロックな夏の夜

ちょっと涼しい一日。酷暑も一休み。今晩は久しぶりに、バーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」。夏はソフト&メロウな、ちょっと渋いロックが良い。スコッチ片手に聴くと、これが良い。

今晩はサザン・ロック。『レイド・バック』で渋い喉と演奏を披露した、グレッグ・オールマンの、77年発表、グレッグのソロ名義、スタジオ録音盤の第2弾。第1弾の『レイド・バック』は、7月7日の当ブログでご紹介した。このアルバム・タイトルの「レイド・バック」とは、音楽の用語として良く使われるが、「くつろいだ、のんびりとした、ゆったりした」という意味である。

今日、スコッチ片手に聴いている『Playin' up a Storm(邦題:嵐)』(写真左)。このアルバムは、前作の「レイド・バック」な雰囲気に、AORな雰囲気をふんだんに取り込んだ、実に渋い、実にソフト&メロウなサザン・ロックの一枚である。

Gregg_storm

思い起こせば、あれは高校2年生の頃。プログレ小僧だった僕が、ポール・マッカートニーの悪口を言ったら、『ビーナス&マース』を放ってよこされ、聴いて感動し、それを伝えたら「判ればええんや」と一言、バッサリ言い放った女の子の薫陶を受け、デレク・アンド・ドミノスとオールマンズの洗礼を浴び、スワンプ〜サザン・ロックにどっぷり使ったのは、高校2年の秋。それ以来、サザン・ロック、特にオールマンズは、現在に至るまで、僕の大切な「耳の友」である。

このグレッグ・オールマンの『Playin' up a Storm(邦題:嵐)』、レコード屋で手に取った時、このアルバムのジャケットと邦題に「どん引き」して、どうしても買う気が起こらなかった。で、しばらくして、大学の近くの秘密の音楽喫茶(2006年5月19日のブログ参照)で、偶然にも、このアルバムがかかった。出だしの「Come and Go Blues」続く「Let This Be a Lesson to Ya'」が、素晴らしく渋い。頼み込んで、カセットにダビングさせて貰った。

曲が進むにつれて、AOR度、ソフト&メロウ度が濃くなっていく。それでも、サザン・ロック特有の泥臭さ、渋さはしっかりと反映されていて、聴き心地一辺倒のそこいらのペラペラのAORとは一線を画した、実に味わいのある、渋〜い演奏が「てんこ盛り」である。特に、ニール・ラーセンのキーボードが実に良い雰囲気を醸し出している。曲によってジャジーな雰囲気が漂うのは、ラーセンの仕業だろう。

名盤の誉れ高い第1弾の「レイド・バック」に比べると、世間的な評判はイマイチなアルバムですが、僕は好きです。純なロック・ファンからは、選曲とアレンジがいまいちだの、そして収録順がどうだの、とやかく言われますが、逆に、フュージョン・ファン、ジャズ・ファンには、結構、このアルバム、不思議と評判が良いんですよね。恐らく、このアルバム独特の「ジャジーな雰囲気」が、純なロック・ファンのお耳に召さない理由だと睨んでいます。
 
 
 
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2008年7月30日 (水曜日)

やっぱ、夏は「ボサノバ・ジャズ」

昨晩の東京、凄い雷雨だったらしいですね。だったらしい、というのは、2年ぶりに再会した先輩と夜7時くらいから飲み始めて、雨が降ってきた、という店のおねーさんの話を聞いて、止むまで飲むか、ということで、腰を据えて夜中の11時過ぎまで飲んでいたので、昨晩の雷雨の記憶は全く無い。当然、山手線、京浜東北線が落雷で止まっていたことすら知らない。実に幸せな飲み会であった(笑)。

ということで、昨晩のブログはお休みとしました。なんか、このブログを休むときは、必ず飲みに行って夜中に帰るというパターン。でも、昨晩の様に、楽しい飲み会は、良い気分転換、良いストレス発散になって、止めろってったって、止められない(笑)。

さて、一昨日ご紹介したロン・カーター(b・写真右)の新盤が出た。ジャズ・ベースのベテラン中のベテラン、ロン・カーターの最新作は、ボサ・ノヴァとジャズがテーマ。題して『ジャズ&ボッサ』(写真左)。触れ込みは「ボサ・ノヴァ誕生50周年記念作品」。そうか、ボサ・ノヴァも早50年の歴史を重ねたのか。

Ron_jazz_bossa

題名が『ジャズ&ボッサ』。ジャズが先にきているところが良い。一昨日、このブログに書いた様に、ボサノバやラテン音楽のエッセンスを踏襲しつつ、しっかりとジャズのフォーマットで消化して、ジャズをベースとしつつ、ジャズのフォーマットを基本とした「ボサノバ・ジャズ」、「ラテン・ジャズ」でないとジャズではない、というのが僕の持論。

そういう意味で、この『ジャズ&ボッサ』は紛れもない「ボサノバ・ジャズ」である。モーダルでクール、純ジャズど真ん中、メインストリーム・ジャズとしての「ボサノバ・ジャズ」が展開される。緩急自在、繊細かつ抑揚の効いた、実に素敵な純ジャズが展開される。

ロンのオリジナルにはボサ・ノヴァ調の良い曲が多々あり、今回も5曲のボサ・ノヴァ調のオリジナルが収録されていて、その出来も良い。オープニングの「ソルト・ソング」は、ミルトン・ナシメントの隠れた名曲。8曲目は、ジョビンの名曲「Wave」。ラストは、ロンのオリジナルの名曲「サウダージ」の再演。

良い演奏です。蒸し暑い夏、やっぱ「ボサノバ・ジャズ」が良い。特に今年のような酷暑の夏に「ボサノバ・ジャズ」はよく似合う、というか、聴いていても疲れないし、ビール片手に聴くと、ほんと、どっぷりとリラックスできます。最近、ヘビー・ローテーションになっていて、僕の今年の暑気払い的なジャズ・アルバムです。
 
 
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2008年7月28日 (月曜日)

夏は「ラテン・ジャズ」

夏はボサノバ。ジャズでいうなら、夏は「ボサノバ・ジャズ」、夏は「ラテン・ジャズ」。といって、ボサノバやラテン音楽に迎合するジャズは好きじゃ無い。ボサノバをやるなら、ボサノバのプロに勝る者無し、ラテンやるなら、ラテン音楽のプロに勝る者無し。

つまり、ボサノバやラテン音楽のエッセンスを踏襲しつつ、しっかりとジャズのフォーマットで消化して、ジャズをベースとしつつ、ジャズのフォーマットを基本とした「ボサノバ・ジャズ」、「ラテン・ジャズ」でないとジャズではない、というのが僕の持論。

そういう意味で、このところ良く聴くようになった、ロン・カーター(b・写真右)の『When Skies Are Grey』(写真左)が実に良い。『オルフェ』に続くボサノバ・アルバムということだが、全体を通して聴くと、ボサノバ・アルバムというよりは、ボサノバを含むラテン・ジャズって感じ。

しっかりと、ジャズのフォーマットで消化して、ジャズをベースとしつつ、ジャズのフォーマットを基本としているところが、聴いていて実に潔い。どの曲もどの演奏も、モーダルで、クールなジャズである。現代ジャズの先端を行く演奏が実に心地良い。
 

When_skies_are_grey

 
ドラムにハーヴィ・メイソンを迎えたことにより、多彩なドラミングが印象的。そして、若手ピアニスト(当時)、スティーブン・スコットが素晴らしい。近年のロン・カーターは、晩年のレイ・ブラウン(b)のように、有能な若手や優れた中堅どころ、脂ののった職人芸的なベテランを配して、「ジャズを極めるようなパフォーマンスをプロデュースする立場」に徹していて、その成果は確かなものがある。

ロン自身のベースも、フュージョン時代の様に、アタッチメントをつけて、ベースの音を増幅することも無く、ベースのピッチも結構合っていたりして、聴き応えがあるものになった。録音技術の進歩もあるんだろうが、ロンのベースが、やっと彼の実力通りの「音」になったことが好ましい。

全体として、ゆったりとしながらも、テンションの高い、ハイレベルのプレイが楽しめます。ハイレベルだからといって難しくない、耳に心地良い、ジャズの醍醐味が判りやすい演奏が良いですね〜。

ボサノバやラテン音楽に迎合するジャズではない、ボサノバやラテン音楽のエッセンスを踏襲しつつ、しっかりとジャズのフォーマットで消化して、ジャズをベースとしつつ、ジャズのフォーマットを基本とした「ボサノバ・ジャズ」、「ラテン・ジャズ」がここにあります。良いアルバムです。
 
 
 
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2008年7月27日 (日曜日)

開き直ってバリトン・サックス

出だしがこればっかりで申し訳ないが「暑いですね〜」。今日は我が千葉県北西部地方も、33度を超える暑さ。でも、調べてみると上には上があるもんで、名古屋で37度、大阪で36度、岡山に至っては38度と、今年は「猛暑・酷暑」ですね〜。

ここまで暑さが続くと、開き直るしかない。明日からはノー・ネクタイのクールビズに身を固め、ハンドタオル片手の通勤になるんだろうし、夏バテ防止に食べ物にも気を遣わなければならんだろう。音楽ライフも、暑さしのぎの、耳当たりの良い音楽ばかりは聴いておれない。開き直って、絵に書いたようなハード・バップを聴いて、ドッと汗をかい、逆に、体の新陳代謝を良くして、この酷暑を乗り切るのだ(笑)。

ということで、今日はバリトン・サックスである。略してバリサク。バリトン・サックスは「でかい、重い、値段が高いのに音は低い」、簡単に言うとそんな楽器。大きさは長さ約1メートル、重さ約6キロ。 値段は中古の小型自動車とほぼ同額。気軽に吹ける楽器では無い。アルトよりちょうど1オクターブ低いので、管の長さもちょうど約2倍(写真右)。

このバリサク、ゴリッゴリッ、ブリブリッとした低音が魅力で、僕は大好きです。特にジャズでは、ビッグ・バンドのサックスのアンサンブルやソロでめっちゃ目立ってます。秋吉敏子・ルータバキン・ビッグバンドでバリトンサックスを吹いていたビル・パーキンスなんか、格好良かったなあ。

Pepper_adams_q

で、今日は、ジェリー・マリガンと並ぶ、ハード・バップを代表する、バリトン・サックス奏者、ペッパー・アダムス。そのペッパー・アダムスの記念すべき初リーダー作『Pepper Adams Quintet』(写真左)。若さ溢れる力強いプレーが心地良く、どちらかといえば、粋な編曲でオシャレなウエスト・コースト・ジャズでありながら、この『Pepper Adams Quintet』は、ハード・バップ感溢れるヴァイタルな一枚である。

