マイルスの紙ジャケが来た〜
昨日の千葉県北西部地方は、真夏の暑さが戻ったような陽気だったが、今日はうって変わって「寒い」。半袖で外が歩けないほどの気温の下がり方。昨日の最高気温が32度、今日の最高気温が23度。昨日は真夏、今日は秋。しかしながら、天気は良くない。曇り時々雨。
自分は昔から、正義感が強くて、自尊心が強く、お人好しで、お節介で、なんだか損ばかりしている。一昨日、本業の方で、個人的にかなり失望する出来事があった。「最悪そうなるかもしれない」としっかり想定していても、その最悪の予想通りのことが起こると、やっぱり、正直、ショックである。モチベーションの源が無くなった。あ〜あ、ついに裸一貫、天涯孤独。しかしながら、自分を信頼してくれる奴らがいる限り、明らかに、得にならない、不利なことだけど、それでも継続してやらねばならぬことがある。
ということで、この2日間、ちょっとばかし精神的に塞ぎ込んだ。よって、このブログをお休みしました。2日連続のお休みは初めてなんですが、それだけ精神的に参ったということで、ご容赦を m(_ _)m。
閑話休題。さて、ショックを受けようが、失望しようが、仕事に行かないとお給料が貰えないので、とりあえず頑張る。頑張る時には、その栄養となるものがいる。僕にとっては、趣味の世界である。音楽であり、ステレオであり、天文であり、写真である。趣味に楽しみを見つける中で、ストレスをコントロールし、気分転換をし、精神的なエネルギーを蓄積する。
そんな時、実に良いタイミングで、マイルス・デイヴィスのワーナー期の紙ジャケット・アルバムが送られてきた。マイルスのワーナー期と言えば、マイルスの音楽活動の晩年に当たる、1986年(60歳)〜1991年(享年65歳)の5年間。プリンスと親交を深め、「打ち込み」に手を染め、マーカス・ミラーとのコラボレーションが話題を呼んだ、マイルスの「ソロ・アクト」の時代である。アルバム名で挙げれば、『TUTU』『シエスタ』『アマンドラ』『ディンゴ』『ドゥー・バップ』『ドゥー・バップ・ソングEP』『ライヴ・アット・モントルー』『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』の計8枚を今回手に入れた。
どのアルバムでも、マイルスのトランペットは美しい。というか、「プッ」と一音だけ吹いたトランペットを聴いただけで「マイルスや〜」と判る個性的な音色と「かすれ方」。独特の間の取り方と抑揚の付け方、緩急の付け方。それぞれの個性は、明らかにマイルスだけのものであり、マイルスにしか許されない個性なのだ。
特に、『TUTU』(写真左)では、マイルスが実に格好良い。確かに、バック演奏は「打ち込み」中心。それだと、もうジャズではなかろう、と目をそらす方もいらっしゃる方もおありでしょうが、ちょっとお待ちを。打ち込みのバック演奏についても、これはただ者ではなく、実に重厚かつファンキー、根底に伝統的なジャズのビートが流れており、このバック演奏の「打ち込み」演奏を聴くだけでも、このアルバムは「新しいなにか」なのに気がつく。
その、ただ者ではない「打ち込み」の演奏をバックに、マイルスが気合いを入れて、大胆かつ細心に、時には情緒をこめ、時にはエモーショナルに、トランペットを吹き分けていく。往年の力強さは薄れて来ているとはいえ、音数は必要最低限、言いたいことを端的に言い切る、俳句の世界の様な、マイルスの洗練されたトランペット。
もうそこは「マイルス・ワールド」であり、もうそこは「ジャズの世界」。黒く、薄暗く、妖艶に、ファンキーに、ビートを効かせた、マイルスの最先端ジャズが展開される。マイルスの世界、その革新性と独創性、そして、彼自身の強烈な個性と相まって、未だ、正統なフォロワーはいない。孤高の世界である。
人生いろいろ。ほんま、いろいろあるが、どうも自分の人生を振り返って思うのだが、なんだか劇的な出来事が多くないか。端で見ていると、端で話を聞いていると、なかなか面白いらしいのだが、当の本人にとってみれば、結構、しんどかったりするんだよな〜(笑)。
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