ウイントン・マルサリスの肖像
今日は久しぶりに予定休。基本的に、一ヶ月にどこかで1回は予定休にして、有給休暇を消化がてら、日頃、時間が無くて出来ない、趣味に関するまとまった作業の時間に充てている。
今回は、フフフッ、ステレオのメイン・アンプを買い換えまして...(^_^)v。今まで使っていたメイン・アンプは13年間使いこなしてきたんですが、さすがに10年以上使ってきて、つまみのあちこちにゴミが溜まってきたのか、たまに右チャンネルから音が出なくなったり、ボリュームをさわるとガリガリと大きなノイズが出たり、少しずつ問題が出始めた。
メイン・アンプなので壊れてからでは遅い。とにかく、CD鑑賞が日頃の趣味で、これが無類の楽しみなので、アンプが壊れて、暫くの間、メイン・システムでCDが聴けなくなるのは辛い。
ということで、3ヶ月前から、我が家の金融庁と交渉、陳情を繰り返した結果、今年の冬のボーナスで購入OKの許可が下りた。メイン・アンプの買い換えは、ちょっとハンパな額じゃないんでねえ (^_^)v。
その買い換えたアンプのセッティングをしたくて、今日は予定休。とにかく、アンプ自体が25㎏程度あって、ハンパな重さじゃない。加えて、今回はスピーカー・ケーブルを全て張り替えて、スピーカーのスタビライザーも全て、最新の鋳鉄製に交換するので、とにかく手間ヒマがかかる。朝からセッティングし始めて、終わったのが、午後2時過ぎ。
いや〜、投資したおかげで、メイン・システムは、素晴らしい音になりました。書庫のサブ・システムもメインのアンプのお古を回したので、これまた音はグレード・アップ。
しかも、今回は、サブ・システムのアンプが余ったので、寝室にサブサブ・システムをくみ上げた。これが、またまたいい音で鳴る。これで、生活空間全てで、音楽がいい音で聴ける環境が出来たことになる。学生時代の夢がまた一つ叶ったことになった。喜ばしい限りである。
さて、その素晴らしい音にアップ・グレードしたメイン・システムで、音出しテスト。今回、手に入れた『ウィントン・マルサリスの肖像』(写真左)も、アップ・グレードした良い音で聴くことが出来た。
こ
のアルバム、現在のジャズ界のトランペッターの最高峰のみならず、ジャズ界全体のリーダー格の一人である「ウィントン・マルサリス」(写真右)の栄えある
初リーダー作である。有名盤でありながら、暫くの間、廃盤になっていたのであるが、今回、やっと再発された。LPでは所有しているが、CDは無い。今回
やっとCDで購入。
聴いてみると、面白いことに気がつく。ウィントンが、全力を出さずに、抑えに抑えて、ペットを吹いているのが感じてとれるのだ。録音メンバーは、Branford Marsalis (sax), Jeff Watts (ds), Clarence Seay (b), Kenny Kirkland (p),Wynton Marsalis (tp) Herbie Hancock (p) Ron Carter(b)Tony Williams(ds) Charles Fambrough (b)と新旧入り乱れての録音となっている。
この初リーダー作を録音した時、ハービー御大は「100%吹き切らなくて良い。70%位が一番良いんだ」とアドバイスしたそうだが、ウィントンは、融通が利かず、全体的に70%減じての演奏になって、なんだか不完全燃焼的な演奏になっている。
「70%の力でやれ」って言われたら、本来は「良い所、効果的な所」は残し、「やり過ぎの所、過剰な所」は省いて、70%に減じるのだが、ここでのウィントンは「良い所、効果的な所、やり過ぎの所、過剰な所」を全て併せた全体から、単純に30%減じた演奏になっていて、なんだか、ウィントンの生真面目な性格を垣間見るようで面白い。
賛否両論が渦巻いたデビュー作でした。確かに「良い所、効果的な所、やり過ぎの所、過剰な所」を、全て併せた全体から、単純に30%減じた演奏になっているので、賛否両論渦巻くのは判ります。
でも「良い所、効果的な所、やり過ぎの所、過剰な所」を全て併せた全体から、単純に30%減じた演奏で、これだけの演奏を残せたのですから、本来の「良い所、効果的な所」は残し、「やり過ぎの所、過剰な所」は省いて、70%に減じることが出来たら、どんな成果が出るのか、空恐ろしい感じがします。
しかしながら、このデビュー作から16年経った今でも、ウィントンの演奏は、未だに本来の「良い所、効果的な所」は残し、「やり過ぎの所、過剰な所」は省いて、70%に減じる、という方法について、悩んでいるフシが見え隠れするので、ジャズというのは、面白くもあり、厄介なものでもあります。
でも、僕は、この「生真面目な」ウィントンの演奏が好きです。若いうちから、小手先で受け狙いをしながら、世渡り上手な演奏する輩よりは、はるかに好感が持てます。頑張れ、ウィントン。もう少し、年齢を重ねたら、それが出来るようになる。
ジャズはライブであり、ジャズはインプロビゼーションである。ジャズの歴史を学び、理解するのは大切だと僕も思う。でも、歴史を音楽にし、歴史をジャズで語るのは、ちょっと違うのではないかと思っている。ジャズは過去の音楽では無い。ジャズは今でも進化しているのだから。
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