そのヴァイタル感は、アップテンポの曲で楽しめる。2曲目「Baubles, Bangles and Beads」と3曲目「Freddie Froo」は、絵に描いたようなハード・バップ的な演奏で、その疾走感は素晴らしい。ペッパー・アダムスのバリサクは雄々しく、かつ流麗。あの大きなバリサクを、よくまあ、これだけ速く吹けるもんだと感心する。意外と健闘しているのが、スチュ・ウイリアムソン(Stu Williamson)のペット。スチュのペットの健闘があって、ペッパー・アダムスとのユニゾン、ハーモニーが映えているのだ。

逆にスローな、1曲目「Unforgettable」、4曲目「My One And Only Love」は、もう惚れ惚れするほど。バラード演奏に、バリサクがこんなに合うとは思わなかった(テクニックあっての話だけど)。ペッパー・アダムスのブロウは、アップテンポの時に増して、活き活きと輝いている。ここでも、スチュのペットが大健闘。ペッパー・アダムスとスチュ・ウイリアムソン、良いフロントです。

バリサクの、ゴリッゴリッ、ブリブリッとした低音で暑気払い。この『Pepper Adams Quintet』、ハード・バップ感溢れるヴァイタルな一枚で、スカッとしました。
 
 
 
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2008年7月26日 (土曜日)

通なウエストコースト・ロック

夏のロックは、どうしても耳当たりの良いウエストコースト・ロックに偏りがち。しかも、イーグルスやドゥービー・ブラザースなど、有名どころのアルバムは、サウンドやアレンジがゴージャスで、酷暑の夏には「トゥー・マッチ」。

シンプルで、爽やかって感じを求めると、有名どころの、それぞれのバンドメンバーのソロアルバムに行き着く。イーグルスのメンバーだった、ランディー・マイズナーのソロ・デビュー・アルバム(写真左)などは、夏になると、結構、CDのトレイに載る回数が多い。

ランディー・マイズナーには、自分の名前がタイトルになっているアルバムが2枚あって紛らわしいんだが、このソロ・デビュー・アルバムは、日本では『テイク・イット・トゥー・ザ・リミット』という邦題で発売されました。確か、1978年だったはず。

マイズナーのペンによる新曲はひとつも収められない、加えて、バック・メンバーも、有名人が一部参加しているものの、無名で演奏的に可もなく不可もない「普通のミュージシャン」が中心など、制作の準備は不十分だったらしく、評論家筋では、アルバム自体の評価はあまり芳しいものではありません。
 

R_meisner

 
でも、そんなに言うほど、バック・バンドの演奏も酷くなく、確かにテクニック的には普通ですが、どちらかといえばシンプルで聴きやすく、アマチュアっぽいんだけど、プロとして最低限のツボは押さえている感じが、僕は結構気に入っています。

4曲目のドリフターズがヒットさせたオールディーズ「Save The Last Dance For Me(ラスト・ダンスは私に)」にはちょっと引きますが(マイズナーはお気に入りらしい)、その他のひとつひとつの曲はなかなか良い感じです。僕にとっては、マイズナーのリード・ヴォーカルを全編にわたって楽しむことができるってことが嬉しいですね。

そして、このアルバムの最大の聴きものは、イーグルス時代のマイズナーの代表曲である「Take It To The Limit」の再演。イーグルスでの荘厳で壮大なアレンジは、ちょっと「トゥー・マッチ」なところがあって、体調不良の時に聴くと耳にもたれたものですが、ここでのヴァージョンはピアノとアコースティック・ギターだけをバックにしたシンプルなもの。マイズナーのヴォーカルも丁寧に感情を込めて歌っていて、しみじみ聴けます。飽きが来ない名演です。

アレンジ、演奏とも決してクオリティが高いとはいえないのですが、何か惹かれるものが、このアルバムの「そこかしこ」にあって、実に不思議な魅力を持ったソロ・アルバムです。
 
 
 
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2008年7月25日 (金曜日)

夏のフュージョン、G.ベンソン

暑いですね〜。酷暑ですね〜。朝からモワッとして、数分歩くと汗が噴き出てくる。駅までの道のり、夏の日差しは強く、紫外線が降り注ぐよう。年々、夏の日差しは強く、肌にチリチリするようになってきた。

夏になると、必ずと言っていいほど、CDのトレイに載るフュージョンがある。ジョージ・ベンソン。ジョージ・ベンソンって、僕にとっては、夏の雰囲気なんですね。夏のフュージョンは「ジョージ・ベンソン」って感じ。

大学時代、8畳一間の下宿に住んでいた時期がある。そこに親友の一人が居候していた。夏は2人でいると、ちょいと暑苦しい。それでも、二人でだべりながら、あれこれしていると意外と暑さを忘れるものだ。

逆に、居候がいない時、一人でいる下宿。真夏の昼下がり、窓を開け放しても風が入ってこない、ジリジリする暑さの中、額にジンワリと汗をかきながら、音楽に耳を傾けながら読書をする。蝉の声だけが聞こえる、夏の昼下がり。バックにかかるアルバムは、ジョージ・ベンソンの『イン・フライト』(写真左)。

G_benson_in_flight

1976年、3つのグラミー賞(1977年)に輝いた名盤『ブリージン』。その『ブリージン』の後を受けて、1977年リリースされた『イン・フライト』。参加メンバーは、フィル・アップチャーチ(g)、ロニー・フォスター(key)、ホルヘ・ダルト(key)、スタンリー・バンクス(b)、ハーヴィー・メイソン(ds)、ラルフ・マクドナルド(per)。ストリングス・アレンジがクラウス・オガーマン、録音はアル・シュミットという万全な体制。

カバーを中心としたアルバム。Eden Ahbezの名曲「Nature Boy」を皮切りに、Warの「The World Is The Ghetto」、Morris Albertの「Gonna Love You More」、Danny Hathawayの「Valdez In The Country」、Bernard Ighnerの名曲「Everything Must Change」という名曲のオンパレード。どれもが、ベンソンのオリジナルの様に響く。完全なベンソン・ワールド。

あまりに『ブリージン』が有名なので、ちょっとその影に隠れた感のある『イン・フライト』ですが、僕は、この『イン・フライト』の方が、よくCDのトレイに載ります。ベンソン十八番のスキャットとギター・ソロ、実に気持ちの良い、心地よいノリの演奏が良い。ソフト&メロウ度が高まって、夏にピッタリのジョージ・ベンソン。

この後、1980年リリースの『ギブ・ミー・ザ・ナイト』でファンキー度が加わって、ソフィスケイトされた分、ちょっと暑苦しくなって、夏のベンソンは『メロウなロスの週末(Weekend in L.A.)』まで。

明日は土曜日。酷暑は続くだろう。久しぶりに明日の昼下がり、ビールでも飲みながら『イン・フライト』に耳を傾け、昔々の学生時代の夏を思い出してみよう、と企んでいる。
 
 
 
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2008年7月24日 (木曜日)

続・飲み会の後は「中島みゆき」

今日は飲み会。ちゃんとした仕事上での接待。でも、楽しい飲み会だったなあ。ビジネスは、会社同士がやるんじゃなくて、人同士がやるんだからな。何を青臭いことをおっしゃる方もいるかもしれない。でも、僕は今まで、これでやってきた。

さて、楽しい飲み会の後の帰りの音楽は「中島みゆき」になることが多い(7月9日のブログ参照)。今日も中島みゆきである。

なぜか今晩は、どうしても「永遠の嘘をついてくれ」が聴きたくて、『パラダイス・カフェ』をiPodにてグルグルサーチ。この歌、中島みゆきの吉田拓郎へのオマージュである。拓郎は95年、ニューアルバムのレコーディングの直前、中島みゆきを食事に誘っている。「遺書のような曲を」拓郎はそう彼女に頼んだ。それがこの曲である。凄い曲だ。拓郎へのラブレターである。激しく心が動く曲である。

吉田拓郎とかぐや姫の2006年つま恋コンサートで、拓郎がこの曲を歌い出した時、突如、中島みゆきが現れた。そして、デュエットした(写真)。テレビで観ていたんだが、鳥肌が立った。この「永遠の嘘をついてくれ」の出来た経緯を知っているので、余計に感動した。

Photo

「永遠の嘘をついてくれ」 中島みゆき 作詞・作曲

ニューヨークは粉雪の中らしい
成田からの便は まだまにあうだろうか
片っぱしから友達に借りまくれば
けっして行けない場所でもないだろう
ニューヨークくらい

なのに 永遠の嘘を聞きたくて
今日もまだこの街で酔っている
永遠の嘘を聞きたくて
今はまだ二人とも旅の途中だと

君よ永遠の嘘をついてくれ
いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ
なにもかも愛ゆえのことだったと言ってくれ

この国を見限ってやるのは俺の方だと
追われながら、ほざいた友からの手紙には
上海の裏街で病んでいると
見知らぬ誰かの下手な代筆文字

なのに、永遠の嘘をつきたくて
探しには来るなと結んでいる
永遠の嘘をつきたくて
今はまだ僕たちは旅の途中だと

君よ永遠の嘘をついてくれ
いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ
一度は夢を見せてくれた君じゃないか

傷ついた獣たちは最後の力で牙をむく
放っておいてくれと最後の力で嘘をつく
嘘をつけ永遠のさよならのかわりに
やりきれない事実のかわりに

たとえ 繰り返し何故と尋ねても
振り払え、風のようにあざやかに
人は皆、望む答だけを 
聞けるまで尋ね続けてしまうものだから

君よ永遠の嘘をついてくれ
いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ
出会わなければよかった人などいないと笑ってくれ


2番の上海のくだりを聴く度に、高校時代からの無二の親友Kを思い出す。ついこの前の日曜日の夜、電話がかかってきた。「よお、おじん、元気か?」。なに言ってやがる、半年も音信不通やったのに。でも、奴の声はちょっと元気そう。いろいろあったけど、頑張っている。十二指腸潰瘍と仲良くしろよ。俺も元気だ。やっぱり、奴とは死ぬまで無二の親友であり続けるだろう。

そして、この中島みゆきの「永遠の嘘をついてくれ」の歌の意味が理解できるようになったこと、理解できるように歳を取ったことに、最近、俺もまんざらではないな、と思う今日この頃である。
 
 
 
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2008年7月23日 (水曜日)

