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2006年4月 8日 (土曜日)

Jポップの女性ボーカリスト

昨日は米子に泊まり。今日は、米子から帰京。今日の米子は、スカッとした青空ではないが、春霞がかかったような、白〜い晴れた空。昨日、出雲市から米子へJRで移動する間に気がついたのだが、今、山陰は、桜が満開。朝、ホテルからタクシーで米子空港に移動したのだが、車窓から、いたるところに、満開の桜が見える。いや〜、良い時期に来たな〜、と改めて感じ入った次第。

さて、米子〜羽田の移動は、ANAでの移動だったんだが、ANAは、JALの様に、ジャズの機内放送番組が無いんですよね。その代わりに、Jポップのアーティストを毎月1名ピックアップし、そのアーティストが自らパーソナリティとして登場する特集番組を組んでいる。先月はウルフルズだった記憶があるが、今月は、柴咲コウ。

柴咲コウと言えば、「月のしずく」・「眠レナイ夜ハ眠ラナイ夢ヲ」・「思い出だけではつらすぎる」などのヒット曲が浮かぶのだが、これが、なかなかの正統派、女性ボーカルなんですよね。彼女の淡々とした、それでいて、ちょっと知的なパーソナリティで、その番組は進んで行くわけだが、彼女の自己紹介の部分で、思わず「えっ?」。彼女の誕生日は、8月5日なんだそうだが、何を隠そう、僕の誕生日も8月5日。柴咲コウは嫌いじゃないので、誕生日が同じということで、自然と口元がほころぶ。フフフ・・・。実に気分の良いフライトだった。

さて、Jポップでの正統派女性ボーカルといえば、遡ること、70年代前半あたりが、初めて、Jポップの世界で、女性ボーカルが認知されたのではなかろうか?  ニューミュージックというジャンル言葉が一般的になった、70年代後半は、女性ボーカリストは、ゾロゾロでてくるんだけど、70年代前半〜中盤にかけては、女性のボーカルというだけで、珍しがられる時代だった。歌謡曲の世界では、女性歌手は多々いたが、Jポップ(当時の呼び方では、フォーク、若しくは、ポップ・ミュージック)では、女性は、まだまだ、珍しかった。数が少なかったこともあって、才能優先、ちょっとでもルックスが良ければ、もうアイドル扱い。

当時は、まだまだ、録音技術も、今に比べると稚拙で、バックバンドの音はペラペラに薄く、曲作りも単純。そんな中で、女性ボーカリスト達は才能を開花させていった。ソロでは、五輪真弓、荒井由実、中山ラビ、小坂明子、小坂恭子、高木麻早など、グループでは、赤い鳥、サディスティック・ミカ・バンド、青い三角定規などが思い浮かぶなあ。まだまだ、Jポップも女性ボーカリストも、やっと認知され始めた黎明期だった。

今のJポップの環境って、隔世の感があるよな。曲作りも素晴らしいし、録音技術も素晴らしい。僕は、出来ることなら、70年代前半〜中盤の女性ボーカリスト達のアルバムを、今の環境・技術で、女性ボーカリスト本人達に、セルフ・カバーしてもらいたいと思っている。

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