渋〜いブリティッシュ・ロッカー
昨日、風邪で寝ていたら、宅配便が来た。うちの嫁はんが「今月の配給が来たよ〜」と叫んでいる。夕方、やっと気分が良くなってきたので(よく考えたら、日曜の夕方から、丸2日ベッドに寝たきりだった)、ベッドから起きて、その宅配便の箱を開ける。
おお〜、そうであった、そうであった。オールマン・ブラザース・バンドの70年代アルバムの紙ジャケ・ボックスと、渋〜いブリティッシュ・ロッカー、スティーヴ・ウィンウッドのアイランド・イヤーズの紙ジャケ・ボックスと、2つの紙ジャケ・ボックスが一気に我が家にやって来た。もう、それだけで、風邪は快方に向かう感じ(笑)。
特に、今回、楽しみにしていたのは、スティーヴ・ウィンウッドのアイランド・イヤーズの紙ジャケ・ボックス。1977年にリリースされた、彼のファースト・アルバム「スティーヴ・ウィンウッド」(写真左)は、大学時代に手に入れて、渋いブリティッシュ・ロックのアルバムとして愛聴した、大のお気に入りアルバム。しかし、それ以降の「アーク・オブ・ア・ダイバー (1981) 」「トーキング・バック・トゥ・ザ・ナイト(1982)」 「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ(1986)」は、ず〜っと聴きたいなあ、と思いながらも、なかなか購入に至らず、「どうしたものか」と思案投げ首状態だった時に、紙ジャケ・ボックスの発売ときたら、そりゃ〜、あなた、買うしかないでしょう(笑)。
ちなみに、彼は、 トラフィックのメンバーとして、『ミスター・ファンタジー』『トラフィック』など4枚のアルバムをリリース。1969年には一時的にトラフィックとしての活動を休止し、エリック・クラプトンらとブラインド・フェイスを結成。しかし、このブラインド・フェイスは、アルバム『スーパー・ジャイアンツ』をリリース後、あえなく解散。その後、トラフィックを再開するも、1974年に『ホエン・ジ・イーグル・フライズ』のリリースを最後に解散。
しかし、その後、ソロ活動で、1980年にシングル「ユー・シー・ア・チャンス」がビルボードで最高7位、この曲が収録されたアルバム『アーク・オブ・ア・ダイバー』(写真右)は全米5位、全世界でのセールスのべ700万枚というセールスを達成。
スワンプや米国南部のリラックスした音世界に影響を受けながらも、英国に留まって、そのスワンプや米国南部の音楽の要素を自分の自家薬籠中の物とし、デジタルの荒波やパンクの逆風にもめげず、ブリティッシュ・ロック風AORな味付けの粋なアルバムを輩出した『渋〜いブリティッシュ・ロッカー』である。
今日、通勤音楽として聴いた『アーク・オブ・ア・ダイバー』は傑作である。1982年のリリースなんだが、この頃のロックのほとんどは、デジタルの波に飲み込まれ、ペラペラ、薄々な音作り、耳障りな無機質な打ち込みのリズムで、もう、70年代の全盛期の面影も遠い昔となって、個性の希薄な、商業ロックが横行していた。そんな中での、この『アーク・オブ・ア・ダイバー』は素晴らしい内容だ。スワンプや米国南部の音楽の要素を自分の自家薬籠中の物とし、英国ロックの音作り(湿っていて、曇っていて、重心の低い感じ)の伝統もしっかりと踏襲した雰囲気は、何物にも代え難い。
どの曲も素晴らしい出来映えの曲ばかりで、甲乙付け難いが、シングルにもなった1曲目の「ユー・シー・ア・チャンス」、ゆったりとしたレイド・バックした雰囲気が素敵な、4曲目の「スローダウン・サンダウン」、そして、R&B的な味付けの6曲目の「ナイト・トレイン」が秀逸ですね。それから、全編に渡って、効果的に使われている、アープ・オデッセイの様な魅惑的なシンセサイザーの音が、僕には「たまりません」。
スティーヴ・ウィンウッド。渋〜いブリティッシュ・ロッカー。この人の紙ジャケ・ボックスは、僕のお宝の一つとなりました (^_^)v。
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