酷暑に、端正なハード・バップを

朝からとんでもない蒸し暑さ。加えて、昨晩はちょっと飲み過ぎて「二日酔い気味」。拭いても拭いても汗が出てくる。二日酔い気味の体に、この蒸し暑さは大変こたえる。でも、働かんと給料貰えんしなあ(笑)。そうそう、昨晩はそういうことで、ブログはお休みしました m(_ _)m。

さて、これだけ暑くなると、ジャズなんて聴きたくなくなるのでは、と思うのだが、長年ジャズを聴いていると、自分の中にしっかりと、酷暑の環境に向いたジャズがあるものだ。酷暑に、フリーや複雑なジャズは駄目。まずは「ボサノバ・ジャズ」、そして、もう一つは「端正な絵に描いたようなハード・バップ」。

今日は「端正な絵に描いたようなハード・バップ」である。暑い夏に、時々、引っ張り出してきては耳を傾ける渋いアルバムがある。ブルーノートの1530番『Jutta Hipp With Zoot Sims』(写真左)。
 

Jutta_hipp_zoot

 
評論家レナード・フェザーの強力な後押しでブルーノートに紹介されたドイツ人女性ピアニスト、Jutta Hipp(ユタ・ヒップ)。この1530番は、西海岸のテナー最高峰、絵に描いたようなハード・バップ・テナー奏者、Zoot Sims(ズート・シムズ)と組んだクインテット盤。パーソネルは、Jerry Lloyd (tp) Zoot Sims (ts) Jutta Hipp (p) Ahmed Abdul-Malik (b) Ed Thigpen (d)。

ユタのピアノは、ドイツのジャズシーンでレニー・トリスターノの影響を受け、クールジャズ的な演奏。しっかりとしたタッチ、ちょっと角張ってコロコロするシングル・トーンの右手が実に端正。ビ・バップ的なピアノ・スタイルとは明らかに一線を画した、知的でクールなピアノ。しかし、パッと聴いて、ユタのピアノと判る位では無い、まだ個性が確立されていない、発展途上のユタのスタイル。魅力的な個性ゆえ、このアルバムを最後に、ジャズ・シーンから姿を消したことが残念である。

ズートのテナーは言わずもがな。素晴らしいハード・バップ・テナー。その名演が2曲目の「Violets for Your Furs(コートにすみれを)」。ジョン・コルトレーン、JRモンテローズと並ぶ、素晴らしいズートのブロウ。そして、バックに、知的でクールなユタが、奥ゆかしく寄り添う。良い雰囲気です。当時、マイルスが惚れたアーマッド・ジャマル的なシンプル・ピアノ。う〜ん、ユタとマイルスの競演って、どうだろう。

良いアルバムです。ファンキー・ジャズの様に熱気過剰にならず。ユタの知的でクール・ジャズ的な端正なピアノは冷静。そして、ズートも決してむやみに熱くならず、クールにテナーを吹き上げていく。酷暑の季節にも、十分、エアコン無しに聴けるハード・バップ盤です(笑)。
 
 
 
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2008年7月21日 (月曜日)

ビートルズ「青の時代」

昨日ほどではないが暑い。ちょとバテ気味で体調がよろしくない。今日は一日ゴロゴロしている。やっぱり、この蒸し暑さは体にこたえるなあ。

さて、昨日は、ビートルズの「赤の時代」の話題だった。「赤の時代」があれば「青の時代」があるだろう、ということで、今日は、ビートルズ「青の時代」の話題を。

「赤の時代」があるんだから、当然、マニアご用達の雑誌で、「レコード・コレクターズ」と「大人のロック」から「青の時代」関連の書籍が出ている。「大人のロック」では、別冊で「大人のロック! 特別編集 ザ・ビートルズ1967-1970 青の時代の真実 (日経BPムック) 」(写真右)がリリースされている。

それから「レコード・コレクターズ」からは、先月の7月号に続いて、「2008年8月号」(写真左)で、ビートルズの「青の時代」のベストな50曲をレココレ・ランキングで決定するという特集を組んでいる。「青の時代」の各アルバム(ベストアルバム含)に収録されている全ての曲を対象にランキングする訳である。

「青の時代」とは、ライブ活動を停止し、レコーディングに専念した1967年から1970年。細かく言うと、1967年2月の『Penny Lane / Strawberry Fields Forever』のシングルから、1970年5月のLP『Let It Be』までを指します。

Beatles_blue

この時代は、レコーディングの機材、技術の進歩と相まって、後の時代に影響を与える「レコーディングの妙」中心の楽曲がズラーッと並びます。その「レコーディングの妙」に従って、シュールな、サイケディックな、プログレッシブな曲や詩が多くなり、「はやり歌」の世界から「アーティスティック」な世界へと一気にシフトしています。一聴して、「赤の時代」のシンプルなロックンロールの世界に比べると、遙かに難解で複雑な曲が多く、哲学的ですらあります。

さて、ちなみに、僕の「青の時代」のベスト5は、

1位「Strawberry Fields Forever」
2位「Across The Universe」
3位「Something」
4位「All You Need Is Love」
5位「Here Comes The Sun」

かなあ。さすがに、「赤の時代」に比べて、圧倒的に「青の時代」が好きな僕にとっては、5曲は辛いなあ。あと「Lucy In The Sky With Diamonds」や「Magical Mystery Tour」「Penny Lane」「Come Together」「Let It Be」などが浮かびます。

レココレみてると、さすが評論家の方々、ホワイト・アルバムからの選曲が目立ちますね。まあ、ビートルズへのマニア度の尺度は、ホワイト・アルバムに如何に精通しているか、によるらしいですから(笑)。

ちなみに僕はホワイト・アルバムはあまり好きでは無いです。ジャズでいうと「アウトテイク」レベルの楽曲がほとんどですし、アルバム全体の統一性が無い。これなら、それぞれの個人名義でソロ・アルバムとして、それぞれリリースした方が良かったと思っています。グループ活動の傍らで、ソロ・アルバムを出すことに、まだまだ抵抗感が強かった時代の産物だと思っています。

でも、個人的には、ビートルズへは、中学時代に青盤から入った経緯を考えると、今回のレココレ8月号の特集は、感慨深いものがありますね〜。ランクインした楽曲の解説を読んでいると、頭の中にその音が自然と流れてきます(笑)。
 
 
 
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2008年7月20日 (日曜日)

ビートルズ「赤の時代」

暑い。猛暑である。梅雨明けて「猛暑」。それでも、我が千葉県北西部地方、海が近い地域は、早朝と夜は東風になると、ちょっと涼しい風になって凌ぎやすくなる。19時のニュースを見ていると、西日本は猛暑ですねえ。暑中お見舞い申し上げます。

さて、最近、なぜかは判らないが、密かにビートルズが流行っている。僕たちの年齢以上で、CDのコレクションをしているマニアご用達の雑誌で、「レコード・コレクターズ」と「大人のロック」がある。このところ、ビートルズづいていて、「大人のロック」では、別冊で「大人のロック!特別編集 ザ・ビートルズ1962-1966「赤の時代」の衝撃 (日経BPムック) 」(写真右)がリリースされている。

ビートルズ「赤の時代」とは、デビュー・アルバムの『PLEASE PLEASE ME』から『REVOLVER』までの全7枚の時代とされる。僕は、この「赤の時代」で一番好きなアルバムは『RUBBER SOUL』。A面一曲目「Drive My Car」のイントロを聴いただけでワクワクする。2番目に好きなのは『REVOLVER』。ラストの「Tomorrow Never Knows」を聴くと、今でもゾクゾクする。

Beatles_red

「レコード・コレクターズ」の2008年7月号は、なかなか面白い特集を組んでいる。その特集とは、ビートルズの「赤の時代」のベストな50曲をレココレ・ランキングで決定するというもの。「赤の時代」の各アルバム(ベストアルバム含)に収録されている全ての曲を対象にランキングするんか〜。

ちなみに、僕の「赤の時代」のベスト5は、

1位「Ticket To Ride」
2位「In My Life」
3位「Tomorrow Never Knows」
4位「Help」
5位「All My Loving」

ちなみに、「Ticket To Ride」のレココレのランキングは、27位。「In My Life」は、6位。「Tomorrow Never Knows」は、3位。「Help」は、2位。「All My Loving」は、35位。

「Please Please Me」「With The Beatles」の時代の「もろロックンロール」的な楽曲については、どうしても荒さと古さを感じてしまって、高校時代から「ちょっと苦手」で、どうしても、その時代の楽曲には、ランク的に辛口になってしまう。

ビートルズ「赤の時代」。僕にとって一番の至福の聴き方は、『RUBBER SOUL』から『REVOLVER』を続けての一気聴き。冒頭「Drive My Car」でシビれ、ラストの「Tomorrow Never Knows」でゾクゾクする。途中「In My Life」でしみじみし、「Good Day Sunshine」で元気を充電。「赤の時代」のこの2枚は、永遠の名盤である。
 
 
 
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2008年7月19日 (土曜日)

「ジャズの小径」7月の更新です。

暑い。蒸し暑い。我が千葉県北西部地方は、朝から晴れ。時間が経つにつれ、気温はグングン上がる。しかし、今日は風がある。窓を開け放していたら、風が通って涼しい。でも、ちょっと動くと湿度が高くて、汗が噴き出る。

しかし、この晴天、もう梅雨は明けたんじゃないのか。と思っていたら、昼のニュースで、東海地方は「梅雨が明けたと思われる」旨の梅雨明け宣言があったそうな。「思われる」ってとこが面白い。う〜ん、自信がないのね〜。

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」ですが、毎月更新のコーナー「ジャズの小径」を更新しました。7月号の更新になります。月初〜10日までには更新しようと心がけていたんですが、今月は、仕事が忙しかったのと、蒸し暑かったのとで、なんだか19日まで更新がずれ込みました m(_ _)m。

Akikosession1

7月は、日本人若手女性ジャズオルガニストの敦賀明子さんをご紹介します。敦賀明子さんは、兵庫県は尼崎市育ち。ニューヨーク在住の、日本人としては珍しい、ジャズ・オルガニストです。しかも、女性のジャズ・オルガニストは、今までのジャズ界を振り返っても珍しいですね。

彼女のオルガンは、ポジティブな躍動感が特徴で、オルガン・ジャズの良いところ、美味しいところをバッチリを聴かせてくれます。なんだか、大阪芸人的雰囲気がしますが、決して、バタ臭くはありません。彼女のオルガンはどちらかといえば、あっさりしていて爽やかです。

今回は、ファースト・アルバムの『Harlem Dreams』とセカンド・アルバムの『Sweet And Funkey』の2枚をご紹介しています。どちらのアルバムも、敦賀明子の「HAMMOND B3 ORGAN」は、結構、サラリとした、お茶漬けのような雰囲気で、明るくて、ポジティブなオルガンの音色。日本人のオルガンじゃの~と、ふと思わせるところが、彼女の個性でしょう。

といって、軽音楽風になるのではなく、聴き進めると、そこはかとなくファンキーな香りとジャジーなビートが見え隠れするところが、今風のジャズ・オルガンって感じで、なかなか良い。ジャズ・オルガンというと、どうしても、ジミー・スミスやジョン・パットンなどを真似てみたくなるんですがね〜。

それでは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」でお待ちしています。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信して下さい。
 
 

2008年7月18日 (金曜日)

1981年を思い出した・・・

蒸し暑い〜。今日は朝から相当に蒸し暑い、我が千葉県北西部地方。朝、家を出ただけで、ムッとした空気。肌にねっとりと「まとわりつく」湿度。約10分、駅まで歩くだけで、汗がべったり。それでも気温はまだ20度台後半を保っているので、臨機応変な対応が出来ないJRは、高い設定温度のままで、電車内の空調を回し続ける。顧客志向のかけらもないJR東日本である(呆)。

さて、最近、テレビを見ていて、「これ、どっかで聴いたことがある、結構、頻繁に聴いていたことがある」と思う、実に懐かしい曲が流れている。携帯のキャリアであるソフトバンクの「PANTONE SLIDE」のコマーシャル。キャメロン・ディアス、可愛いですね〜。ミュージカル仕立ての、実に魅力的なコマーシャルだが、このバックに流れている曲が、よく知っている曲なんだが、歌い手と曲名が思い浮かばない。

さんざん、悩んだあげく、結局、思い出せずに、googleに頼る。ググって判った。そうそうそう、シーナ・イーストンの「Morning Train (Nine to Five)」である。そうそうそう、やっと判った。思わず、一人部屋の中で、ガッツポーズである(笑)。

シーナ・イーストン(Sheena Easton, 1959年4月生)はスコットランド出身の女性歌手。英国BBCが製作した、スター志望の女の子が歌手を目指すという番組のヒロインに選ばれたのをきっかけに、1980年『モダン・ガール(Modern Girl)』でデビュー。続く『『9 To 5 (モーニング・トレイン)(Morning Train (Nine to Five))』は、ビルボード(Billboard)誌で、1981年5月2日に週間ランキング第1位を獲得。いや〜、懐かしい。

そうそうそう、この曲って、シーナ・イーストンのデビューアルバム(写真左)のA面の1曲目。僕はその当時、大学4回生、このシーナ・イーストンが大好きで、このデビューアルバムは、カセットにおとして、毎日1回は必ず聴いていた。ドライブするにも、麻雀するにも、酒を飲むにも、将棋をするにも、ビリヤードするにも、行きつけの喫茶店で寛ぐ時にも、いつでもどこで、シーナ・イーストンだった。

Sheena_easton

当然、一番のお気に入りは、1曲目の「Morning Train (Nine to Five)」、次のお気に入りは、6曲目の「Modern Girl」。この2曲は絶対に外せない。必ず、この2曲は聴いていたなあ。全くもって、上質のブリティッシュAORポップ。どこかオールディズっぽい雰囲気があて、とても楽しい、思わず踊り出してしまうほどのポップな雰囲気が、う〜ん、たまらん。

キャメロンは可愛いし、バックの曲は楽しくてポップで、う〜ん、このところ、ソフトバンクのCMって、隅に置けんなあ。そういえば、去年の雪の中のキャメロン、バックの音楽は、オリビア・ニュートン・ジョンのサウンド・トラック盤「ザナドゥ」のCM(2007年7月8日のブログ参照)。これも、良かったなあ。まさか、この歳になって、テレビのCMで「ザナドゥ」が聴けるとは思わなんだ。なんてマニアックな選曲なんだ、と感心したなあ。

さて「Morning Train (Nine to Five)」「Modern Girl」が収録されているデビューアルバム『Sheena Easton』(写真左)は、最近、廃盤状態で、手に入りにくそうです。では、どうするか。ベスト・アルバムが何種類かリリースされているので、このベスト・アルバムに、「Morning Train (Nine to Five)」「Modern Girl」を求めることになります。

ベストアルバムの中では『The World of Sheena Easton: The Singles Collection』(写真右)が良いです。これもCDでは手に入りにくいみたいですが、iTunesを始めとしたダウンロードサイトで、手に入れることができます。値段も1,500円と手頃で、ファースト・アルバム以降のシングル曲もちゃんと収録されていて、彼女の歌の歴史をこの一枚で体験でき、リマスタリングも施され、音も良い。お買い得だと思います。

そのシーナ・イーストン、80年代を中心にヒットを飛ばし、その後もコンスタントにアルバムを発表。上品な「マドンナ」って感じで、デジタルばりばりの楽曲が多いですが、彼女のボーカルは、英国ロック/ポップの特質である「ウェットで、印象的なエコーがかかった、郷愁溢れる黄昏時の明るい夕焼けのような陰影」をしっかりと踏襲していて、そのデジタル臭さを緩和していて、結構、聴けます。

現在の最新アルバムは、2001年の『Fabulous』となっていて、2008年1月には来日公演も行っています。まだまだ現役で活躍しているシーナ・イーストン。昔のファンとしては、喜ばしい限りです。
 
 
 
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2008年7月17日 (木曜日)

リー・リトナーが聴きたくなった

昨晩は散々だった。飲み会だった訳だが、2次会まで付き合って、帰ろうと思ったら電車が来ない。夜中0時を過ぎている。30分も遅れてやっと来た終電1本前。そして、乗り換え。流石に、30分遅れでも接続待ちしているところは偉い。

が、30分遅れている終電を待つとのこと(僕が乗っていたのは終電1本前だったなあ)。おいおい。合計1時間ロスして、家に帰り着いたのが、夜中の2時前。今日はとにかく眠くて眠くて仕方がない。というより、よく会社に行ったなあ。

今日は朝はいつもの時間に起きたので、3時間ちょっとしか寝ていない。当然、飲んで帰っているので、眠りは浅い。頭はボ〜っとしたまま。軽い頭痛はするし、今日の通勤音楽は、爽やかで聴きやすく、端正な音楽が良いなあ。と思って、iPodのホイールをグルグルしていたら、リー・リトナーが目に入った。で、今日はリー・リトナー。
 

On_the_line

 
つい最近、手に入れた、1983年にリリースされた『On The Line』(写真左)を聴く。iTunesで900円と格安だったのが、ダウンロードの動機。でも、このアルバム、スタジオでライブ録音されたアルバムで、バックに、Dave Grusin, Harvey Mason, Don Grusin, Anthony Jackson, Ernie Wattsら錚々たるメンバーが参加している。

クオリティは最高。1983年のリリースなので、デジタル臭は避けられない。端正な職人的演奏は、電気楽器中心の8ビート・フュージョンというフォーマットが飽和状態になっていることを物語る。最初聴いた時、バックのリズムは打ち込みかと思った(笑)。今のジャンルで言う「スムース・ジャズ」的演奏。

「スムース・ジャズ」とは、1980年代、アメリカのラジオ局が使い始めたフュージョンのスタイルの一つで、フュージョン、ポップ・ジャズの流れから派生したスタイル。1983年の時点で、スムース・ジャズの基盤は出来ていたんですね。

流れるように、美しく端正な、破綻の無い耳当たりの良い演奏で、「イージーリスニング」と揶揄されそうなアルバム『On The Line』ですが、リー・リトナーのギターのテクニックは凄まじいものがあります。軽〜く爽やかに一発聴きするのに良いアルバムです。たま〜に聴きたくなるのですよね。聴いた後はスッキリ爽快感です。 
 
 
 
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2008年7月15日 (火曜日)

夏はウエストコースト・ロック

しばらくジャズの話題が続いた。「マスター、70年代ロックはどうなったんだい」なんて声が聞こえる。でも、この激しい蒸し暑さじゃあ、ハード・ロックや複雑なプログレは聴く気がおこらない。

おいおい、じゃあ夏は、バーチャル音楽喫茶『松和』の懐かしの70年代館は開店休業状態かい、っていう声が聞こえますが、いえいえ、そうではありません。ということで、今日は70年代ロックの話題である。

さすがに、これだけ集中してジャズを聴き続けたら、耳にもたれ始めた。ということで、耳休めには、やはり、70年代ロックである。暑い夏。夏のロックは、やっぱ、ウエストコースト・ロックでしょう。

夏になると聴きたくなる70年代ロック。ダントツは「イーグルス(Eagles)」である。イーグルスに出会ったのは、高校2年生の時であった。小学生の頃から、ゴスペルやカントリー&ウエスタンなど、アメリカン・ルーツ・ミュージック好きである。イーグルスの「Take It Easy」を初めて聴いた時、ああ、良いバンドだなあ、と思った。それ以来、イーグルスはウエストコースト・ロックの中でも、大のお気に入りである。

特に、好きなアルバムが『One Of These Nights』(写真左)である。4作目にして、初の全米ナンバー1を記録した大ヒットアルバム。このアルバムには、学生時代の思い出が一杯詰まっていて、今でも好きだし、今でも聴いては感動して、情緒不安定な時にはウルウルしてしまう(笑)。
 

One_of_these_nights

 
3曲目の「Hollywood Waltz」は大好きな曲で、イーグルスの楽曲の中では、全く話題に上がらない曲だが、僕はこの曲が大好きだ。イーグルズの楽曲の中でも5本の指に入る名曲だと思っている。このアメリカン・ルーツ・ミュージック満載のワルツはいつ聴いても良い。情緒的なスチールギター、郷愁を煽るマンドリンの調べ。印象的なボーカル。そして、イーグルスならではの爽快感溢れるコーラス。

6曲目の「Take It to the Limit」は、もっと好きな曲だ。勇壮なストリングスのアレンジ。印象的な歌詞。ランディ・マイズナーの名バラード。そして、このアルバムで、グループを去るバーニー・レドンによるアルバム最終曲「 I Wish You Peace」。胸がキュンと締め付けられる様な、情感溢れる、やさしい曲。

ふと高校3年生の夏を思い出す。学園祭向けの映画を作っていた頃。映画が出来るのかどうか、出来たとして皆の評価はどうなのか、そして、この映画を作り終えた後、僕には何が残るのか。結構なプレッシャーと孤独感の中、撮影の準備に、夏休みはほとんど毎日、学校に来て、映研の部室にこもっていた。演出の確認、シナリオの手直し、撮影アングルの検討、そんな孤独な作業のバックで、イーグルスの『One Of These Nights』が流れていた。

「Hollywood Waltz」「Take It to the Limit」「 I Wish You Peace」を聴くと、しみじみとしてしまう。夏の終わり、夏休みの終わり、綺麗な夕焼けを見ながら、一人で部室に残っていて、これらの曲がかかると、なぜか郷愁を感じ、寂寞感を感じて、不覚にもはらはらと涙した。そんなことを、今でも思い出すことがある。

しかし「One Of These Nights」の様なファンキーな曲もある。「Vision」の様なリズミックな曲もある。そして、極めつけは「Lyin' Eyes」。軽快なメロディーと重厚で美しいハーモニー。疾走感と爽快感溢れる、ウエストコースト・ロックを代表する名曲名演の一曲。これらのポジティブな曲を聴くと、郷愁と寂寞感を乗り越え、明日に向けてのやる気と克己心が芽生えるのだ。
 
 
 
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2008年7月14日 (月曜日)

暑い日には、熱いジャズ

暑い。むちゃくちゃ蒸し暑い。朝も「こりゃちょっとしんどいなあ」と思いながらの通勤だったが、夜、帰りは相当に蒸し暑い。ぬるま湯の中を歩いているようだ。駅から家までの約10分歩いたら、汗が噴き出てきた。家に帰り着いたら、汗だくである。

こんな暑い日には、あっさりした食べ物よりも、辛いもの、例えば、辛めのカレー、辛子明太子、キムチなどを、バクバク食って、汗をドッとかいてスカッとする、逆療法的な暑気払いもある。

ジャズとて同じ。聴き心地の良い、軽いジャズよりは、コッテリとした、音数の多い、熱いジャズを聴いて、汗をドッとかいてスカッとする、逆療法的な暑気払いもある。

今日は、暑気払いの意味もこめて、バド・パウエルの『Bud Powell Trio At The Golden Circle, Vol. 3』(写真左)を聴く。バーチャル喫茶『松和』の常連さんのブログで紹介されていた、隠れた人気盤。お恥ずかしいことに、常連さんのブログで、そのアルバム名を目にするまで、その存在を忘れいていた。「熱いジャズ」ってこれだ、ということで、いそいそアルバムを引き出してきた。

Bud_at_the_golden

バド・パウエルのアルバムは、どのアルバムも聴く者の気持ちをガラッと変えさせる不思議な力がある。バド・パウエルのアルバムになると、襟元を正すというか、軽い緊張感を持って聴き耳を立てるというか、彼のハードボイルドなピアノに、しっかりと相対する心構えが自然とできるのだ。

この『Bud Powell Trio At The Golden Circle, Vol. 3』は、どちらかといえば、B面(レコードで言えば)の「アイ・リメンバー・クリフォード」に人気がある盤なのだと思うが、9分を越える演奏時間の間、ずっと「アイ・リメンバー・クリフォード」のテーマを延々と引き続けて終わるって、なんだかなあ。テーマの印象的なメロディーに救われ、テーマ演奏の表現をちょっと変えるだけでも、十分印象的な演奏ではあるのだが・・・。

それよりも、A面(レコードで言えば)全部にわたって展開される「スウェディッシュ・ペイストリー」が圧巻である。なんの変哲もないブルースを普通に弾いているだけ。淡々と弾いているだけ。ベースとドラムはソロ・パートも無く(ベースのランニングソロらしい箇所が少しあるが)、そのパウエルの淡々と弾いているピアノについていくだけなのに、まったく飽きさせない。

次から次へとフレーズを紡いでゆくパウエルのピアノ。淡々としているのに、なぜか一音一音に力がある。じんわり、じんわり、演奏自体も熱くなっていく。次から次へと湧き出てくる旋律に耳が傾いていく。耳が傾いていくにつれ、聴く方も熱くなっていく。

暑い日には、熱いジャズ。今晩は、この『Bud Powell Trio At The Golden Circle, Vol. 3』でスッキリ。そして、さあ、明日も頑張って働こうではないか、と思ったりするのだ。
 
 
 
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2008年7月13日 (日曜日)

アート・ブレイキー晩年のピーク

アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャース3連発である。1980年あたりから、純ジャズ、メインストリーム・ジャズ復権の動きの中で、ジャズ・メッセンジャースは、従来の、当時のジャズ界の若手有望株をメンバーに繰り入れつつ、若手有望株を伝統的なジャズで鍛えるという、若手ミュージシャンの登竜門、「ジャズ道場」的な役割を取り戻していった。

では、1980年以降、どの時代のメンバー構成が、晩年のジャズ・メッセンジャースとしてピークだったのか、アート・ブレイキーの晩年としてのピークだったのか、である。

1981年〜1982年の頃、マルサリス兄弟が参加した頃も良いが、僕は、1984年〜1985年の頃、Terence Blanchard (tp),Donald Harrison (as),Jean Toussaint (ts),Mulgrew Miller (p),Lonnie Plaxico (b),Art Blakey (ds)の編成の頃がいちばん充実していたと思っている。

その時代の演奏の記録はまずまず揃っている。過去、このブログでもご紹介した(2007年5月23日のブログ参照)『Art Blakey And The Jazz Messengers Live At Sweet Basil』が良い音を出している。
 

New_years_eve

 
収録曲も、ジャズ・メッセンジャースのトレードマーク的な名曲「Blues March」「Moanin'」が入っていて、この古典的ファンキー・ジャズの名曲を、1985年、当時の若手有望ミュージシャン達が、最先端の音で、新しい表現で、新しいアプローチで演奏する。心地良いテンション。心地良い疾走感。

このメンバーに Tim Williams (tb)を加えて、7人編成で録音したライブ・アルバムが『New Year's Eve At Sweet Basil』(写真左)。収録された演奏曲がマニアックになり、トロンボーンの参加で、フロントが4管となって、相当に分厚くなった。その分厚さのまま、最先端の音で、新しい表現で、新しいアプローチで演奏する。圧巻である。最先端のハード・バップ。迫力の展開。ファンキー満載。

ジャケットも『Art Blakey And The Jazz Messengers Live At Sweet Basil』と対になっており、デザインをそのままに色違い=「赤」基調というところがオシャレ。

この『New Year's Eve At Sweet Basil』は、日本盤はとっくに廃盤になっており、手に入らない時期が続いた。で、最近、フッと思い立って、検索してみたら、US盤でリイシューされているではないか。いや〜、まめに定期的に検索はかけてみるものである。フフフッ、当然、即ゲットである。

やっとCDで手に入れた。手にして、即トレイに載せて聴いてみる。いきなり、分厚いフロント4管の音が、耳に押し寄せる。これこれこれ。ジャズ・メッセンジャースって、これだよ。正統なハード・バップ、怒濤のハード・バップ。バックで煽るブレイキーのドラム。これぞ、ハード・バップ。ハード・バップ、ここに極まり、である。
 
 
 
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2008年7月12日 (土曜日)

アート・ブレイキー、晩年の快進撃

朝は強い日差しの暑い朝。午前中は、玄関の納戸の大掃除をして、傘のメンテナンス。汗ビッショリになりながら、いや〜、働きました。よって午後はちょっと昼寝。それから、夕方は、ロシア旅行のブログ作りに没頭。そして、夕飯は、茄子とトマトのスパゲッティーを作って、今、寛ぎながら、ブログを打っている。いや〜、どうってことはないんですが、なんだか、ちょっと充実した一日でした (^_^)v。

さて、昨日は、1980年のアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースをご紹介した。着目すべきは、この1980年の録音に、後のジャズ界のリーダー格のひとりになるウィントン・マルサリスが、ジャズ・メッセンジャースに参加していることである。

このウィントン参加のジャズ・メッセンジャースが、アート・ブレイキーの晩年の快進撃の狼煙になった。1981年の終わりには、兄貴のブランフォード・マルサリスも参加し、フロントに、マルサリス兄弟が、トランペットとアルトサックスを担当するという、今になって思えば、凄いことになっていたのだ。

ここで面白いのが、兄貴のブランフォード・マルサリスが、アルト・サックスを手にしていること。本来、彼はテナー・サックス奏者である。恐らく、当時、ジャズ・メッセンジャースには、優れたテナー奏者、ビル・ピアースがいたので、ブランフォードはアルト・サックスを手に取ったんだろう。それほどまでに、ジャズ・メッセンジャースの参加は魅力だったのだろうか。
 

Keystone_3

 
1982年録音の『Keystone 3』(写真左)を聴いてみると、ブランフォードがアルト・サックスに持ち替えてまでも、ジャズ・メッセンジャースに参加したかったのかが判る。強烈なアート・ブレイキーのリーダー・シップの下、新しい響き、新しいアプローチ、新しい解釈を兼ね備えた、最先端のハード・バップが演奏されている。ちなみに、パーソネルは、Wynton Marsalis (tp),Branford Marsalis (as),Billy Pierce (ts),Donald Brown (p),Charles Fambrough (b),Art Blakey (ds) 。

聴き始めると、早々に冒頭の「In Walked Bud」でぶっ飛ぶ。この容易にはノリにくい、セロニアス・モンクの名曲を、6人一丸となって、ノリノリで飛ばしまくる。参加したての2年前、1980年の演奏に比べて、ウィントンは格段に上手くなっている。というか、余裕と風格さえ感じられる。

次の「イン・ア・センティメンタル・ムード」では、ブランフォードの泣きのアルトが良い。続く、「フラー・ラヴ」は、ボビー・ワトソンの作曲。格好良い曲です。その格好良い曲を、実に格好良く演奏する。今の耳で聴いても、実に「クール」な演奏です。

ウィントン作の「ウォーターフォールズ」、続くラストナンバー「ア・ラ・モード」と、アート・ブレイキーの強烈なリーダー・シップと、フロントの3人を煽りまくるドラミングは凄い。フロントの3人、ウィントン、ブランフォード、ピアースも負けじと吹きまくる。しかし、この若手大物3人、一丸となった、ありったけの力を振り絞った演奏を、ブレイキーは余裕を持ってガッチリ受け止め、新しいジャズの創造の世界に送り出す。素晴らしい疾走感。

1967年7月、ジョン・コルトレーンが亡くなり、1970年代、フュージョン全盛となり、旧来の純ジャズは廃れた。「ジャズは死んだ」とまことしやかに語られた時代。ところがどっこい、ジャズは生きていた。ハード・バップは生きていた。生きていたどころか、過去に無い、新しい響きと新しいアプローチ、新しい解釈を引っさげて、ジャズは帰ってきた。

その母体のひとつだったのが、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャース。それぞれの時代のジャズ・メッセンジャースの演奏を聴けば良く判る。いかなる時代も「ジャズは死なない」。
 
 
 
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2008年7月11日 (金曜日)

ジャズミュージシャン若手の登竜門

ジャズ界では過去、優れた新人を発掘し、輩出したグループがいくつかあった。パッと思いつくのは、マイルス・デイヴィス・バンド、チャールズ・ミンガス・バンド、そして、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースである。

特に、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースは、ジャズミュージシャン若手新人の登竜門として、1950年代より、リーダーであるアート・ブレイキーが、1990年10月16日に亡くなるまで、それぞれの時代で、相当数の有望なジャズ・ミュージシャンをピックアップし、ジャズ界の最先端に送り込んできた。

そのアート・ブレイキーを「立派だなあ」と思うのは、純ジャズが大衆受けしなくなって、フュージョンの時代が到来し、誰もが、ハード・バップ的な演奏に見向きもしなくなった時代も、ジャズ・メッセンジャースを運営、その「モダン・ジャズ暗黒時代」にも、優秀な新人を発掘しては、ライブ演奏を通じて育て上げ、ジャズ界の第一線に送り出していたことだ。

今年の2月、当ブログでご紹介したライブ・アルバムが『Heat Wave』。1977年6月、サンフランシスコのキーストーン・コーナーでのライブ録音。1977年、モダン・ジャズ暗黒時代の真っ只中である。Valery Ponomarev (tp),Bobby Watson (as),David Schnitter (ts),George Cables (p),Dennis Irwin (b),Art Blakey (ds)と、そんな暗黒時代でも、Bobby Watson (as),George Cables (p)という優れた人材を輩出している。
 

Jazz_cafe_presents_art_blakey

 
暗黒時代でもハード・バップの火を絶やさず、純ジャズの若手ミュージシャンの登竜門としての役割を果たしていたジャズ・メッセンジャース。純ジャズ復権の兆しが見え始めた1980年以降、優れた若手ミュージシャンを擁して、新たな進撃を開始する。

このところ、良く聴くのが『Jazz Cafe Presents Art Blakey and The Jazz Messengers』(写真左)。1980年10月11日のライブ録音である。パーソネルは、Wynton Marsalis (tp), Bobby Watson (as), Billy Pierce (ts),James Williams (p),Charles Fambrough (b),Art Blakey (ds)。改めて、メンバーを眺めてみると、そうそうたるメンバーである。特に、Wynton Marsalisの参加が目を惹く。このメンバーでの演奏は、凄まじいものがある。

Wynton Marsalisの演奏内容には既に一目置くものがある。James Williamsのピアノもモダンで良い。Billy Pierceのテナーも新しい響きがクールだ。Bobby Watsonのアルトは疾走し、Charles Fambroughのベースは堅実だ。

そんな若手の火の出るようなハード・バップを、要所要所をコントロールしながら、アート・ブレイキー御大がバックで煽りまくる。全体の演奏を統率しているのは、明らかにアート・ブレイキー御大だ。素晴らしいリーダーシップ。その「煽り」に若手が応え、ホットでクールな演奏を繰り広げる。聴き応え満点である。

1970年代、純ジャズの暗黒時代。ハード・バップの火は消えていなかった。1980年、純ジャズ復権の兆しが見え始め、ハード・バップは復活の狼煙を上げる。その瞬間を捉えた、ドキュメント性満点のライブ・アルバムです。細かいことは言わない。当時の若手ミュージシャンの「熱い演奏」を聴いて下さい。
 
 
 
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2008年7月10日 (木曜日)

このピアノ・トリオは「渋い」

今日はお疲れ休み。このところ、体力的にも精神的にも精緻繊細な仕事が続いた。いまいち、信頼、信用できない人たちに重要な仕事を依頼ということは、精神的なストレスになる。まあ、若い頃、ストレスとの戦いに手を焼いた分、今では、ちょっとやそっとではストレスでへこたれることは無いんですがね。

この歳になると、電話の声色、面と向かって話している顔つきなどで、相手が何を考えていそうなのかが類推できる。それが、また嫌でねえ。知らないこと、判らないこと、感じないことほど幸せなことは無いと最近思う。

で、今日は、グッスリ寝た。そして、野暮用を済ませて、あとはノンビリ、音楽を聴いたり、本を読んだり。とにかく、今は、仕事関係の人と会わない、人と話さない一日を作ることが大切だ。

ノンビリ音楽でも、ということで、今日ヘビー・ローテーションになったのが、ボビー・ティモンズの『Born To Be Blue !』(写真左)。まず、ジャケット写真が良いですね。ジャズらしくて渋い。収録曲は、ティモンズの自作曲が半分、他の曲はなかなか渋い曲を選んできている。

Born_to_be_blue

パーソネルは、Bobby Timmons(p), Sam Jones(b), Ron Carter(b*), Connie Kay(ds)。1963年9月10日の録音です。1963年といえば、ファンキー・ブームが一段落し、よりポップなジャズが大衆音楽として親しまれ、芸術としては「新主流派」+「フリー」が最先端ジャズとされた時代。

ファンキー・ピアノの寵児であったボビー・ティモンズ、このアルバムでは、オーバー・ファンクなコテコテ・ピアノは影を潜めています。しかし、彼のピアノの根底には、しっかりと「ファンキー&ソウルフル」な雰囲気が根付いていて、表面上は、新主流派の最先端の音作りを採り入れているところも散見され、アーティスティックな面とポピュラーな面とが上手くバランスした、趣味の良いピアノ・トリオだと思います。

左手は「ファンキーかつブルージー」で、しっかりと演奏の底辺を押さえながら、前のめりに、少し「つんのめる」ように、コロコロと転がるような右手は、十分にティモンズの個性です。一聴しただけで、ティモンズのピアノだ、と判るくらいの、本当の意味での「個性」。そこに、バックのサム・ジョーンズのベース(一部ロン・カーター)とコニー・ケイのドラムが絡む。

このバックの人選が良い効果を生み出していると思います。まず、この二人がバックに控えていれば、コテコテのファンキー・ジャズになるはずが無い(笑)。新主流派の香りと、MJQに代表されるサードストリーム系の香り。ファンキーなティモンズのピアノと上手くミックスして、ソウルフルで、気品に満ちている感じすらある。

良い雰囲気のピアノ・トリオやなあ。このピアノ・トリオは「渋い」。良い出来だと思います。情報によると、自ら生涯最高傑作と評したピアノ・トリオ・アルバムであるとのこと。納得。
 
 
 
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2008年7月 9日 (水曜日)

飲み会の後は「中島みゆき」

昨晩は、久しぶりに「飲んだ」。本業でのグループの送別会だったんだが、一次会は沖縄料理店。僕は沖縄料理は大好きである。そして、沖縄料理といえば「泡盛」。ロックでグイグイ飲んだ。

加えて、久しぶりに2次会にも顔を出した。そこでは、モスコミュールをいただきながら、ダーツで盛り上がる。で、家に帰りついたのが、午前1時過ぎ。当然、昨日のブログはお休みになりました m(_ _)m。そう言えば、先週の金曜日も、遅くから、チームのメンバーと飲んで、終電一本前の午前様だった。ちょいと節制しないとな。

さて、しこたま飲んだ後、帰りの電車の中での音楽なんだが、時々、無性に中島みゆきが聴きたくなる。中島みゆきといえば、特に大学時代は良く聴いたなあ。精神的に辛くなったり、寂しくなったりした時、中島みゆきが、実に「しっくり」くる。余計に落ち込まないのか、と指摘する方々もいるが、僕は違います。だいたい、落ち込んだ時は、とことん、落ち込んだ方が良い。

中島みゆきのアルバムは、僕にとってはどれも良いが、大学時代、一番良く聴いたアルバムは『親愛なる者へ』(写真左)だろう。このアルバムは、本当に良く聴いた。古墳調査に行く車の中で、一人ヒッソリと下宿の部屋で、はたまた、友人の下宿で酒を飲みながら、麻雀をしながら、決まって、中島みゆきの『親愛なる者へ』が鳴っていた。

Miyuki_n_shinai

収録されているどの曲も好きですが、「タクシードライバー」「狼になりたい」は中島みゆきしか書けない曲だし、「泥海の中から」〜「信じ難いもの」のメドレーのブリッジの部分なんて、今でもゾクゾクするし、「小石のように」の可愛さは実に魅力的だし、応援歌的な「片想い」の体育会系のノリ、「根雪」のしみじみさとエンディングの盛り上がりは鳥肌モノ。

でも一番のお気に入りというか、永遠の愛聴曲は、ラストの「断崖 - 親愛なる者へ - 」だ。この曲には、幾度、救われたことか。落ち込んだ時、もうだめだと思った時、この曲を聴くと、目線を上げて、風に向かって胸を張るような気持ちになる。途中からのチェンジ・オブ・ペース、魅力的なバック・コーラス、アレンジも秀逸で、エレキの音も良い。この曲は、永遠の名曲である。

でも、中島みゆきのファンであれば、出だしの「裸足で走れ」の前奏で、これはまるきし演歌ではないか〜、とニンマリし、「ダイヤル117」を最後まで聴き通して、その「ディープな暗さ」を楽しまなければならない(笑)。

最近、スキンケア化粧品「ASTALIFT(アスタリフト)」のコマーシャルで、テレビに久しぶりに出現した、みゆきさん。相変わらずお元気そうで、心がほのぼのとしました (^_^)v。
 
 
 
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2008年7月 7日 (月曜日)

夏は「レイドバック」で癒される

朝から雨である。しかも雷が鳴って、この雷の音で目が覚めた。朝の5時である。ええかげんにしてほしいなあ。通勤時間帯には雨足が強くなり、まとまった雨に。「雨の日と月曜日は、いつも私を落ち込ませる」なんていう、カーペンターズの有名なヒット曲があるが、今日は「雨の日と月曜日」が一気に来た。その落ち込みようと言ったら、会社に行きたくなる感じである(笑)。

さて、僕の中で、ジャズの世界では「夏はボサノバ」である。では、70年代ロックでは、夏は何か? 70年代ロックの世界では「夏はサザン・ロック」である。高校時代から、夏になると何故か「サザン・ロック」が聴きたくなる。特に蒸し暑い環境の中では、絶対に「サザン・ロック」。

今朝はとにかく蒸し暑い。当然、70年代ロックのアルバムを聴きたいと思ったら、「サザン・ロック」である(笑)。今日の選択は、グレッグ・オールマンの『レイド・バック』(写真左)である。

グレッグ・オールマンは、テネシー州ナッシュビル生まれ。兄のデュアン・オールマンと共に、サザン・ロックの雄、オールマン・ブラザース・バンドの中核人物。1969年、兄の誘いを受け、メンバーの最後にグレッグが加わることでオールマン・ブラザーズ・バンドが誕生。デュアンの死後もオールマンの活動を支え続け、現在に至る。

Laid_back

さて、このアルバム・タイトルの「レイド・バック」とは、音楽の用語として良く使われるが、「くつろいだ、のんびりとした、ゆったりした」という意味である。実は、このグレッグのソロ・アルバム『レイド・バック』がその源との説がある。

確かに、この『レイド・バック』のアルバム全体の雰囲気は、レイド・バックの雰囲気そのもの。実に味のある、実に渋い、大人のロックの雰囲気満載である。冒頭の「ミッド・ライド・ライダー」を、オールマン・ブラザース・バンドのセカンドアルバム収録の同曲と比べて欲しい。その演奏の雰囲気を比べれば、「レイド・バック」という演奏の雰囲気を感じ取っていただけるのではないかと思う。

この『レイド・バック』は、今でいうアメリカン・ルーツ・ミュージックのテイストが満載。R&B、カントリー、ゴスペル。そのアメリカン・ルーツ・ミュージックのテイストをベースにした曲に混ざって、洗練されたポップ・ソウル風、AOR風の楽曲が良いアクセントになっていて、聴いていて楽しい。アメリカン・ルーツ・ミュージック好きの方には「たまらん」でしょう。

それと、決定的なのは、グレッグのボーカル。この泥臭くて、野太い、それでいて繊細なニュアンスを表現できるボーカルは、とにかく上手い。彼のボーカルが、米国南部的雰囲気を、サザン・ロック的雰囲気を醸し出しているといっても過言ではない。とにかく、このグレッグのボーカルは実に良い味を出している。

いいアルバムです。タイトルの『レイド・バック』の通り、「くつろいだ、のんびりとした、ゆったりした」、上質のサザン・ロックがここにあります。陳腐な使い古された一言で言うと「大人のロック」ですな(笑)。
 
 
 
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2008年7月 6日 (日曜日)

ボサノバ・ジャズの古典

朝はドンヨリ曇り空で、今にも雨が降りそうな空模様だったので、日が無い分、ちょっとだけ涼しかったんだが、昼前から日差しが戻ってからというもの、蒸し暑さが一気に戻ってきた。いやはや、梅雨明け宣言はまだだけど、夏本番ですな〜。でも、この蒸し暑さはたまらんなあ。

さて、夏はボサノバ、である。昨日は、Bossa Novaを世界に知らしめた、記念碑的なアルバム『ゲッツ/ジルベルト』をご紹介した。このアルバム、ゲッツとジョアンの音楽的確執、アストラッドのやや下手で危げなボーカル。ゲッツのテナーの録音バランスの悪さ、収録時間の短さ(トータルで33分ちょっとしかない)、ということからすると、過去から言われているほど、名盤では無いと思う、とした。

では、このスタン・ゲッツとのジョイントでのボサノバ・アルバムは他にないのか、と問われれば、『Jazz Samba(ジャズ・サンバ)』(写真左)がある。こちらは1962年の録音。やや落ち目だったゲッツを第一線に押し上げ、ボサ・ノヴァ・ブームを生み出す「きっかけ」ともなった作品。このアルバムの成功があって、昨日ご紹介した『ゲッツ/ジルベルト』があり、この『ゲッツ/ジルベルト』で、ボサノバを世界的なものとした。

改めて、ボサ・ノヴァとは、1858年ごろからブラジルのリオ・デ・ジャネイロで流行した、新しいサンバのスタイル。この『ジャズ・サンバ』は、このボサ・ノヴァを基調としたジャズ・アルバムとして、完成度の高いアルバムに仕上がっている。少なくとも、『ゲッツ/ジルベルト』の上をいく内容となっている、と僕は思います。
 

Jazz_samba

 
哀愁を帯びたチャーリー・バードのギターが素晴らしい。チャーリー・バード(写真右)は、1925年ヴァージニア州生まれ。1950年頃から、クラシックギターを弾き始め、1959年春にニューヨークに進出。1961年には、米国国務省派遣の文化使節として南米に行き、ボサノヴァの影響を受けました。帰米後は、ボサノヴァの紹介に尽力し、一躍、スターダムに。ジャズ・ギタープレーヤーの中では、ガット・ギターを使うところに異色性があります。

そんなチャーリー・バードとスタン・ゲッツとが組んで発表した『ジャズ・サンバ』。チャーリー・バードもスタン・ゲッツもジャズ畑のミュージシャンなので、ボサノヴァを上手くジャズに採り入れて、ジャズとして完成度の高い「ボサノバ・ジャズ」をここに実現しています。

翌年録音された『ゲッツ/ジルベルト』より、ジャズとして、完成度の高いアルバムです。純粋に、ジャズとして、ボサノバ・ジャズとして、その演奏を楽しむなら、この『ジャズ・サンバ』の方をお勧めします。

『ジャズ・サンバ』は、『ゲッツ/ジルベルト』と同様、ジャズに、ボサノヴァという音楽ジャンルを取り込んで、そのテイストを織り込んだ、という感じの「ボサノヴァ・ジャズ」です。純粋なボサノヴァではありませんので、昨日も書きましたが、このアルバムをもってして、ボサノバってこういう音楽を言うのか、というふうに理解することは間違いでしょう。

でも、この『ジャズ・サンバ』は良い雰囲気、良い内容の佳作だと思います。ラテン・ジャズのファンの方々、純粋なボサノヴァ・ファン、単にBGMとして聴きたい方々、誰もが満足できる、完成度の高い「ボサノヴァ・ジャズ」が、このアルバムに詰まっています。
 
 
 
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2008年7月 5日 (土曜日)

夏はボサノバ、再び!!

暑い〜。蒸し暑い。東京で31.4度。昨晩から湿度がかなり高いので、とにかく蒸し暑い。ちょっと買い物に近くのスーパーまで歩いていると、汗が吹き出てくる。一昨日あたりまで、涼しかったのになあ。これだけ急に夏真っ盛りの蒸し暑さになると、体にこたえる。

とにかく暑いので、もうハードなジャズやフュージョンは聴けない。暑苦しくてイライラするだけだ。そう、夏は、夏のこの蒸し暑い季節には「ボサノバ」である。「夏はボサノバ」である。ということで、ボサノバといえば、スタン・ゲッツ。久しぶりに『ゲッツ/ジルベルト』(写真左)を出してくる。

Bossa Novaを世界に知らしめた、記念碑的なアルバムである。パーソネルは、Stan Getz(ts)、João Gilberto(g, vo)、Antonio Carlos Jobim(p)、Tommy Wiliams(b)、Milton Banana(ds)、Astrud Gilberto(vo)。ジルベルトって、ギターとボーカル担当のジョアン・ジルベルトとボーカル担当のアストラッド・ジルベルト、二人の姓です。ジョアンは男性、アストラッドは女性、そう、この二人は当時、夫婦であった。

ジョアン・ジルベルトは、ボサノヴァというジャンルを創成した功労者、生みの親。ジョアンを『ボサノヴァの神』などと呼ぶ人もいる位です。逆に、アストラッドはプロの歌手では無かった。しかし、当時、ヴァーヴのプロデューサーだったクリード・テイラーが彼女の歌声に目をつけ、彼女が英語で歌う「イパネマの娘」をレコーディングする。これがアメリカを中心に大ヒットするんだから、運命なんて良く判らない。その後、程なく、二人は離婚している。
 

Getz_gilberto

 
で、この『ゲッツ/ジルベルト』、ジョアンはうるさくてしかたがなかったらしいが、スタン・ゲッツのテナーの音色が、ボサノヴァに実にマッチしている。確かに、ちょっと音量的にうるさいんだけど、ジャズ・テナーの名手なんだから仕方が無い。大きく太い音をだしてなんぼ、ってところがあるからなあ。

ゲッツとジョアンの音楽的確執、アストラッドのやや下手で危げなボーカル。ゲッツのテナーの録音バランスの悪さ、収録時間の短さ(トータルで33分ちょっとしかない)、ということからすると、過去から言われているほど、名盤では無いと思うが、いかがだろう。

しかしながら、本来のボサノバというジャンルの雰囲気にマッチしているのかどうかは別として、このアルバムでのゲットのテナーは結構いけている。好調に吹き上げているのが良く判るし、結構、どの曲も好き勝手に吹いているフシがある。この『ゲッツ/ジルベルト』は、ボサノヴァのアルバムではないでしょうね。このアルバムは、ジャズのアルバムです。

ジャズに、ボサノヴァという音楽ジャンルを取り込んで、そのテイストを織り込んだ、という感じでしょうか。決して、ボサノヴァのアルバムにジャズ・テナーが客演とした参加したというステータスのアルバムではありません。ですから、このアルバムをもってして、ボサノバってこういう音楽を言うのか、というふうに理解することは間違いでしょう。

でも、ジョアン&アストラッドの脱力感溢れるボーカルは、そこはかとなくテンションが張っていて、実に心地良い。ジョアンのギターとアントニオ・カルロス・ジョビンのピアノについては、さりげなく伴奏していながら、ポイント、ポイントで、明確な主張を持った音を入れてくるところが実にニクい。ボサノヴァの演奏家達は、隅に置けない、優秀な音楽家であることを、このアルバムは証明している。
 
 
 
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2008年7月 3日 (木曜日)

Lincoln Center Jazz Orchestra

今朝は梅雨時には珍しく、湿気をタップリ含んだ強い南風。この時期の南風は雨にはならないが、不快指数が最大になること間違い無し。案の定、朝から湿度が高く、不快指数最大の千葉県北西部地方。今日は特に、西日本では蒸し暑かったみたいですね〜。

さて、昨日は、ウィントン・マルサリスについて語った。このウィントン・マルサリスが芸術監督を務める「ジャズ・アット・リンカーン・センター(Jazz at Lincoln Center・写真右)」。このJazz at Lincoln Centerの「Lincoln Center Jazz Orchestra」については、その演奏成果について、幾枚か優れたアルバムになって残されている。

僕が今回手にれたのは「Live in Swing City - Swingin' With Duke」(写真左)。タイトルから判るように、デューク・エリントンの曲を取り上げたライブ盤。ビッグ・バンド形式の演奏で、1999年のリリース。当時の精鋭ミュージシャンを集めて結成した「Lincoln Center Jazz Orchestra」。その演奏は実に素晴らしい。

構成メンバーの詳細が判らないので申し訳ないが、恐らくは、現代ジャズの名うての強者、技術的に優れた、志の高いミュージシャンが参加していると思われる。演奏のテクニック、密度、アンサンブル、ハーモニーを聴けば直ぐに判る。とにかく上手い。でも、テクニック馬鹿では無い。歌心もあるし、ユーモアもある。教科書的な真面目一辺倒な演奏かといえば違う。その演奏は手加減無く、現代ジャズの最先端をいくテクニックなのだ。
 

Live_in_swing_city

 
アレンジは、デューク・エリントン楽団のオリジナルに近い。しかし、デューク・エリントン楽団のコピーでは無い。演奏の中に、過去から現在までのジャズの演奏スタイル、フリー、ファンキー、スイング、ビ・バップなどが、上手くアレンジされており、トラディショナルなデューク・エリントン楽団のアレンジと様々な過去からのジャズの演奏スタイルが上手く融合されていて、聴いていて実に興味深い。

収録曲は以下の通り。

1. Happy Go Lucky Local
2. Main Stem
3. C Jam Blues
4. Multi Colored Blue
5. Chinoiserie
6. Black And Tan Fantasy
7. Cottontail
8. Mood Indigo
9. Bli Blip
10. Harlem Air Shaft
11. Portrait of Louis Armstrong

選曲も良く考えられており、聴いて楽しい。ジャズの楽しさが体感でき、ジャズの歴史が理解できる、デューク・エリントンの曲を選んでいるのが良く判る。

これが、このウィントン・マルサリスが芸術監督を務める「Jazz at Lincoln Center」の「Lincoln Center Jazz Orchestra」の真の姿だとすると、この成果は、ジャズにとって素晴らしいものである。ジャズの歴史とスタイルの変遷、そして今日のジャズが一聴して判る、教科書のような演奏の数々。

米国が羨ましい。日本は、米国よりもジャズに対して造詣が深いと言われるが、この「Jazz at Lincoln Center」の活動を見ていると、日本はジャズなどの音楽系の芸術文化に対して、本当に投資しない国だと思う。これではいけない、と思う。
 
 
 
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2008年7月 2日 (水曜日)

ウィントンの「考えるジャズ」

梅雨なのでスカッと晴れないまでも、雨が降ることも無く、朝はとても涼しい、我が千葉県北西部地方。とにかく涼しい朝が続いていて、毎朝、飽きもせず、通勤する僕にとっては「やさしい」朝である。このまま、ずっとこの感じで秋になればいいのに(笑)。
 
最近、ウィントン・マルサリスのアルバムを聴きなおしている。マルサリスは、現代において、著名で、かつ重要なジャズ・ミュージシャンの一人。ジャズ・アット・リンカーン・センター(Jazz at Lincoln Center)の芸術監督を務めており、伝統的ジャズの再評価と復刻、保存、発展をテーマに積極的に活動している。

ウィントンは誤解されることが多い(その殆どが並外れた彼の才能へのやっかみが原因なんだが)。この伝統的ジャズの再評価と復刻、保存、発展についても、とやかく言われることが多い。まあ、ストイックなスイング、ビ・バップからハード・バップが「伝統的なメインストリーム・ジャズ」であり、エレクトリック・ジャズ、フュージョン・ジャズ、フリー・ジャズ、ファンキー・ジャズなどは、本来のジャズでは無い、という旨の、偏った発言をしたこともあり、誤解されても仕方がないんだけれど・・・。

やれ、ウィントンは頭でっかちだの、頭だけでジャズを演奏するだの、理屈で演奏するジャズは面白くないだの、上手すぎて面白く無いだの、すましていて小憎らしいだの、とにかく、ウィントンの様々な成果については、必ずと言って良いほど、「アンチ・ウィントン派」が必ずいる。

本当のところはどうなんだ、と思う時は、自分の耳で確かめてみる、というのが、正しい音楽ファンの作法だろう。例えば、今回、ご紹介する2005年8月にリリースされた『Live at the House of Tribes』(写真左)を聴いてみる。
 

Wynton_live_1

 
このライブ盤を聴くと、ウィントンの「考えるジャズ」が良く判る。演奏全体の雰囲気は「超絶技巧」。とにかく、メンバー皆上手い。しかし、その「超絶技巧」をひけらかすことなく、グッと抑えて演奏している。楽曲のベースは「ブルース」。ファンキーな雰囲気は、極力押さえ込まれ、音の裏側にうっすらと感じるだけ。

音の重ね方、リズムの取り方、アドリブの旋律、どれを取っても、過去に聴いたことの無い響きが全体を支配する。ところどころに顔を出す、デューク・エリントンに対するオマージュと、近代ジャズのルーツとされるニューオリンズ・ジャズからスイング・ジャズの奏法。ハード・バップの様に単純に受け渡されるのではない、実に検討され工夫されたインプロビゼーションの展開。

恐らく、このライブ盤の演奏は、現代のジャズにおいて、かなり新しい、先端を行く、「クール」な演奏だと思う。

でも、じゃあ判り易くて、親しみ易いかというとこれが「分かり難い」。それぞれの演奏曲についてだが、テーマがメロディアスでなく、メロディーが追えないのだ。つまり、一般の音楽ファンやジャズ初心者の方々が、このライブ盤を聴くと、凄く演奏は上手いということは判るが、何が素晴らしいのか、恐らく良く判らないだろう。「メロディーが追えない」、この事実がジャズを難しく感じさせる原因である。

このウィントンの『Live at the House of Tribes』は、ミュージシャンズ・ミュージシャンならぬ、「ミュージシャンズ・アルバム」だろう。プロのジャズ・ミュージシャンや年季の入ったジャズ・マニアには、このアルバムの意味するところが判るが、一般の音楽ファンには分かり難い、実に厄介なアルバムである。このアルバムは、決して、ジャズ初心者向けではありません(笑)。

とはいえ、現代ジャズの環境において「優れた演奏であるにもかかわらず、一般受けしない」というのは悪いことでは無いと僕は思う。これも「ジャズ」という音楽ジャンルの中の「ひとつの成果」である。聴きやすく、一般受けするばかりが「ジャズ」ではないだろう。このライブ盤を否定することは、ジャズのアーティスティックな面を否定することになる。

確かに売れないけれど、一般受けしないけれど、ここには、現代ジャズにおける、かなり新しい、先端を行く「クール」な演奏がある。でも、判り難いんだよな〜。
 
 
 
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2008年7月 1日 (火曜日)

ジャズ・オルガンの「ベース」

70年代のプログレの世界やジャズの世界での、オルガンの音が好きである。オルガンの音って、ゴスペル風の雰囲気が色濃く漂い、アメリカン・ルーツ・ミュージックの大好きな僕にとっては、実に心地良い音色である。

ピアノ・トリオというと、バド・パウエル以降、ポピュラーな編成は「ピアノ+ドラム+ベース」。ところが、オルガン・トリオは「オルガン+ドラム+ギター」が定番。ジャズ初心者の頃、「ベースはどこへいった」と思っていたのだが、オルガン奏者はベースも自分で演奏するというのを知って、ビックリした。

恐らく、エレクトーン演奏の影響が強いと思われるのだが、このジャズ・オルガンでの「ベースの部分の演奏」を足鍵盤で弾いていると思っている人が多い。しかしながら、これは大いなる誤解である。僕もジャズ初心者の頃、そう思っていた。よくもまあ、これだけグルーブ感溢れるベース音を足鍵盤で出すもんやなあ、と感心していたが、これが違う。

ジャズ・オルガンではベースは「左手で演奏する」。左手でベースラインを弾くのに合わせて、足鍵盤をスタカートで弾くことによって、アクセントを付ける。そうやって、ウッドベースのようなアタックのついたサウンドとスイング感を出すのが、ジャズオルガンの基本奏法なのだそうだ。いや〜、勉強になりますな〜。

Shirley_scott

さて、ほとんどのジャズ・オルガン奏者がその奏法を踏襲しているが、中には、そうでないオルガン奏者もいる。シャーリー・スコットがそう。シャーリー・スコットのオルガンは「左手でベースラインを弾かない」。しかも、あまり音を重ねない、単音のインプロビゼーションが多く、他のジャズ・オルガン奏者に比べると実にシンプルな印象です。

このシンプルさが実に個性的で、あっさりとしたファンキー・ジャズとでも言うのでしょうか、不思議な感じのジャズ・オルガンです。ベースがしっかりと入っていますので、「オルガン+ドラム+ベース」という、ジャズ・オルガン・トリオとしては異色の編成で、ちょっと風変わりなオルガン・トリオを体感できます。

彼女のオススメは『On A Clear Day』(写真左)。Shirley Scott (org) Ron Carter (b) Jimmy Cobb (d)のトリオ編成です。スタンダード曲で、実にアグレッシブな演奏を繰り広げており、ジャズを感じるには、このアルバムが一番でしょう。

ジャズのアルバム紹介では、彼女の代表作として、『Latin Shadows』(写真右)が紹介されることが多いのですが、選曲が当時のポップス系ヒット曲のカバーが中心で、弦も入っていて、ゴージャズなバックを従えての演奏ですが、どこかムード音楽っぽいアルバムです。気軽に聴けますが、ジャズを感じるにはちょっと、という感じですね。

なお、シャーリー・スコットは、1967年以降、この「当時のポップス系ヒット曲のカバー中心」の路線をひた走り、どのアルバムも「ジャズの雰囲気をベースにしたムード音楽」になってしまい、純粋にメインストリーム・ジャズ・オルガンを楽しむという雰囲気では無くなりました。加えて、1970年代後半からは、ピアノに進出し、オルガン半分、ピアノ半分になりました。そして、2002年の3月に逝去。

左手でベースラインを弾かない、単音中心のシンプルな演奏が個性的だったのに、実に惜しいですね。今一度、スタンダード中心の選曲で、彼女独特の、バリバリのメインストリーム系のジャズ・オルガンを聴いてみたい気がします。
 
 
 
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